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12)やっぱり、懲りない男ども

―――― 5ヶ月後。

「んっ……う、うんっ……」
「……」
「……いっ……い、く……」
「もう?」
「……あっ……っ……」
「もうちょっと、我慢してね〜」
進藤が面白しろそうに笑ったような気がした。
「……んっ……ん……」
最近は、焦らして遊んでいると思うより、なんだかそんなリアクションをとる進藤がかわいく思えて仕方がない。
そう思うと顔の表情が緩んだのか、進藤が子供っぽい声で囁いた。
「余裕ですねぇ〜要さん。だったら、もう一回イケますよね〜ぇ」
「……えっ、ちょ、ちょっと……」
なんとなくわかっていた展開に、内心は「してやったり」の俺だったが、流石に体力は限界に近い。…但し、気力は十分なんだけど。ヤリすぎの今に至っては、時間の概念がとっくの昔に飛んでいってしまって朦朧とした俺の頭では理解できない。

5か月前のあの日から俺は修羅場にもならなかった別れを体験し、セフレの進藤の元へ走った。
―――『いや、元だ、もと、セフレだ』
今じゃすっかり他のセフレとは手を切っている。
進藤が『俺以外の男と関係する自信があるんなら続けてもいいですよ?』と笑っていない目をして言い放った。
―――『……こ、こえ〜よぉ、しんど〜ぉ』
『ダメ』なら『ダメ』とはっきり言えばいいのに、どうしてコイツも回りくどい言い方をするんだろうねぇ。まぁ、そんなとことが妙に可愛いんだけど…。
コレって…微妙にのろけ?!
いや、そんなことより何より、精力絶倫男の相手をして、その上まだ他のものを咥えこむなんて芸当は出来やしねぇ。……出来たらバケモンだよっ!!  ……っつうか、俺はそれだけ面倒みる体がないってことで、全てを清算した。
―――清算するも何も、もう既に壊れていたのだから、時間の問題だったのだが。

そして、後で骨身にしみたことがわかったことがある。
進藤は凛太郎より、ある意味手がかかる男だったのだ。
これは、完全に俺の読み間違いだし、選択間違いだ。

「俺の本気って怖いですよぉ〜覚悟してくださいね」
と、いつになく真顔で言われ俺は無言の圧力のようなものを感じて大きく頷いてしまった。心中では『失敗したなぁ』と冷や汗をかきながら。進藤の本気は……いつになく俺を震え上がらせた。

親友の山科も俺の変化を感じたのか『進藤とは上手くいってんのか?』と探りを入れてきた。……心配しているというよりあれは、探りだ。藪で蛇を出さないように用心しているのがアリアリだ!

進藤の様子は以前と特に変化がないように見える。
子供っぽい声色で「メシ行きましょう?」と昼休みに誘ってきたりとか、喫煙ルームで出くわしても特に“恋人同士”を吹聴するわけでもなく、何ら変化はない。以前にあった突拍子もないような懐き方は影を潜めた。

ただ、時々彼の視線を感じることがある。
まぁ、何かを探られているような感じではなく、ただ、見られているのだ。
何かに縋るようなそんな目つきで。
偶々すれ違った廊下での目線の絡み合いがあった日には、その晩の夜が大変面倒になることが度々あった。

―――『あの時、何考えてました?』
―――『俺のこと考えてました?』
―――『それとも……もっといやらしいこと、考えてた?』
などと、言って朝方まで離さないのだ。
……流石に “抜かずの3発、中出しフルコース” に意識が遠のいたのには、驚きだ。
いや、ある意味新鮮……だ。

彼は俺を「言葉」で縛り、彼の「身体」で骨抜きにされ、俺はガッチリ固められていた。しかし、それが嫌だとは思わなかった……微塵もだ。彼の束縛は、人によっては不快極まりないモノであり恐怖かもしれない。

しかし、俺はそれらに安堵していた。
彼の眼に見える『縛り』は俺だけに与えられ、且つ、目に見える程度に彼の「愛」を知ることが出来る。野良犬のように飢えた目をして人を引き付ける事もなくなったのだから、俺にしてみれば遥かに高い生活水準だといえよう。
充実度もうなぎ上りだ!
おまけに同僚たちからは『落ち着いた』と評価が上がり意外な効果があったと言えよう。しかも、お肌つやつや効果も出てきて進藤も嬉しそうだ。……何だかムカつく!

