問題の話
『たわけ者。そういう時にこそロトの武具の力を使わんでどうする』
 ディリィは俺たちからローレシアの戦のことを聞くと呆れたように言った。
「はぁ? ロトの武具って……ロトの剣は消えちまったし、ロトの盾は普通に使ってたぜ?」
『お主……わしの話を忘れたのか。ロトの武具は神の力宿る武具、世界を変革させる力を持つ。未だ鎧と兜が手に入らぬとはいえ、盾があるならば結界を破壊することはできたであろうに」
「へ? ロトの盾ってそんなことできんのか?」
「うん、そう伝わってるね。どうすれば結界を破壊できるのかはサマルトリアにも伝わってないけど」
『使い方などロトの印に訊ねればすぐわかるであろう』
『は?』
 俺たちは思わず声を揃えてしまった。ロトの印が何で出てくんだ?
 その反応にディリィの方も驚いたみたいで、少し目を見開いて訊ねてくる。
『待て。まさかローレシア王家にはロトの印の使い方も伝わっていないというのではあるまいな?』
「んなもん俺が知るかよ。っつーか……」
 ロトの印には最初のあれ以来、二度と触らねぇと誓ってんだからな。
 その言葉に、ディリィは深いため息をつく。
『あれほど使い方のわかりやすい道具もそうないであろうに。仕方ないのう、お主たちは』
「うっせ。第一てめぇがなんで使い方知ってんだ」
『こっそり忍び込んであれこれ調べたからに決まっておろうが』
「威張んな」
 胸を張るディリィに俺はしっかり突っ込む。
「……で。どう使やいいんだよ」
『簡単じゃ。ロトの印に問えばよい』
「はぁ?」
『ロトの印に触れながら、質問をする。今心を悩ませている疑問をぶつける。そうすればロトの印はロトとアレフの記憶と知識から検索し、最適の答えを伝えてくれる』
「……つまり、ロトの印は集積された知識から質問に答える神具……ということかしら?」
『神具ではないな、作ったのは神の身ならぬ勇者ロトだ。まぁその力は神殺しをも超えていたのだから神具に相当するかもしれんがな』
「…………」
 ちょっと待てよ、じゃああの時の幻影も俺の質問への答えだってのか?
 俺なんか質問したっけ……あーしたした、サマとマリアを傷つけないようにするにはどうすりゃいいかって聞いた。
 ……あれが、答え? なんだそりゃっ、わけわかんねーぞっ!
『ロレイソム、あとでお主は印に訊ねておけ、ロトの武具の使い方を。ロトの剣と盾に選ばれたのはお主なのだからな』
「使い方……ねぇ」
 選ばれたっつわれても、俺が望んだわけじゃねーだろって気もするが。確かにあいつらは俺を選んだって気もするし、応えてやらねぇわけにもいかねぇんだろうな。
 しかし武具の使い方って……普通に振り回す以外に想像できねぇんだけどな。
『……では、そろそろ本題に入るとしようか。月のかけらと邪神の像についてじゃ』
「……月のかけら? テパの満月の塔の?」
「なんだそりゃ? サマ、知ってんのか?」
「月のかけらの方はね。潮の満ち引きを操る力を持つ魔法具だよ、古代帝国時代の。テパは知ってるでしょ、あそこの民はそれを守るための護人だったんだよ最初は」
「へー……その道具がどーしたってんだよ」
『その道具を使わねば入れぬ場所に、ロンダルキアへの道の封印の鍵があるらしいという情報を入手した』
「――マジか!?」
『嘘をついてどうする』
「ロンダルキアへの道は……封印されていたんですか?」
『うむ、言っていなかったか? ロンダルキアに続く道はハーゴンの呪で封印されている。外からは入りようのない難攻不落の要塞よ……今のところはな』
「聞いてねーぞ、んなこと」
『まぁその解決法と一緒に知れたのだからいいではないか』
「……どうやって入手したの? その情報」
『魔を統べる者の血筋の者にはそれなりの情報網というものがあってな。あとは使い魔と魔法具と魔術による』
「……いつものことながら大した呪力ね」
『うむ。地図を見せてはくれんか』
 サマが地図を取り出してテーブルの上に広げた。ディリィはすっと杖で一点を――デルコンダルとロンダルキアの中間辺りにある海の一点を指し示す。
『ここじゃ。この海の真ん中に一箇所だけ浅瀬がある。そこに水で封じられたシドーの神殿があるとのことじゃ』
「浅瀬……って海のど真ん中にどーして浅瀬があるんだよ」
『陸がそこだけ盛り上がっておるのだ。噴火した海底火山の中に神殿を作ったらしいな』
「海底火山!? んなもんの中にどーやって神殿作るんだよ。入れもしねぇだろ?」
『方法はいろいろとあるが、な。ここで重要なのはそこに入る方法であろ?』
「まぁ、そうだけどよ」
『水に属する術で封じたのならば月のかけらで解けぬはずはない。あれは古き神々の力も宿る半ば神具。ルビスの祝福も与えられておる、どんな強力な術を使おうとあれには対抗できまいて』
「つーかな、海のど真ん中で、浅瀬ったって限度があんだろ。潜れるほど浅いのかよ」
『いや、そうではない。単に月のかけらを用いれば海を割る程度のことはできるというだけのことじゃ』
「……ムチャクチャだな……」
『だが、役に立つ。ハーゴンはその海底神殿の中にロンダルキアへの道を封じた扉の鍵を隠している。それが邪神の像じゃ』
「邪神の像……怪しげな名前ね」
『当然であろう。ハーゴンの産み出ししシドーの力のひとかけら。それが邪神の像なのだからな。今やロンダルキアは混沌の力に満ちておる、それを利用したハーゴンの封印術は同じ混沌の力でなくば解けん……むりやり破る方法もないではないがな』
「……けど、なんでハーゴンはそんなもんそんなとこに置いたんだよ。ロンダルキアを封印したってんならその鍵はロンダルキアに置いておくのが普通じゃねぇか?」
 俺の言葉に、ディリィは肩をすくめた。
『一週間前まではそうしておった』
「……一週間前?」
『うむ、一週間前ハーゴンは邪神の像を海底神殿へ移したのだ。その情報を得られたからわしは急いでお主たちに連絡を取ろうとしたのだよ』
