ペルポイ市政の話
 僕たちはデルコンダルから一ヶ月でペルポイにたどりついた。距離はけっこうあったんだけど、デルコンダルからはこの時期季節風が吹く上に海流もそっち方面に向かっているんで、予想以上に時間が短縮できたんだ。一応考えて取った航路なんだけどね。
 とにかく無事都市国家ペルポイの港にたどりつき――ロレたちは驚愕に目を見開いた。並ぶ街並みの中に一人も人間の姿が見えなかったからだ。
「なんだってんだ? まさか魔物に……?」
「たぶん違うと思うよ。ベラヌールで聞いたんだけど、ペルポイは魔を統べる者の出現を知ると、襲撃を警戒して地下の遺跡に避難と称して閉じこもっちゃったんだって。だからペルポイの人はみんな地下にいるんじゃないかな」
「遺跡ぃ? んなとこに人が住めんのかよ」
「ペルポイの古代遺跡は古代帝国の技術で作られた遺跡だっていうことを知らないの? たぶん普通の住居より暮らしいいはずよ……だけど、交易とかはどうしているのかしら」
「事実上の鎖国状態らしいよ。遺跡の中で自給自足が可能だから、それでも問題なく生活はしていけるんだろうけど……」
「自分たちだけ安全なとこでことが収まるのを待とうって腹かよ。気に入らねぇな」
「そうだね」
 実際僕もそういう考え方は気に入らない。なによりいくら古代遺跡が広大だからといったって収容できる人数には限りがあるんだ。ペルポイは小さな都市国家だけど、都市の周囲に農村もいくつかあったはずだし。そういう人たちを放って自分たちだけ安全を確保しようっていうのは、とてつもなく気に入らない。
「でも戦力の補強のためにはペルポイに行った方がいいのは確かなんだよ。強力な魔法の武器防具がペルポイではいまだ製造されているからね」
「……しゃあねぇか」
 人っ子一人いない街の中を歩き進む。遺跡都市という呼び名とは裏腹に、ペルポイの地表部分は新しい建物が多かった。ムーンブルクに次ぐとも言われる高度な魔法技術を惜しげもなく使い、増改築を繰り返してるんだろう。
 建ててあった街地図を眺めつつ、古代遺跡のある場所へ向かうと、そこには焚き火をしている一人の男性と犬がいた。
「こんにちは」
 挨拶してみると、その男性も軽く頭を下げ返してきた。
「旅人か? それならここに来ても無駄だぞ。ペルポイの民はみな地下の遺跡へと逃げ込んでしまった。そうでなければ他の国へ逃げ出したか、だ」
「あなたはここでなにをしてらっしゃるんですか?」
 その男性は苦笑した。
「俺はへそ曲がりでね。逃げろ逃げろといわれると残りたくなる。……それに、俺は市の役員だったんだ。ペルポイという街が見捨てられちまった今、その終焉を看取ろうとしたって悪かないだろう。都市周辺の農村の人間たちに対処する人間も、必要だろうしな」
「ふぅん……あんたなかなか根性据わってんな」
「へそ曲がりなだけさ。それよりあんたら、ここに来てどうする気だ? 残ってる建物ならどう使ってもかまわないが、火事場泥棒するにもろくなもん残っちゃいないと思うがね」
「ペルポイの遺跡へと向かう扉は金の扉で封印されているんでしょう?」
 その男性は目を見張った。
「あんたら、まさか……」
「はい、金の鍵を持っています」
 まさか金の鍵が手に入るなんて思わなかったから、ベラヌールではペルポイに来る予定なんてなかったんだけどね。
「そうか……だが、下の奴らが侵入者を受け入れるとは思えない。封印を破っても追い返されておしまいになるかもしれないぞ?」
「こっそり侵入できればいいんですけどね……マリア、レムオル使える?」
「使えなくはないけれど……向こうも魔法感知装備は用意してあると思うわ。マホミエーヌもある程度強力な感知能力のある装備の前では気休めにしかならないし……」
「見つかった時のリスクの方が高い、か。真正面から交渉するほかなさそうだね」
 ちなみにマホミエーヌというのは魔法感知系の呪文・装備を誤魔化すための呪文。技量に対して他の呪文より効果の少ない、効率の悪い呪文なんだ。
「……真正面から交渉して中に入れる自信があるのか? ペルポイの市長はかなりの曲者だぞ」
「まぁ、それなりに。どうしてもということになれば力に訴える手もあるわけですし」
「ペルポイの警備隊を強行突破できる、と?」
「僕たちならできますよ」
 にっこり微笑んでそう言うと、男性はしばし考えこむと、真剣な顔で言った。
「そうまで自信があるなら……ひとつ頼まれてくれるか」
「なんでしょう?」
「地下遺跡の牢獄の中に、ラゴスという男が囚われている。その男を脱獄――とまではいかなくても、牢屋番に鼻薬を効かせて、少しでもいい待遇にさせてもらいたい」
「ラゴス……? そいつはあんたのなんなんだ?」
 男性は苦笑した。
「不肖の弟だ。もう成人してるってのにガキっぽくてな。権威や体制が大嫌いで……怪盗気取りで金持ちの悪党からものを盗んでいたそうだ、詳しくは知らんがな」
「へぇ……怪盗、ね」
「でもそれでも盗みは盗みだと思いますけど。たとえ善行だと言えるとしても、それによってこうむらなくてもいい迷惑をこうむった人間がいるはずです。それを脱獄させるというのは、僕としては首肯できないんですが」
「ああ、俺もそういう盗みで捕まったのなら文句は言わん、弟だろうがなんだろうがしっかり服役させるさ。だが、あいつが捕まったのは――移住人表を盗もうとしたからなんだ」
