俺たちは目が覚めると、メシを食って宿を出た。予定通りムーンブルク城に向かうつもりだった。 ムーンブルクは落とされたって報告を受けてるし、噂でもそう聞いている。だが自分の目できちんと確認しておきたかった。聞いた話じゃひどい状態だそうだが、どんな有様かをしっかり見てやらなきゃ、ムーンブルクの奴らが死ぬ時なにかを託そうとしたかどうかもわからねぇからな。 その前に武器屋に寄った。サマの剣はかなりもろくなってたし(長旅に細剣なんて持ってくんなっつの)、俺も買い換えるかどうかはともかくとして新しい剣を物色したかったからな。 だがこっそり楽しみにしながら寄った武器屋の棚はがらんとしていた。普通なら山と積み上げてるはずの武器が、棚の半分もない。 「おいおやじ。どういうこったこりゃ?」 「どういうこともこういうこともないさね。ムーンブルクが落とされた、情勢不安ってんで武器が売れるのはいいんだが、売れすぎて在庫がなくなっちまった。今八方手を尽くして手に入れようたぁしてるが、魔術師連合の本部が潰されちまったから魔法の武器やなんかはもう手に入らねぇだろうなぁ……」 「この街にだって鍛冶屋くらいあんだろ」 「そりゃあるさ。今注文してるところだ。だが、武器とか道具とかはほとんど魔術師連合の本部で作ってたからなぁ……あれだけ華々しかった武器屋の棚が、今じゃ地味だったらありゃしねぇ」 魔術師連合ねぇ。俺にはここにあるもんも充分質が高く見えるがな。 俺は棚にある武器をしばし見やり、ふと思いついてサマに聞いた。 「おい、お前槍使えるか?」 「え? うん。剣と槍はそれなりに練習したよ。あと弓も」 「よし、それならこの鉄の槍使え。わりと軽いし穂先も鋭い。お前は速さはそこそこだからな、こういう速さ重視の武器の方がいいだろ」 「え……うん! ありがとう、ロレ!」 輝くような笑顔で礼を言われ、俺はなんとなく照れくさくなってサマの額をこづいた。 「うっせ、バーカ。……俺はこの鋼鉄の剣にするかな。質もいいし、重さもちょうどいい。ついでに鎧も買い換えるか、今の鎧ずいぶん前から着古してるしな。この鎧たぶん俺にぴったり合うだろ。盾も新調しよう」 「へい、まいど! 合計で五千二百七十ゴールドになります!」 「………へ? 俺が金、払うのか?」 おやじに笑顔を向けられ、俺は慌てて自分の財布を探った。だが、入ってる金は言われた代金の十分の一程度しかない。 げ。おいおい、そんなに使ったか? 昨日の娼館に払った金が二百五十ゴールドで、この前の村で西瓜を買い食いした金が五ゴールドで…… などと思い出しているうちに、サマが先に財布から金を取り出した。 「はい、五千二百七十ゴールド。確かめてくださいね」 「ひのふの、と。はい、確かに」 あっさり金を出したサマに、俺はちょっとぽかんとして声をかける。 「お前、そんなに金持ってたのか?」 サマは一瞬きょとんとして、すぐに微笑んで言った。 「やだな、ロレ忘れちゃったの? 旅の細々した買い物はたいてい僕がしてるから、『面倒だから財布はお前に預ける』ってロレが言ったんじゃない」 「………そうだっけ?」 サマに笑われて、俺は機嫌が悪くなった。悪かったな、俺は三日以上前の細かいことはどんどん忘れていくタチなんだよ! しかもそれじゃ今の俺の状態は小遣いもらってるガキみたいじゃねぇか。面白くなかったのでサマのほっぺを引っ張って憂さを晴らした。サマは痛い痛いと言いつつも笑ってたけど。 ムーンブルクへの道は、これまでよりさらに楽だった。俺の買った剣の切れ味は予想以上でどんな魔物もすぱすぱ斬れたし(もとからほとんどの魔物が一撃だったけど)、それにサマが接近戦でも使えるようになったことが大きい。 あの細剣がなまくらだったのかこの鉄の槍が質がいいのか。サマも最近力が上がってきたこともあいまって、硬かったりタフだったりする魔物以外は一撃できるようになった。サマは普段苦戦するような敵じゃないと攻撃呪文を使わないから、サマが攻撃の一翼を担えるようになったという差は大きい。 「なかなかやるじゃねぇか」 褒めてやると、 「ロレのおかげだね」 などと嬉しげに笑んで言う。 「なんで俺のおかげだよ」 「ロレが僕に毎日稽古をつけてくれたから。それにロレの選んでくれた鉄の槍がなかったら、僕ここまで戦えないよ」 いや、それは当たり前だろ。俺だって素手で魔物と戦えるわけじゃねぇし。弱い魔物なら別だが。 とにかく、戦闘は常に楽勝状態で俺たちは街道を西に一週間ほど進み、ムーンブルクにたどりついた。 「………ひでえ匂い」 まだ街道から城下町の外観を眺めているだけなのに、こっちまで漂ってくる匂いに俺はぼそりと呟いた。 「落とされてから三ヶ月近くも経つのにね。……よっぽどたくさんの命が失われたんだな」 サマも心なしか小声で答えた。 