>> 天穹の恋 〜大阪編〜 > 01 / 02 / 03 / 04 / 05 / 06 / 07 / 08 / 09 / 10 / 11 / 12 > site index

BACK INDEX NEXT

7)大阪の男

「はるかさ〜ん、何してんスかぁ〜?」
小野は玄関先で靴を履いて両手に荷物を持ったまま箱崎に声をかけた。
「…いや、ちょっと…」
―――相変わらず、用意が遅いよなぁ。
忘れ物をしたと言ってはもう2度ばかり玄関と部屋を往復する箱崎にやや呆れながらも、俺もなんだか丸くなったよなぁと、
小野は妙に感心していた。
そこへ頬を上気させた箱崎がやってきて「ごめんごめん、新幹線のチケット忘れちゃって…」と、言って頭を掻いた。
「はるかさん、昨日も寝る前チケットの確認してたじゃないですか?」と、妙にハキハキとした言葉使いの小野は、怒っているのか笑っているのか判らない表情で箱崎を嗜んだ。
「うん、そうなんだけどね…」と箱崎は見えないところで溜息を零して語尾を濁した。
マンションを後にして二人でタクシーに乗って駅に向かった。
上機嫌の小野と連れ立って大阪行きの新幹線に乗り込んだ箱崎だったが、シートに身を沈めると昨日のことを思い返し、苦笑いを浮かべた。

―――ったく、大阪なんてサンダルで行ける距離だよ。何も興奮するような事じゃないと思うんだけどなぁ。
 結局、箱崎は小野を誘って大阪へ帰ることにし、そのことを小野に言うと小野は子供のような無邪気な微笑みを浮かべ喜んだ。そのことに関しては箱崎も不服はない。
が、その後がイケてなかった。

 あれから小野は箱崎のマンションに入り浸り、会社への出社も箱崎のマンションからだった。それは、箱崎が不快に思うことではなかったし、寧ろ四六時中小野の側に居られると思うと頬が緩むのを 誰かに見咎められないかと思うことだった。
あの、何かが吹っ切れた夜以降、小野の態度が変わったのだ。
しかも、箱崎に対する執着心があからさまになり強請るように甘えるのだ。

―――そりゃぁ、甘えろと言ったのは俺だけど。
そう思えど、なぜか釈然としない。
しかし、深く考えるのは早々に放棄した箱崎だった。
考えすぎると前のようになるのは目に見えている。
―――なるようにしかならないさ。
そう考えて、隣に座る小野を見ると、ややニヤケた面でこちらを窺っていた。
「…何だ?」
「何も」
短く呟く小野だったが口元が綻ぶのは隠せないようで、窓際に座る箱崎の太腿をゆっくりと撫でた。
その仕草が箱崎に昨日の夜を暗示させるようで、赤くなった顔を窓へ向けて隠した。

―――昨晩は…散々揺さぶられた。
大阪へ行くのだから手加減しろと言ったのに「はい、はい」と気のない返事をして箱崎を抱いたのだ。
運動はしているので、そこそこの体力はあるはずだが、連日の残業でギブアップ寸前の体調で絶不調この上なかったのに、
小野は嬉々として箱崎を揺さぶった。
それにしても…遠慮をしないというのか、小野曰く「いい男ぶるのは止めたんです」と言った。
それともここは素直になったとでも言うべきなのだろうかと箱崎は思い返した。
だが、昨日のことを思うと顔を上げられないくらい恥ずかしさがこみ上げてくる感情をひたすら隠そうとする箱崎は、それが原因で挙動不審気味だ。
―――原因は思い当たらない訳ではない。

それは箱崎の携帯にかかってきた陽平からの電話だった。
 昨晩、小野は箱崎のマンションのドアを開けた途端、迎えに出て来た箱崎を有無を言わさず、浴室に連れ込んで後ろから抱いた。箱崎は驚いて最初は抵抗したが、それも直ぐに流されてしまいあられもない声を上げて小野を迎え入れた。
さしもの箱崎も小野の行き過ぎた暴挙に腹が立ち、荒い息のまま抱きしめてキスを寄越す小野を無理やり引き剥がしてグーで殴りつけてやった。
 涙目で「ごめんなさい」と言われればそれ以上怒る事も出来ず、苛々していたら「…可愛い顔して玄関に立ってるのって、反則ですよ」と悪びれもせず口を尖らせてヘラヘラと笑いながら言う小野に又、怒りが込み上げてしまい、ガツンと、もう一発頭を殴りつけて「…大の男に向かって可愛い、可愛いって言うなっ!」と怒鳴り散らした。
 そこへテーブルを震わすように無造作に置かれた箱崎の携帯が鳴った。
小野は折角の二人だけの時間に水を差す無粋な携帯電話を壊してやろうかと箱崎の携帯に手を伸ばしたら、鳶が油揚げを掻っ攫うように、箱崎が取り上げてしまい、小野の破壊計画が潰れてしまった。

