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10)可愛い嫉妬心

『あの顔は…拗ねてるな』
そう思うと苦笑いしかでてこない箱崎だったが、これでようやく確信が持てた。
―――やはり、小野は志野木に嫉妬している、と。
『陽平に嫉妬している』というのはまさかと否定しつつも、確定した事実に苦笑いが漏れた。
なんだかなぁと思う。どこをどう思ってのことかはわからないが、何をそんなに不安がることがあるのだろうか、と。
―――『…男前で、モテる人生をおくってきているはずなんだけどなぁ』
不意に、志野木が声をかける前に箱崎の腕を引っ張った。
「おっっ?」
箱崎はバランスを崩し、やや志野木に覆い被さるような体勢になって縁側に手をついた。
「…なんや、急に?」
「お前…肩の具合どうや? 気になっとったんやけど」
「何、言うてんねん。だいぶ前からなおっとる」
「ふ〜ん、そうか」
「…?…そうや、けど、急になんや?」
「いや、別に…ちょっと、思い出しただけや」
そういいながら志野木はどこか意味ありげな手つきで、箱崎の怪我をした肩を撫でた。
「ふ〜ん、もっとはよう思いだしてて、くれてたらなんぼでも手伝ってもらうこともあったんやけど〜」
箱崎は意地悪そうな顔で志野木を見ると志野木はバツの悪そうな顔つきになったが、ニヤリと笑い「…人が心配してるっちゅうのに……で「パンツ」履く手伝いを俺がせえへんかったんで拗ねてんのかぁ?」と言い返された。
箱崎は空笑いをして「あほか――! パンツぐらい……はははは…ちょっと履きにくかったがなんとかなったぞ!」 と、顔を赤くした箱崎だったがそれでも優しく自分に触れてくる手を拒むことなくそのままにしていた。
「ウソや、ウソや。何やそないにムキにならんでもええやないか?」
「アホか…別に、ムキになってへん」
「そうか〜?」
小野は二人の会話が気になって仕方がなかったが、無関係を装うことで自分の矜持を保とうとしていた。ただ心の中では
『玄に触るなっ!』と大声で叫び続けていて嵐の真っ只中にいる気分だった。

「ところで、陽平。車の鍵持ってへんか?」
箱崎はちょっと前に考えていたことを実行しようと志野木に話の口火を切った。
「あぁ? 鍵って…お前…」
「ええから…持ってへんか?」
志野木は縁側に腰掛けたまま、箱崎に鍵を手渡した。
箱崎は其れを素早く掴むと「ひなたっ!…ほれ」といって車の鍵を小野へ向かって投げた。
「…?!…」
小野は咄嗟に投げられた鍵を掴み唖然とした面持ちで箱崎を見た。
「別に用事もあらへんし、ちょっとひなたと“美味そうな魚”見てくるわ」と嬉しそうに箱崎が言った。
「…お前…運転でき…」
志野木が呆れたように言葉を返そうとした時「俺がしますから」と小野が口を挟んだ。
「そうそう、俺には若い運転手さんがいるんだよなぁ」と、何故か得意満面で箱崎が頷いていた。

箱崎の腕を撫でていた志野木の手はいつの間にか所在無げに縁側に置かれていた。苛々とした感情を剥き出しにすることにも出来ずに、溜まった鬱憤の全てを小野は自らの額の皺に込めているように不機嫌丸出しの状態だった。そんな小野を見ては『なんだか、面倒なことになっているなぁ』と思って小さく溜息をついた箱崎だった。

「…お前、美味そうな魚って……」
「あぁ? 白身の魚がいっぱい泳いでるとこ、ひなたと行って来るわ!」
―――『白身の魚が泳いでる???』
小野は変な返事を返した箱崎をギョッとした顔で注視した。
「…お前、なんぼなんでもそれはないやろ?」
志野木は呆れたように箱崎に言った。
「そうかぁ? ちょっとギラついてるけど、鯵や鯛が仰山泳いでるのは壮観やからなぁ…俺は刺身より焼いた方が美味いと思うわ」
二人の読めない会話に更に苛つきが増したが、相変わらず飄々とした顔つきで屈託のない童顔で笑う箱崎に少々呆れた小野だった。
―――自分がどれ程、志野木の事を苦々しく思っているのか知りもしないで。
それまで自分の向かう嫉妬は志野木という「告白しなかった無自覚男」に向けられていたのだが、今やそれは可愛らしく笑う「鈍感童顔男」に向けられつつあった。
邪な想いとドス黒い嫉妬心をチラつかせながら小野は次に言葉を発した箱崎に度肝を抜かれた。

