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5 ) 落ちてきた男 〜中編〜

幾度も箱崎と繋がることがあっても、箱崎が自ら行動する事は皆無に等しかった。
セックスに誘うのも、小野。
服を脱がすのも、小野。
与えるのは小野の役目だとばかりに、何もかもが小野主導の元に繰り広げられた欲だった。
小野にとってそれは至極当たり前なことであり、不満などはなかった。
…いや、なかったとは言い切れない。表面上はなかったようにしていた
心の奥底では燻り続けていたのだが。常に自分だけが過ぎた欲を持って箱崎を求めていたことに対して、燻った感情を持ち続けていたのではないのか、と。
 そういえば、好きだと口に出して囁いてもらったことなどなかったのではないのかと、小野を不安に陥れてきた現状をぶり返すように思いだし、この態度の変わりようは何の前触れなのかと箱崎を訝しんだ。

しかし、自分の下でジーンズと格闘している箱崎を見ていると、そんな些細なことがどうでもいいことのように思われ、ただ必死になっている姿が微笑ましいと思い柔らかな笑いを漏らした。
 小野は未だモタモタと格闘している箱崎の手をやんわりと押さえて動きを止め「忘れてましたよ、脱がす役は俺の方ですよね?」と言って強引に引き剥がした。
小野の発した言葉に驚きを隠せない表情の箱崎だったが、その顔から表情が消えた。

「・・・もう、俺に飽きた?」
小野は箱崎の言った言葉の真意を測りかねた。正直、何を言っているのか意味が、意図がわからなかった。
「飽きるって、どういう?」
何を根拠に言っているのだろうとそのさわやかな、ともすれば微笑みすら浮かびかねない顔で言う言葉なのだろうか?
眉間に皺を寄せ、小野は箱崎を組み敷きながら苛つきを隠すことは出来なかった。
「……」
「…アンタ、何を言ってるんだ?」
ぞんざいな言葉遣いが小野の怒りを表しているようだった。
小野の怒りが冷気を帯びたように回りに立ち込めたような気がして、箱崎は小野の逆鱗に触れたことを悟った。

「…い、いや。ただ……」
小野は歯切れ悪く黙ってしまった箱崎に胡乱な目をして見下ろした。
「ただ、何? 俺が飽きたら、別れられるとでも考えていたのか?」
心の中で暗く淀んで隠してきた一つの不安が頭を擡げた。
本当は自分のことが好きでもなく、ただの興味本位だったとか。それともいい女を紹介されるまでの場つなぎだったとか。
考えれば考えるほど、思考は嫌な方向へと突き進む。

今の今まで押し殺してきた不安が一挙に小野に襲い掛かってきたようだった。
小野は箱崎の剥き出しの肩口を押さえつけていた指に力を込めて掴み、鋭い目線で箱崎を縛った。
「ひなた…」
「アンタの態度がいつもと違うのに、違和感はあった。 …けど、それはもしかしたら、もしかしたら、アンタが俺のところへ…」
指にこめた力は尚一層強くなり、爪が箱崎の皮膚へ食い込み始めた。
箱崎は自分の軽率さをこのときほど悔いたことはなった。
「ひなた、ちょっと、何やって!……」
「…何が? 別れる前に抱かれてやろうとでも考えたのか?」
冷めた微笑をする小野の顔を見上げながら、箱崎はこの顔をした小野を最後に見たのはいつだっただろうかと、漫然と考えた。

心の痛さを必死に押さえ込んで、冷たい表情で己を隠す小野を付き合いだした頃、度々目にした。痛々しい小野の顔は態度までに現れる。そんな小野を回りはただ、カッコイイと称した。人を寄せ付けない孤高で無口な男と噂する。そんなわけは無いのに。
 痛々しい笑い顔で大人びた態度の小野よりも、強請って口を尖らし子供っぽい仕草を見せる小野の方がよっぽどいいと箱崎は思っていた。そうやって俺だけに小野の本心を曝け出してくれればと、そう望んだ。それなのに、二度と見たくなかった小野の表情を箱崎は臍を噛む思いで眺めていたというのに、又させてしまったのかと、後悔した。

出来れば、その原因を取り除くことが出来るのはただ一人、自分であって欲しいと願っていたが、それは驕った考えであると現実を突きつけられたような気がした。
怒りにも似た小野の顔を直視し、肩口の痛みよりも心の痛みに涙を浮かべながら箱崎は、子供をいい含めるように優しく言葉を掛けようと思った。だが、ない交ぜになった感情が湧き上がってきて、子供のような独占欲を見せつけ、自分を脅そうとする小野に怒りを覚えた。かける言葉は優しくしようと思うも、考えるよりも先に頭に血が上ってしまい、結果、先に手が出てしまった。力で押さえつけた小野の手という束縛を解いたのは、言葉ではなく箱崎の頭だった。自由の利かない手ではなく、出たのは頭突きで小野にとっては予想外の出来事だった。
 箱崎は元来、大人しい性格だが子供の頃は喧嘩っ早くてそれこそ、いたずら坊主として近所では有名だった。そんな性格も大人になるにつけなくなり『怒ると怖い』程度になりを潜めた。小野の気持ちもわかるが、言葉にすることさえもどかしい箱崎は、一人で取り違えて怒りだしたものを宥める方法を直ぐには思いつかなかったのだ。

