「あいつが市長の一声で遺跡の中にまで連れて行かれたのは……ひとつには盗んだものを貯めこんでるんじゃないかと疑って、その在り処を吐かせるため。もうひとつには市長の男色趣味のせいだろうな」 「………男色趣味?」 「ああ……市長は若い男が大好きで、常に数人の愛人を抱えてる。うちの弟は顔だけは悪くないからな、性的拷問をして楽しむつもりなんだろうさ」 俺は思わずげんなりとした。マジかよ。なんで女だったらよりどりみどりだろう立場のくせに男にいくんだよ。 勘弁してくれ……なんか最近俺らホモづいてんな。デルコンダルでもそーだし、ここでもそーだし。サマも……ホモなんだろうし。いやサマとんな奴ら一緒にする気はねぇけど。 「……頼まれてはくれんか?」 「……わかった。やれるだけやってやる」 俺はうなずいた。男に一方的にいいようにされるなんざ、最大級の屈辱だ。ラゴスって奴がどんな男なのかは知らねぇが、話聞いちまったら放っとくわけにはいかねぇ。 このおっさんの話じゃ、脱獄させなくても牢番に鼻薬効かせて待遇よくしてくれりゃいいってことだったが、俺はもう脱獄させることを決めていた。 安全な場所に移住させる人間を賄賂で決めたその書類を盗んだからって投獄されるような奴が、男にそーいう拷問受けてんの、放っときたくもねーしな。 デルコンダルから一ヶ月。俺たちはペルポイに来ていた。 いい武器が手に入るってんでやってきたはいいけど、ペルポイの奴らは全員古代遺跡に非難して鎖国しちまったとかで。出入り口は封印されていた。 それは金の鍵で開けられたからいいんだが。ペルポイの地表部分に残っていた男――エイガっておっさんに弟のラゴスのことを頼まれちまった。そいつは移住人表――ペルポイの地下に移住できる人間は抽選で決めると言っておきながら賄賂で決めたという証拠を盗んで投獄されたそうだ。 実際会ってみても市長ってのはゲス野郎だった。自分さえよけりゃそれでよしって匂いがぷんぷんしやがる。 阿呆なこと言い出しやがったから怒鳴りつけてやって、一応はすっきりしたんだが。他人の国に口出しする気はねぇけど、やっぱ気に入らねぇ奴だよな。 とにかく俺たちは街の中に入ると(街の中は思ったよりきれいで空気もまずくなかった。なんでも魔法で空気を清めたり風を作ったりしているらしい。光も全部魔法だ)、即行武器屋に言った。買ったのは光の剣ふたつと力の盾ふたつ。 どっちも馬鹿高くて今までの貯金がほぼパーになった。っつかミンクのコート六万五千ゴールドってなんだよ! 国家予算レベルなんじゃねぇか!? それはともかく、俺はいい武器を手に入れたんで、わりといい気分で二人に言った。 「あとはー……牢屋の鍵か?」 「そうね。それを買って早くラゴスさんを助けなければ」 マリアが俺の言葉にうなずいてくる。 ……最近マリアは元に戻った……っつーか、普通に話すようになってきてる。 マリアとの間のあの妙な空気はなんだったのか。それもわからないまま元通りになって、俺はなんだか拍子抜けしていた。まぁ、今の方が楽っちゃ楽なんだが、なんか…… 時々マリアの瞳が、普通に話してるのに、前よりもっと苦しげに揺れるから。素直に喜べはしなかった。 ――こいつに直接問い質してやろうかな。なんか言いたいことねぇかって。 けどな、いきなりんなことやっても突き放されて終わりって気ぃするしな……タイミング見計らわねぇと。 そんなことを思いつつ、俺はうなずき返す。 「だな……ん?」 俺は足を止めた。なんか聞こえる。これは……歌声? 「どうしたの、ロレ?」 「なんか……聞こえねぇか?」 