それは失恋の嘆きにも似て
「さぁみんな、今日も元気にメタル狩りだ! 目標メタルキング十体、はぐれメタル三十体ね!」
「了解でがす!」
「任せて!」
「へいへい」
 俺は一人やる気のない返事を返しつつ、愛用の隼の剣を確かめた。返事はアレでも実際にやる気がないわけじゃない。というか、経験値稼ぎの鬼であるユルトは、メタル戦で気の抜けた戦いぶりを見せたらマジ切れするのだ。
 あいつ怒るとこえーもんなー、と俺は一度切れられた時のことを思い出して小さく震えた。
 こっちの大陸に来てからもう三月は経過しているが、その間にもいろいろあった。馬姫さんの許婚に会ったりドルマゲスを倒したと思ったら本体は杖に宿る暗黒神ラプソーンでゼシカが操られたりラプソーンが賢者の末裔を殺して回ってるってことがわかったり。
 さらには黒犬にラプソーンが乗り移ったり、そいつにリブルアーチオークニスと賢者の末裔を殺され続けたり、空飛ぶそいつを追うために空を飛ぶ力を手に入れなきゃならなかったり、そのためにキャプテンクロウのお宝が必要だったり、レティシアやら闇の世界やらに行ってようやくレティス(の子供)の力を手に入れたり。
 そんで法皇の館に行ってみたはいいけど――会うべきじゃない人間に会ったり――いや、それはどうでもいいんだ。法皇に会いはしたんだが、正直に話をしはしたもののちーとも話が通じず、全然解決はしてない。
 だから世界のどこかにいる暗黒神ラプソーン入り黒犬を見つけて倒さなきゃならないんだが――とりあえず今すぐやらなきゃいけないことがないこの状況で、寄り道大好きユルトが目的に邁進するはずはない。
 世界中の今まで行ったことのないところを何週間もかけて文字通り飛び回りまくり、宝箱を開けまくり、いろんなものを調べまくり。それがようやく少し落ち着いたと思ったら、メタル系が出てくるスライムの群生地――ライドンの塔の北の高台に目をつけたユルトは、ここ一週間というもの毎日通って口笛→魔物虐殺のコンボを決めまくっている。
 おかげで飛躍的にレベルが上がったのは確かなんだが――いったいいつまでこの生活続けるんだよ。
 もし経験値稼ぎにかまけてたせいでラプソーンが復活しちまったらどうするつもりなんだ。いやそりゃ今のとこ手がかりなんにもないけど。それにここまでレベルが上がったんだったらラプソーンにだって勝てちゃうんじゃないかな〜とは思うんだけど。
 でもそれはそれとして法皇様が殺されるのを防ぐのが俺たちの目的だろ? いつまでもこんなことをしてていいのか――という台詞は面倒だし怖くて言えないので(経験値稼ぎに燃えているユルトは邪魔すると怖い)、俺は今日も隼メタル斬りを放つのだった(メタル戦ではゼシカがピオリム&不思議なタンバリン、俺とユルトが隼メタル斬り、ヤンガスが大魔神斬りと決まっている)。

「はー、狩った狩った! さー、それじゃそろそろ夜になってきたことだし、宿に行こうか!」
「はいでがす!」
「はー、働いた働いた」
「みんな働いたのは同じなんだから文句言わないの。ユルト、今日はどこに泊まるの?」
 俺たちはこのメタル狩り生活に入ってから、毎日ルーラで別の宿に泊まっている。普段レベル上げをする時は宿に帰らず野宿して戦いまくることの方が多いんだが、ここは街から近いんで宿に泊まってもいいと決めたらしい。
 ユルトはゼシカの問いに、にこっといつもの笑みを浮かべて答えた。
「今日はリブルアーチにしようと思うんだ」
「へぇ? 珍しいね、ユルトが高めの値段の宿に泊まるなんて」
「本当だな。普段はタダで泊まれるところまで帰るのがほとんどなのに、どういう風の吹き回しだ?」
「いいじゃない、今日はなんかリブルアーチの石像見たい気分なんだよ」