「移住人表?」
「地下遺跡に移住できる人間の載った表だ。厳正な審査で選ばれると市長どもは言っていたが、その実は賄賂で選ばれる人間が決まるようなものだった。あいつは賄賂と移住する人間を対照する表を盗み出して、公表しようとしたんだよ」
「…………」
 なるほど。価値ある行動ではあるな。
「あいつが市長の一声で遺跡の中にまで連れて行かれたのは……ひとつには盗んだものを貯めこんでるんじゃないかと疑って、その在り処を吐かせるため。もうひとつには市長の男色趣味のせいだろうな」
「………男色趣味?」
「ああ……市長は若い男が大好きで、常に数人の愛人を抱えてる。うちの弟は顔だけは悪くないからな、性的拷問をして楽しむつもりなんだろうさ」
 吐き捨てるように言う男性。………それは、確かに同情に値するかも。
「……頼まれてはくれんか?」
「……わかった。やれるだけやってやる」
 ロレはうなずき、僕もマリアも反対はしなかった。実際助けて悪いことはなさそうだったし。
「ありがたい。礼と言ってはなんだが……牢屋の鍵という鍵を知っているか?」
「は?」
「牢屋の鍵……牢屋と名のつく扉は全て開けることができるという魔法のかかった鍵ですね。裏社会では高値で取引されているという」
「ああ。それがこの地下遺跡では売ってるんだ。それの取引方法――それも法外な安値で買える方法を教える」
 ふぅん……牢屋の鍵、ねぇ。まぁこの先必要になる状況が訪れないとも限らないし、持っていても悪くはないかな。
 そんなわけで僕たちはエイガさんと名乗るその男の人から牢屋の鍵の取引方法を聞くと、古代遺跡の入り口に案内され、金の鍵で扉を開けて中に侵入したのだった。

「……ほう、世界を救うため旅しているロトの血族とおっしゃるか」
 ペルポイの市長は僕たちを舐めるような視線で眺め回しつつ言った。その視線の向かう先はロレと僕とマリアが3:6:1というところ。幸いロレよりも僕の方が興味を持たれているらしい。まぁ僕の聞いたペルポイの市長の噂が正しければ、ロト三国の王位継承者たちに手を出すような真似はしないと思うけどね。
 曰く、極端な実利主義者。そして極端なエゴイスト。
「だが我がペルポイは戦乱を避けて地下に避難したのです。ロトの血筋の方々は魔を統べる者に狙われるのでしょう? 正直あなた方は招かれざる客と申さざるをえませんな」
「長期間の滞在ではありません、せいぜいが数日。その間にハーゴンがこの場所を突き止め、わざわざ大軍をもって襲うとはとうてい考えられません。それに我々は法外な要求をするつもりはありません、我々の非公式な立場での、けれど正当性を持った入国を許していただきたい、それだけです。我々はそれで充分貴国に対して深い感謝を捧げることは間違いありませんが?」
 僕がいつも通りの口調で言うと、市長はふむ、と考える素振りを見せた。
「ですが我々は戦乱を避けるために涙を呑んで多くのものを捨ててきたのです。万が一にも戦に巻き込まれる可能性は避けねばなりません。我々にあえて危険を冒せと言うならば、それなりの代価を払っていただきたい」
「代価、ですか」
「そう、例えば――ローレシア、サマルトリア両国におけるペルポイの武器防具の大量購入、などですな」
 僕は苦笑した。また大きく出たな。
 だけどそんな向こうのつもりをあっさり飲んでやる義理なんてどこにもない。僕は口を開き――
「ざけんなよ」
 ロレがふいに口を開き低い声で言ったのを聞いて、静かに口を閉じた。
「は……?」
 ふいに乱暴な口を利かれ驚いたのか、あんぐりと口を開ける市長。
「ざけんなよっつったんだ。てめぇなにさまのつもりだ、このクソ野郎」
「な……無礼な! いかにローレシアの王子といえど、その言葉国辱ものですぞ!」
「笑わせんな、さんざん勝手な口利いといてこっちには礼儀を要求するか? 自分たちだけ助かろうとこんなとこに逃げ込んだ時点で、てめぇに偉そうな口を叩ける資格はねぇんだよ」
「え、偉そうな口を叩いているのはそちらではないか! 我がペルポイは決して軍事大国というわけではない、そのペルポイが戦乱に巻き込まれぬよう避難して、なにが悪いというのだ!」
「悪かねぇさ。弱ぇ奴が喧嘩を避けるのは当たり前、避けねぇのは馬鹿だ。自分たちだけでも助かろうって考え方を非難はできねぇ、俺たちだって同じ考え方しなきゃならねぇ時はあるしな」
「な、ならば……っ」
「けどな」
 ロレがきっと、苛烈な憤りをこめた視線で市長を見る。
「みんなが戦ってる時に一人だけ逃げ出す奴は卑怯者だ。和睦を勧めるのでもなく降伏を勧めるのでもなく、ただ自分たちの身の安全を確保しようとする奴はな。相手が世界を滅ぼそうとしてる以上てめぇらもとっくに戦乱に巻き込まれてんだよ、なのに自分たちだけ助かろうとしてる時点で偉そうな口を叩ける資格はねぇ」
「ロ、ローレシアとて自国の防備を最優先するのだろうが……!」
「ああそうさ。自分が可愛いのはどこの国も一緒だ。けど俺が治める国は、一緒に戦う奴らの信頼を裏切るような真似はしねぇ。国民の中から助ける奴放っとく奴を選び出すような真似もな」
「………っ」
