ムーンブルクの王女の話・前編
 翌朝。先に目を覚ました僕は、ロレが隣のベッドで寝ていることを確認して安堵した。
 別に僕が寝たあとどこか行くんじゃないかって思ってたわけじゃないけど、なんていうか、ちょっと不安になっちゃったんだよね。
 僕は嬉しくなってロレがおきるまでにこにこしながら見つめてたんだけど(ロレの寝顔は野宿の時いつも見てるけど、好きな人の寝顔ってそうそう見飽きるものじゃないと思う)、しばらくして目を覚ましたロレに趣味悪ぃことすんじゃねぇって怒られた。ロレって自分の寝顔見られるの好きじゃないみたい、いつも寝顔見ると怒るし。
 ご飯を食べてから宿を出て、武器屋に寄る。武器屋の親父さんの話だと、魔術師連合の本部がなくなったから魔法の武器が入ってこないんだって。在庫もはけちゃったみたい。
 まあ、予想してたことではあるけどね。世界の危機ってことは知らなくても、情勢不安なのは確かなんだ、みんな武器とかをほしがるのが当然だよ。
 僕も武器を買い換えた方がいいのかなー、と思いつつ武器の棚を見ていると、ロレがふいに聞いてきた。
「おい、お前槍使えるか?」
「え? うん。剣と槍はそれなりに練習したよ。あと弓も」
「よし、それならこの鉄の槍使え。わりと軽いし穂先も鋭い。お前は速さはそこそこだからな、こういう速さ重視の武器の方がいいだろ」
「え……うん! ありがとう、ロレ!」
 うわぁ……嬉しい。すごく嬉しい。ロレが僕のものを選んでくれるなんて初めてだ。まるで、ロレが僕にプレゼントしてくれたみたい……。
 嬉しさのあまり変な顔になってるんじゃないかってくらい笑っていると、ロレに額をこづかれた。
「うっせ、バーカ。……俺はこの鋼鉄の剣にするかな。質もいいし、重さもちょうどいい。ついでに鎧も買い換えるか、今の鎧ずいぶん前から着古してるしな。この鎧たぶん俺にぴったり合うだろ。盾も新調しよう」
「へい、まいど! 合計で五千二百七十ゴールドになります!」
「………へ? 俺が金、払うのか?」
 財布を取り出すロレ。でも、こういうのはパーティ共有の財産から出さないとだよ、やっぱり。僕は財布から代金を取り出した。
「はい、五千二百七十ゴールド。確かめてくださいね」
「ひのふの、と。はい、確かに」
「お前、そんなに金持ってたのか?」
 ロレにぽかんと訊ねられ、僕は一瞬質問の意図が理解できずきょとんとしたんだけど、すぐにロレがなんでそんなことを聞いたのか理解して微笑んだ。
「やだな、ロレ忘れちゃったの? 旅の細々した買い物はたいてい僕がしてるから、『面倒だから財布はお前に預ける』ってロレが言ったんじゃない」
「………そうだっけ?」
 ロレ、本気で忘れてるみたい。くすくす笑っているとほっぺを引っ張られてしまった。でもそういうのもじゃれるくらい心を許してくれたって感じがして嬉しいな。

 ムーンブルクへの道中は苦もなく進んだ。僕の買ってもらった槍は驚くくらい鋭くて、この辺りの魔物ならたいていは一撃で貫くことができる。
 ロレが、ちょっと笑って褒めてくれた。
「なかなかやるじゃねぇか」
 すごく嬉しくて笑いながら答えた。
「ロレのおかげだね」
「なんで俺のおかげだよ」
「ロレが僕に毎日稽古をつけてくれたから。それにロレの選んでくれた鉄の槍がなかったら、僕ここまで戦えないよ」
 それに、ロレがいなかったら僕はここまで必死に魔物を殺そうとはしなかっただろうから。
 ――そんなことを話しつつも、ムーンブルクに近づいていくにつれ、風にいやな匂いが混じるようになっていくのに僕たちは気づいていた。

「………ひでえ匂い」
「落とされてから三ヶ月近くも経つのにね。……よっぽどたくさんの命が失われたんだな」
 死臭と腐臭。それが混ざりあった匂い。ムーンブルクの周囲はそれで満ちていた。三ヶ月経ってこれなら滅びた直後はどうだったんだろう。
 まあ、ムーンブルクは定住している人口だけで三十万を超える、ラダトームと世界一を争うほどの大都市だったんだから、そこにいた人間が一人残らず殺されたなら当然かもしれない。生き残りはいないっていうのが調査隊の報告だし(僕はムーンブルクに来てから、自国から派遣されていた調査隊と連絡を取りあっていたのだ)。
「行くぞ」
「うん」
 僕はロレについてムーンブルクの城下町の中に入っていった。匂いを抑えるためにマスクをしながら。それでも匂いは鼻を突いてきたけどね。
 ムーンブルクの中には死体がごろごろ転がっていた。こんなにたくさんの死体を見たのは初めてだ。というか普通見ないよね、道を歩けば踏まないようにするのが難しいぐらい死体が転がってるんだもん。
 たいていはほとんど骨だけになってるけど、たまに腐った肉がまだ残ってる死体もある。肉には蛆が湧いていたけど、蛆もこんなところじゃ肉を食べつくしちゃったら餌がないだろうになぁ、と少し心配になった。
