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4)ベランダのホタル

凛太郎が最近、充を置いて頻繁に出かけるようになった。
なんだかんだと言ってはいるものの、凛太郎は充を大事にしているし、可愛がってもいる。世間様じゃぁ子煩悩と呼ぶだろう。
……ただ、女癖が悪いだけだ。(いや、それが重要なんだがな)

しかし、最近どうも仕事で遅いという理由ではなさそうなのだ。
俺は又厄介なモノをひっつけているのではないかと、危惧しているのだが、それが何かは今だ掴めていない。
だいたい、隠し事をするタマかっ?
あいつは、人に遠慮をする人間ではないのだから、どうせ、くだらないことで奔走しているんだと、俺は勝手に決め付けていた。それに、充も気にも留めない風で、テレビゲームをしたりしてそれなりにエンジョイしているようだ。

俺は、充がそろそろ塾へ行って勉強した方がいいのではないかと感じ始めて、先週の休みから彼が行けそうな塾を物色し始めていた。
―――なんだかなぁ〜、どうして俺なんだ?
こりゃ、普通凛太郎の役目だろ?
結婚もしたことがない俺が、子供の塾探しなんて柄にもないことをやている自覚はある。しかし、考えるとそれ以外のことを考えられなくて、うじうじと悩むぐらいなら動く方がましっ! と、思い始めた『塾探し』だった。

色々な塾を見学して、説明を受けるのだがこれといって決め手がない。
それに沢山見すぎて頭が混乱しているのも一因だ。
結局、俺は無駄な努力と知りながら凛太郎に相談してみる事にした。
そこはやはり、実の父親だ、なんだかんだと言われても真剣に考えるだろうと、俺は思っていた。

塾探しをはじめてちょうど二週間程たったある日、俺はいつに無く仕事を早く終らせ、同僚の飲み会も笑顔で断り、セフレからのお誘いメールに残業と嘘をついて、準備万端で自宅へ直帰した。

意外に早く帰ってきた凛太郎を笑顔で出迎えると、
「…なんだ、どうした? 熱でもあるのか?」と、不信がられてしまったので、笑いながら『ショルダーアタック』を凛太郎にカマしながら「お・か・え・りぃ〜」と甘く囁いてやった。

充が寝てしまった後、俺は食い入るように延長戦に突入した野球中継を見ている凛太郎にチラチラと視線を送って、タイミングを計っていた。
そんな態度を知ってかしらずか、凛太郎は合皮のソファに片足を乗せて充分に寛いでいるようだった。
俺は自分と凛太郎の分の缶ビールを冷蔵庫から取り出して、その得意希な集中力で仕事したらいいのにと思いながら、彼の見える範囲に差し出した。

だがそこには、熱中しているフリをしている凛太郎がいた。
黙って缶ビールを受け取った凛太郎は俺の方を見ずにテレビの画面を食い入るように見ていた。

―――らしくないよなぁ
久々に見た『落ち込んでいる凛太郎』の姿だった。
俺は妙な胸騒ぎを感じ初めて居たたまれなくなり、結露の滴る缶ビールを片手にベランダへ出た。
生ぬるい風が凪いでいたが、俺は背中に目をつけたように凛太郎の一挙一動を感じるように神経を張った。
『嫌な予感は大抵当たるものだ』
俺は眉間に皺を寄せ、俺は平静を装ってチラチラと光る都会の夜景をボンヤリ眺めていた。

暫くすると仏頂面した凛太郎が、咥え煙草のまま俺の傍にやってきた。
「……」
「……」
そして、繰り広げられたのが無言劇だ。
―――客がいねぇからいいものを……いたら、金返せコール間違い無しっ!
その後も暫くは、この無言劇が続いた。
俺はさほど飲んではいないビールにチビチビと口をつけ、凛太郎は都会の蛍よろしく、赤い炎を点けたり消したりして紫煙を吐いていた。

俺は凛太郎以外の事柄に対しては、非常に気が短い男だと思っている。しかし、この沈黙、先に喋った方が負けのような気がして成らなかった。然るに俺は沈黙を貫こうと、好奇心を無理やり押さえつけ、空いていた片手で自分のケツをツネって我慢していた。

「……要、お前器用だな」
相手の誘い文句に乗ってはならないとグッと腹に力を込めて無言を貫き、見もしない夜景を睨んでいた。
「…どうした? 俺に話があんだろ? おじさんは何でも相談にのるよ」

―――ちきしょう〜、優しいじゃねぇか-!
こんな時に限って凛太郎は、自分を隠している。
俺に叩く軽口に涙が出そうだった。

「俺より、あんたの方が話がしたそうだ」
「……」
凛太郎は俺の言葉を待っていたのだろうか、おちゃらけた表情が消えて、俺の大っ嫌いな真顔のまま言葉を選んでいるようだった。
「愛子から連絡があって、充を返して欲しいといってきた」
らしくない程冷静な言葉を喋る凛太郎の顔を見ると、痛みに耐えかねたような表情をして眼下に広がる暗い都市をみているようだった。
いくらお馬鹿な俺でも凛太郎の言葉に酷く動揺した。

「……返せって、モノじゃないんだからなぁ。そう簡単にいかんだろ?」
ヘラヘラと力なく笑う凛太郎の顔を俺は直視できなかった。
「な、なんで今頃なんだよっ?」
「あぁ? ……そうだな、何で今頃なんだろうな」
「それで、あんたは何て返事したんだ?」
俺は僅かな引っかかりを感じながらも、手探りを続けるかのごとく凛太郎の返事を待った。
俺は知らず知らずのうちにベランダの手すりを強く握っていた。
「もう暫く、時間をくれないか、と……」
いやに冷静な言葉で返事をした凛太郎は煙突にでもなったつもりなのか、口から煙を吐いているだけでそれ以後自ら進んでは喋らなくなってしまった。

