非幻想異端的日常
2006年 1月 1日 (日)
 お正月。
 前日は夜11時頃横になっていたら眠ってしまい、気がついたら朝5時頃だった。眠ったまま年を越したのはおよそ成人してから記憶に無い。

 セブンイレブンでいくら丼とごぼうサラダと雪苺娘を買ってきて食った。初めしである。
 テレビをつけると、相変わらずくだらない正月バラエティ番組がやっている。バラエティ番組は人間を堕落させる。テレビが人間を堕落させるのは、テレビ番組=バラエティという図式があるからだ。クイズ形式であろうがゲーム形式であろうが情報形式であろうがトーク形式であろうが、バラエティ番組がお茶の間の空間を埋めるためだけのものであることに大差ない。たまに笑えたり雑学が身に付いたりしても、中毒性による害の方が深刻である。間違いない。
 んなわけで、俺はめしを食いながら、正月番組をひととおりなめまわし、その喧噪から逃れるように、昨日TSUTAYAで借りたくだらないビデオを見始めた。同じくだらないものを見るのなら「作品」としてまとまったものを鑑賞する方が幾らかマシである。マシだった。

 そんなお正月。

2006年 1月 2日 (月)
 ひとりの正月休みを満喫。
ジム・キャリー タダ券があったので、ファンであるジム・キャリーの新作「ディック&ジェーン 復讐は最高!」を見に行った。ジムの前作は見事に見逃してDVDでの鑑賞だったが、今回はめでたく劇場で見れた。しかも出来はこっちのほうがいい。途中、貧乏に追いつめられてゆく過程が無駄に悲惨で長いが、どのシーンもいちいち面白いのでこれでいい。相手役の女優もよかった。

 そんな初映画鑑賞。

2006年 1月 3日 (火)
 久しぶりに母方の実家に帰った。ちなみに神奈川県秦野市である。ザッピー浅野出生の地でもある。朝11時までに来いと言われてて、朝まで眠れなかったので、結局1時間くらい寝ただけで小田急線に乗った。到着すると、あまり久しぶりに来たという印象はなく、駅前も実家もすべて見慣れた光景だった。しかしよくよく聞いてみると、俺が最後にここに来たのは五年以上前だそうだ。にわかには信じ難い。そこまで久しぶりだとは。
寿司と海老フライ 正月らしい豪勢な食事をご馳走になった(画像参照)。寿司と海老フライはここのお正月の定番である。しかし油っこ海老フライと冷たい寿司は食い合わせが悪いのか、あまり沢山食べれない。チョロギはないのかと聞いたら、誰ひとりとしてチョロギを知らなかった。俺にとってお正月の食いものと言ったらチョロギなのだが(2004年12月31日の日記参照)。
 食後、従兄弟で我が社の取締役でもあるケンちゃんの部屋で、ぱにぽにの未見のビデオを見せてもらった。1話見ただけで笑いすぎて次が見れなくなった。面白くて2話連続で見れないほどテンションあがりすぎてしまうアニメというのも珍しい。仕方がないのでサウスパークやイーオン・フラックスや名前のわからないアメリカのアニメを鑑賞した。英語を聞いていたら睡眠不足のせいかやたら眠くなり、どれも5分と見れなかった。仕方がないので「ワンダと巨像」というゲームの画面を見せてもらった。やたらスゴくて一気に目が覚めた。
 夕食は蕎麦をご馳走になった。蕎麦を食ったらまた眠くなり、母と妹は帰ったのに、俺だけ居座ってコタツで眠っていた。目が覚めると、また人が増えていた。何年ぶりかに会うYおばさんと従兄弟のTくん。犬が俺に向って吠えている。邪魔になりそうだったので、そさくさと帰った。
 そんな故郷でのひととき。

2006年 1月 4日 (水)
 一日中寝ていた。それしか書くことが無い。
 一日中寝ていたのだから、一日中寝ていた、しか書くことが無いのは当然のことである。しかし実際は、一日中寝ていた、以外のことも書いている。なんだかんだでもう数行に渡っている。
 なんて無駄な文章だ。

