決戦前夜の話・中編
 どこまでもどこまでも、ぐるぐるぐるぐる同じところを回る。あっちに行ったりこっちに行ったりしながら、法則を試行錯誤しつつ調べていく。
 けどちょっと歩くとすぐ魔物が現れる。ドラゴンやらハーゴンの騎士やらキラーマシーンやら。どいつも気を抜くと倒されそうな程度には強いから、一回一回気合を入れて戦わなけりゃならない。
 何度呪文で結界を張って洞窟内で休んだだろう。なんかもう一ヶ月ぐらいずっとこの洞窟にいるみたいな気がする。
 そのくらいここロンダルキアへの洞窟は、長く、そして果てが見えなかった。

『よいか、ロンダルキアに着いたらわしとの連絡は取れなくなる。ロンダルキアに渦巻く混沌の力を無視するほどの呪力はわしにもないゆえな』
「んだよ。意外とだらしねぇのな」
 からかい混じりにそう言うと、ふん、と鼻を鳴らしてやっぱり偉そうに言ってくる。
『なんだ、まさかここまでお膳立てされてまだわしの助けがなければ不安だと言うか?』
「言うかボケ。――ま、これまで助かった。感謝するぜ」
 互いにに、と笑って軽く拳を打ち合わせるふりをする。ディリィは幻だったんで実際に触れはしなかったが。
「これまでいろいろお世話になりました。ありがとうございます」
「なんとしてもハーゴンを討ち果たしてくるわ。――これまで、ありがとう」
 サマとマリアにも礼を言われ、ディリィはにやりと笑った。
『なぁに、全てが終わったらわしにいい嫁を紹介してくれさえすれば万事問題なしじゃ』
「………私は紹介できるような女性に心当たりはないわよ?」
『心配せずともいずれはできようさ。人生は長い。わしはいつかお主たちがわしを呼び出す日を心待ちにしておるぞ?』
 くっくっと笑うディリィにマリアはムッとしたようだが、俺はにやりと笑い返していた。要するにこいつは、無事帰ってきて自分を俺らの国に招待しろと言ってるわけだ。……約束は果たさなきゃなんねぇよな。
「了解。楽しみにしてろ、きれいどころを一連隊は紹介してやるよ」
『量よりも質の方に留意して集めるのだぞ』
 すましてそう言うディリィに、俺は「バーカ」と言って笑った。

 最初の階層は落とし穴に注意さえすれば楽に抜けられた。何度か落ちて腐った死体を何百体ってほど倒しまくる羽目になったが、この程度の奴なら何百体来ようが疲れやしねぇ。
 次の階は少し手こずった。無限回廊と名付けた、歩いてるといつの間にか最初の地点に戻されてる罠。サマとマリアが言うには、空間が歪められてるそうだ。意図的かどうかはともかく。
 だがサマとマリアがしばらく時間をかけて空間の歪みを見切り、どう行けば歪みを抜けられるかを見出してわりとあっさり抜けた。それでももう何度か俺らは洞窟内で休憩を取った。
 次の階層ではロトの鎧を見つけた。ロトの武具が揃うとなんかあるんかな、と思っていたが別になにもなかった。ただ、いつものごとくロトの武具が俺に語りかけてきたりはしたが。
 そこからさらに上に上がり、今度はひたすら長い長い上り坂をひたすらに進んだ。それがまたとんでもなく長くて、敵も少しずつ強くなってきて五つ目の階層に行くまでにまた何度か休憩した。二つ手に入れた不思議な帽子っつー魔法力を節約できる装備を二人がつけたんで、少しは長く戦えたが。
 階層としては五つ目。そこは落とし穴だらけの階だった。サマが言うにはこれは作られた落とし穴じゃなくて、混沌とやらの影響力で地の精霊が狂いだしてるせいなんだそうだ。
