>> ロバのうえの懲りない男たち > 01 / 02 / 03 / 04 / 05 / 06 / 07 / 08 / 09 / 10 / 11 / 12 > site index

BACK INDEX NEXT

8)平和な暮らしを営む手段を教えてください

貰った言葉を鵜呑みにするほど、俺は若くなかった…と、いうか甘くなかった、というか。
……全く、残念なことではあるが。
ただ、今直ぐにでも縋りつきたい衝動は今も存在する。
しかし、それを無視できる年齢になったことも知っている。
―――一応、身体は脂が乗っていい按排だと思うがな。妙な自信は、あるっ!

今の自分がいちばんイイ方法っていうのが『進藤を選ぶ』ということなのだろう。しかし、自分には妙な負い目があって彼を選んでいいのかどうか迷うっているのが実情だ。
選びたい自分と、そうでない生き方を模索する自分と、どっち付かずのままの厭らしい自分がいた。
我が身可愛さとでも言うのだろうか、今になって何の価値もないであろう己の身体についての価値のギャップに少々手を焼くお年頃になったとでも言うのだろうか。

進藤は俺に関しては押しの一手の作戦らしいが、それ以上のゴリ押しはしてくるつもりはないらしい。俺が絆されるのを待っているのか、そうなのか?
だとしたら俺は既に落ちかけているのかもしれない。
無理強いはしないところが、素晴らしい男気だな。

ただ、気持ちというか想いとでもいうか、お互いが近くに感じられるのは確かにあの夜がなければ成り立たなかっただろう。
だからと言って、翻したように態度をかえるのは、幾ら夜をスネた俺でも憚られることだ。
あの夜から進藤のあからさまなアプローチも最近はなりを潜めているが、やたらスキンシップが増えたような気がする…。

自分の宙ぶらりんな立場に苛ついても事態は一向に好転するはずもなく、ましてや鎮火する様子もチラリともみせない。
……なのにここへ来て、セフレの南澤からナパーム弾が着弾…一転、現状は火の海だ! ほんと、何の冗談だ?

――あははは…。俺はバックドラフトで大爆発の様相だ

いい加減、静かな暮らしをさせてはくれまいか?
俺が何をしたって言うんだ?
そりゃ、悪いこともしたけどいいこともしたんだ。
それ程、怨まれる覚えはないはずだ。

人の悪口を言いふらしたとか…。
―――言いふらした覚えはないが、盛大に愚痴った記憶は多々ある。だけど、それは俺以外の人間誰しもしていることではないのか? マザーテレサじゃあるまいに、それほどお綺麗な人間がいるわけないじゃないか? 誰にでも一度はあることだ。

ウソをついて自分を有利にしたとか…。
―――それは今でも偶にしてるな。
だが、誰かを不幸にした覚えはねぇっ! ……多分……自信はないけど。

しかし、それは他愛もないモノというか、悪意のない、しかも他人には迷惑をかけたものではないのだから大目にみられるはずなのだ。神様もましてや仏様だってこんな小市民に気をかけている暇はないはずだ。(……人が多過ぎて願った人々全員に天罰下すなんて芸当できねぇはずだ! ……きっと、ね)
ただ、時折思い出したように後悔することがある。(きっと、小学生の子供の傍で生活しているからに違いない)

…まぁ、子供の頃にアリを水攻めで溺れさせとか、蛙を捕まえて皮を剥いでカメ釣りをしたとか…ちょっと人には言えないようなグロい経験もあるにはあるが、概ね悪事とは言いがたい。……多分。

なのに、この様だ!!

……やっぱ、ゲーセンで金に困って神社の賽銭を盗んだのがそもそもの原因なのか??
あ、あれは確かにいけないことだと思う……。
―――が、切羽詰ってたんだよっ!
バーチャファイター全盛の頃だからなぁ。
因みに俺は『蟷螂拳のリオン』使いだ。
……決まってるだろ? 俺は生まれたときからメンクイなんだよっ!
しかも、半ズボンから覗く白い足に興奮しすぎて鼻血を出したことがある事実は誰にも言っていない秘密だ。

よくよく考えてみると、あまりにも自分が成長していないことに落胆するなぁ。
だってそうだろう?
進藤がちょっぴり『リオン・ラファール』に似てるって思うのは俺の欲目であって、しかも、その顔に惚れているなんて口が裂けても言えやしない…。だからって、進藤とのことや凛太郎とのことは何の関係もないはずだ。

ううっ〜、後悔先にたたずとはこのことか?

