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青かん 〜前 編〜

ある日の午後10時14分。
明るく照らされたコンビニの店内には、まだ客が大勢いて、活気のある声が聞こえていた。
10時15分、まるでここで働いているかのように一人の男が入店してきた。山下がこのコンビニでアルバイトするようになって、既に4ヶ月は過ぎようとしていた。しかし、土日を除いてほぼ毎日、皆勤手当てでも貰うつもりなのか、ある男が判で押したように毎日決まった時間、しかも数分の狂いもなくやってくるのを山下は知っていた。

彼が何の為に、何の得があってこの同じ時間にやってきては、1時間ほど時を過ごし、何も買わず帰っていく姿を見ていた山下は、不思議でならなかった。それとなく他の店員に探りを入れてみても、そんな男を気にする奴がいるはずが無く、特別関心をもつような奇特な店員もいなかった。それはまるでこの世界で知っているのは、山下一人のみのように思われた。

山下はこの秘密が結構気に入っていた。
特に目立った特徴のない普通のサラリーマンなのに、決まった時刻に来店し、帰っていく行動パターンが興味を引いたのだ。もしかしたら、なにか面白い事にでも遭遇するのでないかという期待感が、日増しに強くなっていくのを感じていたからだろうか、それはまるで自分を侵食してゆく錆のようだと思った。

 山下は遂に二浪してしまって、家族からの重圧や友達からうける疎外感を常に感じていた。
それは、時折澱のように心の奥底へ積もってゆく気持ちの悪さから逃げたいを思う半面、来年、不合格にでもなれば周りのものは諦めて自分のことなどに構わなくなってくれるのではないかと密かに期待 もしていた。

 特に行きたいとも願わない大学への進学を、家族や友人の面子で受験し続けるのは、ほとんど義理人情の世界だと 山下は思っていたのだ。
『やりたい事はある』と山下は一人、考えていた。
だが、誰も山下の意見を尊重しようとはしないのだ。

 山下は、髪を触るのが好きだった。それは自分の髪でも他人の髪でも、髪の毛のさわり心地が好きなのだ。
その異常とも思える執着心は、山下自身が自覚したのはいつ頃だったは定かではない。気がついたら人の髪を触っていたのだ。そうなると、考えられる職業はただ一つ、美容師になることだった。
山下は幼い頃から憧れていた職業の美容師になりたかった。しかし、家族の誰もが下らない夢と切り捨てたのだ。

それから、美容師の話も、大学の話もしなくなった。
それと同時に家族に自分をわかってもらう努力もしなくなった。
山下はただ、家族に見捨てられる事を望んだ。
そして、その間、家族を自分から見捨てるだけのお金を貯めて、独立し理容師への道を進もうと考えていた。
だから、仲間内から『金に細かい』や『どケチ』だのとか言われても一向に気にならなかった。
そんな一種の閉塞した状況の中で唯一、面白いと思ったのが『10時15分の男』の存在だった。
男は今日も、正確に時を刻む精密機械のように、14分には通りの角に現れ、15分丁度に扉を開けて入店してくる。

濃紺のシングルボタンのスーツに皺はなく、白いワイシャツの襟も汗で汚れた染みも無く、彼が生粋のデスクワークのサラリーマンであろうことがわかった。花柄のネクタイはともすれば、派手に見えるが濃紺のスーツにはとてもオシャレに映え、左手の薬指にはめているプラチナの指輪が理想の夫であるように男を見せていた。男の髪は細くやわらかそうで、天然であるようにゆるいカーブを描き、フロント部分からサイドへと流れていく曲線が、山下の欲望を刺激していた。その時まで山下にとって、『10時15分の男』は、触りたい髪の筆頭でありそれ以外の欲望などは感じていなかった。

 男は見慣れたはずの店内をひとしきり散策したあと、定番のように雑誌のあるスタンドの前に立ち、読み始めた。
山下は残りの二人の店員にレジを任せ、自分は店内の品だしと整理を始めた。
山下は今まで男を傍から見るだけで、ニアミスを試みた覚えはなかったが、今日はともすれば触れられそうなぐらいに男へ近づき、臭いを嗅いだ。それは男にしてはビックリするような、甘い香りを放っていて、それが髪の毛の残り香などではなく、香水の臭いだということに驚きを隠せなかった。

