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2)嫉妬

「……つまらん話だろ?」
「……」
「で、感想は?」
「……」
俺は、酷く凌亮の反応が気になった。
しばらく黙ったんまま、彼はじっとグラスの中にある氷を見つめたまま何も話してはくれなかった。
「なぁ、凌亮。今の話は遠い昔話だよ、お前が……」
「いえ、大丈夫です、あっ、いや、違うんです」
「?」
はぁ……なんて言ったらいいんでしょう、俺。よくわからないですよ」
「だから、言っただろう?遠い昔の話だよ」

私は何杯目かのスコッチを飲み干すと、すっかり、12時を過ぎてしまった店内の時計を見つめた。
「彼とは……その「龍水」っていう青年とは、今まで会わなかったんですか?」
「あぁ、あの日から一度も逢ったことはない。勿論噂も聞いた事がない、あれだけ上手かった歌だから、きっと、ミュージシャンにでもなっているとばかり思ったんだが……そんな噂も耳にしないな」
「電話番号を交換したんでしょ? ……未知下さんからはかけなかったんですか?」
「俺からか? いや、かけなかった」
「……相手からも?」
「あぁ、無かったな。それに、俺の番号は教えていないよ。家は知ってるけど……」
そう、無かったのだ龍水からも。
俺はどこか期待していたのだろうか? 自分からかけるのではなく、彼からかかってくるのを。

「携帯……」
「ん?携帯がどうした?」
「見せてください、貴方の携帯」
凌亮にしては珍しく、怒ったような声で言ってきた。
「……あぁ、いいよ、ほら」
俺は胸ポケットにしまってあった薄型の携帯を彼に手渡した。
凌亮は受け取った携帯を暫くじっと眺めていて、二つ折れの携帯を開けようとはしなかった。
俺は何も言わず、彼のしたいようにさせるのが今はいいと判断して、彼のやや不安げな横顔を眺めていた。
暫くすると、意を決したように凌亮は携帯を開いた。
待ち受け画面を凝視する、凌亮。

「み、みちしたさんっ! なん、なんですかーっ?! この写真」
「んっー? おぉ、かわいいだろ?」
俺は凌亮に笑いかけ、自慢げに携帯の待ち受け画面を覗いた。
『こ、こ、これ、俺じゃないスかーっ?! いつ、撮ったんですか?』
凌亮は耳まで真っ赤に染め上げて、声を潜めて耳打してきた。
俺はつい、つい笑いを堪える事ができなくて、
「いや、今日会えると思うと、うれしくってね〜。いつもの画面と変えたんだよ。スペシャル画像と」
『な、なにいってんですか?』

俺は1ヶ月ほど前、会社の会議でアメリカへ飛ばなくてはいけなかった時、暫く逢えない寂しさから凌亮を引っ張り出し、彼を二日間もホテルに軟禁状態にしたのだ。
(……いわゆる、『やりまくった』ってやつですな)
流石に、若い彼でもあれだけヤレば疲れるだろう。そんな彼の寝顔を見ていると、つい(悪いとは思ったのだが)いたずら心がムクムクと起き出して、うつ伏せで眠っていた裸の凌亮を写真に撮ったのだ。もちろん、形のいいお尻のアオリで、彼の半開にあいた唇も一緒に写るように顔も入れての、写真。
(我ながら、いいできだと満足する出来栄えだ)
で、勿論、待ち受け画像に加工して保存。かくして、俺の心のオアシス画であった。

『や、やばいですよ〜、こんな写真持ち歩いちゃ〜』
凌亮は相変わらず、真っ赤にした顔で小声で囁いていた。
「ははは、大丈夫だよ。これは俺のプライベート用の携帯だから」
俺は、携帯を2台持ち歩いている。勿論、会社用の公用と使用頻度の高いプライベート用のものを。
プライベート用のものは滅多に人前で開けて電話をかけることはしないので、待ち受け画面を見られることも無いし、どうしても開けなくてはいけない場合でも直ぐに画面を切り替えるので見られたとしても、ホンの一瞬に過ぎない。

まぁ、多少のリスクは伴うが、俺自身のことを薄々は感づいている奴もいると踏んでいるのだ。
ただ、俺の会社は外資系だから、それほどの違和感はない。
もともとは、現地採用で入社して、日本へ帰った逆輸入組みだから。

「残念なことだが、普段はこんなステキな画像を待ち受けにしているわけじゃないんだぞ。落ち込んだ時に、ちょっと見ると……元気が出るんだよ」と、言って凌亮に笑いかけた。

凌亮は、戻りかけた顔色を又、赤くして、
「……俺も……欲しいです」消え入りそうな声で返事をした。
「なに……?」
『俺も、貴方の写真が……欲しいです』
消え入りそうな小さな声で話し掛け、聞こえにくい声の分、彼の大きな瞳で訴えてきた。
あまりにも、可愛らしい答えが返ってきたものだから、自分でも驚くぐらいの心の動揺を覚えた。
『じゃぁ、そろそろ上に行くかい?う〜ん、どんなポーズがいいのかな?』
凌亮はなにやら頭の中でいけない想像をしているようで、両手で口を被い、自分の表情を他人に悟られないように必死で隠していた。

