ザハンを出た俺たちは、炎の祠で太陽の紋章を手に入れたのち、北上してデルコンダルに向かっていた。デルコンダルには月の紋章がある、とディリィが言っていたからだ。 なんでもデルコンダルは浅瀬と岩礁に囲まれた島国で、国全体が入るのも難しい、難攻不落の要塞になってんだとか。んなとこにわざわざ住むたぁ、ご苦労なこったよな。 「んなとこで交易とかどうしてんだよ」 「デルコンダル人の操船技術は世界一だからね、その複雑な地形を読みきることができないとデルコンダルでは船乗りと認められないそうだよ。それに、ローレシアに通じる旅の扉もあるしね」 「はぁ!? ローレシアに? マジかよ、知らなかったぜ」 「……本当に、どうして他国の人間の方が王子よりローレシアのことに詳しいのかしらね?」 「んだとっ!?」 きっとマリアを睨みかかって――マリアがわずかに顔を赤らめて震えているのに気づき、俺はしゅるしゅると勢いを減じた。普段通りに振舞おうと必死になってる奴に、遠慮会釈なく怒鳴れるほど俺ぁ馬鹿じゃねぇ。 「……放っとけよ」 それだけ言って視線を逸らした。 なんつーか、マリアとザハンでキスがどーたらの話をしてから、どーも俺とマリアの間には遠慮っつーか、普段とは違うもんが流れてる気がする。なんでなのかわかんねぇけど。 マリアの奴、なんか俺に言いてぇことでもあんのかな……。なんつーか、俺最近似合わねぇ気遣いばっかしてんな。 「……けど、どーして月の紋章をデルコンダル王家が持ってんだよ? 紋章っつーのは自然にできるもんなんだろ?」 「うん、月の紋章ができる場所がデルコンダル王家の庭なんだって。その精霊力を宮廷魔術師が見抜いて、デルコンダル王家の宝重として扱われるようになったそうだよ」 「ったく、面倒な……」 「そうだね。たぶん面倒なことになると思う。王家の宝物ってだけで持ち出すにはややこしいことになるのに、ことに相手はデルコンダル王家だからね」 「は? なんでデルコンダル王家だとことになんだよ」 サマはちょっと困ったみてぇに首を傾げた。 「うーん。知らない? デルコンダル王家の特色」 「知らねぇよ」 「それじゃしょうがないか。あのね、デルコンダル王家っていうのは代々王家の中でも強烈な個性の持ち主として知られてるんだよ」 「は? なんでだよ。血筋で性格は決まらねぇだろ?」 「というか、強烈な個性にならざるをえない環境にいるというか。……デルコンダル王家っていうのは元は海賊たちが作った国でね、今でも力で無理を通せるという風潮がまかり通っている。それは王家に特に顕著で、デルコンダルの王位継承権争いっていうのは常識外れに壮絶なんだ。実力で他の王位継承権者を全員排除した人間が王になるんだからね」 「は? 排除って、どんな」 「どんな手を使ってでも、他に王位継承権者がいなくなればいいんだ。……つまり、殺すか、命を守るために自分から王位継承権を放棄させるか。デルコンダル王家の継承権争いは、いつも血みどろの争いになるそうだよ」 「はぁ!? んなムチャクチャな。じゃあデルコンダルでは殺し合いが合法化されてんのか?」 「そういうわけじゃないよ、もちろん人殺しは犯罪だ。だけど王位継承権争いでは暗黙の了解として許可されてる節がある。死にたくない人間は継承権を放棄すればいい、っていう理屈が通ってしまう。そういう国なんだよ、デルコンダルっていうのは」 「はー……」 俺は呆れて息をついた。つまり今の王も殺し合いくぐり抜けて王になったってことか。そりゃそのへんのぬるい王族とはわけが違うわな。 「たぶん血の気が多い相手だろうし、デルコンダルの軍事力は馬鹿にできないからね。僕たちは一応国を背負ってる身だし、それなりに注意してことに当たらなくちゃならない」 「注意してって……いったいどうする気?」 マリアの問いに、サマは笑った。 「もちろん、小細工なしで正面からお願いするんだよ。月の紋章をくださいってね」 「わっはっは、面白いことを言う小僧だな! いきなり現れて月の紋章をくれ、だと?」 笑ったデルコンダル王は俺より背が高いんじゃねぇかってくらいの筋骨隆々の大男だった。年は三十の半ばってとこだろう。それなりに腕に覚えはありそうだった。 手形があるから面会を求めりゃ会えるだろうと思ってはいたが、予想以上にあっさり会えちまった。つーか、警戒心薄すぎなんじゃねぇかここの王宮? 王族に会うっつったらロト三国同士でだって面倒な手続きやら身支度やらで一日仕事になるのが普通だろ? なのに面会を求めたら速攻で王のところに案内されたし。仕事してなかったのかよ? しかも武器も持ったまんまでいいっつーんだから。むちゃくちゃな国だよな。 「はい。魔を統べる者を討つためにどうしても必要なのです。どうか譲ってはいただけませんか?」 サマはにこにこしながらデルコンダル王に言う。どっちも大した面の皮だよな。 デルコンダル王の周りにいるスケスケのカッコした女ども見て、マリアがすげぇ顔してるってのに。 「ふむ、曲がりなりにも王家の宝を、なぜわしが渡してやらねばならんのだ?」 