 たまに人ぐらいの大きさの濃いすすがあって、それは魔物の吐く炎とかで人が骨も残さず焼きつくされたあとだろうと僕はロレに説明した。
 そんな風に冷静に観察しながら、僕はロレと会ってからは忘れていた、自分の性格が立ち戻ってくるのを感じた。
 僕はこんな、世にもひどい光景を見ても心が動かない。許せないとか思ったりしない。
 痛かっただろうな、可哀想だな、とは思うけど、それだけ。憤りとか、悲憤とか、強い感情が湧いてこない。恨みを晴らすっていうなら魔物もたくさん殺されただろうしおあいこじゃないのかな、とか思ってしまう。
 だって、もうみんな死んじゃってるんだから。死んでる人の恨みを晴らすなんて、生きてる者の自己満足にすぎない。自己満足のために断たれていい命なんて普通はない。
 だから僕は小声で祈りを唱えながらも、この匂いをなんとかするためには火をかけるのが一番なんだろうけど、周りの森に飛び火しないようにするにはどうしたらいいかな、なんて考えつつ、あとからあとから出てくる魔物を倒したりしていたのだけど――
 ロレは明らかに違った。さっきから一言も口を聞かず、唇を引き結んで、じっと苛烈な瞳でムーンブルクの惨状を見ていた。
 死体を見るたびに、ぐっと唇を噛み拳を握り締めた。血が出るんじゃないかって思うほど強く。
 入った民家で子供の死体を見た時には、「………………くそったれ」と言って壁を殴りつけた。石造りの家が揺れるほど全力で。
 そしてぎりり、と奥歯を噛み締め。
「……サマ。俺は誰かの無念を晴らすだの、仇を討つだのって柄じゃねぇけどな」
 そこらの人間なら裸足で逃げ出すほどの怒りに燃える瞳で。
「ハーゴンって野郎は許しちゃおけねえってのは、本気で思ったぜ」
「…………」
 ロレは、どうしてそんなに怒れるんだろう。もうみんな死んじゃってるのに、どうしてその人たちのために怒るんだろう。
 そんなことしたって、意味ないのに。
 だけどロレは、そんな僕の思考など歯牙にもかけず、憤激に満ちた顔で言うんだ。
「どういうつもりか知らねえが、こんなことして逃げおおせると思ったら大間違いだ。どんな言い訳を用意してようが、絶対に許さねえ。勇者の血も王族の義務も関係ねえ、こんなことした奴は――」
 どすっ、と剣の鞘を地面に打ちつけて。
「俺がぶっ殺す」
 ――ああ。僕は息を吐いた。
 僕がこの人を好きになったのは、きっとこういうところなのだろう。
 ロレには意味も意義もないんだ。ただ感じるだけ。怒りを、恨みを感じるだけ。
 全て自分のものとして。
 ロレにとっては、もうその怒りは誰かのためのものじゃないんだ。自分のための怒りで恨みなんだ。傷ついた人たちの怒りを、恨みを、ロレは自分のこととして感じることができるんだ。
 それは考えようによっては危険な思考かもしれないのだけど――
「……………そうだね」
 だけどなんて真っ当な、人の心を震わせる想いなのだろう。
 それは少なくとも僕の思考より、ずっと強い力だ。
 ――僕には、真似ができない。
 それが少し悲しかった。こんなに近くにいるのに、ロレと同じことを感じることができない。同じものを見ているのに同じ感情が湧かない。
 それは、当たり前のことなのだけど、やはり少し悲しかった。
 そう思いつつぽつり、と言うと――
「手伝え、サマ」
 ロレは、憤怒の瞳で僕を見てはっきり言う。
「ハーゴンとやらに、俺はなんとしても落とし前をつけさせてやる。どんなことになろうがだ。俺は今ここでそう誓う」
「――――…………」
「俺を手伝うと誓え、サマ」
 ロレがひゅっと剣を抜き、僕の喉元で止める。真剣な瞳が僕を見つめている――
 ―――ロレ。
 君は本当に、どうしてそんなに簡単に、僕を救い出してくれるのだろう。
 君は今、僕のちっぽけな苦しみも悲しみも吹き飛ばして、僕を世界の中へ連れ出してくれた。
 僕に、自分と同じ場所に立ってもいいと、同じものを感じられなくても隣にいていいと、そう言ってくれたのだから。
 きっとロレにはこんなことちっとも大したことではないのだろう。ごく自然に当たり前に行動しているだけなのだろう。
 でも―――
「――――誓う」
 全身全霊で、心の底から誓った。
「僕の魂にかけて誓うよ。僕は、たとえ僕がどうなろうとも、ロレを手伝う」
 たとえどんなことになろうとも、僕はロレのそばにいるよ。
「―――よし」
 ロレはそう言って剣を収めると、僕の方を見もせず歩き出した。だけど、その顔は――
 少し照れたように笑っていたように、僕には見えたのだった。

 僕たちはムーンブルク城に向かった。ロトの鎧とハーゴンの情報を得るためだ。
「お前、この城に生き残りがいるとでも思ってんのか?」
「まさか」
「じゃあなんで行くんだよ」
「霊との会話は、死んだ場所で、かつ遺体の側が一番成功しやすいから」