「てめぇは臆病で卑怯者だ。そんな奴に一緒に戦ってくれと頼む奴ぁいねぇ、もちろん俺もな。てめぇは邪魔になんねぇように引っこんでりゃいいんだ、それがわかったんならとっとと俺たちを通しやがれ!」
「こ、の、貴様………!」
 顔を赤黒く染めて、市長は大声で叫んだ。
「衛兵! こいつらをつまみ出せ!」
 あ、実利より自我を傷つけられた怒りが勝ったか。だけどそれはこっちの思う壺だ。僕は立ち上がりかけたロレとマリアを制して、端然と座し続ける。
 僕たちが本気で座り続けようと思えばむりやりどかせられる人はそんなに多くない。ここの衛兵はその多くない人の中には入らなかったみたいで、僕たちは黙って座り続けることができた。
 痺れを切らして市長が叫ぶ。
「なにをしている、さっさとつまみ出せ! 武器を使ってもかまわん!」
 言われて衛兵が、おそるおそる武器を構える――そこに、にっこり笑って僕が言った。
「先に武器を取り出し、脅迫的な言動を行ったのはそちら――間違いなくこの記録盤に記録しました」
「は……な!?」
「これでこちらがなにをどうしようと正当防衛です。ロト三国の王位継承者たちに対する暴力的な言動、しっかり記録させていただきましたよ?」
「…………!」
「あなた方が僕たちをどうしても排除しようとなさるなら、僕たちも実力でこの街に押し入るまでです。そしてこの記録がある限り、どこに訴え出ようとそれは正当防衛とみなされることでしょうね」
「…………」
「どうします? それでも僕たちと戦いますか?」
 僕の言葉に、市長はがっくりとうなだれた。

「うっわ、すげ! 普通の剣とは威力が段違いだぜ!」
 武器屋で購入した光の剣を振り回しながらロレが嬉しげに言った。その足元には試し斬り用の石がきれいに二つに割れて転がっている。
「そうだね。これ以上強力な武器はなかなかないと思う。力の盾もちゃんと二人分買えたしね」
 買ったのは光の剣が二つと力の盾が二つ。両方とも僕とロレに。
 今まで貯めたお金が一気に残り少なくなっちゃったけど、その価値はあったと思う。ロレの攻撃力が一気に上がったことはパーティの戦力を倍増させたと言っていいと思うし、力の盾の効力でロレにも戦闘中のみとはいえ回復ができるようになったことも戦略の幅を増やしたと言っていいだろう。
 ミンクのコートが買えなかったのは残念だけど。やっぱりいくらなんでも高すぎだよね、六万五千ゴールドって。
「あとはー……牢屋の鍵か?」
「そうね。それを買って早くラゴスさんを助けなければ」
「だな……ん?」
 ふいにロレが足を止めた。
「どうしたの、ロレ?」
「なんか……聞こえねぇか?」
 言われて僕とマリアも耳を澄ます。
「……聞こえるね。歌だ。誰かが歌を唄ってる」
「きれいな声……素晴らしい歌声だわ。ロレイス、サウマリルト。ちょっと寄っていってもいいかしら?」
「僕はかまわないよ」
「俺も別にいいぜ」
 というわけで、僕たちは声のする方へ向かうことにした。どうやら街の広場で歌っているらしく、進むにつれどんどん人が増えていく。
 広場にたどり着いた時には広場中が人で溢れていた。ペルポイの永続化されたレミーラの光、真昼とは言わないまでも充分な明かりの下で唄う一人の女性を、何十人という人が十重二十重に取り巻いている。
 その女性は二十歳ぐらいに見えた。明るい茶色の長髪を後ろで結んでいるのが、表情や顔貌から感じられる優しい雰囲気を助長していた。
 唄っているのは明るい曲調のメロウなラブソング。しっとりとしているのに綿雲のように軽いその声が、天から響いてくるように高らかに空気を震わせる。
 ――僕たちの心も問答無用で揺らす、素晴らしい歌声だった。
 唄い終えた時、僕は久々に心からの拍手を彼女に送った。ロレもマリアも感じ入った様子で、それぞれに力をこめて拍手をしている。
 他の聴衆たちは言うに及ばず。盛大な拍手と同時に小銭やゴールドを彼女の足元の帽子に投げていた。
「僕たちもお金渡そうか?」
「そうだな。その価値はある歌だった」
「珍しいわね、あなたがそんな風に言うなんて。芸術のげの字も解さない人かと思っていたのに」
「うっせ、余計なお世話だ」
 最近ロレとマリアは自然に会話できるようになっているみたいだ。たぶんマリアが想いを隠して会話する術を身につけたせいだろう。
 ロレの方の変化じゃないと思う。だってロレは、会話は普通にできるようになってるけど、まだどこか僕に気を遣っているもの。
「………あれ」
 みんなで群集をかきわけて女性の方へ近づいていくと、群集の流れが変わったのに気づいた。歌を唄っていた女性から離れようとしている。
 見ると、女性にいかにも柄の悪そうな男たちが絡んでいるのがわかった。その中心人物らしき男が女性に顔を近づけながら言う。
「なぁアンナ、いい加減俺のものになったらどうだ、あ? 悪い目にゃあ会わせねぇぜ、俺の父親は市議会副議長なんだからな」
「……何度も言ったでしょう。自分の父親の威を借りる男になんて、私微塵も魅力を感じないの」
 女性――アンナさんが美しい声できっぱりと拒否する。男は笑った。
「馬鹿な女だな。世の中は所詮金よ、金。使えるもんは使うのが当たり前だろうが。ほれ、こっちに来な。可愛がってやってるうちに大人しくした方が身のためだぜ?」
「離して――」
