彼との約束の話・前編
 敵襲の知らせにローレシア城下は戦闘態勢に入った。街の住人、周囲の村民を城に集め、城の奥の部屋、地下の広大な倉庫に隠す。
 兵士たちが城壁に、城内にひしめき、気をはやらせるかのように武器の手入れをしていたりする。ローレシアの存亡をかけた戦が始まるのだ、と誰もがわかっていた。
 僕とマリアは王直属の遊撃隊に配属された。隊員は僕とマリアの二名。
 つまりこれは好きに動けということだ。他国の王族をどう動かすべきかローレシア王もわからなかったんだろう。最初は僕たちにさっさと逃げるよう促してたしね。
 けどローレシアの、ロレの国が滅びるかどうかって瀬戸際に僕たちが力を貸さないはずがない。僕たちのような人でなしの力を持つ者は戦局を変えうる力があるんだ、いるのといないのとでは雲泥の差なはず。
 そんなわけでローレシア王に頼みこんで戦に参加することになった僕たちは、ローレシア王に一応城壁内に兵士を巡回させるよう約束させたのち、魔物の軍勢を迎え撃つために城壁へと向かった。ロレはローレシアの王子としていろいろ仕事がありそうだったし、ローレシアの内情をうかがわせるような仕事に僕たちがついて回っちゃまずいだろうし。
 なんで城壁内に兵士を巡回させるかというと、ハーゴンがただ真正面から軍勢をぶつけるだけで終わるとはとても思えないからだ。ハーゴンは頭は悪くない。ムーンブルクの時よりもまずい手を打つということはないはずだ。
 だからあの大量の魔物はたぶんただの囮。あれに僕たちがかまけている間に城内に進入して魔物を大量に召喚するというところだろう。
 僕としてはそっちにも手を打っておきたかったんだけど、手が足りなくてとりあえずはローレシア王まかせにするしかなかった。ただの囮とはいえ魔物の軍勢も決して片手間にあしらえる相手じゃない。
 というわけで、僕たちはローレシアの魔術師の方々にも協力してもらって、呪文の効果範囲を極大まで拡大する魔法陣を描くことにした。これはディリィさんの蔵書から見つけたものだから、ムーンブルクにも知っている魔術師はいなかっただろう。
 完璧に制御するにはそれなりに苦労が必要だけど、他に方法思いつかなかったから。一応余った時間で、結界防御と召喚妨害の呪法をかけてもおいた。少しでも時間が稼げるはずだ。
 僕たちが朝までかかって無事城壁の内外に魔法陣を描き終えた頃、ロレがやってきた。
「サマ、マリア、呪法のほうはどうなった?」
「あ、ロレ。うん、無事に終わったよ」
 ロレの方はどうなったのか聞こうかとも思ったけど、やっぱりよした。聞いたらローレシア王の思惑通りに動いてあげないといけなさそうな雰囲気になりそうだ。
「正直お二人の魔法陣を描く早さがあまりに早く、私たちは足手まといになってしまったのですが」
「私たちだけでは手が足りませんでしたから。本当に助かりました」
 僕は遠眼鏡をロレに渡した。ロレにも魔物の軍勢を見てもらおうと思って。
「ロレ、見て」
「…………ヒュー」
 南方に遠眼鏡を向けたとたん、ロレは低く口笛を吹いた。まぁね、これほどの大軍勢だったらそれくらいしか反応のしようないよね。
 魔物たちの軍勢はすでにざっと見ただけで五万を超えていた。ひとつの街の人口にも匹敵するその数が、最低でも一人前の兵卒と同等以上の強さを持っているのだから戦力的には圧倒的に向こうが上。
 実際魔を統べる者の力というのは大したものだと思う。まともに戦えば一国の軍勢を楽勝で滅ぼせるほどの魔物たちを動かせ、しかもたぶんこれでもまだ全開じゃない。
 ムーンブルクが滅びてから一年と二ヶ月。たったそれだけの時間でここまでの軍勢を集められるとは正直思っていなかった。それだけハーゴンの力が強いということなのだろうか。
 ないしは、内に抱きし混沌が。
「これだけいると怯えるのも阿呆らしくなるな。一国の存亡を賭けた大戦ってか? まさかてめぇが味わうことになるたぁ思ってなかったけどな」
 鼻で笑うロレの目が厳しい。たぶん頭の中ではどう戦うかを頑張って再検討してるんだろう。
