金の鍵の話
「おいサマ! 次はなにすればいいか言えっ!」
 ロレがそう怒鳴りながら駆けてきて、僕は操舵輪の柱に結びつけたロープを確認しながら怒鳴り返した。
「もういいよ! あとは僕の舵取りの問題だから、部屋で休んでて!」
 ――僕も怒鳴るのは、怒鳴らないとすぐそばにいても相手に聞こえないからだ。
 ベラヌールを出発して、炎の祠を目指して東に進んで一ヶ月。僕たちは嵐に巻き込まれてしまっていた。
 今までは一応ラナシール――天候予測の呪文を使って、あらかじめ悪天候は避けることができていたんだけど、今回の嵐にはラナシールも効果がなかった。というか、知っても避けようがなかったと言うべきかもしれない。
 だってラナシールを使った時には四方どっちに行っても嵐、って結果が出ていたんだもん。
 だから僕たちはできるだけ用心をして先に進み、予想通りに嵐にぶち当たって。その対処に四苦八苦してるところなわけだ。
 マリアは波にさらわれる危険を考えて、船室でラナレーダ――天候を晴れにする呪文を頑張ってくれている。なので舵取りは自然に僕に回った。
 ロレは僕の指示で力仕事をやってくれていた。魔船の制御は僕のような、魔力の制御に慣れている人間の方がやりやすいから。
 しかし少なくとも魔船では、帆を畳み、錨を下ろしてしまうと、嵐のときにできる力仕事というのはもう存在しない。あとは対処療法をしつつ祈るしかないのだ。
 まあ魔船には転覆しない、沈まないために幾重にも魔法による防御が施されているから、万が一にも致命的な事態は訪れないだろうけど。その万が一を警戒して、僕は操舵輪を握っているのだ。
 だけど、ロレは(ちゃんと説明したのに)自分にはもうできることがないというのが納得いかないみたいで、引っこもうとはしなかった。それどころか、僕のすぐそばまで寄ってきて、ぶっきらぼうに呟く。
「じゃ、……てやる」
「え!?」
 よく聞こえなかった僕は大声で聞き返す。するとロレはきっと僕を睨んで、怒鳴り返した。
「てめぇが流されねぇように支えてやるっつってんだよ!」
 そう言うとロレは自分もロープで体を縛り、操舵輪を操作する僕の後ろに立って僕の体を支えた。
 確かに、厳しい体術の訓練を積んだだけあって、ロレの体はこの嵐の中で小揺るぎもしない。操舵がやりやすいのは確かだった、けど。
 ――そういうことされると、困っちゃうよ、ロレ。
 嬉しくなっちゃうじゃないか。僕のこと、特別に心配してくれるのかって勘違いしちゃうじゃないか。
 ロレとしては、当たり前の行動をしてるだけなのは、そんな気持ち全然ないのは、わかってるのに。
 あの時から一ヶ月、ロレはまだ僕に少し遠慮をしているけれど――僕の好きな気持ちに応えてくれるような素振りは、見せたことがないんだから。
「おら、しっかり舵取れよ! 操舵全部お前に任せたからな!」
 ――でも、そういう風に言ってもらったりしたら。
「うん、任せといて!」
 そう笑って、声を張り上げてしまうんだ。
 ロレがそばにいて、僕の体に、抱きかけて吐くような僕の体に、なんのためらいもなく触れてくれることが、支えてくれることが、たまらなく嬉しいから。
 ――そんな風にして、僕はひどく幸せな嵐の時間を過ごした。

 嵐が過ぎて、僕たちはザハンという島に漂着していた。
 別に難破したわけじゃないけど、嵐に流されて魔船はザハンのすぐ近くまで来ていたから、食糧や水の調達をザハン――島名と同名の漁村で済ませればいいと思ったんだ。
 地図にもごく小さくしか載っていないこの村に、こうして訪れる時が来るとは思わなかったけど。
「……なんだこりゃ」
 ロレは村に入るなり呆れたように言った。
「村の半分近く神殿じゃねーか」
 確かに、ザハンの村には漁村にも関わらず大都市にも劣らない大神殿がある。村の半分っていうのは大げさにしろ。
