決戦前夜の話・後編
「……吹雪いてきたな」
 俺はここ二週間ですっかり発達した天候を読む能力を駆使してこの吹雪がしばらく続きそうなのを見て取ると、振り返ってサマとマリアに言った。
「そろそろ祠に戻るか。もう日も暮れてきたしな」
「そうだね。また迷う羽目になるのはごめんだし」
 ここに来たばっかりの頃は吹雪を舐めてて、そのまま戦ったりしたこともけっこうあったんだが、今では吹雪きはじめたら雪堂を作ってその中で休み、日が暮れてきていたらルーラで祠まで戻る、っつーのが決めごとになっている。
 装備のおかげで凍えることはないとはいえ、吹雪の真ん中で戦ってたりすっと、方向感覚が狂ってとんでもねぇとこに行っちまったりすんだよな。
「マリアもいいか?」
「ええ、構わないわ」
 マリアがこくんとうなずく。……こーいう風にマリアの意見を聞くの、最初の頃はけっこ驚かれたんだよな。
 けど、最近はもう慣れたみたいで、普通に流してくれるようになった。たまに、笑顔を見せてくれたりも。
 ――俺たちの関係は、少しずつ、ごく普通の仲間同士と呼べるものに変わっていった。一見したところは。
 俺も、たぶんサマもわかっていた。マリアが、俺を見るたびに俺が触れるたびに、心を揺らがせていることを。

 ロンダルキアにやってきた俺たちは、まずその寒さに驚いた。真冬のアレフガルドにも匹敵すんじゃねぇかってくらい、どかどか雪が降って冷たい風が吹く。
 毎日のように吹雪が訪れ、俺たちは何度も道に迷った。なにせどこまで行っても雪しかねぇんだ。
 いっくらロンダルキアが標高高いからって夏にこれは異常だ――サマが言うにはここに満ちた混沌の力によって精霊力が狂い、季節がめちゃくちゃになってるらしいが。
 おまけに敵がこれまでとは比べもんにならねぇくらい強かった。負けるほどじゃねぇが、集中攻撃を受けて死にかかったのは一度や二度じゃねぇ。
 なんでどっか拠点を見つけて、そっから少しずつここの状況を調べていこうってことになったんだが、その矢先に見つかったのだがこの祠だった。
 そこには年取った爺さんと婆さんが住んでいた。その二人が言うには、ここはロンダルキアからルーラを使わずに下界へ下りる、修行の途中でくじけた人間のための祠で、だからロンダルキアの外れにあるんだとか。
 二年ほど前からロンダルキア神殿の人間が誰もここを訪れなくなり、魔物もうろつくようになった。なのでずっと祠に引っこんでいて、外のことはさっぱりわからない――と。
 だが幸い家畜を何頭も飼っているし、畑からもいくつか野菜が収穫できるので、メシには困ってないそうだ。
 俺らは袋の中にまだ数ヶ月分の保存食を入れてあったんで、その食料をやる代わりに寝床を提供してもらうってことで話をつけて、祠を拠点にロンダルキアの調査に乗り出して、二週間。
 季節は夏から秋へ変わっていく頃だろう。ここはまったく変化がねぇが。
 だがそれでも、ロンダルキアがどうなってるか、ハーゴンがどこにいるか、そういうことはだいたいわかってきていた。

「明後日にしようぜ」
 サマの作った塩漬けのキャベツとベーコンのスープをすすりながら、俺は言った。
「明後日って……なにがかしら?」
 マリアがスープをすくう手を止めて訊ねる。
「ハーゴンとの決戦の日だよ」
「!」
 マリアが一瞬硬直し、のろのろとさじを下に下ろした。――やっぱ、怖がってんだな、こいつ。
「……そうだね。いいと思うよ。ロンダルキアとの魔物ともさんざん戦ってもう敵じゃないと思えるぐらいにはなったし、ハーゴンの拠点と思われる神殿への道はもう確認したしね」