 それから、山下はレジに入り男がなにかを買うのを待ってみたが、やはりこの日も男は何も買わずに11時15分丁度、腕にはめた時計で時刻を確認すると、昨日と同じように出て行ってしまった。
これからは男の側に行き、臭いを嗅ぐという行為が新たなゲームの開始だと山下は予感した。

<2>

その日、バイトの時間を間違えた仲間のおかげで、0時30分まで時間を延長させられた山下は、憤懣やるかたなしといった表情で、コンビニを後にして帰宅の徒についた。『本当にすまない』と言いながらも悪びれた様子もないバイト仲間は、それでも、いつも迷惑をかけてすまないといって、缶コーヒーを『奢り』と称し山下に手渡した。
暖かなコーヒー缶を手に山下は帰りたくない自宅へのろのろと向かった。

 山下は帰宅途中、大きな公園に差し掛かる。
そこは数ある公園の中でも広い敷地で、沢山植えられた木々で視界がはっきりしない昼でも暗い公園だった。近所からは『この世の中、一番危険な場所』だと指摘され、伐採計画を持ち出されてしまった問題の公園だったが、古い住民からは公園の木を切ることは、『祟りがあるからダメだ』といって反対され、結局見回りの強化をすることで、木々の伐採は見送られた。

 その結果、別の意味で危ない公園となってしまい、今では女男入り乱れての、「青かん」の場所となってしまった。夜中の2時を過ぎようものなら、どこから聞こえるのか、男や女の喘ぎ声がひたひたと忍び囁くように聞こえてくる。

勿論、それ目当てのアベックもいれば行為を覗こうとする輩まで集まりだし、あちこちから異様な気が渦巻く場所となってしまっていた。しかも、ある雑誌で”今一番ホットなスポット”として取り上げられてからは、その勢いに翳りは見えなかった。
しかし、山下はそんな場所にも取り立てて興味は無かった。
自分以外の人間が乳繰り合った行為の真っ最中でも、所詮関係の無い事であり、他人の行為を見たからといって自分が興奮するわけでもなかったからだ。現に、山下は友達と一緒に初めて見たエロビデオを見た時でさえ、興奮はしなかったのだ。

一緒に見た友達のうち、免疫の無かった二人は鼻血を出したにも関わらず、山下は何の興奮も感じなかった。ただ、このことを喋ってしまうと後々面倒なので、周りに話を合わせていた。しかし、かといってセックスについて興味がないとか、欲望が全くないとか言うわけではなかった。

中学2年で同級生と初体験も済ませていたし、高校時代も何人かの女の子とも交際もしていた。今は浪人生という身分も手伝ってか、高校卒業とともに付き合っていた女の子とも疎遠になり、自然消滅となってしまってからは現在は恋人がいないという具合だった。

 山下はその気もないのにフラフラと公園内に入り、のろのろと自転車を押しながら歩いていた。
『このまま数分うろついてから帰ることにしようか』
などと、いかに遅く家に帰ることができるか考えを巡らしていた。
山下の自宅はコンビニから幾分離れたところあり、自転車で行き来をしていた。
勿論、電車賃を浮かせるための節約だ。

山下は現在、金を貯める為に、予備校の授業料を親から騙し取っていた。
だから予備校には行っていない。
予備校に入るふりをして、授業料を受け取り、特別講習といっては、講座料としてお金を受け取っていた。
予備校からくる手紙や資料は、友達の松井が逐一知らせてくるし、今の連絡はパソコンだなどと、親にいえば『あぁ、そうか』とロクに考えもせず、返事をしてくるので、山下にとっては便利で都合のいいこと、この上なかった。

家族だからといって、親の干渉に笑って耐える程、山下は自分が優しくないと思っている。
自分を信用しない親など、自分にとって何の意味があるのか?
考えを巡らせれば答えが出るわけでもなく、金が増えるわけでもない。
山下は出口の無い答えをダラダラと考えるのは、無意味なように思え、今はただ、一人になりたいと願う、唯一の望みを叶えるべく努力しようと思うのだった

公園内の街燈は案の定、薄暗く、ほんの少しの場所しか照らしてはいなかった。人がいるのかいないのか、判断ができるほど明るくは無かったので、人のいる気配はするのだが、どこにいるのかはさっぱりわからなかった。

暫く歩いて、公園のほぼ中央辺りにくると、一際薄暗いベンチの下に黒い塊を山下は見つけた。一瞬、ドキリとしたが、直ぐに人が座っているとわかったので、胸をなでおろした。
ほんのりと電気のあたった明るいところに顔が見えた途端、山下は声をあげそうになった。