「……亡霊がいるって思ってんのか?」
「いたっておかしくないとは思ってるよ。いなかったとしても、まだ転生しない魂が残っていれば、ザオロー――招霊の呪文で話ができるし」
「お前、霊媒師かよ」
「サマルトリアでは魔法を学ぶ時、治療系と死霊系の呪文から学ぶのが普通だからね」
「死霊系ってなんだ。ゾンビ作ったりすんのか?」
「うーん、生と死に関わる呪文の分類名なんだけど、ちょっと誤解を招きやすいよね……」
 跳ね橋を渡って、城の中に入る。あちこちぼろぼろになっていて突然崩れてこないかと心配になったけど、もうリレミトが使えるんだから崩れる前に脱出できるだろうと考えることにした。
「……城の中でも、たくさん死んでるな」
「人も魔物も、たくさん死んだんだね」
「……ここの軍は、なにやってたんだ。街の奴らを逃がすこともできなかったのかよ」
「聞いた話では地を埋め尽くすほどの魔物の大群だったそうだからね。無理だったと思うよ」
 いよいよ最後って時にはルーラで人を逃がすことも考えたと思うんだけど――たぶん魔法封じの結界でも張られたのだろう。
「ちくしょう……ハーゴンってやつはそこまでの魔物を動かせるのか。俺のいない間にローレシアが襲われたら……」
「それは……あと数年は大丈夫だと思うよ?」
「なんでだ」
「魔を統べる者の力の限界だよ」
「なに言ってんだかわかんねぇ。説明しろ」
「……うん。あのね、ロレ。魔物ってどういうものを指すか、わかる?」
「俺は講義を聞きたいんじゃねぇぞ」
「だから、ここから説明しなきゃわかりにくいんだってば。……魔物っていうのは別に、魔族の眷属ってわけじゃない。本性は必ずしも邪悪なものではないんだ。……邪悪っていうのも一方的な言い方だけど、わかりやすくするためにあえてこう言うね」
「どういう意味だよ」
「だから、魔物は必ずしも人間の敵じゃないってこと。性質が合えば友誼を結べる可能性だってある」
「はぁ? 魔物は昔っから人襲ってるじゃねぇか」
「野性の動物だって人を襲うじゃない。基本的に魔物は野生の動物と同じなんだ。神の手によらずに地に満ちる命って点ではね。ただ、一つだけ違うのは、魔物は魔=\―発生が混沌による存在だっていうこと」
「こんとん……?」
「ええと、要するに神の創った世界から生まれたものじゃないってこと。それを詳しく説明するとややこしくなるんでよすけど、ここで重要なのは魔物は魔族によって操られるっていうこと。強い魔族ほどたくさんの魔物を長い時間操ることができる。魔族の頂点に立つ魔を統べる者ともなれば、相当の魔物を操ることができる」
「結論をいえ、結論を」
「でもね。魔を統べる者でも、一国を滅ぼせるほどの数の魔物をそう簡単に操る事はできない。それには魔力を高める長い儀式が必要だし、一度やったらまた長い時間をおいて魔力を溜めなければならない。それには年単位の時間がかかる――だから魔を統べる者でもほいほい町や村を滅ぼすことはできないんだ。世界の魔物の気分に影響して、やたらと人を襲うようにすることはできてもね」
「なんでそんなことがわかるんだよ」
「聞いたからだよ」
「誰が」
「勇者ロトが」
「……誰に」
「魔王に」
「………嘘つけっ!」
 がすっとロレは僕の頭を殴りつけた。
「いたっ! んもう、ほんとだってば! きちんと信頼できる記録に残ってるし、実証性も検証されてるんだからね!」
「なんでロトが魔王にそんなこと聞くんだよっ」
「だって勇者ロトは学究肌の知的好奇心が旺盛な人で、魔王バラモスにも大魔王ゾーマにも最初は質問から――って、ロレ、なんで知らないの? 魔王問答は歴史の授業で必ずやるところのはずだよ?」
「たりめーだろ、俺は歴史の授業はいつも半分眠ってたんだ」
「……威張っていうことじゃないと思うけど」
 思わず言ってしまった。ていうか、ロト三国のひとつの第一王子が自分の先祖の話を知らないのって、かなり問題じゃないかなぁ。
 そんなことを話しながら歩いているうちに、城が大きく崩れているところに差し掛かった。この崩れ方は、たぶん魔物に直接殴りつけられたんだな。
「……ムーンブルクの軍ってのは、戦闘力めちゃくちゃ低かったんだな」
「……なんで?」
 ムーンブルクが国防をほとんど魔術師連合に頼ってたのは確かだけど。
「ほとんど一方的にやられてるじゃねぇか。魔物の骨がほとんど見当たらねぇ。ここまで進んできて二、三体しか見てねぇぞ」
「そう? 魔物の骨は土に返る速度が早いからじゃない? それに僕は吹っ飛んだ魔物の骨とかけっこう見つけたよ」
「……そうか? けど、それでもやられっぱなしって気がするな。でかい魔物だっているだろうにその骨が影も残ってねぇ。……死んじまった奴らを悪く言う気はねぇけど……」
 ロレの言葉に、僕は思わず首を傾げた。
「ロレ……知らないの?」
「なにがだよ」
「人間はね。基本的に、魔物には勝てないんだよ?」