俺は今までの龍水とのいきさつが、意外なことで横道にそれてしまったことを少なからず安堵した。ひょっとしたら、喋ってしまうのではないかという不安。俺は凌亮に俺の知らなかった龍水のことを喋りそうで怖かったのだ。
答えをだせなかったのではなく、自分自身を知るのがこわかったから……出さないように自分自身を制御していたのでないかという、恐れを抱いていたからだ。

『時間も時間だから、部屋に行こうか?』
俺は既に予約をしてあった部屋の鍵をポケットからひょいっと取り出しては引っ込めた。
そう囁いて、凌亮を見るが彼の尻は根の生えたように微動だにせず、スツールに腰掛けたままだった。
「?」
俺は訝しんで、彼の横顔を凝視した。
耳たぶまで赤くした凌亮は、意を決したように俺の方を向いた。
「……行きます、でも、先に答えてください」
俺は、凌亮の言いたい事が何となく判ってしまって、とうとうこの時が来たのかと、覚悟を決めた。

「この……携帯には彼の電話番号があるんですか?」節目がちに言う凌亮がいた。
俺は椅子に座りなおして、彼を見つめながら答えた。
「あぁ、登録してある」
凌亮は何かを言いかけるように口を開いたが、声は発しなかった。
「かけたことは、一度もないんですか?」
「正直、何度かかけようと思ったことはある。開いて、登録した電話番号を表示させ……でも、かけなかった」
「……声が……聞きたかった? それとも、逢いたかった?」
視線を足元に落として質問する凌亮は痛々しかった。
そんな風に彼を傷つけている張本人は俺なのに。
「……わからない。本当にわからない。別れた当初、逢えば自分が何をするのかわからなかったし、声を聞くと何もかも投げ捨てて追っていきそうで怖かった。……多分、俺は……自分を拒否されるよりも素直に受け入れてくれそうで、怖かったのかもしれない。」

そうだ、多分そうだったんだろう。
俺を拒否してくれる方が遥かに楽だったのだ。しかし、彼は回りの人間が彼によって傷つく事を極端に嫌がった。
だから、もし、俺が彼によって傷つくような事があれば彼は、自分自身を許せないだろう。そんな大きなハンデを持つ相手に、俺から連絡なんてできるはずが無い。まるで、見透かしたように彼を騙すなんてことは……。

「自分を見失いそうだったから?」
「そうかもしれないな……。ただ、俺が歳をとるように年月が重なり、日々の日常が過ぎていった頃、逢いたいと思う感情より、違うモノが次第に湧き上がってきた」
「違うモノ?」
俺は凌亮に素直に喋っている自分自身が、妙に可笑しかった。
「そうだ。逢いたいという欲求は別れた当初はあったよ。しかし、そのうち、次第にその感情はなりを潜めっていた。そのことを考えると俺自身もわからなかった。本当は好きではなかったのかもしれないと、思うことすらあったのだから」
「でも、もしも、偶然でも彼と逢っていたら……」
「逢っていたら? ……何も起こらないよ」
「何も?」
「あぁ、ひとつだけ気になっていることがあって、それを確認することができたのなら俺はそれでいいんだよ」
「聞きたい事ですか?」
「あぁ……『今、お前は幸せか? 密はどうしてる?』ってね」
「……未知下さん、やっぱり愛してたんですね、今でも……」
凌亮から落胆した声でそう言われた。

「……これが、愛と呼べるなら愛しているんだろう。俺は、ただじっと眺めていたかったんだ。何をするのも、なにもかも、全てを見たかった。時折、空を眺めて星を見るように、ただその空にあるのを確認し安心して眠る為に……」
悲しい目をしたかわいい凌亮は答えが、不満でも安心したように顔ををふせた。
「……凌亮、お前は俺を愛してる?」

「?」
言われた言葉が意外だったのか、『いまさら何を』とい言いたげな目だった。
「愛してるよ、凌亮。君が望むなら、全てをあげよう」
「俺は、代わりじゃないんですね?」
「代わり? 龍水のかい?」俺は、困った顔をしてしまった。
(いまさら、何を言ってくるかと思えば……)
「俺じゃ、役不足でしょうけど……」
「凌亮、俺は、一度も代わりに誰かを愛したことなんてないよ」
俺は、凌亮の肩に手をやり子供をあやすように二、三度軽くたたいた。
「お前を代わりにしたことなんて、一度もない。……飽きて捨てられるのは、私のほうだろう? 違うかい?」
彼の苛立ちも理解できたが、今、俺が愛しているのはこの凌亮ただ一人だ。そんなことも、わからない愛し方をしてきたのかと、思うと少々情けない。そう思うと、意地悪な質問をしてもいいのではないかと、思ってしまうのだ。

案の定、彼は俺の言った言葉がよほどこたえたのか、うろたえ、動揺していた。
「お、俺は……そんなこと……俺が、貴方を捨てるって言うんですか?」
俺の言葉が気に障ったのか、少し、大きな声をだして答えた。
「私はもう歳だしね、君はまだ若いじゃないか? 君を愛してくれる若い男が、今でもいるんじゃないのか? それに、俺は50をとうに過ぎた男だよ。君はいくつだ? 凌亮はこれから、まだまだ、沢山の人と出会うことができる。私に執着することもないだろう」

俺は嫌味の一つを言ってみただけだったが、結局、これも嫌味と言うよりは彼が自分を選んでくれるのかそうでないか、試してみたかったのだ。
自分を選んでほしいと望む心に宿る、かすかな不安。
いくら払拭しても拭えない言い知れぬ不安。
(歳をとるということはこうも、自分の自信に揺らぎを感じる物なのか? それとも、俺が弱気になっているだけなのだろうか?)

