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4) Mas Que Nada(マシュ・ケ・ナダ)

昨日の今日とはちと辛い。
何せ眠ったのが朝の5時とは…いい加減若くも無いのにこの時間はキツイものがるなぁ。
因みに、今は昼をちょいと過ぎた2時前だが。

昨晩からバイトというか、なんというか頼まれごとというか、曖昧な仕事をしているせいだ。
真剣に職探しをしてはいるもののなかなか思うようにはいかず、宙ぶらりんな状態のままの生活を送るハメになっている俺に連絡を寄越してきたドMな福田こと福ちゃんの『お願い聞いてちょうだい?!』からそれは始まった。

つまり、俺は福ちゃんのピンチヒッターをやっているわけだ。
福ちゃんは、キャバクラでボーイをやっているのだが、キャバ嬢の送迎もしていた。元々クラブは専用運転手を雇っていたが、以前運転手にキャバ嬢を引き抜かれた経験(しかも大量に)
から専用の運転手は雇わず、下っ端ボーイことパシリの福ちゃん(福ちゃん、アダ名いっぱい持っているなぁ)の仕事になったらしいのだ。

まぁ、下っ端というよりあの性格だからだろうな。
アレは手を出すというより別の意味で出されるタイプだ。
『グーで殴ってぇぇ〜』って奴だから完璧におもちゃ状態、だよな。
……有る意味、完全な安全パイだ。送迎にはもってこいかも。

>骨折した♥ 至急連絡待つ。

そんな福ちゃんからなにやら不穏なメールをもらった。
……なんんだよ、コレ。
……福ちゃん、嬉しいのか? そうなんだな。
ボヤキは後回しにして『病院は?』と連絡をしたら意外な答えが返ってきた

>自宅療養中、見舞いは『ペコちゃんのミルキークリームロール』でね。

……『でね』ってなんだよ、気色の悪い!
しかも、『ペコちゃんのミルキークリームロール』を買って来いってのはなんだ?!
アレ買うの、アレを? 俺が? 結構はずかしいんだぞ! ……まぁ、いいけど。 ……包み紙がかわいいから、許す!
ミルキーロール
ということで、俺は福ちゃん希望の『ペコちゃんのミルキークリームロール』片手にご訪問と相成った。
「いや〜ごめんね〜」
「…いや、そうでもない」
「なんだかねぇ〜『初骨折ぅ?』ってね〜」
「……」
「あっ、買ってきてくれたんだ! 『ペコちゃんのミルキークリームロール』」
「…あぁ、忘れてた。これ、一応、見舞い」
「わぁ〜サンキュゥ〜」
福ちゃんは俺から『ペコちゃんのミルキークリームロール』を大事そうに受け取った。

「ところで、今日の用って…」
と、俺が本来の目的のことを話し出そうとしたら妙な笑い顔になって『送迎のピンチヒッターをして欲しい』とのたまった。
ボーイの仕事はなんとかなるが、送迎の仕事はどうにもならなかったらしい。
(そりゃ、そうだよなぁ。…クラッチ踏めねぇもん)
支配人からせめて代役でも探せないかと言われ、俺に連絡をよこしたそうだ。
俺がプーなのは浅田から話を聞いていたらしく、段取りは完璧。

しかし、俺は生憎車を持っていなかった。
……売っちゃったからね〜。
『仕事が忙しくて乗らないから』なんて尤もらしい言い訳したかったが3つ前の彼氏に入れ込んだ挙句、車売って金を工面したことは既に知られた醜聞だ。
しかも、貢癖は未だ治る気配はない。
ほんと、頭悪すぎ…。

車がないことはお見通しであったらしく、俺に自分の車を貸してくれた。
貸し出された車代分はいくらぐらいかと思っていたが、取り分はいらないとのことだった。
…これまたウソのような話だ。
一晩、ガソリン代込みで6500円。
但し、車代は要らないが、他のボーイやバイトとのゴタゴタだけ起さないでほしいとのこと。
別に、俺はそれほど喧嘩っ早くないぞ?! が、しかし、ケンカより何より俺が男の従業員に色目を使うと思ったらしい。
ちったぁ、キャバ嬢の心配しろよ、従業員のケツの心配すんなっ。

しかも、福ちゃんは念には念を入れたのか、店での紹介に『大丈夫ですよ、コイツはホモなんで!』
『『『……』』』
福ちゃんは俺を代役にプッシュする為に使ったらしいが、全員ドンビキじゃねぇか?!
……しかも、直球! 推薦になってねぇよ。
いや、もう、全く以て正直なんだが、ものは言い様ってあるだろう?
もう、大人なんだからさぁ、はぁ〜。

ということで、俺の性向はオープンになったが、店には意外にも好評だった。
商品に手を出す心配は全く持って無しな訳だし(逆に従業員の危険は増したが)、
気が強く、好奇心に満ちた野獣のような女だけが俺に興味津々で声をかけてくる。
(その気もないくせに)
まぁ、福ちゃんの顔を立てて適当にあしらっておくか。
という、夜の不規則なアルバイトのおかげで多少の現金収入ができた俺だったが、不安定すぎるこの状況の打破を真剣に考えなければならない状況に変わりはなかった。


