僕の終わりの話・中編
 ロンダルキアの洞窟は、長かった。
 太陽が見えないのではっきりした日時はわからないが、それでも寝て起きたのを一日と区切るだけで一ヶ月はここにいたと思う。
 ――そして、辛い時間が続くという意味でも、苦しく、長い洞窟だった。

 食料はいっぱい荷物の中につめこんでいるけれど、水は貴重だからそう浪費はできない。なので料理らしい料理はできなかった。せいぜいが干し肉と野菜の塩漬けを焼いてかじるぐらいで。
 僕が役に立てているとほぼ唯一確信できる、料理他家事系の技術が活かせないというのは、正直少し辛かった。
「――ほれ、毛布」
 マリアの分も荷物を持っているロレが(それ自体はマリアが旅に加わった時からのことだけど)、毛布をマリアに渡す。優しく、そっと、マリアの体に毛布をかける。
「……ありがとう」
 マリアの方はもう慣れたみたいで、表情をさして動かしもせずそれを受け取り、包まって早々と眠りにつく。洞窟の中だけどトヘロナをかければ休むことぐらいできる。
 ロレはそんなマリアをじっと見つめて、そっと抱き寄せ、頭の下にマントを丸めた枕をあてがった。そして自分はマリアのすぐ隣で見張りにつく。
 僕はそれを見つめながら目を閉じた。交代の時間になって僕が起きたとしても、ロレはマリアのそばから離れない。マリアのすぐ隣でことっと眠りにつく。
 ――僕を見るのとはまるで違う視線でマリアのことを見つめながら。

「せあ!」
 マリアに斬りかかろうとしていたキラーマシーンをなんとか斬り倒し、ロレは息をついた。精神的な圧力で動きが鈍くなってるマリアを、ロレはこれまでに何度も庇ってきた。
「大丈夫か、マリア」
 そしてそのたびに優しく声をかける。……本当に、自覚したとたん、ロレはマリアにとっても優しくなった。わかりやすく。
「ええ……」
 マリアのぼんやりとした、力のない返事。それを聞いただけでロレは嬉しげに微笑むんだ。
「そうか」
 そしてマリアを気遣いながら歩き始める。ときおり後ろを確認してマリアが大丈夫かどうかを見極めながら。
 ――そういうことが、気遣うことが、マリアに優しくすることがロレにとっても喜びになっていってるんだ。僕のできなかったことが、ロレを喜ばせることが、マリアには簡単にできるんだ。

 僕は分かれ道が出てくるたびに記しておいた目印があるか確認し、道を歩きながら以前選んだ道の記憶と照らし合わせてなにか変化がないか、あるならどのような変化かを手持ちの紙に書き記し、その変化に法則性があるかないかを歩きながら考える。
 無限回廊と名付けた歩いていてもいつの間にか元の場所へ戻ってしまう通路。最初のそれは空間の歪みを読みきることができたので大して苦ではなかったが、二度目のこの回廊はそうはいかなかった。空間の組成がおそろしく複雑で、読もうとしてもとても読みきれない。
 僕はその通路をなんとか抜け出すべく、法則性を探る仕事をしていた。仮説、検証、仮説、検証、仮説、検証。
 そういう作業は得意分野ではあったけど――なにせ法則性もなにも見当がつかない中での手探りの調査だ。おまけに興味をそそるような面白い題材というわけでもない。二週間近くこの作業を続けてきて、正直うんざりする気持ちもあった。
「…………」
 でも、ロレがマリアをいつも、気遣うように見ているから。ロレがマリアのためにいろいろ気遣ってあげてるから、マリアを一刻も早くここから出してあげたいと思ってるのがわかるから。僕もここから抜け出すために全力を尽くすんだ。ロレの好きなマリアを、できるだけ早く救うために。
 ――たとえ、それができたところで、ロレが僕を見てくれることは一瞬もないとわかっているけれども。

