――とうとう、その時が来た。 僕たちの旅の終わり。全ての終末点。あるべきものがあるべき姿に返される時が。 ロレはいつもの戦闘時そのままの、強く、猛々しく、そして冷静な顔で僕たちの方をちらりと見る。僕たちはそれを見返す――マリアは緊張しているけれど今までにない強さを感じさせる顔で、僕はいつも通りの平然とした顔で。 そして、重厚を絵に描いたような、黒に塗られた石造りの巨大な神殿――ハーゴンの神殿を見上げて、ロレは言った。 「……ようやく、って感じだな」 「そうね。いよいよだわ」 マリアがきっとハーゴンの神殿を睨み上げて言う。きっと、ハーゴンへの憎しみを再確認してるんだろう。その表情は背景の雪原にふさわしく、冷たく、固い。 ロレはもう一度、今度はしっかりと僕とマリアを見た。 「マリア、サマ、準備はいいか?」 「ええ」 「うん」 僕はうなずく。平然とした顔で。 ロレは、僕よりもマリアを先に呼んだ。 祠で英気を養うという予定だった一日、ほとんどロレもマリアも部屋から外に出なかった。 この神殿に来るまでの道筋、時々出会った魔物との戦いの中でロレはマリアを常に気遣って、取り立てて庇いはしないけれど自然にお互いを守りあっていた。 ――そういうことは、相変わらず僕の心に冷たい波を立てる。 けれど、もういい。もう、仕方のないことなのだ、それは。 僕はそれを受け容れなければならないのだ。ロレが僕の想いを否定したことを、受け容れなければならないのと同じように。 できるはずだ。しなければならないんだ。 ――僕が終わっていることを、受け容れたのと同じように。 「よし――行くぞ!」 ロレを先頭に、僕たちは、ハーゴンの神殿に突入した。 ――そこは、ローレシアの城、謁見の間だった。 奥に立ってにこにこ笑うローレシア王の前で、兵士や侍女たちが笑いさざめきながらうろつき回っている。その中にはローレシアで紹介された人間が何人も混じっていた。 僕は少し驚いたけど、すぐに幻術だと見当をつけた。転送術ということも考えられるけど、ハーゴンがそんなことをするはずがないことを僕は知っている。 ハーゴンは、決着をつけたがっているのだから。 ロレが一瞬呆然とした顔になり、すぐにぎゅっと柳眉を逆立てるとずかずかと人を掻き分けて奥に歩いていく。僕たちもそのあとを追った。 すらっと稲妻の剣を抜き、どん! とローレシア王(の、幻)の顔のすぐ脇に突き立てる。 「――誰だてめぇ。誰に断って人の親の顔勝手に使ってやがる」 「なにを言うロレイス。わしだ、お前の父だ。セルメンダ・オーマ・ローレシアだ。忘れたのか?」 すぐ脇に剣を突き立てられたのにも関わらず、にこにこ笑いながら言うローレシア王に、ロレはふんと鼻を鳴らした。 「ほう、じゃあなんで俺の親父がロンダルキアのハーゴンの神殿の中にいんだよ。しかもローレシア城そのまんまの城の中で」 「ハーゴン様のお力ゆえだ。よいか、わしはハーゴン様と和睦を結んだのだ。もはやローレシアが攻め込まれることはない。お前たちももはや戦う必要はないのだ。ただハーゴン様のお心を受け容れ、従えばいい……」 「……ハーゴンってのは最低のクソ野郎だとは思ってたが」 ひょい、とロレが剣を振り上げ――渾身の力をこめて振り下ろす。 「こうも馬鹿だとは思ってやしなかったぜ!」 ずば、と袈裟懸けに斬り下ろされ、ローレシア王の体は大きく裂けた。傷口から血を噴き出しながら、驚愕に顔を歪めながら、その場所にばったりと倒れる。 ――それを見て、僕はハーゴンがなにをしたかったのかわかったような気がした。 ロレがちっと舌打ちする。 「これでも幻は解けねぇか。他になにがいるんだ」 「ロレイス……こういう幻術は術者本人を倒すか、対象者の精神を呪文から遮断するかしなければ解けないわ。ハーゴンは私たちを足止めしようとして――」 「ロレイソム王子! ああ……なんということを……!」 その叫び声が聞こえたのは、僕たちのすぐ後ろでだった。 何人もの兵士や侍女たち、それにロレの妹たちが恐怖と絶望の表情でこちらを見ている。 「ロレイス様……なんで!? なんでお父様を……!」 「ロレイソム殿下……あ、あ、あ、あなた、な、な、な、なんで……気でも違われたの!?」 「兄上様……兄上様、兄上様……!」 「殿下、なにゆえ、なにゆえ陛下を……! 陛下はあなたさまのことを心から大切にしておられたというのに!」 ロレはぐっと唇を噛み締めた。口調も声も顔も、全てローレシアにいる本物そのもの。そんな人たちに悲痛な表情で責められて、いい気分になるわけがない。 「うるせぇ、偽者ども! ぶっ殺されたくなかったら引っ込んでやがれ!」 「お父様を殺したように私たちも殺すの!?」 