「……はぁ? じゃあ俺たちが今まで倒してきた奴らはなんなんだよ」
「あれぐらいの魔物はね、人でも倒せる。徒党を組んだ優秀な戦士たちなら。けど、本当に強い、ギガンテスとかアークデーモンとか――そこまでいかなくてもベビルとかオークキングとか、そのクラスの魔物になると人間ではどうしたってかなわないんだよ」
「そんなんやってみなきゃわかんねぇだろ」
「……人間が剣で鉄を貫ける? そいつらの肌は鉄よりも硬いよ。そして攻撃力が強くてタフだ。岩を粉々に砕くような呪文を食らってもまだ平気で動くことができるほどタフで、そいつらに一撃されたら人間の体の組成じゃどうやったって骨と肉が粉々になるくらい力が強い。そりゃ軍勢を出せば勝てないとは言わないけど、それこそ全滅覚悟の戦いになると思うよ。――一匹の魔物相手にね」
「…………」
 ロレは黙りこんだ。なんとなく疑わしそうな目で僕を見ながらだけど。僕は説明を続けた。
「だから基本的に人間は魔物、特に強い魔物とは戦っちゃいけない。強い魔物は住環境の関係で、人里には降りてこないから。人と魔物の境界線を守って、それぞれの場所で暮らすのが最良なんだ」
「おい。そんなんでどうやって魔物どものボスを倒すんだよ」
「そのために僕たちがいるんだよ」
「は?」
 僕にとっては自明の言葉に、ロレはわけがわからないという声を上げた。
「だから、言ったでしょ? 僕たち精霊ルビスの加護を受けた人間は、レベルを上げ≠ト強くなることができる。人間という種族の限界をあっさり超えることができるんだ。鉄を貫くことも岩を砕くことも、それほどの衝撃を受けても平気なほどタフになることもレベルを上げれば可能になる。僕たちがもっともっとレベルを上げれば、ムーンブルクを滅ぼしたほどの魔物の軍勢と戦っても勝つことができるようになるよ」
「………えーと。要するに、これからもガンガン戦って勝て、ってことだな?」
 ロレらしい言葉に、僕は笑ってうなずいた。確かに、やることはそれだけなんだよね。
「そうだね」
「なら最初からそう言いやがれ」
 僕はまたロレに頭を殴られ、「いったーい!」と叫んでしまった。

 僕たちはどんどんと城の奥へと進んだ。
「おい、死体ならさっきのとこの方が多いだろ?」
「うん、でもできるならムーンブルク王の霊に話を聞きたいと思って」
「なんでだよ」
「ムーンブルクからの使者はハーゴンの名を知っていたでしょ? たぶんハーゴンが城攻めの時に名乗るなりなんなりしたんじゃないかと思うんだ。その名乗りやなんかを詳しく聞いた可能性が一番高いのはムーンブルクの国王陛下でしょ?」
「……まあな」
 そんな話をしつつ魔物を倒しながら奥へ進んでいった僕たちは、妙な声を耳にして足を止めた。
「……人の声……? 生きてる奴がいんのか!?」
 僕はばっとロレの腕をつかんだ。
「待って!」
「なんだよ!」
「あと三十秒待って。静かに、音を立てないで」
 これは呪文だ。しかもこの呪文、どこかで覚えがある。
 聞いたんじゃない、読んだんだ。声に耳をすませながら僕は頭の中を検索し――肩を落とした。
「……なんだよ」
「ロレ。これは生き残った人の声じゃないよ」
「じゃあなんだ」
「魔族だよ。魔族が邪法で人を呪う声だ」

 以前に二度だけ訪れたことがあるムーンブルクの王の間。そこに、魔族たちはいた。
 僕はロレとこっそり中をのぞいて驚いた。赤い角、戦槌、赤いマントに白い祭服、そして緑色の肌、あれは本で読んだ通りの――
「地獄の使い……!」
 思わず小声で叫んでしまった。
 それだけじゃない、妖術師が二体祈祷師が四体。魔術師も五体いた。そいつらが一体の人魂を取り囲み、呪文を合唱している。
「……なにやってんだ、あいつら?」
「……これは相手の魂に苦痛を与える呪いだね。死者の霊にすらのた打ち回るほどの激痛を与えるっていう強力な邪法だ。ここは王の間だから、たぶんあの霊は……」
 と、魔族たちが声を落とした。気づかれないよう僕は慌てて口を閉じる。
「ムーンブルクの愚かなる最後の王よ! いい加減吐いたらどうだ。素直に吐けば、すぐにでも楽にしてやるのだぞ」
『……………、……………』
 僕たちは顔を見合わせた。やっぱりムーンブルク王か。
「お前は死んだのだ。もはやなんの力もない魂だけの存在。娘を助けることなどもはやかなわぬ夢よ。なにもかも諦めてハーゴンさまの力の前に屈するがいい。そうすれば楽になれる」
「娘って……」
「しっ」
「正直に答えぬ限り、お前は永遠にこの地獄で苦しみもだえることになるのだぞ。とっとと答えよ。助けなど絶対に来ない。希望はとうに潰えたのだぞ。答えるのだ――マリア王女の居場所を!」
 マリア――ムーンブルクただ一人の王女? 僕が留学した時も体調不良とかで一ヶ月間一度も顔を合わせることがなかった彼女が、生きているのか?