 あっという間に落っこちて、怪我はしなかったが死ぬほどだだっ広い部屋に落とされて、またえんえんさ迷わされたあげくにまた落っこちた。まぁ、そこで稲妻の剣とかいうすげぇ剣を手に入れられたんでその点は運がよかったが。そこから上へ登る道もついてたんで上に戻った。
 それから何度も落ちては上り落ちては上りを繰り返した。一度落ちた落とし穴にはサマが場所を記録してたんで落ちはしなかったが、それでもこの落とし穴ってのは前触れも回避手段もなくいきなり俺ら全員を下に落とす。しかも落ちる場所ってのがちょっとした島ぐらいの広さはある部屋で、そこからえんえん歩いてまた上に上ってこなけりゃならねぇんだ。体力も気力も消耗する。
 ここでだいたい洞窟に入ってから二週間は経ったと思う。
 そんでやっとのことでその落とし穴地帯を抜けたと思ったら――また無限回廊が出てきたわけだ。
 それもこの前の数倍の規模で。あまりに歪みが大きすぎて、サマもマリアも読みきれないと言った。
 だがどこかにこの歪みを抜ける場所はある、それだけはわかる――というので法則を探りつつ無限回廊を行ったり来たりしてるのが、今の俺たちというわけだ。
 もうこの無限回廊で、体感時間にして二週間ほどは足止めを食らっている。ま、時間は俺の勘だから当てにはなんねぇけど。
 全員疲労の色が濃い。……どう行きゃいいのかを調べるなんてはっきり言って雲を掴むみてぇな話なんだ。こう行ったらどこに出たか、道を変えたら変わったか、もしそうならどういう風に。そういうことを一つ一つ細かく検証して潰していくんだ、気が遠く鳴りそうな作業に違いねぇ。
 さしものサマも疲れているのを隠さない。……検証作業ほとんどこいつ一人に任せっきりだもんな。
 けど、俺はサマ以上に、マリアが心配だった。サマはただ疲れてるだけだが、マリアは精神的に参りかけてる。そりゃ一ヶ月も先の見えねぇお天道様も見えやしねぇ洞窟の中で、ごつごつした岩の上で敵と力尽きるまで戦っては休みってやってたら参りもするだろう。
 だがそんな時でも少し進むごとに敵はやってくる。今度はほぼ最悪の敵ドラゴン四連隊。
「ギャオオゥッ!」
 叫びながらこちらに突進してくるドラゴンどもに向け構えながら俺は叫ぶ。
「マリア!」
「わかっているわ!」
 マリアは即座にイオナズンを唱える――だがまともに効いたのは二体だけだった。こいつらけっこう攻撃呪文にも強ぇんだ。
「グギエァェッ!」
 ドラゴンのうちの二体がのたうつも、そいつらもまだ生き延びていた。俺たちに向けて息を吸い込み――全員揃って炎を吐き出す。
 ゴオゥッ!
 ベリアル並に苛烈な炎が俺たちを包み込み、肉を焼く。こいつらの炎は大きく広がって、どんなに散開してても俺たち全員を包みこむんだ。
 俺は健康体のドラゴンを、サマはイオナズンで傷ついた方を攻撃しそれぞれ仕留めてはいたが、それでも二匹には炎を吐かれちまっていた。
「んッ、の………!」
 俺はカッと頭に血を上らせ、目の前のドラゴンの首を一撃で斬り落とす。稲妻の剣もあるしこれまでの戦闘でレベルもかなり上がってんだ、このくらいはちょろい。
 だが残り一頭は思いのほか素早い動きでかなり前に出てきたマリアに突撃し――大きく爪を振り上げていた。
「……きゃ……!」
 マリアは集中力が途切れぼんやりしていたのか、ドラゴンの接近に気づいていなかった。爪を振り下ろされる! と思った瞬間、俺は必死に動いていた。
「――マリア―――!」
 絶叫して必死にそっち――マリアの方へ走る。ちくしょう俺の足、なんでこんなにトロいんだ!
 マリア―――!