『ゴッツ!』
鈍い音が小野の額から聞こえ、「うっ」っと唸り声を上げた小野が押さえつけた箱崎の首筋に雪崩れ込むように顔を埋めた。
「…アホっ!」
小野が低く呻いているのを無視して、箱崎が耳元で怒りを滲ませ言った。
「…っ…」
小野はやや大きな声を上げながら押さえつけている箱崎から少々離れて涙目で睨んだ。
暫しの間、小野は自分のおかれた状況が把握できずにいた。何故、詰った相手は怒りのオーラをにじませた顔つきで睨んでいるのか、何故、自分は涙目になって額を押えているのかということだった。
「ひなた、えぇかげんにせぇよ?」
押さえつけられて立場が弱いはずの箱崎からドスの効いた言葉がかかった。
「……な、何ん…で?」
こんな場面で、まさかの反撃。しかも頭突きをされるとは思ってもみなかった小野はやや赤くなった額のことを忘れて目を見開いて箱崎に呟いた。

箱崎は何かを言いたそうに口を開きかけたが、思い返したように口を閉じ、幸い緩んで自由のきくようになった左腕をあげて赤くなった小野の額を撫でながら言った。
「…お前、一人で何をやってんだ。…そりゃ、俺が…意気地がないのは今更だけど、ひなたまで、何やってんだよ?…」
「……」
「それに、何で別れるとかって話になるんだ? …意味わかんねぇ」
箱崎の声のトーンが徐々に落ちてゆき最後には聞いたこともないような投げやりな言葉遣いだった。
「…アンタが、いつもと違うから…」
捨てられた子犬のように情けない表情で、寂しさに身体を震わせている小野が言った。
―――『アホや…ほんま、アホや…』
箱崎は大げさにため息をついて小野の首に両手を回して強く抱き寄せた。
「…今更だよなぁ、俺、これでも歳上なんだよ…あ〜ぁ、言ったら笑うんだろうなぁ。何だか、癪だなぁ」
はにかむ様に笑い、目を細めてそれでも抱き寄せた腕から小野を離さずにいた。
「……」
「自分で言っていていて、実際、寒い発言してると思うけど…言わなきゃ伝わらんのだろうなぁ。…先が見えたような人生で、降って湧いた恋愛に戸惑っているんです! いい歳こいてって思ってるだろ? わかってるよ、そんなこと。き、嫌われないようにするのに、いっぱいいっぱいなんだよっ! 見ればわかるだろ?  …そ、それに…なんて言っていいのかわかんねぇしぃ…」
「…わかりませんでした」
「何だぁ、わかりませんって?」
茹でタコのように真っ赤になった顔をした箱崎はその表情にも関わらず、言動はややキツいものだった。
「うっ……さ、察しは悪い方なんで…できれは、はっきり言ってくれませんか?」
小野の声が高圧的な調子から豹変して、落ち着きの無い感じが言葉尻や泳いだ目線から知れた。
箱崎は大きくため息を吐きながら、ちゃんと答えてやらねばならないとニヤけかけた口元を箱崎は引き締めた。

「欲しいって気持ちはひなただけじゃないんだよ。俺も欲しい。だけど勝手が違うって言うか…どんな風にすればいいのかわからなかった。それを俺が望んでいいのだろうかって。無意識だったんだろうがそれ以上、望んではいけないと自分を戒めていたのかもしれない。受身とかそんなことじゃなくて…自分から欲しがってもいいものなのか、って。それは俺がしてもいいことなのか、よくわからなかった。嫌じゃないのかって…それこそ、嫌われたどうしようかと」
心なしか弱弱しい箱崎の独白だった。
「…嫌うって…何なんですか、それ。俺を欲しがってる貴方を嫌がるとでも思ってんですか?!」
箱崎の言い分を唖然とした面持ちで聞いていた小野は声が自然と荒くなっていることに気がついた。
そんな態度を感じて、ふるふると首を振りながら箱崎は伏目で言った。
「まさか! そんなことないよ。 …ただ、不安だったんだ。怖くて仕方がない…俺は又、独りになるんだろうか、って」
頭突きを仕掛けた当人とは思えないような、怯えた態度で心中を語る箱崎が可愛らしく思え、頬や髪の毛を小野は優しく撫でた。

