自覚の話
 俺はマリアを大切な仲間だと思ってる。それに疑いはねぇ。
 ――なのに、なんで。なんで俺は。
 なんでマリアを求めちまうんだろう。

 テパからペルポイへ飛んで、そこから船でディリィの案内で海底洞窟に向かう。ディリィにはなんて言やいいかわかんなかったんで、『案内頼むぜ』とか声をかけたら苦笑して『馬鹿者』とこんと俺の頭を杖で叩いた。
 ま、それで一応の和解は成立した。ディリィはたぶん、怒りに任せて怒鳴ったことを悔やんでるんだろう。俺がサマに感情に任せて怒鳴るのを悔やんだのと同じように。
 お互い(少なくとも一部は)悪かったとは思ってんだが、んなこといちいち口に出すことでもねぇ。男同士だったらそーいうことはわかりきってることだ(いや、サマみてぇにわかってても口に出す奴もいるけど。わかんねぇ奴もいるけど)。
 ――だけど、マリアは。
 マリアには俺の気持ちなんて、通じてるはずがねぇし、マリアの気持ちなんてさっぱりわからねぇんだ。
「……ここで間違いねぇのかよ?」
『うむ。海の底を見てみろ、明らかに極端に盛り上がっておろうが』
「そりゃわかるけどよ……」
「考えていても仕方がないわ。月のかけらを使ってから考えましょう」
「………おう」
 声をかけられて、一瞬ドキリとした。
 マリアは最近、普通に話しかけてくる。俺にはそれからしてわけがわからねぇ。
 普通好きだっつったら女は返事求めてうるさくつきまとうもんだろ? 少なくとも今までの関係は壊れる。男と女の関係になっちまうんだ。
 なのに、こいつは普段通りに話しかけてくる。俺に行ったことを忘れちまったみてぇに。
 でも俺は知ってる、こいつは忘れてない。だって俺がなんて答えりゃいいのかわからず口ごもったり避ける素振りを見せたりすると、一瞬だけひどく辛そうに体が震えるんだ。
 本当は早く答えがほしいだろうに――俺のために耐えて、普段通りに話しかけてるのかって思うと、胸の辺りがひどくぎゅっとした。
 ――でも、俺はこいつに、やっぱりなんて言っていいかわからねぇ。
 大切だから――傷つけたくねぇから。こいつに対する欲情を、死んだってぶつけたくねぇから。
(―――それだけか?)
 心のどっかから問う声に、俺は頭を振る。それだけのはずなのに。それ以外にはなにもねぇはずなのに。
 ――なのに俺はその問いに、自信を持って答えることができなくなっちまった。
 サマに、テパでいろいろ言われた時から。そのあとマリアが水の羽衣を身につけた姿を見た時から。
 俺がマリアをどう思ってるかってことに、なんだか、どんどん揺らぎが起きてきちまったんだ。

「あっつ……」
「一応ヒャドチル――弱冷気の呪文はかけてるんだけど、なにせ溶岩が目の前にあるからね。さすがに追いつかないみたい」
 海底洞窟の中は暑かった。というより、熱かった。なにせ溶岩の海――んなもん初めて見たが――が歩いてる道にごろごろありやがるんだ。
 サマのトラマナのおかげで怪我はしねぇが、熱さがとにかく尋常じゃねぇ。サマの着てるミンクのコートも暑そうだったが、俺のガイアの鎧もたいがい暑い。
 ただ一人、マリアだけは水の羽衣を着て涼しげな顔をしていた。
「……代わりましょうか?」
「は?」
 ふいに言い出したマリアに、俺は目を丸くした。
「水の羽衣を交代で着回すのはどうかということよ。そうすれば少しは暑さも軽減されるのじゃない?」
「バッ……!」
 馬鹿野郎なに考えてんだてめぇが一番体力ねぇくせにナマ言ってんじゃねぇ――と怒鳴りかけて、俺はしゅるしゅると勢いを減じた。マリアの顔見てたら、んなこととても言えやしねぇ。
