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1) 幾度かの朝

「……重いっ……」
腹の上が異様に重く、目が覚めてしまった。
覚醒しない頭の中はボンヤリとした視界の中に、黒い小さなふくらみが自分の腹の上にあるのを見つけた。

「…充…おい、充?」
呼びかけてもピクリとも動かない小さな塊に苛立ちを覚えた俺は、腹に力を入れて寝返りを打ち、塊をベッドの上から落とした。
「充、いい加減起きろよっ?! 学校遅れるぞ」
俺はベッドの上から落ちた反動で四肢を放り出してもなお、寝つづけようとする子供の頭を軽く叩いた。
「…もう、学校?」
「もう、じゃねぇ。 早く顔洗って来い」
目を擦りながら立ち上がった充の姿は、情けなさが起きている時よりも二倍増し状態で、しかも、上着のボタンが段違いに合わされていて、更に増しているようだった。

そんな姿を眺めて溜息をつく俺も、イケメンには程遠く、濡れた雑巾が冷えてそのまま固まったように、惨めったらしい有り様だ。それもそのはず、昨日の修羅場の今日であるわけで、又、天中殺のような日常が繰り返されるのかと思うと、少々ゲンナリしてしまう。美しい朝を迎えたなどという詩的な朝の始まりではないのだ。

大きめのベッドの半分を陣取るように眠る男を横目で見ると、又、昨日の腹立たしさが甦って『文句の一つも聞きやがれっ!』と、言いながらグーで殴ってやろうかと思うが、それも大人としていかがなものか、と俺の残された理性が訴えかける。

痛む体とやり場のない気持ちを、取りあえずは仕舞っておいて、食べる為に労働をせねばならないと気持ちを切り替えてみた。しかし、ベッドを抜け出すとそこに広がる無残なスー ツ(いや、あれはかつてスーツだったシロモノだ)の 有り様と、自身の身体に残る赤い痣を見つけてしまう と、大人になった心が、すぐさま退行して『…子供の ままでいいんだよっ!』と呟きながら安眠を貪る男に踵落しをお見舞いしてやった。
『ぎゃっ』とか『ぎゃぁ〜』とか言葉にならない声を 発して男が飛び起きて俺を凝視する。

「な、な、な、なんだ???」
「……」
「……地震かっ?!」
「……震度2ぐらいだろ」
俺は男の顔も見ずにそう言って部屋を後にした。
(ぬぁ〜にがぁ〜『地震かっ?』だぁ? バカヤロ〜っ!!)

リビングに行くと身支度を終えたと思われる充が、学校の制服に着替えているところだった。俺はそんな充の頭を撫でて、リビングを通り過ぎコーヒーを飲む為に湯を沸かし、冷蔵庫から充のために牛乳をコップに注いだ。俺は冷蔵庫からバターやジャムなどを出して、牛乳を注いだコップを持ってテーブルに向かうと、今だ着替えが終っていない充を見た。
朝食「充、ボ・タ・ン・段ちだ」
充が引きつったような笑いで俺を見た。
(相変わらず、上手く笑えないのだろうか?)
俺は、無関心を装って充の傍にしゃがみ込み彼の胸のボタンを指差した。
「…ほら、ここから違ってるんだ。
ここから外して、留めなおす、なっ?」
充は俺の言った通りにして白いカッターシャツのボタンを留めた。
「卵はどっちがいい? 目玉焼き、それともゆで卵?」
俺の言葉は充に届いてはいるが、照れくさそうにして返事をしない。
相変わらず、だと思う。

決して、大喜びで、はしゃいだことはしない。
充がオムツをしている頃から俺が面倒をみているという長い付き合いなのに、あいつはいつも遠慮して自分を抑えるのだ。
「目玉焼きに、ハムもつようなっ」
あいつにそんな態度をとらせることに俺はいつも罪悪感を感じる。
そして、『皆、お前を愛しているんだよ』っといって抱きしめてやるのだが、あいつはそれでも上手く笑ってくれないのだ。

こんな子供にしたのは誰なんだ?
そう苛ついた感情に押し流されそうになった時に限って悪の元凶がなんの前触れもなくやってくる。
―――お前は “宇宙猿人ゴリ” かっ!