「……聞こえるね。歌だ。誰かが歌を唄ってる」 「きれいな声……素晴らしい歌声だわ。ロレイス、サウマリルト。ちょっと寄っていってもいいかしら?」 「僕はかまわないよ」 「俺も別にいいぜ」 俺たちは声のする方――街の広場へと向かった。広場は人で埋め尽くされている。その中心で一人の歌姫が歌っていた。 年の頃は二十歳前後。茶髪に茶瞳、肌は琥珀。胸も尻も揉むのにちょうどいい大きさの、男心をそそるかなりの美人だ。 だがそれ以上にすごいのはその歌声だった。俺も親父にむりやり歌劇につき合わされたり、街の歌姫の唄う歌を聴いたりもしたが、これほどの歌声は聴いたことがない。 天から降ってくるんじゃないかってくらい高らかで澄んでいて、声が踊ってるっていうかすげぇ軽やかなんだ。そのくせ耳からだけじゃなく肌からも沁みこんで体の中で体が震えるほどに響く。聴いてるだけで自分が楽器になったみてぇな気分になっちまうんだ。 ――この女、半端な歌唄いじゃねぇ。 だから俺は女が歌い終わったとき思いきり拍手をした。サマとマリアも同じように拍手してる。 「僕たちもお金渡そうか?」 聴衆が金をその女の足元の帽子に投げ込んでいるのを見て言うサマに、俺はうなずいた。 「そうだな。その価値はある歌だった」 「珍しいわね、あなたがそんな風に言うなんて。芸術のげの字も解さない人かと思っていたのに」 「うっせ、余計なお世話だ」 確かにそーいう話は苦手だけどな、いいもんをいいと言えるぐらいのことは俺にだってできんだよ。 全員でその歌姫のところへ近づいていくと―― 「………あれ」 柄の悪い男どもが女に絡んでるのが見えた。俺は足を速める。 「なぁアンナ、いい加減俺のものになったらどうだ、あ? 悪い目にゃあ会わせねぇぜ、俺の父親は市議会副議長なんだからな」 「……何度も言ったでしょう。自分の父親の威を借りる男になんて、私微塵も魅力を感じないの」 「馬鹿な女だな。世の中は所詮金よ、金。使えるもんは使うのが当たり前だろうが。ほれ、こっちに来な。可愛がってやってるうちに大人しくした方が身のためだぜ?」 「離して――」 「その手を離せ」 俺たちが割り込む前に、はっきりとした男の声がした。 「……ふん。出やがったな、ルーク」 そのルークとやらは貧弱な体型はしてなかったが、戦闘の経験があるような動きはしてなかった。たぶん農民、漁師、労役夫とかの体を動かす職業だ。 「懲りない奴らだな。また殴り倒されたいのか」 まぁ、ちょっと喧嘩慣れしてりゃ誰でも殴り倒せそうな奴らではあるが。 「けっ! 市長の男妾がなにを偉そうに!」 ――男妾? この……こいつが? 俺は思わずまじまじとそのルークって奴を見てしまった。俺の親父も男の愛人が二、三人いたが(過去からの通算でだぞ、言っとくが)、そいつらとは雰囲気がまるで違う。どっちかっつーとカタギの顔してる。 ……もしかして、市長にむりやり? いやけどな……。 考えてる間にルークは相手の男に言い返していた。 「その男妾に何度もいいようにやられているお前たちはなんなんだ?」 「……の、やろ……偉そうな口を叩けるのも今のうちだ!」 男が叫ぶと、背後からざっと二人男が出てきた。戦士だな。 「こいつらは親父の部下のプロの戦士だぜ。お前なんぞ片手で一ひねりだ! 泣いて謝るなら今のうちだぜ!」 「……誰が」 きっと男を睨んで言うルークに戦士たちの腕が伸びる――当然俺たちはそれを止めた。 「な、なんだ貴様らは!」 「通りすがりのお節介焼きだよ」 「てめぇら……こんな男妾の味方するってのか!?」 