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7)もっと、素直になりなさい

その後、進藤からの強烈アピールを度々受けても、俺は首を縦に振らなかった。それは、断りでもなく、ましてや拒否でもない。ただ、答えが出なかっただけだ。進藤のアピールは流石、若手の営業で有望株なだけあって、プレゼンテーションから根回し至る手際の良さは流石としか言いようのない抜け目のなさで俺に迫っていた。俺にしては、随分、若さ溢れるアタック作戦で迫ってくれるものだから唖然としていたが、妙に楽しくてここのところの暗い話題を一蹴できるものだった

進藤と付き合う。
凛太郎と別れる。
進藤と付き合う?
凛太郎と別れる?
―――いや、本当は別れてるから『縁を切る』ってことなんだけどな。

交互に考えを廻らすと、そこには自覚症状のない痛みのようなものが時折、俺の頭をグサグサと刺している感覚を覚える。

そんな中、自分が所属する課が契約個数でトップになった。
課長は喜び、慰労会が設けられた。
しかも、課長のおごりだ。
まぁ派閥の部長からの心づけもあったのだろうが、部下にとっては景気のいい話になった。
しかし、今の俺のこの現状は…如何にもし難く、浮かれたところへは極力避けて通りたかった。だが、大人のお付き合いというものは、円満な人間関係を築く為の有効な手段であり……なんだかんだと講釈を垂れても現状はピクリとも動かない事が判明したので、俺は素直に(?)出席する事にしたら、凛太郎から思いがけない言葉を貰った。

―――偶にはゆっくりしてきたら?

『…なんだそれ?』
人間変わったとしか言いようのない言葉だったために、反応が遅れてしまったが、凛太郎がそんなことを言うのは、この長い付き合いからして初めてではなかろうか?
おい、おい…ファースト・インパクトってやつですか?

穿った目でしかみれない自分を呪いながらも『何かある』と考えを廻らせば、嫌な予感が頭から離れなかった。

不機嫌な表情で飲み会に参加すれば、華やかな女たちは少しでもいい獲物のところへ群がり、後に残された胡散臭い俺の元にはこれまた胡散臭いモノ達だけが綿ゴミのように寄り集まっていた。

「…おい、斉藤お前。どうなってんのよ?」
イラついて見返せば、やたら目の据わった同期の山科が俺に絡んできた。
「……」
同期の山科は俺がゲイだということを知っている。
まぁ、そんな素振りは見せてはいないが仲間内にはバレバレだろう。
山科は現在、ツマミ食いした社内の派遣社員の女との付き合いが嫁さんにバレテしまい、ただ今嵐の真っ只中。
俺のことを心配するより、テメエの方が尻に火がついた状態だということをわかっていないだろうか?
―――そういうところが、いい人すぎるんだよなぁ、山科は。

「そおっすよ! 斉藤さん。何かここのところ沈んでませんか――っ?  ひょっとして…別離ぃ〜?」
―――『おい、三宅。“ベツリ”ってなんだよ? そんな単語で言い回ししても、ダメージは同じだぞ』
「…いろいろ」
「はぁ――? イロイロって?」
「え〜斉藤さん付き合ってる人いたんですかぁ〜?」

―――鈴木…女だろ、一応。 締まりのない顔して失礼なこと言うなっ。

「あぁ〜煩いっ!! 俺が質問してんだ、外野が口出すなっつうの」
「…山科、珍しいなぁ、酔ってるのか?」
「…俺のことなんて、どうでもいいんだよ。それより、お前…別れたか?」
 目の据わった山科を相手に出来るほど俺は強くない。アッサリ降参して胸のうちを吐露した方が良さそうだと思うのだが…環境が良くないだろ? ってか、この面子で『人生相談』初めてどう―すんの ?!

「…込み入った話だから、酒抜きの時に話すわ」
「斉藤さん、今話したらどうですか? …今なら、今日なら笑って誤魔化す事だって出来ますよ?」
「…『力』って程じゃありませんけど……ちょっとは楽になりますよ?」

―――なんだ、お前ら? 全然酔ってねぇじゃん。フリかよ、フリ?

