それは嫉妬の激情にも似て
「なーんか、最近のユルト変じゃない?」
 そう言ったのはゼシカだった。
「変て、どこが」
「なんていうか……雰囲気が」
「そうかぁ?」
 俺は甲板の反対側でトロデ王とお喋りしながら食事してるユルトを見た。別に変わったところはない。誰に対しても変わらないにこにこ笑顔も、阿呆じゃないかって思うくらいあどけなく首を傾げる仕草も、いつものユルト以外のなにものでもない。
「別に普段と変わらないだろ」
「そうかなぁ……私、なんだか最近ユルトを見てると……」
「見てると?」
 ゼシカはそこで苦笑して、首を振った。
「ううん、いいの。ククールが気づかないなら気のせいよね、きっと」
 それで、とりあえず話はおしまいになった。

 その翌日、ようやくレベル上げに飽きたユルトは西の大陸へと船を進めた。メダル王女の城からまっすぐ西進した西の大陸は、断崖絶壁がほとんどでなかなか上陸できなかったがようやく大陸の西の外れでタラップをかけられる場所を見つけられた。
 いつものように馬車を仕立てて進んだんだけど、もう陽は西に傾いていてちょっと周囲を探索したぐらいで夜になってしまったんで、海辺にある教会で休ませてもらうことにした。
 ――そこで、なんとなく俺は妙だな、と思ったんだ。なんっかそこにいる奴らの視線がユルトに集中する。
 ゼシカに集中するならわかる。そこにいた女性は中年のシスター一人だったからな。いかに清く正しく生きようったって禁欲しっぱなしじゃ出会う女に目がいくのも当然だ(その時のゼシカはバニースタイルだったし)。
 だが、ゼシカじゃない。確かにゼシカにもいくんだが、ユルトの方に向く視線の方が圧倒的に多い。
 修道院にもよくいた男の方がいい奴らかこいつら、と俺はこっそりユルトの周囲を警戒した。夜なんかユルトの寝顔をのぞきこみに来る奴までいたが(全員同室……つーか二人につきベッド一つの割りだったから気づいちまうんだ。俺はヤンガスとだったけど)、幸い手を出してくる奴はいなかった。
 翌朝はさっさと出発した。ったく美女がいるのに男を襲おうとするなんて病んでるぜあいつら、と思いつつ。
 ――その時は、そうとしか思わなかった。そいつらが単に男の方が好きなだけとしか、思わなかったんだ。

 数日かけてでかい街――ベルガラックに着いた。南の大陸でも世界最大のカジノを有するこの街は有名で、たどりつくのをけっこう楽しみにしてたんだが、カジノが閉まっていたので日中は健全な情報収集に終始してしまった。
 ギャリングという男がドルマゲスに殺され、その後ドルマゲスは北西の孤島に逃げたようだ――という情報を得、明日さっそく向かおうと決めて、もう陽が落ちていたので宿を取る。この街の宿屋は安いわりに清潔で雰囲気のいい宿が多かった。
 その中で中の上くらいの宿を選んで、いつもの通りツインを二つ取る。いつものごとくくじびきをして、ユルトと一緒の部屋をゲットしたのは俺だった。
 うっし、と内心ガッツポーズを取る。ヤンガスは兄貴命な奴だからユルトと同じ部屋になりたがるし、ゼシカも男臭さがなくて安心できる、とユルトと同じ部屋を好む。ユルトの同室権利を得るのはなかなかに激戦なのだ。最近溜まってたんだ、ラッキー、と俺はこっそりほくそえむ。
 ――もちろん、そんな感情おくびにも出しはしないが。
