月のかけらの話
 僕たちはムーンペタからルーラでベラヌールに飛び、テパに向かっていた。月のかけらと水の羽衣を手に入れるためだ。
 ディリィさんからの新情報で、ロンダルキアへ向かう道に施された封印を解くために必要な邪神の像が海底洞窟に作られた神殿にあるというので、そこへの道を作るため月のかけらが必要なんだそうだ。
 水の羽衣はそのついでに装備強化を図ろうってことで、テパの村にいる伝説的な織り手ドン・モハメさんに水の羽衣を作ってもらおうという予定を決めたんだ。幸い必要な材料は全部揃ってるし。
 ロレとマリアの状況は……さほど変わってはいない、と僕は思った。二人とも相手を意識しつつも話しかけず、マリアはこっそりロレを盗み見ロレはなにごとか考えこんでいる。
 その度合いは一層激しくなったかもしれない。落ち込んだマリアを慰める時になにかあったのか、それともディリィさんとの話の中でなにか考えるところがあったのか。
 僕はロレが気絶したあとのディリィさんの話を思い出していた。

「なにごとですか!?」
 そう言いつつ僕とマリアが部屋の中に飛び込むと、ロレは気を失って倒れていてディリィさんははぁはぁと息を荒げながらその前に立っていた。
 そしてディリィさんが振り返り、憤懣やるかたないという顔で言う。
『案じる必要はない、ただの幻覚じゃ。こやつがあまりにも、あっまりにっもたわけたことをぬかすので、ついマヌーガの呪文を重ねがけしてしまった』
 マヌーガというのは幻触の呪文。相手に幻が触れたという感触を与える。それによって相手を傷つけることも可能なんだけど、幻と気づけば傷は一瞬で回復するのであんまり使い勝手のいい呪文とはみなされていない。
 それをトオーワルマの呪文に重ねがけするなんて本当に尋常じゃない技量だとは思うけど……。
「なぜこんなことを? たわけたことというのはいったいなんです?」
『言ってもよいが……こやつが愛想を尽かされぬか不安じゃな。いや、いっそ尽かした方がよいような気もするが』
 などと言いつつディリィさんは僕とマリアに話してくれた。ロレのディリィさんに言ったことを。
「そうですか」
 僕はロレを介抱しつつそれだけ言った。マリアも特に表情を変えることなくそれを手伝ってくれている。
 ディリィさんは片眉を上げた。
『それだけか?』
「別に驚くほどのことではないでしょう。ロレイスならそんなようなことは当然考えていると思っていたわ」
「それに、ロレは言葉で説明するのが苦手ですから。確かにそれもロレの本心ではあるんでしょうけど、全てではないです。ロレの本当の本心は、もっと単純だと思いますよ」
『……なるほど。ロレイソムのことはお主たちの方が熟知しておるか……少しばかり悔しいな』
 苦笑したあと、僕とマリア両方に一人ずつ話がしたいと言うディリィさんに僕たちはうなずいた。マリアがどんな話をしたかは知らないけど、僕への話はこれだけだった。
『サウマリルトよ、お前は他に目を向けようという気はないのか?』
 僕は笑って答えた。
「僕の全てになれる人が他にもいるなら、喜んで目を向けますけど」
 ディリィさんは苦笑して、降参のポーズを取った。
 ――たとえそんな人が他にいたとしても、僕にとってロレは変わらず全てであり続けると思うのだけど。

 テパに着いた僕たちはまず村長に挨拶をして水門の鍵を渡してから、ドン・モハメさんのところへ向かった。もちろん紹介状ももらって。
 こういう伝統の技を受け継ぐ名人っていうので素直な人間はほとんどいない。たいていはどうしようもないほど頑固だ。だから覚悟はしていたんだけど。
「断る」
 ふん、とぶっきらぼうに言ったモハメさんに、ロレの眉がぴくりと動いた。
「理由をお聞かせ願えますか?」
 僕は愛想を最大限に発揮してにこにこと言う。
「面倒くさい。わしはもう引退した、人の注文を聞く義理はないわ」
 ふん、とそっぽを向く。長く真っ白いあごひげが揺れた。
「ですが、あなたはまだ機を織っていらっしゃる」
「……それがどうした」