 首を傾げた僕は、ロレが一歩を踏み出そうとしているのを見て慌てて腕を押さえた。静かにするよううながして、普通に話しても声が魔族たちに聞こえないぐらいの場所まで連れていき、言う。
「真正面から行っちゃダメだよ」
「……なんだよ、真剣な顔して引っ張ってきたあとの話がそれか? んなこと言ってる場合じゃねぇだろ、ムーンブルクの王女が生きてるかもしれねぇんだ! なんとしてもあいつらから情報聞き出さねぇと……」
「あいつらは、今の僕たちに交渉できるレベルの魔族じゃないよ」
 ロレは眉をひそめた。
「そんなにヤバい奴らなのか」
「あのひときわ偉そうなやつがいたでしょ? あいつは地獄の使い。ベギラマとかベホマとか多彩で強力な呪文を使える上に、今のロレだって一撃で倒せるかどうかおぼつかないぐらいタフなんだ。その横にいた紫色の装束の二体が妖術師。こいつもベギラマが使える。ベギラマっていうのはギラの上級呪文で、食らえば普通人は消し炭確定ってくらい強力な呪文だよ。残りも祈祷師が四体、魔術師が五体。単体で相手すれば楽勝な相手だけど、あれだけ数をそろえたら侮れない。……真正面から戦闘しようっていうのは、絶対に無茶だと思う。少なくとも、今の僕たちのレベルでは」
「……お前なんでそんなに詳しいんだ?」
「え? だって本に載ってるじゃない、チュージャの『アレフガルドの魔物の生態』にもルドウィックの『魔族の能力と序列』にも。一番詳しいのはやっぱり勇者ロトの遺した記録だけど」
「あーそーかよ。となると……おびき出して各個撃破するしかねぇな」
「………………」
 僕は思わずきょとんとしてロレを見つめてしまった。
「なんだよ」
「ううん! なんていうか……僕と同じ考えだったんで驚いただけ」
 なんていうか……ロレと僕が同じ作戦をごく自然に考えついたっていうのがちょっと嬉しくて。この状況じゃ他に作戦なんてないかもしれないけど、つい繋がりを感じちゃったんだよね。
「へぇ……」
 ロレが笑いかけてくれる。僕も笑い返した。
 しばし見つめ合って、お互いに、と笑う。なんていうか、共犯者じみた共感が僕たちの間に流れた、と感じた。
「よし、じゃあどうやって一体一体引き離すかだな。待てよ、情報のために一体生け捕りにしねぇとまずいんじゃねぇか?」
「大丈夫、あんなはっきりした人魂なんだから、少しぐらいおかしくなってたとしても僕が話を聞き出すよ。全員倒した方がいいと思う」
「そうか、ならいい。さて、それじゃまずは、小物からおびき出すのが常道だよな。何体かまとめておびき出した方がいいか」
「それなら、こういうのはどう?」

 まず、王の間の壊れた壁で石を落とし大急ぎで逃げる。まずは下っ端を一人おびき出すためだ。
「……来た来た」
 出てきたら逃げる姿を見せつけつつ、相手が呪文を唱えるより早く二手に分かれて逃げる。
「…………」
 少し待って、下っ端が仲間を連れてきたのを確認。道の先へ走る。
 やってきたのは魔術師が四体。予想以上に釣れたな。そいつらが二体ずつ僕らのあとを追ってくる。
 僕は適度な距離を取りつつ走って、あらかじめ測っておいた安全距離まで来ると物陰に隠れた。敵は二体。一撃で倒せる敵だから不意を討てば無傷で倒せるけど、一応念のため音は消しておくか。
 魔術師二体が近づいてくる。僕は素早く呪文を唱えた。
「風の精霊よ、しばしその手を休めよ。震えの外に伝わらぬ、静寂の空間を作り出せ=v
 トシーン――静寂の呪文。その効果範囲の中では一切の音が消失する。効かなかった者は声を出すことができるけど。
 こっちも声を出せなくなるから呪文封じとしては使い勝手が悪いけど(声を出さずに呪文を唱える方法もあるわけだし)、隠密行動にはとっても役に立つ。
 呪文をかけられた事を悟り右往左往する魔術師たちに僕は肉薄した。後ろから鉄の槍で容赦なく急所を貫く。
 ずぶり、という気持ちの悪い、けれどもうずいぶんと慣れた感触があって、魔術師は体を消滅させた。
