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6)SUMMER TIME

こんもり小山のように膨れ上がった上掛け布団を裸の身体に巻きつけたまま、煙草を燻らす進藤を横目で見ては、俺はだらしなく投げ出した自分の四肢と見比べていた。キッチン
「……」
「……」
お互い何故か無言だった。
 先に演じていた無言劇の続きかと思われたが、逆に今のこの状況は決して不快なものではなかった。寧ろ心地よかった。進藤の吐く煙が立ち上るのを目で追っている時間が長く続いたが、ふと気がつくと進藤は既に煙草を吸うのを止めていた。先ほどの過ぎた欲の結果、喉がひりひりと痛かったので、俺はやおら立ち上がり水を飲みにキッチンへと向かった。

 殺風景な部屋のマンションはワンルームでキッチンはまるでグリコのオマケのようなつくりだった。小さなシンクは使ったことがないのか綺麗に光っていた。玩具のような作り付けの網棚に不揃いのコップが何故か3つばかり置いてあったので、手前のものをとって、水を満たし喉に流し込んだ。

「…斉藤さん、可愛いーっ」
不意に後ろから掛けられた言葉に驚いて、俺は飲みかけの水を噴出してしまった。
「…ぶッ!…」
「あっ!…きたねぇ〜」
「し、進藤が変なこと言うからだよっ!!」
俺は「どこ見て可愛いなんて言ってんだよ?!」と、
毒づきながら手の甲で口を拭い、使ったコップをシンクに置いて脹れた布団から覗く進藤に歩み寄った。
「勿論、お尻がですよぉ〜」進藤は笑いながら俺のケツをわさわさと触った。
「…可愛くもなんともねぇよ」
やや赤くなった頬を隠しながら俺は真っ裸のままのブルッと身震いをした。
「…寒いんだよ、冷房切れよ?」
「え〜っ、ガンガンに冷やして布団に潜るのが正しい冷房の使い方じゃないスっか?!」
「…不経済だ」
「いいですよ、払いは俺ですもん」
「……」
「あっ、な〜んだぁ。斉藤さん、そうならそうと言ってくださいよ?」
「???」
俺は布団に包まった進藤の傍で仁王立ちになっていると、進藤の腕が伸びてきて俺を掴んだと思うと、思いのほか強い力で引き摺り込まれた。
「ぎゃっ!」
「色気なぁ〜い」
進藤はクスクスと笑いながら俺を背後から抱きしめて布団のなかへ収まった。

「……」
進藤に抱きこまれた布団の中は想像よりもすっと暖かく、居心地が良かった。
その暖かさに触れると厄介な感情が噴出してきて自分では処理しきれない何かが溢れ出しそうで怖かった。
遠藤はクスクスと楽しげに今だ笑い、俺を背後から抱きしめながら身体を左右に振っていた。
―――何が楽しいんだ?

「俺ねぇ〜」
「?」
「マーくんと別れたんですよ」
―――なんだよ、唐突に。 ってか、知ってるってその話。
「前に聞いた」
「そ―ですよねぇ〜前に言いましたよねぇ〜」
何がそんなに楽しいのか判らないが、進藤は子供が甘えるように言葉尻を伸ばしながらまだ、笑い続けたままだった。

「だから、何だ?」
「ん〜っ、って何?」
「何じゃねぇって…。そんな物言いをするってことは、お前何か言いたい事あんだろ?」
「…ふふふ…やっぱり俺のことよく知ってるんだぁ」
さも嬉しそうに身体を揺すって笑いながらも、進藤は俺を抱く手の力は緩めなかった。
俺はちょっと大袈裟に溜息をついて、腹に回った進藤の手を上から撫でながら言った。
「…言えよ」
「ん…」
「なんだ言いにくい事なのか?」
「やっ、そんな感じじゃないんだなぁ」
「…歯切れ悪いなぁ。あっ!」
「何?」
「金はないぞ、給料前だし、貯金もないぞ」
「…酷いなぁ。俺は金目当て?」
「いや、念のために言ったまでだ。世の中、血族でも金だけは別モンだからな」
「…家訓?」
「いや、生活の知恵」
「ふ〜ん、斉藤さん愛が足りないんじゃない?」
「…そうかも」
本来なら俺はここで否定して笑い飛ばしていないといけない場面だった。次にくるであろう込み入った話を避けるためにも、だ。(それは社会を上手く乗り切るためのルールであり、身を守るための重要な切り札だ)しかし、今の俺にそんな余裕はない。
「何なら俺が注ぎましょうか?」
妙に真剣な声色で進藤が言った。
「……」俺はその返事に即答できなかった。
本当は笑って返事を返すべきだったんだ。
『今さっき注いでもらったからだいじょう〜ぶ』とか『有り余ってるんで結構です』とか、返事には色々あったはずだ。昨日までの俺ならちゃんと答えることが出来ただろう。
でも、黙ってしまった。
オマケに背後にいる進藤に判りやすく身体まで硬くしてしまった。俺が進藤の言葉に動揺しているのが判ってしまった。
―――バレバレだ、…最悪っ!
「今、しまったっとか思ってない? 失敗したなぁとか、こんなはずじゃなかったとか?」
「お、思ってません」怪しい、実に怪しい返事になってしまった。
「斉藤さんって判り易いですねぇ〜」と進藤は言いながらはははっと、笑いやがった。
―――年下のクセにぃ〜ムカツくぅ!!