彼の本気に逃げ出した男は何人いたのかなどと、そんなくだらないことを考えて彼に詰め寄るようなことはしないが、それはかなり危険だ!  ……聞けば自分の首を絞める予感がする。
前の男に嫉妬を覚えない訳ではないのだが、自分が幸せならよしとする余裕は今の俺にはあるのだ。

愛されている自信と言うか、目に見えて、聞こえるというか、そんな些細なものに安堵をおぼえているのは確かな実感だ。
『凛太郎』の時では得られないモノだ。

お互いの休みが重なった久しぶりの土曜日は前日から、燃えに燃えた進藤が妙なテンションでベッドインしたものだから、未だに引き摺った状態で俺は干からびた沢庵のようだ。
―――なんとなく『ハムナプトラ』に出てきたマミーに似ている……。

進藤が研修へ三日程出かけ、入れ替わるように俺が九州へ出張に出かけて……そんなすれ違いが、このところ数回あったために二人がお互いの顔を直視したのは久方ぶりだった。
別に離れていたからセックスレスだったのだろうとか、そんなことはないのだが『仕事のない明日』というのが二人の頭にあったようで顔を合わせた途端、ゴングの鐘が鳴って今に至るということだ。

『ピンポ〜ン』と、そんな泥沼状態の中インターホンが部屋に鳴り響く。

そんなこんなの真っ最中…俺と進藤は荒い息を吐きながら、数えるのも億劫なほどの絶頂を迎えようとしている時だった。俺は追い上げる快感を強請っていた最中の出来事だったのですでに他人事だ。なのに、進藤は急に動きを止めて今まで俺の首筋に噛みついていた顔を上げた。俺の心の叫びは『はぁ?!』の状態で、ドアホンを凝視する進藤の顔を下から眺めて不満を漲らせて睨み上げた。
進藤が急に身体を起こして俺の中から出て行くと、俺は蛙が裏返ったような格好のままベッドの上からその背中を見た。

「……でてくる……」
「ちょ、ちょっと!!」
慌てて、ひっくり返って呼び止めても知らん振りでズボンを履いていた。

―――その立ち上がったモノ……治まるのかよっ?!

「こっちはシッカリ主張したままだよっ!」と、叫んでも進藤が玄関に向かったままだったので俺は「馬鹿〜っ」と大きな声で叫んでバスルームへ飛び込んだ。

俺が腹を立てて閉じこもるのは『バスルーム』
進藤は年下ながら口では歯が立たない。
だから俺はそんな時、バスルームに立てこもるのだ…だってトイレがあるしね。
まぁ、腹を立ててばかりではいけないので、シャワーを浴びて気分転換を測ってみる。
しかし、10分経っても進藤からは声も掛からないし、部屋は静かだ。

―――なんだろう?
『新聞の勧誘や訪販じゃないのか? それとも…宅配便?』
とか、考えても部屋からは何の声もかからない。
そんな状況を不満に思ったのもつかの間、次第に不安になってきた。
こうもほったらかしにされていると、不安が募ってくるので扉を開けてバスタオルで拭きながら出てみると……ズドンと強い衝撃が腰の辺りを襲った。

『???』

「かなめ―――ぇ!」
『?』
「よう!」
『……?……よ、ようぉ?』
「要さん、ズボンぐらい履いてくださいよ」
『?』

―――『ええ―――っ!?』
当たり前だろ?! これが不満を漏らさないでいつ、洩らすんだ!!
発狂の一歩手前の状態で、事態が飲み込めない!

しかも、視線を感じて顔を跳ね上げれば、そこには信じられない人間がいた。
開け放たれたドアにはありえない人の姿に愕然とした。
そして、俺は腰の辺りに受けた鈍い衝撃の原因を恐る恐る見つめると、そこにはありえない物体が見えた。

くふくふとくぐもった声を漏らして俺の裸の腰にすがりつく子供だった。
―――『あぁ……これは……いったい……』
今見たことは忘れようと心に近い、無視を決め込み、もう一つのありえない光景の原因である玄関を見ると、やや呆れたように腕を組んだ進藤がこっちを向いていたが、その傍らにはヘラヘラと笑顔を湛えた凛太郎がいた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして、俺は理解したくないと心が叫んでいたようで、大声をあげて頭を抱えた。

――――数分後。
これはきっとおれの前世やご先祖様は何かとんでもないことをやらかしたに違いない。謀反を働いた武士の末裔とか、米騒動を先導した旗本の三男坊とか……いや、いや、不義密通で殺された長屋の三味線の師匠とか…あぁ〜きっと、そうだ、そうに違いない! ……でなけりゃこんなこと……起こるわけがない!
だったらこの状態はいったいなんの冗談だ? っつうか、笑えねぇっ!!