 傷つけちまうんじゃねぇかと――俺がめちゃくちゃなこと言っちまうんじゃねぇかと、怖くって。
「……いいから、お前が着とけ」
 それだけ言って、俺はまた先頭に立って歩き出した。

「……人がいる」
「……魔族だね、たぶん」
「そうね……あの瘴気は魔族のものだわ」
「そうか」
 祭壇の前でなんかやってる怪しい奴らに対しての言葉だ。疑う理由はどこにもねぇ。
 俺はずかずかとそいつらに近寄って剣を振り上げる――だがさっと逃げられた。声を揃えて言ってくる。
『おお、ロトの勇者の方々よ! なにゆえ我ら祈りの徒に暴虐の剣を振るうのか?』
「うるせぇ。てめぇらは魔族なんだろうが、無駄口叩いてる暇があんならとっとと本性現しやがれ」
『おお、ロトの勇者の方々よ、なんとつれないお言葉か。あなた方を歓迎するべく、我らは祈りを捧げていたというのに』
 いちいちうるせぇ奴らだな、こいつら。……けど上等だ、そんな奴らなら遠慮なく鬱憤晴らしできる。
「祈り、だ? うるせぇ、くだんねぇこと言ってんじゃねぇ。俺らはとっとと邪神の像手に入れなきゃなんねぇんだよ」
『おお、ロトの勇者の方々よ、なんと愚かな。我らが祈りによりて降臨せし悪霊の神々の一柱の前では、あなた方の望みが叶うことなどありえぬこととおわかりにならぬとは』
「……悪霊の神々の一柱?」
 サマがなにか言った、と思うやいなや、魔族どもは叫んだ。
『来たれませ悪霊の神々の一柱! その御力もて、ハーゴン様の御心を乱す愚か者どもの首、シドーに捧げ賜れませ!』
 とたん、魔族どもの目の前にぽんっ、と黒い球が出てきた。なんかギュオオとか音も立ってる。
 その球の中から、ずるずると、いかにも魔族っぽい感じの奴が姿を現した。黄金色の肌をした、牛人トカゲっつーか……悪魔っぽい感じの奴。
「……魔神公爵、ベリアル」
 サマがそんなことを言うのが聞こえた。
 そいつは俺たちが武器を構えるのを無視して、軽く見回すと言ってくる。
『ハーゴン様、本当にこの程度の奴らにくだされた力を使えというのですか?』
『そうだ』
 ――ハーゴンの声!?
「ハーゴン! どこに隠れているの、出てきなさい!」
『出てくるつもりはない。今回私はお前たちの戦いを傍観させてもらう』
「……ほう? 余裕かましてくれてんじゃねぇか。それならそれでいいさ、首洗って待ってやがれ。このクソトカゲだの雑魚魔族だの、そんな奴ら全員ぶっ殺して、てめぇの前に立ってやる」
 俺は笑みを浮かべて一歩前に出た――ハーゴン、俺はてめぇへの恨みはまだ少しも捨てちゃいねぇんだからな。
「その時の俺は今よりもっと強くなってる――さっさと倒しておきゃよかった、って地獄の底で後悔させてやるよ」
『それは不可能だな。私が後悔することはありえない。――それにベリアルはそう簡単に倒せる魔族ではない』
『無敵の魔族と言っていただきたいものですな、ハーゴン様。我は三柱の悪霊の神々の中でも最強、戦闘力ならば魔を統べる御方にも匹敵する。――そのようなふざけたことを抜かす奴は、授けて下された力なしで叩きのめさねば気が済みませぬわ』
『そうか。お前がそうしたいのならばそうするがいい』
 ふん……なんか切り札はあるみてぇだが、んなもんどうでもいい。罠があるなら踏み潰す、それだけだ。
「二人とも、即行で片づけるよ。長引くと不利だ」
「おう」
「わかったわ」
 ひさびさに燃えてきていた。手強い敵、思いきり遠慮なく戦える強くムカつく敵。そういう奴が俺はほしかったんだ。
 体と剣が一体になっていくのがわかる。本気で戦う時はいつもこうだ。
 俺は剣を振り上げた。こいつに俺の苛々、全部ぶつけてやるぜ!