「じゃあいったん部屋に荷物置いて、あとは自由行動ね。夕食なんだけど、ここの食堂予約制なんだって。だから七時半に予約入れといたから、その時間に食堂の前に集合ね?」
 それぞれ了解の意を示す答えを返す。このパーティは街中でも普段食事は一緒に取る。最初は野宿の時も一緒だってのになんで街でも同じ顔つきあわせて飯食わにゃならないんだと思っていたが、もう慣れた。
 ユルトと一緒に部屋に入り、荷物を置く。
「うわわわ、見て見てククール、部屋にお風呂がついてるぅ! しかもこんなに広い! 石鹸だけじゃなくて、なにこれ、香油まであるよ!」
「あーうるせー。そんないじましいことで騒ぐな!」
 一通り小市民的な感動をあらわにすると、ユルトはトロデ王たちに食事を届けに行くといって部屋を出た。いつものことながらまめな奴だ。
 だがこいつとしては、別に大したことをしてるというつもりじゃないらしい。というか、ガキの頃に王と姫に拾われて育ててもらったんだ、と嬉しげに言うわりには忠誠心とか、滅私奉公というか自分を犠牲にして尽くそうという感情をあんまり感じない。
「僕はトロデ王もミーティア姫も好きだから、いっぱい親切にするんだ」
 そう言って笑うユルトの顔は、どこまでも健全で優しい。好きだから優しくする、そのシンプルな理屈。一人の人間を世界の全てとするような、歪んだ価値観はこいつには一番遠いものだ。
 ――自分と違って。
 また底知れぬ苛立ちが持ち上がってくるのを感じて、俺はため息をつくと部屋の外に出た。ユルトが部屋を出てからもう三十分近くになる。急いでいればもうそろそろ帰ってきてもいい頃だ。
 宿屋の中をうろうろしていると、ヤンガスに出会った。妙に落ち着きのない顔で周囲を見回している。
「よう。なにやってんだよ」
「ああ……いや、ユルトの兄貴を探してるんでがすよ」
「あいつならトロデのおっさんのとこにメシ届けに行ったぜ。まめな奴だよな」
「一人ででがすか?」
 ひどく真剣な顔で聞かれ、妙だなと思いはしたもののとりあえずうなずく。
「ああ」
「……探してくるでがす」
 早足で歩き出したヤンガスに、俺はからかうように声をかけた。
「おいおい、なにもガキの使いじゃないんだからさ。ここは街中だぜ? あいつだって一応判断力はあるんだ、なんの危ないことがあるってんだよ?」
「一応とはなんでがすか……いや、それどころじゃねぇ。もし万一兄貴が襲われでもしたら、あっしは自分で自分が許せねえでがす」
「だっからさ。なんであいつが襲われるって思いこんでるわけ? あいつ確かに暗いところなら女に見えなくもないけど、男だぜ?」
 そう言うと、ヤンガスは渋い渋い顔をしてぼそっと返す。
「あんた、気づかないんでがすか」
「なにが」
「女たらしとか言っときながら呆れたもんでがすな」
「だからなにが?」
 ヤンガスは渋い顔をしつつ、なぜか少し顔を赤らめて(こういう悪漢面が照れる姿はあんまり見て楽しいもんじゃないなと思った)、耳打ちするように俺に言う。
「最近、兄貴の雰囲気が変なんでがすよ」
「変?」
 俺は首を傾げた。そういやゼシカもそんなこと言ってたな。
 けどあいつのどこが? あいつは普段通りに天然だし、普段通りにガキだし、普段通りに夜はエロいと思うんだが。
「なんというか……雰囲気がエロエロなんでがす」
「へ?」
 俺は呆気にとられて、それから仰天した。こいつ、まさか、俺たちのことに気づいたのか……!?