 俺は半裸でベットの端に座り俺の腰にはウエストポーチ化した「充」が上機嫌の表情で抱きついた状態だ。そして正面には牛乳をパックごと鷲掴みにして飲んでいながら、白いひげを口の周りにつけた子供っぽい進藤が立っている。
そして、一番考えたくない男、凛太郎が小さなダイニングテーブルのイスに腰かけて出されたお茶を遠慮もなしに飲んでいやがった!

「……で、どうします?」と、意外に冷静な進藤。
―――そうだ、冷静に考えねばっ!?
「いや、すまんなぁ…。ちょっと家賃払えなくてってさ〜1か月払わなかっただけでさ〜、取り立てキツイのなんのって……今の世の中、殺伐としてるね〜」
「『ね〜』じゃねぇっ! そんなの当たり前のことだ! アンタがゆるすぎるんだ!」
「まぁまぁ……」
「何が『まぁまぁだ!』お前は余裕ありすぎだ!」
「……要さん、ヘンなとこにキレないでください……かわいいからいいけど……」
「かわいいは余計だっ!」
『な、な、何言ってんだか……』俺はからかわれたのかもしれないが、顔を真っ赤にしたまま誤魔化すためにも声を張り上げ、凛太郎に詰め寄った。

「……で、なんでアンタはここにいるんだっ?!」
―――そうだ、いい調子だ。ここは威厳をもってだなぁ……。
「……訪ねて来たら招いてくれたしね〜」
「まぁ、知らない人でもないし……」
―――『進藤ぉ―――っ!! そこでテレるんじゃないっ!』
「何、惚けた事言ってんだよっ、進藤の馬――鹿っ!」
「……馬――鹿って…」
進藤は急に照れ隠しのように俯いて、モゾモゾと喋ったが、目元がほんのり赤くなっていたのは俺の気のせいか?!
そんなことはこの際どうでもいい、それよりこの状況……どうすんだよ?!

「ところで……永尾さん、でしたっけ? 貴方どうしてここへ来たんですか?」
進藤は改まって口を開いた。
「……」
「……」
その言葉を聞いた凛太郎からは先ほどから絶えることのなかったニヤけた笑いが顔から消えた。
「ちょっと、頼みごとしたくてね」
また、なにかしら言いづらそうなことを喋ろうとしていることに俺は気づいて慌てて声を発した。
「スト――ップ!! いい、何も言わなくていっ! 何も言わなくていいからここから出ていってくれ、今すぐ、超特急でっ!」
俺はいまだ引っ付いて離れない充と下げたまま立ち上がりかけたが、進藤に目で制止されて、気がついたように又、座りなおした。
「……かなめぇ……」
酷く弱々しい声にびっくりして、俺は充を覗き込んだ。
「ご、ごめん! どうした、痛かったのか?」
「……う、ううん……ちがうの」

―――『はぁ―――――――ぁ……』
俺は盛大なため息を心の中で吐いた。
「で、永尾さんの頼みごとって『仮の宿』って感じですか?」
ぼやっとしたもの言いの割には冷たい声色の進藤だった思う。
―――『それは禁句だ、進藤くん!!』
もう少しでゲキを飛ばして殴りかかっているところだ、充がいなかったらな。

凛太郎が言葉を逡巡している様子が長ければ長いほど、俺は嫌な感じを脱ぐ得ず、眉間に皺を寄せた。
「……流石にねぇ〜それは申し訳ないんでね、遠慮しようかと考えたんだけど……」
―――『……だったら遠慮しろ!』
「充を今夜一晩預かってもらえないか……って思ってね」と、言った途端照れ隠しのように凛太郎が笑った。
俺を見た途端、俺の何かがブチ切れた。
「笑うなっ! ヘラヘラ笑ってる場合じゃねぇ! アンタ、言ってる意味判ってんのかよっ!」
俺は、充を腰に引っ付けたまま立ち上がり、凛太郎に詰め寄った。
「いや、まぁ……怒るのも無理はないんだが……他に頼れるアテもないし……マンションまだ見つかってないんで、充と一緒っての何かと都合悪くって……」