 男がぐいっとアンナさんを自分の方に引き寄せる。確認する必要さえなく三人揃ってそれを止めようと動き出した時――
「その手を離せ」
 ふいに男の声がした。
「……ふん。出やがったな、ルーク」
 ルークと呼ばれた男性は(すらりとした体躯のなかなかハンサムな人だった)、きっと男たちを睨みながら言う。
「懲りない奴らだな。また殴り倒されたいのか」
「けっ! 市長の男妾がなにを偉そうに!」
 その言葉にルークさんはさっと蒼褪めたけど、口に出してはあくまで冷静な態度を崩さず、こう言った。
「その男妾に何度もいいようにやられているお前たちはなんなんだ?」
「……の、やろ……偉そうな口を叩けるのも今のうちだ!」
 男が叫ぶと同時に、後ろからざっと筋骨逞しい男が二人進み出た。ルークさんも決してひ弱な感じはしないけど、この二人と比べると子供のようだ。
「こいつらは親父の部下のプロの戦士だぜ。お前なんぞ片手で一ひねりだ! 泣いて謝るなら今のうちだぜ!」
「……誰が」
 きっと男を睨みつつ言うルークさんに、戦士たちの手が伸びる――その手を途中で僕たちが止めた。
「な、なんだ貴様らは!」
「通りすがりのお節介焼きだよ」
「てめぇら……こんな男妾の味方するってのか!?」
「男妾だろうがなんだろうが、女口説くのに力ずくで、しかも親の力でやろうなんてクズ野郎よりゃよっぽどマシだな」
「このっ……てめぇら、ぶちのめせ!」
 僕が手を止めている方の戦士が僕に殴りかかってくる――だけど僕にはその動きはひどくのろくさく見えた。
 相手が腕を振りかぶるより早く数歩進んで懐に飛び込み、どむ、と内臓が破裂しない程度に膝蹴りを入れる。
 それであっさり決着はついた。戦士はふらふらと揺れ、胃から吐瀉物を吐き出しながら気絶する。一応死なないように、気道は確保しておいた。
 その隣ではロレが戦士を殴り倒していた。ただ普通に殴っただけでも普通の人間じゃロレの力には耐えられないだろう。
 顔面蒼白になって逃げ出そうとする男にロレが一発入れて、戦士たちともども取り巻きに連れて帰らせた。
「……ありがとうございます。危ないところを助けていただいて」
「別に大したことしたわけじゃねぇよ」
「すばらしい歌を聞かせていただいたお礼ということで」
 ぶっきらぼうに言うロレとにこやかに答える僕に、ルークさんとアンナさんは目を見合わせた。
「あの……もしかして、旅人の方ですか?」
「? ああ」
「どうやってこの街に? 出入り口は封鎖されているというのに」
「市長を言い負かして入ってきたんだよ」
「半ば脅迫じみていたけれどね」
「僕たちはとてつもなく強いので。市長でも僕たちの行く手を阻むことはできないんですよ」
『…………』
 二人はしばし真剣な目で僕たちを見つめ、二人同時に言った。
『あの!』
「ルークを」
「アンナを……」
「ルーク、あなたまた私のことを! 私なら大丈夫と言ったでしょう?」
「それはこっちの台詞だ、アンナ。私の身の上なんていまさらどうでもいい、それよりも君の身の安全を確保しなくては」
「馬鹿なことを言わないで! 私だけ逃げ出したってなんの意味もないじゃない!」
「アンナ……だけど、私にはもう、君を抱きしめる資格は……」
「ルーク! お願い、そんなこと言わないで! 私が抱きしめたいと思うのはあなただけなのに……!」
「アンナ……」
「ルーク」
「……お前ら、俺たちに話があんなら自分たちだけで納得してねぇできっちり説明しゃあがれ」

 ことの起こりは四ヶ月前にルークがペルポイ近くの海岸に倒れていたことだ。
 旅の歌姫だったアンナはその頃ペルポイの農村に身を寄せていたのだが、ルークを見つけ親身に世話するようになった。ルークは名前以外の記憶を失っていたが、それだからこそと言うべきか、二人はどんどんと親密になりやがて恋人関係になった。
 そんな二人を見咎めたのが一ヶ月に一回出てくるペルポイの情報収集部隊だった。その中に加わっていた市長の甥が、アンナの美しさに目をつけてペルポイに連れ帰ろうとしたのだ。
 当然アンナもルークも激しく抵抗した。最後にはルークが市長の甥の鼻を潰すほど殴りつけた。すると市長の甥は激怒してルークを殺そうとし、他の隊員に止められて、仕方なく不穏分子という名目でペルポイに二人を連れてきた。市長に泣きついてアンナを手に入れ、ルークを合法的に殺そうと考えたのだ。
 しかし市長は甥の思惑通りには動かなかった。ルークの美しい顔と体を見初めた市長は、ルークにこう誘いをかけたのだ。
 自分のものになれば甥をアンナから遠ざけてやろう。しかし逆らうならば、ルークは投獄、アンナは当然甥のものにする――
 その誘いという名の脅迫を、ルークは受けた。
 それ以来、アンナはペルポイに留まり、歌を唄い続けているのだ。ルークに届くように、与えられた短い外出時間の中で少しでも愛しい人に会えるように―――

 という事情を聞き、ロレはげっそりしたようだった。やっぱり妾にされたのが男だっていうのが脱力の原因なんだろうか。
 とにかく事情を聞いた僕は(ルークさんの素性になにか気になるものを覚えながらも)、ルークさんとアンナさんに確認した。
「つまり、あなた方はペルポイから逃げ出したいんですね?」
『はい』
 二人はそろってうなずいた。