2006年 1月 5日 (木)
 行って来ました。東京ドーム。新日本プロレス。
 ここ数年プロレスから遠ざかっていたので、生観戦は四五年ぶり。先日ミクシィで半額でチケットを売ってる人がいたので、即座にコンタクトをとり、譲ってもらった。情報提供してくれたよしこさんにこの場を借りて感謝。
ブロック・レスナー 今回の大会の目当てはブロック・レスナーである。最近日本のプロレスにすっかり興味を失っていたので、というより愛想を尽かしていたので、他の試合は正直、どうでもよかった。生でブロック・レスナーが見れたらそれでよかった。
 5時頃ドーム入り。一試合目はまったり観戦。二試合目〜セミファイナルくらいまではほとんど寝てた。実は前日、徹夜で幻想異端文学連盟の雑誌制作にあけくれていたので、一睡もしてなかったのだ。
 ちらちら見てた限りでは、かつてのパワーを失った長州以外は、越中も高岩も蝶天タッグも大谷も金本も中西も相変わらずで、ちょっとは違うものを見せてもらいたかったが、如何せん飽きた時点の新日の試合そのままの保存状態を見せられた感じでいまいちのれなかった。唯一、かつてのインディー・プロレスをにぎわした金村・田中のタッグとライガー達の試合はノスタルジーを感じさせてくれ、かなり楽しんだ。それにしてもなんで曙の試合があるのだ。
 そしてお約束の猪木登場、1・2・3・ダーの後、いよいよファイナル。ブロック・レスナー対中邑。最近参考までにテレビでブロック・レスナーの新日での前哨戦を見てみたが、アメリカのWWEでの精気がなく、マイクパフォーマンスもやっつけ仕事で、日本のプロレス界をなめてかかっているような印象だった。これはドームの試合もあまり期待はできないかと思われたが、なかなか迫力のある試合で、圧倒的な実力でベルトを防衛。中邑をまさに、赤子の手をひねるとはまさにこういうことを言うがごとく、圧倒して勝利をもぎとった。まあ今でもしょっちゅうプロレスを見ているコアなファンには消化不良な試合だったかもしれないが、たまに見るぶんには楽しめる試合だった。

 東京ドームの近所でやたらまずいカツ丼を食って、帰った。家に到着するなり、即行で爆睡した。

2006年 1月 6日 (金)
 仕事始め。休み明けでちょっと詰まっていたが、滞りなく進行した。忙しくても、バタバタすることなく、ひとつひとつ確実につぶしてゆきつつ、速度を上げるところは上げ、省略するところは省略し、流れにメリハリをつけることこそ、仕事の極意であると悟った。つまり忙しさというのは、単純な仕事の量だけでなく、いやむしろそれよりも、それをこなす自らの精神性に大きく依存する問題であると言える。なんてことを考えていたら、「庖丁人味平」の第一巻、キャベツの千切り対決シーンを思い出した。

2006年 1月 7日 (土)
キレイ 松尾スズキのミュージカル「キレイ〜神様と待ち合わせした女〜」のビデオを見た。先日TSUTAYAに行った時、何気なく「松尾スズキ」というキーワードが浮かび、演劇コーナーに行ってみたらあったので、借りてみたのだ。
 「芝居」と入力しようとしても「司馬懿」が最初に変換されるくらい演劇に興味のない俺だけに、映画だったらよかったのに、と思いながら終始鑑賞した。まあそれだけメディアの違いを残念に思うほど、クオリティが高く面白い舞台だったってことに違いない。
 未来と過去の交差の仕方が絶妙。奥菜恵もよいし、クドカンもよい。ストーリーもよい。もちろん、松尾スズキのシナリオも演出も、味のある演技もグーである。
 松尾スズキは映像作家としても最高なので、個人的には映像作品に期待したい。

2006年 1月 8日 (日)
 早く寝たので、暗いうちに目が覚めた。めしを食い、DVDを見ていると、いきなりケンちゃんがやってきて驚いた。休日なのに。待ち合わせで秋葉原に行く途中に寄ったそうだ。残っていた仕事を五秒で片付け、すぐに去っていった。
 午後、iBookをかかえてデニーズで執筆。ピンチヒッターで脚本のリライトをやった。ピンチヒッターでものを書くのは楽しい。人のものであるという気安さと、役に立っているという実感を合わせ持つ。数時間没頭し、完成した。
 帰りスーパーに寄り、鳥のもも肉とタマネギと調理用トマトとスパイスを買い、事務所でカレーを作った。まずまずの出来になった。ちょうど「世界ふしぎ発見」が南インド特集だったので、見ながらカレーを食った。食後DVDを見ていると、またケンちゃんがひょっこり現れた。本日の秋葉原での収穫を自慢し、すぐに帰っていった。
 DVDを見ていたら眠くてたまらなくなり、2時頃寝た。