「……馬鹿野郎っ! 言うな、それを言うんじゃないっ!」
俺はいまだに腰にしがみついている充の背中に手を置いていたが、かすかに震える体の感触があった。
―――『あぁ、充……聞いたよな、今の言葉……』
泣いて済むのなら泣いてしまいたいが、今の俺には涙のひとつも出やしなかった。

進藤が急に、手の甲で口を拭って飲み終わった牛乳パックをゴミ箱へ捨てると、俺の腰にしがみついた充に向ってしゃがみこんで言った。
「ええっと、みつるくんって言ったっけ? ちょっと、お兄ちゃんとさ、コンビニ行こうか?」
「……」
「いや、別に取って食おうとしてるんじゃないんだけどね…… “うまい棒” でも御馳走しようかなぁ〜なんてね?」
「……うん……」

進藤は打ち捨てられたような床に落ちてあったシャツを拾い上げで手早く身に着け、玄関先にあったパーカーを手に取ると充に手を差し出して「じゃぁ、行こうか?」と言った。
充は名残惜しそうに俺を見上げたが、すぐに進藤の元へ走り去って玄関から姿を消した。

部屋の温度が急に下がったような気がしたが、俺は未だ玄関先を眺めている凛太郎に声をかけるのを振り向くまでやめた。
すると、凛太郎の方が判っていたように言葉を繋いだ。
「今、あいつのこと面倒見切れなかったら面会権取り上げられるかもしれなんだ。今更、できないってことも言えないしね〜」
後頭部を掻きながら喋る凛太郎に罪悪感もカケラは俺には見つけられなかった。

「……取り上げられちまえばいんだよ、そう思わないか?」
俺はやけに冷静な声色で言い放った。
「まぁ、ねぇ……そうかもしれんな。けど、それが嫌で今、頭下げにきてるんだけど…」
「なんだよ、それ? アンタ未だ自分のことわかっちゃいないのか?! 俺はアンタとは何のつながりもないんだ。数ヶ月前に別れた元恋人だ! ……アンタは恋人だとは思ってないかもしれないけど、俺はそう思っていた。 だから、立ち直るのにも時間がかかったんだ。……それをアンタって人は……自分の都合だけで……充まで犠牲にして…アンタって人は……」
俺は、我慢していたものが一気に押し寄せてきてどうしたらいいのか、わからなくなりそうだった。

いつの間にか傍にいた凛太郎が俺を抱え込むようにして触れてきた。
以前のように自信に溢れた様な態度ではなく、どこかオドオドとした腫物を触るような手つきだった。
「……さ、さわるなっ!」
俺は身を捩り彼の手から離れようともがいた。

優しそうな手が一瞬で傲慢な手つきに変わったのが判った。
「放せっ!」
「……」
俺は無我夢中で彼から離れようとムチャムチャに暴れたが、彼の手は俺を強く拘束し無言で俺を抑え込んだ。
「……」
「……」
頭の中で、心の中で警報がチカチカと鳴っている。
離れなくては、と判っているのにその手をふりほどけないのは……何故だろう。

「ごめん……色々考えたんだけど、他に頼る人がいなくてね。充のことはあきらめたくないんだ。だから……俺まで預かってくれってのは言わないから、あいつだけでも一晩、預かってくれないか? ……ほんと、悪いってのは判ってるんだけどね…」
「……」
―――『あぁ〜、嫌だなぁ』と心底思う。
「……すまん……」
「アンタは残酷だ……」
「……」
「アンタになんか未練はない」
「……そうだな」
「……」
「アンタなんか……アンタなんか……」
「……死んだ方が人の為かな?」
「ば、ばかやろう……アンタなんかアンパン食って、腹でもこわしちまえっ!」
「……は、あははははは。 やっぱり、要はかわいいね〜」
「……るせぇ……どいつもこいつも……やってらんねぇ!!」
凛太郎はシッカリと俺を抱き寄せて愉快だとばかりに身体を揺すっていた。