「………ぐはっ………!」
 だが、ドラゴンの爪で肩を抉られて吹っ飛んだのは、マリアではなくサマだった。
「サマ!」
 俺は思わず叫び――不謹慎なのはわかってるが正直言うと内心どっかでほっとして、ドラゴンのところへ走り首を落とした。サマは右肩を思いきり抉られてはいたが、致命傷じゃない。
「サマ、無事か。マリア、回復を」
「え、ええ……ごめんなさい、サウマリルト……」
「……いや、いいよ」
 全員相当ヤバいな、と俺は内心舌打ちした。マリアは普段だったらもっと取り乱して謝っていただろうし、サマも普段ならもっと優しくマリアに応対してやってただろう。
 俺も自覚しちゃいなかったが感覚が鈍くなってきてやがる。心が死ぬと、体もろくなことにはなんねぇ。
 特にマリアだ。俺が睨んでも反応がねぇ。精神が麻痺してきちまってる証拠だ。ずっと闇の中、毎日毎日気を抜けば倒されるような奴らと戦いながら果てのない作業を続ける――それに耐えられるほどマリアは心が強靭じゃねぇ。
 んっとに、しょーがねーなこの女は……。
 けど、俺は助ける。助けてやりたい。こいつが苦しんでんならその原因取り除いてやりたい。こいつが自分の意思貫けるように助けてやりたい。もちろんサマも。
 俺はどうするか、と考えながらロトの鎧の言ったことを思い出していた。あいつに言った自分の台詞も一緒に。

『―――問おう。汝の光となるものはなにか』
(………光?)
 毎度お馴染みとなった暗闇の中での神々しい声。今度の声はそんなことを聞いてきていた。
『汝の道を導くもの。汝の生を照らすもの。汝の希望、汝の心の支え。それはなにかと問うている』
 俺はちっと考えた。そう改めて問われると答えにくい。
 ――だが、俺にとっちゃとっくのとうに決まっていることではあるんだ。
(俺だ)
『――自らをもって自らの光と為すと言うか』
(ああ――俺、っつーか俺の心だな)
『――――』
(俺には大切なもんがある。譲れねぇもんもある。そーいうもんを全部抱えてんのは、俺の心だろ)
『心に抱けるだけの全てを光と為すと言うか』
(たりめーだろ)
 俺は親指を立てた。
(たった一つのもんを選んで、その他全部捨てられるほど俺は人生悟ってねぇよ。俺は俺のもんを全部、命かけて守る。それが俺の光で、光になるもんだ。それだけだ)
 声は小さな笑い声を立てた。
『―――然り』
 光り輝く鎧がいつの間にか俺の体にまとわれているのに俺は気づいた。たまらなく体が熱い。体の表面に炎近づけられてるみたいだ。
『我が真の名は光の鎧。勇者の身体を鎧う勇者のための鎧なり。我は汝を光持つ者と――我が主として認めよう』
(おうよ)
 俺の返答に、鎧は歓喜の叫び声を上げた。
『我をまとうがいい、勇者よ! 我は汝の想いに応じ、力を貸すことを約束しよう!』

 ――あれだけ大口叩いたんだ、マリアも、サマも絶対に死なせやしねぇ。絶対に元気なまま、ロンダルキアへ連れて行ってやる。
 俺はそう決意し、洞窟の奥を睨んだ。
 くそったれ、このクソ洞窟が。どっちに行きゃあいいんだ、道を示しやがれ。
 なんかねぇのか、なんか。このどうしようもねぇ状況を打開する方法――
 俺はは、と思いついて二人の方に向き直った。
「なぁ。この無限回廊って混沌の力でできてんだろ?」
「そうだね。ロンダルキアに満ちる混沌の力の影響が出たんだと思うよ」
 マリアも無言でうなずく。
「じゃあよ、ロトの武具を使ってこの無限回廊壊せねぇか?」
 マリアは一瞬目を見開いたが、サマはすぐさま首を振った。