「ルークにこれ以上辛い思いをさせたくないんです。一刻も早く逃げ出したい……」
「本当なら私のような記憶なしの金なしより、アンナ一人で逃げてもらった方がよほどいいと思うんですが……」
「ルーク! 私はいやよ、あなた一人辛い境遇に置いたまま逃げ出すなんて!」
「アンナ……だけど私は、手に職もなければ金もない。とても君を幸せにはできないよ……」
「私あなたに一方的に幸せにしてもらおうなんて思ってない! あなたと一緒にいたいの、一緒に幸せになりたいの! どうしてわかってくれないの!?」
「アンナ……」
「ルーク」
「……不可能じゃないですけど」
 すぐ見つめあう二人の色ボケっぷりは無視して僕が言うと、二人はとびつかんばかりに反応した。
『本当ですか!?』
「本当です。だけど僕としては必要以上にことを大きくしたくはないので……強行突破は最後の手段にさせていただけますか。あなた方を助けるのはやぶさかではありませんが、策を考える必要はありそうですから」
『はい……』
「……とりあえずよ、目的が同じなんだからラゴス助けてきてから考えねぇか。盗賊ってんならなんかその手のいい考え浮かぶかもしれねぇだろ」
「そうだね……でもロレ、ラゴスさんはもう助けるの決定でいいの?」
「あ? てめぇもそのつもりだったんじゃねぇのかよ」
「まあね……」
 あんな市長にいいようにされているのを放っておくというのは、いくら僕でもさすがに哀れを催す。第一罪人の取り扱いとしては性的虐待はペルポイの法にも反しているはずだ。半ば公然の過ちとされているとはいえ。
「じゃあ、ロレはこっちでアンナさんとルークさんを守っていてくれる? 僕とマリアがラゴスさんを助けてくるよ」
「了解。……なぁ、あんたらどっか目立たねぇ場所知らねぇか?」
「え、そうですね、私が泊まっている宿屋なら……」
 話し合うロレたちと一応の待ち合わせ場所を打ち合わせてから、僕とマリアは道具屋へと向かった。

 道具屋で符丁を示し牢屋の鍵を出させ、エイガさんから教わった通り道具屋の主人の秘密をほのめかして脅迫し安値で牢屋の鍵を買い上げて。
 僕たちはペルポイの牢獄にやってきていた。
「ラゴスさんと面会したいんですが」
 看守は不審そうな顔で僕たちを見たあと、ぶっきらぼうに言った。
「ラゴスなら脱獄したよ」
「脱獄?」
 少し驚いて僕が問うと、看守は苛立たしげに言う。
「ああ……ここは特殊な魔術で出入りを厳重に管理されているってのに、どうやったんだか」
「厳重というと、どのように?」
「出入りできる人間は認識札を持った数人だけ、それ以外の人間が通ると警報が鳴る。牢獄は四方を特殊金属で覆われた固い岩盤で囲まれている上に牢屋の中では魔法封じの結界が張られている。攻撃呪文もミスリルで表面加工した建築物には効かない、入るも出るも困難を極める、金城鉄壁の牢獄だぜここは」
「なるほど……ラゴスが脱獄したのはいつからですか?」
「そんなに前じゃねぇよ。気づいてからは一週間ぐらいかな」
「……わかりました。ラゴスのいた牢を見てもいいですか?」
「ああん? 見てどうするんだ」
「ラゴスの居場所の手がかりがつかめるかもしれないと思いまして」
 僕はにっこりと微笑む。看守はしばし僕を見つめたあと、ふんと鼻を鳴らした。
「まぁ、いいだろう。ただしおかしなことをしたら今度はあんたらを牢にぶち込むからな」
「わかりました」
 先頭に立って僕たちを案内する看守――その後ろで僕はこっそりマリアに話しかけた。
「マリア。マヌーザマの呪文は使える?」
「使えるけれど。どうする気?」
「僕の行動をあの看守に認識させないようにしておきたいんだ。いなくなったということも気づかれないようにしたい。できる?」
「難しいけど――できると思うわ」
 マリアはこっそりと呪文を唱える。マヌーザマの呪文はマヌーサの呪文の発展系で、相手に見せる幻覚を自由に選ぶことができる。マヌ系呪文は光や音を操って幻を見せるレム系呪文と異なり、相手の心に働きかけて幻を見せるけど、その究極系と言ってもよさそうな呪文なわけだ。
 扱いが難しくてほぼ人間にしか効かないけど、自分を認識させなくして一方的に攻撃するとか、強烈な恐怖の幻を見せて精神を衰弱させるとか、好きなことができるわけ。
 看守はすたすたと歩み続け、牢獄の一番奥まで進み出て足を止め、こちらの方を振り向いた。
「ここがラゴスの牢だ。中には入れられないが、調べたいって言うんなら好きにすりゃいいさ」
 僕はマリアに視線をやってうなずく。マリアも目線でうなずいて、看守に話しかけた。
「あなたはラゴスはどうやって逃げだとお思いですか?」
「さぁねぇ、見当もつかんね。ラゴスはそこそこ魔法は使えたと聞いているがこの中は魔法封じの結界が張られているしな……」
 マリアが看守の相手をしてくれている間にと、僕はまずマホレミの呪文を唱えた。魔法感知の呪文だ。
 魔法封じの結界の力が強力でよくわからないけど、中にはそれ以外には魔法の力は働いていないように思えた。
 牢屋の鍵で扉を開けて、中に入る。確かに中には魔法封じの結界が張られているようだ、魔法に使う感覚が途切れてしまっている。
 となれば、トリックでここを抜け出したとしか考えられないのだけど。扉の鍵は間違いなく閉まっていた。穴を開けた痕跡もない。となれば――