「え、エロいって、どこが?」
 探りを入れようと言うと、ヤンガスは顔を赤らめながら小声で言う。
「食事してる時の舌とか。食事してる時兄貴は最近しょっちゅう唇を舐めるでがしょう? その出し入れする動きが見てると妙にエロいんでがす」
「…………」
「あとなにかというと人をじっと上目遣いで見つめるとか。その視線が妙に熱っぽくてぼんやりしてたりとか」
「……………」
「しゅるりとバンダナを解いて髪をかきあげ頭を振るときの仕草とか……あああアッシはホントになんでこんなことに気づいちまうんでがすか! 兄貴はただごく普通に何の気なしにやってるだけのことを!」
 がすがすと壁に頭突きをし始めたので、俺は慌てて止めた。ヤンガスの力でやったら壁に穴が開きかねない。
「……とにかく。兄貴には全然自覚はないんでがすが、なんか妙にエロい雰囲気をぷんぷんまきちらしてるもんで……この前の教会でもやたら妙な視線が飛んできたもんでアッシ一人の勘違いじゃないと気づいたんでがす。今の兄貴がこんな街を一人で歩いたら、本気で襲われかねねえ……!」
「………………」
 俺は内心大汗をかいていた。それはやっぱり、どう考えても、俺が仕込んだせいだ。
 仕込んだっつっても夜に、こういう時はこうしろ、とごく当たり前な基本を教え込んだぐらいだが。あいつのそっちの才能を開花させてったのは、やっぱり……俺が毎日のように抱いたから、だよな。
 こいつらに気づかれるほどエロくなってたとは、と頭を抱えつつも、俺は疑問を抱いていた。
 けど、俺は別にあいつのそんなとこ気づかなかったけどな……夜はめちゃくちゃエロいとは思うけど……
 と、頭をつきあわせて話し合う俺たちに、声がかかった。
「ヤンガスー、ククールー、なにしてるのー?」
 ――ユルトの声だ。
 俺たちはばっとユルトの方を振り向く――そこには当然のようにユルトの天然なにこにこ顔があった。いつも通りのほややんとした童顔に、ユルい笑顔を浮かべている。
 なんだやっぱりヤンガスの勘違いか、とほっとしつつ俺は笑いかけてやった。
「別に。お前が早く帰ってこないかって話してたのさ」
「そうなんだ。待たせちゃった? ごめんね」
 そう言ってふわっと優しい笑顔を浮かべる。やっぱりなぁ、昼のこいつはこういう感じなんだって。どっちかっつーと癒しオーラだろ、こいつが放ってんの。
 いつになく和んだ気持ちでそう考えていると、ユルトがふいに首を傾げる。その仕草に――どちらかというとあどけない仕草なのに、俺は一瞬、妙な艶を感じてしまった。
 んな阿呆な、なに考えてんだ俺は、と首を振ると、ユルトがすうっと顔を近づけてくる。そのタイミング、動かし方、そういうのが全部絶妙で、なんつーか……正直、どきりとした。
 ユルトの小さな手がすうっと伸びる。不覚にもどきんとして硬直してしまった俺に、悪戯っぽい、小悪魔のような笑みを浮かべてみせると、ユルトはぺろりと唇を舐めて笑った。
「ゴミついてたよ、ククール」
 その笑顔はいつものように、ひどくあどけない。俺は夜のこいつと相対している時のような快感にぞくりと体を震わせながら、とにかく礼を言った。
「ああ……サンキュ」
「うん」
 こくんとうなずいて、歩き出す。その様子は見た限りではごく普通だ。
 だが、以前からの表情豊かな挙動と、不思議な華と匂いたつような雰囲気のある表情のせいで、歩いてるだけなのになんとなく人目を惹きつける。
 時々ユルトがついてくるか確認するようにちらりとこっちを見て、にこっと笑う。そのあどけなさ。そして一瞬切なげに見える顔で俺を見上げるその色香――
 俺は不覚にも気圧されて、一歩退がってしまった。ヤンガスがじっと俺を見て言う。
「……わかったでがしょう?」
「わかった。十二分にわかった」
 荒い息をつきながら、俺は言う。
「あいつ、ギャップがありすぎるんだ!」

 つまるところ。
 ヤンガスやゼシカでも気づくほどエロくなっていたユルトに気づかなかったのは、俺にとってのあいつのエロさの基準が夜、あいつを抱く時だったせいだと思う。
