彼との約束の話・中編
「……サウマリルト王子、我々はこれからどうすれば……」
「全隊交代で休憩しつつ城壁の外を警戒。どの場所にも常に二人以上の見張りがついていること。決して城壁の外には出ないように。全隊に通達して」
「は、了解しました!」
 僕の指令を復唱しつつ去っていく伝令をちらりと見て、僕は城壁の外に目をやった。正直どちらの方向から攻めてくるかはわからない、というかハーゴンも決めてないんじゃないかな。どちらの方向から来るにしろいい面悪い面が両方ある。
 南の平野に魔物を集めればこちらの兵を威圧できるし軍勢を集めやすくもあるけれど、視線が通りまくりだから対処しやすくもあるし。北の森はその逆だ。
 それに僕は、ハーゴンがいかに強い混沌を内包しているにしろ、もとは人間だったハーゴンが一年二ヶ月という驚くほどの短期間で大量の魔物を再び自由自在にコントロールできるようになるとは思えないんだよね。ただの囮にそこまで精神を傾注するのも馬鹿馬鹿しいと思うと思うし。
 つまり、魔物たちは完全に意識をコントロールするのではなく、『ローレシアを攻めろ』という強力な命令だけ与えられているのではないかということだ。さっき一箇所に大量に集まったのはどちらかというと魔物たちの知恵と本能のなせる業のような気がする。
 あれだけ大量の魔物が消えたんだからそうそうすぐには魔物たちは集まれないとは思うけど。なんにせよ今のうちにやれることはやっておかなくちゃ。
 僕は呪文を唱え始めた。
「土にあまねく潜む大地の精霊よ、その力もて大地を変じよ。我が指し示し大地、これ全て我が敵を食らうあぎととなるべし。薄き土の板の下には深き穴、そしてその底には敵を貫く牙……=v
 マニオールの呪文――要は穴掘りの呪文なんだけど、これはマンノー――土を変化させる呪文を併用することで落とし穴の罠を作ることができるんだ。僕はさっき使った呪法を再利用して、ローレシアの街の周囲全体に落とし穴の罠を張った。
 深さ五丈、底には杭ほどの大きさの土槍。その上には薄く土をかぶせ、そう簡単には見破れないようにしてある。
 これにかかれば魔物たちの軍勢も少しはその勢いを減ずるだろう。僕はかなり消耗してふぅ、と息をついた。支援なしでこの呪法を使うのはきつい……。
 日差しが強くなってきた。僕は物陰に移動し壁に寄りかかり、目を閉じて少し休憩する。頭の下の冷たい石の感触が心地よかった。
 旅をしている間に僕はどこでもいつでも眠れる技術を取得しつつある。声をかけられたらいつでも目覚められるように、と注意しながら眠りについた。

「……王子! サウマリルト王子! どこですか!?」
 ひどく慌てた声に僕は目を開けた。どこって、少し周りを見渡せば僕がどこにいるかなんてすぐわかるだろうに。
「なにかあったの?」
「ああ、サウマリルト王子! 急ぎこちらへ! 魔物どもの軍勢がまたも集まり始めました!」
「……ふぅん」
 思ったよりも早かったな。でも僕もそれなりに休憩は取れて回復している。
「どこ?」
「またも南の平野です! 先刻のものよりさらに規模の大きい大軍勢です!」
「へぇ……」
 僕は遠眼鏡を貸してもらって南を見た。確かに、さっきの軍勢と同等、いやさらに大軍となった魔物たちが南に集結しつつあるようだ。
 なるほど、さっきのは全ての魔物じゃなかったわけだ。まぁただの注意をひきつける囮なんだから当然かもな。
 これだけ大量の魔物相手だと、マリアがいなければ苦戦することは確実だし。どこまでハーゴンがこっちの動きを読んでるかわからないけど、少なくとも理性は働かせているようだ。
 ――完全に戦術的に妥当とはいえない動きは、たぶん、ロレの国だから、ってことなんだろうな。ハーゴンは、たぶん、ロレを殺したいだけじゃなくてめちゃくちゃに打ち負かしたいんだ。もうどうしようもなくぼろぼろになったロレが見たいんだと思う。
 ――僕がロレを否定しようとするとしたら、僕もたぶんそうするだろうから。
「……でも、そんなことはさせない」
 口の中だけで呟いて、命令を下す。
「飛び道具準備! 合図するまで射ないように! 油を煮はじめて! 持ち場を離れないようにね!」