 まぁ、俺たちは基本的にユルトの決めたことに反対はしない(してもこの天然には逆らえないから)。なのでユルトのルーラで、一路リブルアーチへと向かった。
 リブルアーチは変わりなかった。やたらめったら石像が立ち並ぶ、石工たちの街。
 ユルトは楽しげに街の光景を見ながら、のんびり宿屋へと歩いた。俺たちもそれに続く。
 宿屋に着いたら、まずは部屋決めだ。いつものくじを引いて部屋割りを決める。
「あ、やった、今日は私がユルトと同じ部屋だわ」
「よろしくね、ゼシカ」
 にっこり笑いあうユルトとゼシカ。俺はいくぶん面白くない思いでそれを見つつ、なにが面白くないってんだ、と自嘲していた。
 俺がユルトをどう思っているのか。それは俺の中でもまだ結論が出ていない。
 恋愛感情だとは思えないし思いたくない。だが俺のユルトに対する反応を頭で判断すると恋以外の感情だとは思えない。
 おかしい。変だ。なんで俺が男に恋しなきゃならないんだ。普通に考えれば勘違いだろう。別に好きだと言ったわけでも言われたわけでもないだろうに。
 でも、なぜか妙に気になって、こいつが俺以外の男に抱かれるのは嫌で、こいつを抱くのはすげぇ気持ちいい。
 そんな矛盾した感情をうまく処理しきれず、かといってユルトから離れるのも嫌で、俺は結局なにも結論を出さないまま、ずるずると今まで通りの関係を続けてきたのだった。
 そして、それをユルトも受け容れた。……っつーか、全然そーいうこと考えてねぇってのが正解なんだろうが。
 全員揃って飯を食い、いつも通りにユルトがトロデ王たちに飯を持っていく。それをぼーっと見送りながら、俺は決意した。
「なぁ、俺ちょっと酒場行ってくるわ」
「酒場? また女の子口説きに行くわけ?」
 ゼシカが呆れた声を上げる。俺はにやりと笑ってうなずいた。
「最近女の子と一緒に酒を飲むことも少なかったからな」
「そーいや確かに、ククールは最近女遊びしてなかったでがすな」
 ヤンガスの言葉に、俺は少しぎくりとした。俺が女遊びをしてなかったのは、ユルトで手一杯で他の女まで手が回らなかったせいだ。
 だがそんな動揺は表には出さず、俺は笑った。
「だからこれからしばらくは女の子強化月間、っつーことでよろしく」
「………馬鹿」
 ゼシカの冷たい一言に笑いながら、俺は席を立った。

 ――元に戻ろう。俺はそう決意したのだ。
 確かに俺はユルトになんらかの(恋じゃないにしろ!)特別な思いを抱いているかもしれない。だが、しょせん奴は男だ。
 男相手に、まぁ抱くのはともかくとしても、惚れた腫れただのってのは馬鹿馬鹿しいし、正直キショい。これからは少し距離をおくべきだろう。そして以前の女たちの作ってくれる悦楽と安寧に浸るのだ。
 俺は酒場のカウンターで一人で盃を傾けつつ、周りの女を物色した。石工たちの街だから女は少ないかと思いきや、だからこそ需要があるんだろう、遊び慣れた風の女たちがけっこうな数いる。
 まず俺はカウンター右端で一人で飲んでいる子に目をつけた。長い黒髪のなかなかのナイスバディ。盃を傾けるたびにさらりと揺れる髪がいい感じだ。
 あいつも抱いた時、さらりと肌に落ちる髪がエロかった。
 ―――っておい! なに思い出してんだ俺!? これから口説こうって女見てユルト思い出してどうする!
 俺はぶるぶると頭を振って、視線を動かした。ゲンが悪い、あの子はやめよう。真ん中のテーブル席で飲んでる子なんてどうだろう。
 男と飲んでるみたいだが、あの程度の男からなら奪うのは難しくないだろう。セミロングの金髪の笑顔がなかなか可愛い子で、肌が綺麗なところがナイスだ。ユルトに似てて。
 ――おい、俺! だからなんで女見てユルト思いだすんだよ!? ユルトとは距離をおくって決意したんだろ!?