「もう一週間も経ってんじゃねーか」
『きちんと情報を確認するためにはそれぐらいの時間が必要だったのじゃ!』
「……でも、なんでそんなことを」
 ディリィはまた肩をすくめる。
『わしもハーゴンの心づもりまでは知らぬよ。ただ、こうではないかと思うことはあるがな』
「言ってみろよ」
『うむ……挑戦ではないか、と思う』
「挑戦?」
『お主たちに、ここまで来れるなら来てみろ、と挑戦しておるのだ』
『………………』
 俺たちはなんとなく黙りこんだ。俺はぐっと拳を握り締める。
「……上等じゃねぇか、面白ぇ。余裕ぶっこいたことを後悔させてやるぜ」
 しばらく経ってから言った俺の言葉に、ディリィは笑った。
『うむ、その意気じゃ。……さて、そんなお主に少し話があるので、マリアよ、サウマリルトよ、少し席を外してはくれんかな?』
「……わかりました」
「話? ……私たちが聞いてはいけないの?」
『少しばかり繊細な話になるのでな』
「……わかったわ」
 サマとマリアが部屋を出て行く。それを見送って、ディリィはこっちを振り返る。その顔は思いきり真剣だ。
『……では、ロレイソムよ。真剣な話をしようか』
「……わかった。なんだ?」
『お主とマリアはどこまでいっておるのだ?』
 ぶふぅっ。俺は思わず噴いて、反射的に剣を抜いた。
「てめぇ……殺されてぇのか?」
『そうではない、これは真面目な話なのだ。お主とマリアはもう完璧に出来上がっておるのか?』
「………わかんねぇのかよ」
『わかるか。わしが見たのは今にも口付けしそうになっておるお主とマリアだけじゃ』
 そんなことを言いながらも相変わらずディリィの顔は真剣だ。こいつならふざけたこと考えながら真剣な顔を作るのも楽勝だろうが――この雰囲気からすると、こいつ、どうやらマジらしい。
「……どーともなってねぇよ。ローレシアでの戦が終わったあとに告白されたばっかなんだからな」
『それぐらいの時間があればお主ならとっとと手を出していると思ったが』
「てめぇと一緒にすんな! 相手はマリアなんだぞ!」
『……それは仲間であるがゆえの言か?』
「………ああ」
 俺はうなずいた。内心の「本当にそうか?」という言葉を無視して。
『では、サウマリルトを即座に振ったのはなぜじゃ?』
 ぶげほっ。俺はまたも噴いた。
「な、な、な……てめぇなんで知ってやがんだっ!」
『サウマリルトに聞いた。お前に告白して振られた、と』
 俺はうぐぐぐと呻きながら頭をがりがり掻く。あのヤロ、こんな奴に話すんじゃねぇっつーの!
「……あいつの場合は、俺が……馬鹿だったから。なんつーか、男の仲間にそーいう下心持たれてるってのが、気分悪いっつーか……裏切られたみてぇに思えちまって。そんで、反射的に拒絶しちまったんだけど……よ」
『今はどうなっておる?』
「今は―――」
 俺はため息をついた。思い出させんなよ、こんにゃろ。
 一度に解決するなんて無理だと思ったから、サマのことはマリアにどう答えるか決めるまで思い出さねぇようにしようと思ってたのに。
「……なんともなってねぇよ。なし崩しのうちに以前どおりっぽくなってるけど。向こうも忘れてねぇと思う。……まだあいつになんて言えばいいかわかってねぇし」
『……ふむ』
 ディリィは軽く息をつき、俺を見た。その顔はなんつーか、ひどく憂わしげだった。
『それで。……マリアになんと答えるかはもう決まったのだな?』
「は!? 決まってねぇよ!」
『……マリアに決めたわけでもないのに押し倒そうとしておったのか? それはさすがに問題があると思うのだが』
「だっからっ! あれは……なんつーか、その場の勢いっつーか……」
『……つまり、その場の勢いで手を出してしまえるほど、マリアに対して好意を抱いておる、ということじゃな?』
「ベ、別にそーいうわけじゃ……!」
『絶対にないか?』
 ディリィの顔は真剣だ。
『ないと誓えるか?』
 俺はうぐぐっと言葉に詰まってから、はっとして怒鳴った。
「なんでてめぇにんなこと言わなきゃなんねーんだーっ!」
『……そうだな。わしが首を突っ込む義理はない』
「だったら黙ってろ!」
『……だが、気になってしまうのだよ。お前が、サウマリルトが、マリアが。三人共に幸せになれる方法は、ないものだろうかと』
 う、と俺はまた言葉に詰まった。俺たち三人が、幸せになれる方法――
 言葉になんてこっぱずかしくて絶対出せねぇけど、それはマリアに告白されてからずっと、俺が考えていたことだった。
「……俺だって気になるよ」
『うむ……』
「けど、俺は、今は――マリアにどう答えるかで手一杯なんだ。あいつを傷つけねぇような答えを俺がどうすれば返してやれるか、それがどんなに考えても思いつかねぇんだよ」
 そう言うと、ディリィは意外そうな顔をした。
『照れくさいとかサウマリルトとの兼ね合いで答えを保留しているとかいうのではなく? マリア≠傷つけないような答えを?』
「ああ」
『……お主、本当にマリアに惚れてはおらんのか?』
 俺はまた剣を抜きかける。ディリィは両手を上げてうなずいた。
『わかった、首は突っこまん。……だがな、ロレイソムよ。お主がマリアにもサウマリルトにも惚れておらぬとなると、話はさらにややこしくなってしまうぞ』
「なんでだよ」
『わしが争奪戦に参戦しようかとも思ってしまうからじゃ』
 ぶげふぉっ。俺はみたび噴いた。
「お、お、お、お前、正気でもの言ってんのかーっ!」
『半分は冗談だが。残り半分はまんざら本気でないでもない』
「………マジか?」
 俺は恐怖すら感じてディリィを見た。こいつが出てきたら本気で話はさらにややこしくなる――こいつが強引に迫ってきたらうっかり負けることもないとは言えねぇし……。
 ぐわ―――いやだ――――こいつに押し倒されるなんて考えただけで死ぬぞ俺は!