「仕事への情熱はまだ捨ててはいらっしゃらないということではありませんか? でしたら水の羽衣を織るというのはあなたとしても格好の題材かと思うのですが。いかがでしょう?」
「……やかましい。貴様のような若造に世話をされるほどわしは落ちぶれとらん」
「確かに我々は若造です。ですが若造なりに、人生をかけた熱意でもって我々は世界を救おうとしています。それはどうか、認めていただけませんでしょうか」
 ……我ながらよく言うなって感じだけど、まぁまったくの嘘ってわけでもないし問題ないよね。今重要なのはモハメさんに水の羽衣を織ってもらうことなんだから。
 マリアが我慢できずに口を挟んだり、ロレが怒鳴ったりってこともあったけど、最終的にはモハメさんは、渋々というふりをしながらうなずいてくれた。

 満月の塔を攻略し、月のかけらを手に入れて。
 陽も落ちてきたし、帰ってきてもまだモハメさんが羽衣を織り終わっていなかったこともあって、僕たちは宿を取った。
 ふと、荷物を部屋に運んだロレがまだ鎧を着たまま宿を出て行くのが見えた。剣の稽古だな、とすぐにわかる。
 どうしようか少し迷って、結局追いかけることにした。この一ヶ月マリアがずっと一緒でそういう機会はなかったけど、今ロレの意識は迷いの中にある。それを少しでも楽にできたらなと思ったんだ。
 ロレは少し宿から離れた場所で剣を振るっている。場所を確認して、タオルを水で濡らすためにいったん宿へ戻った。
 旅立ってから一年三ヶ月、二度目の初夏。鎧を着たまま剣の稽古をすればさぞ暑いことだろう。
 きゅっとタオルを絞りながら思う――マリアと初めて出会ったのも、この季節だった。
 僕は頭を振った。マリアと出会うにしろ出会わないにしろ、僕には最初から望みはないんだ。
 ロレが僕の方を向いてくれることは絶対にないんだから。
 気配を殺してロレのところへ戻り、しばらく稽古する姿を見つめる。いつも通りロレの剣を振るう姿はカッコよかったけれど、少しばかりその剣さばきに曇り――ともいえないほどわずかだけど、迷いが見えた。
 ロレは基本的に剣を振るう時はなにもかも忘れてしまうというか、考えていることと切り離して剣を振るえる質なんだけど、それでもやっぱり感情が滲み出てしまう時もある。ロレは感情を剣に乗せることができる人間だから。
 ロレはまるで相手がそこにいるかのように剣を振るっていたけれど、やがて動きを止めて剣を下ろした。頭の中の相手に負けてしまったようだ。
「あー、くそ、もー一回やろうかな」
「その前に悩んでいることをすっきりさせちゃった方がいいんじゃない?」
 そう言うと、ロレは振り向いて驚いたような顔をした。
「………サマ」
「お疲れさま、ロレ」
 そう言って僕は歩み寄り、タオルを渡す。ロレは「サンキュ」と言って顔を気持ちよさそうに拭いた。
 拭きながら訊ねる。ちょっとぶっきらぼうに、でも少し気を遣いながら。
 ――僕は、僕には僕にだけは、気を遣ったりはしてほしくないのだけど。
「お前、ずっと見てたのか? 気配は感じなかったけど」
「見に来たのはさっき。ロレ夢中になってたからね、邪魔しちゃいけないと思って気配殺しちゃった」
「なんか用か?」
「うん。ロレの、愚痴を聞こうと思って」
「はぁ?」
 ロレは思いきり顔をしかめる。でも、ここは押しどころだ。僕はロレに、悩みを捨ててほしいのだから。
「別に、お前に愚痴聞かせる気はねぇよ」
「僕じゃ、ロレの愚痴の聞き役にはなれないかな?」
「つぅかな、愚痴なんてもんを人に言うのは好きじゃねーんだよ、俺は」
「僕は聞きたいな。駄目?」
 僕はさらに押した。ロレを押し切れるかどうかはわからないけど。
「あのな……人の愚痴聞いてなにが楽しいんだよ」
「ロレの愚痴だから。ロレが気持ちよく生きるのに役に立てたらすごく嬉しいなって思うから、ロレの愚痴聞きたいなって思うんだけど」
「……なんで急にンなこと言い出すんだよ」
「ロレが苦しそうだから」
「俺は―――」
「マリアに告白されたんでしょう?」
「!」