 もう一体が慌てて手を振りかざす。でもそれより僕がそいつに槍を突き刺す方が早かった。
 ずぶり。槍が心臓に突き刺さり(魔族は基本的に精神生命体に近いけど内臓はある)、もう一体の魔術師も消えた。
 僕は無言で槍の血を払った。敵を殺す時は、いつも少し可哀想だな、と思う。僕なんかに殺されて。僕の都合で他者の命を奪うっていうのは、やっぱりいい気分じゃない。
 でも僕は今はまだロレのそばに立っていたいと思うから、そういう感情を心の底に押し込めて走る。
 僕たちの進んできた道は、先の方で合流している。ロレを見つけた僕は、嬉しくなってそばへ駆け寄った。
「二体ともやったか?」
「うん、二体とも。ちょっと呪文使っちゃったけど。ロレも二体ともみたいだね」
「当然」
 僕たちは物見の塔に移動した。屋根が崩れているせいで、そこから王の間に続く道はほとんど見えるから見張りにはもってこいなんだ。
 待つことしばし。予想通り、帰ってこない部下を不審に思って、今度はもう少し強い部下――妖術師を一体、祈祷師を三体、魔術師を一体(これで魔術師は全員出てきた)出してきた。
 妖術師の指示に従い、ばらばらに探索を始めた魔族たちを確認して、ロレは言った。
「じゃ、行ってくるぜ」
「行ってらっしゃい。……気をつけてね」
「おう」
 手を振ってロレは階段を降りていく。僕はロレが塔の下に降りたのを上から眺め、呪文を唱えた。
「風の精霊よ、我が声をかの者へ届けよ。いかに長い道も分厚い壁も、我と彼の間ではなきものとせん=v
 作戦の第二段階。僕が上から敵の配置を確認し、トオーワ――遠話の呪文でロレに移動の指示を出して各個撃破する。
 予想通り敵はばらばらになったのだから難しくはないはず――という考えは外れていなかったようで、ロレは傷一つ負うことなく危なげなく敵を倒し終えた。僕はロレのところに駆けていき、ハイタッチで健闘を讃えあう。
 そして、第三段階。ここが問題だ。
 ここまできたら敵の首領、地獄の使いもしびれを切らしているだろう。つつけば間違いなく残り全員で出てくるはず。警戒してるだろうからかたまって行動する可能性も高い。
 それを崩すために二人で考えたのが、魔物を誘う香を焚いて興奮させ、おびき出したところを静寂の呪文で音を消しながら一体ずつ倒す、という方法。敵は香に誘われて興奮してるから、後ろは見ないだろう。それぞれ移動速度が違うから自然にばらばらになるだろうし――というのは僕の意見。
 だけど、気づかれる可能性の高い危険な方法なのには変わりない。僕はフォローのために、そしてもっと感情的な面から、ロレと一緒にいたい、と言ったんだけどロレは首を振った。
 指示を出す人間は全体を見通せた方がいい。それに怪我をする可能性のある人間を増やすことはない――というのがロレの主張。
 その指摘は、合理的なものではあったけど――
「――今、ボスが上を通るよ」
 ロレがあらかじめ隠れた階段の前を地獄の使いが通ったことをトオーワで報告する。ロレは魔族たちの名前がぴんとこないみたいで、特徴で呼べと言われた。僕はそれに従ったんだ。
「紫が通る」
 僕はロレに従う。僕はロレに逆らいたくはない。僕はロレに嫌われたくないから。でも――
「青が通る――今、通った」
 そう言ってから僕は立ち上がった。でも、僕はロレのそばにいたい。
 僕はロレを手伝うって、誓ったのに。ロレが危険な目に遭う時に、そばにいられないのは絶対に嫌だ。
 トシーンの呪文をかけてから階段を駆け下りて、ロレの後ろにつく。ちょうどロレが祈祷師を斬り倒したところだった。
 僕は即座に新しい呪文を妖術師のまわりにかけた。ロレが突撃して、後ろから妖術師に斬りつける。
 ――が、そいつは倒れなかった。ロレの方を振り向いて、この接近戦ではそちらの方が早いと思ったのだろう、杖を振り上げる。
 僕は援護の呪文を唱えかかったが、それより早くロレはそいつに剣を突き刺して倒した。そいつの体が空に溶け消える。
 僕はほっとしかかって――はっと気づいた。地獄の使いが、こっちに気づいている!