 教会と同じようにルビスさまを祭っている神殿なんだけど、ここの神殿はルビスの海と水の神としての側面を強調した、ものすごくマイナーな信仰なんだそうだ。
 ルビスさまが大地の精霊神であることは誰でも知っている。もちろん、それ以上に世界の精霊の律を司る神であるんだけど。
 だけどアレフガルドでほぼ唯一の信仰の対象となっているので、当然いろんな側面を持っているんだ。山の神、森の神、風の神、季節と天候の神。
 そして漁師や水夫たちが祈りを捧げる、海の神としての側面。
 ルビス信仰であることは変わりないから、漁師や水夫たちも精霊神としての教会で同様に祈りを捧げるんだけど(海沿いの教会の人間は海の神としてのルビスの作法等もある程度知っておかなきゃならない)、ここの神殿は海の神としてのルビス信仰の総本山。といっても形としてはロンダルキアの分神殿だけど。
 海の神としての信仰を脈々と伝える珍しい型の神殿で、細々とだけど参拝者は絶えないと聞いていた。
 なんでここにそんな神殿があるかというと、精霊力と歴史と文化についてひとくさりやらなきゃいけないんで、割愛。
 そんなような説明をすると、ロレはふーんという顔をして、首を傾げた。
「けどよ、そんな神殿があるんならもーちょいにぎわっててもいいんじゃねーか、この村」
「そうだね……マイナーな信仰とはいえ、ローレシアから旅の扉が通じてるんだ。参拝者も決して少なくはないだろうにね」
「へ? マジかよ」
「マジだよ。この島の隣に小島があったでしょ? あそこからローレシアに旅の扉が通じてるんだよ。ローレシア領ってわけじゃないけど、この近辺は慣例上ローレシアの保護下にあることになってる」
「へー……」
「この近辺は潮溜まりが多くていろんな魚が大量に獲れることで有名でね。旅の扉からローレシアの漁師たちがこっちに来たりもするそうだよ。だから隣の小島に行けばローレシアの関係者と会えると思うよ」
「別に会いたかねーけど……んなことよく知ってんなお前」
「自分の国のことを他国の王子より知らないっていうのは恥だと思わないの、あなたは」
「……っせーな! 俺だって好きで知らなかったわけじゃねーよ!」
 口喧嘩を始めたロレとマリアをなだめつつ、僕は周囲を見渡した。さっきから変だと思ってたんだけど――
「漁に出てるのかな」
「へ?」
「男の人がいない」
「……そういや、そうだな」
 ロレとマリアが周囲を見回す。道や家の前にいるのは女性ばかりだ。
「嵐の後は漁には絶好の機会だっていうけど。もうすぐ昼になるのに、一人も男の人がいないっていうのはなんだか変な感じだね。近海ならご飯を食べに戻ってきてもよさそうなものなのに」
「そうだな……けどまあ、んなこと聞くのは後でもいいだろ。とりあえずは水と食糧だ」
「そうね……」
「それが終わったら宿屋でパーティだね」
 僕が言うと、ロレはあからさまに顔をしかめた。
「お前……本気でやんのか?」
「駄目なの? せっかくの誕生日なんだから、遅れてもパーティぐらいやりたいよ」
 そう、ロレはベラヌールに着いた頃、マリアはベラヌールから出発してしばらくして誕生日を迎えている。どっちの誕生日も僕はもう知ってたけど、ロレの時はそんな余裕がなくて、マリアの時はすっかり忘れててパーティなんてできなかった。
 なので、僕は次に着いた港でささやかなパーティをしようと言ったのだ。僕がちょっと贅沢な食事を作って、プレゼントをしあって、一日だけお祝いしようって。
 僕はマリアがロレの誕生日プレゼントをこっそり買っているのを知っていたし、ロレもマリアにプレゼントをもらえたら喜ぶだろうと思ったし。
 それに――僕も、こっそり用意しておいた誕生日プレゼントを、ロレに渡したいなと、思ったのだ。
「……ま、なんにせよ、とりあえずは宿屋だな。こーいうとこならそこに酒場もついてんだろ、どこに行けば水と食糧手に入るか聞くとしようぜ」
「うん」

