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9)甘いお菓子に不幸が寄ってくる?

「俺じゃぁさぁ…やっぱりダメでしょ?」
俺は頭を掻き毟りたい衝動を押えつつも、つい先程サラリといわれた嫌味もものともせず、更に言葉を続けた。
「…もったいないと思うんだよ、そう、過ぎた男って感じ? 俺なんかより、もっとこう、なんての? かわいいって言うか、誠実って言うか…。そんな人が進藤には合うとおもうんだなぁ〜はははは…」
口を曲げて胡乱な目つきで俺を凝視する進藤はヤバイくらい男前だった。

―――あぁ…いかんっ! 決心が鈍る!
「…意味不明…」
大げさな溜息をついて俺を見る目は先ほどと打って変わって優しさMAXでマリア様のような慈悲溢れる微笑みさえ浮かべる進藤を恐る恐る見た。
「…斉藤さん、何ゴネてんですか?」
『ゴネるぅ?』
驚いた顔つきから俺は進藤を睨むような顔つきに変わるのを覚えた。
「それ以外何があるって言うんです?」
呆れた眼差しを向けた進藤だったが、どうも声が硬い…怒っているらしい。

「俺はねぇ、メチャメチャ甘やかすタイプなんですよ〜」
―――『メチャメチャ』って…死語じゃねぇのか?
「勿論、見返りは頂きますよ? みっちり、束縛しますから」
―――進藤……マジ顔が怖ぇ〜よ。

「まぁ、俺は斉藤さんのそういう子供みたいなところが好きなんですけどね」
クスクスと笑い声を漏らしながら進藤が言った。なんか、凛太郎とタメを張るくらい面倒な男に捕まっていたと今頃気が付いた。
「…斉藤さんっていつもですねぇ。自分からは求めてこない。指をくわえた子供のように。まるで、お預けを喰らった犬のようだ」
「……」
―――余りな言葉に返す言葉もないとはこの事か?
「…あぁ、そんな可愛い顔して拗ねないの。でも、言ってる事当たってるでしょ? 自分から口に出したことってありますぅ?」
「何をだよ…お、俺は…別に…」
「……」
「別に、我慢してる訳じゃ…ない、って?」
進藤は胡乱な目つきで俺を見た。
「ふ〜ん、そうですか? そうは見えませんけど〜。まぁ、そんなことどっちだって良いです。知ってました? ……そんな貴方だったから俺は、お呼びが掛かる度に嬉しかったんです。……えられるのが嬉しい、俺としてはね。マー君はね、貴方と違って自立した男なんですよ。俺を必要としない、対等な立場を望む男だったんです。まぁそれもいいっていっちゃぁいいんですが。ただ、俺的には、疲れるんです」
「……疲れるとは、ヒドイ言い方だな」
「はははは、そうですかね?」
―――『そうだよ』
俺は心の中で返事を返した。
『ヒドイ男だ』そう心の中で繰り返す、繰り返すたびになんとも言えぬ痛みにも似た疼きはなんだろう?
そして口に出してその言葉を言ってみた。
「本当にヒドイ男だ」
そう俺が進藤の顔を見て言うと、進藤は何やら痛みを堪えるような表情をして笑い「俺に言ってる悪口なのに、なんで進藤さんがそんなに苦しそうな顔するんです?」と言った。
「別に」と、なんでもないような顔をして返事を返した。
「でも、斉藤さんってヒドイ男、好きでしょ?」

―――ほんと、いけ好かない男だなぁ。
ふにゃりと笑う笑顔が眩しいぜぇ。
「あぁ……大好きだ」
『そうでしょう、そうでしょう』と頷きながら笑う進藤にちょっぴり、腹立たしさを感じるのは図星だからか?
「俺と付き合わない理由はなんですか?」
先ほどとは打って変わった口ぶりに心臓を高鳴らせ、進藤を凝視すると彼の顔はどこか痛そうだった。

―――そんな顔、すんなよ! まるで俺が苛めてるみたいだ。

「…別に…」
「はぁ? 何です? 『別に』って? 俺より、よっぽど斉藤さんの方がヒドイ男ですよ。理由もなく断られるって、どういうもんですかねぇ?」
「……」
俺はバツが悪くて進藤の顔をまともに見る事がでなくて俯いた。
『理由』ってなんだろう?
改めて考えてみると、明確な答えはないのだ。
凛太郎が良くて、進藤がダメな理由。
溺れて沈んでしまう凛太郎から早く自由になりたくて、それでも心はついていかなくて、適当なところで妥協してしまったマズイ判断の自分へのツケが回ってきたというところか?
愛してるよと囁きながら、平気で女の匂いをさせてやってくる琳太郎に嫌悪をいだきながらも、何度も許してしまう自分の懐の広さを知らしめてやってるのだと、大声で言えるなら俺もこんな複雑な人間関係をきずいていることはなかっただろう。
いつもお題目のように唱えるのは「男は俺だけだ」ということ。
それはいつしか自分の矜持を保つ為の免罪符となり、己を保つ為の理由にほかならない。