「男妾だろうがなんだろうが、女口説くのに力ずくで、しかも親の力でやろうなんてクズ野郎よりゃよっぽどマシだな」 少なくともこのルークって奴はまともな目ぇしてる。行動も筋が通ってたしな。 「このっ……てめぇら、ぶちのめせ!」 殴りかかってきた戦士の拳をかわし、俺はごく軽く一発拳を入れた。今の俺の力で本気で殴ったら頭が吹っ飛ぶ。 当然男はあっさり気絶、ついでに顔を真っ青にして逃げ出そうとする主犯格の男にも一発入れる。部下だけ働かせて自分は高みの見物しようって根性が気に食わねぇ。 逃げ出す男どもを無視してルークと、アンナと呼ばれていた歌姫に向き直ると、二人は揃って感謝の面持ちで頭を下げた。 「……ありがとうございます。危ないところを助けていただいて」 「別に大したことしたわけじゃねぇよ」 「すばらしい歌を聞かせていただいたお礼ということで」 「あの……もしかして、旅人の方ですか?」 「? ああ」 「どうやってこの街に? 出入り口は封鎖されているというのに」 「市長を言い負かして入ってきたんだよ」 「半ば脅迫じみていたけれどね」 「僕たちはとてつもなく強いので。市長でも僕たちの行く手を阻むことはできないんですよ」 『…………』 ルークとアンナはしばし顔を見合わせ――同時に言った。 『あの!』 「ルークを」 「アンナを……」 「ルーク、あなたまた私のことを! 私なら大丈夫と言ったでしょう?」 「それはこっちの台詞だ、アンナ。私の身の上なんていまさらどうでもいい、それよりも君の身の安全を確保しなくては」 「馬鹿なことを言わないで! 私だけ逃げ出したってなんの意味もないじゃない!」 「アンナ……だけど、私にはもう、君を抱きしめる資格は……」 「ルーク! お願い、そんなこと言わないで! 私が抱きしめたいと思うのはあなただけなのに……!」 「アンナ……」 「ルーク」 「……お前ら、俺たちに話があんなら自分たちだけで納得してねぇできっちり説明しゃあがれ」 この二人ができてんのはそんなこったろうと思ったから別に驚きゃしねぇが。こーいう自分たちだけで完結してる奴らっつーのは、始末に悪い。 ことの起こりは四ヶ月前にルークがペルポイ近くの海岸に倒れていたことだ。 旅の歌姫だったアンナはその頃ペルポイの農村に身を寄せていたのだが、ルークを見つけ親身に世話するようになった。ルークは名前以外の記憶を失っていたが、それだからこそと言うべきか、二人はどんどんと親密になりやがて恋人関係になった。 そんな二人を見咎めたのが一ヶ月に一回出てくるペルポイの情報収集部隊だった。その中に加わっていた市長の甥が、アンナの美しさに目をつけてペルポイに連れ帰ろうとしたのだ。 当然アンナもルークも激しく抵抗した。最後にはルークが市長の甥の鼻を潰すほど殴りつけた。すると市長の甥は激怒してルークを殺そうとし、他の隊員に止められて、仕方なく不穏分子という名目でペルポイに二人を連れてきた。市長に泣きついてアンナを手に入れ、ルークを合法的に殺そうと考えたのだ。 しかし市長は甥の思惑通りには動かなかった。ルークの美しい顔と体を見初めた市長は、ルークにこう誘いをかけたのだ。 自分のものになれば甥をアンナから遠ざけてやろう。しかし逆らうならば、ルークは投獄、アンナは当然甥のものにする―― その誘いという名の脅迫を、ルークは受けた。 それ以来、アンナはペルポイに留まり、歌を唄い続けているのだ。ルークに届くように、与えられた短い外出時間の中で少しでも愛しい人に会えるように――― 事情を聞き、俺は思わず頭を押さえた。