2006年 1月 9日 (月)
 ミクシィの南インド料理のコミュニティの新年会に参加。昨晩もカレーを食ったばかりだし、今夜の夕食もカレーの予定だが、そんなことはあまり関係ない。インド料理ある所、俺が現れる。
 ここのオフに参加するのは初めてだ。友達に誘われ、前回のオフに参加する予定だったが、友達からキャンセルを喰らい、中止になった。それがずっと心残りで、今回の参加に踏み切ったというわけである。しかし一番の理由はうまい南インド料理を食いたかったからだ。
南インド料理 定番のバナナの葉にもりつけられたインド料理が出てきて、手で食った。思ったより品数豊富で、ダール豆のマレー、マンゴーのピクルス(これは食えなかった)、冬瓜と大根のカレー、トマトベースのカレー、その他オカラみたいな見かけのもの(これがかなりうまい)とか、いろいろあった。カレー、カレーと連呼しているが、カレーとひとくくりで語ってしまうのは違和感があるほど、南インド料理の奥深さを味わった。普段食べている北インド料理と違い、あっさりしていていくらでも食べられる。何度もおかわりして、お腹いっぱいになった。食後はやたら甘いシナモン・コーヒーを飲んだ。満足だ。これで会費800円は安い。来ていた人達もよい人ばかりでよかった。

 帰って、先日ケンちゃんに借りたブライアン・デパルマの「ミッドナイト・クロス」のDVDを見た。なかなか凝った作りで面白かった。さすが。どうして最近の映画はこの程度のひと工夫ってものが出来ないんだろう。結局は単純なサスペンス映画なのだが、一般の映画と比べても、これほどの名作は滅多にあるもんじゃない。

2006年 1月 10日 (火)
 昼食。スパイスヘブンのランチバイキング。この48時間、インド料理しか食っていないな。夕食はそろそろ他のものを食おう。

 ケンちゃんに借りたペキンパー監督「ワイルド・バンチ」のDVDを鑑賞。以前からこの映画のタイトル、ワイルド・ンチだと思ってたら、ンチだったんだな。なかなかカッコいいタイトルだ。
 胸にぐぐっと来るところはたくさんあったが、全体としてはいまいちだった。しかしとても面白く出来た良い映画であることは確かだ。単に俺の基準で映画自体が古臭く、退屈してしまっただけである。
 ペキンパーってこんなんだったっけ。がっかり。

さむげたん 近所のヤマヤでレトルトの参鶏湯なんてのが売ってたので買って食ってみた。あっためるだけですぐ食べれて、値段は800円と激安。こういうものがあるというのは、墨森先生からの情報で知っていた。これが噂のあれか。
 情報通り、圧力釜で調理してあるらしく、骨までボリボリ食べれる。ただ食えるからと言って、骨をぜんぶ食ってたら気持悪くなってくるので、肉と一緒に思わず口に入ってしまうもの以外は極力出すようにする。味はなかなかうまく、値段を考えたら上々。鳥も一匹まるごと入っていて、朝鮮人参も一本、そのままの形で認められた。
 これは思ったより拾い物だ。レギュラーで食おう。

 夜テレビで「西遊記」なんてのが始まったので西遊記ファンとして一応チェックする。
 映像は金がかかっててなかなか良く出来てたが、内容はやたらベタで酷い。しかしまあ、なんてアタマの悪い脚本だ。いい大人が書いてるんだろうに、よくここまでアタマの悪い脚本が書けて、それが通るもんだ。感心する。いや、アタマが悪くないと、最近のテレビはいかんのかな。
 ひとえに西遊記と言っても、元の西遊記にあった三蔵法師・孫悟空・緒八戒・沙悟淨のキャラと設定を借りただけの、オリジナル色の濃いものになるだろうことは予想がついたが、それでもいくらなんでもここまで違っていいものだろうか。例えば悟空は石で出来た石猿なわけだから、棒で殴って気絶させるなんてシーンはどう考えてもナシだろう。まあそんな感じで細かいことを言ったら30秒に一回はツッコミが入るほど、この西遊記はかなりオカシイ。ヤボなこと言うつもりはないが、しかしいくらなんでもこれはちょっとオカシすぎる。だいたいオカシくするならするで、より荒唐無稽に、よりスケールアップの方向にオカシくすればいいのに、こじんまりとスケールダウンしてどうする。天下無双の孫悟空が棒で殴られて気絶するなよ、まったく。
 こんなものを見る暇があったら「西遊記Z」を読もう。間違いなくマシだ。