ムーンブルクは、遠目で見ても無残としか言いようがない状況だった。街の外壁が破られ、建物が崩され、遠くまで死臭が漂っている。街全体が明らかに死んでいる、と俺は感じた。 だがいつまでも遠くから見ているわけにもいかない。二人ともマスクをして、言った。 「行くぞ」 「うん」 街は案外静かだった。魔物どもはどこからともなく現れてくるが、普通外を歩いていれば聞こえるような種々雑多な音がしない。 街ってのは人がいないとなんにも音しねぇんだな。当たり前だけど。 ムーンブルクの街の有様は、ひどいもんだった。そんな言葉じゃ足りないほど、ひどかった。 街中に人の骨が転がっている。三ヶ月経ってどれも肉はもうほとんど腐れ落ちていたが、わずかに残っている肉は残らず蛆の住処になっていた。 俺は骨を避けて歩くのを放棄した。そんなこと不可能なぐらい骨はそこらじゅうに転がっているんだ。 もとはきれいに掃除されていたんだろう、街の道や建物は黒焦げになっていた。ところどころひどく濃いすすがついているのは、人が骨も残さず焼け死んだあとだろう、とサマが言った。 「………………」 ところによっては、骨が折り重なるようにして積み重なっている。そこではたいてい、腐肉が積み重なり、溶けて沼のようになっていた。人の死肉の沼だ。その中から何本も、踊るように骨が突き出ている。かつては生きて、動いて、笑っていた奴ら。それが今は、ただのものになって、ごく無造作に投げ捨てられている。 「………………」 もう屋根がすっかり崩れた民家に入ってみた。ズタズタになったベッドに、小さな小さな骨が乗っていて、ベッドには乾ききって跡になった血がべっとりとついていた。ベッドに入ってるところを殺されたんだろう。この大きさはまだガキだ。たぶん怖くて怖くて、死ぬんじゃないかと怖くて、必死に神に助けを祈っているところを、殺されて、食われたんだ。 「………………くそったれ」 ガツ! と俺は全力で石造りの家の壁を殴った。家ががくんと揺れ、ぱらぱらと小石が零れ落ちる。 「……サマ。俺は誰かの無念を晴らすだの、仇を討つだのって柄じゃねぇけどな」 ぎりりと奥歯を噛み締める。 「ハーゴンって野郎は許しちゃおけねえってのは、本気で思ったぜ」 「…………」 「どういうつもりか知らねえが、こんなことして逃げおおせると思ったら大間違いだ。どんな言い訳を用意してようが、絶対に許さねえ。勇者の血も王族の義務も関係ねえ、こんなことした奴は――」 どすっ、と剣の鞘を地面に打ちつける。 「俺がぶっ殺す」 「……………そうだね」 サマがぽつり、と答えた。 俺は体の底から湧き上がってくる憤激を抑えもせず、そのまま視線に乗せてサマを睨んだ。 「手伝え、サマ。ハーゴンとやらに、俺はなんとしても落とし前をつけさせてやる。どんなことになろうがだ。俺は今ここでそう誓う」 「――――…………」 「俺を手伝うと誓え、サマ」 ひゅっと剣を抜き打ちサマの喉元ぎりぎりのところで止める。別に本気で斬ろうとしたわけじゃない。ここで断りでもしようもんなら斬りつけるぐらいのことはやってたかもしれないが。 ただ、俺にとってはなにかを誓う時、自分の剣に誓うのが当たり前だったんだ。 サマは、潤んだ瞳で俺を見て、静かにうなずいた。 「――――誓う」 ひどく敬虔な声だった。 「僕の魂にかけて誓うよ。僕は、たとえ僕がどうなろうとも、ロレを手伝う」 「―――よし」 俺はひゅっと剣を収め、サマの顔を見ずに歩き出した。なんだか誓いが終わったら、猛烈に恥ずかしくなってきたからだ。 俺たちはムーンブルク城に向かった。ロトの鎧の行方を確認するためと、ハーゴンの情報を少しでも手に入れるためだとサマが言った。 「お前、この城に生き残りがいるとでも思ってんのか?」 「まさか」 城に近づくにつれ死臭は強くなっていく。やはり街の人間を城に集められるだけ集めたのだろう。そして、そこで全員殺されたわけだ。 「じゃあなんで行くんだよ」 「霊との会話は、死んだ場所で、かつ遺体の側が一番成功しやすいから」 「……亡霊がいるって思ってんのか?」 「いたっておかしくないとは思ってるよ。いなかったとしても、まだ転生しない魂が残っていれば、ザオロー――招霊の呪文で話ができるし」 「お前、霊媒師かよ」 「サマルトリアでは魔法を学ぶ時、治療系と死霊系の呪文から学ぶのが普通だからね」 「死霊系ってなんだ。ゾンビ作ったりすんのか?」 「うーん、生と死に関わる呪文の分類名なんだけど、ちょっと誤解を招きやすいよね……」 城の跳ね橋は下りていた。堀は腐った水が半分程度溜まっていて、腐臭の一端を担っている。俺たちはマスクをしっかりと装着しなおしながら城の中へと進んだ。 「……城の中でも、たくさん死んでるな」 「人も魔物も、たくさん死んだんだね」 「……ここの軍は、なにやってたんだ。