 ロレは目を見張る。僕は安心させようとにこっと笑った。怒るかな、とも思ったけど、ロレは怒らず、むしろ呆然と僕を見つめた。
「ごめんね、マリアがロレに告白してるとこ見ちゃったんだ。遠目だったけど、マリアがロレに好きだって言ってるのは見えた」
「………………」
「だから、ね。ロレがそんなに苦しんでる理由の一端でも僕にあったら、申し訳ないなって思って。愚痴を聞くぐらいのことなら僕にもできるって思うんだけど……それも、自惚れかな?」
「………………。……てめぇに言うことじゃねーだろ。てめぇには関係ねぇことなんだから」
「そうかな。仲間が苦しんでる時に手を貸してあげられないっていう辛さとかって、ロレわからない?」
「う……。だからな、わざわざお前に相談するほどのことじゃ――」
「じゃあロレはもうなんて答えるか決めてるの?」
「……決めてるわけじゃ、ねぇけど」
「まだ迷ってるってことでしょう? だったら愚痴の聞き役ぐらいいてもいいと思うけどな。最後にどう答えるか決めるのはロレだけど、相談相手にぐらいなってあげられるよ?」
「だっからよ、お前には相談したくねぇっつってんだよ」
 ――え。
 一瞬、頭の中から言葉が消えた。久しぶりに聞いた、ロレの、僕をなんとも思っていないという一言。
 でも、もちろん一瞬のあとにはにこにこと笑顔を浮かべる。
「そっか、ごめんね? 調子に乗ってたね、僕。ロレの相談役ぐらいにはなれるつもりでいたんだけど、自惚れだったね? 僕、ロレの手助けになることができるほどの人間じゃなかったね、本当にごめん」
「………ッ!」
「ごめんねロレ、邪魔しちゃって」
 そう言って頭を下げて――その袖を、ロレはつかんだ。
「わかった。聞けよ、聞いてもらうから。――聞いてくれ、愚痴」
 そう言ってくれた。僕はほっとして笑ってうなずく。
 ロレが心底僕のことをなんとも思っていないと思ってるわけじゃない。さっきのはただ、思わず漏れてしまった一言というやつなのだろう。その罪悪感を利用して、ロレから諾の答えを引き出そうと、一瞬でそう考えられるぐらいにはわかってる。
 だけど、それも、そのつい漏れた一言も、間違いなくロレの本音のひとつなのだろうと、そう思っている自分がいたことも、確かだったのだけれど。

「……そんな風に考えることないと思うけどな」
「そんな風って、どんな風だよ」
「マリアを女性として見ることが、マリアとの関係を貶めることになってしまうんじゃないかとか。僕にはロレはただ混乱してるだけに思えるよ。マリアが本当に大切だから、大切にしなくちゃしなくちゃって思い詰めて自分の今までの経験とごっちゃにしてるだけに思える」
「………そうか?」
 うん、僕にしてみればそれはごく当たり前な事実だよ。
 ロレは本当は、思考とは別の場所で自分の向かうところを決めているんだから。
「ロレはマリアのことが大事だから、本当に真剣に考えたんだと思う。でも、ロレは考えるの得意じゃないでしょう?」
「……お前それは、俺が馬鹿だっつってるわけ?」
「そうじゃないよ。ロレは考えたことよりも、感じたままに動く方が正解に近い。ロレに思考は必要ないんだよ。今までずっとそうじゃなかった?」
「だからって考えねぇわけにゃいかねぇだろ。そーいう風に感じたままにってやって、以前お前を……むちゃくちゃに傷つけちまったんだから」
 その言葉を発する時、ロレは少しうつむいて、ぼそぼそと小さな声になった。
 それを見ると、僕は少し嬉しく、その数倍苦しくなる。嬉しいのはロレが僕のことをある程度は大切に思ってくれていることがわかるから、苦しいのは僕はロレにこんな風に嫌な思い出しか与えられていないという事実に胸がたまらなく痛むから。
 だから僕は微笑む。少しでもロレが楽になれるように。少しでも僕がロレに与えられるように。
「そんなことにはならないよ。ロレはマリアが好きなんだから」
「はぁっ!?」
 ロレは顔を真っ赤にして声を上げた。驚愕! と顔に書いてあるのがわかる。