2006年 1月 11日 (水)
 今年の抱負は何にしようかといろいろ考えたが、今だにどうも何もさっぱり思いつかないので、とりあえず今年は毎日必ずその日のうちに日記を書く、ということで頑張っていこうと思う。
 一応この日記は個人的な記録としての日記とはちょっと違い、またネットの日記によくある、エッセイ的なものでもまたなく、幻想異端文学連盟に掲載する文芸作品の一環としてアクセスアップの意図も含めて綴っているある種の読み物なので、ただその日のあったことをだらだら書けばいいというものでもなく、たまには誇張したりもするし、嘘も書く。ネタが無い日は他の日のネタを流用したりもするし、映画や書物の感想に逃避したりもする。そんな苦労の末に三年半の間一日も書かさず続けてきた日記なわけだ。
 まあとにかく最近日記のアップがマメだなあと思われた皆様、そういうわけなので、暖かく見守ってくださればと思う次第である。

2006年 1月 12日 (木)
 最近、会社の経営が大変だ。金がなく、支払いが苦しい。生活費まで切り詰めたりしている。俺が最後に給料もらったのいつだっけ、ってな感じだ。夜、税理士の先生が来たのでいろいろ相談したら、割とあっさりと、なんとなく展望が見えてきた。
 先日、俺が人物評の大家として信頼する霊感占い師の先生に、自分は会社経営の才能が無いと愚痴をこぼしたら、「浅野さんは商才はイマイチですけど、ちょっとお知恵拝借できるような人材との人脈を作る才能は素晴らしいです。その才能を生かして、これからも経営続けていったらよいでしょう」と激励された。なるほど、こういうことなのか。な?

2006年 1月 13日 (金)
ゲッタウェイ ケンちゃんに借りたペキンパー監督「ゲッタウェイ」のDVDを見た。いやこれはなかなか。演出の細やかさとか、粋なラストとか、キレ味よろしくシビれた。
 主役ふたりの、ゴミの中で育む腐れ縁といった感じの夫婦善哉が美しかった。他にもキャストがどれもかなりハマっている。
 調べてみたらまた素敵なキャストでリメイクもあるので、近いうちにそっちを見てみよう。

2006年 1月 14日 (土)
 もうコンビニ行くのもままならぬほどなので、2年ぶりに痔の医者に行った。ネットで調べて、このたび選んだのは新橋の胃腸肛門クリニック。
 2年前通った2件の医者はやたら極端だった。一件目は2ヶ月通ったあげく、手術をした方がよいと言い渡され、2週間の入院で手術費が72万かかると言われた(2004年3月16日の日記参照)。そりゃタマらんと、二件目の医者に行くと、そこではその場で手術を言い渡され、20分ほどの簡単な手術で手術費は2万5千円で日帰りで電車に乗って帰れると言われた(2004年4月16日の日記参照)。言ってることがあまりにも違いすぎ、どっちを信用していいのか決めかねているうちに、そのままうやむやになり、結局2年の月日が経ってしまったのだ。
 さて本日である。
 まずお医者さんから従業員さんから看護婦さんまで、全員女性でびっくり。待合室も半分以上女性で、なんとなく安心感があった。隣に座った可憐な乙女が、問診票を書いていてちらっと見たら、「脱肛する」にマルをつけてたりして、ある意味シュールだなと思った(想像したわけではない)。
 診察。内視鏡でケツの中を覗かれ、やはり手術が必要だと言われた。手術費は15万円くらいで、入院は1週間ほどだそうだ。なんだか2年前の2件と比較しても、ほどよい中間地点である。説明も納得いったので、とりあえずここで手術する方向で話しを進める。手術の日程はとりあえず三月上旬。場所は我孫子だそうだ。やたら遠いが、まあいいや。
 そんなわけで、「じ」と入力しても「ぢ」と入力しても「痔」と変換されることに気がついた、本日の日記である。