小野は拗ねた様な目で箱崎を睨んたが、それをアッサリと無視して何事もなかったように箱崎が喋りだした。
「はい、箱崎ですが…」
『よう、久しぶり…元気か?』
「…昨日も電話してきて何ゆうてんねん?」
 小野は大阪弁で砕けた喋り方をする箱崎に眉間に皺を作って仰ぎ見た。相変わらず、優しそうな笑顔で答える箱崎に苛々が募った。

「なんや、なんか用事か?」
『お前に用事がなかったら電話したらあかんのか?』
「ははは、いいや。せやけど、らしくないやないか? えらい俺に絡みよる」
『…まぁ、機嫌の悪いことも、俺にだってあるからな』
「なんやぁ〜珍しいこともあるんやな。 なんか落ち込む理由でもあるんか?」
『う〜ん、別に…。大した事やない。それより、お前、今度の連休こっち帰ってくるんか? 親父がえらい喜こんどったぞ』
「親父さんがか? あぁ〜さては、おばあはんやな! 親父さんにいらんこと言うたんちゃうんかなぁ。 あ〜なんか嫌な予感がする…お茶会あるんとちゃう?」
『はははは…そうや、あるで。せやけど、頼むから、俺がチクッたなんて言うのは、死んでもやめてくれな。俺はこの歳で親父に半殺しにあうのだけは嫌やから。まだまだ、なごう生きていたいからな』
「いや、まぁ…お茶会、死んでもイヤっていうようなことでもないんやけど。…俺は別に、かまへんねん……。陽平、やっぱり親父さんああゆうてても、陽平に店継いで欲しいんと違うか? そりゃ、お前のやりたい…」

小野は少し暗い顔をした箱崎を見て腹の中のドス黒いものが煮えたぎる感覚が気持ち悪かった。
『ストップ――ッ! …はるか、何俺に言うんや? 俺はそんなつまらん話するためにお前に電話したんちゃうわ』
「……」
『今更、そんな話蒸し返してどないする?』
「…うん、まぁそれはそやけど…」
『それより、今度は飛行機なんか? 新幹線か?』
小野の苛々は沸点を超え、抑えられない気持ちを床から膝立ちになって居間のオーディオの前に立つ箱崎の尻に齧り付いた。
「あっ!」
『? 何や?』
「いっ…あっ! な、なんでも、ない…ちょ…っ…」
『だから、なんや?』
「あっ…あとっ! あとで、かけるっ!」
『えっ、まぁええけど???』
「ご、ごめん! ばっ、ばか。何して…」
『…?…』
「じゃっ!」
小野はあの志野木にはるかを取られた気分だった。
尻に顔を埋めたまま、箱崎を引き倒して四つん這いにさせる。
床に頬を擦り付け背中を仰け反らして、抗議の声を上げよう顔を上げたが、箱崎から漏れたのは言葉ではなく艶のある喘ぎだった。
「ちょ、っと…な、なにし…て…」
ズボンをずらして開くように双丘を押し広げ先ほど押し入った後腔に舌をを這わせて舐め上げると、箱崎は感じるのか声を出し始めた。
「うっ…っ……はっ…ぁっ…」
うつ伏せにして、尻を高く持ち上げさせる。
後腔が天井に向き、まだ先程の名残があるのか緩めの口がひくひくと動いていた。
箱崎の尻はその後の行為に期待しているのかブルッと揺れた。
「あ、あほ…ひなた…」
箱崎は馬鹿らしくなったのか、騒ぐのを止めて小野の舌を充分に感じるように足を広げて更に尻を上げた。途端に、箱崎の後腔が更に緩んで大きく広がった。その仕草に小野はうすく笑ってひくつく穴を見た。
「んぁ…ぁっ…」
小野は素早く己の手の平に唾を吐きかけて、持ち上がりかけた箱崎の雄を握り、玉袋を揺さぶるように撫で回し、決定的な刺激を与えないように焦らしてやった。
箱崎は小野のもどかしさに、眉を潜めて切羽詰った声で小野に言った。
「は、早くっ!…」
小野は箱崎の濡れた目を見てその先の言葉を知った。
―――『…入れろよ』

腹立たしかった。
小野は、この腸が煮え繰り返るような気持ちの悪さはなんだ、と自身のやり場のない苛立たしさに身震いする思いだった。
志野木に見せる馴れ馴れしいまでの好意はなんなのだ、と。ただの幼なじみではないのか?
時々、頭の中を過ぎる蒼太の言葉が一層、小野の心を刺しているのだ。
『…はるかを狙ってるのは小野さんだけやないでぇ…おやじもやで』
それはエコーのようにいつまでも小野の心の中に鳴り響いていた。

