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7)瓢箪から男

あれから、ドタバタと時間だけが過ぎ去って早半年が過ぎた。
3か月間の本社勤務を経て、本店での研修と各店舗での実習も済んだ。
研修最後の店が辞令で決まった俺の新天地だ。

仕事に追われる生活だったので、「一目ぼれの男」のことを考える余裕などないに等しく、友人たちとの『飲み会』の回数も減っていた。まぁ、俺の生活が恋愛中心だけで成り立っているわけではないと、思っているのは俺だけで友人たちはそうは思っているみたいだが。
……意外なことにね。

就職の切欠とはいえ、ひとまず「恋愛」という文字は頭の隅に追いやって仕事に打ち込んで人生の軌道修正を図ってみた。……かなり真面目に取り組んだんだぜ?
納得のいかない自分の仕事ぶりに四苦八苦して、不甲斐なさを感じることができるのは幸運だということを改めて思えるところまで成長したものだ。

辞令から得られた新天地は、3店舗の中では一番新しい店舗で従業員もほとんどが転職組からなる店だった。よく言えば、
ソツなくこなせる転職組の新天地、悪く言えば、寄せ集めの中途採用組とも言えなくはない。

新参組がスタッフになる前のこの店舗は3店舗中トップの売り上げを誇る繁盛店だったので自分たちが入店してから売り上げが落ちたとは言わせたくないというプライドの問題もあって、今でも繁盛店として記録更新中だ。

ただ、その店舗をここまでに作り上げたのが「俺が一目ぼれした男」だったらしい。
俺が研修に来る前に彼はもう一つの新店舗出店のため異動となった後だった。
男はやり手だったようで3店舗の中でも一番の伸びを記録させ新店舗を店の顔にまで押し上げた。

―――――つくづく、いい男に縁のない人生だと思うなぁ。

自分と同じ時期に店舗マネージャーとなった五十嵐も人のいい笑顔で子煩悩の男だったが、如何せん、タイプじゃねぇときては別のもに、やる気を見出さなくてはいけなかった。

たとえば……イケメンの客とか。
勿論、女連れなんて野暮な荷物はなしということで。
だが、今の俺の状態では五十嵐マネージャーで、よかったのかもしれない。
ある意味仕事に身が入る状況だったわけなので。

フロアスタッフは自分を入れて5名と準社員の3名、計8名でフロアを回すことになるようで(時間の余裕を作るためにはあと2名ほどのバイトかパートを募集するらしい)キッチンスタッフは、チーフパティシエを含め全部で5名だ。
店舗マネージャーとサービスマネージャーを入れて店舗は総勢15名の大所帯だ。

俺の淡い期待は消えてしまったがまぁ悪くはない状況だとも言えた。
―――――そんなものだ。
特に期待したわけじゃないし、自分の新天地への切欠になったことを思えば、特に感傷に浸るようなものではない」と思いつつも、内心は少々がっかりしていたのだろう。どうも態度に出ていたらしい。
開かれた決起集会(いわゆる飲み会)で、どっぷり内向的な性格の自分は少々針の筵的雰囲気の中、心の中はざわついていた。

「櫂くんってあまりしゃべらないのね」
「内気? 口下手?」
「……両方」
「……へぇ、そうなんだ」
「にしても仕事中と全然違うっていうのも変わってるよ」
「はぁ、まぁ、仕事ですから……それとこれとは別ってことで」
「へぇ、そうなの?」

大体、目立つと碌なことはないと思っている性質なので、こういう“飲み会”も苦手だ。気心の知れた者同士ならば言うことはないんだが、この手のものはご免被りたい。

「彼女はいるの?」
「いえ」
「いないぃ?」
「ええ、別れました」
「別れたって?」
「まぁ、金の切れ目が縁の切れ目でして」
「よくある話ってやつ?」
「ええ、まぁ……」
『冷てぇ女だなぁ』と、言う外野の声に内心「いや、男だよ」と自分突っ込みをしながら苦笑いを浮かべてやり過ごした。