「ひどい……ひどいです! お父様は、お父様は、本当に兄上様のことをいつも案じておられたのに……!」 「殿下……我々は、殿下のことを信じ、ずっと耐えてまいりましたのに、我々に剣を振り下ろすのですか……?」 ぐ、と奥歯を噛み締めて、ロレは剣を振り上げた。何度か見たことのある、稲妻の剣の魔力放射体勢だ。 剣を振り下ろす瞬間、僕たちの左側から声がかかった。 「――ロレイス」 ロレがばっと声の方を振り向いて、目を見開き呻く。 「―――母上」 ローレシア王妃は、悲しげな顔でロレを見つめ、沈んだ声で言った。 「あなたは、なぜ、陛下を殺してしまったのです?」 「…………」 「私はあなたを信じていたのに。陛下のことを愛し、私たちのことを愛し、私たちを守るために頑張ってくれる優しい子だと信じていたのに」 「……母……」 「なぜ、陛下を、そんなに簡単に殺してしまったのです?」 「………っ………」 ロレが再びばっと剣を振り上げる。口元はこれ以上ないくらい激しく噛み締められていた。僕は、ひとつため息をついて口にする。 ここにいる人間全てを殺しても幻は解けないだろう。ハーゴンはその時のロレが見たいのだろうけど――僕はやっぱり、ロレが傷つく姿はできる限り見たくない。 「ロレ、マリアと力をあわせて。ロトの武具とルビスの守りを同調させれば、この幻術も打ち破れるはずだよ」 「! そうか!」 ロレはマリアを見つめた。マリアもロレを見つめる。互いの手が伸ばされて、合わされた。 二人の合わさった手から力が広がる。ルビスの守りとの同調なんて初めてなのに、二人はなんの問題もなくこなしてしまっているようだった。 ロトの武具は世界を変革する。ルビスの守りは世界を調和させる。この二つが合わされば新しい世界の法則を定着させることも容易だ。 ――ロレはロトの武具に、マリアはルビスさまに選ばれ、お互いにお互いを選んだのだから、力を発揮させるのが容易なのは当然と言えば当然かもしれない。 ふわぁ、と合わさった手から光が広がった――と思ったら、幻はきれいに消えていた。あとに残ったのは誰もおらず、調度もない、寒々と荒れ果てた神殿のみ。 「――なんだったんだ、あの幻」 ロレがそっとマリアの手を放してから悪態をつく。 「たぶん、ロレの精神力を試すつもりだったんじゃないかな。家族、友人、全員殺しても平然としてられるかどうか」 「……クソッタレが、また趣味の悪ぃことしやがって」 「行きましょう。ハーゴンは奥にいるはず。怒りは全て彼にぶつければいいのよ」 マリアが気高い表情でけっこうひどいことを言う。でも、マリアにしてみればそれは――ハーゴンが絶対悪だということは、疑う余地のない真実なのだろうから、僕は微笑んだだけでなにも言わなかった。 「――魔物が出ねぇな」 邪神の像を掲げて二階に上り、しばらくしてロレが言った。 「そうね……どこか有利な場所で待ち伏せているのかしら」 それはないと思うよ――と言おうかどうか少し迷って、やめた。言ったところで意味がない。 それに、ロレとマリアの二人の間の空気を壊すようなことは、すべきではないと思ったから。 僕たちは魔物と出会わないままどんどんと奥に進んだ。二階、三階、四階、五階。 そして最上階――階段を登ったとたん、強力な結界がびり、と僕たちの体を包んだ。 「結界か。――ちょっと退がってろ」 ロレがロトの盾を掲げる。軽く目を閉じて氣を発する――それだけで結界はあっさりと消失した。 ロレはロトの武具をもう完全に使いこなしている。その姿を見つめるマリアの瞳は、感情を抑えてはいるけれど確かにできたての恋人特有の陶酔に満ちていて、僕たちに向けて軽く笑うロレの瞳もマリアに対する慈しみに満ちていた。 僕に対しても慈しみを持ってくれていると自惚れることはできない。ロレの瞳には、もうほとんど、マリアの姿しか映っていないのだから。 それが悲しい、ということはない。むしろありがたかった。 ここまで来るまでの間に、そんな二人の様子を間近で見せられることで、少しずつ覚悟に似たものを降り積もらせることができたから。 全てを受け容れ、全てをあるべき状態に直す覚悟を。 「――行くぞ」 ロレが先頭で、僕が真ん中で、マリアがしんがりを勤める。 最初からこの隊列は変わらない。ロレが僕を振った時も、マリアとロレがぎくしゃくした時も。 僕はロレとマリアの間に挟まれて、ずっと邪魔者をやってきた。後方からのマリアの視線を遮り、ロレがマリアを守るのに邪魔な壁となり。 結局、僕の存在はこの旅でどんな意味があったんだろうか? ロレと僕の二人旅だけの時は魔術師として少しは役立っていると思えたけど、マリアが来てからはその存在意義は失われた。