>> Sweet Dreams > 01 / 02 / 03 / 04 / 05 / 06 / 07 / 08 > site index

BACK INDEX NEXT

3) プーな俺

盛大な飲み会から既に10日は経ってしまった!
ヤバイ? ヤバくない? ……やっぱ、ヤバイでしょ?
……で、今に至る。

今日は朝起きてから何をしたかというと、特に変わったことはしていない。
昼からやってる再放送のサスペンスを見るのが日課になりつつあって、そろそろ世間の目が気になりだした今日この頃だ。
いやはや…。

一週間が過ぎたころには会社から離職票が届き、ハローワークや役所回りで数日忙しかったが、手続きなんて直ぐに終わり、急いですることも無く自宅でダラダラの毎日。そろそろ家にいるのも飽きがきて、久しぶりにパチンコへ行ったらビックリだった。
 まるでホテルのロビーのように清潔で、禁煙フロアーも出来ていた。椅子は少々大きく、座り心地が満点でホールには喫茶スペースまであった。
どこか隔離された空間が妙に落ち着く場所だったのに、(ちょっと、暗くて秘密めいたとでも言うべきか)今ではクリーンなまでのゲーム場と化していて自分が長らく、遊びに来ていないことを知った。
まぁ、特に好きな方でもなかったので、待ち合わせの時間つぶしに利用する程度で、仕事が忙しくなった近年では寄り付きもしなったから、無理も無いことだ。
受ける覚えの無い疎外感を感じ、30分程度で店を出てしまった。

狭い業界の転職には妙に気が引けて、かといって他に自分にとりえがあるわけではない。コネもあるわけは無いので、なんら有効な手立てが無かった。ハローワークで職探しと思っていそいそと行って見ると、想像以上に多い求職者に驚き、職探しのテンションが一気に急降下してしまった。
そうだよなぁ、世間をもっと知っとこうよ、俺。
 職探しもほどほどに、コンビニで弁当とカップラーメンとお茶を買って家に戻ることにした。そのついでに競馬新聞も買おうとしたら……『まだ、到着してません』と言われた。昼過ぎてんだから、置こうよね〜。
―――――『久しぶりに買おうとすると、こんなんだよな』

それに、“競馬新聞”ってなぁ、と思う。
暇だから買おうと偶々思ったのだが、笑ってしまう。
“競馬新聞” はいつ頃付き合っていた男のアイテムだったか? 
…しかし、今思うと、あいつも今の俺のような状態だったのだろうか?
今更、随分前に別れた男の心情をわかったからといって何になるのだ? 何もしないとロクなことを考えないもんだな。
別れた男を思い出すなんて、そんな……かわいいキャラじゃねぇよ。

ブツブツと文句を心の中で垂れ流しながら家に帰り、弁当を温めて食べることにした。ふと目線を上げると俺んちには不釣合いなゴージャスなグラスが目に入った。それは俺が聡介にと買ったバカラのオールド・ファッション・グラスだった。オンザロックが好きな聡介の為に買ったものだ。食器類は職業柄凝っている方だと思う。しかし、普通の独身男にはやや不釣合いに映るものかしれないシロモノだった。飲み口の周りに金の模様が入ったグラスは聡介好みだったが使うのはもっぱら俺んちのみの限定で、とうとう自宅に持ち帰らないままだった。
まぁ、結婚しているんじゃね、それも仕方がないと諦めたが、よくよく考えて見ると、彼が持ち込んだ品は何一つ無かった。
必要なものは俺が買って揃えたものばかりで、それも最低限。
ハナからそのつもりだったということだろうか?
別れるには好都合だということだろう。

俺はそのグラスを取り出してしげしげと眺めたが、急に腹が立ってきて壊してしまおうと大きく振りかぶったが、それ以上動くことが出来なかった。壊すのをやめたのは、決して聡介に未練が湧いたからでないが、これを目にするのは少々辛いと思え、俺はグラスを見えずらい位置に隠すようになおした。
そして、膨らんだポケットから携帯を取り出すとメールが2件と留守伝が1件入っていた。
携帯の振動に気付きもしなかった。
メールの1件目は……っと義姉さん。これは……後回しだ。
2件目は……っと睦月。これも、後。どうせ、急ぎじゃないしぃ。
……で、問題の留守伝は、母さんか。
……なんだよ、このラインナップ! ダチはいないのかっ?!! 
……睦月はダチじゃない。まぁあいつは兄弟みたいなもんだからなぁ。
見るの止そうかなぁ。
一番、身体に良さげな睦月のメールを最後にして、俺は一番最初に義姉のメールを見た。
『ごめんなさい、又お母さんから電話があるかもしれないけど、勘弁してね。裕子より』
俺は意を決して母からの留守伝を聞いた。

『いっちゃん、どげんね? 今日も又、裕子さんが文句ばっかり言いよるけん、腹らぁたっていてもたってもおりゃぁせん。
まさちゃんも父さんもすっかりあの嫁の言いなりけん、あたしの味方はいちゃんだけんね』
俺は、初めて自分の魂が抜ける音を聞いた気がした。

 俺の6つ年上の兄である真幸は両親、正しくは母の反対を押し切りゴールイン。しかし、母はそれ以来、嫁である裕子さんの愚痴をこぼすのだ。母は事ある毎に、都会の嫁は口答えをすると言って文句を言う。果ては『あの嫁が来なかったら真幸には山が3つに田んぼが7枚、おまけに持参金を出すといった嫁がおったのに』と言う。
―――――何を言うのかと思う。
オヤジもアニキも俺も、そんなたわ言を今更蒸し返してどうなるのかと、思っている。オヤジにいたっては『好いたもん同士が一緒になるのが一番』とい言うわりには、そのことを俺とアニキ以外の前では言わない。なさけねぇ。

義姉さんには悪いと思っているが、今更母に説明しても無駄だとわかっているものだから、母は現在、放置プレイ状態だ。
だから、時々、母は爆発したように俺に愚痴電話をしてくるのだ。
こんな卑怯な家族の元に嫁いできた義姉さんが俺は不憫でしかたがなかった。
まぁ、親にカミングアウトできない自分とダブらせているからかもしれないが。
しかし、救いは有るのだ。
母は今更引き返せないだけなのだと思う。
本当は義姉さんのことを認めているのに、今更どうしていいのかわからないのだろう。あの母の性格だ、きっとそうに違いない。
もう少ししたら母に電話をしよう。
それで気が治まるだろうから、そして義姉さんにはメールを返しておこう。これで一件落着!! っと、睦月がまだだった。

睦月のメールは、と言うと……『いつき〜。最近評判のケーキ食いにいかねぇか? で、いつにする?』
―――――お前の目当ては『ケーキ』じゃねぇだろ? 『ウェーター』か?!
ほんと、こいつのバイタリティとチャレンジ精神は見習わねぇとねぇ。
俺は睦月にメールを返し、冷えかかった弁当を又、レンジで温めなおして食うことにした。

―――――睦月へ 『OK。いつにする?』 >いつき

BACK PAGETOP NEXT

Designed by TENKIYA