 ぶるぶるぶると首を振って、心底真剣な視線で周囲を眺める。冗談じゃない、なんでユルトを思い出さなきゃならないんだ。俺は女好きなんだユルトが好きなわけでもなんでもないんだそりゃ抱いてはいたけど――
 と、そこまで考えてあることに気づいてしまった。
 ……俺、ユルトとヤってから、女………抱いて、ない?
 気づくと顔からざーっと血の気が引いた。そんな、だって俺は女好きで、女抱かなきゃ眠れないはずで、遊び慣れた女を抱く時の一時の陶酔に頭までどっぷり浸かった奴なはずで―――
 違う、違う違う、俺はユルトに惚れてるわけじゃない。これはただの愛着と偶然の結果にすぎないんだ、あいつがしょっちゅうしたいって言うから仕方なく。
 だって俺は本当なら毎日のように女抱いてたはずなんだから。
「――隣、いい?」
 声をかけられて俺は飛び上がりかけたが、抑えた。女を相手にするときに、そんな姿は死んでも見せられない。
 そう、その声の主は女だった。それもなかなかの美人だ。ハニーブロンドに瞳はアッシュグレイ。スレンダーな体にわりと端正な顔。短いスカートから伸びる細い脚があいつを思い出させてなかなかグッド――
 違う! 違うだろ俺! 女を前にしてるんだ、あんな奴のこと思い出すな!
「――どうぞ」
 にっこり笑って返事する。大丈夫だ、ちゃんといつも通りにやれる。
「あなたさっきからずっと挙動不審だったわよ。なにか悩み事でもあるの?」
 くすくす笑いながら言われて、一瞬ぎくりとしながらも笑顔を返す。
「君をどうやって誘うか考えてたのさ」
「嘘つき。あたしの方なんかちらりとも見てなかったくせに」
「そう? 俺の視線感じなかった? 俺は君の視線、感じてたけど?」
 そう言いながらじっと流し目をぶつける。誘う意図があることはある程度遊んでる人間ならわかるはずだ。
 うふ、と相手が笑って俺の指に手を伸ばす。一瞬指を引きたい衝動が生まれたが、気のせいだと自分に言い聞かせて俺も手を伸ばした。俺の指と相手の指が絡み合う。
「きれいな指ね」
「ありがとう。君の指もきれいだよ」
 と言ったのは半分以上お世辞だった。この女の指はややごつごつしていてしなやかさがない。節くれだっているとまでは言わないまでも。
 これは手をどう使うかというのにはあんまり関係がないと思う。そりゃ普段人を殴りつけてりゃそれなりにごつくはなるんだろうけど。あいつは――ユルトの指は、剣だこがいくつもできて堅かったけど、とてもしなやかな動きを感じさせた。
 ―――思い出すな!
 俺はさっと首を振って、女の手に口づけようと手を唇のところへ――
「ククール」
「!」
 俺はばっと女の手を振り解いて立ち上がった。女が目を丸くしているのが目の端に映ったが、それよりも俺は目の前の男に注目していた。
 なんで、ここに、ユルトが?
「おい、誤解すんなよ? これはただ……俺はだな――」
「心配しなくても誤解なんかしないよー」
 ユルトはにっこり笑って言った。
「今日は僕と同室じゃないし、一晩ベッドを共にする相手を見繕ってるんでしょ?」
「……いや、その……そうじゃ……」
 ないなんてとても言えない。事実そうなんだから。
 ――けど、こいつにだけは見られたくなかった。
 そんな思いと、おいなに慌ててんだ俺こいつは恋人でもなんでもないだろ、という思いがぐるぐる頭の中で回る。
「きれいなお姉さんだね。優しくしてあげなよ、ククール」
 ユルトはそうにっこり言って微笑んだ。
 ――とたん、頭が沸騰した。
 優しくしてやれってなんだよそれ――お前少しもやきもち焼かないのかどうなんだよそれ――俺はお前のことあんなに気にして離れようとまでしたのにお前俺のこと気にもしてないわけ――
 お前、俺のことなんだと思ってんの?