街の奴らを逃がすこともできなかったのかよ」 「聞いた話では地を埋め尽くすほどの魔物の大群だったそうだからね。無理だったと思うよ」 「ちくしょう……ハーゴンってやつはそこまでの魔物を動かせるのか。俺のいない間にローレシアが襲われたら……」 言ってしまってからぞっとした。俺は、そんな光景、絶対に見たくない。 「それは……あと数年は大丈夫だと思うよ?」 「なんでだ」 「魔を統べる者の力の限界だよ」 さらっと言うサマに俺は顔をしかめた。 「なに言ってんだかわかんねぇ。説明しろ」 「……うん。あのね、ロレ。魔物ってどういうものを指すか、わかる?」 「俺は講義を聞きたいんじゃねぇぞ」 「だから、ここから説明しなきゃわかりにくいんだってば。……魔物っていうのは別に、魔族の眷属ってわけじゃない。本性は必ずしも邪悪なものではないんだ。……邪悪っていうのも一方的な言い方だけど、わかりやすくするためにあえてこう言うね」 「どういう意味だよ」 「だから、魔物は必ずしも人間の敵じゃないってこと。性質が合えば友誼を結べる可能性だってある」 「はぁ? 魔物は昔っから人襲ってるじゃねぇか」 「野性の動物だって人を襲うじゃない。基本的に魔物は野生の動物と同じなんだ。神の手によらずに地に満ちる命って点ではね。ただ、一つだけ違うのは、魔物は魔=\―発生が混沌による存在だっていうこと」 「こんとん……?」 「ええと、要するに神の創った世界から生まれたものじゃないってこと。それを詳しく説明するとややこしくなるんでよすけど、ここで重要なのは魔物は魔族によって操られるっていうこと。強い魔族ほどたくさんの魔物を長い時間操ることができる。魔族の頂点に立つ魔を統べる者ともなれば、相当の魔物を操ることができる」 「結論をいえ、結論を」 「でもね。魔を統べる者でも、一国を滅ぼせるほどの数の魔物をそう簡単に操る事はできない。それには魔力を高める長い儀式が必要だし、一度やったらまた長い時間をおいて魔力を溜めなければならない。それには年単位の時間がかかる――だから魔を統べる者でもほいほい町や村を滅ぼすことはできないんだ。世界の魔物の気分に影響して、やたらと人を襲うようにすることはできてもね」 「なんでそんなことがわかるんだよ」 「聞いたからだよ」 「誰が」 「勇者ロトが」 「……誰に」 「魔王に」 「………嘘つけっ!」 俺はがすっとサマの頭に拳をぶつけた。 「いたっ! んもう、ほんとだってば! きちんと信頼できる記録に残ってるし、実証性も検証されてるんだからね!」 「なんでロトが魔王にそんなこと聞くんだよっ」 「だって勇者ロトは学究肌の知的好奇心が旺盛な人で、魔王バラモスにも大魔王ゾーマにも最初は質問から――って、ロレ、なんで知らないの? 魔王問答は歴史の授業で必ずやるところのはずだよ?」 「たりめーだろ、俺は歴史の授業はいつも半分眠ってたんだ」 「……威張っていうことじゃないと思うけど」 う……サマに突っこまれた。なんかすげえ悔しい。 こいつがこうまで言ってるっていうことは……一応信用してもいいんだろうな。心配したって始まらねぇことではあるし、このことについては考えんのやめるか。 城が大きく崩れているところに差し掛かった。呪文かでかい魔物が殴ったのか、城壁が吹っ飛ばされたように崩れていて、石の下から骨がのぞいていた。 「……ムーンブルクの軍ってのは、戦闘力めちゃくちゃ低かったんだな」 「……なんで?」 「ほとんど一方的にやられてるじゃねぇか。魔物の骨がほとんど見当たらねぇ。ここまで進んできて二、三体しか見てねぇぞ」 「そう? 魔物の骨は土に返る速度が早いからじゃない? それに僕は吹っ飛んだ魔物の骨とかけっこう見つけたよ」 「……そうか?」 魔物の骨ってすぐ消えちまうのか。知らなかった。 「けど、それでもやられっぱなしって気がするな。でかい魔物だっているだろうにその骨が影も残ってねぇ。……死んじまった奴らを悪く言う気はねぇけど……」 せめてもう少し耐えてくれたら、援軍も出せただろうにと思うと、むしょうに口惜しい。 唇を噛む俺に、サマは少し首をかしげた。 「ロレ……知らないの?」 「なにがだよ」 「人間はね。基本的に、魔物には勝てないんだよ?」 不思議そうに、ものを知らない子供を相手にするように言うサマ。俺は驚いた。 「……はぁ? じゃあ俺たちが今まで倒してきた奴らはなんなんだよ」 「あれぐらいの魔物はね、人でも倒せる。徒党を組んだ優秀な戦士たちなら。けど、本当に強い、ギガンテスとかアークデーモンとか――そこまでいかなくてもベビルとかオークキングとか、そのクラスの魔物になると人間ではどうしたってかなわないんだよ」 「そんなんやってみなきゃわかんねぇだろ」 「……人間が剣で鉄を貫ける? そいつらの肌は鉄よりも硬いよ。