2006年 1月 15日 (日)
 日記のログがぶっとんだ。14日まで何とか回復できたが、15日だけダメだったので、記憶をたよりにもう一度。

蒼穹の昴 えーと、確かこの日は浅田次郎の「蒼穹の昴」の感想を書いたんだったな。
 つまり、こんな長い小説を読んだのは久しぶりで、俺はひとつの本を通して読むってことがあまりなく、だいたい並行して幾つもの本を同時進行で読んでいるので、なかなか本が読み終わらず、「蒼穹の昴」を読んでいる最中も、一度中断して高島俊男の「中国の大盗賊」を読み返してたりして(「蒼穹の昴」に太平天国を倒した曾国藩が出てきて、「中国の大盗賊」に曾国藩についての面白い文章があったことを思い出したのがきっかけで)、なんだかんだでひと月ほどかかって読了したと。で、俺にしてはこの尺の本をひと月で読み終わるのは割と早い方で、つまりはそれほど面白い小説だったって結論で、あと小説の内容について若干触れていたと思うが、面倒くさいので省略。

 一度書いた文章って二度と書けないよな。
 誰か俺の15日の日記を保存しているか、ブラウザのキャッシュかなんかに残っている人がおられましたら、提供していただけると嬉しく思う次第でございます。

2006年 1月 16日 (月)
未来世紀ブラジル ケンちゃんに借りたテリー・ギリアム監督「未来世紀ブラジル」のDVDを見た。15年ぶりくらいに見た。もともとテリー・ギリアムがあまり好きでなかったってこともあり、前回見たときは居眠りしまくって、ほとんどストーリーを追ってなかったが、友達の霊子くんが人生最高の映画としてこの作品をあげているのを聞き、もう一度見てみたくなったところに、たまたまケンちゃんが持っていたので、借りて見てみたというわけだ。
 前置きが長くなった。
 これがなかなか面白かった。なるほど、こんなストーリーだったのか。イギリス映画にはこういう管理社会で人間がもがき苦しむような映画がマジで多い。中でもこれはモノ凄い映像センスと緻密な近未来設定とストーリーの面白さで、他から一歩秀でた傑作と言える。
 うちの妹もこの映画はダメだと言ってて、話しを聞いてみるとやはりストーリーを完全に見失っていたので、ストーリー展開の解りにくさでかなり損してる映画なんじゃなかろうか。

2006年 1月 17日 (火)
 またカレーを作った。ターメリックを入れすぎて、崩壊した。ターメリック嫌いだ。ほんの少し入れすぎただけで、味が泥臭くなってしまい、日本のカレーみたいな味になる。救いようのないスパイスだ。もうターメリックなんて使うもんか。ターメリックが無くたって、立派なカレーは出来るのだ。間違いない。

2006年 1月 18日 (水)
 うちでやってるネット通販の関係で、Yahooの新春カンファレンスに出席。売り上げ向上のノウハウと、他の業者との懇親会が主な内容である。
 正直、なんで出席したのか解らない。これまでも何度か出たことあるが、ノウハウはまあまったく参考にならないこともないが、ネットで検索して少し勉強すれば得られる程度の知識だし、懇親会にしても、この手の場所で有意義な情報や人脈が得られた試しがない。まあ後者はほとんど俺のせいで、こういった場が俺は苦手なのだ。
 そんなわけで、睡眠不足も手伝って、前半の講演はほとんど寝ていた。
 後半の懇親会では、同席した業者の皆様とぱらぱら名刺交換をした。皆、情報交換と人脈作りにせわしない。俺も少し会話に加わってみたが、話すことと言えば「何売ってるんですか?」とか「儲かってますか?」とか「バナー広告やってますか?」とか「楽天はやってますか?」とか「卸はやってますか?」くらいの定番の質問をし合ってお茶をにごすばかり。めしは旨かったが、立食パーティーだったので、かなり疲れた。立ったままめしを食うのは非常に苦手なのだ。
 そんなわけで今日のイベントはまじで意味がなく、つまらなかった。
 実は今日は最初、つぶらが出席する予定だった。我が社の通販部門担当である彼女なら俺と違って、ある程度有意義なひとときとして活用できるのではないかという憶測と、彼女に事務所での作業ばかりではなく、たまにはこういった場に出席して見識を広めさすのもいいのではないかと思って申し込んだのだが、如何せん、彼女は現在忙しく、とてもではないが半日会社を空ける余裕がなかったのだ。そもそも、つぶらに過酷な仕事量を与えているのは他ならぬ俺じゃないか。
 なんだか墓穴掘りまくりな、今日この頃である。