「…おはようぅ…」
爆発した髪の毛に、片手でケツを掻きながら、新聞を取りに玄関へ向かう男だ。
―――なんだ、その満足そうな顔は?!
俺は昨日の今日で、寝不足なんだよっ!
クソッ! …久しぶりに、3回連続でイキやがって……。
あの、剛毛の髪の毛を逆立てた、宇宙猿人ゴリこと充の父親、そんでもって認めたくないが、俺の恋人だ 。
そして、充の父親で……俺の恋人???
……こいびとぉ?
そうか、そうなのか?
……んなわけないっ!
ただの…ただの…ロクデナシの、なんにもナシ男だ―――っ!!

このロクデナシの男が可哀相な充の紛れもない父親だ。
永尾 凛太郎(ながお りんたろう)40歳、たぶん独身。
前の妻とは2ヶ月前に離婚。だから、今は独身。
因みに充は前妻との子供ではない。
その前の妻、つまり、凛太郎は2度離婚している。

この男が、2度の離婚で『ロクデナシ』の称号を受けるのは、世の中の真面目な『バツ2男たち』に申し訳ない。あの野郎にはもっと酷い理由があるから。それは、飽きたら違う女に乗り換えること。つまみ食いが激しいのだ。そして、ロクデナシと言うよりヒトデナシと言ったほうが、俺はシックリくるようなきがする。
凛太郎は付き合った女と別れたりするたび、俺の元へ帰ってくる。
充を連れて……そして、充は俺が面倒を見る羽目になるのだ。

『文恵が金をせびるんだ〜』と、泣きついて俺から3万を毟り取った。
無論、俺も学習能力はある。借用書は取ったし、利息もトイチ(※)にしてやった。
これぐらいは当然だろう?
『有香が妊娠したんだ〜』と、言われ示談の話を俺に持ちかけた。
俺が孕ませたわけでもないのに、なんで俺が相手の両親の元へ話しに行かなくてはならんのだ?
仕方がないので、俺と凛太郎の関係をバラしてやったら案の定、妊娠は嘘だと認めた。
ふんっ、世の中こんなもんだよ!
『敬子とケンカしたんだ〜』と、荷物ごと俺の家に転がり込んできた。
......不用意にドアを開けたら無理やり中に入って、寛ぎやがった。
思い出したらキリがない。

ムカツキもMAX状態で、折角の清清しい朝が台無しになりそうなので、嫌なことは思い出さないようにしようと思う。
凛太郎は女ともめる度に、充を連れて俺の家に押しかけて居候をする。
そして、又見つけては出てゆくのだ。
「もう二度と面見せるなっ!」と悪態をついて何度追い出しても、戻ってくる。今では、何度そんなことがあったのかと、数える気力も萎えてしまった。
別に、俺は凛太郎を許したわけではないんだ。
そう、許したわけでは…。
俺やこの家から「ごめん、出て行く」といってすまなそうな顔をして何度この玄関から出て行ったのだろうか?
そして、何度戻ってきては俺を抱いたのだろうか?
その度に「もう、二度と嫌だ」と決意して、凛太郎から避けるようにしても、俺の隙をついて彼は戻ってくる。

「別れたんだから、来ないでくれ」と懇願しても、凛太郎は平気な顔をして俺の前に現れ、疲れた顔を晒して俺に詫びる。
そんな、凛太郎の惨めな姿を見るのが忍びなくて、辛い顔をすると、俺の弱さを見過ごしたように俺を狂ったように抱き、土足で俺の心の中に入ってくるのだ。

いい加減、俺も学習しなけりゃいけないと思うのはもう、30に手が届いてしまったからだろうか?


※ トイチ=10日で1割の暴利。

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