ローレシアに一度戻る――それを聞いた時、俺の頭の中に浮かんできた言葉は『うげ』だった。 なんつーか……冷やかされることがわかりきってっから考えるだけで気が重い。親父にも目的を果たしてないのに戻るとはとかなんとか言われるだろーし、異母妹どももまた騒ぐだろーし……。 けどロトの印を手に入れるっつー目的があんのにためらってる場合じゃねぇ。俺は二人の言葉に逆らわず、ルーラで一気にローレシアへ飛んだ。 「ロレイス王子!」 ……初っ端から顔見知りの衛兵に捕まってちっと冷やかされた。ちくしょー。 俺はできるだけ人目につかないようにさっさと城に行きたかったんだが、そういう時に限っていろんな知り合いにつかまっちまう。可愛い子連れてだのその子泣かすなよだのとかいう言葉を山ほどもらって、俺はかなりグロッキーだった。 ……まぁ、メシ食ってけとかまた会いに来いよだのいう言葉いろいろもらって、一応それなりに、嬉しかったりもした、けどよ。 門前でも城の奴ら全員に出迎えられちまった。あーもーそーいうこっぱずかしいことすんなっつってんだろーが。 で、さっそく親父のいる謁見の間に出た。親父は相も変わらず偉そうだ。母上も相変わらず親父の隣でにこにこ笑ってるし。 「今戻ったぜ、親父」 そう言ってやると、親父に睨まれた。 「サウマリルト殿下とマリア姫の前でそんな言葉遣いをするな。お前は一応残念だが困ったことに、我が国の王太子なのだぞ。一国の威信を背負っておるという自覚はあるのかたわけが」 そーいう台詞俺が嫌いなことわかってて言ってやがんだよなこのクソ親父は。 「てめぇも褒められた言葉遣いじゃねーだろーが。んなことぐだぐだ言ってる暇ぁねぇんだよ、とっととロトの印の試練の準備しやがれ」 「ロトの印の試練? お前のようなひよっこが挑んでいいと思っておるのか。旅に出れば少しは成長するかと期待しておったのに、相も変わらず……」 「ふざけてる場合じゃねーんだ。俺らは一日も早くハーゴンを倒さなきゃならねぇんだろーが。てめぇもとっとと協力しやがれ」 「我が息子ながらまったくわかりの悪い奴だな。お前がロトの印の試練を越えられるとは思えんと言っておるのだ」 「んだとコラ―――」 「二人とも、親子喧嘩はそのくらいになさい。久しぶりに会えて嬉しいのはわかるけれど、サウマリルト殿下とマリア姫がいらっしゃるのよ」 『誰が嬉しいか!』 反射的に怒鳴って親父を睨んでから、その声が母上のもんだってことに気づき俺は頭を下げた。 「……母上。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」 「いいのですよ、ロレイス。あなたが陛下に弱いところを見せたがらないのは、私にはようくわかっていますから」 「なっ……別に、そーいうわけじゃ……」 あーもーこれだから母上と話すんのやなんだよ! 俺がまるでガキみてーじゃねーかっ! 「ふん、まったく子供よのう。お前が情けない奴だというのはいまさら隠さずとも知れ渡っていることだろうに」 「てめぇ……」 「そういうあなたも、サマルトリアからの知らせが着いてからというもの落ち着かなかったことを隠してらっしゃるでしょう?」 「なっ……ヴィクトワール! 馬鹿なことを言うな! わしがなぜそんな子供のようなことを……」 「へっ、やっぱてめぇもガキじゃねぇか。いい年して恥ずかしがってんじゃねぇよ、阿呆くせぇ」 「貴様に言われたくはないわ!」 「二人とも。サウマリルト殿下とマリア姫の前ですよ」 う……。 うあああくそーっ、こいつらにはこんなとこ見せたくなかったのにーっ! 「えー、サウマリルト殿下、マリア姫。お二人ともしばらくはこちらに滞在していただけるのであろう?」 「ロレイソム殿下が発つと言われるまではこちらにお邪魔したいと思っております」 「ご迷惑でなければ」 そんな二人の言葉を、俺は死ぬほど恥ずかしい気分になりながら聞いていた。 謁見の間を出るやいなや、兵士たちが集まってきた。た……助かった、恥ずかしくてこいつらとまともに話せなかったとこだったんだよ! 剣の師匠やら乳兄弟やら稽古仲間やら、いろんな奴がやってきた。そのあと異母妹も全員やってきた、バラバラだったけど。 こいつらって、ラチェルは普通に接してりゃいいだけだから楽だがエイメは取り巻き連れてやかましーしツィーリアは乱暴に接したら泣きそうだしで疲れんだよな。サマのとこみたく素直に慕われるとはいかねぇっつーか。まー別にんなもんどっちでもいーけどよ。 異母妹どもが去ったあと、女官やら侍女やらもやってきた。謁見の間の近くでこんなに人集まってていいのかよ、おい。 「しかし、殿下は果報者ですな! こうもお美しい方々と共に旅ができるとは!」 ある兵士にそんなことを言われ、俺は仏頂面で返した。 「バカヤロ。俺の苦労も知らねぇで阿呆なこと言ってんじゃねぇ」 そうだよ。こいつらはどっちも、俺の今まで会ってきた奴とは全然違う奴らなんだからな。 ロトの印の儀式ってのは別に大したことがあるわけでもなかった。ただ普通に謁見の間に置かれた宝箱の中のロトの印――メダルみたいな感じのもんだった――を三人揃って近づいて取る、それだけ。