2006年 1月 19日 (木)
こどもののみもの 無性に炭酸飲料が飲みたくなってコンビニに行ってこんなものを発見した。
 こどもののみもの。
 要するにノンアルコールビールに砂糖が入ったようなソフトドリンクであることは見た目で明白だった。試しに買ってみた。サンガリアって割とゲデモノが多いので不安だったが、これがうまかった。
 コップに注ぐと、本当にビールのようなトクトクトクと音がして、本当のビールのような泡がたつ。飲んでみると、ほんのり甘く味がついている以外は、ほろ苦さものどごしも色もビールにそっくりだった。心なしか酔っぱらったような気がするのは、条件反射だろうか。これでゲップまでビールの香りがしたら完璧なんだが。
 いいじゃないか、こどもののみもの。久々のヒットかも。すでに我が事務所ではブームが吹き荒れている。仕事しながらビールを飲む気分が味わえというのが何よりのポイントだな。ああ、また乾杯の声が…。

2006年 1月 20日 (金)
 儲かってないし金などまったく無いのに、相変わらず税金だけはバンバン払わせられる。本日もなけなしの金をはたいてウン十万の税金を納めてきた。いったいこの社会は民からどれだけ金を搾りとるつもりなんだか、面白いやら不思議やら、複雑な心境だ。
 役所というのはたまにやり方が阿漕で、なんかの支払い用紙が届く。ちょっと金がないので暫くほっておく。やっと余裕ができて、金融機関に行くと、「この用紙はすでに期間が過ぎているので使用できません」とつっ返される。仕方なくまたほっておくと、また用紙が届く。その時はまた金欠状態だったりして、またほっておく。やっと金が出来て、支払いに行くと、その頃にはまた用紙の使用期限が過ぎている。そんな調子でなかなか思い通りに払わせてもらえず、国民健康保険などもう二十万以上たまっている。勘弁してほしい。
 去年放映されてた「ドラゴン桜」というドラマで、「社会のシステムは頭のイイやつらが作っていて、頭のワルイやつらから金を搾り取るようにうまく出来ている」と言っていたが、要するにこういうことなのだ。
 勉強しましょう。

2006年 1月 21日 (土)
 この頃になると、節分の豆がぼちぼち売り出される。豆好きの俺としては、今から買ってボリボリ食っている。この福豆というやつ、節分が終わるとピタリとコンビニから姿を消す。だから今のうちに食っとかないと、たまに節分当日に気がついたりして、結局その年の節分は一度も豆を食わないで終わってしまい、口惜しさにきな粉を嘗めるはめになったりする。そんなわけで、豆をボリボリ食いながら、日記を書いている。仕事はまだ終わらない。最近また一日一食になった。発芽玄米は腹もちがいいのだろうか。今日は久しぶりにアジフライを食った。寝よう。

2006年 1月 22日 (日)
生きながら欲望に葬られ 珍しくネット通販で中古アダルトビデオなんぞを買った。豊田薫監督の名作「生きながら欲望に葬られ」(87年)。
 なんだアダルトビデオかよ、と侮ってはいけない。高校の頃、俺が道を踏み外すきっかけとなった、アダルトビデオであって、アダルトビデオの枠を超えた、アート作品である。
 だいたいアダルトビデオなんてぶっちゃけヌケればいいのだから、アートである必要はないのだ。それがなまじっかアートだったりするから、必要以上に人を巻き込んでしまうのである。同じようなものばかりな海千山千のアダルトビデオ作品群の中にあって、たまに紛れているこの手の玉にひっかかったために、地獄に堕ちた野郎どもがこの世に何人いることか。現にこの作品によって修羅道に堕ちた男を、俺は他にひとり知っている。
 まあアダルトビデオってのも趣味ではないが(ウソかも)、あらゆるジャンルに、ひとつくらいは持っておきたい心に残る作品というのはあったりするもので、これはそんな作品なのだった。

 それよりミクシィで誰か豊田薫のコミュニティ作らないかな。俺の中ではアダルトビデオの監督といえば、代々木忠でもなく、村西とおるでもなく、はたまたバグシーシ山下でもなく、豊田薫なのだったりする。

2006年 1月 23日 (月)
 カリシュマ・カプール主演のインド映画「ShaktiMan」を見た。他のインド映画と比べアクション・シーンが多めで、そこだけ見るとインド製カンフー映画って感じの作品。やたらつまらなかったが、カンフーもどきのシーンだけは笑えた。というより苦笑した。

