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6 ) 落ちてきた男 〜後編〜

小野は大きく口を開いて箱崎自身を深く飲み込み吸い上げては扱くように上下運動を繰り返した。ぞわりと背中が痺れる感覚を味わった箱崎は、自ら足を大きく開き腰を突き出すように持ち上げた。
無意識であろう箱崎の行動が自分を求めている証のような気がして小野は愛おしさを募らせた。逃げ出した熱が再び集中していくのがわかり始めると、箱崎は腰を振りだし小野の喉を突き上げる仕草を繰り返した。

「はっ……早くっ!」
小野の仕草がもどかしく感じた箱崎は身を捩りながら小野にしがみ付き切羽詰まった声を上げて言った。
小野は濡れた唇の口角を吊り上げて答えた。
「早く入れてあげたいけど、はるかの口は未だ濡れていないよ。濡れてないと悲鳴を上げるかも…」悪戯した子供のような甘えた声をあげ、弧を描い瞳で切羽詰った箱崎を見下ろした。

 何かを逡巡いているように困った風に笑う箱崎の顔は始めてみる顔をしていた。それは『雄』の顔をしていた。欲に濡れて、何かを期待する『男の顔』をしていた。小野はその表情を見たときに嬉しさと同時に嫉妬を感じた。ジリジリと焦がすような痛みが胸の奥を焼きはじめる痛みだった。

自分以外に箱崎の『男の顔』を見た者を想像し胸が痛んだのだ。
かつて一度もそんな痛みなど感じたことのなかったのに、初めて感じた嫉妬心だった。
大きく開いた太ももの内側を撫で回しながら既に勃起した竿を左手で擦り上げながら根元に口付けをして『ここを知っているのは自分だけだ』と心の中で繰り返し、安堵を得ようとして彼の体中にその証となるように口付けを繰り返した。
「…ん…っ…」
箱崎の口からはもどかしげに抑えた声が時々漏れ聞こえた。
動くのが妙に鬱陶しくて、小野は散乱したリビングで箱崎と二人で裸のまま抱き合って口付けを交わしては、お互いの想う事をボソボソと話し合っていた。
 普段の箱崎ならきっと赤く染めた頬を隠しながら、大きな声で「こういうことは…ベ、ベッドで…」というはずだったが、今はただ二人で熱を分け合うように抱き合ったままで動く気配はなかった。
そして、どこか思うことがあったのか箱崎は想いを吐露していった。

「……歳を重ねると、卑怯になるんだよ。欲しがる事も諦めて…。貰う事ばかりを夢見るようになるんだ。もう努力じゃどうにもならないことを知ってしまってるから、臆病になってしまうんだ」
「……」
「だから、必死だった。傍から見れば滑稽だよなぁ…。40過ぎたイケてない男が、若くて見場のいい、気の利いた男を好きになった挙句に、飽きられないように必死になっている姿なんて……だから、どうしていいのかわからなかった。必死になればなるほど、恥ずかしいし…どうやって…そのう…く、口説いていいのか…」
「恥ずかしいって…何がです? …セックスするのが??? 口説くって何です?」
向かい合って箱崎の身体を抱きしめながら呻くように小野が呟いた。
「…め、面と向かって…そういうことを、言うか? …そのう、どうやって誘うのかなぁ…ってベッドに…」
頭突きをくらわした男らしさとは正反対の態度は、茹であがったタコのような顔で先細りの声で必死に説明しようとする箱崎だった。
「…はるかさん、今までどうやってたんです?」
「どうって…?」
「男は初めてでも女は経験あるでしょ? だったら同じじゃないですか?」
―――そうなのだ、違うのは『性別』だけであって他はなんら変わりはないのだ。どう、違うというのだろうか?
小野は奇妙なことを赤い顔をして話をする箱崎を見た。
 箱崎の声を聞き、小野は肩をビクリと震わした。もぞもぞと背に回した両腕を所在もなしにうろうろと小野の背を這い回り、引き締まった臀部をやたら撫で回した。

