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チャイコフスキー 〜後編 4〜7話〜

1-4

「……米原君、よかったらコレ貰ってくれないかな?」
そう言って4時間目が終わった直後、手渡されたモノは “LPレコード” だった。
「……」
「あ、あの……君、音楽好きだって言ってたから……」ボソボソと囁く声はか弱くて、聞き取りにくかった。
「アナログプレイヤー持ってるって……前に言ってたよね……」
俺は状況が飲み込めず『何でくれんだよっ?』と訝しげに思い、差し出されたレコード盤をしげしげと眺めていた。
そんな行動が更に湯沢の自信を無くさせているとは露にも考えず、俺はコレを貰うべきかどうか悩んだ。

―――『いや、まぁ……確かに音楽は好きだと言ったが……これは……クラッシックだよ』
―――『……まぁ、クラッシックもキライじゃないからいいんだけど……』
―――『くれるってことはタダ……だよなぁ。 高そうだなぁ……コレ』
―――『ただなぁ……何でくれんだよ?』
―――『俺、何かしたかぁ???』

俺は引きつった笑いを浮かべながら「わりぃ、貰う理由が―――」と言いかけると、湯沢が慌てて言葉を発した。
「ぼ、僕も貰いものだから……それに、僕はもう聞いたから……」
「……あぁ―――」本当は、貰ってもいいかなぁなんて思っていたのだ。
だって、そうだろ?
タダであげるって言ってんだから貰ってもいいもんだろ? そういう、ものは素直に貰うものだと思っていたので、そうしたかったのはヤマヤマだが、心のどこかで理由もなしに貰うのは気が引けた。そう思いながら湯沢の顔を見るとギョッとさせらたので俺は慌てて湯沢を安心させるような言葉を吐いていた。

「あ、いや……じゃぁ貰ってもいいのかな? ダビングしたら返そうか?」
と早口に言うと、湯沢は大きく頭を振って「いや、貰って欲しいんだ」と今度はハッキリとした声で言った。
「ありがとう、じゃぁ遠慮なく貰うよ」
そう言って湯沢の顔を見ると今度は年よりももっと幼い子供のような顔になって頷いていた。
家に帰って、いそいそと貰ったレコードを見てみると、それはチャイコフスキーの3大バレエ組曲を収録したレコードだった。
とても中古とは思えないきれいなものだったが中に入っていたライナーノーツはそれなりに古ぼけた感じがした。
―――『……くるみ割り人形だ……ちょっと、季節外れかも』

 次の日、俺は湯沢を探して昨日の礼を言った。湯沢は嬉しそうな顔をしたが、何故か安堵したようにも見えた。
それから、俺は貰ったレコードの感想を湯沢を相手に一頻り話すと、湯沢は「気に入ってくれてよかった」と、だけ言った。
俺は自室で部屋の明かりを落としして湯沢から貰ったレコードに針をおとして繰り返し聞いた。
無粋な俺が”ロマンチック”という言葉を理解するためのレコードのように思え、暫くの間、俺はこのレコードばかり聞いていた。
―――『しかし、なんであいつ俺にくれたんだ?』

俺は湯沢の真意を何とか理解しようと努めたが、何も思い当たらないし浮かばなかった。
モノを貰うのは嫌いじゃない。俺は裏を考える性格ではないので、くれるというのならもらってしまえと思うのだ。
しかし、あいつはなんで俺なんかに……? 全くもって不可解だ。

貰ってからというもの、理由については気になりつつも時々思い出す程度だった。
ただ、思い当る節は一つだけ浮かんだ。
それはきっと『グループに入れてくれてありがとう』とか『これからもよろしく』とかいう意味ではないのかと。
そんなことぐらいと思うが、湯沢にとってはそんなことではないのではなかったのだろうと思った。

1-5

古河の詰るような目線が痛い日々が続いている。
なんで、俺が針の筵の上なわけ?
最近の授業中のヒソヒソ話といえば、こればかり。いい加減、ウンザリしていたが古河の前の席にいるマン(満石 辰也)が体ごとこちらを向いて話しに加わってくる。コレも話が複雑になる原因にも思える。
「あいつ……お前の親友だと思ってるのか?」
「思ってねぇんじゃねぇ?」
「へぇ〜ヨネって湯沢と仲いいんだ〜。へぇ〜」
(……余計なことは、言うなよ、マン!)
「じゃぁ何だよ?! あいつの態度っぜって〜おかしいっ!」
「普通だろ?」
「仲良さそうだよ〜。昨日もメシ一緒に食ってたの見たもん」
(だ・か・らぁ〜喋るんじゃねぇ、満石!)
「普通じゃないっ! 湶のにぶちん!! って、一緒にメシ食った〜ぁ?!」
「お前……“にぶちん”って言われる筋合いはねぇ! いや、メシぐらい食うし」
「そうだよねぇ〜。一緒にカレー食ってたよね〜」
(……満石、お前は俺に恨みでもあるのか?)
「……」
「……」
「ねぇ、ねぇ、この前のさぁ黒板書いたぁ〜」
(マン…これ以上、余計なこと言ってみろ! 現国のノートお前には一生貸さねぇ!!)