『例の10時15分の男だ!』
山下は驚きとともに、好奇心がムクムクと湧き上がるのを覚えた。
例の男はコンビニを出た後、この公園に来ていたのだ。しかも、11時15分にコンビニを出ていることを考えると、小一時間程、この公園にいることになる。

山下は秘密のおもちゃを手に入れたような高揚した気持ちを押さえつつ、男の元へ歩み寄った。
男はじっと足元に視線をやり、身動きもしなかった。
山下はできるだけ普通に、自然に振舞うように近づいてゆき、ベンチの横に自転車を立てかけて腰掛けた。

しかし、男は振り向きもせず、ただじっと視線を下に落としたままだった。ビロードのようなやわらかそうな髪が、わずかに震えているように見えた。

「ねぇ、ちょっと……大丈夫?」
山下は動かない男を心配したようなふりをして声をかけた。
男はビクリと肩を震わせ、恐る恐る山下の顔を見た。
男の顔には緊張しているのか、瞳が揺れているように見えたが、得体の知れない何かが写っているようにでも見えるのか、山下を見ていないようだった。

男は消え入りそうな小さな声で、「……はい」とだけ短く返事をした。
山下は、訝しりながらも何とか話を続けようとした。
「あんた、動かないからさぁ、死んでるのかと思ったよ?」冗談めかしに山下は笑いながら言った。
すると、男は「……そうですね、死んでいるのかもしれません」と答えた。
山下は、一瞬、ギョッとなったが直ぐに冗談だと判断して、男の話をまともに取り合わなかった。それでも山下は執拗に、男の顔を覗き込み、
「よく、言うよ、生きてるじゃん。……でも、寒そうだなぁコートもってこなかったの?」
季節は11月の下旬だ。
いくら暖冬だとはいえ、真夜中の公園は寒いだろうと山下は思い、コートも持ち合わせていない男を観察した。

そして、バイト仲間から『お詫びのしるしと称した缶コーヒー』があることを思い出し、男に缶コーヒーを差し出した。
男は驚いたように顔を上げ、山下の顔を見つめた。その時、身体を山下の方へ向けた途端、街燈の真下にくることになって、山下の方からも男の顔が良く見えた。
「あ、あの……」
言いにくそうに声を出す男を制するように山下は、声をかぶせ、
「やるよ、俺も貰ったやつだから……ほら」
男は缶コーヒーをまじまじと見つめていたが、やがて山下の手から缶コーヒーを受け取った。
その時、山下は男の指に触れた。
「冷たい指だ」と思い、自分の指と見比べるようにその形状を確認した。
自分の骨ばった手に比べ、か細く長い指をしている、まるで力仕事などしたことが無いような指だった。山下は心の中に暗い炎が宿るのを感じていた。

じっと缶コーヒーを両手で持っている男を見ながら、山下は、
「飲んだ方があったまるよ」といって立ち上がり、立てかけてあった自転車に手をかけた。
男は、ビックリしたように立ち上がり、その場から去ろうとする山下に向かって言葉を投げかけた。
「あ、ありがとう」
相変わらず、蚊の鳴くような声だったが、確かに返事を返した。山下はその返事にほくそ笑んだ。
「あんた、いつまでこんなとこにいるんだ? ……ここはあんたのような奴が来るとこじゃないぜ。
……気をつけろよ、特に後ろの”アナ”に、なっ」
そう言って山下は自転車に乗り、男のベンチから離れていった。男に注意を促した時、男の顔の表情を見ていたが、さして驚いた風もなく寧ろ、力なく笑ったような気がした。
『……おもしれぇ〜』山下は冷たい風を切りながら、もう寝静まったであろう自宅へ自転車を走らせた。

<3>

山下は昨日とは打って変わって、楽しかった。
嫌味な家族の小言も、近所の噂好きでお節介な連中からの笑顔も全然、気にならなかった。寧ろ、気持ちがいいくらいだった。『今日も会えるな』と例のコンビニで出会う男の事を考えると、何もかもが面白く見えた。
『へぇ〜、人生ってちょっとしたことで覆るもんだな』
山下は妙に関心したように考えては、早くアルバイトに行けないかと、心待ちにした。

そして、10時14分。
やはり、例の男が角を曲がって15分ピッタリにコンビニに入ってきた。
予定通り、山下は品出しと称して彼の側に行き、臭いを嗅ぎ、レジにかえった。
しかし、男は又、いつもの通り何も買わずに音もなく静かに出て行った。