 俺は全力でベリアルを斬り裂いた。目の前のベリアルから、何度も槍で突かれ、炎を吐きかけられてるにもかかわらず。
 何度かやべぇな、死ぬかな、とも思ったが、そのたびに力が湧いてきて俺は斬り裂くのを続けた。後ろから回復呪文かけてくれてるんだろう、サマとマリアが。
 ってことは、後ろには攻撃がいってない。
 そう思うと俺は力が湧いてきて、ますます全力でベリアルを斬り裂く。マリアが、マリアとサマが傷つかないんなら、俺は別にいい。一度や二度死ぬぐらい。
 ベリアルの強烈な攻撃は当然痛かったが、俺はむしろ気分爽快だった。
 もっと俺を傷つけてみろ、俺をぐしゃぐしゃにしてみろ。俺はてめぇには遠慮なしで傷つけ返してやる。
 ――そんな風に気分的にはハイになってたから、ベリアルが俺の剣で両断されたとたん、足の方が勝手に崩れたのは、俺にとっちゃかなりの驚きだった。
「ロレイス!」
 マリアの叫び声が聞こえる。近いんだか遠いんだかわからんが、とにかく頭の中でわんわんと反響した。
 その声が少し泣きそうに感じられて、俺は奥歯を噛み締めた。おい、頼むぜマリア、んな声出すんじゃねぇよ。
 俺は、お前が泣くのだけは、死んでも嫌なんだよ。
 体がほんわりと暖かくなる。頭がなんか柔らかい、気持ちいいもんに乗せられていた。
 あんまり気持ちがいいんで俺は思わず笑ってしまっていた。傷口から暖かいなにかが俺の中に流れこんでくる感覚。それを感じてると、妙に満たされたっつーか、もーこれ以上なんもいらねーなー、っつー感じのほわわわんとした気分になって、思わずすりすりと頭の下の柔らかいもんに頭を摺り寄せちまっていた。
「――――…………ロレイス…………」
 気持ちのいい声だ。すっげー優しい。暖かい。母上か、とも思ったが、それとは全然違う――抱き締めてやりたくなるような細さを感じさせる声だった。
「ロレイス…………」
 ちくしょう、たまらねぇ。なんだこの感じ。欲情に似てて、けどそれよりずっと、たまらなく胸を熱くさせるこの感じ。
 ほしい。俺はこの声の主がほしい。
 思わず手を伸ばし、抱き締めて撫で回し――
「ロレイス! どこを触っているの!」
 ぱしん、と全力の平手打ちが頬に飛んできて、俺ははっと目を覚ました。目の前には真っ赤になったマリアが俺の顔を睨みつけるようにのぞきこんでいる。
 そこでようやく俺は自分がマリアに膝枕されてることに気づいた。
「………マリア?」
「傷は治ったのだからいつまでも寝ていないでちょうだい! それにっ、わ、私の……お……」
 そこでいったん言いよどみ。
「とにかく変なことしないでちょうだいっ!」
「あ………わ、悪ぃ」
 ようやくなんとかそう答えて、のろのろと立ち上がる。本当はとっとと立ち上がるべきだったんだろうが、正直――離れがたかった。膝枕が初めてなんてわけはねぇが、マリアの膝枕はなんつぅか、ひどく安らぐっつーか、ずっとこーしててぇ、なんて阿呆みてぇな思いを抱いたりしちまったからだ。
 俺はマリアをちらり、と見る。マリアも立ち上がって、俺をうつむき加減の顔からちらり、と見返す。
 お互いなにも言わず、ちら、ちらと相手の方を見て、すぐ赤くなって目を逸らすということを繰り返した。
 ……あーくそなにやってんだ俺はっ!
「ロレ! マリア! 気をつけて!」
 サマの叫び声が聞こえて、俺たちははっとして声のした方を向いた。
 そこには――奇妙なもんがあった。
 闇。けどただの闇にしちゃ奇妙だ。妙にイキイキしてるっつーか、まるで生きてるみてぇな感じがする。かと思うと一瞬後にはぴかぴか光りながら死んでいくみてぇな雰囲気もある。それがじわじわとベリアルの死体からこっちに広がってくるのだ。
 これはただごとじゃねぇ――思わず叫んでいた。
「うお! なんだこりゃ!?」
「これは……なに!?」
 マリアも叫ぶ。サマは後ろ――俺たちの方にに飛び退って叫んだ。
「ロレ! ロトの剣を使って!」
「……はぁ!?」
 なに言ってんだよいきなり!?
「これは混沌だ。ベリアルがハーゴンに与えられた力っていうのは混沌を現出させる力だったんだ! 混沌を鎮めるには世界を変える力を使うしかない。ロトの剣は混沌を封滅するのには一番適しているはずだよ!」
「え、いや、そりゃわかるけど……えぇ!?」
 混沌ってこれが? こんな風に目に見えるもんなのか!?