嫌味なことを言うつもりはなかったが、年寄り特有の僻みがでてきたのか、少々意地悪く言い放ってしまった。
「……随分、酷い事を平気で言うんですね。俺が、誰かと浮気してたとでも言いたけじゃないですか?!」
そう、言って俺を睨みつける凌亮を見て、心の中でしくじった事を知った。
俺はまだ、彼がそこそこ冷静で、物事を考えているばかり思っていたのだ。

「凌亮、そうは言ってないよ。私は歳だし、君は若い。そのうち若い恋人をつくって去っていくんだろう、と可能性のことを言っているんだ」
俺は、スコッチの入ったグラスに手をやったが、中味には何も無いっていなかった。
「……よりが、よりがもどったんですか?  それとも、他に男ができたとか?」
「?」
俺は凌亮の言っている意味が判らなかった。
「あ、貴方は……俺と違ってモテることは知ってます。だから、わざと昔話でお茶を濁して、俺と別れようとしてるんですか?」

「ちょっと待てよ、凌亮。私は一度もそんなことは言ってはしないぞ。なぜ、俺が君に別れ話をしなくちゃならないんだ? 
それに『龍水』のことは関係ない。君が勝手に『龍水』と俺が関係のあるように話しているが、それこそ『酷い事』を俺に対してしているとは思わないのか?」
「俺がですか?」
自分も人のことを傷つけているとは思ってないようで、右の眉を少し吊り上げるような感じで返事をした。

「俺が、どんなに君を愛してるかなんて、理解していないんじゃないのか? 『龍水』のことだってそうだ。彼とは何も起こらなかったし、これからも起こることも無い。現実にいるかどうかも判らない相手と、私なりに愛してきた君を比べたり、代わりにしたりなんて、思っていたのか?!」
俺は、自分の撒いた種ではあったが、この際、自分の事は棚に上げて、怒りをぶちまける事にした。
「俺は君より、何十歳も年上だ」
「そんなこと、今更言われなくってもわかってますよ」
話の腰を折る凌亮に不満を感じて「悪いが、少し黙って聞いててくれ」と、言った。
「……」
「君は『龍水』のことを俺が未だに思いつづけているというのが不満なのか? それとも、私が『捨てられるのは、君ではなく私だ』といったことなのか?」
「どちらも、そうです」
凌亮の頑な態度を見ていると、長い夜になりそうな雰囲気だった。
(やれ、やれ)

俺は、憤懣やるかたないといった感じで、子供に言うように諌めにまわることにした。
「私にとって『龍水』という存在は、大袈裟かもしれないが、今自分がここにいるための布石だったんだと思う。彼がいなければ、私は男を愛したかどうかはわからない。遅かれ早かれ、彼がいなくてもそうなったかもしれないが、自覚したのが彼との出会いだったからだ。だから、そゆいう意味で「特別」なんだよ。今だ忘れられず、彼のことを今だ想っていることを『愛している』と呼ぶならそうだと思う。しかし、私が今、本当に心の底から、側にいて欲しいと思う相手ではないんだよ、決してね」

「……」
「君は、俺が愛して慈しんでいるのが、判らなかった? 俺の愛し方は、君に届いていなかった? ……こんなに愛しているのに?」
話している最中、凌亮は徐々にではあるが顔を伏せだし、最後の言葉ではカの表情が読み取れないくらい下を向いてしまっていた。
「別に、君を責めているわけじゃないんだ。こんな話をした、俺が悪いと思っている。しかし、凌亮と龍水を比べた事なんて一度も無い、誓ってね」
「……じゃ、なぜ、俺が貴方を捨てるだなんていいだしたんです? それとも、別れたかったから? 邪魔だった? 
俺が、貴方を捨てるだなんて……例え話でも、酷すぎる」
凌亮の目には哀しみにも似た茫洋とした光が見えた。

「俺は……」っと、話をし掛けた途端、我慢できなかった怒りがあったのか、凌亮はやおら立ち上がり、小さな声で何かを呟き、小走りにバーの出口へ行ってしまった。
「凌亮! 待て、凌亮っ!」
俺もすぐさま立ち上がったが、先に行動をとっていた凌亮のほうが早くドアを開けて出て行ってしまった。俺は、カウンター内にいるバーテンダーに素早く、部屋番号を言い、勘定を済ませ、凌亮の後を追った。

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