 大軍に対する攻撃呪文としては僕もベギラマが使えるけど、支援のない状況で拡大して完全に制御できるかというとかなり心もとない。暴発してしまったらただごとじゃすまないし。
 なので罠を仕掛けたあとは防衛戦に徹するつもりだった。空飛ぶ魔物さえ落とせば危険はごく少なくてすむはず。
 貴重な魔術師の方々には散開してもらって飛ぶ魔物を落とす手伝いをしてもらうことにした。当然呪文で狙い撃ちされないように隠れて。
 弓矢隊は地上をやってくる魔物を狙い撃ち。城壁を登ってきた魔物は煮えたぎった油と投石で仕留める。
 城壁を越えられたら終わり、の綱渡り戦闘。それでも雑魚魔物ばかりなら負ける気はしない。
 どの方向から不意打ちされようが城外からならある程度は耐えられる。陸を歩く魔物なら落とし穴に引っかかるだろうし。
 あとは僕がこまめに移動して対処すればいい――むしろ僕が気になっているのはロレたちの方だ。
 ロレやマリアが殺されるとは思っていない。でも、ハーゴンを倒せるかというと正直心もとない。二人とも絡め手には慣れてないから。
 だから内部に魔物を召喚される可能性は非常に高い――でも、マリアなら魔的結界を解除することも可能だろうし、乗り切れないことではないと思う。
 心配なのは、ハーゴンがなにか、ローレシアを内部から――心理的側面から攻めるようなことをやってこないかということなんだけど。
 ……心配してもしょうがない、僕は僕にできることをするしかない。
 ぐんぐん大きくなってくる魔物たちを見ながら、僕は祈った。
 ――ロレ、頑張って。
 君は負けないに決まってるけど、僕も少しでもその手伝いをするよ。
『おおっ!』
 魔物たちが落とし穴に引っかかって次々落ちていくのを見て、兵士たちが歓声を上げた。なにが起きたのかわかってないのが大半だけど。
 わかってほしいとも思わないけどね。僕は高さ五丈、幅五丈の落とし穴がどんどんと魔物で埋まっていくのを見つめた。支援なしでは僕にはこれが限界だったんだ。
 落とし穴はあっという間に意味を成さなくなり、魔物たちの軍勢がどんどんこっちに迫ってくる。ごくり、と唾を飲む音が間近に聞こえた。
 引きつけて、引きつけて。まだ早い。あと少し――今だ!
『撃て――――っ!!』
 トダーワの呪文で声の届く範囲を数十倍に拡大して叫ぶ。見張り場から何千本の矢が魔物たちに向けて降り注いだ。
 空を飛ぶ魔物は当然もっと近づいてきている。けどこいつらには矢は使わない。数はそう多くないし、なにより空を飛ぶものを射ることができる射手はそう多くない。
 こっちは僕と魔術師の担当だ。
「炎の精霊よ、この世界の律によりて我汝らに告げる! 波となりて我が敵を飲み込み、炎熱の海へと沈めよ! 精霊よそが力を示せ、世界は炎を燃え盛らせん、我が導きし精霊の道の上で、我が敵全て食らいつくすべし!=v
 ベギラマ広範囲遠距離版呪文――うじゃうじゃと集まっていた飛行する魔物たちは、全員きれいに焼き払われた。
 他の魔術師には僕の討ち漏らした魔物だけに攻撃するように厳重に言い含めてある。だって魔法力の容量が僕やマリアとはまるっきり違うんだから、無駄撃ちしたらあっさり魔法力が尽きる。
 そして僕は城壁の上に一人立ち、空を飛ぶ魔物たちの視線をひきつけながら何度もベギラマの呪文を唱えた。
 ――何匹来ようが、城壁より先には行かせない。

「ハッ! ヤ! セイッ!」
 僕は光の剣を振り回しながら唇を噛んだ。あと何匹いるんだ、こいつら!
 すでにベギラマは使わなくなっていた。魔法力が残り少なくなってきたからだ。不測の事態のためにもある程度は余裕を残しておきたい。
 けれどそうすると敵への対処が追いつかなくなってくる。どの魔物も最初は僕の方を狙ってくるからいいけれど、少しでもミスをすればすぐ飛行する魔物たちは城壁の中へ入ってきてしまう。
 細かい傷を数十個は受けているけれど、回復はしなかった。そんなところに手を裂いている暇はない。
 魔術師たちの魔法力はとうに尽きたようだった。兵士たちも次から次へと城壁を登ってくる魔物たちに思いきり苦戦しているみたい。僕からすれば雑魚以下の魔物たちも、普通の兵士たちにしてみれば命がけで戦わなきゃならない強敵だ。
 ――このままじゃ、ジリ貧になる、か。
 仕方ない……やってみるしかないか……!
