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6)スペシャルサービス

「……凌亮、りょう、すけ?」
「……うえ〜、なに、もう朝〜?」
「ベットに入った時が朝だったよ、起きたかい?」
「う〜うぅ」
凌亮は眠そうにシーツをたくし上げて、頭からすっぽりと被ってしまった。
「すまないが、先に出るよ?」
「えっ! もう?」
凌亮にとっては予想外のことだったようで、もぐった直後のシーツを上半身を露出させて叫んだ。
「悪いね、1時に会場だから、もうそろそろ迎えが来るんだ。部屋の方は、連泊にしてあるから好きな時にチェックアウトするといい」
「……う〜、もうちょとゆっくりしていけば?」
「仕事だよ、君もね」
「はいはい、判ってます」
憤懣やるかたないといった感じで、凌亮は寝癖のついた髪をボリボリと掻いていた。
「いい子だね、いい子にはご褒美がいるのかな?」
俺は、不満顔の凌亮を覗き見しながら支度を整えていた。
「……貴方と『マル2日、一緒』ってのがいいな?」
「いいねぇ〜、しかしそれは今度ってことで」
甘えた声で、言ってくる凌亮に微笑みながら俺は軽くかわしていた。
「うぇ〜?」
凌亮が不満げに言った。

「まぁ、そう言わずに。今日は、洋服で我慢してくれ。昨日の今日じゃ、マズイだろ?『ロベルト・カバーリ』を買ってきた、君にぴったりだよ」
「……一緒、がいいな」
いいなだめても、ポツリと寂しそうに呟く凌亮を見ると、こちらの方が居たたまれなくなってくる。
「俺のは『エルメネジルド・ゼニア』だ、君には老けた感じになるよ。それが、いいっていうんだったら、今度、採寸してもらうかい?」
「違うよ、服のブランドじゃなくて……」
最後の語句は聞き取りにくいぐらい小さな声だった。
凌亮はベットの上に胡座をかいたまま、無造作に握り締めたシーツのどこをみているのか、一点を見つめたまま身動きしなかった。
「……次はいつ会う? 約束しておこう。その時に着てきて欲しいな」
俺は、どうも『凌亮』のこういう姿に甘いのかもしれない。
「じゃぁ……今晩!」
嬉れしそうに、右手を突き上げて言った。
まさかそんな展開になるとは思っても見なかったが、嬉々として喜ぶ姿を見ると何も言えなくなるは、もう殆んど病気といってもいいな、と俺は思った。

「それは、すごいな……いいよ」
「えっ?! いいの、ほんと?」
「ははは……いいさ、他に欲しい物は?」
「ない」
即答してくるあたりなんかは、ほんと、かわいさ爆裂だ。
「早く帰ってくる?」
「あぁ多分、俺の方が早いだろう。君の方が早く終ったのなら、先にマンションに入ってなさい」
「あぁ、待ってる」
「それから……着たとこ見たかったな」
俺も、彼に対して『リップサービス』を怠らないところが、自分でも感心するマメさだと思う。
「帰ってくるまで、服は脱がないでおくよ」
ニヤリと笑いながら凌亮が言った。
「……お楽しみは『オプション・サービス』かな?」
「いや『スペシャル・サービス』さ」
俺は、少々大声で笑いながら鞄を持ち、凌亮には右手を上げながら挨拶をし、出て行った。

エレベーターで1階のエントランスまで出て、俺はそのまま、喫茶店に入りコーヒーを注文して朝の一服をした。流石に、昨日の晩からアルコール以外は腹に入れていないので、コーヒーが染み入るように入っていくのがわかった。
暫くすると、俺のテーブルに近づいてくる男がいた。

「早いな」
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「まだ時間が、あるんだろ?」
「はい、ございます。私はロビーで……」
「朝のコーヒーに付き合わないか?」
「……はい、よろしいので?」
「あぁ、座ってくれ」
「ちょっと」
と、俺は忙しそうに歩いているウェイトレスを見つけ手を上げた。

俺の前に座った男は、俺よりも数段若いが大人しい男だった。
彼は、現在俺の運転手をしてくれている会社の社員だった。
今時の若者という感じより、よくこの会社に入れたものだと感心するぐらいの自己主張のしなさげな男だった。
しかし、時間厳守で、何事も正確で機転の利く頭の回転が速い男だった。
それに、なにより口が堅いという点では、お偉方の印象がよかったはずだ。

