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チャイコフスキー 〜前編 1〜3話〜

1-1

最終学年、高校三年生。
ちょっぴり、甘酸っぱいような思い出となるはずの、俺が18歳になったばかりの年が始まった。

「ねぇ〜、ねぇてっば――ぁ!」
「……」
「い・づ・みぃ〜ちゃ…ギャァ――!」
いつの間にか俺の背後に立って、聞きたくもない名前を呼ぶクラスメイトを俺は振り向きざまに向こう脛にケリを入れた。
「その先、1ミリでも言ってみろ!」
「ううっ…言ったら…」
「殴る! ぜってぇ―――っ、グーでなぐる!」
「……」
俺の不穏な気配を察知し、奇妙な笑いで誤魔化すコイツはクラスメイトの古河 涼麻(ふるかわりょうま)だった。コイツとは1年の時、同じクラスだったのだが、何の因果か3年も同じクラスになってしまった。
「2年の時は違ったけど、3年は一緒になったじゃん、湶?」
「…まぁね」
「あ、なんだそれ〜嫌そう?」
そういって俺の顔色を伺うように下目使いになるのは相変わらずだった。
人懐っこい顔になるので憎めない古河とは本気のケンカになるはずもなく、どちらともが漏らした笑いになり、俺は「…最後の1年よろしく」と言った。
「よろしく、されちゃう、されちゃう」などと言っておどけて、再会した廊下で笑いあった。

俺は普段、米原とかヨネとかヨッチとか言われていたが、何故か古河は俺のことを「湶」と下の名前で呼んだ。特に嫌なこともなかったがアイツは時々、何をトチ狂ったか「いずみちゃん」とちゃん付けで呼ぶので、俺は呼ばれるといつも嫌な顔をした。

「湶と俺は5組だな」
「あぁ」
「他に誰がいる?」
「さぁ…? 興味ねぇ」
「前のクラスの奴いる?」
「森口、松井、宮本…久本」
「…仲よかった?」
「あぁ? まぁ…そこそこ」
「なんでぇ、そこそこって…」

2年の時、2組だった俺はグッチ(森口 広武)、ガンジー(松井 寛治)、ケロみや(宮本 勇人)、Q太郎(久本 正樹)とこの最後の3年も同じクラスになった。『仲の良い奴か』と言われるとやはり同じクラブの連中だろうが、何故か一度も同じクラスはなったことがなく、大抵隣のクラスにいた。
まぁ、だからってどうってこともなかった。同じクラスにいなくったって友達は大勢いたし、直ぐに友達になる自信もあった。

俺は元々、ガタイは良い方だったので高校入学当時から結構目だっていたらしい。らしいというのは、同じクラブの先輩から後から聞かされた話だからだ。一年の時、ニ年や三年の先輩たちの教室に行くといつも不穏な空気が流れたが、俺はまぁいつものことだったので無視することにしていたのだ。ある時、三年の先輩が「あいつ、お前の後輩なのか?」とクラスメイトから頻繁に言われたそうだ。
 ガタイがよく、目つきの悪い(単に近眼でコンタクトをしていない時など)オマケにいやに物怖じしない態度が目に付くらしくニ・三年年の先輩たちからは「アイツは誰だ?」と噂になっていたそうだ。そんな俺が「先輩いますか?」と来るものだから、先輩にすれば内心ドキドキものだったらしい。
 そんな態度だったから大抵は呼び出しの一つもあるはずなのだが、俺は卒業する、いや、した日もそんなお誘いは受けなかった…不思議なことだけど。

まぁ、顔も広くガタイもデカイ奴にちょっかいかけてくる物好きはいやしないのが世間の常であるので俺は、暗黙のルールに従って ”それなりに楽しい学校生活” を 送れるのだと思う。
まぁ浮いた噂がないのが、男子校の悲しい性とでも思ってもらいたい。