「じゃ、そういことやからちょと二人でデートしてくるなっ!」
崩れかけた体勢を引き戻して、箱崎が志野木から離れて立ち上がると、
小野の顔に目線を向けてニッコリと笑いかけた。
―――『?!』
「あぁ、行ってこい、行ってこい。ついでっていっちゃぁなんだが、土産に太刀魚でも買うてきてくれ〜」
「おぅ〜ええチョイスや〜、ほんだらちょっと行ってくるわ〜」
「ほら〜ひなた! 何グズグズしてんねや。サッサと行かな閉まってまうやん」

『ほらほら』と掛け声をかけながら小野の背中を押しやって玄関へ向かった。いまだ、狐につままれたような気分で小野は押されるがまま玄関へと追いやられた。
小野は背中を押されながら『何だ?』という想いが広がる。
箱崎の言葉はタダの『言葉の遊び』だ。
取り立てて意味のない、大阪人特有の冗談ってやつだ。
小野はそれと承知しつつも、箱崎が志野木に向かって言った言葉にほくそ笑んだ。

明らかに志野木からとわかるピリピリとした殺気を箱崎は感じているのだろうか? 小野は志野木の放つ殺気を後頭部に感じながら気分がいいと思うのは、自分が優位にいるという確信が今得られたからだった。
箱崎は先を急かすように小野を追いたてて玄関を出た。
二人で出かけることにご満悦な箱崎は、きっと小野も自分と同じように感じてくれているとばかり思っていたので、ここでよもやまさかの反応を食らうとは思っても見なかった。

玄関を出ると箱崎は小野の前にでて手を引っ張って先を歩き出し、やや長い土塀を突き進んで曲がった途端、強い力で後ろへ引き戻され、強か背中を土塀に打ち付けられた。
「……っつう……」
一瞬のことで箱崎には何が起こったのかわからなかったが、目を開けて自分を強く壁に押し付けている小野の顔を見ると、こちらの方が痛い想いをしはずなのに、小野の顔はそれよりも苦痛に歪んでいた。
「…ひなた?」
様子のおかしいひなたを伺うと、押さえつけるように覆いかぶさって有無も言わせぬように箱崎の唇を塞がれた。
「…っん……っ」
身長差はそれ程ではなかったが、体格の差は歴然でしかも力も若さも箱崎より上である小野を払いのける力は箱崎にはなかった。それにも増して、このような暴挙とでも言うべき強行手段に打って出た小野の気持ちが痛いほど判っている箱崎だからこそ、今ここで払いのける術を持ってはいなかった。
―――『どうしてかな? こういところは子供っぽいよな』
と、思うも箱崎には抵抗する力はなく、トチ狂った小野は力ずくで自分に向けようと右往左往しているようだ。それはまるで、駄々を捏ねる子供のようだ。傷ついた子供のように半べそをかいた顔を向けて『かまって欲しいオーラ』を撒き散らすってのは、言わば反則ワザなのではないかと、箱崎は呆れかえった。
―――『だいたい、この暴挙は何だ?』
寂しいなら寂しいと甘えてくるならまだしも、
乱暴に扱おうとしているクセに、痛そうな顔をしているのは一体どっちだって言うのだろうか?
壁に押し付けられて、強引に口の中を蹂躙し続ける小野の舌は、止むこともなく動き続けている。
しかも、ムリに口づけをしているものだから、ガチガチと自分と彼の歯が口の中で当っていた。
―――『…あぁ、なんか切れそうだ』

 そんな些細なことにも気がつかない小野はきっといっぱいいっぱいで考える余裕はないのだろうと思うとやはり苦笑いしか出てこない。しかし、その割には自由奔放に箱崎の身体を弄って、的確に追い上げる術を心得ているのは、流石とでもいうことか。
 箱崎は心の中で細やかな溜息を吐いて「ここはひとつ、流されてみるか」等とのん気なことを考えていたが、小野の手ははやる様に箱崎の身体を弄りだして、その手に煽られるように箱崎も噛み付くように唇を求めて喉を鳴らした。
一瞬、ピクリと小野の肩が動いたがすぐさま、又、箱崎に応えるように激しくその身を揺らして更に箱崎の身体を押しやって壁に縫い付けるようにした。
 小野の長い舌が息つく暇を与えずに口内を動き回り、舌を強く吸われるとビリビリと背中に電流が走る。箱崎は今のこの状況に次第に溺れてゆくようだった。
「…っ…ぁ…」
やや熱を持った中心をズボンの上から刷り上げるように身体を寄せてこられ、箱崎の身体は否応無しに追い詰められた。そうなると箱崎も、顔を固定されても遂に背けることもなくなりその先を、急かすように角度を変えて何度も小野にしゃぶりついた。
箱崎の頭の中はただ、その先を望むものを手に入れようと躍起になっていていたが、時々躊躇したように一瞬、動きを止める小野の手の平に微かな警笛の音を聞いた。