 サマが冷静な口調で言う。こいつはいつものことながら、敵ならどんなにとんでもねぇのでも平然としてんだよな。せいぜいがため息少しつくぐらいで。
「マリアはどうだ。明後日、どう思う?」
「……なんで明日ではなく明後日なの?」
「明日一日はゆっくり休んで英気を養おうってことだ。これまでずっと旅してきたんだ、最後の一日の前に休んどくのも悪かねぇだろ?」
「……そうね」
 マリアはぽつん、とそう答えて、うなずいた。
「わかったわ。私も明後日でいいと思う」
「よし。そんじゃ集合は明後日だ。そん時まで自由時間――つっても、この祠ん中じゃ自由時間もクソもねぇだろうけど。で、いいな?」
「うん」
「わかったわ……」

 食事を終えてサマは自分の部屋に戻ったが(俺らはこの祠で狭いながらも一人一部屋をもらってる)、あとに続こうとするマリアを、俺は呼び止めた。
「……なに?」
 マリアが振り向く。その顔は一見したとこ、別に乱れてもいないし苦しげでもない。
 けど、俺には瞳の奥が不安そうに揺れているのが透けて見える。
 だから俺はこう言った。
「話、しようぜ」
「話?」
 マリアは大きく目を見開いた。そりゃそうだな、俺がんなこと言い出すのぁたぶんこれが初めてだ。
「もーすぐ旅も終わんだ、それまでにちっとくらい話す機会持とうとしたっておかしくねぇだろ」
 ……ま、らしくねぇたぁ思うがな。けど、マリアの心を柔らかくするためなら、そのくらいなんてこたぁない。
「……それならサウマリルトも呼んできましょうか?」
「俺はお前と二人きりで話してぇんだ」
 そう言うとマリアは大きく目を見開いた。体がびくっと震え、胸の前で拳を握りこむ。
「……なんで、そういうこと言うの?」
「そう思ったから言っただけだ。悪いか?」
「……あなた、私の言ったこと忘れたの」
「いや」
「じゃあなんで!? 私が……私の、私の気持ち全部、あなたはちゃんと知ってるくせに………!」
 爺さんと婆さんがもう休んでてよかった、と俺は頭のどこかでそんなことを思った。これを聞かれたらマリアがあとで傷つく。
 マリアは泣きじゃくっていた。そのでかくて澄んだきれいな瞳から、ぼろぼろ涙をこぼしていた。
 元から不安定だった心の平衡が一気に崩れたんだろう。こいつはいつもそうだ。必死に心を張りつめさせて、戦わなくちゃって頑張って、そんで結局精神がもたずに自滅する。温室育ちのひ弱な花みてぇなもんだ。いっくら必死になったって、生まれた時からかしずいて育てられてきたお姫様が、平気な顔して戦っていけるもんじゃねぇ。
 ――だから、俺はこいつを守ってやりたい。
 温室育ちのくせに、根性入れて気合入れて、必死になって戦うこいつの意思を通させてやりたい。こいつは俺たちに助けられてきたとはいえ、この長い旅をここまでずっと歩いてこれたんだ。最初はろくに歩けもしなかったのに。何度も何度もまめ潰して、ひ弱で繊細な部屋からほとんど外に出たことなかっただろう足を硬くして。
 苦痛に耐えて、何度も吐きながら、その柔肌を傷つけられながら、ここまで必死に歩いてきたこいつの想いを――俺は絶対に、通させてやりてぇんだ。
 ――だから。
 俺は、ぎゅっとマリアを抱き寄せた。
「!」
 硬直するマリアの耳元で、囁く。
「好きなだけ泣いとけ。聞いてやるから」
「ロ――ロレイ………」
「言いてぇことも好きなだけ言っとけ。お前のなら全部受け止めてやる」
「…………」
 マリアは涙に濡れた瞳で俺を睨み上げる。不安定に揺れている、だが意思を感じさせる瞳。
「あなたって、なんにもわかってない」
「そうか?」
「そうよ! 私がそういうことを言われてどんな風に思うかとか、心が揺らぐかとか、そういうことを全然考えてないんだわ!」