 まだここにいるとしか、考えられない。
 僕は部屋の奥をしばらく探索し、金属板がずれる場所を発見した。
 金属板をどかし、奥に入る――すると中では二十歳前後のわりと繊細な感じのハンサムな男性がぐったりと倒れていた。そりゃ脱獄したと思われてりゃ食事も用意してもらえないし、一週間飲まず食わずだったんだろうな。
 僕は荷物の脇につけている皮袋を取り出し、中に入っている水を口元に注いだ。男性がゆっくりと目を開ける。
「――あんたは……誰だ………?」
 長い間水分を取っていなかったんだなとわかるしゃがれた声。
「あなたはラゴスさんですか?」
「ああ……」
 力なくうなずく男性――ラゴスさん。僕はラゴスさんに顔を近づけて言った。
「あなたのお兄さん、エイガさんに頼まれてあなたを助けに来ました。一緒にここから出てくれますか?」
「兄貴が……?」
 目を見開くラゴスさん。僕はうなずく。
「一緒に来てくれますか?」
「兄貴が……」
 ほとんど朦朧としてるみたいなんで(一週間飲まず食わずじゃ無理もないよね)、僕は返事をもらうのを諦めてラゴスさんを担ぎ上げた。小部屋から顔を出してマリアに合図し、金属板を元に戻してから外に出て扉を閉める。
 同時にレムオルーニの呪文を唱えた。ラゴスさんを囚人や他の看守から見えなくするためだ。
 レム系の呪文というのは面白い特色を持っていて、移動しないものにかければ永続的に効果は続くけど、移動させるとあっという間に効果が切れてしまう。レムオルーニはその特性を逆に利用して、持っているものを透明にする呪文なんだ。
 持っているもの自身が移動するわけではないから効果は切れない、という理屈で透明化を長続きさせるという妙な呪文なんだけど、明らかに効果はある。
 そんな風にして、僕たちは無事ラゴスさんを脱獄させることに成功したのだった。

「いやもーマジ感謝だぜ! 俺マジあのまま死ぬしかねぇかと思いつめてたとこだったもん!」
 ばくばくとすごい勢いで食事をしながら笑いつつ言うラゴスさんに、アンナさんとルークさんは一歩退いた。
 ラゴスさんを無事助け出しロレたちと合流した僕たちは、とりあえずラゴスさんの元気を回復させようと宿を取り(この街の特性上宿は半ば酒場と化していたけど)、回復呪文をかけて消化のいい料理を作ったら飛びついてきて完食、いきなり元気になってしまった。
 大した回復力だ。その体力、人間としては最高レベルだといっていいだろう。
「あのクソ市長に毎日いたぶられてよ、そりゃここんとこ数は少なくなってたけど、脱獄しなけりゃ殺されるって思ってじーわじわじーわじわ脱獄準備進めてたんだけどさ。なんとか金属板外せるようになって岩盤せこせこ掘り進めてたら、脱獄したって思われて大騒ぎになっちまってさ。そーなったらやっぱのこのこ出てくなんてできねーじゃん? 必死に掘ったんだけど固くてなかなか進まなくてさー、もーマジ死にそーだったぜ!」
 あっはっはと大声で笑うラゴスさん。その間もスプーンは離さない。
「……お前本気で市長にいたぶられてたのか? にしちゃやたら元気だな」
 ロレが思わずというようにぼそりと言うと、ラゴスさんは思いきり苦々しげに顔をしかめた。
「冗談。これは俺の鉄の精神力の賜物だぜ。正直俺ぁもう一度市長の拷問受けろっつわれたら舌噛んで死ぬかもしんねー、そんくらいきつかったもん」
「……そうなのか」
「そう。肉体的にもそーだけど精神的にもきつくてさ、プライドとの戦いだったぜ。人前で浣腸されてクソやションベン漏らすとこ観察されるしさ、市長のションベン飲まされたり。ぶってぇ張り型付きの木馬に乗らされたり、チンコに重しつけられながら四肢吊られたり、チンコに細い管入れられてションベン漏らさされたり。市長が男いたぶりなれてるだけあって最終的にはイかせられるっつーのがまたプライド傷つけんだよなぁ……そのくせ死ぬほど焦らすし、肉体的にも死ぬかと思ったぜ。犬にチンコ突っこまれたことまであったなぁ……」
「バカヤロっ、んなこと事細かに説明すんじゃねぇっ! 女いんだぞここにはっ!」
 絶叫するロレ。その顔面は蒼白だ。マリアとアンナさんは揃って顔を真っ赤にしている。ルークさんはぎゅっと目をつぶってなにかに耐えるように拳を握り締めている、自分のされたことを思い出してしまったんだろう。
 僕はといえば、ちょっと好奇心がうずいて話を詳しく聞いてみたいなとか思っていた。別に誰かに実行する気はないけど。
 ラゴスさんはきょとんとして、それから頭を掻いて「わりーわりー」とか言っていた。……こーいう性格でよく盗賊なんてやってられたな。
「……で? お前もこっから脱出する気はあるんだろ?」
 ロレが呼吸を整えてそう聞くと、ラゴスさんはちょっと考えるような顔をしてからうなずいた。
「けど、市長にはしっかり礼してから脱出してぇな。あれだけやられておきながらなんにも仕返しできねぇなんて、悔しすぎるぜ」
「それはわかるけどな。なんか策あんのか?」
 うーん、とラゴスさんは考えこむ。
「……移住人表をうまく使えば退任には追い込めると思うんだけどな……」
「移住人表? それお前まだ持ってんのか?」
 ロレが驚いたように聞くとラゴスさんは違う違うと手を振った。