なんなんだ。なんなんだこのホモ濃度の濃さは! なんつーかさ、普通ルークの立場になるのはアンナだろ? 権力者に弄ばれるのは美人の娘だよな? 俺の感覚普通だよな? なのになんで男なんだ悲惨な境遇に落とされ恋人に見守られるのが! デルコンダル王といいここの市長といい、頭のネジ取れてんじゃねぇのかあぁん!? そんな俺の苛立ちになどかまいもせず、サマがルークとアンナに向けて言う。 「つまり、あなた方はペルポイから逃げ出したいんですね?」 『はい』 「ルークにこれ以上辛い思いをさせたくないんです。一刻も早く逃げ出したい……」 「本当なら私のような記憶なしの金なしより、アンナ一人で逃げてもらった方がよほどいいと思うんですが……」 「ルーク! 私はいやよ、あなた一人辛い境遇に置いたまま逃げ出すなんて!」 「アンナ……だけど私は、手に職もなければ金もない。とても君を幸せにはできないよ……」 「私あなたに一方的に幸せにしてもらおうなんて思ってない! あなたと一緒にいたいの、一緒に幸せになりたいの! どうしてわかってくれないの!?」 「アンナ……」 「ルーク」 あー鬱陶しい。ホモも鬱陶しいがこーいう見境なくいちゃつく恋人どもも鬱陶しい。 ちらりとじゃあサマも鬱陶しいのか、という思考が浮かび、俺は気分が沈んだ。……サマは、そーいうのじゃねぇんだ。 少なくとも、俺にとっては。 「……不可能じゃないですけど」 『本当ですか!?』 「本当です。だけど僕としては必要以上にことを大きくしたくはないので……強行突破は最後の手段にさせていただけますか。あなた方を助けるのはやぶさかではありませんが、策を考える必要はありそうですから」 『はい……』 「……とりあえずよ、目的が同じなんだからラゴス助けてきてから考えねぇか。盗賊ってんならなんかその手のいい考え浮かぶかもしれねぇだろ」 俺が言うと(助けるのだってできるだけ早い方がいいだろう。脱獄したらさっさと逃げ出さなきゃなんねぇから武器屋には先に行ったけど)、サマもうなずいた。 「そうだね……でもロレ、ラゴスさんはもう助けるの決定でいいの?」 「あ? てめぇもそのつもりだったんじゃねぇのかよ」 「まあね……。じゃあ、ロレはこっちでアンナさんとルークさんを守っていてくれる? 僕とマリアがラゴスさんを助けてくるよ」 「了解。……なぁ、あんたらどっか目立たねぇ場所知らねぇか?」 「え、そうですね、私が泊まっている宿屋なら……」 「じゃあその宿屋で待ち合わせようよ。宿屋の場所と部屋番号を教えてください」 待ち合わせ場所を決めてサマとマリアが去っていく。それを見送って、俺たちも移動――する前に俺は足を止めた。 「……なぁ、お前らさ。さっき助けた礼にってわけじゃねぇけど……ちっと、相談乗ってくれねぇか?」 『はい?』 二人とも怪訝そうな顔をして俺を見る。俺はあーくそ恥ずかし、と思いつつ頭をかきながら言った。 「……プレゼントのお返しになんかいいのないか……教えてほしーんだけど」 俺は誕生パーティの時からずっと思ってた。サマに――なんか、ちゃんとしたプレゼントしてやりてぇって。 サマの気持ちにどう応えるか、三ヶ月経つのにまだ答えは出てねぇ。けど、やっぱ――あんな適当なプレゼントじゃまずいだろ、やっぱ。あいつは俺にしっかり選んでプレゼントくれたのに。 だから俺は、次に行った街で、つまりここペルポイでサマになんか買ってやろうと思ったんだ。 こーいうしょっちゅうプレゼントの交換してそうな奴らになら、なんかいい案あるんじゃねぇかと思って聞いてみたんだが。 