山下は落胆した。
期待していたのだ、しかし期待は落胆へ変わった。彼が自分を確認して『あぁ、夕べの……』といって自分を見つけてくれることを心待ちにしていたのに、裏切られたような感じを覚えた。そして、昨日感じた暗い炎が大きく燃え上がるのを感じていた。
『俺は、あんたを見つけたのに、あんたは俺を見もしないんだな?』呟くともなしにそうひとりごちて、早くバイトが終らないかと、苛々を募らせた。 『男はきっと、あの公園にあのベンチにいる』山下は確信して、昨日と同じ時刻の0時30分を辛抱強く待つことにした。

 山下は又、暖かな缶コーヒーを今度は2本を持ってあの公園へ出かけた。
そして、同じベンチにいるであろう例の男を探した。
『……いた』山下は小さく呟いた。
男は山下の存在には気付いていないようで、昨晩と同じようにうな垂れて、足元を見つめていた。
山下は彼の視線にギリギリまで入らないように注意しながら、側に歩み寄り、足先をぼんやりと明るい場所にたった。
すると、男は飛び跳ねるように顔を上げて、山下を見た。
「???」
山下は脅かすつもりではなかったので、彼の挙動に疑問をもったが直ぐに破顔して彼へ缶コーヒーを差し出した。
「いらない?」
男はしげしげと山下の差し出す缶コーヒーを眺めていた。
山下は男の横に座り、手に無理やり缶コーヒーを握らせた。
「暖かいよ、飲まない?」
山下は終始無言を貫く男の様子を見ながら、自分の缶コーヒーを開けて一口飲んだ。
そんな山下の様子を見ていた男は、視線を缶コーヒーに移してゆっくりとした動作でプルトップに指を差し入れ引き抜いた。
山下は彼の動く指をじっと眺め、改めて『細いな』と思った。
 
「ねぇ、あんた……毎日、ここに来てんの?」
山下はなるべく、無関心さを装い彼に話をした。心の中では彼の髪に触りたいという欲望を押さえながら……。
しかし相手は相変わらず、ダンマリでおどおどとした態度で何かをいいたげな感じが見て取れた。山下は彼の一挙一動に心が揺れた。
『おもしれ〜』
山下は益々興味が沸いた心の高揚を抑えきれず、彼の顔をしげしげと眺めていた。よく見るとなかなか男前の顔なのに、自信のなさが優男に見せているようだった。押しの弱さが表情にでているとでもいうか、身なりは小奇麗で中流家庭の良き亭主と言った感じだろうと思った。山下と男は無言で、並んで缶コーヒーを飲んでいたが、男が意を決したように、山下に話し掛けた。
「……あ、あのう……ひとり、ですか?」
山下は突然、変な質問をする男を見やりながら、『こんなところに、カップルでくるんだったら、今頃ハメてる最中だぜ?』と、思いながら、
「バイトの帰り……あんたは?」
『いいや、あんただよ。あんたは、会社の帰りかい?』
山下は返事をしながら男の答えを想像してみた。
「……仕事の帰り、です」
昨日と同じ声で囁くように喋った。
『あ〜、触りてぇ』
山下はコンビニで嗅いだ男の臭いと髪を見ていると自分の中心に熱が帯びてくるのがわかった。
「……い、今、暇ですか?」
男はおどおどとした怯えた態度とは裏腹に、やや力のこもった声で山下に聞いた。
「あぁ?あぁ、ヒマっていうか……これから帰ろうしてたとこだけど……なにか、用?」
山下は男の真意が掴みきれず、額に皺を寄せて返事をした。
「い、いえ……バイトってことは、お金が必要、とか……」
山下は『変な質問だな』と思いながらも、真面目に答えようとしている自分が可笑しかった。
「あぁ、欲しいよ。だから遅くまでバイトしてんじゃん。そういう、あんたもでしょ? 遅くまで残業しちゃって……それとも今流行りの ”サービス残業” ってやつぅ?」
山下はクスクスと笑いながら男の顔を見た。男は未だ硬い表情をして、自分の指が白くなるほど固く握り締めていた。
「……お、お金を……あげるから、して欲しいこと、があるんだけど……ダメか、な?」
最後の方の言葉はこの静かな公園でも聞き取れないぐらいの音量だった。