小野は今だかつて、恋人にあからさまに嫉妬心を表した事がなかった。
恋愛に勝ち負けがあると思っても見なかったし、ましてや相手を束縛するようなことはしたくないと思っていたからだ。
体裁を気にするとでもいうのか、相手に弱みを握られたくないと無意識に思っていたのかもしれないが、表面上は嫉妬心を見せなかった。
が、今はどうだ? と自分自身に問う。

小野は最近特に、箱崎に対して笑いかける子供にまで、殺意を抱きかねない嫌悪を表そうとする、強欲までの支配心を剥き出しにしようとしてしまうのだ。
時々、自分が恐ろしくなることがある。
ドキッとして、冷や汗を流すのだ。
馴れ合ったような志野木との電話は、小野にとって到底我慢できるモノではなかった。
だから、今、箱崎の傍には俺がいると知らしめたかった。
しかも、箱崎は望んでいるのだ。
自分に、小野に抱かれたいと強請っているのだと。
『志野木さん、はるかの声聞こえますか?』
『俺にはこんな声を聞かせてくれるんですよ?』
心に思う言葉は心底、面と向かって言ってやりたかったのだ。
小野はその代わりとは思わないが、志野木の分身とも言える“あのオーディオセット”の前で箱崎を抱いてやった。

『ほら、あんたが愛している“はるか”は、こんな風に俺の前で身体を開くんだ』
『いい顔してるだろ? あんな顔をしながら俺の名前を呼ぶんだぜ?』
小野は箱崎の尻を抱え、執拗に愛撫を繰り返し、箱崎から「もう無理だ」と何度も言わせた。
たが、小野は止めようとはしなかった。
小野には箱崎の言葉よりも、尻に小野の玉袋が当ってパンパンと響く音が箱崎の声に聞こえた。
―――『…もっと、奥まで入れてくれ』と。
記憶が飛ぶぐらいのセックスなんて初めてで、今までの自分の経験値を根底からひっくり返されてしまった箱崎は、ただ呆然と目の前で眠る小野を見る他なかった。
そして『まさか…なぁ』と思う。
小野が志野木に嫉妬しているのではと。
強引にことに及んだのを箱崎は責めなかった。
思い詰めたように、眉間に皺を寄せて、普段見せない表情をするものだから、箱崎は少々の痛みを我慢して小野に揺さぶられ続けたが、さしもの箱崎も指一本動かせないほど疲労困憊した。

その後の小野は熱が引いたのか、麻疹の流行が去ったような情けない表情で、捨てられた猫のような寂しさを漂わして擦り寄ってきた。小野の汗ばんだ身体を優しく抱き寄せ、子供をあやす様にその背中を撫でた。
―――強引にやられたのは俺やぞ? 何で俺が慰めんとあかんのや?
―――大体、反対やろ。
文句の一つも言いたいところだが、こうも情けない姿を晒すのを目の当たりにすると口出しできない己の父性愛を呪った。
「…言いたい事があるんなら、言えばいいものを…」
箱崎の身体を抱きこんだまま静かな寝息をたてる小野に、呟いた。
「いい加減、降参しらええのに。ええ男ぶんのはやめたんとちゃうんか? …ったく、大概にせぇよ…」
やや尖らせた口ですうすうと寝息をたてて眠る小野を見ながら箱崎が笑った。
電車内
―――あぁ、失敗した…。
新幹線は既に名古屋を過ぎてしまった。
その間、箱崎は昨日の羞恥に耐えない夜を思い出し、下半身の疼きまでも思い出してしまった。
――まだまだ、子供なんでしょうか? それとも若いってことですかね?
自嘲するような薄笑いを浮かべ、ふと自分の見る視線に気付いて振り向くと、そこには嬉しそうに笑う小野がいた。
「昨日のこと思い出した?」
ニヤニヤと笑って、さも意味ありげに太腿を撫でてくる小野の手をビッシッと叩いて「…うるさいっ」と告げて又、窓の外に視線を移した。
大阪駅に着くまで二人とも黙ったままだった。箱崎は先行きの不透明さ故だったが、小野は初めて会う志野木という男に言い知れぬ嫉妬を覚えていたからだった。
小野はどこをどうやって歩いていたかは覚えていない。
気がつけば箱崎と二人、大阪駅の改札を出てタクシー乗り場に向かう階段だった。

「おいっ」
低い声で呼び止められたような気がした。
小野と箱崎は同時に振り向き、声のした方に顔を向けると、其処には大きな体躯で白い歯を出して笑いかけ、日に焼けた片手を上げてて立っている男がいた。

BACK PAGETOP NEXT

Designed by TENKIYA