「世界を救うことに手を貸す、という利と――情をもって」 デルコンダル王はほう? というように片眉を上げる。 「わしに情を乞うか?」 「はい。私たちを助けてはいただけませんでしょうか」 そう言ってにっこり笑うサマ。 デルコンダル王はしばらくサマを見つめ、それからがっはっはと笑った。 「気に入ったぞサマルトリアの王子よ! その度胸、知恵、そして美しさ。どうだ、わしのものにならぬか? サマルトリアのような大人しい国の王になるより、はるかに刺激的な生を与えてやるぞ?」 ………は? 今、こいつ、なんか妙なこと言わなかったか? 「……申し訳ありませんが、私には想い人がいるので。あなたのものにはなれません」 「誰だ想い人というのは。わしよりもいい男か?」 「世界一いい男です。というより、私にとってはその人以外男に見えませんので」 ……サマ。お前、その好きな奴ってのは俺のことなんだろうけどな。そいつしか男に見えねぇって言い方妙じゃねぇか? お前も男なんだし。 つーか、こいつら、なんか……話の展開が妙じゃねぇか? 「………ふむ」 デルコンダル王はちらりと俺を見て、それからにやりと笑った。 「いいだろう、月の紋章はお前にやろう」 「ありがとうございます」 「ただし!」 デルコンダル王は声を張り上げる。 「賭けに勝ったら、だ。ローレシアの王子よ、そなた腕に覚えはあるな?」 「……ああ」 こんな奴相手に丁寧な言葉遣いするのも阿呆らしいんで、普通に話す。 「ならば、わしの気に入りのペットと戦うがいい! わしのペットに勝てば、月の紋章を渡そう」 「ペット? ってなんだよ」 それなりに強い動物なんだろうが。 「キラータイガーだ」 ……って、どんなやつだっけ。 「キラータイガー!? あんな危険な魔物と!?」 そう叫んだのはマリアだった。きっとデルコンダル王を睨みつけ、強烈な気迫をこめて言う。 「あなたは人の生き死にを娯楽にするつもりですか? 一国の主がするべきことではありません! 自らを省みて、恥じるところはないのですか!?」 デルコンダル王はさっきサマに対して見せたのと同じような、お? という顔をしてそれから笑った。 「ムーンブルクの王女か。そなたもなかなか気が強いな。わしに対してそうもはっきりものが言える女はわしの妃の中にもなかなかおらん。気に入ったぞ」 そしてにやりと笑みを浮かべて。 「ならばそなたも加えよう」 「は?」 「賭けの景品に、だ。もしローレシアの王子が負ければ、サマルトリアの王子とムーンブルクの王女はわしのものになれ!」 「………はぁ――――っ!?」 俺はあっけに取られて口を開けた。わしのものになれって、マリアに対してはやっぱ、そういう意味だよな。 もしかして……サマに対しても、そういう意味、なの、か―――っ!? 「おいおっさん! あんたホモか!? なんでサマもなんだよ!」 「……ロレイス。もしかして私だけならいいとでも言うの?」 「いやんなわけねぇだろっつーかそうだよマリアが! てめぇ女の身柄を賭けで買おうってのかよ!?」 「わしは強く、美しいものが好きだ。男でも、女でもな。それに貴様にしてみれば勝てばよいことだろうが。自信がないのか?」 「そーいうこと言ってんじゃねーよ。マリアたちがムカつくだろっつってんだよ! てめぇの身柄をてめぇ以外の人間の賭けで左右させるなんざ、こいつら思いっきり馬鹿にしてんじゃねーか!」 「ほう。それではそなたはこの二人にキラータイガーと戦えというか?」 「そーいうことでもなくてだなぁ……!」 「賭けに勝った時得るものは二つなのに、失うものはひとつというのは少々虫がよろしいのでは?」 ふいにサマが、冷静な声でそんなことを言った。 「ふむ。それでは宝物庫にある、ガイアの鎧もつけよう。それでどうだ?」 「けっこうです。――私はその賭け、お受けいたします」 「はぁ!? おいサマ! お前なに考えてんだ!?」 俺がサマの肩をつかむと、サマは俺ににっこりと笑いかけてくる。 「ロレだったら絶対勝つから、心配いらないでしょ?」 「そーいう問題じゃねぇだろ! 賭けなんぞの商品にされてお前はいいのかよ!?」 「いいよ。結果がわかりきってる賭けだもの」 「ほう、綺麗な顔をしてよう言うわ。わしの軍勢総出でやっと捕らえた魔物だぞ?」 周りの女たちと一緒に笑い声を上げるデルコンダル王に、サマは平然と答える。 「軍勢で捕らえられる程度の魔物にロレが負けることはありえません」 「ほう……」 「僕はいいけど、マリア、君は? 断るなら断るでいいけど」 「…………わかったわ」 マリアがそう言うのを聞いて、俺はまたも仰天した。 「おい、マリア!?」 「私もその賭け、お受けします。けれど約束を破った時はロトの血族の怒りの凄まじさをその身を持って思い知ることになるとお思いくださいね」 「ふん。約束は守るわい」 「……お前らなぁ! おいデルコンダル王! お前曲がりなりにも世界救おうとしてる奴らに素直に協力しようっつう気はねぇのかよ!」 「わしが信用するのは力のみ。ロトの血筋などわしは信用せん。わしのペットにも勝てぬような奴らが、世界を救えるわけがなかろうが」 う……そう言われるとそれはそうなんだが……。 