 真っ青になる俺を見て、ディリィは苦笑して両手を上げる。
『冗談じゃ。本気にせんでくれ』
「そ、そ、そ、そうだよなっ!!」
 そうだよな冗談だよな本気じゃねぇよな!? と俺はその言葉に縋りついた。心のどっかでは『本気で言ってたんじゃねぇか……?』とか考えていたりもしたが。冗談にでもしとかねぇと本気でどーにかなっちまいそうだ。
『……だが、実際どうするのだ。わしはお主はマリアについてはお主にもわかりやすい意味で惚れていると思ったのだがな』
 俺にもわかりやすい意味で、って台詞が気になったが、俺はため息をついた。
「……そーいう問題じゃ、ねーんだよ」
『ではどういう問題なのだ』
「俺はマリアを傷つけたくねぇんだ」
『……それはわかるが。マリアを傷つけたくないと思うのならその想いに応えてやるのが一番よいのではないか?』
「……それじゃ駄目なんだ」
『……駄目、とは?』
 俺はふ、と息をついてディリィを見つめた。
「俺じゃマリアを傷つけちまうんだよ。一緒にいたら」
『………なに?』
 眉を寄せるディリィに、俺はぽつぽつと語った。
「俺は、あいつを守りたい。ハーゴンから、魔物から、くだらねぇこと考える人間から。絶対に傷つかねぇよう、そばに置いて守ってやりたい」
『うむ……そう思っておるだろうと思っていた』
「けど……俺はな。ずっと一緒にいたら、なんかあいつを抱いちまいそうな気がするんだ」
 しばしの沈黙のあと、ディリィが言った。
『それがなにかまずいのか?』
「はぁ? わかんねーのかよ頭悪ぃな! いいか、抱くってのは男と女の関係になるってことだぞわかってんのか?」
『いやそれはわかっておるが』
「仲間なのに男と女の関係になっちまったら、絶対あいつを傷つけちまうだろうが」
 またしばしの沈黙。ディリィは頭を押さえながらぼそぼそと言った。
『ロレイソム、わしが理解できておるか自信はないのだが――お主は仲間という共にパーティを組んで戦う間柄に、男女の関係を持ち込みたくないと言っておるのか?』
「っつーかな、仲間なんだぜ? 一緒に戦ってんだぜ? 背中預けてんだぜ、俺はあいつを絶対に守るし、あいつも俺を絶対に裏切るこたぁねぇと思ってる。なのにそーいう関係になっちまったら、あいつを俺の女に……なんつぅか、貶めることになっちまうだろうがよ」
『…………………………………………』
 ディリィはまた頭を押さえた。それに言い聞かせるように俺は言う。
「俺はあいつと男と女の関係に、裏切りやら欲情やら気持ち悪ぃもんが日常茶飯事で入ってくる関係になんてなりたかねぇんだ。俺はあいつを大切に、ずっと守ってやりてぇんだよ。だからあいつを押し倒してそれでおしまいになんて、絶対にしたくねぇんだ」
『…………いろいろと言いたいことはあるのだが、先に二、三質問をしておこう。お主、もし、もしだぞ。サウマリルトと抱く抱かれるの関係になったとしてもサウマリルトを疑うのか?』
「はぁ? んなわけねーだろ」
『なぜだ。男は相手を裏切らぬとでも言うつもりか?』
「んな妄想持ってねぇよ。男同士は結婚できねぇんだぜ?」
『……だから?』
「だからどーやったって本気の関係にはならねぇだろ? そんなもんでサマが俺を裏切るわけねぇじゃんか」
『…………さらに言いたいことが増えたが先に聞こう。お前は男女の関係になにか暗い思い出でもあるのか?』
「はぁ? んなもんねーよ』
『それでなぜ男女の関係がそう気持ち悪いと決めつける?』
「決めつけるもなにも、男と女の本気の関係ってそーいうもんだろ? 親父の愛人同士も壮絶な足の引っ張りあいしてたし、俺は素人女に手を出したことは最初の数回ぐらいだけどそれでも他の女とめちゃくちゃいがみあってたからな、そいつら。娼館の女どもでさえ嫉妬やらなんやらでやりあってたんだ、今の本気だったらどんなことになるかわかったもんじゃねぇよ」
『……言いたいことはおいておいて最後の質問じゃ。お主は本気で女に、女にと限らなくてもよいが、惚れたことがあるのか?』
「は? ねーよんなもん! あるわけねーだろんなしょーもねぇこと!」
『つまり、基本的に女は一度食ったらはいそれまでよ、なわけじゃな?』
「まー、馴染みの女はいるけどな。普通女ってのは長く相手するもんじゃねぇだろ? こっちが惚れてると勘違いされると鬱陶しいし」
『…………………………………………』
 ディリィは俺を手招きした。俺はなんだと思いつつそちらに寄る。
 するとディリィの眉間とこめかみにビシビシィ! と青筋が立ち、ディリィの口からとんでもねぇ大声が飛び出した。
『この、くそたわけ――――――――――――――っ!!!』
 俺の耳がキーンと鳴っている。頭がくらくらした。そんな俺をディリィはがっくんがっくん揺らしながら怒鳴る。
『お前は何歳だと思っておるのだこの大たわけ! 嫉妬や欲情を気持ち悪いと言って許されるのは十代前半までじゃ! 愛があるから嫉妬するとか欲情するとかそういう事実になぜ気づかんのだ――――っ!!』
 ディリィは俺をぐらんぐらん揺らしまくる。こいつ幻影なのになんで俺揺らせんだよ、と頭のどこかがそんなどうでもいいことを思った。