 あのエロエロなユルトを見慣れてたから、昼もあいつがどんどんエロくなってくのに気づかなかったんだ。
 あいつのあどけなさと色っぽさのギャップときたら。なんで今まで気づかなかったのかと思うぐらい、やらしい。盛り場をうろついてたら即行押し倒されてもおかしくなさそうな雰囲気だ。
 だが、本人に自覚は欠片もない。
 妙にエロい仕草で飯を食いながら、俺たちとアホな話して笑ってたりするし。ウェイターを呼び止めてごくりと唾を呑みこませるような仕草で新しいのを注文しつつ、俺からすればとんでもない量食ってたりするし。
 こいつ誰かなんとかしてくれ、と胃を痛くしながら食事を終えると、今度はこんなこと言い出しやがった。
「酒場行こうよ! ここの酒場って広くてバニーショーとかあるんだって!」
 バニーさんどんなショー見せてくれるのかなー、と能天気な声を出すユルトに、俺は頭が痛くなった。
 とっとと寝ろ明日も早いんだぞ、と全員で必死になって止めたのだが、ユルトが一度やると決めたことを翻させるのは容易じゃない。結局俺たち全員で酒場に向かうことになってしまった。
 ステージの上ではまあまあ可愛いバニーの子たちが胸や脚を強調する踊りを踊っている。ユルトは果汁を飲みながら(こいつは酒は嫌いらしい)、それに歓声を送っている。
 だが、俺(たち)はそれどころじゃなかった。周囲からユルトに向けて、びしばし秋波が送られてくるんだから。
『あちらのお客様から』とカクテルが送られること三回(全部俺とヤンガスが飲んだ)、こっちで酒飲まない? と肩にぽんと手を置かれること二回(こいつは俺たちと飲んでるんだよと追い払った)。一度なんかはっきり「今夜どう?」とか言われてた(速攻で物陰に連れこんでボコった)。
 そんなアプローチを受けているにも関わらず、ユルトはぽうっと赤らんだ顔で楽しげにステージを見ている。その瞳は妙に潤み、目尻はわずかに朱に染まり、あどけないのに色香のある顔で視線をさまよわせる辺りなんか誘ってんのかと思えるほどで――って、ん?
「おい! これスクリュードライバーじゃねえか!」
 俺はユルトのグラスを取り上げて叫んだ。ユルトは「んん〜?」とかとろんとした目で俺を見上げてくる。
「スクリュードライバー……って、なに?」
「カクテルだよ。オレンジジュースにウォッカを混ぜた、口当たりはいいんだけどアルコール度数の高い……おいマスター、これはどういうことだ? こいつの頼んだのは果汁だろ?」
 ぎろりと睨むと、さっきから視線を泳がせていたマスターは慌てたように言った。
「い、いえ、別に私は、ただそちらのお客様に酒の味をお教えするサービスをと思いまして……」
「んだとてめえ……」
 酔わせてなにするつもりだったんだ!? 酔った姿を見たかっただけだとしてもただじゃおかねえ。
「ククール、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! ユルトを早く運んであげないと」
「……ああ、そうだな。おい、ユルト、歩けるか?」
 俺は酔って体がふらふらしているユルトに(いったい何杯飲まされたんだ?)、肩を貸して立ち上がらせた。
「んうー、もっと飲むぅ……」
「なに言ってんだ酔っ払いが。ほれ、こっち来い」
「ん……」
 そのかすれた色っぽい声に一瞬勃ちかけたが、小さく頭を振って俺はユルトを歩かせた。周囲から嫉妬の視線がびしばし突き刺さってくるのがうっとうしい。
 俺はお前らと違って基本的に男抱く趣味はねーんだっつの! ……そりゃ、こいつとは何度もやってるが、それはこいつがめちゃくちゃエロいし体の相性いいしいい奴だから、特別に……
 などと考えている間に俺たちは部屋についていた。ユルトのベッドにぽやんとしているユルトを寝かせる。
「ユルト、大丈夫?」
「だいじょーぶだよぉ……」
「吐き気したりしないでがすか? アッシがついてるでがすから気持ち悪くなったらすぐ言うでがすよ」