「へぇ、ベラヌールから船旅を? こりゃまたずいぶん遠くからいらっしゃったんだねぇ」
 宿の女将さんは愛想がよくて話し好きだった。ここのところ宿屋も酒場も客が来なくて退屈していたらしい。
「前はね、神殿の参拝客がちょびちょび来てくれてさ、客が途切れることはなかったんだけど。神殿の巫女頭さまが代替わりしてからってもの、ほとんどの参拝客を追い返すようになっちゃってねぇ」
「へぇ……それはまたなんで?」
「なんでもね、海の母神ルビスさまの加護を受けられるのは真に清い心持つ乙女だけだ、航海の無事を祈るなら女でなけりゃ害になる、なんておっしゃってねぇ。やってくる男たちをみんな追い返しちまうんだよ」
「それはまた……偏った信仰ですね」
 エメディン派スートラヴィッチの弟子か……マイナーの極右。そんな人間に海神信仰の総本山をまかせていいのかな。
「だろう? 男たちが漁に出る前も、男たちに冷たくてねぇ。男がお参りに行ったらけんもほろろに追い返すくせに、女の子が行ったらやたら親切にいろいろ説話とかやってくれてねぇ。女じゃなかったら助平親父って言ってやるとこだよ」
 ………ふーん。
「男たちは今遠くの海まで長の航海に出てるんだけどさ。春になったら帰ってくる予定なんだけど。だから女たちは今必死にお参りに行ってるよ。旦那や恋人の分まで自分が祈ってやらないとってね」
「なるほど……それで女性ばかりなんですね」
「爺さんや子供もいるけどねぇ。中に一人とんでもない助平ジジイがいてさぁ」
「おいサマ! 買い出し行くぞ」
 突然割り込んできたロレに、僕は笑ってうなずいた。
「うん。……それじゃ女将さん、失礼します。最後までお話聞けなくてすいません」
 話し足りなそうな女将さんを残して、僕たちは揃って村に出た。水と食糧を買える場所は、すでにもう聞いている。
「お前な、いつまでも女の話につきあってんじゃねぇよ。長くなることわかりきってんだろーが」
「……そういう言い方はないでしょう。女を十把一絡げにしないでもらえるかしら?」
「あー、だからそーいうこと言ってんじゃなくてなぁ……あーくそ、もーいいっ!」
 ふいっとそっぽを向いてしまうロレ。……もしかして、これって……
 僕に、気を遣ってくれたの、かな?
「ありがとう、ロレ」
 そう言って笑うと、ロレはふんっとそっぽを向いてしまった。その耳がわずかに赤くて、僕はわずかに照れくさくなる。
 水と食糧は村長さんの家で売ってもらえた。というか、ここにはしょっちゅう船が来るわけじゃないので専門の商人がいなくて、村長さんが水等を求める人間を一手に引き受けているらしい。
 他のところよりかなり割高だったけど、半ば脅しまがいの交渉によりなんとか普通の値段とさして変わらないところまで持ってこれた。炎の祠を経て、次の目的地デルコンダルに向かうまでの一ヶ月間の分の水と食糧を確保し、船へと運ぶ。普通なら腐ってしまうようなものでも、魔船の食糧庫には保存の魔法がかかっているから問題ない。
「それじゃ、晩ご飯まで自由行動にしようか。陽が落ちたら宿屋に集合ってことで」
 僕の提案に二人ともうなずいてくれて、僕たちは散らばった。それほど大きな村じゃないから別にやることもないとは思うけど、ロレが誕生日のプレゼントを用意してるかどうかわからなかったから、とりあえず一人になれる時間が必要だと思ったんだ。
 僕はマリアのプレゼントももう用意してあるから、やることといえば今日のご飯の準備だけ。海産物は宿屋の人から分けてもらえるだろうけど、野菜類は海辺の村では貴重品だから作ってる人と直接交渉した方が安上がりかな。
 そんなことを考えつつ村をうろうろする。やっぱり海辺の村だから畑を耕す人は当然少ない。漁師村では農家っていうのはやや軽蔑される傾向にあるせいもあるんだろう(農家は板子一枚下というほど死が身近じゃないから)。