「来い」
 俺はぐいっとユルトの腕を引っ張った。
「え?」
 ユルトのでかい目がきょるんと動く。
「ちょ、ククール? どうしたの、お姉さんとこれからするんでしょ? お勘定は? それに僕ここにジュース飲みに来たんだけど――」
「いいから来い!」
「ちょっとふざけんじゃないわよ! 人のこと誘っといて、この玉無しヤロー!」
 女の罵声を背中に浴びながら、俺は酒代を少し多めにカウンターに置き、ユルトの腕を引っ張って酒場から出たのだった。

「ククール、どうしたのさ。なんかあったの? ねぇ、ククールってば」
「黙ってついて来い」
「黙れったって。……なんか、ククール怒ってない?」
 俺は無言でユルトを引っ張って早足で歩いた。俺よりコンパスの小さいユルトは、小走りになってついてくる。
「ねぇ、ククール。僕なんかした?」
 困ったような声で言うユルトに、俺はユルトを秘密屋の前の路地裏に引きこんで、胸倉を掴むようにして言った。
「おい、ユルト。俺はお前のなんなんだ?」
「え?」
 ユルトはきょとん、という顔をした。思ってもみなかったようなことを聞かれた時のぽかんとした反応。
「なに、って。ククールはククールでしょ?」
「だから、お前にとって俺はなんなんだって聞いてるんだ」
「なんなんだって……仲間だよ?」
 ………そうか。仲間か。
 ……ただの、仲間なわけか。
「!」
 俺は強引にユルトの唇を奪っていた。顔を上向けさせ唇を合わせ、口内に舌を差し込む。
「……っと!」
 舌を絡める寸前、ユルトは俺をどんっと突き飛ばした。眉間に皺を寄せて言ってくる。
「ちょっと、ククール、どうしたわけ? なにがそんなに気に入らないの?」
「別に。なぁユルト、ヤらせてくれよ」
「え?」
 またきょとんとした顔。
「いいだろ。いっつもお前ヤりたいっつってたよな? たまには俺がヤりたがってもいいだろ?」
「……いい、けど。やだ」
 …………!
「なんでだよ」
「だって、ククール今僕に腹立ててるでしょ。なんでかわかんないけど。そういう時は話をするんだよ。セックスするんじゃない」
「セックスだって話だぜ? ボディトーク。俺はヤりたいんだよ。ヤらせろよ」
 俺はぐいっとユルトの裾を割り、腰と腰を密着させる。そして手早くベルトを解いて、服の中に手を突っ込んだ。
「ん……!」
「ほら、お前だって感じてんだろ? ヤりたいんだろ? だったらさっさと股開けよ」
 そう言いながら俺はユルトのズボンをずり下ろし――
「やだったらやだ!」
 俺はばきぃっ、と渾身の力で殴られて吹っ飛んだ。狭い裏路地でのことなんで、石の壁に思いきり頭をぶつけてしまう。
 ……すんげー痛い。
「あ、ククール、ごめん大丈夫? ……けど、ククールがいけないんだよ、僕がやだって言ってるのにしたがるから。片方がしたがってるだけじゃしていいってことにはならないんだからね」
 痛い。超痛い。
「ククール、なにかあったの? 僕に話してよ、話してくれなきゃわかんないよ。ククールってば……ククール? 泣いてるの?」
 泣いてねーよ。
「んもう、しょうがないなぁククールは……はい、ぎゅー。よしよし、いい子いい子」
 お前にそんなことしてくれなんて一言も頼んでねーよ。
 けど俺は結局ユルトの胸の中で、さんざん泣いて慰められた。俺はそんな風になんて少しもしてほしくなかったのだけど。
 ちくしょう、なんで俺はこんな奴が好きなんだ。こんなガキで天然で俺のことなんとも思ってない男なんか。
 認めざるをえない、認めたくないけど。俺はこいつが好きなんだ。今までの俺の恋愛感情とは違うけど、それでも俺のこいつに対する気持ちは好きの一言でしか表せない。
 ちくしょう。ちくしょう。男なんてキモいのに。気色悪いのに。ホモになったなんて思うと、それだけで吐き気がするのに。
 ――だけど、兄貴以外の相手にこんなに胸が痛くなったのは、生まれて初めてだった。

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