今までのロトの武具みたいに声が聞こえたりもしなかった。 「これなんか使い道あんのか?」 儀式が終わって、ロトの印を弄びながら言うと、サマは笑った。 「ロトの印にはロトの叡智が全て蓄えてあるって聞いてるから、知識が必要な時には役に立つと思うよ。ロトの記憶も知識の集積も、全てがその印の中にあるんだって」 「知識ねぇ……そーいうのはお前らに任せてんだけどな。どーやって使うんだ?」 「僕も継承すれば、としか聞いてないな。いろいろ試してみたら?」 「ふーん……」 俺はロトの印を額に当てたり振ってみたりスプレッドラーミアをなぞってみたりいろいろやってみたが、ロトの印はいっこうに反応を示さない。これまでの手に取れば違った映像が見えるっていうパターンを経験してきた俺としては、なんだこりゃ、という感じだった。 なんとなく手に持ってじっと見つめてみる。ロトの叡智が全て入ってるっつーんだったら、答えてくれよ。俺はこいつらに、サマに、マリアに、どういう風に接すりゃいいのか。 俺のことを好きだと言った男、サマ。 俺に旅が終わるまで隠し事をしようとするマリア。 この二人を、傷つけないようにしてやるには、どうしたらいいのか――― ――そう思った瞬間、視界が暗転した。 俺が見ていたのは男だった。それもかなりごつい、筋骨逞しい男の。 わずか数尺の間を空けて俺とその男は向かい合っている。なんだか視線が低かった。俺とそのおっさんは身長がだいたい同じ――かちょい向こうが高いくらいだと思うんだが、今の俺の視線はそいつの肩ぐらいにしかならねぇ。 これはもしかして、ロトの印がロトの記憶を見せてるんじゃないか、と気づいた。これまでロトの武具が見せてきた映像と、雰囲気が同じだったからだ。 「―――――」 ごつい男が俺――推定ロトに向けて手を伸ばし、途中で困ったように笑って下ろした。その伸ばし方がなんだかまるで女に対するもんみたいで、俺は一瞬混乱する。 あれ、これロトの記憶じゃねぇのかな。ロトって男だったよな? 単なる幻影か? けど俺の体の底の方で、これはロトの記憶だとなんだか確信しているんだが。 ――と、俺視点の推定ロトがすっと手を上げた。一瞬後ろにあとずさったその男に、推定ロトは手を伸ばし、言う。 「―――来てください」 その声は明らかに男のもんだった。男にしちゃ高いけど。 「こっちに、来てください」 ………なんだその台詞? なんか……なんか、別に変じゃないっちゃーそうなんだが、男が男に言う台詞にしちゃ、なんか………。 男は手を伸ばしかけ、途中でためらい、それでもまた手を上げ、震える手をこちらに伸ばして数歩近寄り――って! これって抱きつこうとしてんじゃねぇか――――っ!? 「………――」 名前を言ったとおぼしきその声は急に雑音が混ざって聞こえなかった。推定ロトは震える声で、「――――」とやはり雑音混じりにその男の名前とおぼしき言葉を発し―― だだっと男が間合いを――っておい! くんなくんなくんなくんな!! くんなってばよ――――っ!!! 「………――」 「――――………」 俺の必死の願いにもかまわず、ごついおっさんと推定ロトはがっしりと抱きあった。囁くような声で言葉をかわす。 「俺……君のことが好きだよ。本当に好きだよ」 ………っておい! 告白―――っ!? こんなごついおっさんに俺が………っつーか推定ロトが―――っ!? こいつも男だろーっ!? 「俺も、あなたのことが、大好き、です」 震える声でそう答える推定ロト―――っておい両思いかよ冗談じゃねーっ!!! 「一緒に、いてください。俺には、あなたが、必要です」 「うん、一緒にいるよ………君が俺を、いらなくなるまで」 「俺、あなたのこと好きです………」 「うん、知ってるよ………」 うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! 「はっ!!!」 ばっと顔を上げると、目に入ったのはサマの顔だった。 「………は………?」 「大丈夫、ロレ? なんだか忘我状態に陥ってたみたいだけど」 「…………」 夢………? いや、これはやっぱりロトの印が見せた幻影だろう。そんで、たぶん、ロトの記憶―――だ。 うぎゃあぁぁマジかよロトってホモだったんかよだったらなんで俺たちが生まれてんだよっ! ロトの子孫ってけっこうな数いんだろーっ!? しかもあんなごついおっさん相手にーっ! やっぱ、俺が、やられる側、なんかな………? うぎゃああぁぁ嫌だーっ絶対に嫌だーっ死んでもそんな状況に置かれたくねえぇぇ! 俺とは別人の記憶でもやっぱり嫌だーっ! ………忘れよう。このロトの印の記憶やらなんやらは、すっぱり封印しよう。 そう心に決めて、俺はマリアの方へ歩き出した。 その日の晩餐、ローレシア王室関係者が集まった食堂に、一人の傷ついた兵士が飛び込んできた。 「何事だ! 他国の王子と姫殿下の前だぞ!」 「陛下! 敵の、敵の襲来です!」 「敵……? どこの国だ!」 「国ではありません、魔物です! 地を埋め尽くすかと思われるほどの魔物がこの城めがけ進軍してきています!」 ――その言葉に、俺は一瞬息を呑んだ。 |