 でも歩いていくと村の奥の方に小さな畑を見つけることができた。男の子が一人、その畑の前で犬と遊んでいる。僕は近寄って話しかけた。
「ちょっといいかな? ここの畑の野菜を売ってほしいんだけど」
 男の子は顔を上げてしばしじーっと僕の顔を見つめると、ふいににっこりと笑った。
「待ってて! 今、お母さん呼んでくるから!」
 言うと男の子は家の中に駆けていく。あとには僕と犬が残された。
 待つことしばし、中から中年にさしかかった女性が出てきた。僕の顔をみると、驚いた顔をして駆け寄ってくる。
「あらあらまあ、もしかして旅人さん? 村の人間じゃない人がうちの野菜を買いに来るなんて初めてだわ!」
「そうなんですか? どれもおいしそうなのに」
 実際、気候のせいで野菜のあまり美味しくないサマルトリアからすれば、ここの野菜はどれも宝石の如しと言ってよかった。暖かい気候のせいだろう、どの野菜も果物もイキイキしている。
「あらぁ、そんな風に褒めてもらえるなんて思わなかったわ! あたし畑を耕すようになってまだ数年しか経ってないっていうのに」
「そうなんですか? でも本当においしそうですよ。よほど勉強なされたんですね」
「いやぁ、勉強っていっても他の農家の人から教わるくらいしかできなかったんだけどね。けどまぁ生活がかかってるから必死だったのよぉ」
「……失礼ですが、ご主人は?」
 なんだかこの人そういうことを喋りたくてしょうがない人のように見えたんで、聞いてみる。するとその女性はにこにこ笑いつつ手を振りながら喋りまくった。
 うちの亭主はタシスンといったのだが、三年前漁に出て帰ってこなかった。幼いこの子を抱えてどうするか途方に暮れていたところへ、ローレシアへ移住するという農家の人に畑と家を譲ってもらえたので、なんとか女手ひとつで子供を育てているのだ。
 ということを、話をいったりきたりあっちへ飛んだりこっちへ飛んだりさせながら話したその女性は(おかげで僕はこの村の人間の交友関係をほぼそらんじることができるようになってしまった)、ようやくはっとしたように目をぱちくりさせた。
「あらいけない、あなたは野菜を買いに来たんだものね。なににする?」
「ほうれん草を三束と、キャベツをひとつ、人参とセロリとたまねぎを二個ずつ、きゅうり二本レタス一個、ブロッコリー一塊で」
「ひえ、そんなに!? 持って帰れるの、お兄さんずいぶん細いけど」
「大丈夫ですよ、慣れてますから」
 レベル上げしたからその三倍だって平気だ。
「はい、合計二十ゴールド! お兄さんあたしの話につきあってくれたからまけとくよ!」
「ありがとうございます」
 よし、狙い通り。話最後まで聞いてよかった。普通よりずいぶん安く済んだ。
 ほくほくしながらお金を払った僕は、視線に気づいた。母親が話している間は離れたところで遊んでいた男の子が、じーっとこっちを見ている。
 僕はにっこり笑いかけた。男の子も笑い返す。
「なにか僕に話したいことがあるのかな?」
 聞いてみると、ぱっと顔を赤らめて少しもじもじしたものの、はっきりと言った。
「コリンが、お兄ちゃんに渡したいものがあるって」
「コリンが?」
 その犬のことかな、と思いつつ首を傾げると、犬は勢いよく走り出した。男の子もそのあとを追うので僕もとりあえずあとに続く。
 走ること数分、村外れの木の下で犬は立ち止まり、猛烈な勢いで土を掘り始める。
 あっという間に犬は土を掘り終え、中に入っていたものをくわえて男の子に差し出した。男の子は慌てて首を振る。
「僕じゃないだろ、お兄ちゃんだろ!」
 だが犬は男の子に差し出したまま動かない。固まってしまった男の子に、僕はにっこり微笑んだ。
「それじゃあ、君からそれを僕にくれる? 僕は君から受け取りたいな」
「え!」
 男の子は顔を真っ赤にして、しばらくもじもじしたけど、結局ばっとそれを犬から奪い取って差し出した。
 僕はそれを受け取り、目を見張った。これは、金の鍵………!