そして攻撃力が強くてタフだ。岩を粉々に砕くような呪文を食らってもまだ平気で動くことができるほどタフで、そいつらに一撃されたら人間の体の組成じゃどうやったって骨と肉が粉々になるくらい力が強い。そりゃ軍勢を出せば勝てないとは言わないけど、それこそ全滅覚悟の戦いになると思うよ。――一匹の魔物相手にね」 「…………」 サマの真剣な声と表情に、俺はちょっと気圧されて黙りこんだ。正直サマの言ってることが本当かどうかは疑わしい気がしたんだが(そんなに強いのがごろごろいるってのかよ)、サマが真剣に言ってるのはよくわかったからだ。 「だから基本的に人間は魔物、特に強い魔物とは戦っちゃいけない。強い魔物は住環境の関係で、人里には降りてこないから。人と魔物の境界線を守って、それぞれの場所で暮らすのが最良なんだ」 「おい。そんなんでどうやって魔物どものボスを倒すんだよ」 半分以上咎めるつもりで出した声に、サマは我が意を得たりと大きくうなずいた。 「そのために僕たちがいるんだよ」 ……………… 「は?」 話の繋がりがさっぱりわからん。 「だから、言ったでしょ? 僕たち精霊ルビスの加護を受けた人間は、レベルを上げ≠ト強くなることができる。人間という種族の限界をあっさり超えることができるんだ。鉄を貫くことも岩を砕くことも、それほどの衝撃を受けても平気なほどタフになることもレベルを上げれば可能になる。僕たちがもっともっとレベルを上げれば、ムーンブルクを滅ぼしたほどの魔物の軍勢と戦っても勝つことができるようになるよ」 「………えーと」 なんか、また眉唾なことを言われたような気がしたし、話もどうもよく飲み込めないんだが。 「要するに、これからもガンガン戦って勝て、ってことだな?」 サマはちょっと笑ってうなずいた。 「そうだね」 「なら最初からそう言いやがれ」 俺はサマの頭に拳を落とした。サマは「いったーい!」と叫んだが、まあそのくらいは日常茶飯事だ。 俺たちはどんどんと城の奥へと進んだ。死体の数は徐々に少なくなっていく。たぶん、攻められた時ここらには貴族どもが隠れてたんだろう。……庶民を危険な城の外側に置いておいて、自分たちは奥に隠れてたのかよ、けったくそわりぃ。ま、それでも皆殺しにされたみたいだけどな。 「おい、死体ならさっきのとこの方が多いだろ?」 「うん、でもできるならムーンブルク王の霊に話を聞きたいと思って」 「なんでだよ」 「ムーンブルクからの使者はハーゴンの名を知っていたでしょ? たぶんハーゴンが城攻めの時に名乗るなりなんなりしたんじゃないかと思うんだ。その名乗りやなんかを詳しく聞いた可能性が一番高いのはムーンブルクの国王陛下でしょ?」 「……まあな」 しかし亡国の王に話を聞くというのは、考えただけで気が重い。それが死んでるんだったらなおさらだ。眠りたがってる奴をこっちの都合で叩き起こして話を聞くってのは、正直趣味じゃねぇ。 けど、他に手がかりを得る方法もねぇし。サマのやり方が最上なんだろうな。 どこからともなく現れてくる魔物を次々斬り倒しながら、俺たちは奥へ進み―― 妙な声を耳にして、足を止めた。 「……人の声……? 生きてる奴がいんのか!?」 耳をすましてはっとし、走り出そうとした俺の腕をサマがつかんだ。 「待って!」 「なんだよ!」 「あと三十秒待って。静かに、音を立てないで」 なんだかわからなかったが、俺は言う通りにした。サマが俺のわからんことに気づいているなら、それを邪魔するほど俺は馬鹿じゃない。 サマはしばし無言でその声に耳を傾け、きっかり三十秒後ふぅ、と肩を落とした。 「……なんだよ」 「ロレ。これは生き残った人の声じゃないよ」 「じゃあなんだ」 「魔族だよ。魔族が邪法で人を呪う声だ」 俺たちは壊れた壁からこっそり部屋の中をのぞきこんだ。中には、確かにいかにも魔族! という感じの、怪しげな仮面をつけた連中が人魂を(うわ、初めて見たぜ)取り囲んでなにやら唱えていた。 「地獄の使い……!」 サマが小声で、驚愕したような叫び声を上げる。 そいつらが呪文っぽい言葉を唱えるたびに、人魂が苦しげに身をよじる。その姿にますますいきりたって魔族どもは声を張り上げる。 「……なにやってんだ、あいつら?」 「……これは相手の魂に苦痛を与える呪いだね。死者の霊にすらのた打ち回るほどの激痛を与えるっていう強力な邪法だ。ここは王の間だから、たぶんあの霊は……」 と、魔族どもの声が小さくなった。サマは慌てて口を閉じる。 魔族どもの中で、ひときわ偉そうな(角が生えててでかい戦槌を持ってる)奴が大声で叫んだ。 「ムーンブルクの愚かなる最後の王よ! いい加減吐いたらどうだ。素直に吐けば、すぐにでも楽にしてやるのだぞ」 『……………、……………』 ムーンブルクの最後の王!? 俺たちは顔を見合わせて会話に耳を立てた。