「マリア! てめぇマジでそれでいいのか!? こんなおっさんに賭けの対象にされてよ!」 「……サウマリルトが賭けに乗ると言うのに私だけおりるわけにはいかないでしょう。賭けには乗ります、ただし、私をご自分のものにするとおっしゃるなら、私を屈服させるだけの力を示していただかなければ従いはしませんから」 「くくっ、誰に言っておる。……今宵はこの王宮に泊まるがいい! 王家の晩餐に招待しよう」 そう言ってデルコンダル王は退出した。 「お前らなー、なに考えてんだよ! 本気であんな賭けに乗る気なのか!?」 用意された部屋のひとつに三人で集まるやいなや、俺は怒鳴った。マリアは少し顔をしかめて言う。 「サウマリルト一人を犠牲にするわけにはいかないでしょう」 「ほー、じゃあサマが言わなきゃお前は乗らなかったのかよ?」 「……少なくとも、自分の身柄は自分であがなうとは言ったでしょうね」 「……ふーん……」 なんっかこいつらしくねぇな。サマが言ったから自分もってのは、なんかこいつにそぐわねぇ気がする。 だが俺が聞いて答えるとも思えねぇから、サマに聞いた。 「サマ、お前はなんで乗ったんだよ、あんな賭け」 「だってあれが一番早道だと思ったんだもの」 サマはあっさり答える。 「ああいう力が全てな輩はガツンと一発ぶちかましてどっちが上か教えておくのが一番なんだよ。ロレがキラータイガーなんかに負けるわけないしさ、力を示しておけば向こうもこっちにどんどん協力してくれると思うから」 「だからってな……!」 「というか、僕にはロレがなんでそんなに抵抗感じるのかがよくわからないんだけど。こんな賭けなんかに正当性がないのは向こうも承知だろうし、ありえないけど負けることがあったとしても一国の王家の人間の身柄を拘束できるとは思っていないよ。なにか、僕の気づいていない問題点があるの?」 不思議そうな顔で見られて、俺は居心地悪くなりながらも、仕方なく本音を話した。 「……嫌いなんだよ。賭け」 「賭けが?」 「ああ。特に自分でやるわけでもねぇ賭けに身柄を賭けられるっつーのは、めちゃくちゃ嫌いなんだ」 「……なんでか、聞いてもいい?」 「別に大した理由があるわけじゃねぇよ。ガキん頃の友達がさ、親の賭博のかたに娼館に売られちまってよ。それを取り戻すのに四苦八苦したってことがあったんだ」 「……そのお友達は、どうなったの?」 マリアがおそるおそるというように聞く。俺は安心させるように笑った。 「下町のガキ連中総出で友達返せってムチャクチャやったからな……親父にバレて大目玉食らってよ、その友達王家が買い上げて王宮の小間使いにして。今も王宮で働いてるよ」 「そう……よかった」 「まぁな。おかげで買い上げた時の金借金にして俺が背負わされて、十三で軍に入ることになったけどな」 ほっとした様子のマリアにそう言って笑う。マリアも微笑み返した。 あ、けっこ自然に話せてんな、と思ったんだが――目が合ったとたん、マリアは顔をちっとだけ染めて目を逸らしちまった。 ……なんなんだ、こりゃ。 「それとは違うよ。僕たちは自分で選んだんだもの。賭けに乗ることを」 なんつやあいいのかわからねぇ俺に、サマが脇から言う。 「……そうか?」 「そうだよ。だから、たとえどんな結果に終わったってそれは僕たちの責任。その結果をよしとせずいちゃもんつけて賭けを破棄するのもね」 俺はちょっと笑った。こいつそーいうとこけっこー辛辣だからな、いちゃもんつけムチャクチャうまそうだ。 「でも、デルコンダル王家から穏便に月の紋章を奪い取るには、賭けに勝つのがベストだっていうのは確かだから。頑張ってねロレ、負けることなんかないと思うけど」 「……おう」 笑いかけるサマに、俺はにっと笑い返してやった。 ―――心の底から俺を信じてるサマに応えてやりたかったし、なによりこいつを傷つけたくないっていう気持ちは、まだ俺の中に色濃く残ってたからだ。 「みな、盃を上げろ! ――明日の楽しき戦いに、乾杯!」 『乾杯!』 馬鹿でかいテーブルに山ほどの人間がつき、王の号令でいっせいに乾杯する。 俺は一応注がれたワインを乾すと(やけに渋かった)、テーブル周りを見回した。俺たちは一応客扱いで王に次ぐ上座に席を構えているが、周りにはやったらキンキラした衣装をつけたごつい男やら胸のでかい女やらがうじゃうじゃいやがる。王家の晩餐ってからにゃあこいつらも王族なんだろうが……。 「デルコンダルの王族って何人いんだよ……」 「王とその妻・子供以外は王族と認められないそうだけど……王妃が六人、妾妃が二十人、その全てに一人以上子供がいるから、確か百人以上はいたと思うよ」 「うげ……」 うんざりしながら皿の上のまだぴくぴくしてる生のタコを食う。デルコンダルの料理ってこーいうのしかねぇのかよ。つーか料理か、これ。 「ロレイソム王子よ! お前腕に覚えがあるそうだが、食事のあとで俺とひとつ手合わせしてはもらえんか?」 めちゃくちゃごつくて体のあちこちにある傷を見せびらかすように露出度の高い服を着た男が、目を輝かせながら言ってきた。 