「これ、本当に僕がもらっていいの?」
「え?」
「これはすごく値打ちのあるものなんだ。売ればきっと数年は豊かに暮らせるぐらい。そんなもの、本当に僕がもらってしまっていいの?」
「……お兄ちゃん、これ、ほしいの?」
 僕はうなずいた。この先金に属する魔法で封じられた扉が出てくる時だってあるだろう。マリアはアバカムの呪文を学んだことがあるそうだから必ず必要なものではないけれど、あるにこしたことはない。それにこの鍵はいくつかあるけどその全てが所在不明とされている品物だし。
「じゃあ、あげる。お兄ちゃんにあげる」
 そう言って男の子は照れくさそうに笑った。僕は少し考えて、微笑んでうなずく。
「ありがとう。君の名前を教えてくれる?」
 男の子はまた少しもじもじして、顔を赤くして、囁くように言った。
「ペルスン」
「ペルスンくんか。ありがとう。いつか僕たちの旅が終わったら、この鍵を君のところへ返しに来るよ」
「ほんとっ!?」
 ペルスンくんは勢い込んで僕に飛びつくように訊ねる。僕は微笑んでうなずいた。
「本当。ずいぶん先のことになると思うけど、待っていてくれる?」
「うん、待つ! 僕、ずっと待ってる! お兄ちゃんの名前はなんていうの?」
「サウマリルト・エシュディ・サマルトリア」
「サウマ……?」
「サウマでいいよ」
「わかった! サウマ兄ちゃん、いつこの村を出るの? 出る前には、必ず言ってね、僕見送りに行くから!」
 そう必死に言うペルスンくんに、僕は微笑んでひとつひとつうなずいてやった。

 宿屋に帰ってくると、マリアがザハンの男たちが乗った船が魔物に襲われて沈んだ、と言う男につかまっていた。それを伝えるためにここに来たのに、言い出せなくて困っていたらしい。
 みんなで相談して、村長さんに村の女性たちを集めてもらい、説明することになったんだけど――説明すると女性たちはパニックを起こし、暴徒と化して神殿を襲いかけたんだけど(男に加護を与えなかった巫女頭のせいだってことになっちゃって)、ロレの説得でなんとか収まった。
 体を張って説得するロレはすごくカッコよかったんだけど――やっぱり雰囲気的に、誕生日パーティどころじゃなくなってしまい――結局一ヵ月後の、僕の誕生日に三人分まとめてパーティするということになってしまった。

「サウマ兄ちゃん、また……また、会えるよね」
 うるうるした瞳でそう言うペルスンくんに、僕は微笑む。
「会いに来るよ。旅が終わったら」
「絶対絶対絶対っ、また来てよね!」
「うん」
 泣きそうになりながら手を振るペルスンくんに僕も手を振って、船に乗り込んだ。ロレとマリアも一緒に乗り込む。
「……お前、いいのかよ」
 ロレがふいに、そんなことを言った。
「いいのかよって、なにが?」
「あのガキと仲良くなったんだろ? もーちょいちゃんと話さなくていいのか?」
「珍しいね、ロレがそんなことを言うなんて」
 普段はそういう細かい気遣いしたことないのに。
「……別に。てめぇにしちゃ珍しいなって思っただけだ」
「そうかな。僕はいつもこんな風だと思うけど」
「……そうか?」
「うん。人に嫌われても困るけど、好かれもしないように、僕はいつも他人には礼儀正しく冷たく接してると思うよ。……今回は、相手が子供だからうまくいかなかったけど」
「はぁ? なんでわざと好かれないようにしなきゃなんねぇんだよ」
「好かれると、苦しいから」