―――話題って大概コレだよね。まぁ無難っていっちゃぁ、そうなんだけど。
まぁ、嘘はついてない。
彼女ではないが、彼氏とは別れた事実は真実だ。

「櫂くんってモテそうなのに。今はフリー?」
「…ええっ? ええまぁ…」
「飯田さん、積極的だね?」
「あら、私は違うわよ」
「……」
「違うって…?」
「彼氏はいるもの」
「なぁにぃ〜、ツマミ食いぃ〜?」
「肉食だね〜」
「あらぁ〜彼氏は彼氏でしょ?」
「「「ええ〜」」」
「別腹ですか〜?」
「「「きゃ〜」」」

『俺にもこれの十分の一の積極性があればねぇ』などと思うも、今は「生活第一」と「一目ぼれ」から目覚めた矢先なのでそんなことは二の次だが。

「うちの女子連中はみんな肉食系だから気をつけろよ? 草食系!」
2か月先輩である相本がちゃかした口ぶりで言った。
俺はいつもそうするように「苦笑い」を顔にはりつけてごまかした。

「オカべっちもそうだけど、うちの店のイケメン占有率高くないッスか?」
そういう伊吹もジャニーズ系のかわいらしい顔をしているじゃねぇか。
本人も意識しているのは周りにはバレバレだが。

「フロアスタッフって『顔』で採用決まるんすかね?」
「いやね〜そんなわけないでしょ?」
「女より男の方が従業員も多いし…」
「でも、厨房は女子の比率多いですよ?」
「う〜ん、そうねぇ〜」
「女子が多い職場だとおもったんだけどなぁ」
「なんだ、それが理由か?」
「まっさかぁ〜」
「あっ、でもそうかもしれないな…イケメン店員って、なんかひっかかるものが…」
「ええ〜っ、知らないんですかぁ? 最近、うちの店「男前が大勢サービス」しているって『イケメン店員map』なるものに男性スタッフが3名も登場しているんですよ」
「あっ、それだ!」
「「「…えっ?!」」」
「そうなの?」
「うそぉ〜」
「……」
「…あら、櫂くんこれでもノーリアクション?」
「…あっ…いえ、びっくりしすぎて…」
「ふ〜ん」
「すご〜い!」
「でしょ、だから最近「週末の遅い時間」って「女子占有率」高くない?」
「「「きゃ〜っ」」」

……イケメンと言われてもピンとこない。
モテたくもない女子から黄色い声なんて迷惑でしかないが、ここは多少なりとも波に乗らないわけにはいかないだろうと思い、
大いに照れ笑いをして皆と歩調を合わせたつもりだったのだが……。

イケメン関係の話題が出尽くしたところで、ふと視線を感じた方を見やると、 そこには、話題にも入らず淡々とビールを飲んでいたチーフパティシエの渋谷がいた。
  この男との接点はあまりなく、世間話もしたことがないのではないかと薄い記憶を探してみるのだが、それ以上に彼の存在すら思い出せなかった。が、彼の作るケーキには覚えがあるのだ。
それほど、ケーキと人間に違いを覚える男だった。

寡黙で目立たない男だが作るケーキは評判になるくらいの腕の持ち主だ。
―――――「ケーキ」は独特で渋谷が作ったものだとすぐにわかるのになぁ。
そんなことを思っていたが、あまりの居心地の悪さに「すいません、俺、明日早番なんでお先です」と言って有無を言わせず席を立とうとした。

するといつ席を立ったのかわからない渋谷が俺の背後に立ち「俺もお先です」と声がしたので少々驚いた。
――――い、いつの間に?!
「かえりは……こっち?」と、渋谷が駅の方を指さしながら言った。
「……ええ、まぁ…」

沈黙が支配した状態で並んで歩くのは嫌ではなかったが、奇妙なこの感じが何のかはわからなかった。
渋谷が思い出したように俺の左肘あたりをやんわりつかむと、とらえどころのない笑顔を見せながら言った。

「遠藤さんに惚れてたの?」
「?!」

―――――こ、これは……なんの衝撃だ?!
「遠藤」という男は俺が一目ぼれした件のマネージャーだった。
「あぁ、ごめん、ごねん。驚かせるつもりはなったんだけど…」
頭を掻きながらやや恥ずかしそうにしている男に不信の目を向けると「そんなに警戒しなくていいよ? 俺も同類だから」と、
言われた。

言われた言葉が頭の中でリフレインしている最中に、渋谷はしかたがないなぁとでも言うように、俺の左腕を撫でながら
「美味しいココアを煎れてやるから、うちに来ないか?」と、言った。
発した声の向こうに彼の笑顔がみえたようなきがした。

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