「…斉藤さんって彼氏いないんでしょ? 俺とはヤルだけ? ねぇ〜俺じゃダメぇ?」
―――なんだ、コイツは? ちきしょう、かいわいいじゃねぇか―っ!
今更ながらに自分の性格を恨んだ事はないぞ。
変り身の早さにヘドが出る。
そう思ってはみても心の寂しさは人恋しさに縋りつきそうだ。

「俺は…それほど不実じゃないよ」
「説得力ないけどね」とは、口が裂けても言えない。それは相手がもしかしたら出してくるエースのカードかもしれないから。
そう頭の隅で計算をして俺は口をつぐんだ。

「『不実』って? だって付き合ってる人いないんでしょ? 俺もいない。どこが不実なの? 俺が別れた直後だから?
……俺としてはただ、一緒にいたいと思うから言ってるだけですぅ」
 妙に真剣な声色だと思った。普段の彼からは考えられない硬い声だった。いつもヘラヘラとして優しさが際立った男だと思っていた。(そのクセ存在感があるのだ)同期の連中とも上手くやっているようで、評判は明るく快活だ。女性の受けもいい。

「俺が別れた途端、斉藤さんに鞍替えしたようにみえた? それを詰りますか?」
ふぅと俺は一息ついて、自分を落ち着かせてから腹に回ってしっかりと組み合わされた進藤の指を見た。
「…そんなことなんとも思ってないよ。っつうか、そんなものハナから持ち合わせてねぇよ」
「うん」
大きなため息が進藤から漏れて、俺の首筋を撫でた。

「…その人と上手くいってないんでしょ?」
「……」
「別れた?」
進藤は俺に関しては全く何も知らないはずだ。
特に隠していたわけでもないが、俺は凛太郎との微妙な関係を整理できずいた。しかしそれではフラストレーションが溜まって精神衛生上よくないと思い、生理現象と心の安定を図るために3人のセフレと関係を持ち続けた。進藤は自分以外に俺が付き合っているだろうと思う人間が存在することを知ってはいるが、それ以外知らないはずだった。なのに、進藤の質問は『別れた』と言った。いや、ただ俺の態度が判りやすいのかもしれないが…。

「……」
「俺は結構お買い得ですよ?」
「お買い得ってなんだよ?」
「若いでしょ? 優しいし、これでも結構稼ぐし。趣味少ないんで金遣い荒くないし。それに…」
「…それに?」
「…一途です」
「ははは、一途ねぇ〜」
「斉藤さんって鈍いからわかんないでしょうけど、俺、結構前から好きだったんですよ? 気付いてないでしょう?」
―――なんだよ、それ。誰に言ってるんだ?
「…俺が鈍いとか鈍くないとかそんなの、関係ないだろ?」
「それ、それ! それが鈍いってんです…やっぱりわかっちゃいないんですねぇ」
俺はブスッとして不貞腐れて返す返事がなかった。
相変わらず、機嫌がいいのかクスクスと楽しげな笑い声が首筋を掠めていた。

「…俺だったらずっと傍にいますよ? 」
―――ものすごい口説き文句だ!
あぁ、眩暈がする。
俺は欲しかった答えを前にして、涎の垂れた犬を思い描いた。

ただのセフレと割り切って付き合っているつもりだった。
それとも自分にそう言い聞かせていたのだろうか?
凛太郎から得られない喜びの穴埋めをしていたはずなのに…。

決して、踏み込む事もない利害が一致しただけの関係で、ましてや干渉などありえない関係のはずなのに。…これは一体どうした事だろう。
何の因果だ、これは?

唖然として身体を硬直させて、無い脳みそを一生懸命フル回転させた。
進藤は俺の背後で身体をゆすり続け、自作らしいヘンテコリンな歌を歌っていた。
「……好きだぁ〜好きよぉ〜好きですぅ〜好きなんですぅぅう〜〜。鈍いぃぃ〜〜アンタはぁ、ツ・ミ・なひとぉ〜……」
―――歌は…まぁ、いいが、調子外れてるぞ。
俺は背中に暖かな体温を感じながらぼんやりと考えていた。

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