「いいぜ。えっと……」 「第二王子エーグだ! 覚えておけ、お前を負かす者の名だ!」 「兄者、ロレイソム王子を負かすのはこの俺よ。我は第四王子ルーグ、剣を取れば人に負けたことはない!」 「なにを言う兄者、当代一の剣士はこの俺だ! 我は第十二王子シルグ、お前だろうが誰だろうが負けんぞ!」 「お前は引っ込んでおれ、我こそが……」 「俺が」 「我が」 ……どいつもこいつも似たような顔していちどきに……。 「わーった、全員と手合わせしてやっから食事が終わったら順番に来い」 「おお、ならば一番は俺だ!」 「俺だ!」 「いや俺だ!」 「じゃんけんしろじゃんけん!」 ガキかこいつら……自分の言いたいこと言うしかしやしねぇ。俺が言えた義理じゃねぇけど。 「驚かれました? 他の国の方はたいてい驚かれるのですよ、うちの王族たちを見ると」 そっと酒を注がれながら話しかけられて、俺は声の方を見た。給仕だと思ってた女はやったらキンキラした薄い服を着て、胸を強調しつつにっこりと笑ってみせる。 「……あんたも王族か」 「はい。第三王女ミーラですわ」 「俺になにか用か?」 「まぁ、つれないお言葉……私は初めてお姿を見た時から、あなたに魅せられましたのに……」 俺はうんざりと息をついた。この手の女はローレシアにもうじゃうじゃいたが、どいつも手ェ出したら面倒なことになんのが目に見えてんだよな。 確かにまぁ美人だが、こんな派手な女と始終顔つき合わせてたら疲れるに決まってる。 「あら姉上様、抜け駆けは卑怯ですわよ。私の方が先にこの方に目をつけていたんですから」 「あら、それならあたしに占有権があるはずだわ。あたしはこの方が城に来た時から気になっていたんだもの」 「それを言うなら私でしょう。私はこの方の噂を聞いた時から……」 あーまたうじゃうじゃと王族が……。 つきあってられるか。俺は立ち上がり、同じように王族に囲まれて困っているマリアと平然と話しているサマを連れてむりやり退出した。 「……王に黙って出てきてしまってよかったのかしら」 「気にすることはないと思うよ、向こうだって礼儀に外れたことをしているんだし。デルコンダル人は大雑把ってよく言われるしね」 「っつーか、あーいう男捕まえて地位上げようっつー生臭い奴らにつきあってたら馬鹿になるぜ。お前はあんな奴ら相手してて楽しいのかよ」 「……楽しくは、ないけれど」 「そーだろーが。だったら素直に逃げとけ。王になんか言われたら俺にむりやり連れ出されたっつやあいい」 「…………」 マリアは少しうつむいた。……なんか、俺また妙なこと言ったか? んっとに……なんなんだこの空気。 訊ねちまえばいいような気もするがここにはサマがいるし……いやサマがいるからなんだってんだ、別にこいついたって悪いこたぁ……けど、なんかサマがいると話しにくい気が……。 んなことを考えながら、サマに関係ない話を振る。 「なぁ、サマ。あれだけ王族がいて全員にキンキラしたカッコさせてよ、よく金がもつな?」 「デルコンダルは宝石や金銀の世界一の産地だから。国自体が豊かなのも確かだけど、服を輝かせるための屑宝石なんかはそれこそ腐るほどあるんだよ」 「へー……あんなスチャラカな王がよくんなでかい商売できてるもんだ」 「王がしているのではないですから」 ふいに声をかけられて、俺たちは声のした方を見た。さっきから小間使いやらなんやらはあちこち行ったり来たりしてるんだが、その中にひとつ混じっている男の気配。 「誰だ」 誰何すると、男は影の中から外に出てきて微笑んでみせた。俺と同年輩の、文官っぽい雰囲気の細い男だ。 「第五王子、スーグと申します。以後お見知りおきを」 そう微笑んで頭を下げるスーグ。俺たちも軽く挨拶を返した。 しっかし、ここの王族の名前って適当だな。 「で、そのスーグがなんの用だ?」 「ロトの勇者であるお三方に、お詫びとお願いを申し上げたく思いまして」 「詫びと願い、ね……」 スーグは真剣な顔になって、俺たちを見つめる。 「我が父デルコンダル王の無礼な振る舞い、心よりお詫びいたします。本来なら世界を救うべく戦っていらっしゃるロトの勇者の方々の願いに賭けを持ち出すなど、非常識にもほどがある振る舞い。本当に申し訳ありませんでした」 「かまいません。こちらにとってさして手間のかかる賭けではありませんでしたから。力のみを信じるデルコンダルの方々に、ロトの勇者の力について納得いただくためにもちょうどいい機会でしたし」 いつものごとく前に進み出て言うサマ。だがスーグは首を振った。 「そうおっしゃっていただけるのはありがたいですが、文明国の王としては許しがたき振る舞いであったとまことに面目なく思っております。ですが、王の言葉がデルコンダルの総意でないことは、なにとぞご理解ください」 「というと?」 「デルコンダルも当初は海賊たちの創った荒々しい国でしたが、すでに我が国も建国百年を数えます。そうなれば文明国としての機構も整えられてきます……」 「……なるほど。つまり、王はあなたたちの掌の上で踊る傀儡であると?」 