回復も攻撃も、マリアの方がはるかに強力な呪文を行使できる。 白兵戦ではロレの足元にも及ばない力しか発揮できないし。雑用・交渉・戦略戦術、そんなものはたぶん僕がいなくても二人だけなら二人だけでなんとかやってこれたろう程度のものだ。ロレは草を食み泥を啜っても生きていける逞しさがある、マリアを支えて過酷な旅を続けるのも、そう難しくなかっただろう。 (なんだ) 僕は旅の最後へと向かう道の途中、いまさらのことに気づいて微笑んでいた。 (僕、いらなかったんじゃないか) 最初から僕の存在には意味がなかった。必要がなかった。旅に参加するような価値はなかった。 勇者はロレ。ルビスさまに選ばれたのはマリア。二人だけでパーティは完成されている。戦力的にも充分足りていて、僕は足手まといにしかならない。ルビスさまでさえ僕を、パーティに必要ではないと言ったのだから。 僕はロレが好きになって、好きで好きで必死に役に立ちたくてこれまで旅を続けてきたけど―― そんなこと全部に、価値なんてなかったんだ。僕のロレへの想いに、価値なんてなかったんだ。 僕の存在と、僕の今までの人生と同じように。 (わかってみれば単純な話だな) 僕は口の中だけでくすくすと笑った。本当におかしい。今まで僕はなにをあがいていたんだろう。 どんなにあがいても、僕が意味や価値のあることを為せるなんて、ありえないことなのに。 ロレを好きになったとしても、その想いに全てをかけたとしても、僕のような存在が相手になにか価値あることができるなんて、最初から無理な話だったのに。 (馬鹿みたいだ。当たり前のことなのに。僕は最初から――この世に生まれてこない方がよかった存在なのに) なのにロレを好きになって、迷惑をかけて、傷つけた。僕なんかのあっちゃいけない想いのせいで。 (ロレ、ごめんね) 二歩先を歩くロレに、心の中でそう呼びかける。 (本当にごめんね。旅についてきたりしてごめんね。マリアとの邪魔をしてごめんね) 旅の間ずっと見てきた、ロレの逞しくて広い背中を眺めながら。 (好きになって、本当にごめんね) ロレにいやな思いをさせるしかできない僕なんか、本当に、生まれてこなければよかったのにね。 ――ロレは当然のことながら、そんな僕の想いになど気づきもせず、着実に歩を進めて、ハーゴンのいる至聖所にたどりついた。 その部屋は静謐な空気に満ちていた。本来は混沌の無限の生命力が溢れていたんだろう。 だけど、かがり火をともし、床や柱を拭き清め、シドーに祈りを捧ぐこともなくただ立っていたハーゴンの周りは、ただ、静かだった。 そこだけはルビスさまの聖印が残っていた祭壇からくるりと振り向いて、ハーゴンは静かに僕たちの方を見た。 「―――待っていた。ロトの勇者たちよ」 「へ……ようやく会えたな、ハーゴン。海底洞窟で言った通りだったろ? 俺たちは必ずてめぇの前に立つ、ってな」 「そうだな。それに関してはさほど疑ってはいなかった」 ロレの苛烈な闘気を柳に風と受け流し、ハーゴンはうなずく。ロレがきりっと眉を吊り上げた。やる気を削ごうとするための戦いの駆け引きとか思ってるんだろう。そういうわけじゃないんだけどな。 マリアが一歩前に出て、鮮烈なまでの闘志で目を輝かせながら言う。 「ハーゴン………! 今日この日を一日千秋の思いで待ったわ。私の仇であり、世界の敵! 今日こそあなたを討ち果たす!」 マリアの瞳は澄んでいた。無駄に感情に濁っていない。憎しみも大いにあるけれど、それのみに飲み込まれず憎悪を前向きな闘志に変える強さが今のマリアにはある。 ――ロレという恋人がいるのだから。 でも、そういう闘志はハーゴンにはどうでもいいことなんだ。 「そうか。その願いはおそらく叶えられるだろう」 「………は………?」 ロレとマリアは呆気に取られて一瞬口を開けた。そうだろうな、この旅の最後の敵がこんなことを言うなんて思ってもみなかったんだろう。 「お前……まさか悔い改めて俺たちに殺されるとでも言うのかよ」 「そういうわけではないが」 ハーゴンはじっとロレとマリアを見て、静かに頭を下げる。二人が思わずといったように息を呑んだ。 「お前たちに頼みがある」 ハーゴンは持ち前の静かな声で、淡々と言う。 「サウマリルトを、私にくれないか?」 「―――は?」 ロレの返事は、いかにも苛立たしげなそんな声だった。馬鹿馬鹿しいことを言うなとでもいうような。僕がロレに従ってハーゴンを倒すことを疑っていないような。 「サマをてめぇの陣営にくれっつってんのか。そんな阿呆話に俺がつきあうと――」 「そうではない。サウマリルトと私を、同時に殺してくれないか、と言っているのだ」 「―――は?」 