 ドラゴンの爪からマリアをかばって、僕は肩から胸にかけてを大きく切り裂かれた。相当痛い――でも、そんなの別にどうでもいい。ロレの好きなマリアを守れない僕には、やはり存在価値はないと思えるから。
「サマ、無事か。マリア、回復を」
「え、ええ……ごめんなさい、サウマリルト……」
「……いや、いいよ」
 僕はそっけなく答えた。正直、マリアに謝られても礼を言われても困る。僕は彼女のためにやってるわけじゃないから。
 ――本当は、ロレが一言でも感謝を告げてくれたらどんなに嬉しいかと思うのだけど、そんなのロレにとっては迷惑な想いだというのはわかっている。
「なぁ。この無限回廊って混沌の力でできてんだろ?」
 ロレがふいに言った。
「そうだね。ロンダルキアに満ちる混沌の力の影響が出たんだと思うよ」
「じゃあよ、ロトの武具を使ってこの無限回廊壊せねぇか?」
 僕は首を振った。そのことは何度か考えたことではあるけど、そのたびに危険性の方が目について却下してきた案なんだ。
「混沌を封滅することはできるかもしれない。でも、ここで一気にロンダルキアの混沌を封滅したらどんなことが起きるかわからないよ。この洞窟が空間の歪みに耐えきれず崩れるかもしれない、安全策を取った方がいいと思う」
「……じゃあ、加減すりゃいいんだろ」
「え……」
 ロレの言葉に、僕は思わず声を上げた。
「混沌が壊れねぇ程度に加減して使やいいんだろ? ちょっと待ってろ、今呼び出す」
「ちょっと待ってロレ、加減の仕方なんて知ってるの? ロトの印にもそんな記憶は残って――」
「ねぇし加減のやり方なんて全然知らねぇよ」
「じゃあなんで」
「俺はこの洞窟でいい加減鈍くなってきてるけどな、それでもてめぇらが限界近づいてきてんのはわかんだよ。やれることやろうって考えてなにが悪い」
『………………』
 ……てめぇら、か。
 ロレ。ロレはわかっているんだろうか。ロレが一言耐えろとさえ言えば、僕はこの無限回廊が数十倍の大きさだとしても耐えられるのに。
 ロレがマリアしか見えていなくても、こちらを一度も向いてくれなくても、そんなことには関係なく、何百匹、何千匹もの魔物と戦うこともマリアの代わりに殺されることも簡単に受け容れられるのに。
 ――でも、ロレは当然、そんなことには関係なく、マリアのために洞窟を抜けようとしているんだろう。
「それに。俺もこの洞窟いい加減飽きた」
 ロトの剣が体感的にはぶわん、と音を立ててこの洞窟で手に入れた剣、稲妻の剣と二重写しになるように出現した。ロレが呼んだんだろう。
 僕は内心ため息をついて、ロレに言った。
「ロレ。手加減をするならロトの鎧と盾を使った方がいいと思う。鎧は結界から身を守る力を、盾は結界を破る力を持っていると伝わっているから。この混沌もハーゴンの結界によってロンダルキアに広まったものには違いない」
「あぁ……わかった」
 ロレは少し考えるような顔をして、名前を呼んだ。
「光の鎧、勇者の盾」
 鎧と盾――この二つは普段から装着しているけれど、それがほのかに光ったような気がした。そしてロレは僕たちが進む道に向かって祈るように目を閉じる。
 ――少ししてから、ロレは歩き出した。
「――行くぞ」
 ロレは足早に歩を進める。僕とマリアは慌ててそのあとに続いた。
 ――空間の歪みなどまるでなかったかのように、時空が解けていくのが見えた。
 ロレの力だ――やっぱりロレは一人で充分に勇者たりえている。
 そしてその勇者の力を発揮させているのは、マリアなんだ。どうあがいても僕ではなく。
 次から次へと魔物たちは湧いて出てくる――だけど油断さえしなければ大したことはなかった。ロレは今精神が上向きの状態にある、それに引きずられてマリアも少し元気になってきているようだった。
「もう少しだ。もう少しでここを抜ける!」
 何度かロレはそう言った。ロレはどんどんと前に進む。けれど決してマリアが追いつけないほどの速さでは歩かない。
 常にマリアのことを気遣って、歩くこと数刻。
「光だ………!」
 ロレが走り出す。マリアがあとに続いた。僕もそれから少し遅れて走り始める。
 洞窟を抜ける。結局僕の努力などまったくの無駄で、少しも役には立たなかった。道を作ったのはロレで、その力を与えたのはマリアだ。
 ロンダルキアの景色が目に入ってきた。そこは一面の銀世界だ。季節は夏だというのに。
「うお……!」
「………きれい………」
「……すごいね」
 僕は感嘆の声を上げる二人に追従するつもりで言ったのだけど、でも口から出た声はひどくそっけなかった。僕には、ロンダルキアの美しい銀世界は、まるで僕を拒んでいるように思えたから。
 ――お前のような汚い存在が、この二人――ロレとマリアの美しい世界を邪魔するべきではないと、そんなふうに。

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