「あの……プレゼントのお返し、というのは、誰にですか?」 おずおずと聞いてくるアンナに、俺は一瞬言葉に詰まったが、別に妙なこと言わなきゃ話してもいいだろうと口を開く。 「サマに――ほれ、俺の仲間のもう一人の男。あいつがこの前やった全員の誕生日パーティでプレゼントくれたんだが、俺は用意してなくて適当なもんになっちまったから。なんかちゃんと買ってやろうと思ってよ」 「義理堅いんですね」 感心したように言うルーク。 「別に、そういうわけじゃ……」 「男の友達同士でそんなこと気にする人あんまりいないですよ。プレゼントっていったって適当になっちゃうこと多いですし。なにをもらったんですか?」 「……剣の手入れ用具。一番いいやつ。確か七百ゴールドくらいしたと思う」 「七百ゴールド!? 男友達の誕生日プレゼントにそんな高いもの買うなんて初めて聞きましたよ」 「だよなぁ……」 娼婦にプレゼントする時とかにゃそのくらいのもん買う時もあったけど。ローレシアにいた頃な。普通男相手にゃそんな高いもん送らねぇよなぁ……。つーか男にプレゼントするなんて習慣自体ねぇよ普通。 それはやっぱり、あいつが俺のことを好きだからなんだろうけど。 「男同士ってそういうもの? 私は仲のいい女友達と五百ゴールドくらいのアクセサリー贈りあったことがあったけど」 「それはお互いに同等のものを送りあうって決めたからだろう。下心がなければそんな高い贈り物は普通しないよ」 「そうなのかしら」 下心……あんのかなぁ、あいつ。やっぱ。俺に点数稼ごうとかそういう考え持ってんのかな。 でも――それでも、持ってたとしても。それ以上にあいつが俺に喜んでもらうために、俺のために必死で頑張って選んだのは確かだと思う。 あいつの、俺がプレゼント受け取った時の、たまらなく幸せそうな顔見てそれでも下心疑えるほど、俺は猜疑心強くねぇ。 「私だったら男友達にそんなプレゼント渡されたら遠慮してしまうな。さもなければ同じくらいのものを買って返す。借りみたいになってしまったら嫌だからね」 「ううん、まぁ私も友達からもらったらそうするかなぁ」 「つーかな……そーいうんじゃなくて……あいつは一生懸命選んでくれただろーから、それに報いたいっつーか……俺もあいつに喜んでもらえるプレゼント渡してぇんだよ」 『………………』 ルークとアンナは驚愕の表情で俺を見た。素早く視線を見交わし、ルークが半歩退がってアンナが前に出る。 「……? なにやってんだお前ら」 「い、いえ、別に」 「そ、それよりもそういうことならご自分で考えた方がよろしいのでは? その方がお相手も喜ばれますよ?」 「だっからその自分で選ぶ手がかりがほしいんだっつの」 「で、でしたらその方の趣味とか、普段旅をしている時に役に立つものとかがよろしいのではないでしょうか?」 「役に立つもの、ねぇ……」 俺はちっと考えてみる。あいつの趣味、ってなんだ。普段のあいつの仕事は会計とか、料理とかだけど……。 そーだな……調理用具なんか贈ってみるか。あいつの持ってねぇやつ。 「サンキュな、参考になったぜ」 「い、いえ! お役に立てて幸いです!」 「さぁルーク、早く行きましょう! 市長の部下に見つかってはこまるものね!」 「そうだね、アンナ!」 足早に逃げるようにして歩を進める二人を、俺は怪訝に思いつつ追いかけた。なんだあいつら、俺から逃げるみてぇに―― と、逃げ方はルークのほうが速かったこと、アンナがルークを守るように立っていることから、俺は気づいた。 