「使い方は知ってるでしょ? ロトの印で学習したんだから!」
「いやそりゃそうだけど……」
 ディリィに言われたことだし一応ロトの印に使い方は訊ねておいた。また妙なとこ見ちまったらどーすっか、と戦々恐々としてたんだが普通に使ってるとこを実体験する記憶だったから無理なく使い方の要領はわかった。わかったんだが……
 改めて使うとなると気恥ずかしい気が……けどんなこと言ってる場合じゃねぇんだろうな、こりゃ……。
「えぇいわかった! てめぇら俺の後ろに来い!」
 俺は覚悟を決めて、叫んだ。
「……王者の剣!」
 記憶の中のロトはこんな風にしていた。剣の名前を呼び、それから剣と同調して剣を振るうことでロトの剣はその力を発揮する。
 俺は剣との同調のしかたってのはわかってるつもりでいた。だからできないなんてこれっぽっちも考えてなかったんだが――
 剣は現れなかった。
「…………!?」
「!? おい、おいっ! どーしたんだよっ、どうして出てこねぇんだ!? おーいっ!」
 俺は必死に叫ぶが、ロトの剣は応えない。そりゃ剣の声を聞いてから一度も話しかけたことはなかったが、だからって―――
 俺が必死に呼びかけてる間にも、混沌ってのはどんどん広がっていった。……あの中に飲み込まれたらどうなんだ? たぶんろくなことにはならねぇんだろうな……。
 奥歯をぎりっと噛んで何度も何度も呼びかける――だが反応はない。どうすりゃいいんだ、と唇を噛み締めていると――
「――私が、なんとかするわ」
 マリアが、一歩前に進み出た。
「………は!? お前……なに言ってんだ、お前がなにをどうやりゃなんとかできるってんだよ!?」
「……マリア、もしかして、パルプンテを……?」
「ええ」
 パルプンテ――どっかで聞いた名前だ。けど、よく覚えてはいない。
 そんなよく知らねぇもんをマリアに使わせたくはない――けど、マリアはそんな意見を聞き入れるような顔はしてなかった。
「パルプンテは混沌の欠片を世界に呼び込む呪文。混沌に混沌をぶつけることによって、相殺させることができるかもしれないでしょう?」
「……だけどそううまくいくかどうかはわからない。混沌に対する研究はディリィさんの蔵書にもほとんど載っていなかった。かえって勢いを増す結果にもなりかねない――それはわかっているの?」
「ええ。でも、他に方法はないでしょう? ロトの剣が出てこない以上それしかないわ。混沌をこのまま広がらせては、世界の消滅にも繋がりかねない」
 世界の消滅………!?
「……そうだね」
 サマがため息をついてうなずく。おい、サマ、本気で言ってんのかよ。
 俺は。そんな、俺は。
 マリアにそんなもん、絶対背負わせたかねぇのに。
 俺の感情にかまわず話は進む。サマとマリアは真剣な顔で言葉をかけあった。
「わかった、マリア、君に任せる。でも、自分一人の責任にはしないでよ」
「ありがとう、わかってる、思い上がる気はないわ」
 マリアが俺を見た。そしてくすりと笑う。
「なんて顔してるの。私はなにも死地に赴くわけじゃないのよ。それよりはまだ助かる可能性は高いわ」
「………マリア」
 俺は必死に言った。止めようとしたのか、励ましの言葉をかけようとしたのかはわからねぇ、けど必死に。
 ――マリアが、どっかで死の覚悟をしてるような気がしてしょうがなかったから。
「大丈夫、なんとかしてみせるわ。――私だってロトの血を引く勇者ですもの」
「マリア―――」
 マリアは馬鹿みてぇにマリアの名前を呼ぶしかできない俺に、ちょっと笑ってから手を握ってきた。両手で。俺の剣を握ってる方の腕を。
「私は負けないわ。――あなたと、サウマリルトと、世界の全ての命がかかっているんですもの。――大丈夫よ」
 ―――マリア―――
 マリアは混沌の前に立って呪文を唱えた。ひどく張りつめた表情で。
 そうだ、最近俺はこいつにこんな顔ばっかさせちまってたんだ。普通のふりしててもどっかでこいつ緊張してた。苦しそうだった。
 嫌なのに。こいつが苦しいのは、傷つくのは、絶対に嫌なのに―――
 呪文が途切れた瞬間、旅の扉みてぇな、いやそれよりもっと強烈な、世界がぐじゃぐじゃになるみてぇな酔いが俺たちを襲った。
 マリアはいったん呪文を途切れさせたあとも、絶え間なくなんかの呪文を唱えてる。張りつめた、必死な顔で。