「はい」 真面目な顔でうなずくスーグ。俺はその言葉にちっと驚いた。 「ちょい待てよ、王が無茶言い出しても、誰も止めるようなこと言わなかったじゃねぇか」 「それは我々の不覚、幾重にもお詫びいたします。……デルコンダル国民の大半は坑夫か船乗り、海賊の血を色濃く引く荒々しい男どもです。そういう者たちには強く、猛々しく、荒々しい旗頭が必要なのです。王位継承権争いを潜り抜けた男というのはそういう存在にふさわしい。王には自分が主だと、なんでもできると思い込んで国民の士気を高めてもらわねばなりません――ですが国を実際に動かしているのは、我々文官なのです。王などいつ死んでも首がすげ変わってもかまわない、だからこそ我が王宮はこうも開かれているのですよ」 「それじゃ王位継承権争いっつーのはまるで意味がねぇってことか?」 「いいえ、王位を争う男たちがほしがっているのは自分が一番だという証明書。名ばかりとはいえ王の地位が手に入れば、ああいう男たちは満足なのです。……名よりも実を取る、私のような人間は、さっさと王位継承権の放棄を宣言し、国政の仕事につきます。王位継承権争いは無能な人間を淘汰する役にも立っているのですよ。王が代替わりすれば女たちも追い出すことができますし――だからこそ女たちは男を捕まえようと必死になるのですが」 「…………」 なんっか、気に入らねぇやり方だな。俺には関係ねぇっちゃあそうだし、デルコンダルの王家の人間相手に骨を折ってやる気もねぇけど……こいつの考え方、なんかムカつく。 「個人的には気に入らないやり方ではありますが、あなたの言い分は了解しました。それで、結局なにがおっしゃりたいのですか?」 「ええ、ですから、デルコンダルとしてはロトの勇者の方々に全面的に協力し、キラータイガーとの戦いがどのような結果に終わろうとも、月の紋章をお渡しすることを……」 なんか話してるサマとスーグを見ながら、俺は明日のことを考えていた。 明日、デルコンダル王に言ってやる言葉を。 「みな、聞け! すでに知っておろうと思うが、ローレシアの王子が我との賭けによりキラータイガーと戦う! ローレシアの王子が勝てば月の紋章とガイアの鎧を与え、負ければサマルトリアの王子とムーンブルクの王女はわしのものとなる!」 沸きあがる大歓声。闘技場の客席には、山ほどの王族のみならず貴族やら一般人やらがわんさか詰め掛けていた。聞いた話じゃ、この闘技場は毎週国民に解放して試合やらなんやらやっているらしい。 デルコンダル王は闘技場貴賓席、っつーかかぶりつきで見れる特別席に座っていた。マリアとサマを両側にはべらせている。……味見したら殺すぞ、あのおっさん。 「ロトの勇者の力がどれほどのものか、見せてもらおうぞ! さあ、檻を開け……」 「その前にひとつ頼む!」 俺は腹の底から大声を出して、デルコンダル王に向け怒鳴った。 「なんだ! いまさら怖気づいたか!?」 「違う。その賭けに俺が負けた時の景品に、俺も加えてくれ! 剣闘士としてでも奴隷としてでも、どうとでも使ってくれていい!」 闘技場が大きくどよめいた。デルコンダル王が眉を上げ、その隣のマリアが驚いたような顔をして俺を見つめるのがわかった。 そんな中で、サマは一人、表情も変えず取り乱しもせず、じっと俺を見つめていた。 「自らを景品に加えてなんとする! まだなにかほしいものがあるのか!?」 「ああ、あんたに対して頼みたいことがある!」 「言うてみよ!」 俺は軽く息を吸いこんで、闘技場にいる全員に伝わるように怒鳴った。 「王族全員、真面目に働かせろ!」 俺の言葉に、デルコンダル王はわずかに口を開けて固まった。言うなれば、『は?』ってとこだろう。 俺はその顔に向け言葉を叩きつける。 「お前らのやり方は気に入らねぇ! 兄弟殺して一番の旗手に入れてそれで満足しちまって働かねぇ奴も、そいつを思うように操って頭下げながら馬鹿にしてる奴も! 王としての地位程度のことで、一緒に育ってきた兄弟と殺し合いさせるくだらねぇ決まりもだ!」 「…………」 「お前ら全員がそれを心の底から納得してこれしかねぇと思ってんなら口出さねぇけどな、そうじゃねぇだろ! 一見うまくいってるよーに見えても、そん中で泣いてる奴はいっぱいいるはずだ! そいつら助けてやらねぇで国だ王だって偉そうな口叩けるか、あ!?」 「…………」 「最終的にどうするかを決めるのはお前らだ、この国に生きてる奴みんなだ! けど今のまんまでなんの問題もねぇって思ってんなら俺は何度でも言うぞ、そんな考え方は気に入らねぇ!!」 静まり返った闘技場で、俺は言いたいことを言い終えて口を閉じた。しばらく待っても反応がないので、急かすように怒鳴る。 「おら、キラータイガーでもなんでも出しやがれ! こっちはいつでもかまわねぇぜ!」 俺の声に、一気に闘技場のどよめきが数倍になって戻ってきた。その中で、デルコンダル王はじっと俺を見て、それから怒鳴る。 「檻を開けろ!」 ギギィ、と鈍い音がして俺の向かい側にある扉が開かれた。とたん、すげぇ勢いで昨日サマに教わったとおりのキラータイガー――朱色の毛皮に馬鹿でかい牙をつけた四足の獣が闘技場に飛び込んできた。 