2006年 1月 24日 (火)
 オン・ザ・エッジだったホリエモンがついに崖から転落。事態について客観的な所見を述べる前に、理由はあえて書かないが俺はホリエモンと自分との経営者としての共通点について考える必要性を迫られていたりする。その答えは、社会の常識と法律を基準とした善と悪の価値観の曖昧さに宿っているような気がした。悪いことってのは、案外いつのまにかしてるもんなのかもしれんな。自覚無自覚に関わらず。

2006年 1月 25日 (水)
一条祭 「ぱにぽにだっしゅ!」のDVD第3巻・期間限定版を買ったら特典のDVD全巻収納BOXが「一条祭」だった(画像参照)。しかもDVDのジャケットが、1巻はターミネーター、2巻がスケバン刑事ときて、3巻は料理の鉄人。どこまで小ネタを効かせれば気が済むんだこのアニメは。

2006年 1月 26日 (木)
 めずらしく外出。六本木で女王様と便秘の話しをしつつ金をもらい、日暮里でうな重を食いつつ愛の苦言を言い渡し、代々木で痔を激励されつつ金をもらった。途中、龍を何体も目撃した。帰ってからも目撃した。人生、にわかに機動中である。一条祭のおかげかもしれない。

2006年 1月 27日 (金)
 午前中、いきなりつぶらから電話。
 「ヤナギマチさんがおみえになっています」
 ヤナギマチとは、この日記でハチャトリアンとかコンゴとかRENEとかYとかいろいろな名前で呼ばれているあれだ。もう面倒臭いので本名のカタカナで統一する。
 慌てて着替えて歯をみがいて出社。まったり仕事を開始しながら、ヤナギマチとホリエモンの話題などで雑談をした。
 結局、何しに来たのかは不明。悠里しかり、この事務所を仕事以外で訪れる者は、最後まで何をしにきたのか解らないことが多い。
 きっとここはみんなの憩いの場なのだろう。それとも俺が人気者なのだろうか。

 午後から占い師のクミさんと食事の予定があったので、ヤマギマチと事務所を出発。彼は四谷に旅立ち、俺はファーストキッチンの前で彼女と合流した。
 インド料理「ジンナー」でカレーを食いながら、われわれを取り巻く人間関係のこと、今後の仕事のことなどを話しあった。
 彼女と知り合ったのは6年ほど前、最初は仕事でのおつきあいだったが、この5年くらいというもの、いろいろ話しは持ち上がったものの、仕事の話しがとんとまとまらない。
 今では人生の細かな節目に現れ、語り合うよき相談相手のような存在だ。思えば奇妙な縁である。でもそろそろまた一緒に仕事もしたいものだな。

2006年 1月 28日 (土)
 痔の悪化で外も満足に歩き回れないので、最近の週末は幻想異端文学連盟の雑誌づくりをしこしこやっている。
 掲載する小説は連載ぬかしてほぼ埋まったが、各作品ごとに最低ひとつは挿絵と、なるべくならデザイン的な趣向をこらしたいので、事実上まだ半分以上は作業が残っていることになる。とにかく圧倒的にビジュアル・アーチストが不足しているので、絵の描ける方、イラスト得意な方、グラフィック・デザイナーの方など、この歴史的な書物の第一号にたずさわりたいという図抜けた先見性をお持ちの方がおりましたら、ザッピー浅野までぜひご一報いだだければ幸いと思う今日この頃である。
 それと、オリジナル作品ももう少し充実させたい。トップページをご覧の通り締切は4月3日にのびたが、もうこれ以上は100%伸ばすつもりはないので(連載はのぞく)、掲載希望の作品、詩でも小説でも漫画でもエッセイでも論文でもなんだかわからないものでも構わないので、検討対象に入れてみたい方は、応募してみるとひょっとしたら歴史に名が残るかもしれません。締切すぎても前もって報告いただければお待ちいたしましょう、喜んで。
 とりあえず雑誌幻想異端文学連盟創刊号、今年中にはオンライン発売予定である。自主映画と同時進行である。いろいろやってるのに、それほど忙しくないのは何故だろう。今だけだろうか。要領がいいのだろうか。精神的な姿勢の問題だろうか。相変わらず空を見ていると飽きない。

2006年 1月 29日 (日)
 まったり週末。昼頃起きて、二時間ほど風呂に入りながら週刊文春を読みふけり、スーパーでカレーの材料と昼食の赤飯とポテトサラダとゴボウサラダと野菜コロッケとエビクリームコロッケと杏仁豆腐を買い、帰って下ごしらえを終わらせカレーのベースを煮込みながら、DVDを見つつ昼食をとった。ちょっと買いすぎたようで全部食ったら腹が苦しかった。これで石焼き芋まで買ってたらやばかったな。

