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3)誤解

「凌亮!」
「待てっ、凌亮」
俺が追いかけてきているのが判っているはずなのに、振り向く事もせず、歩きつづける凌亮をどうやって、説得したらいいのかわからず、躊躇しながらも、彼を追いかけた。
彼がラウンジを出て、エレベーターの前に来た時、彼の足が急に止まったように感じた。

「待て、凌亮」
そう言って、凌亮の肩に触ったとたん、彼は急に振り向いてぶら下がるように抱きついてきた。
俺は特に人目を気にするわけでもなく、苦笑いをして彼の腰辺りに両手を添えた。実際、エレベーターホールはラウンジから見えない奥まった位置にあったので、人目を気にすることもなかったし、時間は既に2時をすこしばかり過ぎていたので、人影もなかった。

「わるかったよ、凌亮」
俺は、ここは謝るほうが得策と心得、彼の背中を撫でながら言った。
「……謝らないで、ください。俺が悪いんだから」
「なぁ、凌亮。俺は、僻んでいるんだ。君の若さに……」
「……」
「凌亮は考えた事もないだろうなぁ。自分がどんどん歳を重ねて老いてゆく姿を想像することを。実際の自分を鏡で見て、そして凌亮を見る……そして、不安になることを。いつ、知らない男に浚われていくのか、明日にも捨てられんじゃないか、もしかしたら、結婚するっていいだすんじゃないかってね……。時々、ふと頭の中を過ぎるんだ。だから、いつも、自分に言い聞かせて『いついなくなっても、恨んだりしないように常に理解しておこう』と思っていた」

「そんな事、考えていたんですか?」
「あぁ、可笑しいだろう? そんなことを心配している柄じゃないって思うか?」
凌亮が両腕に力を入れて思いっきり、俺を抱き返した。
「俺……不安だったんです。貴方に捨てられるんじゃぁないかって……だから『龍水』の話を聞いた時『とうとう別れ話がきたんだ』と思ったんです」
「俺が、別れ話をするなんてどうして思ったんだ? なんでまた?」
俺はそんな不安を凌亮が抱えているなんて思ってもいなかった。
「……未知下さんって、自分がモテてるって自覚ないんですね」
凌亮は俺の右の耳をニ、三度引っ張って言った。
「……誰も、告白にはきてないぞ」
「はぁ……だからよけい心配なんですよ。その、自覚のなさが」
俺の答えが少々不満だったのか、今度は耳の穴に指を入れて弄繰り回してきた。
「いろいろ噂を聞きますよ、そんなこと知らないでしょう?」

「俺の噂??」
俺はややホールの天井を見上げ、
「う〜ん、視線を感じることはあるが……あれが、お誘い光線?」
凌亮は、俺の耳を弄ぶのにも飽きたのか、やおら、俺の顔を両手でがっしりとはさんで自分の顔に近づけた。
「やっぱり、全然、わかってないですっ!」
俺は「そ、そう??」と、今まで見ていられなくらい痛々しかった凌亮は、ここぞとばかりに俺を責めだして、立場の逆転を計っているようだった。

「この間、『1級の村山』さんを訪ねて来た時も事務所の連中ときたら貴方の噂ばかりしてたんです」
『1級の村山』とは俺の大学時代の同期の知り合いで、実家を改築する際に、リフォームを頼んだ凌亮の事務所の先輩になる人だ。なんでも、事務所には村山という姓の男が2名いるらしく、(無論、俺の知り合いだから若くない方になるのだが)事務所では1級建築士の村山と呼んで区別しているらしかった。