今、俺がバックドラフトに巻き込まれ、丸焼けの子豚よろしくブスブスと燃えているのは、あれは進藤の心のこもった送り迎えのあったあの晩から3週間ほど経った金曜日の10時を過ぎた頃だ。
―――やけに詳しく覚えているのは、一種の職業病だよな。
『なぜ、心も踊る金曜日』に一生に一度もないような不幸がやってくるのだろうか?

あれは就業時間ギリギリに俺の携帯にあったメールがそもそもの発端だ。
いわゆる、お誘いメールだ。
そう、俺は今だセフレの整理をしていない。
『どんな性格してんだ!』という世間からのツッコミ評価もなんのその、とりあえず、逢う事にする。

―――欲望に勝てないのは男なら一度や二度、経験はあるはずだ。昔の人はいいこと言ったもんだ、『据え膳喰わぬは男の恥じ』ってね。……使い方、間違ってる?

いつもの時間にいつものバーで南澤を待つのは苦痛ではない。
薄暗い店内の照明も、時折大きな声で笑う客達の声も何故か心地よかった。
きっと南澤は遅れてやってくるだろう、あいつはそう言う奴だ。
時間にルーズな性格では決してない。
ただ、自分ルールというのが存在していて「恋愛は先に惚れたら負けだ」と思い込んでるらしい。
―――……骨董品だよ、そのルール。

だが、彼とは拘りのない関係を築いていたと、俺は思っている。
南澤とは体の関係だけといえばそうなのだろうか、結構ウマが合った。
少し年の離れた兄弟のようであり、彼の側は安心できた。
それほど、親しかったというべきではないが、利害の一致した清い関係とでもいうのだろうか、お互い干渉しあわない、平たく言えば『何も見返りを求めない』関係だと言うのだろうか。

だから、彼について俺が不安に揺れることはまず、ない。
うわべだけだろうが、俺が欲しい言葉を彼は平気で口にする。
心では思っていないだろう、その言葉を。
それは、まるで『愛し合う為のルール』のようなものだ。……「愛しているよ」と。
例えそれが、その場限りの言葉でも、たとえそれがウソだとしても、そんなことはどうでもいい。
今、欲しいのだ。その言葉を今欲している俺に、後で言ってもらっても何の意味もなさないのだ。

ただ、決められたルールを順守する南澤は面倒がなく、俺にとって都合のいい相手だ。決して、自分の本音は見せない南澤だったが、俺はそれで満足だ。
そうやって彼に本音を言うと決まってこう返される。
「君は随分と欲張りなんだな」と。
「…欲張りですか?」
南澤はさも可笑しそうに頷いて「そうだ」と頷く。

南澤に『欲張り』と言われて初めて自分のことを考えた。
「愛している」と言って喜んでいる俺は安上がりな奴じゃないのか?
それ以外何も求めていないのに、「欲張り」とはどういうことなんだろう?
ただ、自分だけを愛してくれたら俺は何もいらないのに。

その日の南澤は珍しくマジメな顔つきで「今日は止めようか?」と真顔で言われた。俺はちょっと意外な言葉をかけらたので驚いた表情をしたと思う。
そりゃそうだろう、なんのためのセフレだ?
俺も、凛太郎と充との関係や進藤とのことで悩んでいたが南澤には何の関係もないことだ。勿論、俺もそのことを持ち込んだ覚えもない。

お互い気持ちよくなるために「セックス」するんじゃないのか?
……まぁ自分でやるのも気持ちいいけどな。
金も柵も何も絡まない、欲だけの関係じゃないのか?
そこに打算は介在しない、純然たる『愛欲』あるのみじゃないのか?