ロレの返事は今度こそ呆気に取られたものになった。思ってもみないことを言われたというように。 「お前、なに言ってんだ? お前俺を殺すっつって、これまでずっと敵対してきたくせして――」 「サウマリルトを私にくれるのならば、私は抵抗せずお前たちに殺されよう。殺す前にどんな苦しみを与えられても甘受しよう。ムーンブルク王に私がやったように、一寸刻みで殺すなり究極の激痛を伴う呪いをかけるなり好きにすればいい。だから、サウマリルトを私にくれ」 「あなたは、一体、なにを言って―――」 「――ハーゴン。それが君の望み?」 僕は一歩前に出て、そう問うた。 「僕と一緒に消滅したい。それが君の今の望み?」 「―――ああ。お前と共に滅びることができるのならば、世界が在り続けても耐えることができる」 「―――そっか」 ハーゴンとちゃんと話した時から、そうなるだろうと思っていた。言葉で聞きはしなかったけれど、僕たちには互いが望むものがちゃんとわかっていたんだ。 僕はそのことを少し嬉しく思いながら、ハーゴンの横に立ってロレを見た。 ロレは呆然とした顔でこっちを見ている。ロレを驚かせられたんだ、と思うと、こんな時だけどドキドキした。 「ロレ。マリア。そういうことだから、ハーゴンと一緒に僕を殺して」 「―――な!?」 「魔を統べる者と相討ちになってロト三国の一国の王子が討ち死にする。残り二国の王子王女が無事帰還し、伝説となる。――悪くない物語だと思わない?」 「な………」 ロレは一瞬呆気に取られて、それから顔を真っ赤に染めて怒り出した。 「てめぇなにふざけたこと言ってやがんだ!? てめぇ犠牲にしてハーゴン殺して、俺らが平気な顔して凱旋できると――」 「ロレ。違うよ、それは」 僕は微笑みながら首を振る。ロレの間違いを指摘することに、奇妙な喜びを感じながら。 「僕も、ここで死にたいと思ってるんだよ。――君に殺されたいんだ」 「………は…………?」 大きく目を見開いた、呆然を絵に描いたような顔。 ロレは時々、僕に相対する時こんな顔をしたような気がするけど、今回はとびきりだ。 「お前……お前、なに、言って………?」 ひきつった声。ひきつった表情。まるで僕が突然化け物に変わったとでもいうような。 実際、ロレにとってはそうなのかもしれない。――でも、僕はロレに出会う前からずっとこうだったし、ロレと出会ってからもこういう自分を隠してた覚えはないんだけどな。 「サ、サウマリルト……あなた、正気なの? 本当に正気でものを言っているの? ハーゴンに操られているとかではないの……?」 「正気だよ。操られてもいないよ。本人の保証じゃ当てにならないかもしれないけど、なんなら呪文ででもなんでも確かめてみる?」 マリアはきゅっと唇を引き結び、素早く呪文を唱える――その顔から色がますます失われる。 「……サウマリルト、本人だわ。操られても……いない」 「………サマ。お前、正気なんだな」 「うん」 僕はうなずいた。 「本気でハーゴンと一緒に殺してくれっつってんだな?」 「うん」 僕はまたうなずく。 「……冗談じゃねぇぞこのボケ野郎!」 ロレが拳を振り上げて僕を殴りつける。僕はそれを甘んじて受けた。 僕の体は一丈は軽く吹っ飛んだけど(そして頬骨と歯が数本折れたけど)、ハーゴンが即座にベホマを唱えてくれたんですぐに立ち上がることができた。 ロレははぁはぁと荒い息をつきながらぎっと僕を睨む。 「なんでだ。なに考えてやがんだよサマ! 俺らの敵と、ずっと倒そうと旅を続けてた敵と、心中だって!? ふざけんなよおい! なんでてめぇが、なんでそんなことしなきゃ―――!」 言い募ろうとして、ロレははっとしたようだった。 「まさか――俺が、マリアを選んだからか? 俺に望みがないから、もう死んじまおうっていうのか?」 僕は苦笑した。 「そういうのとはちょっと違うなぁ」 「じゃあなんでだよ!?」 「うーん」 僕は少し考えた。僕がなぜ死ぬかをロレに知ってもらえるのは、僕にとってたまらなく嬉しいことだ。少しでも覚えていてもらえるのは。 でも、できるなら同時にハーゴンのことも知ってもらいたいな、と思った。ハーゴンと僕は似ている。精神的双子と言ってもいいくらい。なのに僕のことだけ知ってハーゴンのことを知らないのは片手落ちだと思う。 それに――ハーゴンが、僕にしか想いを知られず死んでいくのは、あんまり可哀想だと思えたから。 ――僕も、初めて相互理解というのをすることができたハーゴンに対しては、愛着のようなものを感じているんだろうな。 