俺の方に躊躇なく、まっすぐ走ってくる。たぶんこういう時のために飢えさせておいたんだろう。 捕まって飢えさせられて殺されるために使われるその魔物の境遇を思うとちっと哀れな気もしたが――俺も負けるわけにゃあいかねぇんだ。 俺は自分からもだっと駆け寄った。口から涎を撒き散らしながらキラータイガーが迫ってくる。口を大きく開き、牙を俺の体に突き立てようとする―― その瞬間、俺はくるりと体を回転させてキラータイガーの横に回っていた。その回転の動きを利用し、円の動きで剣を抜き放ち、振り下ろし―― 一撃でキラータイガーの首を落とした。 闘技場中がどよめく。つーか、俺も驚いてた。こいつの皮膚はめっちゃ強靭な感じだったってのに、よくまあ一撃でやれたもんだ。 運がよかったな、と思いつつデルコンダル王を見上げ勝利の笑みを浮かべてやると、デルコンダル王は特別席から梯子を下ろし、闘技場に降りてくるところだった。もしかして俺になんか言うことでもあんのかと思ったんでじっと相手を見ながら待つ。 予想通り俺のところまで走ってきたデルコンダル王は、じっと俺の顔を見つめると肩に手を乗せ、にっと満面の笑みを浮かべて言った。 「気に入った」 「はぁ?」 「わしのものになれ」 「はぁぁ?」 呆気に取られてデルコンダル王を見つめていると、ふいに顔が近づいてきた。なんだ? と思って見ていると――キスされた。 それも唇と唇で! 「!!! な、な、な………なにしやがるこのど変態ーっ!」 我を忘れてぶん殴ろうとするが、それよりデルコンダル王が俺の尻を触る方が早かった。ぞーっと背筋に悪寒が走る。 「月の紋章もガイアの鎧もお前にやろう。デルコンダルの王位継承争いの方法は改めよう。サマルトリアの王子もムーンブルクの王女ももういらん。だからわしのものになれ、ロレイソム王子」 デルコンダル王はごつい面に不気味な笑みを浮かべてぐぐぐと顔を近づけてくる。闘技場の観客席からは囃し立てるような声が聞こえてくる。俺はわけのわからない恐怖のあまり硬直した。 「な、な、なにわけのわかんねぇこと言って……うぎゃっ、どこ触ってんだ、やめろ馬鹿、触んな、ぎゃーっ、こっち来んな変態、うぎゃあぁぁぁ!」 「……デルコンダル王?」 いつの間にか俺の隣に来ていたサマが、ぬっと鉄の槍の石突の方をデルコンダル王と俺の間に突き出してにこにこ笑いながら言う。 「ロレイソム王子はご自分でご自分の身をあがなわれました。ロレを手に入れたいとおっしゃるならご自身の力で勝ち取られたらいかがです?」 「だから今こうして勝ち取ろうとしているのだろうが」 「本人に向かう前に、まず僕を倒していただけますか。僕を倒してからでもロレイソム王子に迫るのは遅くないでしょう」 ……っておい! それじゃてめぇが負けたらこのおっさんは俺に迫り放題ってわけか!? 冗談じゃねぇぞコラ! だが俺の内心の叫びになど当然気づくこともなく、デルコンダル王はサマの言葉にほう、というような顔をして、それからにやりと笑った。 「わしと戦うか? そのような細腕で?」 「及ばずながら」 「面白い。……斧をもて!」 兵士が数人かっとんできて、でかい斧をデルコンダル王に渡す。観客席から闘技場を揺るがすような歓声が上がった。デルコンダル王はその斧をぶるんぶるんと振り回して笑う。 「さあ、どこからでもかかってくるがいい!」 「では、失礼して」 サマーサマー頼む勝ってくれ助けてくれ、という俺のすがるような視線にサマは「心配しないでいいよ」と小声で囁き微笑んで、デルコンダル王と対峙した。……だが俺は、ほっとするというよりむしろなんかちっと背筋にぞっと悪寒が走った。 サマのさっきの顔……なんか知らんが、すっげぇ怖ぇ………。 斧を構えるデルコンダル王に向かい合い、サマは呪文を唱える――っておい、これ! サマが呪文を唱え終わると、デルコンダル王はぱったりと倒れた。……やっぱ、さっきの呪文って効いたら即死のザラキっつー呪文じゃなかったか……? 観客席がざわめく中、サマはつかつかとデルコンダル王に歩み寄り、ぐいっと胸倉をつかみ起こしてにっこりと――俺の背筋がぞーっとするような絶対零度の微笑を浮かべ言った。 「おやおや、この程度で死んでどうするんです? 僕がそんなに簡単にあなたを楽にすると思ってるんですか?」 そうしてなにごとか呪文を唱えるとデルコンダル王がぴくぴくと動き出してばっとサマから離れた。ぜぇはぁと荒い息をついている。 「き、き、貴様今、なにを……」 「ああよかった、生き返ったんですね。そうでなくっちゃ困ります。今度は肉体の痛みをいやっていうほど味わってもらわなきゃ駄目ですもんね」 「な、なにを……」 サマはにっこりと笑って――鉄の槍を目にも止まらぬ速さで突き、ざしゅっとデルコンダル王の腹に穴を開けた。 「ぎゃあっ!」 「おやおや、この程度で悲鳴ですか? 殺し合いを潜り抜けてきたデルコンダルの王が、情けないことですね?」 にこにこ笑いながらぐりぐりぐり、と槍でデルコンダル王の腹をえぐるサマ。