 俺は恐る恐る凛太郎の様子を窺うと、彼は心底可笑しかったのか涙目になってまで笑っていた。『バカバカしい』と思ってしまった。自分一人が凛太郎に腹を立てて、充を想いやって、進藤を愛して、一人忙しく心を揺らしているのが急にバカバカしくなった。決して何もかもを投げ出した訳じゃないけれど、自分一人が力を込めてシャカリキになって動いているのが面倒になっただけかもしれない。しかし、ふと頭を過ぎった考えが俺を占めた。

『あぁ…なんだ、俺、愛されてるじゃんか』

それは唐突だった。
天啓だと言えるかも知れない。
ちゃんと誰かに愛されてるじゃん。なんだ、そうだったのか。突然、俺は憑き物が落ちたというか、目から鱗というか……わかってしまった。愛するものが多い男だと思っていた男は実は、トンでもなく狭隘で、且つ不器用な男だったということだ。そういうことは俺にも言えることで、そして進藤にも言えることだ。
相変わらずの凛太郎だが、俺はそれでも愛されていたんだと思う。
今はそれがちょっと嬉しいような悲しいような複雑な状況だ。

「……凛太郎」
「あぁ?」
「今日一日なら充を預かるよ。だけど、今日だけだ。……愛子さんだって充を愛しているよ。今のアンタじゃ敵わないくらいに。俺はどっちの味方でもないけれど、充には幸せになって欲しいんだよ。それは充の権利だ、アンタが取り上げさえしなければね。だから俺は充の為に今日という日を過ごすよ。アンタは今日というこの日に充のことをちゃんと考えるんだね。アンタのフシダラな生活に充を付き合わせるのか、それとも新しい道をつくってやるのか、ちゃんと考えるんだ」
「……」
「明日、6時に迎えに来てよ」
「……」
「返事は?」
「……わかった」
「……」
凛太郎はなんだか項垂れていたが思うことがあるのか真剣な顔つきで床を眺めていた。
「……で、離してくれない?」
シッカリ抱きかかえられた俺はその体勢のまま凛太郎の顔を覗き込むようにして言った。
凛太郎はヘラヘラと笑いながら、
「やっぱり、逃がした魚は大きいって感じかな?」
「……心にもないこと言うなよ。今の自由を満喫してるアンタに言われたかぁないよ」
俺は押しやるようにして凛太郎から離れた。

生ぬるい風が凪いだように感じたその時、玄関のドアが開いてやけに明るい進藤と充が帰って来た。

「ただいま―――っ!」
「あぁ、進藤、おかえり。 充、おかえり……」
「ただいま――っ、ってほら充、お前も言わなきゃ」
「……た、ただいま……」充の声は小さかったがシッカリした言葉だった。
「そうそう……いい感じ……」
進藤の屈託のない笑顔をこのとき初めて見た気がした。
―――『いつもハスに構えた態度なのに……なんだか、妙な感じだ』

「それから、進藤。今日一日だけど充、預かるから」
「預かるって……一緒に寝るってことですか?」
「はぁ……? 何、ヘンな想像してんだよっ! 充だけ預かって、りん……永尾さんはお帰りになるんだよっ! 
そして明日6時に充を迎えに来ることになってるんだよ、わかった?」
「ええ〜〜っ、ってことは3Pですかぁ? まぁ、子供は趣味じゃないですが、できないことも……」
「しんどう―――っ!! 不届き者――ぉ、そこになおれ! 冗談でもゆるせんっ!!」
「あはははは……いやだなぁ、要さん。冗談に決まってるじゃないですか? 毛の生えてないモンどうしろってんですか? ほらほら、興奮しない。 どうどう……」
「な、な、な、何、言ってぇ!!」
「何だ、要。相変わらず判りやすい性格してんなぁ。はっはは」
「お前に、言われたくねぇ―――っ!」
「ほらほら、図星言われて興奮しない〜ぃ、ねっ?」
「な、ななん、なっ……」

上辺だけの和んだ雰囲気は、やっぱり俺が道化師役を割り振られてのかと思う。
今は、それでいいと思う。
それで今の状態がいい方向に向いてくれればそれでいい。
皆、白馬に乗りそこなった男どもだ。
それでもロバには何とか乗れているんだろう。
なんだか、それでいいと思える自分が笑える。

何がなんでも白馬でなきゃいけない頃が夢のようだ。
ただ、これからもまだまだ安泰な生活は送れないようだ。
「苦労するなぁ」と呟いてため息を吐くが、それでも今のこの現状を擬似家族のような和んだ雰囲気だと思え、笑いを漏らした俺だった。

                         完

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