「なんか、勝手が違うっていうか…経験ないからどうやっていいんだか…。今更、子供じゃあるまいし…ベッドに誘うのって。…そのう…なぁ…何て誘うんだ? うっ、〜ん…なんだか…調子狂っちゃっうよ。何て言うんだろうかって…。同じだと思えばそうなんだけど。考え出すと止まらなくなっちゃって……それにひなたは…そのう…あの、最中に…可愛いって何度も言うし…恥ずかしくって…」
箱崎の声が段々と落ちてきて果ては消え入りそうになってはいたが、これが本音であろうと窺えた。
「恥ずかしい?」
―――『恥ずかしいって…なんだそれ?』
小野は急に箱崎の顔を見るためにまわしていた両腕をややつっぱて箱崎と距離をあけた。
「…あ、当たり前だろ?! これが、恥ずかしくなくってなんだってんだ? だいたいなぁ、いい歳こいた男が、男に組み敷かれて喘いでいる姿なんて…か、可愛くなんて、ない…ぞぉ…し、しかも…気持ちいいし…」
腑抜けた面で小野は恥ずかしそうに喋る箱崎を見た。
―――『はっはは…いや、十分に可愛いです』
「…ふ…っ…俺だって、男なんだぞ。…ぁ…ッ! わ、忘れてるかもしれないけど…」小野の不埒な手は今だ動きを止めることはなく、箱崎の双丘を揉むように撫でまわしていた。しかし、自分の話す内容に興奮しているのか、意味ありげな動きをする小野の手に気がついていないようだった。
小野の手は次第に大胆になり、後腔のあたりをさまよい箱崎の欲望を煽った。
箱崎の声は次第に、言葉数が少なくなり喘ぎにも似た甘い息遣いに取って代わったように吐き出され、目には情欲の光が見え隠れした。

「ふふふ…まさか、そんなわけないですよ」
小野はそんな姿の箱崎を見て、気持ちが浮上するのと同時に積極的に愛撫を再開しはじめた。
横抱きに向かい合う形でいたのだったが、小野は起き上がりざまに箱崎の片足を持ち上げて左右に大きく開いた。
汗ばんでしっとりとした太腿の内側の筋がピンと張り、下生えや腹の上には箱崎が吐き出したものが張り付いていた。
その様子を見ながら満足げに笑う小野だったが、短い息を吐いていた箱崎が急に言った。
「…お、俺だって、欲もあれば、誇りだってあるんだよ。 …ひなたは何か勘違いしているみたいだけど……」
節目勝ちだった目を見開いて小野を正面から見続けている箱崎は、普通なら恥ずかしがって、両足を閉じようとするのだが今日の箱崎は、まるで真逆で開けっぴろげた足をそのままでゆらゆらと腰を揺らし、片手で小野の腰の辺りに手を伸ばしていた。
まるで『早く、来い』とでも言いたげな姿だった。
ビクリと身体を震わした小野だったが箱崎が濡れた唇で「もう一回しよう?」と甘く囁いた。
「……」
小野は憑かれたようにその言葉に従い緊張した面持ちのまま自分の雄を握り締め、数回扱き上げると直ぐに力を取り戻しだした。同じようにそそり立つ箱崎の雄を箱崎自身に見せ付けるように尻を持ち上げて、すぐさま己の雄をグイッと身体ごと進めた。
その衝撃に顎を上げて仰け反る箱崎を見下ろしながら、更に腰を進めより彼と密着した。
暫く、小野は黙ったまま身体を揺らして箱崎の奥へ向かうように腰を進めた。もうこれ以上進みようがないと知りながらもその奥へ向かいたかった。
―――もっと、奥へ。

「っん…ぁっ……だ、だから、ひなたばかりが俺を求めてるわけじゃないんだ。俺だって、欲しいんだよ。…欲しくて、欲しくて…堪らないんだ。……欲深いただの男だよ」
激しさの増した揺さぶりの中で、箱崎は眉間に皺を寄せながらそれでも言わなければならないと思った気持ちを小野に言った。
―――そうだ、ただの男なんだ。想うことや願うことは同じなんだよ。
箱崎は自分をどこか神聖視する小野を感じていた。
それは戸惑いでもなく、どこか哀しい面持ちですれ違うようなものだったが次第にそれが大きくなり、遠慮のような、踏み切れない壁のようになってきて初めて危機感を抱いた。
形振りかまっている場合じゃないことを。

『欲深い男』と箱崎が自分のことを称したとき、小野の中で何かが触れた気がした。
箱崎の開け放たれた口からは「はっ、はっ、はっ」と短い発音で声を出してその迫り来るであろう官能の波を待ち構えているような状態で目を小野に向けていた。その様子を見ながら小野は、自分のことを欲深い男と評した箱崎を見つめた。

「欲深いのはお互い様です。 …貴方は知らないでしょう? 俺がどれほど貴方を欲しいかなんて。…そりゃぁ、酷いもんです。狂いそうです。俺、ネコかぶってるって知ってました? 俺ねぇ…貴方の前ではカッコつけたかったから、いい男ぶってたんです」
小野から与えられた刺激だけでは不十分なのか、箱崎の腰の動きは速くなり、尻の筋肉に力が入って固さを増していた。
箱崎の雄は自身の先走りや小野の唾液で既にヌメヌメと湿り気を帯びて、固く反りあがり、解放の時を待っているように時折、ビクリと跳ねた。
 小野は箱崎の腰を少し持ち上げて、二人が繋がっている様を見せ付けるように両膝を立てて持ち上がった。それでも、いつもの箱崎なら赤い顔しながら視線を背けるはずなのに、箱崎の顔は背けるどころか凝視し『男の顔』を晒して空いた両手でぞろりと小野の太ももを撫でた。
 