1-2

クラス替え早々、大人しく三年間を過ごそうと思った俺の計画はこの一件で見事に当てが外れた。

―――『米原、悪いが頼みがあるんだがな」
―――『…先生、話聞く前に断りたいんですけど、いいスっか?』
―――『却下!』
―――『…じゃぁ、最初から俺に確認とるの止めてくださいよ』
―――『お前、久本と仲いいのか?』
―――『久本? それ、さっきの前フリと関係あるんスか?』
―――『いいから、答えろ』
―――『…ええ、まぁ…ほどほどですけど…』
―――『そうか。だったら、学級代表引き受けろ』
―――『……』
―――『……』
―――『…さっきと違うぞ、米原。リアクション、薄いな』
―――『…っつうか、驚愕で不整脈がおこっちまいました…ということで、病院に行こうと思うんで、早退します!』
―――『…早退は認めるが、代表の登録は提出済みだ。明日早速、代表会議あるから久本連れて出席しろよ』
―――『…なんなんすか、それ? 新手のイジメですか?』
―――『馬鹿言うな。…偶々、お前が久本と連れ立って歩いているところを見たんだが、お前と久本って組み合わせに少々、驚いた訳だ』
―――『驚くのは先生の勝手ですが、別に俺が久本を仲がよくたって普通じゃないスか? それとこれとは関係ないっしょ?』
―――『まあ聞け。大体、お前と久本の組み合わせって、考えられんだろ? と、言うかありえんだろ? 皆に押し付けられて久本が学級代表になってしまって、しかもあの大人しい久本があのクラスをまとめられると思うか? この先のことを考えると…俺は不安を覚えるんだ。 そこで、名案が浮かんだ…つまり、お前を決まらなかったもう一人の代表すればいいんだよ。 ズケズケものは言うし、頭はそこそこだし、運動部の連中にも顔が利くしなぁ。 決まりだろ ?!』
―――『先生、色んな事に、なにげに失礼ですよ』
―――『…これ以外の妙案があると思うか? ない、ないんだよ…と、いう訳だ。まぁ、頑張 ってくれ!』

話はそれまでとばかりに肩をシコタマ殴られ、豪快に笑い飛ばされてしまい、俺には眉間に皺を寄せて職員室から出て行くしか選択肢は残っていないようだった。
―――『…めんどくせぇ』俺の心情はこの一語に尽きた。
三年早々、俺は担任に呼び出されやりたくもない 学級代表” を押し付けられてしまい気分はブルーどころかパトライトが回っている。

 ただ、俺は ”学級代表” を押し付けられたことより、俺とQ太郎(久本)の組み合わせはそんなに想定外のことだというのが引っかかった。2年の時のクラスメイトだぞ? 何が不思議なんだ? 
特別親しいという間柄ではなかったが人から指摘を受けるほど不思議な関係でもない。
 それに俺は本質的に人と争うことを極端に恐れている。そりゃもう神経質なくらいだ。ただ、 それを決して誰にも見せないようにしていたのだが、それは本人も与り知らない無意識化での自己防衛本能というものだろう。そんな俺が他人を友達程度に親しくなるのは簡単なことだ。 だから、クラスや知人から「お前は顔が広いな」などとよく言われるのだ。

廊下を歩くと、必ずと言っていい程声が掛かる。自分では至極当たり前のことであるが他人はそうではないらしい。ゆえに俺は「顔の広いやつ」というのが知れ渡るようになったのだ。それ は、ある意味、世間で知る俺ではあるが、上辺だけの俺でもある。そんな俺を見つけたウルトラマン(やや後退している頭の持ち主である井上先生のあだ名)の気持ちと言うか、策略とでも言うか…いや、年の功だな。それには脱帽だ。

Q太郎がクラスで苛められているとは思っていない。実際、2年の時もなかったはずだ。
確かにQ太郎は押しは弱いが、頭の回転は速い。勉強も俺より出来るやつだが、大人しい男だ。
クラブも茶道部だったのが災いしたのか少々女っぽい仕草が目だって、それをからかわれる事が度々あるにはあったがそれが素因ではないだろう。ただ、それは勉強が出来たやっかみがあった為だと俺は思っていたのだが。

“代表の話” がクラスに流れるのに時間は掛からなかった。
ただ、誰もそのことで俺に文句を言ってくる奴などないところが、ウルトラマンの見込み通りだったと思うと癪に障った。

ガンジーは、何もかもお見通しのようなしたり顔で俺にこういった。
「流石、教師生活30年のベテランだな。クラスの平和は俺で守るぜって感じだぜ。案外、Q太郎が代表になったのもウルトラマンが裏で動いたりして〜」
「…馬鹿!」
「なんだよ、馬鹿って!」
「ガンジー、Q太郎の前でその話、すんじゃねぇぞ」
「…んなこたぁ、わかってるよ」
ちょっと口の軽いカンジーに釘を刺して、この話を終わらせることにした。が、しかし又俺の元に同じような面倒ごとが早くも現れるなんて思っても見なかった。