「………ッ………!」
 俺は拳を握り締めた。爪を立てて。皮膚が破れて血が流れ落ちた。
 けど、そんなのは。そんな痛みなんてのは、俺には本当に、どうでもいいことだ。
 俺が、もしロトの剣を呼び出せていたら。力を引き出せていたら。
 あいつにあんな顔、させずにすんだんじゃねぇかと思ったら、悔しくて悔しくて自分に八つ当たりせずにはいられなかったんだ。
 ―――と。
「!」
「きゃ……!」
 マリアが小さく叫んだ――とたん、あの混沌≠ェ一気に広がった。マリアは避けようとしたが、それより早く混沌≠ヘマリアの場所に到達し、マリアを――
 飲み込んだ。
「…………ぁ…………!」
「―――マリア―――――!」
 俺はマリアのところへ走った。マリア、マリア、マリア。それしか考えてなかった。
「ロレ! 行っちゃ駄目だ、行ったって無駄だ! 混沌に対抗する方法がなければ飲み込まれるだけだよ!」
「うるせぇっ!」
 後ろからしがみついてくる奴を殴り倒して、俺はマリアのところへ走った。
 マリア、死ぬな。生きていてくれ。ただそれだけを願って俺は走る。
 しぶとく食らいついてくる邪魔な奴に「邪魔だ! すっこんでろ!」と叫び、俺はマリアを包んでいる混沌とやらのところへ向かい――
「マリア―――――!」
 この闇を打ち払う――それしか考えられないままに、剣を抜いて打ちかかっていた。
 マリアを俺がどう思ってるかとか、んなことどうでもよかった。とにかく俺は、マリアが生きていてくれないと嫌だった。
 マリアに笑っていてほしい、幸せにしてやりたい、生きていてほしい。願望が溢れて弾けそうなくらい高まっていた。
 そんなの当たり前だ、いろんなことをしたいのは当たり前だ。だって―――
 ―――俺は、マリアが好きなんだから!
『―――然り!』
 どこかからそんな声が聞こえてきた。けどそんなのどうでもよかった。
 俺はマリアを助ける。助けられる! んなこたぁ当たり前だ、俺が、この俺が助けるって決めたんだから!
 好きな奴を助けるって決めたら――死のうがなにしようが、絶対に助けるんだ!
 ――打ちかかると闇は消え、マリアが現れた。気絶してるらしく倒れ掛かるのを素早く支える。
 俺はマリアを床に横たわらせた。一瞬膝枕してやった方がいいのかな、なんて阿呆なことを思って首を振り、けど床にマリアのきれいな髪をつけさせるのは嫌でマントを下に敷いてなんとかすることにした。
 俺はマリアを見た。この世で一番大切な奴の顔を。
 それからそっと、髪を撫でた。失わなくてすんだことを確認するために。
 ――あの時の絶望は、言葉になんかできやしねぇ。本気で目の前が真っ暗になった。
 そしてようやく認められた。こいつが、俺は誰よりも、親父よりも母上よりも妹どもよりも、ディリィよりも、サマよりも――世界の誰より大事だってことを。
 俺は、こいつが、サマが俺を好きなように、命かけて人生かけて、好きなんだって。
 そうだなサマ、お前が正しかった。俺は本当はわかってたんだ。ただ認めたくなかっただけで。
 馬鹿な恋愛する奴ばっか見てたから、自分も馬鹿なことばっかしてきたから、真剣に惚れたはれたやるのが怖くて。今までの自分が大馬鹿だって思い知らされそうで、そんな馬鹿なことばっかしてた自分がマリアのマジな想いに応えられるのかと怖くて。
 今までの自分が、気楽にマジな恋愛を馬鹿にできた自分が、壊されちまうのが怖くて。
 けど、もういい。そんなんどうでもいい。
 俺はまだこいつになんて応えていいかわかんねぇんだけど、それでも。
 こいつの精一杯の想いに全力で応えてやりてぇってのは、こいつを俺のものにしたいってのは、絶対的にあったから。
 ――こいつは、死なせない。
 絶対に守る。たとえ他の誰が死んでも。
 ――だけど、俺も生き残るために全力を尽くしてやる。
 俺はこいつと生きたいって、こいつがなんの心配もなく生きれる未来を作ってやりたいって、そう思ったんだから。
 そんなことを考えながら、俺は何度も何度も、マリアが目覚めるまでマリアの髪を撫で続けた。

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