そんな、授業中のやり取りで、マンは世界史の吉田先生から大目玉をくらった。
「…みついし―――ぃ!! お前のこの前のテストの点、覚えてるか?! そこの二人はお前と喋っていても『テスト』は良いんだぞっ! あいつらと一緒に喋ってるとお前は又、追試だ!!」
 しかし、マンはヘラへラ笑って「先生〜ぇ、この間は12点でしたが前回より4点もアップしてま〜す」と答える神経が野太かった。(やれやれ……)

次の日の3時間目(否みに現国)俺は古河からまたしても呼び出されていた。古河が湯沢を嫌う理由が俺には見当たらない。一体に何に腹を立てているのだろう?湯沢が古河に対して何か仕掛けたとは思えない。寧ろ、古河が仕掛けたと言えば納得もする。

「…なぁ古河。 湯沢と何かあったのか?」
「……なんかあったのはそっちの方だろ?!」
「はぁ? 俺――っ?」恨みがましい目で見られる覚えはないが、この沈黙は嫌いだ。
「俺は別に湯沢と何かあるような、仲じゃないし普通だと思うよ?  お前が“湯沢”に拘る理由がわからねぇ」
「……」
急に黙りこくった古河を眺めてもあいつの腹の中まではわからない。
俺は大げさに溜息をついて立ち上がり、屋上から三年の校舎に繋がる渡り廊下を眺めた。

「…!! 古河っ! 潜れ、オラ、早くしろっ!」
俺は古河の学生服の裾を思いっきり引張って座らせた。
「何だよ――っ?!」
不満タラタラの古河も、俺が渡り廊下を凝視しているのをみて、何か感じたらしく、コンクリートに腹ばいになって鉄柵を握り締めていた。
「そこまで、しなくてもみえねぇよ」
「……そうか? で、何だ、アレ?」
「あぁ……なんていうかなぁ……」
「ためてんじゃねぇよ。 ありゃぁ何だ?!」
「……3年もなるとだなぁ……まぁ、色気づいてくるわけよ。で、今、告白タイム中?」
「今、リアルタイム進行中――ぅ?」
古河のくだらない駄洒落に一発頭を軽く殴って返事をした。
「そう」
「あれって……野球部の志村と……? ……告白してる奴ぁ、誰だ?」
―――『アイツは俺と同じクラスの“末永”だ』
「……顔がよく、見えねぇな」と、見なかったフリをして返事を返し、先程から食べていた弁当をその光景を凝視しながら食った。
「お前のその図太い神経が信じらんねぇよ」と、古河は呆れたように呟いた。
「……その言葉、そっくりそのまま、全部お前に返すよ」
俺は尚も弁当を頬張りながら言った。古河が鉄柵を両手で握り締めてなにやら真剣に見ているようだった。
「……あいつ、フラれたのかな?」
「さぁ、志村が謝ってるとこみると……フラれたんじゃない?」
「……俺、初めてだ」
「何が?」
「あそこで告白するのを見たのがだ、よ」今だ鉄柵を握って見ている古河が呆然と末永を見ていた。
「あそこ、有名だぜ。 知らないの? ……古河ともあろうものがぁ?」
ちょっと、からかい気味に言ってやったが、古河は乗ってこなかった。
学校
「あそこで、コクるのが流行?」
「まさか。ただ、伝統らしいよ。あそこでコクると……」
「……?……『コクると』?」
「叶うって、さ」と、俺は興味なさげに返事をした。
「へぇ〜じゃ、アイツふられたのはよっぽど、か?」
「確率がいいってことじゃない?」
「男同士だよな……」
「……男子校だってまぁ、そういうのもアリだろう?」
「……へぇ〜湶はOKなんだ〜ぁ!」
『何が?』って聞くほど俺も子供ではない。
そこはあさっさり聞き流して「俺は“胸が小さくて、ケツデカ”が好みだよ」と言った。
すると古河が「じゃぁ……じゃぁさ。……男って、胸ないじゃん」と呟いたので「……普通、そうとは言わんぞ! ……俺はケツフェチなんだよっ」と言い返すと、古河は今だ立ち尽くす末永を見ながら、
「胸がないのは一緒じゃん」と小声で言ったので、俺は聞こえないフリを決め込み、きれいに晴れ渡った空を見上げた。
「……今日も、晴れてるな」