「お前らな、なにもそんなに大げさにするこたねぇだろ。ただちょっと酔っ払っただけじゃねぇか」
「そりゃそうだけど……」
「寝かしときゃいいんだよ酔っ払いなんて。それより二人とも自分の部屋戻って寝ろ、明日も早いんだぞ?」
「……わかったわ。気持ち悪くなったらちゃんと介抱してあげてよ?」
「兄貴、本当に大丈夫でげすか? なんならククールと部屋を替わっても」
「いいよー、ヤンガス自分の部屋帰って寝なよー。僕ここで寝るからー」
「グムム……わかりやしたでげす。本当に、苦しくなったらすぐにアッシを呼ぶでがすよ?」
「わかったー」
 手を振って出て行くゼシカとヤンガスを見送るユルト。俺はそれを横目で見ながら、ため息をついていた。
 この調子じゃ今日はこいつ抱くのは無理か。けっこう楽しみにしてたんだがな。ここんとこ見張りの関係でこいつ抱けなかったし……。
 などと思っていると、ふいにユルトが身を乗り出してきてくいくいと俺の袖を引っ張る。
「……なんだ?」
「ククール、セックスしよ」
 俺はちょっと驚いて口を開けた。
「お前大丈夫なのか? かなり酔ってたくせに」
「酔ってないよー」
「酔っ払いはみんなそう言うんだ」
「うー、じゃ酔ってるかもしれないけど大丈夫」
「お前な……」
「なんか今、すごいしたい感じ。僕のこと、めちゃくちゃにしてほしい感じなんだ……ククール、いや?」
 う……そんな風にエロい声でそんな風に誘われて、嫌って言えるわけないだろうが。
 俺はベッドに寝転がっているユルトの上に、体を傾けた。ベッドがぎしりと音を立てる。
「いいぜ。お望み通り、めちゃめちゃにしてやるよ」
「ククール……」
 ユルトの熱を持った吐息が口から吐き出される。俺は体の熱が上がるのを感じた。
「気づいてたか? 酒場で男どもが、こぞってお前の方見てたぜ……ヤりたい抱きたい押し倒したいって、狼みたいな視線でな……」
 俺はユルトの服を脱がしながら囁くように言う。いわゆる睦言ってやつ。普段ならこいつ相手にそんな駆け引きじみたこと言わないんだが(無駄だから)、なんか言いたい気分だったんだ。
「ん……そ、なの?」
「ああ……お前を連れてった俺を思いきり嫉妬した視線で見てた……」
「じゃあ、その人たちにしてもらえば、よかったかな……」
 ……………………
「は?」
 俺は一瞬呆気に取られ、それから思いきり不穏な声を出してユルトを睨みつけた。
「おい、お前、今なんつった」
「え? だから、僕としたい人たちがそんなにいたなら、その人たちにやってもらえばよかったかなって……」
「なんでそうなる! お前阿呆か!? 今この状況で、目の前に俺がいてさあこれからって状況で、なんで他の奴にやってもらおうなんて考えが出てくんだよ!」
「え……だって、別にククール、僕とそんなにしたいわけじゃないんでしょ? だったらやりたい人にやらせてあげた方がいいかなって……」
「な……なんでそうなるんだよ! 俺は別に……」
「だって、最初ククール僕とはやりたくないって言ったし。それからも一回もククールの方からやりたいって言われたことないもん」
「………………!」
 それは、確かに、そう、なんだが………
「け、けどな。お前好きな奴としかやりたくないんだろ? だから俺とやってるんだろ? なのになんでそんな有象無象相手にしようなんて思うんだよ?」
「最初は好きな人としかやだって思ったけど、ククールとやってるうちに慣れてきたし。やってみたら好きじゃない人でも大丈夫かなって思えてきたから。見てやな感じって思った人はやだけど、嫌いじゃない人なら別にいいかもって。試しに」
「試し……ってな、試しで男とセックスするのか、お前は!」
「……女の人ならいいの?」
「そうじゃ……なくてだなぁ……!」
 頭にどんどん血が上る。興奮してまともに考えられない。頭の中でがんがんと、『許さない』『許してたまるか』などと自分の叫ぶ声がする。
 なのにユルトはいつものごとくあどけない、なにを怒ってるのかわからないという顔で。
「ククール、なんで僕が他の人とやるの、嫌なの?」