王はただもうじたばたと力なく暴れることしかできてねぇ。 「は、はな、離せ……」 「あれ? 命令ですか? あなた今の自分の状況わかってます? 言っておきますけどこれで死んでもこちらとしては責任を取る気とかまるでありませんから。だって双方了承の上の賭けですもんね?」 「わ、わかった、わしが悪かったから、頼むから離して……」 その力ない言葉に、サマはにっこりと、暗殺者が人を殺す時よりも冷たい笑顔で笑って、言った。 「お断りですv」 ――それから、酸鼻を極める一方的な虐殺が始まった。 いや、さすがに殺す前に我に返って止めたけど。 デルコンダル王を殺しかけたサマは、それから王やら文官やらと交渉して、なんかいろんなもん貰ってた。サマのあの惨殺っぷりは力が全てのデルコンダルの奴ら全員を死ぬほど恐怖させたらしく、ほとんどサマに服従してんじゃねーかってくらい全員素直だった。 サマはにこにこ普段の笑みを浮かべながら金銀財宝を巻き上げて、とっととデルコンダルを出発しようと言った。 「こんな気分の悪い国にいたくないもの」 俺たちはそれに逆らわずとっとと船を出した。デルコンダル周囲の岩礁に乗り上げないように外海の船をまとめて繋いでるとこまで出て行ったんで、時間はかかったけど。 ……逆らうのちっと怖かったし。なんかちっとサマを見る目が変わっちまいそうな気がする……。 それにマリアはなんかちっと落ち込んでたし。どうしたって聞いても答えなかったけど、口ん中で小さく「私の性的魅力はロレイスに劣るってことなのかしら……」とか言ってた。 ……それは違うだろ、っていうかあのおっさんが変なんだ俺みてぇなごつい男をほしがるなんて。と思ったけど、そう言ったらかえってドツボにはまりそうでなにも言えなかった。 ともかく、俺たちはなんとか海に出たんだが――その日の夜、出てきためっちゃ豪勢な夕食に、俺は驚いた。 「おい、今日なんかあったのか?」 「え? ロレ忘れちゃったの? ザハンで言ったじゃない、一ヵ月後に三人分の誕生パーティやろうって」 「デルコンダルに入る前に、明後日がサウマリルトの誕生日だからその日にパーティをやりましょうと言っていたのを覚えていないの?」 双方から言われ、俺はざーっと血の気を引かせた。 忘れてた。そういやそんなこと言ってたんだよこいつら! ど、どどどどど、どーしよ誕生日プレゼント……いやマリアの分は用意してあんだけど、デルコンダルに着いた日に買ってんだけど、サマの分が……ピンとくるのなかったから明日でいいかって思っちまって……やべぇ、どーすんだ、サマの分用意してねぇとか言ったらサマ傷つくよな、やっぱ……。 焦りまくってひたすらうまい飯を食う俺に関係なくパーティは和やかに進み、ついにプレゼント交換の時になっちまった。 「じゃあ、僕から渡すね!」 サマは嬉しげに笑ってそう言って、綺麗な布で包まれてリボンをかけられた包みを二つ取り出した。 「はい、ロレ」 「………サンキュ」 とりあえず受け取るしかねぇんだけど。……うああやっぱしっかり用意してたんだなー、なんかすげぇ罪悪感……。 「開けてもいいか?」 開けてほしいんだろうなーと思ったんでそう言うと、サマは嬉しそうな顔で笑ってうなずいた。 「もちろん。どうぞ」 俺は包みを開け――そして驚いた。 中に入っていたのは、俺がちっと欲しいな、と思いつつも小遣いじゃ足りなかったんで断念した、新しい剣の手入れ用具一式だった。しかも一番いいやつ。 「お前、これ、どこで……」 「ベラヌールで買ったんだ。ロレにいいかなって思って」 「…………」 俺はじっとそのプレゼントを見た。なんでこいつは、こうも俺のほしいもんを理解しているんだろう。 これだけじゃない、食事でも、もっとこまごまとした必要品でも。俺がその時ほしいなと思ったものを持ってくる。当たり前みたいな顔で。 それはやっぱり、それだけ俺をこいつが見てるってことなんだろう。俺がなにをほしがっているか、いっぱい見ていっぱい考えたってことなんだろう。 俺の気づかないうちにそんなに見られていたことは奇妙な感じがしないでもないけれど―― 「……気に入らなかった?」 顔には笑顔を浮かべて、気にしてないという顔をして。けど今の俺はサマの瞳の奥が不安で泣きそうに揺れてるのに気づいちまう。 必死でプレゼント考えて、喜んでもらえるかなって考えて、でも選んだあとも不安でめちゃくちゃドキドキしてたんだろーなっつーのもわかっちまう。 ……んっとに、なんで俺をそんなに好きなんだかなー。 「いや。嬉しい。サンキュ」 俺がちょっと笑ってそう言うと、サマは一瞬泣きそうに目を潤ませて、たまらなく幸せそうな顔でうなずいた。 「うん! 喜んでもらえてよかった!」 そう言って笑い、今度はマリアにプレゼントを渡す。 「これは……本?」 「詩集だよ。マリア好きじゃないかなって思って」 「……なんで私が詩が好きなこと知ってるの? 私一度も言ってないのに」 「前に何度か詩を口ずさんでいるところ聞いたことがあったから、もしかしてって思っただけだよ」 「ありがとう。楽しみに読むわね」 ……マリアのこともしっかり観察してんじゃねーか。