男が、黙って向かい合い会ってコーヒーを啜る姿は、なんとも滑稽ではあったが、妙に落ち着く時間ではあった。
「そろそろ、お時間ですが……」
「そうだな、そろそろ行くか、車を回しておいてくれ」
俺はそう言ってレシートを掴み、レジへと向かった。
フロアから出ると入口に、一台の車が滑るように止まり、後部座席の扉を開けて、俺を出迎えてくれた。ベルボーイが至極上等な微笑みを称え「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。
(……前に泊まった時も、彼だったかな??)
などと、些細な事を考えながら、車に乗った。

「相変わらず、今日もいい天気みたいだな」と、誰に言うでもなく呟いて、昼間の味気ない会議の事に注意を払うよう試みた。『まぁ、働いたご褒美として、凌亮と又、会えるしな』などと、不謹慎なことを思ってみたりした。

車は緩やかなカーブを曲がり、信号待ちで車体がゆっくりと止まった。
なんとなく、車中から外の風景を見ていると、談笑しながら歩いてくる男二人に目がいった。
一人の男は若いのに地味ではあるが品のいい藍色のスーツを着用して奥にいるもう一人いる男と肩を組んで歩いていた。
奥にいる男は顔こそ見えなかったが、街中で見られるような服ではなく、どこかモデルのようなシルバーグレイのスーツが見え隠れしていた。

俺は、何故か目が離せなかった。
ただ、じっと彼ら二人を目で追って、車中から眺めていた。
その時、奥にいたシルバーグレイの男が手前の男を引っ張り、彼の首に右手を回して彼を小突いた。

俺は、ただただ唖然としてその笑顔の男を見ていた。
胸に挿した薔薇の花のように薄っすらと紅潮した頬に、やや尖った顎が男らしく、日の光で茶色く見える髪を揺らしながら微笑む「龍水 琳」を見た。
『あれは……琳だ』
俺は確信に近いモノを感じてそう直感した。
まるで、ストップモーションのように動く二人は俺の乗る車を横切り、去ろうとした。
その時、琳が横断歩道の手前で止まり、こちらを見た。
「お互い、幸せでよかったね」と言った。
いや、そう言ったような気がした。
何がそんなに楽しいのか、わからないぐらい笑いつづけている二人の姿をただ見えなくなるまで目で追っていたが、信号が青になった途端、車が発進した。
俺は正面から右へと窓越しに彼らを見つづけ、最後には影も形も見えなくなってしまっているのに、流れる景色とともに振返ったままだった。

いつもと違う俺を不思議に思ったのか、運転手は俺に「…止まりましょうか?」と言ったが、俺は
「い、いや、かまわない。行ってくれ」と言った。
そんな俺を訝しりながらも、運転手は予定通りに車を走らせ続けた。
これは、俺が願った故の幻想か?
今更のように、俺を束縛しつづけるのは、俺が彼を求めなかった為か?
いいや、そうではない、考えすぎだ。何れにせよ、時間は過ぎたのだ。
お互い、違った道を選択し違った相手と時を過ごしているのだ。
その選択が間違っていたとは思わない。
しかし、今更のように心に滑り込んでくる『彼』はいったい、俺にとってどういう存在なのだろう?
愛しているのかさえもあやふやで、存在さえも不確かな物になりつつあったのに、何故、突如として現れるのか?
人も羨む仕事を手に入れ、妬みも嫉みも混じった理想の結婚もし、子供ももうけた。
人生は順調を絵に書いたようなものだ。
ただ、心から欲しいをおもったものは、手に入らなかった。
人は、それを幸せと呼ぶのだろうか?
しかし、俺はその幸せをいつでも手放すことができる。
俺の幸せが、誰かの不幸の上に成り立っているのであれば、俺にも、いつかは不幸と呼ばれるなにかかが、やってくるからだ。

そして、もしそれが「琳」のものだったら俺は喜んで差し出すさ。
決して凌亮と琳を比べているわけでもないし、蔑ろにしているわけでもない。
彼の存在は……そう『特別』なのだ。
愛しているとかいないとか、そんな言葉ではなく、ただ、彼に奉仕したいと思う気持ちだけなのだ。
凌亮には口が裂けても言えないセリフだ。
……いいさ、人にはいえない『秘密』と『後悔』をセットに、彼の世に行くのも悪くない。
こんなことを考えていては、凌亮に叱られるがな。
『さぁて、スペシャル・サービスとやらを期待して、仕事に励むとしよう』

俺は、禁煙タイムになる前の一服をする事に決めた。
煙草に火を点け、煙をは吐き出す。
まるで今までの世界が霧に煙るようだった。


                         完

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