こいつら、俺とサマができてると思ってんじゃねぇのか? 「っおい! 冗談じゃねぇぞコラ……!」 足早に追いかけかけて、俺は思わずへたりこんだ。少なくともサマの側に関しては、その推測は当たってんだ。 ……じゃぁ男に惚れられてる俺も………ホモ扱いされるってことか………? うぎゃ――――いやだ――――冗談じゃねぇぞんなの! 俺がなんでホモになんだよっ、俺はんな趣味金輪際ねぇっての! けどサマに、男に、喜んでもらえるよう必死に心を砕いてたのは確かだ。 うあああなんだよそりゃそれでホモになんのかよちくしょうやだやだやだんな扱いされてたまるか! ……けど………だからプレゼント渡すのやめるかっつったら、そんな気ねぇんだよな………。ホモ扱いされようが、どうしようが。 あいつの想いに応えるかどうかはわかんねぇけど………あいつを傷つけたくない、あいつに少しでももらったもんを返してやりたいって想いは、俺の中に確かに存在してんだから。 あーちくしょ、と俺は髪をかきあげた。あの色ボケ二人組、あとで覚えてやがれ! サマとマリアがラゴスを背負って帰ってきて――なんでも一週間飲まず食わずだったんだとか――部屋に運び込んだ。看病してやると、ラゴスはたちまち元気を取り戻した。看病っつってもメシ食わせただけだけど。あと回復呪文もかけてやってたらしい。 「いやもーマジ感謝だぜ! 俺マジあのまま死ぬしかねぇかと思いつめてたとこだったもん!」 しっかし、よく食うよく笑う奴だ。本気で一週間飲まず食わずだったのかよ? いきなりこんな食っていいのか? 「あのクソ市長に毎日いたぶられてよ、そりゃここんとこ数は少なくなってたけど、脱獄しなけりゃ殺されるって思ってじーわじわじーわじわ脱獄準備進めてたんだけどさ。なんとか金属板外せるようになって岩盤せこせこ掘り進めてたら、脱獄したって思われて大騒ぎになっちまってさ。そーなったらやっぱのこのこ出てくなんてできねーじゃん? 必死に掘ったんだけど固くてなかなか進まなくてさー、もーマジ死にそーだったぜ!」 「……お前本気で市長にいたぶられてたのか? にしちゃやたら元気だな」 大笑いするラゴスの明るさに半ば以上呆れて俺が言うと、ラゴスは顔をしかめた。 「冗談。これは俺の鉄の精神力の賜物だぜ。正直俺ぁもう一度市長の拷問受けろっつわれたら舌噛んで死ぬかもしんねー、そんくらいきつかったもん」 「……そうなのか」 全然そうは見えねぇが、大変だったんだなこいつも。 「そう。肉体的にもそーだけど精神的にもきつくてさ、プライドとの戦いだったぜ。人前で浣腸されてクソやションベン漏らすとこ観察されるしさ、市長のションベン飲まされたり。ぶってぇ張り型付きの三角木馬に乗らされたり、チンコに重しつけられながら四肢吊られたり、チンコに細い管入れられてションベン漏らさされたり。市長が男いたぶりなれてるだけあって最終的にはイかせられるっつーのがまたプライド傷つけんだよなぁ……そのくせ死ぬほど焦らすし、肉体的にも死ぬかと思ったぜ。犬にチンコ突っこまれたことまであったなぁ……」 「バカヤロっ、んなこと事細かに説明すんじゃねぇっ! 女いんだぞここにはっ!」 俺は思わず絶叫した。んなこと聞きたくねえぇぇ! 男のいたぶり方なんざ俺の人生と金輪際関わりあいにしたくねえぇぇ!! ラゴスはちっとも悪びれずに笑って「わりーわりー」とか言ってやがる。……このタコどーしてくれよう……。 「……で? お前もこっから脱出する気はあるんだろ?」 とにかくまともな話し合いにしようとしてそう言うと、ラゴスはうなずいた。 