「んなわきゃねーだろ。ただ俺は在り処を知ってるんだ。市長が俺をいたぶるために何度も言ってたからな……けど手に入れるのは不可能じゃねーだろうがそれを活用する方法がない。市長の対抗勢力なんてこの国にいるのはどれも五十歩百歩の汚い野郎どもだ。そいつらにそれを渡したってどうにもなんねぇ……そいつらだって移住人選びに加担してるのが大半なんだからな。どうすりゃそいつら全員牢獄へぶちこめるのか……」
 考えこむラゴスさん。ロレも考える風を見せた。僕はちょっと考えて、考えを二、三度再検討してから、言った。
「できないことはないと思うけど」
「えぇ!?」
「マジか!?」
「うん。でもそれには僕たちも頑張らなきゃいけないけどね」

 まずは移住人表を手に入れなきゃならない。ラゴスさんの潜入能力にマリアの幻覚呪文であっさり手に入れた。ついでに同じところにしまってあったいくつかの機密文書も。
 その手に入れた移住人表&機密文書にマリアが強力な呪文をかける――レムオーマの範囲拡大式呪文だ。
「うお……すげぇな、姉ちゃん」
 ラゴスさんが口笛を吹く。実際マリアの魔力と魔法技術はとんでもなかった、僕は一応把握はしてたんだけど。マリアはペルポイの街中の壁にびっしりと、市長たちの悪行の証拠の書類をそっくりそのまま写し取った幻影を浮かべたのだ。
「少し疲れるけれど……このくらいならなんとかなるわ」
 にこっと微笑むマリアに、ロレはにやりと笑いかける。
「マリア、お疲れさん、あとは休んでろ。――サマ。あとは俺たちの仕事だな?」
「うん」
 にっこり笑って返事をし、三十分の待機後行動を開始する。
「ローレシア第一王位継承者、並びにサマルトリア第一王位継承者が参った! ロトの血族の誓いにより、正しからざりき行いしし者に正しき道を示すために!」
 ペルポイ市役所に集まってきた群衆の前で、大音声で宣り給うロレ。周囲の注目を集める効果はばっちりだ。
 やってきた衛兵たちを一睨みで退けて、市長の居場所へ向かう。あとから興奮した群集がついてくるのも計算済みだ。
「ペルポイ市長、ゴーン・タマワーク!」
 逃げ出そうとしていたところをぎりぎりで押さえる。ペルポイ市長はなんとか威厳を取り繕った。
「なんですかな。突然押し入り偉そうに名前を呼ばわるとは礼儀知らずな……」
「能書きはいい。今街の壁に出ている書類の内容を知っているな?」
 ぐっと市長は言葉につまった。必死に平静を装って鼻を鳴らす。
「あれは虚偽の報告です。捏造です。私とはなんの関係もありません」
「ほう。だが内容を確認した限りでは、充分正当性があるように思えたのだが?」
「精密に偽造しただけのこと。その程度のことも見抜けぬようでよく王族の責務を務められますな?」
「偽造じゃないぜ」
 ここでタイミングを計っていたラゴスが後ろから登場。市長を絶句させながらロレに書類を渡す。
「俺が手に入れた市長と、その取り巻きの収賄表だ。遺跡に移住した人間の中で、賄賂を送っていい場所を占めた奴らの名前も載ってる」
「ら……ラゴス! 貴様のような盗賊が………!」
「ああ俺は確かに盗賊さ。けどな、俺はてめぇらみてぇなクソ金持ちが世の中の道理を曲げるのを黙って見てられるほど腐った根性してねぇんだよ! 舐めるんじゃねぇ腐れ変態豚野郎!」
 ラゴスが気持ちよさそうに啖呵を切る。まぁ、ここは言わせてあげるべき場面だよね。
「……っしかし! ロト三国の王族とはいえペルポイとはなんの関係もない国の人間が、ペルポイの国政に口を出すとは、内政干渉になりますぞ!」
「むろん承知の上だ。他国の政治に口を出すことが間違ったことであることも承知している、しかし!」
 ここでロレはぎっと市長を睨み、気迫をこめて。
「ロトの誓いに曰く、『我、力なき者の剣となり、正しき者の意思を通すべく剣を振るわん』! ペルポイ市民が望むことを力で押さえつけんとするならば、我はその力を排除する! それが王族としての責務に反すると言うならば、いつでも王族の身分など捨ててかまわん!」
 ……ロレけっこうノリノリだな。芝居役者みたいだ。そういうロレもカッコいいけど。
「ペルポイの市民よ、今ここで問う! この法を犯せし長を、このまま長として戴くか!?」
『冗談じゃねぇ!』
『やっちまえ!』
 方々から罵声が飛んでくる。ここで市民が暴走して私刑したりしないように、僕が一言。
「ゴーン市長、あなた及び部下の方々の行為はペルポイ市法第五章三条、収賄の禁止に反しています。十万ゴールド以上の収賄は禁固一年、罰金一万ゴールド。速やかに全員縛につくならば、ペルポイ市民のみなさんも怒りを鎮められると思いますが?」
 暗にあくまで抵抗するなら市民に裁きを任せるぞ、という意図を含ませているのがわかったのだろう、ペルポイ市長はがっくりと膝をつき、うなだれた。

 いろんな人に礼を言われたけど、ルークさんとアンナさんには特に何度も礼を言われた。アンナさんにつきまとっていた奴の父親(副市長)も失脚したから相手も大きな顔はできないだろう、って。
 二人はしばらくペルポイで暮らして(アンナさんのファンもいっぱいいることだし)、身の振り方を考えると言っていた。