―――『いい男ねぇ…いい男ってなんだよ?』
小野の独白は興味をそそられる内容だったが、小野が紡ぎだす愛撫に意識が流されはじめてしまい、思考が中断され始めた。それを叱咤し、流された欲望の主流を自分に引き戻そうとした。

「…ここが、好きだよ…」
別の生き物のような動きで出し入れされる箱崎の舌が話を紡ぎ、再び、手がぞろりと小野の太ももを撫でた。
「…薄いけど、毛が生えているこの足を…見ると、酷く興奮する…」
小さいかったが箱崎の欲を含んだ声が聞こえた。
小野は心底驚いたように、目を見開き己の雄を箱崎に生めたまま暫し動きを止めた。
その行動を見て箱崎は目を弧にして笑い『あぁ、ようやく自分は小野と同じ処にいるのだとわかってもらえた』と安堵した。

すると同じように笑った小野は「足、持って」と小野の太ももを撫でていた手を自分の足を持つように頼んだ。
緩慢な動作だったが箱崎は膝裏に手をかけて己の両足を持った。
小野は箱崎の素直な反応に微笑み、ウットリとした表情を見せる箱崎と目を合わしながら、更に体重をかけて覆いかぶさった。

「っ…うっ…ぁ」
急に与えられた刺激に仰け反りながらも、小野に答えるように身体を揺すった。
勿論、今までだって箱崎と何度も身体の繋げた。お互い気持ちがよかったと思っている。しかし、心のどかで何かが燻っていたのも知っていた。それが次第に自分を蝕み、不安定にさせていたことも知っている。
ただ、今になって箱崎が『落ちてきた』と思った。
自分と並んだのだ。
それは想いが同等になったといったことだと思った。
自分だけが貪欲に彼を追い求め、彼を引き寄せたという劣等感を忸怩たる思いで過ごしてきたのに、今は自分と同じように欲していてくれてるのだ。たとえそれが男の生理現象であって、心が伴わなくても。
いいや、今の彼を見れば判ることだ、今の彼は自分と同じ想いの中にいると。

酷く子供っぽい顔で涙を流す小野をふとした一瞬、目に入ってしまい、ギョッとした目つきで慌ててオドオドと小野に手を差し出した。
「ひ、ひなた…?」
「はっはははは……」
小野は呼ばれた事にうん、うんと頷くが一向に訳を話そうとはしなかった。
箱崎は酷く動揺し、どうしていいのかわからず、ただ、小野の名前を呼びつづけ、しきりに頬を撫でつづけた。
「だ、大丈夫です」
「だ、だって…泣いてるし……」
情事の真っ只中の箱崎の声はすっかり涸れていて、聞き取りにくい声だったが、妙な気だるさを漂わせて色気があった。
自分が泣いているのを必死で、慰めようといている態度には全く持って似つかわしくない声だと思うと、余計に笑えた。
「嬉しいんです、だから、いいんです」
「何を言って…」
小野は徐に箱崎を抱き寄せ、力任せにまた抱きしめた。

―――『落ちてきた』
小野はそう思っていた。
この人は自分のところへ落ちてきてくれたんだと、思った。
自分が上がれないところにいたから、彼は自ら自分の元へ落ちてきてくれたのだと思った。
箱崎はみっともないまでに鼻をすすり、涙か鼻かも判らないほど濡れた顔をしている小野を見たのは初めてだった。
こんな姿を晒すことは思いもしなかった。
―――いい男ぶるんじゃなかったのかよ?
子供のように起伏の激しい小野は子供のようだったが、そこが好きだと箱崎は思った。カッコイイ小野も好きだ。しかし、こうやって己の感情に揺さぶられて涙を流すカッコ悪い小野はもっと好きだと思った。
たとえ、それが父性愛を掻き立てた庇護欲の表れだったとしても、自分自身はそれを愛だと確信している。

年齢の割にどこか冷めた目線で社会を見ていて、そのくせ子供っぽい仕草を時折垣間見せる小野が己を隠すこともせずに、
無様な泣き顔を晒して追い縋ってくる様は何故か、箱崎を安心させた。
子供をあやす様に優しく頭を抱いて汗で濡れた髪をそっと撫でた。それはゆっくりに撫で続けた。
すると、箱崎の中で大きく形を変えて自己を主張してくる『雄』を感じた。

―――ことが終わったら、ひなたに言わなくては。
箱崎はグズクズと今だ鼻をならしている小野を腕に感じながら、大阪への帰省を一緒にしようと誘ってみよう。きっと彼は着いて来てくれるだろう。
それは嘗てない程いい思い付きだと思えた。

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