しかし、当の村山は「1級、1級って直球すぎる」と文句を言っていた。
「村山が何か言っていたのか?」
「いいえ『近くに寄ったから』て言って、事務所に来た時『お茶の時間にどうぞ』って『ミッシェル・ショーダンのガトー・エスメラルダ』の差し入れ持ってきたじゃないですか! ……それが、問題なんですよっ!」
「……手土産持っていかないってのも、お邪魔しにくいもんだぞ? それに、凌亮。お前の好きなやつだろ? 自慢じゃないが、俺はアレしか知らんっ!」
「……ち、が、い、ますっ」
凌亮は力いっぱい、否定した。
「えっ?! 嫌いだった???」
「ち、がいますよ。あ、いや、ケーキはアレが一番好きです。……貴方がアレを買ってきてくれるのは、ほんとに嬉しいです……って、ちがう〜そうじゃなくて」
「……なんだぁ?」
俺は凌亮の言っている意味がわからなくて、黙っていたら、
「なんで、そう『まめ』なんですか?! かゆいところい手が届くっていうか〜、そういうところが女も男も、心くすぐるんですよ? ……わかってないんだろうなぁ〜、はぁ〜」

「凌亮、別にいいんじゃないのか? 俺は君だけしか見えないんだし、他を気にすることもないだろう?」
「……俺、もう少しで喋っちゃいそうでした」
「何を??」
今までこちらを直視していた凌亮の顔がだんだんと、下を向いてしまい、声がかすかに震えていた。
「……貴方の恋人は、俺だって」
俺は、なんとなくわかっていた答えを聞いた。
「いいんじゃない、いっちゃえば?」
「えっ?!」
凌亮の体が驚いたようにはねた。
「カ、カミング・アウトですよ?!」
「あぁ、わかってるよ。でも、凌亮は喋ってしまいたいんだろ? だったら好きにすればいいじゃないか?」
「あ、貴方はどうなんです? 会社や……息子さんのこともあるでしょう?」
凌亮の言葉はどこか、期待している感じがした。

「ん〜まぁ、なるようになるさ。会社も辞めさせられて、近所から白い目でみられるかもなぁ。そうなったら、どうするかなぁ〜。俺にはもう凌亮しかいないから、責任とってもらうとしてだなぁ〜凌亮に食べさせてもらうさ。……面倒みてくれよ」
俺は笑って凌亮に言った。
急に、凌亮が重さを増したようで、俺にぶら下がっている状態になった。
「おい、おい、重いぞ」
「はぁ〜、なんか力ぬけちゃいますよ。……何にも考えてないでしょう? 会社のこととか、元奥さんのことや、息子さんのことも」
「失敬な奴だな、これでも仕事では有能なんだぞ」
「……わかってますよ、そんなことは言われなくても。どこの世界に役員待遇で運転手付きの車で送り迎えしてもらってる平社員なんているんですか?! まったく〜、そのくせ、ドンカンなんだから、やってられないですね」
凌亮は呆れているのか、怒っているのか、ブツブツと文句を言い出した。
「……あんな手土産もってくるんじゃ、女の子なんか、イチコロだて気付いてないし、おまけに、アルバイトの森谷なんて『未知下さんて、生活感がなくって、ちょと不思議な感じの人だなぁ』なんて興味津々だし……あいつ、俺にケンカ吹っ掛けてんのかぁ?」

「ははは……」
俺は笑い声にならない声で笑い、凌亮の不満の原因が俺の無神経さにあることを思い知った。
「ところで、凌亮、え〜そろそろ3時になろうとしているんだが……君は明日仕事じゃないのか?」
「……」
「?」
「嫌な事言いましたね?」
凌亮は少々ドスのきいた声で返事をした。

「あ〜、いや、そろそろ部屋に、っと思ったんだがね」
「未知下さんは、明日仕事ですか?」
「いや、仕事じゃないが昼に『会食会』が入っている。新しいプロジェクトの顔合わせだ」
「俺は、もともと昼過ぎから出社予定にしてありますから」
「じゃぁ……」
と、俺は喋りかけた途端、凌亮の手によって口を遮られた。
「俺、今日激しく嫉妬してます。『龍水』にもですけど、皆にやさしい貴方に怒ってます。……俺、誰にも負けませんから、貴方を譲るつもりなんてこれっぽっちもありませんから!」
俺は嫉妬に身を焦がす凌亮を微笑ましく見ていて口の端が緩むのを覚えた。
「はいはい」
すると、妙に真剣な目をした凌亮が意を決したように言った。
「もう、我慢できない……早く、入れて」

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