「まず、ハーゴンがなんで僕を共に滅びる相手に選んだかを聞いてくれる? その方がわかりやすいと思うな」 『………………』 ロレとマリアは一瞬顔を見合わせ、きっとハーゴンを睨んだ。まるで僕が死を選んだのがハーゴンのせいとでもいうように。 そんなんじゃないんだけどな――でもハーゴンの話を聞こうとしてるのは確かだと思うから、僕はハーゴンにうなずいた。 ハーゴンは、小さくうなずき返して、話し始めた。その、喜びもなく楽しみもなく、苦痛に満ちた悲惨≠ニ言うにふさわしい半生を。 「……私はここロンダルキア、ルビス教の総本山で生まれた。 生まれたというのは正確ではないかもしれない。私はルビス教の上層部の命令で、優秀な魔術師の精子と卵子をかけあわせて魔力を付与され、実験場で作り出された生命体だからだ。 メダガーマという呪文を知っているか? 洗脳の呪文だ。これをかけられた人間は術者に与えられた暗示の通りに行動する。呪文の有効時間が切れても暗示を深層心理に潜ませることで、間接的に行動を操ることも可能だ。 私は、その呪文を全世界規模でかけるために作られた実験体なのだ。 ルビス教は少しずつその勢力を衰えさせていっていた。王権が強くなり、民間からは信仰心が薄れていっている。このままでは権力を失いかねない―― そう危惧したルビス教の上層部は、世界中にメダガーマの呪文をかけ、ルビス教の狂信者に仕立て上げようとしたのだ。そうすればルビス教は世界にその力を発揮し続けられる、と。 私はそのために作られ、育てられた。育てた、というのは正確ではないかもしれない。他に大勢いた実験体と同様に、私はただの試作品にすぎなかったのだから。 私の一番古い記憶は、実験台の上で腹を切り裂かれて内臓をいじられている記憶だ。 私はどうすれば肉体をより強化できるか、精神をより強化できるかという実験に毎日実験体として参加させられた。毎日のように体を切り裂かれ、脳の中にメスを突っ込まれ、爪を剥がされ眼を潰され腕を足を切り取られ、ある時は回復されある時は蘇生された。死んでも別にかまわないと思っていたのだろう。 上層部の人間は私たちを叩き台に神の子を人造的に創り上げようとしているようだった。当然のことながら実験体は毎日のように、大量に死んでいった。 私はなぜかその実験に耐えることができた。たぶん運がよかったのだろう。めったに死なず、死んでも蘇生の儀式で運よく蘇生した。 そのうち、上層部は私を特別視するようになっていったようだった。神の子になりうるかもしれぬ存在、としてある程度尊重するようになったのだ。 それまで単なる実験動物としか見られていなかった私に、情操教育を施す人間がつけられた。神の子は心も完璧でならねばならぬとでも思ったのだろう。 私はそれまで感情というものを感じたことがなかった。そういう風に作られたのか環境でそうなったのかはわからない。だが感情を持っては生きてこられなかったのは確かだろう。毎日毎日体を切り刻まれ、魔術強化の副作用に耐え、愛情どころか自分に向けられる感情も存在しないまま同じ境遇の者たちが死んでいくのを見ていかねばならなかったのだから。 だが、私はその情操教育を施され、外の世界を知ると共に少しずつ感情が芽生えてきた。もしかしたら私は本当に神の子になるための実験体の成功例だったのかもしれない。 なにかを見て美しいと思うこと、楽しいと思うこと喜びを感じること、そういう感情を会得し始めた。その情操教育担当の人間のおかげで。 私は、その人間を愛するようになった。愛というよりは、恋だ。私の全てはその人間と共にあった、全ての感情はその人間が源だった、だからその人間に激しく焦がれた。 私はその人間に告白をした。愛している、愛してほしい、と。 ――するとその人間は、ぞっとしたような顔でこう言った。 『気色悪い』。 『男に言い寄られるなんて吐き気がする』『やっぱり貴様は薄汚い実験体にすぎないんだ』『触るな、汚らわしい、変態が』。――私と同様、その人間も男だったからか、私が実験体だったからか。とにかく私はその人間に、これ以上なくこっぴどく拒絶されたのだ。 私は、最初は衝撃で息もできなかった。自分の世界の全てから否定されたのだから。 そして、次第に心が凍っていくのを感じた。私は世界の全てから否定された。私に存在価値はない。私は在ってはいけない存在なのだ。世界から排斥された存在なのだ。 そして思った。私は世界から排斥された。それならば、私が世界を排斥しても問題はないのではないか? 世界が私をいらないように、私も世界は、もういらないのだから。 そして、付与された魔力を解放して、ロンダルキアに住まう全員――古い信仰を守っている南方の祠にいる二人の老人はできなかったが――を狂死させ、自らの体を半ば魔族のものへと変えた。 ――以上が私が世界を消滅させたいと思っていた理由だ」 ここでいったんハーゴンは口を閉じた。ロレとマリアは衝撃に声も出ない様子だった。 まぁね、僕もこれを聞いた時は正直少し衝撃を受けたもの。 と、ロレが、のろのろと口を開く。 「……要するにあれか、てめぇは男に振られたって理由で世界滅ぼそうとしてんのか」 嘲るような口調。でも明らかに力が入っていない。 ハーゴンは首を振る。 「そういうこととは少し違う。私は世界が私を必要としておらず、排斥しているのを知った。だから、私は滅びる。だが、私が一人で滅びても、世界は平然とした顔で続いていく――それは耐え難い。だから世界を滅ぼすことにしたのだ」 「……どんなに辛かろうがな、てめぇ一人の感情で世界滅ぼしていいと思ってんのか!」 ロレが勢い込んで言った言葉に、ハーゴンはまた首を振る。 「いいとか悪いとか、正しいとか間違っているとか、そんなことは私には意味のないことだ。私は、ただそうしたい。だからそうする。それだけのことだ」 「……っ、わがままこいてんじゃねぇよ! てめぇ以外の人間の勝手で、てめぇの人生左右されたらどんな気がする! てめぇは世界の人間全部のそんな権利を踏みにじってんだぞ!」 「私はこれまでずっと踏みにじられてきた。権利などなにも与えられなかった。愛される権利も愛する権利も生きる権利さえも。それなのに、私は他人の権利を尊重しなければならないのか?」 「…………っ…………!」 ロレがぎゅっと奥歯を噛み締める――そこにマリアが体を震えさせながら一歩前に出た。 「だからって……だからってあんなことが許されると思うの! 自分にやられたからって理由で、ムーンブルクを、お父様を殺した罪が許されると思うの! 無辜の民を殺していいと思うの! あなたは裁かれなければならないのよ、罪人として!」 本人もその理屈の無情さに耐えかねているのだろう、それでも憎しみに突き動かされて言ったマリアにハーゴンは肩をすくめる。 「そうだな。私は罪を犯したのだろう。別に許されるとも、許してほしいとも思っていない。お前が私を裁こうとするのは当然のことだ」 「それなら――」 「だが、私が、私を助けてもくれなかった人々の命を、なぜ案じねばならないのだ? 私は誰にも助けられずに、傷つけられるだけ傷つけられてきた。だというのに私が世界の、私のことなど知りもせず生きてきた人々の命に無関心で、なにか悪いことがあるのか?」 「――――っ」 「私は別にムーンブルクをことさらに滅ぼしたかったわけではない。ただロトの血族が一番多い国であったからロトの血族を皆殺しにしようと思ったのと、マリア姫――お前の存在を知ったからだ」 「……私……?」 硬直するマリアに、ハーゴンは言葉をさらに連ねる。 「ああ。私は呪われし姫の話を聞いた。父に、王宮に、世界に疎まれている存在ならば、私を理解してくれるかもしれないと思ったのだ――私はできるなら、消滅する前に誰かに理解してほしいと思っていたからな」 「理解………?」 「だから父親にいまさらのように大事にされているのを見て試してみたくなった。その父親の愛情とやらを」 「……それで……お父様をあんな風に殺したっていうの………?」 ハーゴンはうなずく。 「ああ。父の愛というのが確かに存在しているのを確かめることはできた――だがロトの血族だ、殺しておいた方が後腐れがないと思った」 「………! 後腐れ………!」 マリアが激昂した様子でハーゴンに詰め寄ろうとする。それをロレが制して、きっとハーゴンを睨んだ。 「……てめぇは、マリアの親父さんのそんな姿を見ても、なんも感じなかったのかよ」 「――そうだな、見事な愛情だと思った」 「だってのに、てめぇはそれを踏みにじったのかよ」 「ああ。なぜなら私には関係のないことだからな」 「――てめぇ」 ロレが一歩近寄ろうとした直前、ハーゴンは表情を変えないまま言った。 「私には与えられなかったものだ。これからも与えられないものだ。一生関わりなく過ぎていくものだ。それを惜しめ、とお前たちは言うのか? 一生自分には与えられないとわかりきっている愛情を、他人に向けられたものは惜しみ大事にせよと? 自分には関わりのないものだ、人生には入ってこないものだ、と受け容れることも許されないとお前たちは言うのか?」 「………っ………!」 ロレとマリアが揃って唇を噛む。この二人は究極的なところでお人好しだから、ハーゴンの感情を慮ってしまうんだろう。 ――そういう人じゃなければ、僕も好きにはならなかっただろうけど。 「………サマは」 「ん?」 