『だいたいな、お主は女を馬鹿にしておるのか!? なにゆえ女にも心があり、意思を持ち、人を心から愛することがあるのだと考えられん! 裏切りや嫉妬もするであろうが、同様に愛する人の幸せを心から願ったり愛する人のためにその身を戦いに投じたりすることもあるということがなぜわからんのだっ!!』
 だんだん揺らしているだけじゃ収まらなくなってきたらしく、ディリィは俺にびしばしと平手打ちを放ち始めた。俺の頬にかなり強烈な痛みが走る。
『その上なんだお主は、男同士の恋愛を相手にもしておらんのか! サウマリルトのお主への想いが女に劣るとでも言うつもりか! 男同士で真剣な恋心を抱くのが、嫉妬するのが欲情するのが、ありえんとでも思っておるのか――――っ!!』
 それでも飽き足らず今度は杖でがつがつ俺を殴り始めた。俺はさすがに抵抗しようとしたがディリィの攻撃は勢いがつきすぎていて止めようがない。
 俺の気が遠くなってきた頃、ディリィはぐりんと体を回転させて全力で俺の頭を杖で殴った。
『恋愛を馬鹿にするのもいい加減にしろ、一回死んでこいこのどくそたわけ!!!!』
 ――その一撃で、俺は意識を失った。

 ―――だってよ。
 船の甲板でふちに寄りかかって、ぼーっと海を見ながら俺は考えた。
 俺、恋愛なんてしたことねーもん。
 あのあと目が覚めたのは翌朝になってからだった。ディリィが俺の体を揺らしたり殴ったりしたのは幻覚だったらしい。触った感触を与えて幻覚だと気づかなければ本当に傷つくがあとには残らない、という。
 マリアにもサマにもディリィとなにがあったのかと気遣わしげな顔で聞かれたが、俺は誤魔化した。なんつーか……ばつが悪くて。
 それから俺はディリィに言われたことを考えた。あいつにさんざん怒鳴られたことを。
 ――けど、やっぱりわからなかった。
 恋愛って、そんなにいいもんか?
 女を馬鹿にしてるわけじゃねぇ。けど、俺にはわからねぇんだ。女ってもんが。
 なんであんなにやわっこくて力がないのか。他人に守られることを、自分の代わりに他人が傷つくことをどうして嬉しいと思えるのか。男のために他人を平気な顔をして傷つけられるのか―――
 そういうもんだと教えられたからそういうもんだと思ってきた。守ってやらなきゃならねぇとも思ってる。けど、どこか得体の知れねぇもんみてぇに思ってきたんだ、女のことは。
 だから、俺は女には積極的に関わろうとしなかった。避けもしなかったし普通に話すけど、恋愛ごとなんて抜きで男同士、仲間同士で遊んでた方がよっぽど楽しいじゃねぇかと思ってたから。
 マリアをなかなか一緒に連れて行く気にはなれなかったのは、そのへんのせいもある。女が仲間になるなんてのは、マジでめちゃくちゃガキの頃をのぞけばありえなかったからだ。
 サマに惚れてるって言われた時、反則だって思った。男同士で恋愛ごとを持ち込むなんて、ありえねぇことだったのに、ルール違反だって思った。男同士で恋愛なんてくだらねぇもんを持ち込むなんてなに考えてんだって。……サマにひでぇこと言っちまったのはそういうせいもある。
 サマが俺に心底惚れてるのを疑ってるわけじゃねぇ。ただ、あいつの惚れてるってのは普通の惚れてるってのとは桁が違うと思ったんだ。俺のために命がけで尽くそうとするあいつを見て、女どもみてぇな恋愛なんかとは比べものにならねぇようなすげぇ気持ちだって。……だから、抱いても関係は壊れねぇと思った。男同士だから、あいつは結婚を求めてるわけじゃねぇから、仲間への思いをめちゃくちゃ強烈にしたみたいな恋心だから。
 俺の周りの女は、娼婦を除けばみんなその裏に結婚の二文字が透けて見えた。娼婦だって俺の素性を知れば妾になろうと画策してくる。金のため、生活のために男を捕まえるなんてことを、当たり前みてぇに考えるんだ。
 マリアの想いがそういう女どものと同じだって考えてるわけじゃねぇけど……。
 正直、不安だった。マリアを、俺に惚れたというマリアを、他の女どもと同じ扱いしちまったらどうしようって。
 俺がマリアをそういう女どもと同じに思ってるっつぅんじゃない。冗談じゃない、全然違う。けど―――
 俺は欲情しちまうんだ、マリアに。たまらなく。今までのどんな女よりも強く。
 この女を押し倒して、体中に触れて、舐め回して、突っこんで喘がせてぇって思っちまう。この女をめちゃくちゃに、思いきり抱いてやりてぇって。
 俺はマリアを傷つけたくないのに。優しくしてやりたいのに。
 俺の剣と女しか触れたことのない手じゃ、あいつを泣かせることしかできねぇんだ。
 ―――それが、怖い。
 恋愛っつーのがいいもんだとは俺にはやっぱ思えねぇ。愛ゆえに、なんてそんな触れもしねぇもんのために嫉妬して傷つけあって、ただの欲情にややこしい意味を持たせようとする代物なんて俺はほしくねぇ。
 俺はただ――マリアに、サマに、傷つかねぇように言ってやれたらそれでいいのに。
 俺はお前に恋なんてしてないって。
(―――本当に?)