「納得できませんよ!」
「……納得しろよ」
「で・き・ま・せん――っ!」
「で・き・る・よぉ――っ!」
「……」
「……」
「まっ、今日のところはこれくらいにして話し合いは又、今度ってことで……そろそろ……」
「……そろそろ?」
「ベッドに行きません?」
「……」
進藤の顔がやたら光を放っているように見える。
「で、お返事は?」
―――ち、ちきしょうぉ―――っ!! 見透かしやがって!!

『この野郎ぉ〜』と進藤を罵ろうにも図星すぎて言葉が出ない。
はぁ〜ため息吐息とはこのことか?!
「……はい、ご一緒させてイタダキマス…」俺は顔を真っ赤に染めながら、俯いたまま返事を返すと、やたら嬉しいそうな声色で進藤が返事を返してきた。
「いいご返事、出来ましたねぇ〜斉藤さん」
文章にすると語尾にはハートマークがついているような甘い声色だった。

     *********************************************

「よう…生きてたか?」
不意に現れた山科に驚き、昨日の出来事を思い出していた俺は、急に現実に戻され、真っ赤な顔をしたのを見られないようにやや下を向いたまま言った。
「お前、遅すぎ! 今日、お前のオゴリ決定!」
俺は山科を指差しながらオヤジ臭いセリフを吐きながら、店員を呼び「ウーロンハイ2つ、追加お願い」と頼んだ。

前回の慰労会の続きとでもいうのか、お互いの報告会でもしようということになって、山科と今日待ち合わせていた。
誰の邪魔も入らないようにと、滅多に行かない居酒屋を選んだ。しかし、ガタイのいい山科が奥まった4人席に座ったのはもう9時を過ぎていた頃だった。
「ヘイヘイ、 いいっスよ〜。なんでもござれ〜だぁ!」
目が落ち込んで、隈までつくた山科の形相には似合わぬ大盤振る舞いな言動に眉を顰めて、凝視すれば、更に「おぅ〜し、更に「ホッケの塩焼き」もつけちゃうぞ〜」と右手を高々と振り上げて若い店員を呼んで注文した。

「……お前、ほんと、大丈夫か?」と問えば、気味の悪い笑顔を浮かべて「え〜、全然!」と言った。
―――だから〜、全然……いいのか? それとも全然、ダメなのか――?
「……」
「……いや、やっぱ……最悪ぅ?」
「語尾を上げるな、語尾をっ!」
―――上げても全然カワイくねぇ!
「俺って……幸薄そう?」
「……」
「無言ってことは、肯定ってことだな」
『はぁ〜』
俺は盛大にため息を吐いてテーブルの上に突っ伏してしまった。
「…で、どうよ?」
山科は不機嫌ともとれぬ複雑な表情をしてから俺を伺うようにして声を潜めた。
「…どうって、何が?」
「ばかやろう〜ぅ、テメェのことに決まってんだろ!?」
「いや、俺より延焼しちゃってるお前のことかと思ったよ」
「……」
「……黙るなよ、何か言え」
「…親戚巻き込んでの騒動に発展しちまったよ」
「あぁ、そう……」
「……まぁ、ある程度予測の範囲内とはいえ、結構キツイわ」
「……ご愁傷様」
「心のこもったお言葉、ありがとよ!」

山科がそう言い終わると見計らったように俺たちのテーブルに注文品が並ぶが、お互い手を出そうとはしなかった。
「温子さんは実家に帰ったのか、智ちゃん連れて?」
 山科は学生時代から付き合っていたスレンダーな美人の今の奥さんと結婚し、一人娘の智美ちゃんとの三人暮らしだ。長い交際期間の末の結婚だったが傍から見ても幸せな家庭生活を送っているものばかり思っていた。
 なにせ、山科は家庭のグチはこぼさない男だったということもあったのだが。俺にしてみれば、俺よりも安定した生活を送っているものばかり思い込んでいたし、流石に俺ほど波乱万丈の奴はそうそういないだろうと思っていたこともあったからだ。