「てめぇがなんでサマを心中の道連れにしようとしてるかは全然言ってねぇぞ」 「サウマリルトは私を唯一理解してくれた、そして心から理解できる人間だからだ」 「―――は?」 「私の苦しみ、悲しみ。そういうものをサウマリルトは全て本当に我がことのように感じてくれた。そして私もサウマリルトの苦しみを心の底から理解できた。私たちは双子のように似ているからな」 「……似て……る?」 「愛されなかったと愛せなかったという違いはあるにせよ。ただ一人と決めた相手に、自分の全てを否定されたところが」 「――――!」 ロレが愕然とした顔で僕の方を見る。……困ったなぁ。僕はロレにいやな思いをさせるのはいやなんだけど。 でも、ロレをこのまま放っておくのも問題だし―― なにより僕は、ロレに、最後に少しでも僕のことを理解してほしいと思うから。 「ロレ。くだらない愚痴になるけれど、これで最後だから、どうか聞いてくれる?」 僕が微笑むと、ロレは戸惑ったような痛がっているような顔でうなずく。――いやだなぁ、ロレが罪悪感を感じる必要はないのに。 問題は、ただ僕が―― 「僕はね、物心ついた時から、ずっと死にたかったんだよ」 この言葉は、ロレにはけっこうな衝撃みたいだった。僕を見つめたままぐらりと揺らいだから。 「な……なんでだ?」 呆けたように言う。 「お前、親御さんにも妹にも愛されてたみたいじゃねぇかよ。臣民にもめちゃくちゃ慕われて――なのになんで」 僕は苦笑した。ロレ、忘れてるのかな。僕のことになんて覚える価値はなかった? それとも気が動転してるんだろうか。 どちらにせよ、その言葉が僕を縛ってきた鎖なのには変わりないけど。 「――僕が、世界のなにものをも愛せないから」 「……愛せない……?」 「うん。前にも言ったよね? 僕は父も母も妹も、どんなに愛されても愛せなかった。褒められても別に少しも嬉しくなかった、いやまったく嬉しくなかったってわけじゃないか、自分のやったことが認められたって思うと自尊心は満足させられた。だけど、心の底から喜ぶとか、そういうことにはならなかったんだ。この人この程度でこんなに褒めるなんて基準が甘すぎるんじゃないだろうか、とか僕の歓心を買っていい思いをしたいんだな、とか思っちゃうんだ」 「…………そんな」 呆然としたように呟くロレ。ロレには想像もできないだろうね、僕たちみたいな人間の感情なんて。 「ねぇ、誰も愛せない人間の気持ちって――どんなものだかわかる? 意味がないんだよ、なんにも。人生にも仕事にも感情にも。だって、大切なものがなんにもないんだから」 「なんにも、って――そんな、わけねぇだろ。人間なら誰でもてめぇが可愛い……」 「そうでもないよ。僕は自分が一番嫌いだ。誰も愛せない、みんなにどんなに愛してもらっても、少しも嬉しいとも愛してるとも思えない自分が」 「けどっ、お前は、みんなのこと大切にして――」 「大切にするフリをしてただけだよ。愛さなくっちゃ、とは思っていたから。必死になって頑張って愛情を注ぐ真似をしたよ、でもどんなに真似をしても少しも僕の心からは愛が湧き出してこなかった――面倒くさい、鬱陶しい、本当はこんなことやりたくないのに、っていっつも思ってたんだ」 「…………」 「だから、僕は自分が一番嫌いで、僕はずっと消滅してしまいたかった。自分を世界に在っちゃいけない存在だと思った。この世から跡形もなく消えてしまいたかった。なのに周りの人の愛情が、義務がそれを許してくれない。――苦しかったんだ、本当に」 「…………」 「その意味のない人生の中で唯一愛した人が―――ロレ、君なんだよ」 「…………俺、かよ」 ロレは吐き捨てるように苦々しげに言う。僕の気持ちなんてひどく迷惑だと言いたげに。 ごめんね、ロレ、わかってるから。すぐに僕は、いなくなるから。 「うん。ロレには迷惑なことなのはわかってるけど。君の存在で僕の人生に、初めて意味が生まれたんだ」 「――意味?」 「そう。愛してる人のそばにいられる喜びを。愛してる人と共に在る楽しみを。生きていてよかったと、生きられて嬉しいと、僕は生まれて初めて思った。君は与えてくれたんだよ――僕の意味のない無駄な人生の中でただひとつの意味を」 「ただひとつ、って……」 「世界に許してもらえた気がしたんだ。ここにいてもいいって。生きていていいって。僕は君に会うまで生きたくなかった、存在していたくなかった、存在するべきじゃないとずっとずっと思ってきたけど、君の存在のおかげで、少しでも僕にも本当に、生存する価値が与えられたって思ったんだ」 「価値、ってお前」 「だから君は僕の全て。君のためならなんでもする。どんなに苦しいことにも耐えられるし、どんなにいやなことでも君に言われれば実行する。