そう、考えてふと胸がチクリと痛んだ。
進藤との関係は…とうにセフレの関係が崩れていることに気がついた。
今まで、なんとか形を保っていた俺の世界が既に砂上の楼閣だったことに今、思い当たった。

自分のことを考え、凛太郎を想い、進藤を思い描く。
クラクラとした酩酊感にも似た眩暈が俺を取り囲んだ時、強い外からの刺激を肩に感じた。
正面に見える南澤の表情は驚きに目を見開いて、俺の肩の辺りを注視していた。

―――なんだ―ぁ、水子の霊か……? はははは……冗談でもそれはありえねぇな。

「ねぇ、君が浮気相手?」と、鈴が転がるような音色で囁かれた。
相手の顔をよく見ると、血色のいい若者で俺より随分歳が若い男だった。
次いで南澤の顔を見やると、目を見開いて驚いていたようだが、歳はくっているだけあって直ぐにその感情を押しとどめて何気なさを装った。

―――ふん、流石だよ。
そう想った瞬間頭には嫌な予感が過ぎった。
肩に置かれた手の力は意外に力が入っているようで、嫌な痛みを俺にもたらした。

「……浮気相手?」と南澤が若い男に聞き返すと、若い男は鬼のような形相に微笑を口に貼り付けて「そう、浮気相手」と奇妙な表情で薄暗く笑った。
あ〜我慢してるなぁ、と、思うと苦笑いが漏れてしまった。

「今、お声がかかっただけだよ」
そう言うと明らかに安堵したような表情を見せた若い男は、握りしめていた俺の肩を手放し、南澤の傍へべったりと寄り添った。

「なんだ、恋人と待ち合わせだったんだ。それとも、喧嘩でもしたの?」と、俺は南澤に向かって声をかけた。
南澤は何食わぬ顔で若い男を見上げると、
「…今日は会わないっていってたんじゃない?」と言った。
若い男は科を作り、甘えた声をだした。
「…宏明が最近、見知らぬ男とデートしてるって教えてくれる人がいたんだ。だから、見張ってたんだよ」

俺は南澤の恋人をこの時初めて知った。
こんな可愛いやつだったのかと、思う半面、俺にもこの半分の可愛さがあったら、凛太郎との仲は違っていたのだろうか、と考えた。
そうであれば、今と状況は少しでも違っていたのだろうか?
無駄な考えだと、せん無いことだと思うのに、堂々巡りの輪の中から抜け出せないのはいつものことだと思えば、涙すら出てこなかった。

「…可愛い恋人いるのにダメだなぁ」と、俺は努めて明るく振舞い椅子から立ち上った。
南澤はピクリと眉を上げただけの反応を返したが、それ以外は何もなかったように、恋人である若い男の腰に手をまわしていた。
それは、俺にとって眩しいくらいの後景であり願望のような後景でもあった。
「仲がいいのも大概にして欲しいですねぇ〜当てられちゃったよぉ〜」と馬鹿なことを口にして、ついでに南澤の頬をつねってやって、その場を退散した。
その時の俺の顔はどうだったのだろう?
誰にも覚られるようなマネはしなかっただろうか?
ドキドキと跳ね上がる心臓の音を聞きながら、やけに込み始めた店内を縫うように入口に向かった。

突然、左の腕を掴まれて振り返ると、知らない男がいた。
「…?…」
「一杯、どう?」
どこか、ひとなつっこい笑顔で俺を誘う。
「……」
「……いや、やめとく」
俺は短い返事をして、掴まれた腕を引き剥がし出口へ急いだ。

『…はぁ…何してんだろ、俺』
本当に、何をしているんだろうか?
言うとはなしに口についてでた言葉に、自分で答えを返す自分に呆れる一方、南澤とはこれで終りになりそうだと心のどこかで安堵した。
安堵する自分に、やはり小心者であることを隠そうとする臆病者の自分に嫌気がさした時だった。

BACK PAGETOP NEXT

Designed by TENKIYA