 これだけの軍勢を相手にまともに戦っては勝ち目はない。となればロレの性格上、自分と精鋭部隊だけで囮部隊を作って挟撃とか、そういう思考に行きそうだ。
 それはそれで戦術的に間違いではないけど――それじゃ僕たちの奮闘の意味がない。僕は決意の表情になって口を開こうとするロレの腕を引っ張った。
「……んだよ」
「ロレがなにを言おうとしてるのかはだいたいわかるけど、それはちょっと待って」
「あぁ?」
「たぶん、マリアが戦局を変えてくれると思うからさ」

「一にあるは大地。全ての始まり、万物の母。混沌より聳え立つ猛き峰、命を乗せる恒久たる台。怒れる大地は全てを飲み込み、全てを無へと、始まりの形へと誘うなり―――=v
「大地の精霊よ、ルビスの子供らよ、その力を示せ。空間を埋め尽くす硬き石と土の力もて、全てを無に帰す力の端緒を築け―――=v
 僕とマリアの呪文が唱和する。基本的にはこの呪法はマリアの呪文を強化するのに使われる。僕はその制御の援護をするにすぎない。
「二にあるは炎。命の源、命を奪う剣。万物を焼き払う神々の怒り、生けるものを暖める光。怒れる炎は全てを焼き払い、全てを無へと、始まりの形へと誘うなり―――=v
「炎の精霊よ、ルビスの子供らよ、その力を示せ。空間を焼き尽くす熱き熱と轟炎の力もて、全てを無に帰す力の端緒を築け―――=v
 基本の呪文はイオナズン。これ以上ないほど強力な呪をもってその呪文を唱え、僕がそれを精霊強化の呪を使って強める。
「三にあるは風。心届けるもの、心強めるもの。虚空を渡る吹き飛ばされぬ矢、万物を回す世界の流れ。怒れる風は全てを吹き飛ばし、全てを無へと、始まりの形へと誘うなり―――=v
「風の精霊よ、ルビスの子供らよ、その力を示せ。空間を吹き荒れる不可視の空と流れの力もて、全てを無に帰す力の端緒を築け―――=v
 それを呪法で最大限にまで効果範囲を拡大する。そのための制御呪を二人で一緒に唱えた。
「こは世界の流れ、三位の力、我が望むだけ願うだけ広がるなり。我が前に臨む敵、これ全て我が願う力の標的なり=v
「世界の律に従いて、我ら精霊と世界に請い願う。我らが望みし力を我らが前に導くことを=v
 二人で声を合わせ、高められるだけ高めた呪力を魔法陣から周囲の世界へと拡大し――
『汝と世界が力もて、我らが敵を破砕せよ!=x
 呪の唱和。力の解放。魔力と呪力の大量放出。
 声を合わせて叫んだとたん、魔物の軍勢が一列吹っ飛んだ。
 あとは簡単だ。溜めに溜めた呪力と魔力を解放する呪を唱えつつ、範囲を指定すればいいだけ。
 マリアが杖を振るたびに魔物たちが吹っ飛ぶ。イオナズンに抵抗できるほどの抗魔能力を持つ魔物はある程度強い魔物だけだ。幸いこの第一陣にはそのある程度強い魔物はほとんどいなかったらしい。
 マリアが六回目の杖を振る頃には、魔物たちの軍勢はまるごと消滅していた。
『……………………』
 絶句した風のローレシア防衛軍のみなさん。まあね、僕も予想していたこととはいえ、実際に呪文ひとつで魔物の軍勢が吹っ飛ぶところを見るのは迫力だったし。
 ロレが僕とマリアに近づいて、にっと笑う。
「お疲れさん」
「ロレイス……」
「サンキュな、助かったぜ。さすがの俺でもあそこまでの軍勢相手にまともに戦える確信なかったからな。お前らはローレシアの恩人だ」
「いえ……」
「まー実際ここまでお前らの呪文が常識外れだとは思わなかったぜ。あれなら今すぐロンダルキアに殴りこみかけても大丈夫なんじゃねぇか?」
「なにを言っているのよ。今回は充分に呪法を準備する時間があって、詠唱の時間もちゃんと取れたからあれだけ大規模に拡大することができただけで……」
「まだ終わってないよ」
 僕が言うと、ロレは驚いたように僕の方を向いた。
「どういうことだよ、サマ?」
「どういうもこういうも、ハーゴンがただ真正面から軍勢を差し向けるなんてぬるい手で終わるはずがないっていうだけのことだよ。ムーンブルクにだってイオナズン級の呪文が使える人間は何人もいたんだよ、真正面から戦ったなら同じ結果に終わってる」
「……つまり……」