 そんなディリィの声が聞こえた気がして、俺は首を振った。
 そのはずだ。だって俺は今まで一度も恋なんてしたことねぇんだから。
 恋だなんだってのには縁がねぇ奴。そういうもんをしょーもねぇって言っちまえる奴。それが俺のはずなんだから。
 マリアに強烈に、今までとは桁が違うほど欲情することはあるが――それはマリアが女だからだ。すこぶるつきのいい女だからだ。それ以外の理由なんて、絶対ありゃしねぇんだ。
(本当に?)
 本当だよ!
 あいつは――仲間なんだから!
「ロレ! テパニシタ河が見えてきたよ!」
「おう!」
 サマの叫びに叫び返して、俺は操舵輪の方へ向かった。河を船で遡るなんて芸当、マリア一人でやれるか心配だったからな。

 テパの村に着いた俺たちは、まず村長のところへ行って水門の鍵を渡した。ラゴスが村長はムカつく奴だと言ってたからどんな奴かと思ったら、謹厳実直を絵に描いたような真面目〜なおっさんだった。
「ラゴスは村の、まだ嫁入り前の娘たちに手を出したのです。捕まえて厳重に罰するのが当然でしょう。だというのにきゃつは反省もせず水門の鍵を盗むという暴挙に……」
 顔をしかめて言う村長に、俺たちは苦笑するしかなかった。ラゴスを追うことはしない、と明言してくれたんで助かったが。
「しかし、助かりました。水門の鍵は作るのに相当の金がかかる、他に使いまわしの利かないわりに高くつく鍵。下手をすれば村の財政が破綻していたところでありました」
 俺ははぁ、とうなずく。ラゴスの奴、やっぱ迷惑かけてたんじゃねぇか。もっと殴っときゃよかったぜ。
「なにかお礼できることはありませんかな? 我らでできることならばなんでもいたしましょう」
「それならばお願いしたいのですが……月のかけらをお貸し願えませんでしょうか?」
 いつも通り、交渉役はサマだ。こいつの口車に勝てる奴はめったにいない。
「実を申しますと、我々はロトの末裔。世界を救うために旅するローレシア、サマルトリア、ムーンブルクの王位継承者なのです。世界を救うため、ぜひ手を貸していただきたい。必要ならば相応の担保をお預けすることもいたしますが」
「……いや、けっこうです。あなた方が身につけてらっしゃるスプレッドラーミアは間違いなく本物。ムーンブルクを滅ぼした者が現れたという話は聞いております、我らとしても協力は惜しみません。そもそももはや月のかけらは我々が守れるものではありませんゆえ」
「といいますと?」
「満月の塔に魔物が出るのです。それも極めて強力な魔物たちが。あれでは我々は近づくこともできません……月のかけらがあれば水を水門を乗り越えて移動させることも容易かったのですが」
「なるほど……では、我々が月のかけらを一時的に借り受けても口出しはなさらないということですね」
「そういうことです」
「わかりました、感謝します。……満月の塔の内部の地図はありますか?」
 それからしばらくサマと村長は話をして、ドン・モハメっつー奴への紹介状をもらうと部屋を出た。ドン・モハメっていうのは伝説的な機織りで、その腕前はとんでもないらしい。雨露の糸と聖なる織り機で水の羽衣を織ってもらうつもりなんだそうだ。
「そいついくつだよ? もう相当なジジイなんじゃねーの?」
「少なくとも六十は越えているはずだね。隠居はしてるけど、まだ痴呆になるほどの年じゃない」
 痴呆って……こいついつものことながらけっこう言い方が身も蓋もねぇな。
 とにかく、船から織り機を担いできて、雨露の糸も持ってきて、そのモハメっつー爺さんを訪ねた。古ぼけてはいたが、さすがに名人と呼ばれた奴の家だけあってなかなか風格のある家だ。
 呼び鈴を鳴らすと、すぐに孫娘らしい女が出てきて用件を聞いた。俺たちがモハメに水の羽衣を織ってほしい、と言って紹介状を渡すとその女は困った顔をする。
「祖父はもう引退した……と、お聞きになりませんでしたでしょうか?」
「存じております。ですが水の羽衣を織ることができるのは世界広しといえどドン・モハメ殿ただ一人と聞いていますので」
「…………」