「おい、おい、おいおいおい! なに言ってんだてめぇはっ、俺がいつマリアを好きだなんつった!?」
「一度も言ったことはないけど。ロレをちゃんと見ていれば誰にでもわかるよ、マリアが好きだって」
 そう、見ていれば。ずっと一緒にいて、ちゃんと見ていれば誰にでもわかることなのに。
 ロレがマリアにだけ一歩踏み込んで大切にしようとしていること。他の女性には適当にあしらえることが、マリアの時だけはひっかかって喧嘩になったりしてしまうこと。マリアに――ときめいていること。
 それにどうしてマリアは気づかないんだろう。
「な……勝手に思い込んでんじゃねぇっ! 俺は別にマリアが好きとか、そーいう、ことはだなぁっ……」
「ロレ。ロレはもうわかってるんだよ、本当は。自分の気持ち、自分がなにをしたいかわかってる。ただ、それが今まで経験したことないものだから、今までの自分の価値観にそぐわないものだから、戸惑ってるだけじゃない?」
「……俺は本気で言ったんだぞ、さっきの台詞全部」
「それはわかってるけどね。でも僕にはどれも、マリアを今までの自分の力振り絞って大切にしたいって言ってるように聞こえたけどな。自分の一番きれいな場所に、大切に大切に置いておきたいって」
 だから、僕は聞きながらずっと、苦しいな、と思っていたのだけれど。
「……まぁ、そうだけどよ」
 ロレは渋々というようにうなずいた。――そう、ロレは本当は、わかってるんだ。
 ただ頭で考えることをしないだけで。
「ロレは女性がわからないわけじゃない、その弱さもしたたかさもちゃんと受け入れて許してる。ただ、自分とは違う存在だって強く思いすぎてるんだね。だから守ってやらなきゃって強く思う。マリアでもそれは一緒でしょう?」
「……そりゃ」
「こんなことを言ったら腹が立つかもしれないけど――ロレ、ちょっと女性に夢を見すぎじゃないかな」
 女性は守るべきものだ、っていう考え方って、僕にはわからない。女性を無駄に神聖視するのじゃなく、普通にこちらより力が弱いから背が低いから、戦闘では後方支援に回ってもらうとかって考え方が僕には普通なのだ。
「はぁ!? 見てねーよ俺は女の汚ぇとこ親父の愛人どもでしこたま見て――」
「うん……だから、それと、ロレがあんまり女性や女の子と接することがなかったせいで、ロレは女性っていうものは男と違うものって思いすぎてるんじゃないかなって」
「違うだろーが」
「それは確かに肉体的に性別が違うんだからいろいろと違って当然だよね。でも、それも個人差のひとつとしては考えられない?」
「は?」
「性格が違う、人種が違う、国籍が違う、年齢が違う。そういう違いのひとつとして性別がある、っていう考え方はできないかなってこと」
「はぁ!? おかしーだろそりゃ、男と女っつーのはまるっきり違うもんなんだからよ」
「そう?」
 僕は『それだから俺は女に惚れる』と言っているような気がして少し苦しくなった。ロレって本当に思考が男らしい。
「そうだっ」
「そういう風に決めてしまうのは、国籍や人種の違う人間とは理解しあえないっていうかたくなな考え方と、似ていないかな?」
「う……」
「そりゃ確かにまるっきり違うと言われればそうだけど、それでも女性だって男と同じように、大切なものを自分の手で守りたいって思う人もいるよ。男でも家族を守ることなく逃げ出す人間がいるのと同じように」
「…………」
「要は、ね。たいていの人はその人の持つ属性で判断するんじゃなくて、その人個人で判断してほしいって思うんじゃないかなって話。ロレだって男だって理由で女を襲うことしか考えてないって言われたら面白くないでしょ?」
「……男ってのはそーいうもんじゃねぇだろ」
「そういう男もいるよ」
「…………」
 ロレは黙りこんだ。ひどく苦々しげな顔だったけど、僕の主張を認めてくれたみたい。
「だからマリアとの関係も、男女の関係っていうんじゃなくてマリアとの特別な関係ってとらえたらいいんじゃないかな? 大丈夫、関係の形が変わるだけ、マリアとの関係は壊れたりしないよ」
「…………」