「そうか」
「……わかっててやってるんなら、あなたは最低よ。女の気持ちを弄ぶ遊び人だわ」
「そうかもな」
 確かに俺は最低かもしれねぇ。最低って言われるようなことをしてきたかもしれねぇ。
 けど、別にかまわない。最後にこうして、やっと理解したほしいものを、この手に掴むことができるなら。
「あなたって人は………!」
「他に言っとくことあるか?」
「え?」
 俺に真剣な顔で言われて、マリアは戸惑ったようだった。
「……あなたは、馬鹿よ」
「そうだな」
「女好きの遊び人だわ」
「そうかもな」
「私の気持ちなんて全然考えてない……」
「そんなつもりはねぇけどな。――他には?」
 俺が腕の中のマリアの瞳を見つめてやると、マリアはカッと顔を赤らめてうつむいた。
「……あなたって、本当に質が悪い………」
「そうか?」
「私にこれ以上なにを言わせたいの? ……私が、あなたのことを好きなの、知ってるくせに」
「俺から言う前に、言いたいことは全部言わせたかったんだよ。お前の全部を聞いときたかったんだ」
「―――え?」
「他に言いたいことはあるか?」
「ない、けれど……あなたからって、それは、どういう………」
「わかんねぇのか?」
 俺はに、と笑って体を曲げ、マリアを押し倒さんばかりにして口付けて言った。
「―――好きだ」

 マリアを好きだ、と自覚した時から、いつか告白することは決めていた。
 だが、その時機についてはロンダルキアに来るまで決めてなかった。ハーゴンを倒して、心にかかることがなくなってから告白した方がこいつのためにはいいんじゃねぇか、とか思ってたからだ。
 けど、ロンダルキアの洞窟の途中で考えを改め、この一ヶ月で心を決めた。
 マリアは温室育ちだってのに、ここまでずっと戦ってこれる強い女だ。その意志力は大したもんだと思う。
 けど、それ以上に弱い女だ。俺の一挙一動に心を揺るがせ、どんどん自分の意思力すり減らして、限界まで戦っていきなり倒れちまうような女だ。
 それを再確認させられて、思ったんだ。俺がそばにいるって事実を、こいつにしっかりわからせてやりたい。
 こいつの支えになりたい。俺がこいつを好きだって事実が、こいつの支えになればいい。
 どんなことになっても俺はお前を一人にしない――俺が、自分の好きな奴が、そう思ってるってことは少しはこいつにとって力になるんじゃねぇかと思ったんだ。
 俺の告白に――マリアは、顔をさらに真っ赤にした。ほとんど湯沸かしたての薬缶みてぇ。おっもしれー、と思いながら俺はマリアの体を起こしてやった。
「……おい。なんとか言えよ」
 つん、とマリアの頭をつつく。マリアははっとして、真っ赤な顔をくしゃくしゃにして、それから怒鳴った。
「嘘!」
「は? なんで嘘なんだよ」
「だって、だって、あなた全然そんな素振り見せなかったじゃない!」
「そうか? 海底洞窟で自覚してからこっち、俺あからさまにお前のこと贔屓してきたと思うけどな、けっこ」
「そ――」
 思い当たるところがあったのか、一瞬黙って、また怒鳴る。
「あなた私が告白した時は呆然とした顔して、それからずっと私がそんな素振り見せるたび困った顔してたくせに――」
「だから自覚してなかったんだよ。間抜けな話だけどな。俺は誰かをこんな風に好きになったことなかったから、俺がお前をどう思ってるかってのもお前が生きるか死ぬかってとこまでいかなきゃわかんなかったんだ」
「でも、でも、だって―――」
「いい加減信じろ、俺はお前に嘘はつかねぇよ。――俺は、お前が好きだ。恋愛感情でだ。わかったか?」
「―――ロレイス―――」
 マリアは顔をくしゃっ、と歪ませると、ぽろぽろと瞳から涙をこぼした。