 こいつにマホトーン系の呪文はまず効かない。攻撃呪文も効きにくい、ギラの一発や二発で死ぬような生命力ではもとよりない。
 つまり直接殴りつけるしか方法はない――というのを一刹那にも満たない時間で思考し、僕は駆け出していた。
 ロレも突撃したが、それよりも地獄の使いがベギラマを唱え終わる方が早かった。人間など簡単に燃やしてしまう高熱の炎の柱が舞い、ロレと僕に食いついた。
 服が燃え、肉が焼け、髪が焦げる。僕は自分の肉が焼ける音と匂いをはっきりと感じた。
 だけどそんなことはどうでもいい。体はまだ動く。それで充分。やることはひとつだ。
 ロレの剣が地獄の使いの体を貫く。地獄の使いはがっしとロレの体をつかんだ。ロレの動きを止め、二発目のベギラマで焼き殺すつもりらしい。
 地獄の使いほどの魔族は、当然短縮呪文を心得ている。あっという間に呪文を唱え終わりかかる――
 そのぎりぎり直前に、僕の渾身の一撃が、地獄の使いの顔を貫いた。
 呪文の詠唱が止まった。一秒、二秒、変化はない。五秒目にようやくざっと体が砂のように変わっていく。消滅が始まったんだ。
 ロレが僕の方を振り向いた。ロレはひどい火傷をしていた。服が燃えて露出した露出した胸や腕の肉、そして顔も焼けてただれ、あるいは焦げている。立っていられるのが不思議なくらいだ。あんなにきれいだったのに、と僕はすごく悲しくなった。
 ――でも、生きてる。
 そのことが僕は嬉しくて、ロレを死なせなくてすんだことが幸せで、笑って言ってしまった。
「ロレが無事で、よかった」
 とたん、殴られた。
「いたーい!」
「俺のどこが無事に見えんだよ。思いきり火傷してんだろうが」
 ……そうだよね。ロレ、今もきっとすごく痛いよね。
「だいたいなんでてめぇがここにいんだ、塔の上にいろっつったろうが」
「うん、そうだね、ごめん。……でも、僕は、ロレが危険な時に、そばにいれないのはいやだよ。僕はロレを手伝うって誓ったのに」
「はぁ? 俺たちは死んでも必ず甦れるつったのはてめぇだろうがよ」
「……そうだけど……」
 確かにそうだ。死んでも僕の方が生きて、死体を回収さえできれば二人とも無事ですむ。さっきみたいに二人がかたまっていて攻撃呪文をくらい全滅したりさえしなければ。
 ――でも。
「それでも、僕は、ロレが死んじゃうのはいやだよ」
「………………」
 ロレはしばしなんとも言い難い顔をして僕を見ていたんだけれど、やがて肩をすくめて言った。
「じゃあ、てめぇも死ぬなよ」
「…………」
 僕はきょとんとしてしまった。なにを言ってるんだろうロレは。僕の命なんか僕はどうでもいいのに。ロレを守るために使えれば、それ以上嬉しいことなんてないのに。
 でもロレの言葉だからとりあえずうなずくと、ロレは息を吐き、言った。
「……とにかく、勝ったな」
「うん。ちょっと待ってて、すぐ癒すから。この戦闘でレベルが上がって、ベホイミの呪文が使えるようになったみたいなんだー」
 レベルが上がって得た力は、すぐにでも自覚し使いこなせる。ロレの傷をもっと癒せることが嬉しくて笑みながらロレの傷に手を伸ばす僕の頭を、ロレはぺしんとはたいた。
「いた」
「阿呆、てめぇを先に治せ。お前の方が体力ねぇんだからな。それにてめぇが倒れたら回復できなくなんだ、さっさとやれ」
 えぇ? そんなぁ。
「えー、でもロレの方が怪我ひどいよ。僕は遠くだったからダメージ少なくてすんだし、辛い人の方を先に癒すべきじゃない?」
「てめぇだって相当辛いだろうが。四の五の言わずとっとと自分の傷を癒せ」
「駄目だよ、ロレが先」
「お前が先だっつってんだろ」
「ロレだよ」
 僕たちはしばし睨みあい、やがてどちらからともなくぷっと吹き出した。そんなこと口論してる間にさっさと治せばいいんだよね、回復呪文はすぐ効くんだから。
「じゃんけんで負けた方を先に癒すことにしようか」
「ああ」
 そう言い合ってじゃんけんし、負けたのはロレの方だった。よかった、とほっとして気合を入れて呪文を唱える僕に、ロレが口を開く。
「サマ」
「なに?」
 ロレはこっちから微妙に目を逸らしつつ、ぼそりと、ぶっきらぼうに言った。
「助かった。サンキュ」
 ―――え?
 僕は驚愕に目を丸くした。ロレが、僕に、助かったって、礼を?