魔族は居丈高に、王と呼んだその人魂に言い渡す。 「お前は死んだのだ。もはやなんの力もない魂だけの存在。娘を助けることなどもはやかなわぬ夢よ。なにもかも諦めてハーゴンさまの力の前に屈するがいい。そうすれば楽になれる」 「娘って……」 「しっ」 「正直に答えぬ限り、お前は永遠にこの地獄で苦しみもだえることになるのだぞ。とっとと答えよ。助けなど絶対に来ない。希望はとうに潰えたのだぞ。答えるのだ――マリア王女の居場所を!」 マリア、王女。 王女って……ムーンブルクの王女か? ……ムーンブルクに……生き残りがいた!? 俺は思わず問い詰めようと一歩足を踏み出しかけたが、それより早くサマが腕をつかんで首を振った。そして、唇に指を当てて静かにと示し、俺を部屋から離れた場所まで連れていく。 さすがにもう普通に話しても声は聞こえないだろう、というところまでやってきて、サマは口を開いた。 「真正面から行っちゃダメだよ」 「……なんだよ、真剣な顔して引っ張ってきたあとの話がそれか? んなこと言ってる場合じゃねぇだろ、ムーンブルクの王女が生きてるかもしれねぇんだ! なんとしてもあいつらから情報聞き出さねぇと……」 「あいつらは、今の僕たちに交渉できるレベルの魔族じゃないよ」 サマの珍しく硬い声に、俺は眉をひそめた。 「そんなにヤバい奴らなのか」 「あのひときわ偉そうなやつがいたでしょ? あいつは地獄の使い。ベギラマとかベホマとか多彩で強力な呪文を使える上に、今のロレだって一撃で倒せるかどうかおぼつかないぐらいタフなんだ。その横にいた紫色の装束の二体が妖術師。こいつもベギラマが使える。ベギラマっていうのはギラの上級呪文で、食らえば普通人は消し炭確定ってくらい強力な呪文だよ。残りも祈祷師が四体、魔術師が五体。単体で相手すれば楽勝な相手だけど、あれだけ数をそろえたら侮れない。……真正面から戦闘しようっていうのは、絶対に無茶だと思う。少なくとも、今の僕たちのレベルでは」 「……お前なんでそんなに詳しいんだ?」 「え? だって本に載ってるじゃない、チュージャの『アレフガルドの魔物の生態』にもルドウィックの『魔族の能力と序列』にも。一番詳しいのはやっぱり勇者ロトの遺した記録だけど」 「あーそーかよ」 ったく、こいつと俺ってとことん人種が違うな。 「となると……おびき出して各個撃破するしかねぇな」 「………………」 サマはきょとーんとした顔で俺を見た。 「なんだよ」 「ううん! なんていうか……僕と同じ考えだったんで驚いただけ」 「へぇ……」 こいつも同じこと考えてたのか。笑いかけてやると、サマもちょっと恥ずかしそうに笑い返した。 しばし見つめ合って、お互いに、と笑った。こいつとこうして作戦考えるのって初めてだけど、こいつなかなかどうして、悪くなさそうだ。 「よし、じゃあどうやって一体一体引き離すかだな。待てよ、情報のために一体生け捕りにしねぇとまずいんじゃねぇか?」 「大丈夫、あんなはっきりした人魂なんだから、少しぐらいおかしくなってたとしても僕が話を聞き出すよ。全員倒した方がいいと思う」 「そうか、ならいい。さて、それじゃまずは、小物からおびき出すのが常道だよな。何体かまとめておびき出した方がいいか」 「それなら、こういうのはどう?」 俺たちは行動を開始した。まず、王の間の壊れた壁のところで、がらっと石を落とし大急ぎで逃げる。 「……来た来た」 予想通り、下っ端の奴らが一体出てきた。俺たちは逃げる姿をしっかり見せつつ、それでいて相手が呪文を唱えるより早く逃げて、分かれ道で二手に分かれる。 「…………」 少しいったところでしばし待つ。下っ端が逡巡している気配が伝わってきた。足音が遠ざかっていき、しばらく沈黙があって、また足音が今度は複数近づいてくる。 よし、狙い通り。俺とサマは両方道の先へ走った。相手はそこそこの数がいる、悲鳴が聞こえないようにするにはまず距離を取らなきゃならない。 俺の方に追ってきたのは二体。サマの方にも二体行ったようだった。 俺は相手から見えなくなるまで、だが音は聞こえるような距離を保って走った。向こうが走って追いかけてくる。 俺は安全距離まで来たな、と思うと足を止めた。物陰に隠れて、敵が来るのを待つ。 サマに言われたことを思い出した。 『ロレ、敵は魔族だから、僕らがロトの一族だと知ったら、なんとしてでも殺して復活を防ごうとすると思う。死体を灰になるまで焼いていくつもの壷に分けて封印の呪法を施してバラバラに保管するぐらいのことはするだろうね。当然それじゃ復活できない。……つまり、ここで死ぬわけにはいかないってことだよ。気をつけてね』 (てめえに言ってろ) 俺はわずかに笑んで、敵が俺に気づかず目の前を通り過ぎようとした瞬間素早く首を刎ねた。 「!」 