「……なに泣いてんだよ。やなのかよ」
「違う……違うの。……私、今すごく嫌な女だわ」
「は? なにがだよ」
 泣きながら、目を押さえながら、マリアは俺を見上げる。
「……ロレイスが私を好きって言ってくれたということは、サウマリルトが失恋するということなのに。ずっと一緒にいた仲間が、とても傷つくということなのに」
「……それは――」
「なのに、嬉しいの。あなたが私を好きと言ってくれたことがたまらなく嬉しいの。もう死んでもいいって、どうなってもいいって、サウマリルトに恨まれてもいいって、思ってしまうの――私って、本当に最低だわ………」
 涙をぽろぽろこぼしながら、俺を見上げてそうむせぶマリア―――
 俺は。
 その顔を見て、これ以上ないってぐらい、欲情が高まるのを感じていた。
「マリア」
「……なに?」
「お前めちゃくちゃ可愛い」
「な――」
 そして有無を言わさずもう一度キス。唇を吸い、舌を噛み、唾液を啜って口内を舐め回す。――数年ぶりの、むさぼるようなキスってやつだ。
 思う存分マリアを蹂躙して口を離すと、マリアははぁはぁと息を荒げながら、ぼんやりとした瞳で俺を見上げた。俺も息を荒げつつ、マリアに言う。
「マリア」
「な……に?」
「抱くぞ」
「え!?」
 言うやひょいとマリアを横抱きに抱え上げる。マリアは狼狽して俺の頭をぺしぺしと叩いた。
「ちょ、ちょっと待って! 抱くって、抱くって、えぇ!? なんで!?」
「なんでもクソもあるか。俺はお前に惚れてる、愛してる。お前も俺に惚れてる。そんで今は二人っきりで、安全な場所にいる。抱かない方がおかしいだろうが」
「だ、だって、ちょっと待って! 私、私は、そんなこと、まだ少しも考えて――」
 マリアの瞳がまた潤み始めてる。……混乱と困惑の涙だ。
 俺はふぅ、とため息をついてマリアを下ろした。そうだ、こいつは俺が今まで抱いてきた奴とはまるっきり違うんだ。
 優しくしてやりたい。好きな奴だから。
 俺はマリアと視線を合わせて、ゆっくりと言って聞かせる。
「マリア。俺がお前を本気で好きなのは、わかってるな? 嘘じゃないって信じてるな?」
「…………」
 こくん、と小さくマリアがうなずく。
「で、俺がお前を抱きたいって気持ちはわかるか。ただの欲情じゃなく、惚れてる奴だから体も心も全部ほしいって気持ちは」
「…………」
 少し考えたが、やはりこくんとうなずく。
「……けど、抱かれるのは怖い?」
「…………」
 うなずいた。
「……私、今までにそんな経験、全然ないもの……やっぱり、怖いわ……」
「そっか」
 軽く頭を撫でてやる。くすぐったそうな顔をするマリアの唇に、かすめるようにキスを落とした。
「!」
「キスはどうだ? いやか?」
「……いや、じゃ、ないけれど……」
「そうか」
 思わずにやりと笑ってあちこちにキスを落とす。額に、頬に、鼻に、まぶたに。うなじに、頭に、体をかがめて鎖骨に―――
「ちょ、ちょっとロレイス!」
「いやか?」
 真摯な顔で訊ねると、マリアは顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で答えた。
「……いやじゃ、ないわ」
「そうか」
 に、と笑いかけてマリアを抱きしめる。そっと。尻や胸を、撫でるように触りながら。
「ど、どこを、触って……」
「尻と胸と、背中と、太腿と、あと……」
「答えなくていいから!」
 悲鳴のような声を上げるマリア。あーちくしょーこいつめっちゃかわいー、と思わずにやける顔を引き締めて、俺はマリアの顔をのぞきこんだ。