「けど、市長にはしっかり礼してから脱出してぇな。あれだけやられておきながらなんにも仕返しできねぇなんて、悔しすぎるぜ」 「それはわかるけどな」 俺だってそんな目にあっちゃあ絶対やった奴をぶっ殺さねぇと気が済みやしねぇだろう。 「なんか策あんのか?」 「……移住人表をうまく使えば退任には追い込めると思うんだけどな……」 「移住人表? それお前まだ持ってんのか?」 「んなわきゃねーだろ。ただ俺は在り処を知ってるんだ。市長が俺をいたぶるために何度も言ってたからな……けど手に入れるのは不可能じゃねーだろうがそれを活用する方法がない。市長の対抗勢力なんてこの国にいるのはどれも五十歩百歩の汚い野郎どもだ。そいつらにそれを渡したってどうにもなんねぇ……そいつらだって移住人選びに加担してるのが大半なんだからな。どうすりゃそいつら全員牢獄へぶちこめるのか……」 「できないことはないと思うけど」 考えこむ俺たちをよそにサマがあっさりそう言い、俺たちは思わず叫んだ。 「えぇ!?」 「マジか!?」 「うん。でもそれには僕たちも頑張らなきゃいけないけどね」 で、頑張って、俺たちは市長を退陣に追い込んだ。 要するに移住人表を街中に幻覚で公表して人を集め、これはどういうことかと公衆の面前で問い質す。そこにラゴスが移住人表を持って現れ、俺らが市民に代わって裁きを下すわけだ。 なんつーか、大仰な王族言葉使わなきゃ駄目だってんで(そうでないと聴衆に受けが悪いからって)かなり疲れた。サマはすごく上手だったよっつってたけど、マジにあれでよかったんかな。 そんで今、ラゴスとエイガは感動の再会を果たしてるわけだ。 「兄貴………」 どこか不安そうなラゴスが、じっとエイガを見つめる。 対するエイガは無表情。唇を固く引き結んで、睨むようにラゴスを見ている。 ラゴスの瞳は潤んでる。あの元気っぷりが嘘みてぇに泣きそうだ。 ふいに、エイガの口元が緩んだ。 「よく、帰ったな」 「兄貴ぃ……」 ラゴスの表情がくしゃっと崩れる。エイガが苦笑して、両腕を広げた。 「ほれ」 「兄貴……!」 ラゴスは顔をぐしゃぐしゃにしつつ、だっとエイガに駆け寄って抱きついた。エイガも抱きしめ返して背中を撫で下ろしてやっている。 「兄貴っ、ごめんな、ごめんなー!」 「もういいから泣くな。しょうがねぇな、本当にお前は」 しょうがねぇなと言いつつもエイガは微笑んでいる。……美しいワンシーンだ。 ………うああああああなんでだ俺! これは単なる兄弟同士の親愛の表現だってのになんでホモに見えちまうんだ!? 嫌だ嫌だ嫌だ俺の頭がホモ菌に冒されてきてやがる! 男が二人接触してりゃホモに見えちまうなんて人生終わりだー! けどなぁ……俺をホモと関わらせてる最大の要因と縁切りする気俺全然ねぇしなぁ……これからもホモづくことになんだろうなぁ。 ……しょうがねぇ。覚悟を決めるか。いやホモとか言われたら俺は速攻でそいつぶちのめすと思うけど。 できるだけホモに過敏な反応しねぇように、心がけるとすっか。 ラゴスから水門の鍵とやらを礼だと渡されたのち(盗んだもんだと知り俺は二、三発殴っておいた)、俺たちはペルポイから出航した。買えなかったミンクのコートもペルポイからの礼っつーことで受け取れたし、まぁ上々の成果じゃねぇかな、ペルポイ。いつかテパって村にもこの鍵返しにいかねぇとなぁ……。 などという話はさておき。俺はサマに選んだプレゼントを渡さなきゃならねぇ。 サマは舵取り当番だったんで操舵輪にしがみついている。後ろから近づいて声をかけた。 「サマ」 サマが振り向く。 