君が愛する世界だから死力を尽くして守るし、君が愛する人だからマリアも大切にする。君が幸せになるためなら、僕はどんなことでもするしどんな辛い状況にも喜んで耐える――それが嬉しかった。ロレのおかげで、こんな僕にも、ごく当たり前に暮らしている人たちのように大切なものができたんだから」 ああ、本当に――ロレ、僕がどれだけ君を愛しているか、その十分の一でも伝わるだろうか。 君は本当に僕にとって全て。生きる意味にして存在価値。君がいなければ僕は存在する必要も希望もない。 それがどんなに君にとって迷惑なことかは、よくわかっているのだけれど。 「だから君が愛してる人と、マリアと一緒になるのは、確かに僕を愛してはくれないと宣言されたことだから辛いけど、そんな辛さなんて僕にはどうでもいいんだ。僕の唯一にして絶対の価値基準は、ロレ、君なんだから。君が幸せであるなら、僕の感情なんてどうだっていい。――僕の心感情存在全て、君を少しでも幸せにするためにあるんだから」 「………………じゃあ、なんで」 ロレがぼそりと言った。絞り出すような声で。 「なんで死ぬなんて言うんだよ」 僕は苦笑した。そうだね、僕が死んだらロレにきっといやな思いをさせると思う。 でも、それは癒せない傷じゃない。マリアと幸せになってくれれば、すぐに忘れてしまう程度の傷しか残らないと思うよ。 「ロレが、他の人を好きになれ、って言ったから」 「―――え?」 「ロレ、僕はね。君に僕のことをただ一人の愛する人にしろ、なんて大それたことは考えてないよ。もちろんそうなれたらとても嬉しいけれど、そんなことはかないっこないってわかってたから。ただ―――願えるなら。君にひとつだけお願いができるなら、僕は君に、僕が君を好きだってことを認めてほしかった」 「………認め、る?」 「うん。僕の気持ちを、理解してほしかったんだよ。僕がどんなに君のことが好きかわかってほしかった。君の笑顔がどれだけ僕を幸せにして、冷たい言葉がどれだけ僕を苦しめるか、君に少しでも大切な存在だと思ってほしいと僕がどれだけ願っているか――少しでいいから、わかってほしかったんだ」 でも、それは―― 「でもそれはやっぱり大それた望みで。―――君は、僕に他の人を好きになれと言ったね。ロレのことを好きでいるのをやめろ、って」 「………ああ」 「あの時、僕はもう一度、最初に振られた時と同じように、君に殺されたんだよ。苦しかった。本当に苦しかった。ロレを好きな気持ちが、人生で唯一、ただ一人僕の人生に意味を与えてくれる人に対する気持ちが、その人にとっては存在すら許したくないほどの迷惑な感情だってわかって。君の幸せのために力を尽くしたいって気持ちも、君のためならなんでもするって気持ちも、君には鬱陶しいんだなっていうことがわかって――」 「鬱陶し……」 「それなのに、僕がこれ以上生きるどんな意味があるの? 人生の唯一の意味を想うことも許されないのに? 僕の存在そのものが、君に、僕の人生に唯一の価値を与えてくれる人にとっては鬱陶しいっていうのに? 君の幸せのために、僕は身を捧げることはおろか少しでも役に立つことすらできないっていうのに?」 「……俺は、お前に、他の奴を好きになれって――」 「そうだね、広い世界をくまなく探せば新しく僕の生きるような意味が見つかるかもしれない。でもそんな虚しい希望のために意味のない世界を生きるのはもういやなんだ。楽になりたい。傷つくの――もう、疲れたから」 「……………………」 ロレは黙りこんだ。ごめんねロレ、鬱陶しいよね。好きでもなんでもない奴につきまとわれて、気持ち悪かったよね。 だから、もう、終わりにするから。もう僕は君の前から消えるから。できるなら最後の希望を聞いてほしい。 「最後のお願いを聞いてくれないかな、ロレ。僕はハーゴンと消滅したい。僕と一緒に消滅したいと思ってくれる人の願いを叶えてあげたいんだ。ハーゴンは、僕のことを初めて理解してくれようとした人だから」 「……………………」 「そして、できれば僕は君に殺されたい。君に僕の命を奪ってほしいんだ。君には鬱陶しいことだろうけど――それ以上上等な方法なんて、今の僕には思いつかないから」 これは僕のわがままだ、ロレにはきっと鬱陶しいことだと思う。曲がりなりにも仲間としてやってきた僕を殺すのは、ロレの心にいやな気持ちを残すと思う。 だけど、僕は不要な存在だから。最初から在るべきじゃなかった人間だから。不自然を是正するだけのことだ、マリアが――愛する人がいればそんないやな気持ちすぐに忘れられる。 だから。 「だから、ロレ。どうか、僕を、殺してください」 そう言って僕は、深々と頭を下げた。 |