「マリア。抱くってのはこれがちっとすごくなったみてぇなもんだ。好きだから相手の体にいっぱい触りたい。相手と全部繋がりたい。そんだけだよ」
 俺は今までそんな風な経験したこたぁねぇが……こいつとなら、俺はそうでありたいと思う。そうでなきゃ嫌なんだ。好きだから、抱きたい。こいつが欲しい。優しくしてやりたい。そんな単純で奥の深い感情。
 マリアは、黙って俺の言葉を聞いていた。
「抱くのは俺だ。怖いのもドキドキするのも全部俺のせいだ。だから、俺のこと信じて、任せられねぇか?」
「………ロレイス………」
 震える声で俺の名前を呼ぶ。俺は答えを待った。
 水がお湯になるぐらいの時間が経ったあと、マリアが細い声で言った。
「……ちょっとだけ……覚悟を決める時間をちょうだい」
「どんくらい?」
「ちょっとだけ……自分で考えて、納得したいの。あなたに……その、抱かれる、ことを」
 マリアが抱かれる≠ツった瞬間、俺は思わずマリアをその場に押し倒したくなったが、必死に拳を握り締めてこらえた。俺は、こいつを、大切にしてやりたいんだ。
「わかった。俺は……ちょっとやることがあっから、それ済ましたら自分の部屋で待ってる」
「………うん」
 マリアはうなずいて、部屋に戻る、と言った。ので、俺はすっと手を差し出した。
「……なに?」
「送ってってやるよ。部屋まで」
「……この、手は………?」
 俺はくくっと笑って言ってやる。
「部屋まで手ぇ繋いで行こうぜっつってんだよ、バーカ」
「…………!」
 マリアはさっと顔を赤く染め、俺を困ったような顔で睨んだ。
「……あなたって、本当に女たらしね」
「いいだろ、これからはお前専用だ」
「………! 馬鹿!」
 軽く平手打ちされたが、最後にはマリアは手を繋がせてくれた。

 俺は、サマの部屋の扉をノックした。もう寝てるかと思ったが、明確ないらえがあった。
「どうぞ」
 俺は無言で中に入る。サマは暖炉に火も入れず、寒い部屋の中でベッドに座っていた。
「ロレ。なに? どうかしたの?」
 いつも通りの優しい顔で俺を見上げる。……こいつは優しい。これまでずっと俺に、俺たちに優しくしてきてくれた。
 けど、俺が一番ほしいのは、こいつの優しさじゃねぇ。
「サマ。お前には言っとくのが筋だろうと思うから、言っとく。俺はマリアに惚れてる。自覚した」
「…………」
 サマは、笑顔を崩さず俺を見上げている。
「俺はこれからマリアを抱く。そのつもりだ」
「…………」
 サマの笑顔は変らず崩れない。
「だから、俺がこれから先お前に振り向く可能性は零だ。俺を好きでいるのをやめて、他に好きな奴見つけろ」
「……………………」
 サマの笑顔は、変らなかった。だが、心の中がどんなに乱れてるかは俺でも想像がつく。
 こいつが俺を誰よりも好きなのは知ってる。もうその熱が冷めてくれてりゃ嬉しいが(サマはここんとこずっと俺を好きな素振りなんてかけらも見せなかったわけだし)、こいつの性格からいってそれはないだろう。
 つまり、こいつは、たぶんまだ、俺のことを命かけて、人生かけて好きなんだ。――俺がマリアを、マリアが俺を好きなように。
 だから――よけい、言っとかなくちゃならねぇ。
 望みはない、と。
「…………わかった。おめでとう、ロレ」
 サマは長い沈黙のあとそう言った。変わらない笑顔で。
 俺は小さくうなずいた。サマがどんなに辛いかがわかっていても――こいつを今、俺が慰めることはできねぇ。
「ありがとな、サマ」
「……なにが?」
「今までずっと俺とマリアを助けてくれて。すっげ、感謝してる」
 ――だけど、俺がお前に想いを返すことは絶対にないから。
 俺のその言葉を読み取ったのか、サマはわずかに苦笑した。
「どういたしまして」