ホーガン 先日TSUTAYAで借りてきた「レジェンド・オブ・ホーガン」を見た。ハルク・ホーガンのWWEでの活躍、特にビンス・マクマホンとの連携でスターにのし上がったサクセスストーリーを中心としたドキュメントだ。やや扱う範囲が狭く断片的で退屈したが、それなりにはよかった。ホーガンは中学の頃に熱狂した俺のプロレス・ファンとしてのルーツだし、その後も何かと思い出深いレスラーの筆頭にあげられる。それにしてもホーガンってうちの祖父に似ている。

 いろいろ仕事はたまっているが、食い過ぎて身動きとれないので、明日やろう。

2006年 1月 30日 (月)
 池袋新文芸座のオールナイトに行った。今夜はチャン・イーモウ特集。「紅いコーリャン」「菊豆(チュイトウ)」「あの子を探して」「初恋のきた道」の四本立て。チャン・イーモウのファンとしてはかなりおいしいラインナップだ。池袋の新文芸座のオールナイトは去年から何度か通ったが、今夜のが一番密度が濃く、充実していた。
紅いコーリャン 今夜の上映で見たことないのは「あの子を探して」だけだと思ってたら、映画が始まり「紅いコーリャン」も見たことなかったことに気がついた。これがまたスゴい映画で、圧倒された。こんな映画はもはや俺の想像を絶している。思えばチャン・イーモウの映画を初めて何本か見た時、こういう形で俺のツボにはまった監督は黒澤明以来十五年ぶりだったが、もうここまでくると黒澤の全盛期の傑作名作群にさえ平気で肩を並べるスゴさである。「天国と地獄」や「羅生門」を見た後の金縛りに近い感動を覚えた。
 「菊豆(チュイトウ)」もビデオで見たときはちょっと中途半端だと思ったが、映画館の大画面で見ると映像に圧倒され、俺の下らない感性などがケチつける隙もない。そこに圧倒的な映像で、ありのままの人間が描かれている、もうそれだけで充分だった。
 「あの子を探して」もスゴかった。いや、これがある意味一番スゴかった。なんでこんなスゴい映像で、スゴい人間が描けるのだろう。神業としか思えない。びっくりした。俺はまだこの監督のスゴさを一部しか知らなかったらしい。
 そして最後は「初恋のきた道」。俺がDVDで人生最大の号泣をした映画である。なんか「紅いコーリャン」と「あの子を探して」があまりにもスゴかったので、これまで最高傑作だと思っていたこの作品も、かなりまったりと鑑賞できた。でも中国の田舎の風景と、素朴な中華料理、少女の紅い服は、大画面で改めて脳裏に焼き付いた。最後は不覚にもまた泣いた。
 実はチャン・イーモウは少し前までピーター・ジャクソンとユルグ・ブットゲライトに続いて一番好きなコンテンポラリーの映画監督だった所が、「LOVERS」があまりにもつまらなかったのでちょっと俺の中で株が暴落ぎみだったのだ。いやはや、失念していた。こんなスゴい監督だったとは。これからも期待させていただきます。とりあえず「単騎、千里を走る。」を見ないとな。

2006年 1月 31日 (火)
 外出する直前にトラブル発生。iBookの前で処理に追われる。外出予定先のクライアントから電話があり、いつになったらくるんだとご立腹の様子。仕方ないので未解決のままiBookをカバンにつめこみ、出立した。
 少し遅れて到着。理解できないことを説明にいったのだが、事前に調べていたらしく、既に納得いかれていた。まあ最近お会いしてなかったのでご挨拶の意味も含めて、まったく意味がなかったわけではなかった。
 接客を終わらせ、近くの喫茶店でiBookをひろげトラブル処理の続き。なんとか解決の糸口が見えてきた所でコジロウさんとの待ち合わせ時間。合流し、一緒に打ち合わせ。スムーズに事は運び、コジロウさんと現地で喜多方ラーメンを食って事務所に戻った。結局トラブルは最初から無きがごとくにおさまった。
 そんなあわただしいようで、単に効率悪いだけの一日がまたひとつ過ぎてゆく。


戻る
wwwnikki ver 0.641(20020410) (c)AuSYSTEM 2002