―――『…おい、おい…場所弁えろって?』
そう思うと足の先から羞恥心が湧き上がってくるのを感じる。なのに、身体は全然動かない。
寧ろ、溺れて弄り合いたいと強く願ってしまう。身体は正直なもので跳ね除けようと突っぱねていた手は無意識のうちに、小野の尻に回ってその筋肉を鷲づかみにして、己の堅くなった部分に押し当てるように、引き寄せていた。
 勿論、小野もその行為に応えるように箱崎の尻を揉み拉き、左右に押し広げてたりして箱崎に『行為』そのものを暗に示唆するように動き始めると急に、恐れを感じてしまった。
「…や、やめ…」
辛うじて漏らした言葉は聞き取れないぐらい弱弱しい言葉で発していて、小野にはアッサリ無視されて更に強く擦り寄られ、
己が緩く勃ち上がるのがわかった。
少し顔を離してその表情を窺うように「…ねぇ、気持ちいい?」と、少々余裕のある笑顔で小野が囁いた。
―――『なんだ、コノヤロウ! エロい顔しやがって…』
凄味を効かして睨んでみても、思う言葉は口から出ずに、代わりに出たのは甘い喘ぎ声だった。
「…っふんっ…」
これでは折角ついた悪態も全く効果がない。
箱崎の頭の中は既に混乱の極みだった。
「直に触って欲しい」いや「ここは道じゃないか」「あぁ、でももっと強く握って欲しい」とか、頭の中で肯定と否定とがゴチャゴチャと煩くがなりあっていた。
決定的な愛撫を与えずにのらりくらりと箱崎の感じるところを撫で回しては離れて、焦らしているのに中々、強情な箱崎に苦笑いを漏らしながらも小野は「早く出て来いよ、志野木!」と物騒なことを念じていた。
わかるだろうと、この情景を見たらアイツも納得するだろうと、このこう着状態のような状況を何とか有利に立ち回りたいと考えていた。

―――『誰に見られようがかまやしない』
撫で回す手のひらがいつもの様に箱崎を追い立ててゆくが、それを拒否する術がなく更に、箱崎の煽られた欲望がもうどうにも引っ込みがつかなくなりつつあると思った。
「…っ…は…ぁぁ…」
半眼になった目を非難を込めて向けるも小野には何の効果もなく、寧ろ煽るだけのようだった。
「…ひ、なた……」
やっとのことで蚊の泣く様な声で小野を呼ぶと、当の小野はその甘い声を聞いた途端、箱崎の肩に埋めていた顔を上げてやや広がった首筋から耳にかけて舐め上げた。
「…なに?」
小野も素直な箱崎の反応につられ段々、イライラした想いが次第に霧散して行くようだった。
執拗に箱崎の舌を求めて動き回り追い上げると、戸惑いながらも反応を返す箱崎が愛おしい。
「ちょっ…ひなたっ!」
切羽詰ったように喘ぎ声の間に名を呼ぶ箱崎の首に強く吸い付くと押し殺したが更に欲情を誘った。
「…っつ……」
箱崎を抱きしめる力を入れれば入れるほど、自分に広がる嬉しさが倍増するようで可笑しかった。
「…こんなとこで、なんだけど、ここでする?」
欲に濡れた目を向けられると、何もかもがどうでも良くなったように感じて、あとはもうどうにでもなれと言う感じか?
己の強くなった欲望を更に押し付けると、同じように硬くなった箱崎のモノが僅かに動いたような気がした。
「っ…あ…」
「あ?」
「あほっ!!」
「ひどいな」
『どっちが』と心の中で突っ込んでみるも、今の状態では効果なし、だ。
「…ねぇ、勃ってるよ。どうする?」
―――『どうするも何も…』
やけに嬉しそうに笑う小野を真っ赤な顔をして睨むも、威厳や怒気はさっぱりだった。口元に笑いを浮かべながら、小野は箱崎に「ねぇ、続き…しようよ?」と箱崎のズボンの上から張り詰めつつあったモノをゆっくりと握り締めた。
「はぁ〜」と目立つような大きな溜息をついて、思案している間も小野の不埒な手はわさわさと箱崎を刺激して返事を強請っているようだった。勿論、こんな姿を通行人に晒す勇気はハナから持ち合わせていない。
かといって、止めて何もなかったように当初からの予定コースに戻るには欲望が育ちすぎていた。

箱崎はやや大きめの声で「はら、手を離すっ!」とキッパリ言って欲に濡れた目を小野に向けて押しやると、意外に小野はあっさりとその身を後ろに下がらせた。
―――『ちぇっ、こんな時だけ物分りいいんだからなぁ』
期待した答えを貰えると確信している小野に向かって言葉を投げかけるのは癪に障ったので、ニヤケきった口元を抓りながら「…こっち!」といって顔を見ないようにして人っ子一人いない場所を頭 の中で高速捜索を行った。

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