「じゃあな。――お前も早く新しく好きな奴見つけろよ。今度は女をな」
 意図的に軽い口調で。けど、心の中では全身全霊の祈りをこめて、俺は言った。
 傷つけたかったわけじゃない。けど、傷つけるのを避けちゃ駄目だと思った。
 傷つけることから逃げて、こいつに思い切らせないのも、こいつに俺を憎ませないのもしちゃいけねぇことだと思った。
 サマ、お前は俺を憎んでいい。その権利がある。
 だけど、俺は本当に、お前にも幸せになってもらいたかったんだ。だからここまで迷って悩んだんだ。
 お前に、ちゃんと女に惚れて、幸せな人生送ってほしいって、そのためなら俺はなんでもするって、全身全霊で思うんだ。
 ――マリアへの恋を諦めることは、絶対にできねぇけど。
 サマは俺の言葉に、また小さく苦笑して、うなずいた。
「ありがとう、ロレ。――じゃあね」

 俺は部屋に戻って、暖炉に火をともした。部屋を暖めておかねぇと凍えちまいそうだ。
 マリアが来るかどうかは半々――けど、俺は朝が来るまで待っていようと思った。
 あいつを今すぐ抱きたいって想いは、伊達や酔狂で言ってんじゃねぇんだ。
 体の中を血がすげぇ速さでかけ巡ってんのがわかる。ちくしょうマリア、わかってんのかよ。俺はそりゃお前よりゃ場慣れしてっけど惚れた奴を抱くのはこれが初めてなんだぜ。
 めちゃくちゃ興奮してんのがわかんねぇのかよ。もう死にそうにドキドキしてんだぞ、俺は。
 マリア、早く来い、マリア―――
 そんな想いで頭の中をぐるぐるさせること、一刻ほど。
 こん、こん、と、遠慮がちなノックが俺の部屋の扉を叩いた。
 俺はばっと立ち上がり、ほとんど小走りになって部屋の扉を勢いよく開ける。そこには――顔を真っ赤にしたマリアが立っていた。
「……遅ぇよ」
「な……だって、私は……その、初めてなのよ? 覚悟を決める時間ぐらいくれたって――」
 もう聞いてる余裕はなかった。俺はマリアを部屋の中へ引きずり込むようにして入れ、抱きしめてむさぼるようなキスをした。

 それから、俺は何度もキスをした。マリアの唇に、顔に、体中に。
 剥ぐようにして服を脱がし、俺も勢いよく服を脱いだ。
 時々怖がられて、それで何度も必死に自分を落ち着かせて、そっと、優しく抱きしめた。
 めちゃくちゃ興奮してたのに、やけにはっきり覚えてる。何度キスしたか、そのたびごとにマリアがどんな反応したか、体のあちこちを触るたびにマリアがどんな声出したか。俺がその声にどんなに煽られたかも。
 暴走しそうになる体を必死で抑えて、優しく優しくマリアの秘穴を馴らして広げ、初めて繋がった時にどんな気持ちがしたかも。
 それは、なんとも不思議な感覚だった。マリアのかぐわしい肌の匂い、髪の匂い、すべらかな感触、柔らかく暖かく優しく包み込まれるような感触。
 俺は必死に耐えてマリアも感じられるように優しくしたつもりだが、マリアがイったかどうかは正直わかんねぇ。途中で我忘れて腰動かしちまったからだ。
 マリアは最後には気ぃ失ったみてぇになって、ぐったりとしちまってた。それに気づいたのは俺がイったあとで(気づいたら中に出しちまってた)、俺はそっとマリアの体から自身を抜いて、マリアを抱きしめていた。
 目が覚めたマリアには怒鳴られたし殴られたが、かまわない。マリアに気持ちよかったかどうか聞いたらもっと殴られたがそれでもいい。
 お互い、幸せなのが、ただ抱いて抱かれただけなのに世界が輝いて見えているのがわかっていたからだ。
 童貞を捨てたみたいな気分だ、と思った。

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