もう一体が喚こうとするが、それより早く俺は剣を振り下ろす。そいつはあっさり斬り裂かれて、魔族らしくあとかたもなく消滅した。 声を立てる暇もなし、か。安全策をとりすぎたかもな、と思いつつ俺は道の先へ走る。いったん分かれたサマと俺の道は、この先で合流しているのだ。 サマもこちらに走ってきていた。首尾はどうだ、と訊ねようかと思ったが、サマの鉄の槍にわずかに返り血が残っているのに気づき、「二体ともやったか?」と訊ねることにした。 「うん、二体とも。ちょっと呪文使っちゃったけど。ロレも二体ともみたいだね」 「当然」 それだけ言って俺たちは揃って移動する。すでに下調べはしてある、ここの階段を上って物見の塔に出ると、屋根が崩れてるせいでさっきまでの道が丸見えになるんだ。 階段に身を隠して、しばし待つ。いつまで経っても帰ってこない部下たちに、あいつらのボスも不審に思うはず。それなら今度はもう少し地位の高い部下を探索に出すだろう――という読みは、見事に当たった。 紫っぽい色の装束の奴が一体、青っぽい装束の奴が三体。残ってた下っ端もついてきている。 そいつらはやはり紫の指示に従い、ばらばらに辺りを探し回り始めた。 「じゃ、行ってくるぜ」 「行ってらっしゃい。……気をつけてね」 「おう」 俺は軽く手を振って、階段をすばやく下りる。 物陰に隠れはしない。俺は金属鎧を着けてるんだ、動くならどうしたって音でバレる。 耳元に声が聞こえてきた。 『そこの先の角を二回右に曲がったところに青』 サマの遠話の呪文だ。 作戦の第二段階がこれだ。サマが上から敵の動きを見張り、遠話で逐一俺に伝えて安全距離に入ったのから俺が各個撃破する。 奴らは敵がいるかもしれないとそこそこ緊張してるだろうが――まだ戦闘体勢には入っていないだろう、そこがこっちの付け目だ。 言われた通りの場所に青がいた。俺は音を気にせず相手が身構えるより早く走り寄り、首を刎ねる。 悲鳴も上げず消えていく敵を無視し、俺は身を隠すため少し後ろに移動しようとした、その矢先に声がかかる。 『左の角を曲がってまっすぐ行った先に青と雑魚、こいつらは距離が近い。右後方の通路に潜んで』 のやろ、サマの奴余計なもんがねえいい指示出すじゃねぇか。俺は言われた通り、右後方の通路に潜んで待った。 すると予想通り、敵はさっき俺がいたところでばらける。あとは一体ずつ始末するだけだ。 二体を倒したあともサマの指示に従って移動し、一撃で斬り倒す。サマが気をつけてねと言った通り、紫はかなり硬くて生命力があったが(正面から戦ってたら苦戦してたかもな)、剣の鋭さでかろうじて首を刎ねることができた。 「――お疲れさま」 サマが駆け寄ってきてそう笑いかけ、手を上げる。俺はその手に軽く手を打ち合わせた。まあ、お互いよくやったなっつーか、その辺の思いをこめて。 ここからが最終段階だ。部下が次々といなくなり、敵のボスは相当イラついているはず。そこに、例の魔物を誘う香を焚けば、興奮して衝動のまま敵を追い詰めようと飛び出してくる。 香を焚く場所は物見の塔を挟んで王の間の反対側。風向きもばっちり、香は間違いなく王の間に届く。 俺は物見の塔から魔族どもが全員王の間を出たのを確認すると、素早く走って香を焚いている場所と王の間の間の下り階段に身を潜めた。 この上を通り過ぎていく敵を、後ろから襲いかかって斬り倒す。サマが斬り倒す相手の周りにだけ音を消す呪文をかけるから音は立たない。 それぞれ移動速度が違うから、走っているうちに自然にある程度ばらばらになっていくはずだ――というのがサマの意見だった。 サマは俺と一緒にいた方が有利だと主張したが、物見の塔の上からでも呪文をかけられると吐かせた俺はその主張を却下した。塔の上なら俺に指示も出せるし、なによりわざわざ怪我しそうな人間を増やすこともない。 俺は深呼吸して、待った。作戦がどうなるかとか、細かいことは考えない。俺の場合、考えると遅れる。作戦は頭に叩き込んである、あとは体が動くに任せればいい。 『――今、ボスが上を通るよ』 どすどすという音が通っていくのを聞く。 『紫が通る』 それよりいくぶん軽い音。 『青が通る――今、通った』 俺は素早く立ち上がって行動を開始した。 音は気にせず階段を駆け上がる。作戦のタイミングでは青が通り過ぎたと同時に音消しの呪文をかけることになっている。 呪文はかけられればかけられたと気づく。相手が状況を把握するより早く、近づいて仕留める! 俺はだだだっと階段を駆け上がり、右往左往している青に近づいて袈裟懸けに斬った。 青が消えるのを確認しないうちに、俺は紫に向かい走った。サマが呪文をかけてくれている、それは俺の中ではもう確定事項だった。 はたして音は消えていた。無音の世界の中で俺は走り、呪文をかけられたことに気づいたのか足を止めた紫の背中に斬りつけた。 