「…ひなたと出会う以前は、もう恋愛なんてやってこないだろうって思っていた。諦めとかそんなんじゃないけど、恋愛っていうのが自分の中で優先順位がドンドン落ちていっちゃって、それこそ自分自身だけの問題じゃないから解決方法も無くって…。だから、誰にも気づかれなかった自分の中にある弱い部分を見つけてくれたひなたに縋りついた。それが、いいことだと思わなくって…まるで付け込んだようで…」
「貴方じゃなくて俺が付け込んだんですよ」
小野は自分のやさぐれた態度が軟化していくのが判った。
「そんな言い方をするなよ」
「…俺は…悪い奴です」
「そう? そんな風には見えないよ」
―――なんだかなぁ…本当に悪い奴が自分のこと「悪い奴」って言わないよなぁ。
箱崎が笑いを漏らした。
「俺が貴方の弱みに付け込んで手に入れた、とは思わないんですか?」
「思わない」
箱崎は声に出して笑うわけでもなく、優しい微笑を称えて小野から解放された腕を緩やかに小野の首に回した。
「貴方に後戻りさせないように退路を断って、貴方には俺しかいないように仕向けたと考えなかったんですか?」
「考えない」
「…今なら未だ間に合いますよ。今なら未だ…嫁さんが貰えます」
怒りを滲ませた箱崎は大きく溜息を吐いたかと思うと、続けて「いらない」と、キッパリとした口調で言い切った。
「何だよ、嫁さんって…」小野に聞こえるかどうかの小さい呟きだった。
小野は確かに聞こえた箱崎の呟きが、痛みを伴う声だと感じた。
「……」
「……子供、欲しくありませんか?」

その声に素早く反応した箱崎は無言で小野の頬を思いっきり引っ張った。
「…まだ言うかっ、どの口だっ!」
「…ひぃ、ひゃいぃ〜」
小野は不平を漏らしながらも箱崎をがっしりとか抱え込んだまま離さなかった。
「俺の欲しいものはくれないの?」
不意に箱崎の口調が色を含んだものに切り替わった。
含みを持たせた言葉は小野を伺いながら、優しげに動く箱崎の手のひらが小野の背中を緩やかに弄っていた。
「……欲しいもの、って?」
聞きたいと思う欲求と、聞いてはならないと警告する声が同時に小野の身体を駆け巡る。
心臓は早鐘のように鳴り響き、耳鳴りが激しくなった。
「ひなたが欲しい」
甘い声が箱崎の口から漏れ出たようだった。

―――「あぁ、貴方はそれを言うのか?」
『もう遠慮なんかしない。後戻りもさせないし、ましてや別れてなんかやるもんか』と、小野は思った。
「後悔してもしりませんよ?」
小野はそう呟くと箱崎に覆いかぶさり首筋に顔を埋めた。
「するもんか! …そっちこそ、後でなんで俺みたいな奴って泣き言なんかいったらぶん殴ってやるっ!」
箱崎の男前な態度と言葉使いに苦笑いをするも、本当は泣きたくなるくらい嬉しかった。不埒な動きを再開した小野の行動に身体をビクつかせる箱崎を強く抱きしめてその暖かさを享受しようと更に力を込めた。

「今度からは遠慮はなしです」
「…うん…」
「欲しいって言ってください」
「…うん…」
「俺に甘えてください」
「…うん、でも…」
「でも?」
「ひなたも俺に甘えて欲しいなぁ」
もぞもぞと不謹慎な動きで不埒な動きを再開した小野の手は、すっかり萎えてしまった箱崎の中心をやんわり握り締めた。
「俺は…貴方に甘えていいんですか?」
行為とは不釣合いな小野の言葉だった。
小野の手は性急に箱崎自身を追い上げ、その年上然とした余裕を奪おうと試みた。
「あっ…ん……ッ、…甘え方を知らないか…ら…」
握られた感触に神経を集中するように、開いていた瞳が半眼になり、聞き取りにくいほどの小声で箱崎が返事をした。
「…俺が、それとも貴方が?」
小野は箱崎の鎖骨に唇を寄せ、ゆっくりと箱崎の下肢へと降りていった。舌を筋肉にそって滑らせて、時には強く吸い付きながらやや元気になりつつある箱崎の雄まで顔を進めた。

「ふ、二人とも…ぉ…だ…」
ようやく搾り出した言葉を紡ぎながら、箱崎は身体を期待に震わせて小野にしがみついた。
「それでも、貴方は俺を甘やかしてくれるんでしょう?」
「…ん…んっ…」
小野は埋めた箱崎の首筋から返答に詰まっている箱崎を窺った。
眉間に皺を寄せて快感をなぞるように神経を集中させる箱崎は今までになく色気があった。
「…キ、キス…を」箱崎が声に出して小野を呼んだ。
小野は弾かれたように顔を上げて貪るように口付けをした。

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