「混沌を封滅することはできるかもしれない。でも、ここで一気にロンダルキアの混沌を封滅したらどんなことが起きるかわからないよ。この洞窟が空間の歪みに耐えきれず崩れるかもしれない、安全策を取った方がいいと思う」
 俺は一瞬唇を噛んだ。だが、すぐまた口を開く。
「……じゃあ、加減すりゃいいんだろ」
「え……」
「混沌が壊れねぇ程度に加減して使やいいんだろ? ちょっと待ってろ、今呼び出す」
「ちょっと待ってロレ、加減の仕方なんて知ってるの? ロトの印にもそんな記憶は残って――」
「ねぇし加減のやり方なんて全然知らねぇよ」
「じゃあなんで」
 俺はサマと、マリアを睨むように見据えてきっぱり言った。
「俺はこの洞窟でいい加減鈍くなってきてるけどな、それでもてめぇらが限界近づいてきてんのはわかんだよ。やれることやろうって考えてなにが悪い」
『………………』
「それに。俺もこの洞窟いい加減飽きた」
 言って王者の剣の名前を心の中で呼ぶ。試しにやってみたことだが、あっさりと稲妻の剣に二重写しのように王者の剣――ロトの剣がかぶさった。
 剣を構えて洞窟の奥の闇に相対する。どうすりゃいいのかはさっぱりわかんねぇが、全身の神経を集中させた。
 ――と、サマが声をかけてきた。
「ロレ。手加減をするならロトの鎧と盾を使った方がいいと思う。鎧は結界から身を守る力を、盾は結界を破る力を持っていると伝わっているから。この混沌もハーゴンの結界によってロンダルキアに広まったものには違いない」
「あぁ……わかった」
 しかし剣と違って盾と鎧はどう使やいいんだか……。
 少し考えて、俺はルビスさまに祈った時と同じ方法を使うことにした。
「光の鎧、勇者の盾」
 そう名前を呼んで、あとは闇に向かいつつ願う。この洞窟から出してくれ、ロンダルキアに着かせてくれ、と。
 サマを、マリアを。あのどーしようもなく意地っ張りで気弱なくせに虚勢張る女を、俺は絶対に守ってやりてぇんだ。
 力を、貸してくれ。
 ―――と。
 一瞬、空間が軋んだように感じられた。
「――行くぞ」
 俺の先導に慌てたように二人がついてくる。俺は今つかんだ感覚を失くしたくなくて足を速めた。
 空間が解けていく。盾と鎧の使い方がようやくわかった気がした。普通の盾や鎧と同じだ、自分の体の一部にすること。
 そうすりゃ考える必要もなく、体が勝手に動いてくれる。結界とやらの読み取り方、混沌の影響、空間の軋みが簡単に見て取れた。
 次から次に敵が出てくる――めちゃくちゃ硬くて素早いキラーマシーン、苛烈な炎を吐くドラゴンやフレイム、大群で現れて苛烈な攻撃を加えてくるハーゴンの騎士、メイジパピラスバーサーカーオークキングダークアイ。次々倒して前に進む。
「もう少しだ」
 俺は何度か言った。
「もう少しでここを抜ける!」
 二人がそれを信じたのかはわからねぇ、けど二人は少しいつもの調子を取り戻してきていた。俺らはこれまでずっと一緒に戦ってきたんだ、冷静に動けりゃこの程度の奴らに後れを取るわけがねぇ。
 早足でひたすらに、何刻も歩いて――
「光だ………!」
 俺たちは思わず走った。誰からともなく。太陽の光ってのはこんなに、こんなに力のあるもんだったのか――
 十分近く走って、俺たちは、とうとう、ロンダルキアの洞窟を抜け――
「うお……!」
「………きれい………」
「……すごいね」
 季節は夏だってのに一面の銀世界が広がる、敵地ロンダルキアにたどりついたのだった。

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