ちゅっ! わずかに剣が紫の表皮で滑った。 俺は無音の世界の中でぎりっと奥歯を噛み締めた。仕損じた! 紫が振り向いて杖を振り上げようとする。俺は体ごとそいつに突っ込んで突きを放った。 そいつの攻撃が(魔法使いには似合わずけっこう鋭い攻撃だった)俺の体に届く前に剣を突き刺せたのは、正直に言うが僥倖だったと思う。 だがとにかくそいつは鋼鉄の剣に貫かれて息絶え、消滅した。俺はふ、と一瞬だけ息をついて最後の敵に向かおうとし、絶句する。 こいつ、俺に気づきやがった! そいつは流れるように低い声で怪しげな呪文を唱え始める。唱え終わる前にと俺は突撃しかけたが、そのまん前にいきなりぶっとい紅蓮の炎の柱が現れた。 早ぇっ! もう呪文詠唱が終わったのか!? だが立ち止まっている暇はない、俺は炎の柱に突撃する。だが炎の柱は俺が突っ込むより早く、形を変えてこちらに襲いかかってきた。 「―――ッ!」 激痛。自分の肉が、髪が焼ける、気色悪い匂いが周囲に漂った。 俺は足を止めず突っ込んで、そいつに全力の突きを放った。鋼鉄の剣がそいつの体を貫く。 手応えはあった。 だが剣を抜こうとする俺の手を、そいつはがっしとつかんだ。 俺はぎりっと奥歯を噛み締めた。こいつ、急所貫かれてまだこんな力が出せるのか! そいつはがっしりと俺の体を自分の体に繋ぎとめたまま、呪文を唱え始めた。この呪文で間違いなく俺を焼き殺すつもりだろう。そして俺の戦士の直感は、もう一発あの呪文を食らえば間違いなく死ぬと告げていた。 一瞬サマのことを考える。だがサマは物見の塔、ここからは遠い。援護呪文をかけようにも、この敵首領には呪文が効きにくいのだと言っていた。だから不意打ちで一気に倒せるよう、しかも邪魔が入らないよう最後にこいつを倒す作戦を立てたんだ。 俺は死ぬかな、とちらりと思い、へっと笑った。上等だ。どんな結果になろうとこいつは殺す! 俺は剣を握り直し、そのまま身体を引き裂いてやろうと力を入れる。だがこの力の入れづらい体勢では思うようにいかない。敵首領が呪文を唱え終わる―― かと思った瞬間、俺の顔のすぐ横にあるそいつの顔を、鉄の槍が貫いていた。 数秒の間をおいて、砂のように細かくなって消滅し始める敵首領の体。俺は痛む体に鞭打って振り返る。そこにいたのは、やはりサマだった。 だがサマもけっこうひどい有様だった。さっきの呪文をこいつも食らったらしく、服は焼け焦げて穴が開いているしそこからのぞく肌もひどい火傷になっている。髪も焼けたらしく絹糸のようだった栗色の髪がちりちりで、こんな時だがそのそぐわなさが妙におかしかった。 サマは、俺を見て、はあぁぁぁ……と深い深い息を吐いて、にっこりと幸せそうに笑って、言った。 「ロレが無事で、よかった」 ――俺は反射的にサマの頭に拳を落としていた。 「いたーい!」 「俺のどこが無事に見えんだよ。思いきり火傷してんだろうが。だいたいなんでてめぇがここにいんだ、塔の上にいろっつったろうが」 「うん、そうだね、ごめん。……でも、僕は、ロレが危険な時に、そばにいれないのはいやだよ。僕はロレを手伝うって誓ったのに」 「はぁ? 俺たちは死んでも必ず甦れるつったのはてめぇだろうがよ」 「……そうだけど……」 サマはちょっと困ったような顔をして、首を傾げ、それから俺と視線を合わせて妙にきっぱり言った。 「それでも、僕は、ロレが死んじゃうのはいやだよ」 「………………」 俺は、なんと言えばいいかわからなかったが、とりあえず肩をすくめて言った。 「じゃあ、てめぇも死ぬなよ」 「…………」 サマはちょっときょとんとして、また首を傾げ、わかってんだかわかってないんだか良くわからん顔でこくん、とうなずく。それを見て俺は息を吐いた。 「……とにかく、勝ったな」 「うん」 サマはにこっと、ちりちりの頭で普段と同じように笑うと、俺の傷に手を伸ばした。 「ちょっと待ってて、すぐ癒すから。この戦闘でレベルが上がって、ベホイミの呪文が使えるようになったみたいなんだー」 屈託なく笑うサマの頭を、俺はぺしんとはたいた。 「いた」 「阿呆、てめぇを先に治せ。お前の方が体力ねぇんだからな。それにてめぇが倒れたら回復できなくなんだ、さっさとやれ」 「えー、でもロレの方が怪我ひどいよ。僕は遠くだったからダメージ少なくてすんだし、辛い人の方を先に癒すべきじゃない?」 「てめぇだって相当辛いだろうが。四の五の言わずとっとと自分の傷を癒せ」 「駄目だよ、ロレが先」 「お前が先だっつってんだろ」 「ロレだよ」 俺たちはしばし睨みあって、やがてどちらからともなくぷっと吹き出す。ガキの喧嘩か、俺ら? たぶん今迄で一番ハードな戦闘しといて、なにやってんだかなー。 「じゃんけんで負けた方を先に癒すことにしようか」 「ああ」 そう言い合ってじゃんけんし、負けたのは俺の方だった。