「とりあえず中に通していただけませんか。できるならモハメ殿と直接お話したいのですが」
「……わかりました」
 俺たちは中に通され、モハメっつー爺さんが来るのを待った。
 ……そっから先のやり取りはいちいち言うの面倒くせぇから言わねぇけど。ただモハメっつー爺さんは俺の今まで会った中で一番の頑固ジジイだったってことは言える。
 とにかく水の羽衣を織ってくれるっつーことになって、俺たちは満月の塔へと向かった。

 満月の塔はとりたてて言うことはねぇ。内部の構造はわかってたし敵も大して強いのは出なかった。
 無事月のかけらを手に入れて帰ってくると、モハメ爺さんはまだ織り終わっていなかった。一日以上かかったんだが、その間中不眠不休で織り続けてるんだそうだ。大丈夫かよ年のくせに。まー、止めても聞かねぇだろうけどな、あの爺さんじゃ。
 俺たちは宿を取り、今日のところは休むことにした。ちょうど陽も落ちた頃だ、休んで悪いこたぁねぇだろう。
 だが正直俺は体を動かし足りなかったんで、少し宿から離れた場所で剣の稽古をすることにした。テパは人家よりも森の方が面積多いって感じの村だから、稽古する場所にゃあことかかねぇ。
 しばらく頭の中からなんもかんもすっ飛ばして剣を振るう。戦いから離れたとたん頭に湧き上がってくる悩みを消し去るのは、やはり気持ちよかった。
 こういう時の頭の中の相手はたいていディリィだ。ディリィと戦った時に体と頭に叩きこまれたあいつの動きが視界に自然に浮かんでくる、それと戦うんだ。
 だが、これがなかなかうまくいかねぇ。何度やっても頭の中のディリィを俺は捕らえられねぇんだ。
 ディリィが俺の突きからの払いをすっと後ろに下がってかわす。すかさず俺は追撃をかけるべく踏み込みつつ剣を返す。
 だがディリィはそれを余裕をもって杖で受け、そこから流れるような動きで剣を遡って俺の頭を突いてくる。
 それは盾で止めたが、そうするとディリィは俺を軽く押して動きを止めた、と思いきやすぱぁんと俺の足を杖で払った。
 俺はそれを防ぎきれず転倒し、起き上がる前に喉を突かれる。
 ――俺の負けだ、と舌打ちして、俺は剣を下ろした。負けもなにも頭の中の話なんだが(当たり前だが実際に俺が転んだわけじゃない)、それでもやっぱり悔しいことは悔しい。まだ俺がディリィを超えられてないってことだからだ。
「あー、くそ、もー一回やろうかな」
「その前に悩んでいることをすっきりさせちゃった方がいいんじゃない?」
 その声に俺は驚いて振り向く。そこにはサマが立っていた。
「………サマ」
「お疲れさま、ロレ」
 そう言ってサマは水で濡らしたタオルを渡してくれる。受け取って初めて俺は自分が汗みどろになってることに気がついた。
「サンキュ」
 顔を拭いてその爽快感に思わず「うあ゛ー」と呻く。鎧を着けたまんまだったんで体までは拭けなかったが。
「お前、ずっと見てたのか? 気配は感じなかったけど」
「見に来たのはさっき。ロレ夢中になってたからね、邪魔しちゃいけないと思って気配殺しちゃった」
 俺は話しながらサマの様子を窺う。サマはいつも通りの、前と変わらねぇにこにこ笑顔だ。
 けど、本当に前と、告白される前と変わらねぇ対応ができるかっつぅと――んなことは冗談でも言えねぇ。
「なんか用か?」
 できるだけぶっきらぼうにならねぇように注意しつつ聞く。そういういつもの俺とは違う態度を取るのにも慣れてきた。
「うん。ロレの、愚痴を聞こうと思って」
「はぁ?」
 俺は顔をしかめた。思ってもみない言葉だった。
「別に、お前に愚痴聞かせる気はねぇよ」
「僕じゃ、ロレの愚痴の聞き役にはなれないかな?」
 う……このヤロ、また妙なこと言い出しやがって……。
「つぅかな、愚痴なんてもんを人に言うのは好きじゃねーんだよ、俺は」
「僕は聞きたいな。駄目?」
「あのな……人の愚痴聞いてなにが楽しいんだよ」
「ロレの愚痴だから。ロレが気持ちよく生きるのに役に立てたらすごく嬉しいなって思うから、ロレの愚痴聞きたいなって思うんだけど」
 にこにこ満面の笑顔でサマは俺を見ている。なに考えてんだ、こいつ?