「……充には話したのかよ?」
「いや、まだだ」
「どうすんだよ? 何で、今になって……」
―――そう、何で今になってなんだ?
急にそんな話が出てきたのだろうか?
俺は足らない頭でいろんなことを一度に考えてしまい混乱をしているようだ。
俺の心臓はバクバクと破裂寸前のように打っていて、余りの緊張に気持ちが悪くなってきてしまった。

「……考えなくったって答えは決ってるんだろ?」
―――俺の動悸は収まらない。
「……」
「なぁ、断るんだろ?! ……凛太郎っ?」
―――なんで何も言わないんだ? 凛太郎、何でもいいから喋ってくれ。
俺は何を言っても無反応な凛太郎を問い詰めたが、当の凛太郎はただ俺になすがままで、俺すら眼中にないようだった。
ただ、凛太郎のその奇妙な間合いや、態度が俺はやけに引っかかりを覚えた。

「しっかりしろよっ! 惚けている場合かよっ!!」
俺は持っていたビール缶をベランダに投げ捨て、凛太郎の胸倉を掴んで揺すってはみるものの凛太郎は無反応だった。凛太郎の態度に頭にきた俺は何かに思い当たったように、凛太郎を睨みつけて怒鳴っていた。
「あんた……いいかげん、白状しろよっ!」
無反応だった凛太郎がピクリと動いたように見えた。
「んっ?」
「へぇ〜、あんた流石に無駄に歳は食ってないって褒めてやるよ。奥さんから話があったのって随分前だろ? ……昨日や今日の話じゃないな?」
「……相変わらず、カンはいいなぁ」
悲しみと笑顔がない交ぜになった表情を俺に見せた凛太郎は業とらしくため息を吐いた。

―――バカだ!
俺は馬鹿だ、しかし自覚ありってだけでもまだ救いがあるってもんだ。しかしこいつは俺の上をいく馬鹿だ。常々そうは思っていたが……こいつは真性だ―!
大方一年の間、このおめでたい男はグルグルと思いつめた挙句、奇怪な行動をとり続けていたのだ。何の対策も採らずに、ズルズルと女のケツを追いかけて逃げていたんだ。
……そんな奴を俺は。

「一体いつからこの話があったんだ?」
俺はいたって冷静に話しているつもりだった。
「……」
「いいたくないのか? ……じゃぁ、当ててやろうか?」
―――俺も随分意地悪になったもんだ、昔はかわいいって評判だったのによぉ。

「一年も前からだろ? あんたになんか任せてられないとでも言われたのか? ……それとも男と暮らしている、あんたなんかに子供は任せられないって?」
「……」
黙ってうなだれているところを見ると、当たりを引いたみたいだ。
女のケツを追いかけるのはもう病気というか生まれ持った天性のものだと思っていたし、俺が気に留めるようなものでもなかった。俺はそれでも凛太郎が好きだったし、他人から見れば不誠実極まりない、甲斐性なしの男だけど、俺にとってはもう理屈では割り切れないものだった。
何をされてもいいとまでは思わないが、女癖の悪いことを除けば、優しく思いやりのある男なのだ……誰がなんと言おうとも。(男癖が悪くないってところが、ポイントかもな)

―――もしかして、凛太郎は子供を取り返すためだけに女を探した?
……俺も末期だな、そんなことを考えるようじゃぁ先が知れてる。
あいつの癖の悪さは、俺と知り合う前からだろ?
もう、夢を見るのはよそう。
ただ、無性に哀しいけれど。

俺はゆさゆさと揺さぶって更に凛太郎に詰め寄った。
凛太郎はいつもと変わらない『昼行灯』のようで力なく笑っているだけだった。
俺は苛立ちを覚え、凛太郎に更に詰め寄っては見るものの俺自身に何かいい案があるわけではない。ただ何も言わない凛太郎を責めていた。
腹立たしくて、苦しくて、それなのに言葉が見つからない。
俺は凛太郎をただ睨みつけていた。
見つからない言葉の代わりに。

視線を合わせないようにしていた凛太郎が逸らしていた顔を上げて俺を見た。すると凛太郎の眉間に皺を寄せた顔が、急に穏やかな表情になり、俺の頬に手を逃してゆっくりと撫でた。
「何も、お前が泣く事はないだろう? ……馬鹿な奴だな」

―――俺は泣いていたのか?
言葉が見つからなくて、歯がゆくて、俺はただ泣いていたようだ。自覚なかったんだよなぁ。
凛太郎の暖かな手のひらが俺の頬をゆっくりと撫で動くと、更に悲しみが込上げてきてもう、自分ではコントロールすることができなかった。
「な、泣いてなんか……俺は、泣いてなんか……あ、あんたのほうこそ、泣いてんじゃんか……ぁ」
俺は嗚咽でうまく喋れないのに虚勢を張って凛太郎を見ると、凛太郎は涙こそ見せてはいなかったが、奇妙に歪んだ笑顔で俺を見ていた。

凛太郎の歪んだ微笑は、俺の父性に訴えかけるのか、心臓が破裂しそうなくらいドキドキと鳴り響き今更のように心がときめいていた。こんな状態なのに不謹慎と思えたが、凛太郎を包むオーラがきらきらと輝いて俺の下半身は熱く熱を帯びていきり立っていた。
全身でこの男を欲しいと願っていた。

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