「――――」
 俺はぐいっと、ユルトの裸の腕を上げさせ、一つにまとめた。
 そして荷物からロープを取り出してきて縛り、そのままベッドにくくりつける。
「……ククール?」
 心なしか怯えたような声。不安げにわずかに揺れる眼差し。俺はそれを無視しててきぱきとユルトの服を脱がせた。
 一糸まとわぬ姿にしてから、薄笑いを浮かべた顔をユルトの顔に近づける。
「お前が他の奴とヤりたいっていうならな。俺じゃなきゃ満足できないようにしてやるよ」
「え……なん、で?」
「さあな。なんでだろうな」
 俺はぐいっとユルトの股を開いた。

 自分でもなんでなのかなんてわからなかった。
 ただ、こいつが他の男に抱かれるなんて、冗談じゃないと思った。想像しただけで頭に血が上った。そんなことを言うこいつにも、こいつを狙う男どもにも、腹が立って仕方がなかったんだ。
 これは恋じゃない。今までしてきた恋みたいな俺の糧じゃない。
 仲間としてのユルト、抱く対象としてのユルト、どちらに対してなのかすらわからない執着。俺のものにしたいとか思ってるわけじゃない、そんな色っぽい感情じゃない、だけど。
 少なくとも、俺は、こいつを抱くのは、俺だけじゃなきゃ嫌なんだ。
「……ヤッ! あッ……ひ、うァンッ!」
 ひっきりなしに嬌声を漏らすユルト。当たり前だ、前から後ろから勢いよく腰をガツガツ突き上げてるんだ。それもユルトの敏感なところばかりを狙って。
 男は後ろのイイところを突かれると射精なしのアクメが来るって聞いたんだが、こいつに関してはその噂は当たりのようだった。精液は出ないのに後ろを突くたびにびくんびくんと体が痙攣する。
 その苦しげで、切なげな表情にますます興奮して、俺はユルトの最奥を突いた。
「ヒッ! アアッ、ふ、ひあぁッ!」
 最奥にペニスを突っ込んだままぐりぐりと腰を動かす。ユルトは涙でぐしゃぐしゃになった顔を必死に左右に振った。
「や……くくー、る、も……!」
「なに言ってんのかわかんねぇなぁ」
 ぺろりと耳朶を舐めるとキュウっと中が締まる。そのたまらない締めつけにこんな時でもこいつは、と悔しさを感じて、後ろの弱い場所を徹底的に責めつつ前を微妙なタッチでしごく。
「や……前、もう……痛い……ッ!」
「嘘つけよ。我慢汁だらだら垂れ流しやがって。イイんだろ? 腰が揺れてるぜ」
「ククー、ルッ……!」
 久しぶりに我を忘れて叫ぶユルトの声。それにたまらなく煽られて、俺は勢いよく腰を打ちつけつつ前を勢いよくしごいた。
「あ、アァッ、ああァァ――っ……!」
 六回目だからずいぶん薄くなった白濁を吐き出すと、ユルトはぐったりと体を弛緩させた。そりゃそうだ、俺だってもう体力の限界に近いんだ、入れられてる方はもっときついだろう。
 だがイく時の声でまた煽られてしまった俺としては、一応一回イっとかないと収まりがつかない。ユルトの負担にならないように軽いストロークを繰り返して、もうすぐっていうところでペニスを抜き、ユルトの顔の前でペニスをしごいて精液をぶっかけた。
 要するに顔射。一度くらいはやってみたいと思ったからやったんだが、粘り気の薄さに精液は顔から流れていってしまい、エロい光景を拝めたのはごく短時間だった。まぁ、俺もこれで四回目だし。征服感はあったからいいんだけど。
 ユルトの腕のロープを解いていると、顔射された精液の熱に反応したのかそれともロープの刺激のせいか、ユルトはゆっくりと目を開けた。俺は正直どきりとしたが(そりゃ気絶してる間に顔射だからな)、平常心を保っているふりをしてクールに言う。
「気分はどうだ?」
「……すっごい、疲れた」
 声が嗄れている。当然だけどな。感想の方も。
 ユルトは俺をじっと見つめて、首を傾げて言った。
「ククール、なんであんな怒ってたの?」
「…………」
 俺は安堵するべきなのか腹を立てるべきなのか、一瞬迷った。
「わかんねえのか?」
「んー……僕が他の人とセックスするのが嫌だっていうのはわかるんだけど……」
「わかってんじゃねえか」