 僕は一応ルークさんとアンナさん両方にこっそり告げておいた。ルークという名前の、沈んだ船に乗っていたザハン出身の漁師がいるって。ようやくルークっていうのはザハンで聞いた名前だと思い出したんだ。
 もちろん赤の他人かもしれないけど、手がかりにはなる。それをどう使うかは二人で決めることだ。二人とも、それを聞いていろいろ考えているようだった。
 ラゴスさんとエイガさんは涙の再会を果たした。抱き合いながら泣きじゃくるラゴスさんをただ抱きしめるエイガさんの姿は、まあ感動的といっていいものだったろう。ロレはなんだか渋い顔してたけど。
 まだこれからいろいろと話し合いがあるだろうけど、一応鎖国的状況は取りやめることになったというので、エイガさんは市役所役員に復職した。これから忙しくなるだろうと張り切っていた。
 ラゴスさんから、礼だと言って鍵をもらった。水門の鍵だというのでどこの水門の鍵か聞いたらテパのだって。伝説的な織物職人を何人も輩出しているので有名な村だ。
 んなとこから鍵パクってくんじゃねぇってロレは怒ってたけど、だって村長がめっちゃムカつく奴だったんだもん、鋳型はあるからまた鍵を作るのに不便はないはずだい、とラゴスさんが必死に主張したんで二、三発殴られるだけですんだみたい。まぁ確かにデザイン的にもきれいな鍵だったんだけどね、価値のありそうな。
 ペルポイの新議会からはお礼――という名の口止め料を払おうという申し出があったんで、ミンクのコートをくれるよう要請した。
 そうしたら渋々だけど(なにせミンクのコートっていうのは特殊な方法でしか育てられないミンクっていう魔法生物の毛を一本一本手織りで作ったコートなんだ、そりゃ値段も馬鹿高くなる)本当にくれた。ラッキーってことでもらっておくことにした。実際喋る気なんてないんだからもらったって別に悪くないしね。
 そんなこんなでいろいろあったけど、新しい船出。
 僕は舵取りの当番だったので、操舵輪を握っていた。と――ロレの気配が、後ろにした。
「サマ」
 声をかけられてから振り向く。
「ロレ。どうしたの?」
 にっこり笑うと、ロレはしばしあー、とかうー、とか唸ってがりがりと頭を困ったように掻き毟ったあげく、「ん」とぶっきらぼうになにか袋に入ったものを差し出した。
「え?」
 僕はきょとんとしてしまった。ロレの意図がわからない。
「………どうしたの、ロレ? これ、なに?」
「………誕生日プレゼントだよ。一ヶ月遅れの」
 ぶっきらぼうに言われて、僕は愕然とした。
「……一ヶ月前にもらったもの……返さなくちゃ駄目、なの?」
 ロレはわたわたと慌てて言った。
「そ、そーじゃなくてだな! あれは……その場のノリ、っつーか。ちゃんとお前のために選んだプレゼントじゃねぇわけだし」
「そんなことないよ。ロレはプレゼントのこと忘れてたのに、それでも頑張ってプレゼントをすることを選んでくれたじゃない」
「やっぱ忘れてたって気づいてたのか……いやそーいうことじゃなくてな。俺がやなんだよ。苦し紛れに選んだプレゼントなんぞ、めちゃくちゃ大切にされても――困る」
「…………」
「だから、ほれ。受け取れ。今度はきっちりお前のために選んだから」
 僕はちょっと笑ってしまった。予想通り、ロレはむっとした顔をする。
「なにがおかしんだよこのヤロ。人が必死こいて選んだのがそんなにおかしーか」
「ううん……そうじゃなくてね」
 義理堅いなぁって、思って。
 きっとロレは、そんな僕にとってはひどくささいなことに、いろいろ悩んで考えたんだろうね。僕としては、そんなに気にすることじゃないと思うんだけど。ロレが僕のために選んでくれたのは確かなんだから。
 でも……やっぱり、嬉しいな。ロレが僕のために少しでも時間を遣ってくれたと思うと、たまらなく嬉しいな。
 ロレも、僕のためにプレゼントを選ぶ時、喜んでくれるかとかドキドキしたんだろうか?
 もしそうだったら、すごく嬉しい。泣けちゃうくらい嬉しいよ。
 少しでもロレに、+の方向に感情を動かす手伝いができたかと思うと。
「ありがとう……嬉しい。すごく嬉しい。開けてもいい?」
「……ああ」
 開けてみると、中に入っていたのは砂時計のセットだった。十秒単位のから三十分単位のまで、様々な砂時計が入っている。
「……料理する奴は、砂時計とかあったら便利だって聞いてよ。お前持ってなかったし、あっても、困んねぇんじゃねぇかと、思って……」
 次第に声が細くなっていく。喜んでもらえないんじゃないかと心配するみたいに。
 僕はまた、ちょっと笑ってしまった。
「……んだよ。悪かったよつまんねぇプレゼントで」
「そうじゃない、そうじゃないってば。たださ……」
 くすっと、こぼれる笑みに逆らわず笑って。
「ロレ、可愛いなって思ってさ」
「――――! 勝手に言ってろ、ボケッ!」
 踵を返してずんずんと怒り心頭って感じに歩いていくロレに、僕は後ろから声をかけた。
「ロレ、ありがとう! 大切にするね、ずっと! ちゃんと使うからね!」
 ロレは返事しなかったけど、僕は珍しく不安になったりはしなかった。
 なぜって、ロレの顔は、照れくさくてたまらないというように、でもほんの少し嬉しげに、耳の先まで真っ赤になっていたから。

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