喜び勇んで呪文を唱えるサマに、俺はちょっと考えてからぶっきらぼうに言う。 「サマ」 「なに?」 「助かった。サンキュ」 俺の言葉に、サマは丸っこい目をさらにまん丸く開いて、信じられないというような顔をして、それから嬉しさの塊みたいな顔をして笑って言った。 「うん!」 サマの新しい回復呪文は、前のよりだいぶ気持ちよかった。 俺たちは王の間へ向かった。ムーンブルク王の亡霊は、相変わらず人魂の形で玉座の周りにたたずんでいる。 まず、サマが呼びかけた。 「ムーンブルク王家第四十代国王陛下、モワレーシュさまでいらっしゃいますね?」 人魂がぼわりと燃え上がった。 『おお……おおお、わしの名前を呼ぶ、そなたは誰じゃ?』 「サマルトリア第一王子、サウマリルトです。あなたにお訊ねしたいことがありあなたの眠るこの場所を訪ねてまいりました。どうかお答えください」 『サ……サマルトリア……』 人魂が揺れる。……なんかやりにくいな。人の形してねぇから反応がさっぱり読めん。 だがサマは平然とした顔で、ムーンブルク王の亡霊に話しかける。 「国王陛下。あなたが死んだ時のことを話してくださいませんか」 『……………』 しばし人魂が揺らぎを止める。そしてまた揺らぎ始めたと思うと、案外明瞭な声で話し出した。 『あの日……不死鳥月の晦日……』 今から三ヶ月前だな。当たり前だけど。 『魔物の大群と……大神官ハーゴンと名乗る男がやってきた……』 大神官ハーゴン! いきりたちかかった俺を視線で制し、サマはムーンブルク王に語りかける。 「それから? ゆっくりでいいから、思い出してください」 『……わが娘マリアは……犬に変えられた……』 「……犬?」 なんだそりゃ。ハーゴンが王女を犬に変えたわけか? そんな暇があったらとっとと殺しゃあいいだろうに。いや、殺されたら困るんだけど。 『わしはマリアを……ムーンペタに飛ばした……』 飛ばす……って、どうやって。 『そしてハーゴンが魔物を呼び――ああ、そこから先は……』 「なるほど。よくわかりました」 わかったのか!? あれで!? サマ、お前時々すげえな。 「あと三つ教えてください。大神官ハーゴンは、自分のことをなんと紹介しましたか?」 『……ロンダルキアの……破壊神シドーの大神官、ハーゴンと……』 「破壊神シドー!?」 サマは心底驚いた声を上げた。こいつがこんなに驚くなんて、珍し……くもないか。俺がなんかするたびにロレすごいロレすごいって驚いてるし。 「破壊神シドー……つまり原初の闇の力。つまり今回の魔を統べる者は……いや、まだそうと決まったわけじゃないし……むしろフェイクの可能性の方が……」 おい、なに一人で浸ってんだよ。 「おい、サマ」 「あ、ごめんね。国王陛下、あと二つ。ラーの鏡はどこにありますか?」 は? ラーの鏡? なんだそりゃ。 『ラーの鏡は……巫女の託宣に従い、ムーンペタ東の四つ橋の沼に……』 「沈めたんですね?」 『…………』 答えはなかったが、わずかに人魂が揺らめいた。うなずいたってことなのか? つーか、俺には話しの繋がりがさっぱりわからねーんだけど。 「最後の質問です。ロトの鎧の行方はわかりますか?」 『………わからぬ……宝物庫に保管してあったはずだが、運び出す暇もなかった……誰も近づけもしなかったはずだ………』 「なるほど……」 サマは考え深げにうなずいて、静かに言った。 「国王陛下、ありがとうございました。感謝を。魔を統べる者を倒せばこの地にかけられた呪も昇華するはず。それまで、しばらくの間――少しでも安らかな眠りを」 そしてサマはなにやら祈りのような言葉を唱える。 俺も真剣な顔になって、ムーンブルク王に告げる。 「ムーンブルク王。あんたに伝わるかどうかはわかんねぇが、俺はあんたらの無念を少しばかりでも晴らしてやる。絶対にハーゴンを倒す。それまで、少しの間、待っててくれ」 「王女は必ず元の姿に戻します」 だから話の繋がりわかんねぇんだっての! 説明しろよわかりやすくよー。 王の間を出て、俺がそんな視線をびしばしサマに浴びせてやると、サマはちょっと苦笑して言った。 「わからないところがあったら説明するけど、ムーンペタに帰ってからにしない? 今日の戦いはハードだったし、いつまでもここにいると体中に匂いがつくし」 「お前な、ムーンペタがこっからどれだけ離れてるかわかってんのかよ」 「大丈夫だよ、僕ルーラの呪文使えるから」 「ルーラ……って、確かキメラの翼と同じ効果のある呪文だっけか?」 「うん、まあ本当は逆なんだけどね。ムーンペタまで一瞬で戻れるよ。――まだ魔法力に余裕あるからリレミトも使ってみようか。ちょっとつかまってくれる?」 それでそのあと俺はサマの呪文で、一気に城の外に出て一瞬でムーンペタまで帰ってきたのだった。 |