「なんで嫌なのかがわかんない。なんで?」
 純真な顔で聞いてくる。俺はなんて答えりゃいいんだ、と頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
 自分でだってなんでなのかよくわかってないんだから。こいつが(俺としてはそんなこと考えたくないし、違うと思うし思いたいんだが)好きなのかも、単なる独占欲なのかも。
 ただ抱く相手に独占欲なんて感じたのは初めてで、そこらへんに戸惑いがあった。たぶんそこらへんがこいつに対する仲間としての愛着ってやつなんだろうけど。
 そういう感情をどう説明すればいいのかわからず、説明したところでこの天然にわかってもらえるとは思えず、俺はぶっきらぼうに言った。
「お前、そんなに他の奴とヤりたいのか?」
「うーん、ククールが嫌だっていうなら別にやらなくてもいいんだけど……」
「じゃあすんな。俺はお前が他の奴と遊んだり寝たりすると面白くないんだ」
「はあ………」
 ユルトは釈然としない顔で首を傾げていたが、ふいに笑顔になると、ぽんと手を叩いた。
「わかった! ククール、寂しがりやさんだから他の人と遊ぶと自分と遊んでくれないんじゃないかって不安になっちゃうんだ!」
「…………あ、のな…………」
 俺はこいつの頭の中でどんだけガキな存在として認識されているんだ……?
 うう、しかしかといって本音がそれよりマシな理由かというと、そうとも言い切れず……!
 俺は自棄になって、ふんっとそっぽを向いて言った。
「あーそうです。俺は寂しがりやさんですよー。お前と遊べなくなるんじゃないかって思うと不安になりますよー。可哀想だと思うんなら優しくしろってんだ」
 あーったくなに言ってんだ俺は、と思いつつも愚痴るように言っていると、ユルトはくすりと笑んで俺の頭を撫でた。ひどく優しく、柔らかく。
「……なにすんだよ」
「大丈夫だよ、ククール。僕はククールを見捨てたりしないから」
「…………」
「いい子いい子。ククールはいい子だね」
 んっとに、こいつは……。嬉しそうに笑いやがって。
「おかしくて悪かったな」
 俺が言うと、きょとんと首を傾げる。
「おかしいって?」
「笑ってんじゃねえか」
 ああ、とユルトは微笑んで。
「嬉しいんだよ。ククールも僕とセックスしたいんだってわかって」
「………………嫌なら、何度もやったりしねえよ」
 最初は本当に嫌だったけど。
 今は。
 今は―――
「それはそれとして、ククールの今日寝るベッドはこっちね」
 さらりと言われて、俺は目を丸くした。
「は……?」
「僕が痛いって言ってるのに何度もやるんだもん。気持ちよくもあったからつい抵抗やめちゃったけど。ホントに痛かったんだからね?」
 ぷー、と膨れられて俺は黙りこむ。
 ……そりゃ、冷静になった頭で考えてみりゃあれはちょっとひどかったかなとは思うけどさ……。
「悪かったよ……謝るからさ、そっちのベッドで寝かしてくれてもいいだろう? 久しぶりのベッドなんだし、しかもこんな寝心地のいい」
「ダメー。むりやりやったお仕置きです。じゃ、僕お風呂入ってくるからねー」
 ふんふふーん楽しみー、などと鼻歌を歌いながら(あれだけやられてほとんど気絶しかけてたってのに)元気に風呂場に向かうユルト。よくよく見ればちょっとふらついてなくもないが、その程度だ。
 あーったく。本当に、タチの悪い奴に捕まったよなぁ俺……天然でエロくてフェロモン。報われないこと決定みたいな感じ……
 っておい! 違うぞ、俺はあいつに惚れてるわけじゃないぞ! ただあいつが放っとけなくて、エロくて、他の奴に抱かせるのが嫌なだけで……
 そりゃ恋じゃねえか、という俺の内心のツッコミに俺は蹴りを入れた。恋じゃない、これは恋なんて感情じゃない。
 じゃあなんなんだと言われると答えが出ず、俺はぐしゃぐしゃになったベッドの上で煩悶した。

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