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3)あなたへ、真っ直ぐ

箱崎は小野に背後から抱きしめられながら、徐々に彼の呼吸と同調していく自分の身体の疼きを抑えられないでいた。
上下する呼吸が荒々しく動き始めると、箱崎はここ連日自身に起こった出来事を思い返していた。
 
連日偶然ではあるが箱崎は会社を出た後、目に毒といった光景を3度ほど見ていた。
仕事を詰めている為に小野に引け目を感じながらの遅い帰り時間だったのだが、とはいえまだまだ、人通りが頻繁な時間で真夜中ではない。
 目を凝らさなくてはならないほどの暗闇ではないビルの片隅で、人目を気にしない若い男女の痴態が繰り広げられていて、通りがかっただけの自分のほうが赤面してしまい足早に通り過ぎることがあった。そして今日も帰りにも又、遭遇していた。
人が同じかどうかは、箱崎にはわからない。
ただ、あの場所はなにか、そういったことが行われ易いのだろうかという考えが過ぎった。

 しかし、そんな関係の無いいことへ頭が回ってしまうのは、自らに降り注ぐ仕事の量にいい加減ウンザリしていたことへの逃げの前フリだったように感じられて、改めて煮詰まったしまっている自分自身を省みた一瞬だった。
 決算前の仕事に追われ、後回しにしていた社内教育プログラムの見直しや積算表の改定など降って湧いたように仕事が矢継ぎ早に即されて、出勤時間も1時間早くしても、結局残業は免れない状態を数日間続けている。この状態を18日までは数えていたが、それ以上数えるのも無駄のような気がして、一体この状態をいつから続いているのかさえどうでもいいと思うように箱崎はなっていた。

 ただ、指先にチクリとささった小さな棘がジクジクと痛むように、小野へのすまない気持ちが自身を責めているように思えた。
箱崎は忙しさにかまけて小野に随分寂しい想いをさせているという自覚があったものの、前々から約束いていた大阪への出稽古を断る事もできなかったので、結局、休みを取る為に前倒しにした仕事が更にハードに横たわり今は箱崎自身、自分の事でいっぱいいっぱいの状態だ。
 頭の隅には常にすまない気持ちはあるのもも、あえて口にだしてみるのも恥ずかしいこともあり、結果はただ日数だけが過ぎていった。

そんな箱崎だったが、小野は箱崎をグチる風でもなく、ただ、身体全体で寂しいと表現するだけだった。付き合う以前の彼なら口に出してはっきりと態度や意見を口にしただろうと思うのだが、最近の彼の態度はこちらが違和感を感じるぐらい消極的だった。ただ、それが何なのかはわからなかったが、そんな態度もかわいいと思えた。

いろいろな想いを巡らせていた何日間、自分に課せたノルマをなんとか終電間際に終らせた何度目かの夜、明日が土曜日なのか相変わらず、人は波のように繁華街に押し寄せて、眠らない街に住んでいる自分を感じていると、ふと目にした暗闇に動く影。箱崎は『あぁ、またか』とついているのかいないのか、薄暗いビルの影には絡み合う男女のカップルの気配に顔を顰めた。

―――最近の若い子は、大胆だなぁ。
そう考える思考こそ『おやじ』なのだろうと思い、苦笑いで足早にその場を立ち去った箱崎だった。
 しかし、改札口を抜け、ホームで電車を待つ間もあの男女の痴態が忘れられず、ボンヤリと先ほど見た光景を思い出していた。その前までは特に何も感じなかったのに、今日は何故か違っていて箱崎の頭を幾度となくかすめていく。

終電近くなのに、相変わらずな混雑ぶりで電車に乗った箱崎は、他に意識を散らそうと試みるのだったが、幾度払拭しようとも彼らの痴態が直ぐに意識を擡げ始めるのだった。それは何度となく思い返しては苦笑いを漏らして、又思い出すといった、底なし沼のような幻だった。そしてそれはいつしか、一度見ただけの男女の痴態から、小野と己自身にとって代わっていた。
―――…参ったなぁ。
箱崎は誰に言うでもなく列車の窓に揺れるように映った自分が照れ笑いをしながら呟くのが見えた。

 そう考えてしまうと、それ以外のことが考えられず囚われてしまい、どこか警報音にも似たサイレンが自身の中で鳴り響くのを感じてしまうのだが、それでもあの二人が己と小野に取って代わってしまって、今はそれを想像するだけで胸の奥が痛いくらいに小野を求めているのがわかった。

早く帰って会いたいなぁと思うが、小野が来ないかもしれない現実にがっかりしていた。
 小野は職長会で遅くなると連絡をよこしていたので、終った後も飲み会になるだろうから今日は泊まりに来ないと予測をしていたからだった。
もやもやと割り切れない気持ちを抱きながら帰宅した箱崎だったが、帰ってみるとそこには少々ささくれだってはいたが小野がいた。膨れっ面で、背中に寂しいと書かれた大きな身体を丸めて座っている小野を見た途端、気恥ずかしさの為に箱崎は業と、そ知らぬ顔をして小野の脇をすり抜けたのだった。

しかし、一旦彼が欲しいと思う気持ちが己を満たすのを感じてしまうと、後へは引けなくなったのも事実で箱崎は自分の肉体を持て余していた。この引けなくなった「彼への気持ち」はどこからくるのだろうか?