山下は男の真意を測りかね、ほんの数分の間黙って男を見つめていた。
沈黙が耐えられなかったのか、男はやや涙声で喋りだした。
「ご、ごめん……へん、なこと」
山下は男の声を遮るように返事を返した。
「なにするの?」
「えっ?!」
男は返答を返されたのが意外だったのか、瞳孔を開いたまま山下を凝視しているようだった。
「……自殺の手伝いとかなら、パスね。それ以外なら考えてもいいけど……」
山下はこの男の ”頼み” が自分にとって不利なモノではないと直感した。彼の態度や言動はもっと違った何かだ……そう、
もっと違う別モノなのだ。
男は俯いたまま顔をあげなかったが、唾を飲み込む音が聞こえた。
「……い、入れて欲しいんです」
山下は色んな答えを頭の中で想像しながらベンチの背もたれに身体を預けるようにして男の声を聞いていた。
「入れるって、何を……どこに?」
頭の中で『まさかな?』と思いながらも聞かずにはいられなかった質問をした。
「……き、君のモノを……僕の……」
山下は殆んど声になっていない最後の言葉をはっきりと聞いた。そして、自分で声に出して言ってみた。
「あんたの ”アナ” に入れるのか?」
男は言われた言葉に対して、ことさら動じる気配は無かったが、握りつづけている己の指が白さよりも震えているのがわかった。
「い、いやだよ、ね。……ごめん、こんな、こんなこと、言うつもり……」
「いいよ」
山下は即答しながらも自身の心臓がドキドキと飛び跳ねているのを感じていた。
男は数パーセントしかない期待の答えが返ってきたことに酷く動揺しているように見えた。
「え……っ」
「ねぇ、あんた……ホモ?」
山下は別段問題ではない質問をした。
そう、山下にとっ目の前にいる男が ”ホモ” であろうが無かろうが、そんなことは大した問題ではなかったのだ。ただ、この男のことが知りたかった。毎日決まった時間にやってきては、決まった時間に帰ってゆく律儀さ。帰ろうともせず、のろのろと公園内をさ迷い歩き、挙句の果ては夜着も持たずに冷たいベンチに座る男。高そうなスーツを着て、嫁がいます印の指輪まではめる律儀な男が、昨日知り合った男に『自分の ”アナ” に突っ込んでくれませんか?』ときたもんだ。
 いくら場所が場所だからと言ってもこの展開は望んでも手には入らない『裏ゲーム』のようだと山下は思った。
山下の口角が僅かに上がった。
男は観念したのか、それとも ”入れてほしい” 一心で山下の心変わりを気にしたのかは不明だったが、先ほどとは全く違う、開き直った口調で語りだした。

「わかりません、多分、違うと思っていたんですが……一応、妻も子もいます。ただ……」
「奥さん、いるんでしょ?」
男の白い指を眺めながら山下は聞き返した。
「はい……でも、入れてはもらえませんから……」男が自嘲ぎみに笑った。
山下もつられて笑いながら「そりゃ、女だからいれはできないでしょ。でも、”指” や ”道具” があるじゃん? それは、頼まなかったの?」と、男に聞いた。
山下も情報としては男とのセックスについて知ってはいたが、実際やったこともなければ、やられた事もなかった。
男はもうほとんど、ヤケぎみに洗いざらい喋る体制を見せていた。
「……そんなことをしてくれる女房じゃないんです。……ここで、してくれたら1万円払います……ダメですか? 安いですか?」
男は縋るような目つきで山下を伺い見た。
「いいよ、1万円で……でも、最初に言っとくけど、俺、男とやるの初めてだから、あっ! でも女と変わんないかぁ……それでもいいの?」
山下は事が始まって、『やっぱり貴方の ”息子” では逝けませんでした、だから払いません』とは、言われたくは無かったから、まず最初に断りを入れるべきだと判断した。山下は自分がそこまで正直な人間だとは思ってもみなかったが、何故か男には話さなくてはいけないような気がした

 この男とのセックスも興味津々だが、おまけに金まで手に入る入るなんて、おいしいものを見す見す見逃す手はないと思っていた。しかも、男の面は悪くはない、オマケに何よりも山下が前々から触りたかった ”髪” の持ち主なのだ。これで、思う存分髪を触れると想像すると、一気に山下の股間の熱量が増した感じがした。
男は、安堵したように優しく微笑みを見せ、
「……男だと立つものも立たないでしょう。……まず最初に僕が立たせますから、それからしてくれますか?」
案外、開き直ると山下よりも男の方が肝が据わっていた。

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