1-3

「湶…屋上いかねぇか?」と妙に硬い声色で古河が言った。
珍しいこともあるもんだなぁと俺はその時思ったが「…いいよ」といって右手を差し出した。
「…?…なんだよ?」
「…授業一回分の御代」
「はぁ〜ぁ? …って、んだよっ?!」
古河は不思議そうな顔をして言った。
「次、世界史だろ? 俺、抜けたくないのに、お前が抜けろってんだから、その、みかえりだよ」と言ってニヤリと笑った。
「…お前なぁ…」と言ったきり呆れた顔つきになった古河が、何を思ったかカバンの中からやや拉げた焼きソバパンを俺に投げて遣した。
「…なんか、ペッチャンコなんですけど…しかも、紅ショウガついてるしぃ」
と俺は不満タラタラだったが、古河はお構いなしに「ほら、付き合え」と言って俺の腕を掴んで屋上まで連れて行った。
俺は貰った焼きソバパンを食いながら今出てきた屋上の扉をぼんやり眺めていた。古河はいつもと違う雰囲気を纏い、暫く屋上の柵に身体を寄りかからせて、下でランニングをする生徒を見ていた。
「…なぁ、湶」
「あぁ?」
「お前、いつから湯沢とツルんでんだ?」
「ツルむ?」
―――『そんなに一緒にいるかな?』
「ツルんでんじゃん!…今日も、何気に仲良さげだったし…」
「ふ〜ん」
「なんだよ『ふ〜ん』って?!」
「別に、普通だと思うよ」俺は古河の真意を追求すようともせず、答えた。
「最近さぁ…湯沢と一緒にいるじゃん? 何かあった、のかなぁ〜と」
古河はいつものおふざけもみえないし、しかも歯切れが悪いとくれば何かあったのだろうかと思いはしたものの、俺は面倒を引き受ける余裕がなかったので、この場面では目を瞑る方を選んだ。
「何か、問題でもあんの?」
「…別に…」
つまならそうでいて、それなのに苛つきを隠せない古河の横顔をチラリと盗み見た。
俺は大げさに溜息をついて言った。
「…グッチに頼まれたんだよ」
壊れた発条のような動作で古河が俺を振り返った。
「なんだよ、それ! 聞いてねぇっ!」
「言ってねぇ! …ったく〜グッチがさ、湯沢と一緒に連れ立ってきて『悪いが湯沢を俺たちのグループに入れてくれないか?』と言ったんだ」
「…グッチの頼みだから入れたんだ…」
『そうじゃない』と否定したかったが、俺はそれを酷く面倒な事だと思ってしまった。
「うん、まぁ…そんなもんだ」
「…湶、優しすぎじゃん…」
「……(…そんなんじゃ…ねぇよ)」
俺は古河の言葉を聞いて自分の頭を掻き毟りたい気分だった。途端、俺のめんどくさがりがアダになったと感じ、すぐさまそれを隠して辛抱強く説明する羽目になってしまったと後悔した。
「そうじゃねぇよ。グッチと湯沢は中坊の頃からの知り合いらしくて、湯沢をほおっておけなかったんだとよ。班行動の時やら何やらの時に『はみご』にされるから入れてくれないかって…別に断る理由もないし、Q太郎やガンジーやケロみやなんかも反対しなかったからだ」
「…そんな理由あるのかよ…」
納得がいかないと書いた紙でも貼ってある顔をした古河はそれきり、黙り込んでなにやら考え事をしているようだった。

まぁ、クラスで浮いた奴というのは一人はいるもんだ。だからって特に気にも留めなかったし、深くも考えてはいなかった。しかし、ある日グッチが湯沢を伴って話があると言ってきた。それは、学級内で班行動する際に、湯沢を俺たちの班に入れてくれないかというものだった。俺は特にクラスの特定の連中とツルんでいるわけではなかったが、班行動などの時は2年の時に同じクラスだったガンジー、ケロみや、Q太郎と組んでいた。

 ただ、グッチも同じクラスだったが俺たちより仲の良さそうな湯沢と一緒にいたので声をかけなかっただけだ。決してグッチと疎遠になっていたわけでもないし湯沢を “はみご” にした覚えもない。
それに、湯沢がクラスで浮いているとは思ってもいないことだった。

俺は人間関係について結構疎い部分があり、誰と誰が仲がいいとか、悪いとかの噂すら知らなかった。イジメなんていうダサイ事を未だにやっているのかと今更ながら呆れている。
ただ、イジメをしていた奴が誰なのかが気になった。
まぁ、そういうやつに限って “俺のような奴” にはかまってこないんだろうなぁ。
だって俺は腕力よりも言葉でやり返す奴だと知れ渡ってるから、ちょっかいはかけてこねぇだろう。何十倍にしてネチネチ返されのは流石に嫌なんだろうねぇ。
 それに、どこか得体の知れないところがあるらしく直接アタックする奴はよっぽどだ。それに、俺の持ち味はそういう奴を自軍に取り込む強かさであるのだから。

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