小野の愛撫を背中に感じながら、そのまどろっこしさにいつもの性急さで自分を奪いにきてはくれないのだろうかと、考えていると小野がふいに強く首筋に噛み付いた。
「…っつう…」
痛みに眉間に皺を寄せ、肩の筋肉を硬くすると背後で小野の低い声がした。
「メシよりはるかがいいな」
下世話な誘い文句だったが、箱崎にとっては一撃で悩殺される言葉だった。背筋から聞こえた声色にゾクリとし、箱崎はらしくないほど興奮してしまった。
それは、小野の声に反応したからだろうか、それとも覗き見た若い男女の痴態にだろうか?
箱崎は焼ききれる寸前の脳内で終ぞ経験したことのない飢餓感に苛まれ、狂おしいまでに小野を求める気持ちが全身を駆け巡った。

切羽詰まった声を声を上げながら、箱崎は小野の手を振り払うように立ち上がり、彼の顔を見た。
一瞬、何事かと思うような表情をして箱崎を見つめていた小野だったが、箱崎の瞳の中に情欲に塗れた赤い炎を見つけると口角を少々吊り上げて、腹の底から湧き出るかのように、楽しげな声色で笑った。

「はるか」
小野が箱崎の名前を呼んだ。
気色ばんだ声色で呼んだ箱崎の名前だったが、それがまるで合図だったように二人は同時に手を差し出してお互いの身体を抱き寄せ、貪るように口に吸い付き、舐め上げ、激しく舌を出し入れを繰り返した。

猪崎は何かに追われるように性急に、しかも貪欲なまでに相手を求めるような仕草で小野の顔を両手で掴み、二度と離さぬように小野の太くて肉厚な舌に己の舌を絡めていた。
又、小野も己に跨るように抱きついている箱崎を離さないように、と彼の背中に回した手に力を入れて忙しく動かしていた。

―――『まどろこしい』
箱崎の頭の中はその言葉で占められていた。
一刻も早く、小野を感じたかった。
身体の奥深くにある場所で、小野自身を小野の全てを感じたかった。
自分を駆り立てるものが何なのかは判らなかったが、そんなことはどうでも良かった。彼は今自分の直ぐ傍にいる。
だから、一刻も早く、小野を己の奥で感じたかった。

ぐちゅぐちゅと溢れる唾液の音が静かな部屋に木霊するように響き、その音につられるように箱崎の口付けも激しくなったように、小野は感じていた。
口付けだけなのにお互いの身体は既に熱く熱を帯び、箱崎の身体は汗ばんでいて素肌に触れると吸い付くような感覚を小野は覚えた。箱崎のありえない積極性に瞠目して、その迫力になすがままの小野は今まで味わったことのない優越感に浸っていた。自分を抱きこむようにしてキスをする箱崎など想像の世界のものだったのに、今はどうだ?
小野が欲しいと全身で叫んでいる箱崎がいるではないのか、と。

箱崎が小野の顔を執拗に舐めまわし、彼の耳を唾液で濡らしているのだ。
耳朶を甘噛みしては、舐め上げ、熱い息を吹きかける。
その度に小野の身体は歓喜に震えた。
そんな箱崎が急に動きを止めた。
小野は訝しげに箱崎の顔を見上げると、少し思いつめたような鳶色の瞳を揺らした箱崎が、興奮して既に大きくなった小野の下半身を凝視していた。

その表情は欲に塗れて流されつつある箱崎の姿だった。
―――あぁ、なんてきれいなんだ。
小野の身体にゾワリと電気が走った。
しばらく肩で荒い息をしていた箱崎の目線が小野の下半身からはずれ小野に縋るような線を注いだ。

―――…いやらしい顔してる。
小野のものとも箱崎のものともわからない唾液で濡れた唇から覗く舌が、見たこともないくらい自分を誘っているように思えた。小野はそう考えると、両腕で箱崎を少し押しやり自分の着ていたシャツを脱ぎさった。すると箱崎も自らのシャツに手をかけて脱ぎさり、小野よりも素早く動いて、小野の頭を自分の胸元へ抱え込んだ。
小野の膝に跨るように座っていた箱崎は少々腰を浮かして、背骨のあたりから、首、鎖骨と両方の手の平で擦り、少し身体を引くようにして小野の胸骨を上下に両方の指を滑らして筋肉のつき具合を触って愉しんでいるようだった。

箱崎が小野の背骨をゆっくりと撫で上げはじめると、小野の肩が微かに震えた。震えは小野の四肢にまで広がりはじめると、箱崎の口からは漏れる吐息が答えるように荒い息遣いをはじめた。
特に鍛えてもいない小野の身体だったが、三角筋から上腕三頭筋にいたる腕のつき具合や、大胸筋の張り具合がさわり心地がよく、偶に反射的にピクリと筋肉が動く振動が指に伝わる感触がなんとも言えず、箱崎を駆り立てた。

その様子を盗み見るように小野は窺って『あぁ、彼も興奮しているんだ』と思うと嬉しくて仕方がなかった。
箱崎は小野の頭を少し押しやって、彼の胸の辺りに視線を落として両の手のひらで彼の鎖骨の窪みを、舌なめずりしながら撫でていた。
箱崎の骨ばった指が小野の胸や腹を移動して撫で擦ると、あまりの気持ちよさに小野の頭の芯がグラリと揺れた。

 箱崎は身体を下にずらして小野の硬く上を向いた乳首に舌を絡めて舐めだした。小野は箱崎のされるがまま身を任せるようにソファに身体を沈め、箱崎のしなやかな背中を眺めた。箱崎の背中は小野の乳首を舐めあげるたびにゆっくりと上下し、その動きに同調する様に小野の張り詰めた雄を空いたもう一つの手で擦りあげている箱崎が酷く卑猥に思えて、普段では考えられない態度に自然と笑みがこぼれた。

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