1-6

俺たちのグループはそれなり楽しかった。嫌味な奴もいなし、皆良い奴ばかりだ。
ただ、古河は何かにつけて『湯沢』に拘ったがそれ以上お互いに踏み込むことはなかった。
結局、湯沢と俺の奇妙な友人関係は卒業するまで続いた。自分では友人として付き合っていたつもりだったし、ハタからどう見られているなんて気にもしなかった。

二学期の終わりまで特に湯沢とはいわゆる『それなり』だった。
そんなある日、偶々湯沢と第二学食で食事をしていた時だ。
それまで湯沢と二人だけで昼飯を食うようなことはなかった。
特別な理由なんてなかったが、クラスでは誰かしらいたので常に4人程度で飯を食うことが殆どだ。しかし、湯沢とは二人で連れ立って食堂に行くことはなかったのだ。 まぁ、俺が早弁をしたりパンの買い食いをしたりしていたせいもあり、一人で食べることが多かったのも一理あるのだが。
その日偶々、食堂に来た湯沢を見かけた。
それはどこか挙動不審で、おどおどした視線を向けていたが特に気なることでもなかった。

しかし、そんな湯沢を嫌な目付きで注視する食堂の隅に陣取っている奴らがいた。桑畑のグループだったが、まぁアレは俺でもどうにでもなる一団だから、無視を決めこもうとしたが、苛ついた気持ちが消えなくて目で湯沢を追っていた。
俺は内心『面倒だなぁ』と思いつつも、大声を張り上げて湯沢を呼んだ。
「お〜い、湯沢! こっち、こっち。 ついでに俺にも水くれよ」
湯沢は心底驚いた表情を見せたが、直ぐに自分の水と俺の分をトレイにのせると足早にこちらへ来た。
「米原君、今日食堂?」俺の前に座った湯沢が言った。
「うん、早弁したし、パンよりラーメンかなぁって」
「でも、カレーだね……」
「……んで、ここに来たら『カツカレー』が食いたくなったからコレにした」
「あぁ、そ、そう……なんだ」
「で、湯沢は、いつも弁当じゃなかった?」
「うん、今日はちょっと……」
「そう? 今日のB定『酢豚』だろ。明日も『酢豚』かな? だったら明日もこようかな」俺はなんともなしにそう話をした。
すると、湯沢がやたら深刻そうな顔をして俺に話があると切り出した。
「僕、1年ダブリなんだ」と湯沢が言った。
「……へぇ〜留年かぁ、ということは、俺より“お兄さん”って?」突然の告白は意外だった。
特に珍しいことではないが、湯沢が『留年』するようなタイプには全く見えない。
「“お兄さん”って……1コだけだよ」
「ふ〜ん」
「高校一年の時に盲腸になったんだ。でもそれは大事には至らなかったんだけど、癒着しちゃって……で、結局、入院生活が長引いて留年しちゃったんだよ」湯沢は酢豚の中にあるパイナップルをむやみに箸でつついていた。
「……で?」
「えっ?」
「だから〜何?」
「えっっと……だから……留年の噂本当なんだよ」
「ふ〜ん、そうなんだ。でも噂になってたの?」そう、返事をすると湯沢はとても驚いた表情で俺を見ていた。
俺は本当に何も知らなかった。
「う、噂、知らないの?」
「うん、全然」
 湯沢は随分緊張していたのか、拍子抜けしたようでやや口をあけたまま暫く俺をまたもや見つめていた。そんなに驚くことだろうか?湯沢に興味がないと言う訳ではなく、俺は少々世間に疎く、自分に興味のない話題に関しては全くもって関心がないのだ。だから、言われていたとしても聞いていないなんてことは多々あった。
(だから、何考えているかわからないとかいわれるのだろう)
「おい、湯沢〜帰ってこいよ〜」
「あっ……」
「何、ぼけっとしてんだ?」
「皆、知ってるとばかり思ってたから……」
湯沢がしみじみと言うものだから、俺は奇妙な違和感を覚えたが「自分と関係ないことはあんまり、興味ねぇの、俺」と言って湯沢の酢豚の肉を掠め取って食った。
「……米原君って大物だね」
「なんだよそれ……気持ちワリぃよ。それより、酢豚うめぇな。明日は酢豚に決まりだな」

湯沢は何がおかしかったのか、突然噴出して笑った。
そんな風に笑う湯沢を俺は初めて見た。
突然の変わりように「俺は、お前の笑いのツボがわからん」と言って誤魔化しながら笑った。

1-7

卒業を前にして俺は古河から呼び出しを受けた。
ちょっとばかし思いつめた顔をした古河を俺はここ数日、目を背けていた。こんな日がいずれは来ると思っていたが、来ない可能性も残されていたと思う。二人で渡り廊下の一件を屋上から眺めて時から古河は決心していたんだと思う。
そして、結果も二人とも想像していたとも。