「ロレ。どうしたの?」 ……なんて言うか。いきなり渡しちゃ変に思うかな。けどなぁ、渡す前にくだくだしく言い訳すんのって馬鹿みてぇだし。結局俺は、ぶっきらぼうにプレゼントを差し出した。 「ん」 「え? ………どうしたの、ロレ? これ、なに?」 サマはきょとんとしたみてぇだった。俺はなんか妙に照れくさい気分になりながら言う。 「………誕生日プレゼントだよ。一ヶ月遅れの」 「……一ヶ月前にもらったもの……返さなくちゃ駄目、なの?」 そう言う声がひどく細く、不安げに聞こえて俺は慌てて言った。 「そ、そーじゃなくてだな! あれは……その場のノリ、っつーか。ちゃんとお前のために選んだプレゼントじゃねぇわけだし」 「そんなことないよ。ロレはプレゼントのこと忘れてたのに、それでも頑張ってプレゼントをすることを選んでくれたじゃない」 「やっぱ忘れてたって気づいてたのか……いやそーいうことじゃなくてな。俺がやなんだよ。苦し紛れに選んだプレゼントなんぞ、めちゃくちゃ大切にされても――困る」 「…………」 「だから、ほれ。受け取れ。今度はきっちりお前のために選んだから」 俺としてはかなり、なんつうか……サマに喜んでもらえるよう、優しい言葉を選んだつもりだったんだが、サマはなぜか笑った。俺はムッとする。 「なにがおかしんだよこのヤロ。人が必死こいて選んだのがそんなにおかしーか」 「ううん……そうじゃなくてね。ありがとう……嬉しい。すごく嬉しい。開けてもいい?」 その声は本当に、心底嬉しそうで幸せそうだったから、俺はほっとして言った。 「……ああ」 サマはプレゼントを開けた。中身は砂時計のセットだ。調理用品売ってる店に行って、なんかプレゼントにできるもんねぇかって必死に選んで買ったやつ。 値段から言うとサマのプレゼントの方がずっと高ぇけど……サマはそーいうこと気にしねぇだろうと思ったから。 「……料理する奴は、砂時計とかあったら便利だって聞いてよ。お前持ってなかったし、あっても、困んねぇんじゃねぇかと、思って……」 言いながら、声が細くなっていってしまった。なんつうか、見せるまでは勇むような気持ちの方が強かったんだけど、見せたらなんか不安になってきた。これで喜んでくれっかなとか、やっぱ別のもんがよかったんじゃねぇかな、とか柄にもねぇこと考えちまって。 サマはまた笑った。俺はなんだか妙にショックを受けて、ぼそぼそと言う。 「……んだよ。悪かったよつまんねぇプレゼントで」 「そうじゃない、そうじゃないってば。たださ……ロレ、可愛いなって思ってさ」 「――――!」 可愛いって、可愛いって。なんだそりゃ。俺みてぇな男に言う台詞じゃねぇだろ。 お前俺のこと可愛いとか思ってんのかよ。目ェ悪すぎだろそりゃ。なんつーかもー……ムカつく……その上恥ずい………! 「勝手に言ってろ、ボケッ!」 八つ当たりにどすどす足を踏み鳴らしながら足早にその場を立ち去る――その後ろから、サマが声をかけてきた。 「ロレ、ありがとう! 大切にするね、ずっと! ちゃんと使うからね!」 ……………。 くそ。俺はホモじゃねぇし、こいつの想いに応えてやるかどうかもわかんねぇけど。 嬉しいじゃねぇか。ちくしょう。 こんな風に、純粋に、真っ向から、たまらなく嬉しいって声出されたら。 そんな風に喜ぶのが、俺を好きだからだとしても。 ホモ扱いされんのは冗談じゃねぇけど。んなこと言う奴ぁぶっ殺しもんだけど。 こいつにこんな、嬉しげな声を出させてやれるんだったら、またこいつのためになにかしてやってもいいかなって思った。 |