 だから本当に、言ってしまっていいんだよ。素直になってロレ。僕は君に幸せになってほしいんだ。
「一番大事なのはね、ロレ。ロレのマリアに対する、素直な気持ちだよ」
「俺は―――」
「今までの自分の経験とか、考え方とか。そういうの全部取っ払ったところにある、ロレのマリアに対する気持ち」
「気持ちったって………」
「ロレは本当はもうわかってるんだよ。それを忘れないで。――もう見えている自分の気持ちを、押さえつけるようなことはしないでね」
 そう言って、僕は軽く手を振ってその場から立ち去った。ロレに僕の言葉を考える時間を与えてあげようと思って。
 これでロレの悩みが解決するだろうか? ――わからない。僕がロレの力になれるかなんて、全然わからない。
 僕はロレのためならなんでもする。今回も力は尽くした。
 ――でもそれが、ロレにとっていい結果を導くかなんて、全然わからないんだ。
「――サウマリルトよ。そこまでしてローレシアの王子に尽くして、お前はなにを求めるのだ?」
 僕は少し驚いて、声のした方を振り向く。
「……ハーゴン。どうしたんですか? こんなところまで来るなんて」
「来てはいけなかったか?」
 そう言いながらハーゴンは、夜の河を見ていた僕の隣に立つ。
「そういうわけではありませんけれど。場所をどうやって突き止めたんですか?」
「お前たちの周りには以前出会った時より常に使い魔を放ってある。居場所は常に把握している」
 そうだったのか……気づかなかった。
「一応聞いておきますが、僕たちの居場所がわかっていたならそこに総攻撃をかけたりしようとは思わなかったんですか?」
「常に移動するわずか三人の人間を大軍をもって仕留めるのは至難の業だ。それならば寡兵をもって奇襲するか、待ち伏せするかを選択すべきだろう」
 うん、やっぱりハーゴンは頭は悪くない。
「でも、こうして一箇所に留まっているんだから魔的結界を張るなりなんなりして僕たちを攻めてもよさそうなものですけど」
「いや、決戦はできるならロンダルキアでつけたいと思っている。それに、今日はお前と話をしたかったのだ」
 おやまぁ。なんなんだろこの素直さ。まぁ僕もハーゴン相手に嘘をつく気はないけどさ。
「話ね……魔を統べる者としてのお仕事はいいんですか?」
「私はシドーを顕現させることによって世界を無に帰そうとしている……つまり保険としてロトの血族を皆殺しにする以外はすることといえば魔力と精神力を高めることのみ。そのためにサウマリルト、お前と話すことはとても重要だ。今の精神力では真なるシドーの召喚は不可能だからな」
 精神力ねぇ。僕と話すのが混沌に近づくのに有効な方法だとしたら複雑だな。
「それで、シドーの復活に必要な力はあとどれくらいで高められそうですか?」
「わからない」
 おいおい。
「まだ不可能だということはわかる。だが、必要な力がどれほどのものかということは私もよくわからない」
「そうですか……じゃあ僕は少しでもその邪魔をするために、あなたと話さないようにすべきなのかな?」
「そうしたいのか?」
 ハーゴンが僕を見つめる。感情の感じられない、けれどひどく真摯な瞳で。
 だから、僕は微笑んで首を振った。
「いいえ」
 ハーゴンはたぶん、僕たちがロンダルキアにたどりつくまでは世界を滅ぼしはしないだろう。できたとしても。
 ハーゴンは、僕を理解したいと言ったのだから。
 その言葉に嘘はないと、僕は絶対的に知っているから。
「あなたは僕と、どんな話をしたいんですか?」
 そして、僕も彼と話すことが、楽しくなってきているから。
 なにより、彼を拒否しようという気が、僕にはまったく起こらないから――
 だから、僕はそう言って笑った。
 その言葉にハーゴンは、無表情な顔をわずかに、頬の辺りをかすかに緩めるくらいだけど崩した。それからまた顔を無表情に戻してこう答えた。
「お前がローレシアの王子になにを求めているか、教えてほしい」

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