俺には1年前から付き合っている彼女がいる。2年の時、偶然再会した中学校の時の同級生だ。
彼女が『文化祭に来ないか』と突然の誘いを受けて俺は出かけたのだ。
そこで告白。
「今、付き合っている人がいなければ付き合って欲しい」と言われ、俺はその通りだから「付き合うけど…」と言った。
そんな降って湧いたことだったが、お互い上手くいっているように思えた。
 俺が彼女と付き合っているのを知っているのは、クラスの中でも誰もいなかった。
まぁ、誰にも話さなかったし、言わなかったかもしれないが、ようは聞かれなかったというのが正しいのかもしれない。
古河を見ていると、その時の彼女の顔とダブって見えた。
顔は緊張に歪んでいて、俺には話の内容が容易に想像できたが、出だしはカーブだった。

「湯沢とは―――」
「タダのお友達、だよ」
「でも、マンから聞いた。 誕生日プレゼント貰ったって…」
「ダチ同士でプレゼントもクソもねぇよ。 それに誕生日じぇねぇし」
「チャイコフスキーのレコードを貰ったんだよ」
「なんの、レコード? それになんで?」
「……お前、選択教科“芸術2の音楽”とってんじゃねぇのか?」
「なんとなく〜?」
「もう、いいよ。別にいらないからくれたんだろ?」
「理由ぐらいあるだろ?」
「しらねぇ、知りたけりゃ湯沢に聞け! 俺が知るわけないじゃん」
「……冷てぇ奴」
「はぁ? なんとでも」
「湯沢、湶のことが好きなのかな?」
「……嫌いじゃないだろ? でなきゃ、一緒にメシなんて食えねぇし」
「……意味が違うよ」
「……」
俺はそれには何も答えなかったが、古河は、唐突に話題を変えた。
「湶ってさぁ……今、付き合ってる奴とかいるの?」
「いるよ」俺は予想された言葉に、至極普通を装った。
「……そっかぁ……そうだよなぁ」
『わかっていた』と言いたいところだが言葉に出して聞くのとはダメージが違うとでもいいたげな口調だった。俺は無関心なフリを装って第三者のフリをするのが得意だ。それは、相手の心が痛いほど判るから。それらに引き摺られて無様な醜態を晒したくないからだ。
「俺、俺さぁ、湶のことが……好きだ」
今日は空が見えない。
いつもの屋上ではなく、あの噂の渡り廊下だから。

俺は背けられた古河の横顔をジッと見つめた。
『好きなら顔背けるなよ』といってやりたかったが実際では声に出すことはなかった。
「知ってる」割合とはっきりとした口調で返事を返した。
「俺、そんなに判りやすかった? それとも……」
「お前、単純だもん」
「……はははは……単純か、俺は……」
「そっ、単純。判りやすいよ」
「……知ってて黙ってた?」
「俺も古河のこと好きだし、口に出さなくてもわかると思ってたから」
「俺の好きは、湶の好きとは違うよ」古河の声はとても低くかった。
「それも知ってる」古河は俺から背けていた顔を急に起こして俺を睨みつけた。
「湶の人でなし!! 気持ち悪いとか、ホモ野郎とか言って俺を詰ればいいのに。……それすらもしてくれない。俺の言うことなんか―――」
「……」
「俺が黙っていればどうなった、今と違った? 俺がコクらなかったら?」
「何も変わらない、変わらないよ」
 俺はこのままの関係を望んでいた。しかし、いつか痺れを切らした古河が堰を切ったように自分の想いを告げてくる日が来ることも予想はしていた。ただ、願わなかっただけだ。今のこの関係を壊したくなくて。
古河の『俺の好きは、湶の好きとは違うよ』の言葉が俺から離れない。
そして、大きな口を開けて楽しそうに笑う彼女の顔がチラついた。
「……」
「…?!…」
(…ちゅぅ、って? …ハッ?!)
「がぁ――――っ! クソ古河っ!!」
「あははっは―――。 クソはどっちだ! バカいずみぃ―――っ!」

ぼんやりしていた俺は隙がアリアリで、古河はドサクサにまぎれてキスをしやがった!
腕を振り上げて真っ赤な顔をした俺が古河を追いかけたが、古河の顔は見えなかった。
明日から試験休み、そして、卒業式。
きっとどこかで又、会うことがあるだろうか?
その時、俺はどうしているだろう。
グッチやケロみやはどこにいるんだろう。
湯沢は元気だろうか?
付き合っている彼女と未だ付き合っているだろうか。
いつか、皆と笑って逢えると嬉しいだろうなぁ、……なぁ古河。

                         完

※ 題名のチャイコフスキーからどんんどん内容が外れていきました!
……題名変えたほうがいいかも…… ヮ(゚д゚)ォ!ー でも思いつかないからこのままかっ?!

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