さらっと喜ぶもん渡してんじゃねーよ。その観察眼ちっと俺に分けろ。 ……俺はマリアに喜ぶもん選べたかどうか、さっぱりわかんねぇんだから。 マリアのプレゼントも包んであった。俺の包みはサマの十分の一程度の大きさしかなかった。……別にひがんでるわけじゃねぇけどよ。 「これは……魔道理論書? よく手に入ったね」 「街の本屋で少し読んでみて、興味ある内容が書かれていたから。私にもあとで読ませてね」 「うん、もちろん」 そう仲良く話し合う二人の横で、俺は包みを開けた。中から出てきたのは、小さな鈴だ。 「……鈴?」 「そ、れは……魔除けの鈴って言うそうなの。協会の聖呪で聖別された……即死魔法や幻覚魔法に耐性をつける効果があるって聞いたから……」 ……これ、俺も買おうかと思って金が足りなくて買えなかったやつだよな。……小遣い貯めて、買ってくれたんだ。 「……お守りだけど、実用的、だから。……嫌なら返してちょうだい」 マリアはうつむいて、か細い声で、泣くのをこらえてるみてぇに小さく震えながらそう言った。……俺がいらねぇっつったらどうしようとか思ってんだろうか。 ……やべ。かなり、嬉しい、かも。 「いや。もらっとく。サンキュ」 そう言うと、マリアはほーっと息をつき、体中から力を抜いた。その前に、すっと俺のプレゼントを差し出す。 「ほれ。これやるよ」 「え……」 俺の掌の上に乗ったそれを見て、マリアは驚いたようだった。そっとそれを取り上げ、見つめる。 「……イヤリング………?」 俺のマリアへのプレゼントはちっこい紅い宝石がついたイヤリングだった。マリアへのプレゼントを考えながら街を歩いてる時に目に飛び込んできたちっこい安物のアクセサリー。 けど、なんかマリアには似合うんじゃないかなって、思ったんだ。 「……つけてみても、いい?」 「……ああ」 マリアが囁くように言った言葉に、俺はうなずいた。マリアの細い指が細かく動いて、その小さな耳にイヤリングをつける。 白い肌と薄紫色の髪の隙間から見える、金メッキと紅玉のアクセサリー。 「……どう、かしら」 「……ま、似合ってんじゃねぇの?」 俺は柄にもなくひどく緊張しながらそれだけ言った。うっすらと頬を上気させながら首をかしげるマリアには、実際そのアクセサリーはとても似合って見えて、柄にもねぇけど、可愛いとかそんなこと思っちまったりして、しかもそれが俺のプレゼントでってのがまた照れくさくて――まともにマリアの顔が見られなかったんだ。 「……うん、すごく似合ってるよ、マリア。ロレいい目利きしたね」 「……うっせ、バカ」 「――ロレイス。ありがとう」 マリアにそう恥ずかしそうに笑って礼を言われた瞬間、俺の心臓が跳ねた。なんだなんだなにドキドキしてんだ俺、と思いつつもまともにマリアの顔が見られない。なんとか「おう」とかぼそっと返事して、むりやりサマの方を向いた。 「……で………サマ、にはな」 正直俺は参っていた。こいつには全然プレゼント用意してねぇ。 けどこいつにやらねぇなんてことになったら、そりゃこいつは気にしてねぇ振りすんだろうけど、絶対傷つく。俺はそんなこたぁしたくねぇ。 けどプレゼントがねぇのははっきりとした現実で――― 考えに考えて、俺はすっと、頭に着けてるゴーグルを取った。 そしてそのままサマに突き出す。 「………………」 サマはじっと俺の手を見ている。いたたまれず、ぺらぺらとどーでもいいことを喋った。 「……ほら、お前もゴーグルは持ってっけどよ、予備があったって悪いことねぇだろ?」 「俺の使い古しで悪ぃけどよ、それ丈夫だし、三階から落っこっても割れなかったっつーいわくつきのゴーグルだからお守りにもなるし」 「俺は昨日鉄兜買ったからゴーグル使えねぇし。お前にはちっとサイズ大きいかもだけど……」 ああああなに言ってんだ俺は阿呆かーっ! サマ傷つけねぇようにっつって思いっきり傷つけて塩擦り込んでんじゃねぇか馬鹿か俺っ! もう限界だ、正直に謝るしかねぇ、とサマに頭下げようとした、その瞬間―― サマがすっと、ゴーグルを手に取った。 そしてじっと見つめ、今にも蕩けそうなくらい幸せそうな顔で笑って、ぎゅっと胸のところに抱きこんだ。 まるで俺がやったのが、ルビスからくだされた宝物みてぇに。 「嬉しい」 サマは囁くような、満ち足りた声で言ってぎゅっと両手で俺のゴーグルを握る。 「すごく嬉しい」 うっすらと潤んだ瞳で俺を見上げ。 「ありがとう、ロレ。大切にするよ、ずっと」 ―――なんで。 お前はなんでいつも、そうやって。 お前ならこんなの俺が苦し紛れにやっただけで用意したプレゼントじゃないっていうのはわかりきってるだろうに。なんでお前はそうやって笑うんだ。たまらなく幸せそうに。 まるで俺からもらったもんならなんでもいいみたいに。俺と関われるならそれだけで無上の幸福みたいに。 俺がいれば、他にはなにもいらねぇみたいに。 俺はサマを見て、なんだか泣きそうに苦しくなったんだが、口に出しては結局なにも言えず、ただ「そっか」とぶっきらぼうに呟くことしかできなかった。 |