             ************************************

今日、睦月と待ち合わせをした。
ちょっと前に連絡があった件のケーキ屋に行くことになったのだ。
バイトのおかげで若干の持ち合わせはあったので、睦月の誘いに乗った。
最近、睦月には心配ばかりをかけているという自覚はあるんだけどね。
なんだか面と向かって礼を言うのは照れくさいもんだ。
ということで、心の中で拝んでおこうと思う。
―――『心配かけてごめんね、そしていつも有難う』

「よう」
「わりぃ」
挨拶もソコソコに先にテーブルについていた睦月を目指して向かいに座った。
ざわついた店内だったが、特に耳障りでもなかった。
それに、落ち着いた店内装飾でリラックスできる雰囲気があった。
「……よう、何とか言えよ」焦れた様な睦月が言った。
俺は上目遣いに睦月をチラリと見たが、すぐにケーキに目線をおとした。
「……うめぇ…」
「……いいけどね…しかし、お前見場は悪くないけど、口開くとモテねぇの判るよ」と、呆れたように睦月がケーキにかぶりついた。あははは…それは、よく言われますよ〜だ。
「ほっとけ」
俺は、無関心を装った返事を返した。

すると、睦月は「もうちょっと、こう…」などといいながら「どうにかならんのか?」と呟いた。
「惚れた男の前では、俺、かわいいよ?」と、言ってやると途端に嫌そうな顔をした睦月が言った。
「いつでも、かわいくしてくれ」と。
俺は笑いながら「はい、はい」と御座成りな返事を返した。

「ところで、お目当ては?」と睦月に問うた。
しかし、睦月は小難しい顔をして、
「……オメアテ?」
「はぁ? だからぁ、どれ?」と、フォークを握った指で店内をうろつくウェイターや厨房で働くキッチンパティシエ達を次々に指していった。
「お前なぁ…そりゃ、勘違いだ。か・ん・ち・が・い。純粋にコレだ!」といって、睦月は自分の食いさしのケーキを指差した。
「うそぉ〜ん、むつきちゃんウソばっかりぃ」
「…お前、きもちわりぃよ、それ」
「かわいさに溢れているだろうによぉ」
「だから、ちげ〜よ」
「…本当?」
「馬鹿!」真剣な声で起こり始めた睦月を俺は苦笑いで見つめていた。

「ここ、よく見つけたね。店もいいし、それに……」
俺は茶化すのをやめてややマジメな顔つきで言った。
「それに?」
「ウェイターが多い」
「……そこが肝心」
「ウェイトレスが少ない」
「…同じだよ」
「言えてる」

睦月と笑いながら残りのケーキに舌鼓を打ちながら『もう一つ注文するか?』と話したりしていた。俺はてっきり『男』の紹介だと勘違いしていたが、純粋に睦月はケーキが目当てだったようだ。
睦月は現在、パートナーがいない。2年前に別れた男のことを今でも引き摺っていて、その後付き合う男と上手くいかないのだ。お互い、憎くて別れたわけではなさそうなので俺の出る幕なんてない。
それにこればっかりは、俺がどうのこうのと言えた立場じゃないし。

なにせ俺よりも人付き合いの上手い睦月が、俺のアドバイスなんてのは屁のツッパリにもなりゃしない。だから俺は何も言わず、ただ時間が過ぎるのを待つしかないのだ。俺よりも上手く立ち直る睦月には時間が必要なだけだ。

「で、どうなのよ? 仕事」
「う―――ん。 あんまり、よくない」
「まぁ、このご時世だからな」
「そうだな、ただ、何とかしねぇといけないとぐらいの認識はある」
「だったら、いいよ。今はそれで」
「そう? そんなもん?」
「そう! そんなもん!」
やけに自信ありげに言葉を返す睦月にやや呆れながらもその気軽さが何よりも嬉しかった。
俺はやや暗めな店内にふと目を向けると、そこに立つ一人の男が気に掛かった。

―――『……アレぇ?』
彼の髪は後ろへ撫でつけた前髪から綺麗に切りそろえられた襟足が印象的で、枠無しの眼鏡をかけていた。少し神経質そうな顔立ちをしている男。
メニューの束を持ち、お客に向かってややはにかんだ様な笑顔を浮かべ、身体に似合わない小さな手を差し出しながら案内する姿を食い入るように見つめてしまった。
 あの、細くて長い指が自分の頬を滑るように降りてゆくのを想像すると、下腹が熱くなるように思えた。激しい動悸を抑えてテーブルを縫うように歩く彼を凝視した。

「…お前…」
睦月が何やら言いたげな口を開き方けたが、俺は時に気にも留めずに彼を見続けた。
そうりゃもう、激見です!!

その瞬間、人は『恋に落ちた』というのだろうか?
その日、俺の頭の中では『ジャン』が盛大に鳴り響いていた。
早く、アプローチしろってことだろうか?
それとも、彼は危険だという警告なのか、今の俺に聞く耳は持ち合わせていなかった。
俺は『ケーキ』なんてそっちのけでこの店のフロアマネジャーらしき男を見つめていた。その時、睦月から聞こえた忠告は耳に入ったが心には響かなかった。

「まぁ、いいけど……今度こそ、まともな ”恋愛” しろよな」
『全く持ってその通りです!』
そう強く返事してやりたかったが、今は気になる男を漏らさず見るのが先だった。

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