「……なんで急にンなこと言い出すんだよ」
「ロレが苦しそうだから」
「俺は―――」
 別に苦しくなんかねぇ。
 そう言おうとして口を開けたが、言葉は途中で途切れた。マリアの言葉に悩んで、どう答えてやりゃいいのかわからずに苦しみすら感じてたのは確かだからだ。
「マリアに告白されたんでしょう?」
「!」
 俺が目を見張ると、サマはにこっと、優しく、いつも通りに笑んだ。そこで笑うのが当たり前、みてぇな顔で。
「ごめんね、マリアがロレに告白してるとこ見ちゃったんだ。遠目だったけど、マリアがロレに好きだって言ってるのは見えた」
「………………」
「だから、ね。ロレがそんなに苦しんでる理由の一端でも僕にあったら、申し訳ないなって思って。愚痴を聞くぐらいのことなら僕にもできるって思うんだけど……それも、自惚れかな?」
「………………」
 ……のヤロ。そーいう言い方されると言わねぇ方が悪いみてぇに思えてくるじゃねぇか。
 けど、はいそうですかって素直に言えるわけねぇ。こいつが俺のことをもう好きでもなんでもねぇっつーならともかく、こんなことを言い出す以上やっぱりこいつは俺に惚れてるんだろう。
 ――自分のなにを犠牲にしてもいいってくらいに。そんな感情のためにこいつを傷つけるのは、俺はもうごめんなんだ。
「……てめぇに言うことじゃねーだろ。てめぇには関係ねぇことなんだから」
「そうかな。仲間が苦しんでる時に手を貸してあげられないっていう辛さとかって、ロレわからない?」
「う……」
 また微妙なとこ突いてきやがってー。
「だからな、わざわざお前に相談するほどのことじゃ――」
「じゃあロレはもうなんて答えるか決めてるの?」
「……決めてるわけじゃ、ねぇけど」
「まだ迷ってるってことでしょう? だったら愚痴の聞き役ぐらいいてもいいと思うけどな。最後にどう答えるか決めるのはロレだけど、相談相手にぐらいなってあげられるよ?」
「だっからよ、お前には相談したくねぇっつってんだよ」
 苛ついてきてぶっきらぼうに言うと、サマの顔から一瞬すとんと表情が消え、俺ははっとした。
 ――またやっちまった。
 サマはいつも通り、すかさず表情を取り繕い、にこにこ笑顔を浮かべる。いつものあいつそのものの、朗らかな笑みを。
「そっか、ごめんね? 調子に乗ってたね、僕。ロレの相談役ぐらいにはなれるつもりでいたんだけど、自惚れだったね? 僕、ロレの手助けになることができるほどの人間じゃなかったね、本当にごめん」
「………ッ!」
 こいつは……本っ気で、本当にもう………!
「ごめんねロレ、邪魔しちゃって」
 そう言って頭を下げて去っていこうとするサマの袖を、俺はつかんだ。――それ以外にどうしろってんだ?
「わかった。聞けよ、聞いてもらうから。――聞いてくれ、愚痴」
 そう無愛想に言うと(この状況で愛想振りまけるほど俺は人生悟ってねぇ)、サマはにこっと、嬉しそうに微笑んでうなずいた。
 ――んっとに、なに考えてんだか。

「……そんな風に考えることないと思うけどな」
 俺の話を聞くと、サマは首を傾げてそう言った。
「そんな風って、どんな風だよ」
「マリアを女性として見ることが、マリアとの関係を貶めることになってしまうんじゃないかとか」
 う……なんか改めて言うと微妙に間抜けだ。
「僕にはロレはただ混乱してるだけに思えるよ。マリアが本当に大切だから、大切にしなくちゃしなくちゃって思い詰めて自分の今までの経験とごっちゃにしてるだけに思える」
「………そうか?」
 俺としては一応、珍しく必死に真剣に考えたつもりなんだが。
「ロレはマリアのことが大事だから、本当に真剣に考えたんだと思う。でも、ロレは考えるの得意じゃないでしょう?」
「……お前それは、俺が馬鹿だっつってるわけ?」
「そうじゃないよ。ロレは考えたことよりも、感じたままに動く方が正解に近い。ロレに思考は必要ないんだよ。今までずっとそうじゃなかった?」
 …………。そりゃ、そうなんだけどよ。
「だからって考えねぇわけにゃいかねぇだろ。そーいう風に感じたままにってやって、以前お前を……むちゃくちゃに傷つけちまったんだから」
 あの時のことは思い出すだけでぞっとする。こいつに、この優しい奴に自分を捨てさせようとするほど傷つけちまった時の記憶。
 あんなことはもう繰り返したくねぇ。マリアをこいつみてぇに、傷つけたりなんかしたくねぇんだ。
 なのに、サマはにこっと笑ってみせた。当たり前みてぇな顔で。
「そんなことにはならないよ。ロレはマリアが好きなんだから」
 …………………………………………。
「はぁっ!?」
 俺は仰天してすっとんきょうな声を上げた。頭にカーッと血が上るのがわかる。
「おい、おい、おいおいおい! なに言ってんだてめぇはっ、俺がいつマリアを好きだなんつった!?」
「一度も言ったことはないけど。ロレをちゃんと見ていれば誰にでもわかるよ、マリアが好きだって」
「な……勝手に思い込んでんじゃねぇっ! 俺は別にマリアが好きとか、そーいう、ことはだなぁっ……」
 言い募ろうとして言葉が勝手に勢いを減じる。そのはずだ、そのはずなのに。俺は間違いなくマリアに恋してなんていねぇはずなのに。
 なんで、好きじゃない≠チて一言を言うのがこんなに気が進まないんだ。
「ロレ。ロレはもうわかってるんだよ、本当は。自分の気持ち、自分がなにをしたいかわかってる。ただ、それが今まで経験したことないものだから、今までの自分の価値観にそぐわないものだから、戸惑ってるだけじゃない?」