「あれは単なる目をひきつけるだけの囮……たぶん今のうちにハーゴン本人が城内に侵入し、魔的結界を張ろうとしているはずだよ」
「な……!? おい、お前それわかっててなんで……」
「目の前の軍勢を放っておくわけにもいかないでしょ? 僕の援護はたぶん必要だろうと思ったし。できるだけの対策はしておいたよ」
「対策?」
「結界防御の呪法と召喚妨害の呪法をかけておいたの。少しの時間は稼げるはずよ」
「一応ローレシア王に内部の見回りを強化してもらうようには言っておいたけど、普通の兵士じゃハーゴンを見つけることはできないだろうね。だから、時間を稼いでいる間に元を断つ」
「……どうやって?」
「マリアとロレが二人でハーゴンを探すんだ。呪法を解除するためにはやっぱりそれなりに魔力が動く。それをマリアが感知してハーゴンの居場所を見つけ、ロレが倒すなり追い払うなりするんだよ」
「お前はどうすんだよ」
「僕はここで城壁を守る。僕がハーゴンなら外からの攻撃も一度で済ませたりしない、数軍に分けて波状攻撃を仕掛ける。囮の役割と同時にちょっとやそっとの抵抗じゃ無駄なくらいの攻撃を仕掛けてくるはずだよ。僕はそれを防ぐ」
 考えた限りではそれが最上の選択だ。ロレとマリア、この二人ならハーゴンを退けることはできると踏んだ。ロレの国を守るために、これでも必死に考えたんだ。
 ――僕では、ハーゴンを退けることはできないと思うから。
 ロレとマリアの二人なら、ハーゴンと戦い、退けることもできそうな気がする。……二人だけで行かせるのは、ハーゴンはまずまだロレを殺す気はないだろうという計算にもよるのだけれど。
「……お前一人でかよ」
「それが一番いいと思うんだ。ロレはハーゴンと戦う時には絶対に必要だし、マリアの精霊感応力は僕とは桁違いだし。こっちに回せる人材、僕しかいないでしょ?」
 そう言うと、ロレはなぜかはーっと深いため息をついた。……僕の作戦に乗せられていることが気に食わないんだろうか。
 僕は僕なりに、最上だと思える手を打ったつもりなんだけど………。
 そう悲しい気分で思っていると、ロレはふいに僕の頭をぐいっと引き寄せた。
「おい」
「え?」
 僕は目を見開いた。ロレの顔が近い。
 こんなに近くでロレの顔を見るのは久しぶりだ。思わずドキドキしていたら、ロレはこの上なく真剣な顔で言ってきた。
「死ぬなよ」
「え……」
「どんな理由があろうと死ぬのは許さねぇ。自己犠牲でも、過失でも、不可抗力でもだ。絶対死ぬんじゃねぇ、死んだらいっぺんぶっ殺す」
「殺すって……」
 ロレになら喜んで殺されるけど、そういうことを言ってるんじゃないよね?
 死んでも蘇れるのに――ロレは、なにを言いたいんだろう?
「俺のことが好きだってんならな、この程度のこと死なずにきっちり乗り越えてみせろ」
「……………」
 僕は一瞬大きく目を見開いて、それからくすっと笑った。
 ロレがなにを言いたいのか、ちょっとわかった。
 ロレは負けるなって言いたいんだ。僕に勝てと、そして死ぬなと言っているんだ。
 命を失わず、失わせず。勝った上で生き残れって言ってるんだ。
 ――ロレのそういうとこ、すごく好きだな。
「わかった。ロレも死なないでね」
 本当なら僕は、もう普段からメガンテも使えるようになったことだし、ロレの国を守るためなら一度や二度死んでもどうということはないのだけど。
 ロレの真似をして、生き残るため精一杯あがいてみせるから。
「死ぬか。……よし、行くぞマリア」
「わかったわ」
「おいてめぇら! ここの現場の指揮権はこのサマルトリアの王子サウマリルトに預ける! 文句がある奴ぁ俺に言えよ!」
 そう怒鳴って去っていくロレを、僕はひどく幸せな気持ちで見送った。
 マリアと二人で去っていく姿は自分でそうしろと言っておきながら僕の胸を痛ませたけれど、それ以上に、ロレが戦の効率もなにも関係なく、僕の命を惜しんでくれることが嬉しくてたまらなかったから。

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