 人に好かれても、僕は思いを返せない。愛する気持ちを、優しい気持ちを返せない。
 一方的に好かれて、自分が人を愛せない人間だと再認識させられるのは、正直きつい。
 そんなような意味のことを言うと、ロレは目を丸くした。
「なに言ってんだお前。俺はお前みてぇに思いきり人好きになる奴見たことねぇぞ?」
「え?」
「だっておま……」
 そこまで言って、ロレは口を閉じた。わずかに顔を赤らめてそっぽを向く。
「……ロレ?」
「なんでもねーよ、忘れろ」
「…………」
 その素振りは言葉は、どういう風に解釈したらいいんだろう。
 僕がロレを、思いきり好きだって思ってるって、解釈していいんだろうか。
 ロレの中に、僕の想いが少しでも届いてるって、自惚れてもいいんだろうか。
 そういう風に感じたのは初めてではないけれど――
「ロレ」
「……んだよ」
「あのね」
 僕はちょっと背伸びして、ロレの耳元に囁いた。
「好きだよ」
 ロレは一瞬だけど、ちょっとだけ顔を赤らめて、少し困ったような顔をして、それでも小さく囁き返してくれた。
「――知ってる」
 そのあとすぐそっぽを向いちゃったけど。

 今日の最初の舵取りはマリアだったので、僕は船室で魔法の勉強をしていた。昼近くになって、昼食の準備をするついでにマリアにわからないところを聞こうと立ち上がる。
 甲板に出て、眩しい光に目をさされながら操舵輪の前へ向かう。と、ちょうどマリアとロレが交代したところだったみたいで、マリアがこっちに向かってくる姿が見えた。
 だけどすぐなにか妙だなと想った。マリアは下を向いて、周りを見ずに走ってる。あんな状態じゃどこかにぶつかって怪我をしてしまいそうだ。
 僕はマリアの前に立ち塞がり、マリアが速度を緩めようとした瞬間にマリアの体を受け止めた。
「マリア」
「サウマリルト……」
 顔を上げて僕を見たマリアはひどく顔を赤らめていた。おまけに目が潤んでいて今にも泣きそうだ。……これは、疑問の余地なしだな。
「マリア。ロレとなにかあったの?」
 そう言うとマリアはびくん、と震えて泣きそうな顔で僕を見つめた。僕が優しく微笑んで見つめ続けていると、目をわずかに揺らして、そっと、囁くように言う。
「サウマリルト……私……」
「うん」
 マリアは泣きそうな顔と声で、ひどく苦しげに悲しげに、その言葉を放った。まるで自分が悪いことでもしているかのように。
「私、ロレイスが好きなの」
 ――聞いても、別に衝撃はなかった。
「私、ロレイスが好きみたいなの……あんなに馬鹿で、口が悪くて、意地悪で、乱暴な人なのに………」
「うん」
「粗野で野蛮で、私の好きになれる要素なんてまるでない人なのに………触られると嬉しいの、姿を見ると嬉しいの、優しい言葉をかけられるとものすごく嬉しいの……ごめんなさい、好きになってしまって、ごめんなさい……」
「いいよ」
 僕はその言葉を、にっこり笑って受け容れた。安心させるような、いつもの優しい笑い。
「そんなの、知ってるよ」
 マリアが顔を上げた。僕は優しくマリアに言い聞かせる。
「そんなの、ずっと前から知ってるよ。マリアが気づく、ずっと、ずっと前から知ってるよ」
 そう、マリアに初めて会った時から、僕はこの人はロレを好きになる、と、理由も根拠もなしに確信していたのだから。
 僕はそう、マリアに笑った。

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