「……俺は本気で言ったんだぞ、さっきの台詞全部」
「それはわかってるけどね。でも僕にはどれも、マリアを今までの自分の力振り絞って大切にしたいって言ってるように聞こえたけどな。自分の一番きれいな場所に、大切に大切に置いておきたいって」
「……まぁ、そうだけどよ」
 それは間違いない。俺はマリアを心底大切にしたい、それは確かだ。
 けど、それとこれとは――
「ロレは女性がわからないわけじゃない、その弱さもしたたかさもちゃんと受け入れて許してる。ただ、自分とは違う存在だって強く思いすぎてるんだね。だから守ってやらなきゃって強く思う。マリアでもそれは一緒でしょう?」
「……そりゃ」
「こんなことを言ったら腹が立つかもしれないけど――ロレ、ちょっと女性に夢を見すぎじゃないかな」
「はぁ!? 見てねーよ俺は女の汚ぇとこ親父の愛人どもでしこたま見て――」
「うん……だから、それと、ロレがあんまり女性や女の子と接することがなかったせいで、ロレは女性っていうものは男と違うものって思いすぎてるんじゃないかなって」
「違うだろーが」
「それは確かに肉体的に性別が違うんだからいろいろと違って当然だよね。でも、それも個人差のひとつとしては考えられない?」
「は?」
「性格が違う、人種が違う、国籍が違う、年齢が違う。そういう違いのひとつとして性別がある、っていう考え方はできないかなってこと」
「はぁ!? おかしーだろそりゃ、男と女っつーのはまるっきり違うもんなんだからよ」
「そう?」
「そうだっ」
「そういう風に決めてしまうのは、国籍や人種の違う人間とは理解しあえないっていうかたくなな考え方と、似ていないかな?」
「う……」
 そう言われると、そうかもしれねぇけど。
「そりゃ確かにまるっきり違うと言われればそうだけど、それでも女性だって男と同じように、大切なものを自分の手で守りたいって思う人もいるよ。男でも家族を守ることなく逃げ出す人間がいるのと同じように」
「…………」
「要は、ね。たいていの人はその人の持つ属性で判断するんじゃなくて、その人個人で判断してほしいって思うんじゃないかなって話。ロレだって男だって理由で女を襲うことしか考えてないって言われたら面白くないでしょ?」
「……男ってのはそーいうもんじゃねぇだろ」
「そういう男もいるよ」
「…………」
「だからマリアとの関係も、男女の関係っていうんじゃなくてマリアとの特別な関係ってとらえたらいいんじゃないかな? 大丈夫、関係の形が変わるだけ、マリアとの関係は壊れたりしないよ」
「…………」
 ちくしょ……わけわかんねぇ。頭ン中ごちゃごちゃしてきやがった。
 俺はただ、マリアを傷つけたくねぇだけなんだ。大切にしてやりてぇだけなんだ。あいつが女だから。大切な仲間だから。
 ――あいつを見るとめちゃくちゃ大切だって、体中が叫ぶから。
「一番大事なのはね、ロレ。ロレのマリアに対する、素直な気持ちだよ」
「俺は―――」
「今までの自分の経験とか、考え方とか。そういうの全部取っ払ったところにある、ロレのマリアに対する気持ち」
「気持ちったって………」
「ロレは本当はもうわかってるんだよ。それを忘れないで。――もう見えている自分の気持ちを、押さえつけるようなことはしないでね」
 去っていくサマの背中を見つめながら、俺はぼうっと立っていた。
 サマの言ったことが頭の中に響く。けどやっぱり俺はわからなかった。頭の中に染み通っていかなかった。
 わかんねぇよ。なにがわかってるっつぅんだよ。俺は、本当に、マリアになんて言ってやりゃいいのか――
 さっぱりわかんねぇんだから。

 翌朝。俺たちはモハメ爺さんのところへ水の羽衣をもらいに行った。できたと連絡があったからだ。
 マリアだけ孫娘と一緒に奥に通された。俺たちは部屋の前でモハメ爺さんと着替え終わるのを待つ。
「……爺さん、あれだけ言ったからにはさぞすげぇ服ができてんだろうな?」
「当たり前のことを聞くな若造! わしを誰だと思っとるんじゃ!」
 などと話しているうちに、扉が開いて――マリアが出てきた。
「!」
「おお……」
「どうです、すごくお似合いでしょう?」
 ――きれいだった。
 水の羽衣ってのは本当に水でできてるみてぇだった。ふんわりと宙に浮いた裾がひらめくたびに白い泡が立つ。
 透き通ってるのに中は見えない不思議な生地。それが幻想的に光を跳ね返しきらきらと自然に、本当の水みてぇに光る。その輝きがマリアの透き通るような白い肌に映えて、まるで川の流れを見てるみたいで――
 本当に――女神様みてぇにきれいだった。
 そんなことを思うのは、これでもう三度目になるけど。
「うむ、わしが織った羽衣を着るにふさわしい女じゃな! どうじゃ若造、わしの技は!」
「ああ――大したもんだ。感服仕った」
「ふん、当然じゃろう」
「マリア―――」
 俺は不安そうに、こちらにちらちら視線をやってくるマリアに笑いかけた。
「似合ってるぜ」
 そう言うとマリアはカッと顔を赤くして、「ありがとう」とわずかに唇を震わせて微笑む。
 それを見たとたん俺はずきゅんっと胸がたまらなく痛んだんだが、なんでなのかはやっぱりわからなかった。
 ――わからないと、決めつけるように思ったんだ。

戻る   次へ
サマルトリアの王子の話へ
DRAGON QUEST U topへ