 初めてだ。ロレが僕にお礼を言うなんて。
 それより、なにより、僕がロレの助けになったってことが、それをロレが認めて言葉に表してくれたことが、そしてやっぱり礼を言ってくれたことも、嬉しくて嬉しくて嬉しくて――
「うん!」
 僕はそう、笑って言った。

 僕たちは王の間へ向かった。魔族たちはずっと王の魂を拷問し続けてたんだろうから、たぶん王の魂は相当苦しんだだろうけど、基本的に魂には苦痛を与えることはできても損害を与えることはできないんだよね。僕が話しかけると、明瞭な声(思念の声なんだけどね)で答えてくれた。
 よほど無念の気持ちが強かったのか、魂を固定化させ転生を封じる呪術を使われたのか。たぶん両方だろうな。
「ムーンブルク王家第四十代国王陛下、モワレーシュさまでいらっしゃいますね?」
『おお……おおお、わしの名前を呼ぶ、そなたは誰じゃ?』
「サマルトリア第一王子、サウマリルトです。あなたにお訊ねしたいことがありあなたの眠るこの場所を訪ねてまいりました。どうかお答えください」
『サ……サマルトリア……』
「国王陛下。あなたが死んだ時のことを話してくださいませんか」
『……………』
 僕はしばし待つ。霊との会話になにより必要なのは根気だ。
 だが、ムーンブルク王の霊は思ったよりすぐ話し始めてくれた。
『あの日……不死鳥月の晦日……魔物の大群と……大神官ハーゴンと名乗る男がやってきた……』
「それから? ゆっくりでいいから、思い出してください」
『……わが娘マリアは……犬に変えられた……』
「……犬?」
 ロレが呟く。畜生落としの呪法か。たぶん復活できないように殺すだけの余裕がなかったんだな、相手には。
『わしはマリアを……ムーンペタに飛ばした……』
 あ、やっぱり。バシルーラしたから殺せなかったんだ。
『そしてハーゴンが魔物を呼び――ああ、そこから先は……』
「なるほど。よくわかりました」
 だいたいの状況はつかめた。けれど、重要なのはこれから先だ。
「あと三つ教えてください。大神官ハーゴンは、自分のことをなんと紹介しましたか?」
『……ロンダルキアの……破壊神シドーの大神官、ハーゴンと……』
「破壊神シドー!?」
 僕は驚きの声を上げた。まさか。本当に? あんなマイナーな神話の……でも、確かにあの神話の記述された資料は、信頼性が極めて高いと僕は判断した。となると………
 破壊神シドー……つまり原初の闇の力。つまり今回の魔を統べる者は……いや、まだそうと決まったわけじゃないし……むしろフェイクの可能性の方が……
「おい、サマ」
 ロレに声をかけられて、僕は我に返った。
「あ、ごめんね。国王陛下、あと二つ。ラーの鏡はどこにありますか?」
 女王が畜生落としの呪をかけられたのなら、それを解く方法が必要だ。ラーの鏡なら申し分もない。敵に奪われていたら困るけど。
『ラーの鏡は……巫女の託宣に従い、ムーンペタ東の四つ橋の沼に……』
「沈めたんですね?」
『…………』
 ムーンブルク王の霊は是の答えを返した。運がよかった。巫女の託宣は当たる時も当たらない時もあるけど、今回は大当たりだったんだな。
「最後の質問です。ロトの鎧の行方はわかりますか?」
『………わからぬ……宝物庫に保管してあったはずだが、運び出す暇もなかった……誰も近づけもしなかったはずだ………』
「なるほど……」
 途中で寄った宝物庫にはなにもなかった。敵に持ち去られたと考えた方がいいな。
 さっき王はロンダルキアのハーゴン、と言っていた。敵の本拠地はロンダルキア? ロンダルキアとの連絡がどうなっているのか魔術師連合の支部に問い合わせてみないと。
 ロトの鎧はロンダルキアにあるんだろうか――でも、ルビスさまの力が強くなるのは敵としては歓迎しないところのはず。他の場所に封じる可能性もあるな……つまりまだなんともわからないってことか。
「国王陛下、ありがとうございました。感謝を。魔を統べる者を倒せばこの地にかけられた呪も昇華するはず。それまで、しばらくの間――少しでも安らかな眠りを」
 そう言って僕は聖句を唱えた。神官ってわけじゃないけど、ルビスさまの祈りの言葉ぐらいは一通り唱えられる。
 ロレも真剣な声で言った。
「ムーンブルク王。あんたに伝わるかどうかはわかんねぇが、俺はあんたらの無念を少しばかりでも晴らしてやる。絶対にハーゴンを倒す。それまで、少しの間、待っててくれ」
「王女は必ず元の姿に戻します」
 王の間を出ると、ロレが説明しろという視線をびしばし送ってきたので僕は苦笑した。やっぱりロレどういうことかわかってなかったんだ。
「わからないところがあったら説明するけど、ムーンペタに帰ってからにしない? 今日の戦いはハードだったし、いつまでもここにいると体中に匂いがつくし」
「お前な、ムーンペタがこっからどれだけ離れてるかわかってんのかよ」
「大丈夫だよ、僕ルーラの呪文使えるから」
「ルーラ……って、確かキメラの翼と同じ効果のある呪文だっけか?」
「うん、まあ本当は逆なんだけどね。ムーンペタまで一瞬で戻れるよ。――まだ魔法力に余裕あるからリレミトも使ってみようか。ちょっとつかまってくれる?」
 ロレがうなずいたので、僕はロレに体をつかまれ、ちょっと幸せな気分になりながらリレミトとルーラの呪文を唱えたのだった。リレミトは初めて使う呪文だったけど、使えると思った通り簡単に成功した。

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