 僕は素早くベギラマの呪文を唱えて、集まっていた敵たちを一気に焼き払った。これでしばらく余裕ができる。
 僕は魔法陣の中に立っていた。僕とマリアでかけた呪法の拠点となる場所。
 呪法を使うと支援がなければ呪文の制御は難しい――けれど、最初からある場所の制御を諦めておけば、敵を焼き払うことは不可能じゃない。
 具体的に言えば、僕の身体への呪文の逆流。これに対する制御を切っておけば、兵士や城壁を巻き添えにする確率は格段に減る。
 この呪法は威力は上がらない――今の僕ならベギラマ一発ぐらい食らっても死にはしない。ロレとの約束を破ることはないはずだ。
 僕は呪文を唱え始めた。
「我が盟友よ、世界にあまねく熱と命の友よ、炎の力司る精霊よ、この世界の律によりて――=v
 呪文は正確に、丁寧に。制御が難しくなるんだからこれ以上なく丹念に唱える。
 ――できれば、腕や足の一本ぐらいですんでもらえるとありがたいんだけど。
「その大いなる力によりて、炎と、熱の、全てを焼き尽くす炎熱の海へと沈めんことを願う――=v
 長々と呪文を唱えている間に、空飛ぶ魔物たちが僕に襲いかかってきた。その大半はドラキーや幽霊だ、喉と目さえ避ければ攻撃されても大したことはない。そりゃ、一度に数十体も攻撃してくれば顔には何十条も切り傷がつくけれど。
 そんなものにかまっている暇はない。僕は呪文を唱え続けた。
「我が世界の律とルビスの導きにより作り出しし、精霊の力示せるただ人には見えぬ道の上で――=v
 僕の身体への影響を無視しているので僕の腕に火がついた。僕の腕が薪のように炎は燃え盛る。強烈な熱さと激痛。
 でも、そんなもの僕はどうでもいい。
 ただ、ロレの国を守るだけ、ロレとの約束を守るだけ!
「天地に満ちる我が敵全て、その力もて食らいつくすべし!=v
 ゴウンッ! という音が耳元で聞こえて、炎が巨大な津波のように迸る。同時に身体中に火がついた。僕はただ目を閉じて、その炎が兵士や城壁を傷つけないように必死に制御する。
 炎が肌を焼き、肉を焦がす。髪が燃えるのがよくわかる。でもその程度のことで制御が、魔力の放出ができなくなるほど僕は根性なしじゃない。
 ――長い数十秒間が過ぎ、僕たちの前に見渡す限り広がっていた魔物たちの軍勢がきれいさっぱり消えたのを感じとってから、僕は呪文を制御しなおして炎を消した。
 思わずがっくりと膝をついてしまったけど、死んではいない。それにほっとして僕は自分にベホイミをかける。
 火傷を治し、僕は立ち上がった。ハーゴンがいつ次の手を打ってくるかわからない、今のうちに回復しておかないと。
 でも僕も魔法力をかなり使ってしまった。使える魔法力はあとベホイミ二回分程度。
 どうするかな、と思いつつ立ち上がる。祈りの指輪があればいいんだけど、ローレシアの宝物庫に一個しかなかった指輪はマリアに渡しちゃったし………。
 などと考えたとたん、僕は強烈な気配を感じて城の方を向いた。これは――
 あの時と同じ、ハーゴンの巨大魔的結界!
 やっぱりやられたか、と唇を噛む。ハーゴンはたぶん強力な魔物や魔族をどんどん送り込んでくることだろう。
 ベホイミ二回分の魔力でどこまでやれるか―――
 僕がきっと城を睨んだ刹那、耳元で声が聞こえた。
『――心配スルコトハナイ、オ前ハモウ死ヌノダカラ』
「!」
『オ前ノ絶望ノ味ヲ味ワワセテクレヨ』
 僕はばっと振り返って光の剣を叩きつけようとした、けれどそれより早く相手の爪が僕の左胸を貫く。
 どぱっ、と胸から大量の血液を飛び散らせながら、僕はその相手の姿を見て絶句していた。
 ―――妖猿魔神、バズズ!

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