 うちの課では産休で休むことになった社員が偶々3人も出たために、派遣社員を入れることになってしまった。その後、二人の派遣社員がやっていたがそのうちの一人と山科は関係を持ってしまったのだ。
それぐらいのことといえば、何の変哲もないありふれた事だっただろうし、山科も問題の女性である岩浪亜希子も遊びと割り切っていたように思えたのだが、何故か事態は思わない方向へと流れ続けて、不倫騒動を自ら煽った感のある亜希子が、山科の自宅へ乗込んで関係をばらした挙句、『離婚しろ』と凄んだらしい。

事態は俺より深刻だ。
―――『凄い、展開だよなぁ』 
俺も、一度は経験してみてぇことかな? でもある意味、今の俺のこの状況こそ、一枚も二枚も凄い展開なんだろうなぁ。
妙に冷静に事態を客観的に見ることが出来ていた俺だった。

山科は「乗り込んでくるとは、流石に思わねぇよなぁ…普通…」とため息混じりに呟いた。
「まぁなぁ…仕事振りでの彼女のことを思うと、そんなことをするような大胆な女には思えなかったしなぁ〜」と、俺はぼんやりとあたりを見回しながら返事をした。
「俺もそう思うよ」と、しみじみと返事を山科が返した。
「お前は…どうなんだ?」
「……どうって?」
「温子さんと、別れるつもりかってことだよ」
「俺か……俺は別れるなんてこれっぽっちも思っちゃいないよ」
山科が握ったグラスに注がれていたチューハイを一気に飲み干した。
「……だろうね」
「だから、苦労してんだよ」
「どこもかしこも丸く治めようとするからじゃないか?」
自分のことは数段上の戸袋へ押しやってなにげに言ってみると、山科は胡乱な眼差しで「お前に言われたかぁねぇよ」と、凄んだ。
「あっはははぁ〜そうだよね〜。そりゃそうだ!」
何だか妙に可笑しくて返事をしながら笑い声を立てた俺だったが、段々声も出なくなり、出るのがため息に変わり始めると、
流石の山科も俺がかわいそうになったのか「……すまん」と一言言って、ホッケをやけ食いしはじめた。

―――いや、いいんだよ、謝らなくてもさ。優柔不断な俺が悪いんだしさ。

「お前も、いい加減ハラァ括れよ」
山科は俺をチラリと目線を遣すと直ぐに、又、店員を呼んで「ゲソのから揚げに牛筋の煮込み。それともろきゅう、ね」とやけ食いに近いような注文をした。
「…あぁ、判ってる。もういい加減、俺も疲れたよ」
「疲れたって…」
「変な意味じゃない。ただ、このままじゃ、いけないことぐらい俺にだって多少の常識はあるんだよ。充のことも考えなきゃいけないし、永尾との関係だって……いい加減にしなきゃって。ズルズル関係が続いているのだって、結局は未練タラタラな俺が原因だって、思ってるし…」
「お前、煮詰まっておかしくなっちゃってるのかと思えば、ちゃんと考えてたんだな」と、言いながら山科は『感心、感心』と大げさに頷いていた。

「…んだよ? じゃぁ、今までの不幸の原因は全部、俺だってのかよ?!」
「違うのか?」
「……ち…」
「ち?」
「…ち…違いません…」
「…だろ」
「クソ〜〜〜! でも、でも…」
「でも? でも何だよ」
「俺ばっかのせいじゃない。凛太郎だって…悪いに決まってる。判れたのに、折角、別れたのに又、戻ってくるんだ…。俺は…嫌だって言うのに…」

俺は歳のせいなのか近頃めっきり弱くなった涙腺が、こともあろうに山科の前でも溢れそうになって、流石に自分の矜持が危うくなっているのに気がついた。
「すまん」
山科は短くそう言うと下を向いた俺の頭を子供を諌めるように撫でた。
―――『…俺はお前と同じ歳で、しかも俺のほうが早生まれだ!』と、大きい声でいい放ち、その暖かな手を弾き飛ばしたかった。しかし、俺はその慈しむような、懐かしい手をいつまでも感じていたかった。
「お前もつまらん意地なんてはらずに進藤とくっついたらどうなんだよ?」
「……」
「アイツなら、お前を此処に引き止めておける強引さを持ってるぞ。お前がフラフラ何処かに行こうとしても、アイツならお前を縛ってくれるぞ?」

―――俺は糸の外れた凧なのか? ……SMの趣味はねぇよ。

自分のことを差し置いて俺の助言をする山科に感謝しつつも、お互いどうにもならない場所まで追い込まれていることを改めて知った。
「「はぁ〜〜〜」」
俺と山科の二人の息の合ったため息だ。
今日という日はハラを括る時間が迫っていたことを俺に悟らせるための日なんだと改めて思った。

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