「……んん〜ん、まぁ色々、思うことがあってね…。踏ん切りがつかないだけだよ…情けない話だな」
俺も酔えないチュウーハイを飲み干して一息つくと、少し心がホッとした。まるで通夜のような顔をつき合わせて、慰労会なんてあったものじゃなかった。俺以外の3人の顔つきは俺より数倍暗くて、これじゃ、どっちが慰められているのかわからない。

俺は腕時計に目線を向けると、もう10時は回っており、鈴木の電車がなくなる時刻をさしていた。
「鈴木、もうすぐ終電だぞ? …女の子だろ、早く帰れ」
「…斉藤さんぐらいですよ…」
「…?…」
「私を女扱いしてくれるのって…」
鈴木が見たこともない寂しそうな顔で笑ったのを見てしまった。
「…そうですね、鈴木さんって皆から『男前』って言われてますよね」したり顔の三宅が腕を組んで頷くと、俺は垂れた頭をポカリと叩いて小声で「バカッ!」と言った。
「…いいんです、知ってますから…可愛くないですよ。そりゃぁそうでしょう? 男以上に働いている女なんて、可愛くもなんともないですから…」と、嘆きながら腕の力瘤を見せてくれた。

―――だ〜か〜ら〜。 『男前』は仕事振りでしょ、身体じゃありませんっ!

「鈴木〜ぃ」
「…でも、鈴木さんはいいですよ。…俺なんか…この課のお荷物って思われてるらしく、コンパの数合わせにしか声がかかりませんから…男なのに男と思われたないって悲惨だと思いませんか?」
―――おい、おい、今日は何なんだよ〜人生振り返る日じゃねぇっ!

俺は頭を抱えたくなった。
酔いもすっかり冷めてしまい綿ゴミのような集団はすっかり、汚泥と化しているようだ。

そこへ、突然同期の森と岩崎、後輩の清水が汗を拭きながらやって来た。
「おう、よかったぁ〜まだ2次会終わってなかったな」
森が笑いながら、俺の側へやってきて空いている椅子へ座った。
「お疲れ。えらく時間かかったな?」
そういって、まだ封のあいていないお絞りを其々に渡してやると、
「あぁ、わりぃ」と口に出しながら手やら顔を拭いていた。
「…もうちょっと、早く設定が終るはずだったんだけどなぁ…まぁこんなもんでしょ? …あぁ、ちょっとぉ〜おねぇさん。こっち、こっち!」
岩崎は返事を返しながら、歩いていた店員を呼び止め、「とりあえずビール頂戴! …っと、ビンビール5本で」と言った。

「…お前…今から飲むのかよ?」
「あぁ? 当たり前だ。今終わったばっかなんだぞ?」
「頭数入ってたよなぁ?」
「はいってるけどよ…」
「なら、いいじゃん。 おい、清水。今からでも遅くないから、食えるもん食っとけ!」
清水は返事もおざなりにテーブルに置かれた食いさしの揚げ物などを、一心不乱に食べだした。

そんな様子を唖然として見ていると岩崎が笑いながら耳打ちしてきた。
「あいつさ、こないだの終電で帰ったときにスリに遭って金取られたんだよ」
「…はぁ?」
「…給料前だろ? もう、今人生最大のピ〜ンチ! らしいよ?」
―――なんだかなぁ…不幸が寄り集まったって様相だな。

開始当初は30人近くはいただろうか、しかし、2次会に至ってはその3分の2ほどの人数もいなくて、既にチラホラと帰り始めている状態だった。
「…山科、今度話すから」
俺は『判ってるよ』とばかりに短い返事を返してくれた山科に手を振り上げて腰を浮かし席を離れた。

俺は居てもたってもられないようなむず痒さを感じてアッサリと外野を無視して「悪い、お先に」とだけ告げてサッサと帰った。何かしら声をかける者がいたが、妙に煩わしくて片手を挙げただけ の仕草で身をかわした。

雨でも降ったのか湿気の高い空気に何故か安堵感を得られて足早に駅へと向かう。
特に遅いような時間でもないし…と考えを巡らせると慌てて変える必要もないのだと思えば、足は次第に速度を落としていった。ぼんやりとした面持ちで歩道を渡ろうとした瞬間、自分を呼んでいるようなクラクションの音に気がついた。
「…?…」
『まさか…な?』
自分であるはずがないと思いつつも顔をグルッと廻らすと、見慣れた白い車が目に入った。
運転席から大きく手を振って笑っている男がいた。

「……なんで?」
―――あいつは何でこうタイミングがいいんだろうか?
俺にとっては『バッド・タイミング』だろう。
しかしあいつ的には『グッド・タイミング』だ。

あ然と自分のツキの無さを嘆きながら男を見つめる。
気がつくとUターンしてきたのか、自分の立つ歩道の側に車とともその男はいて、俺に笑いかけながら言った。
「お疲れさまでした、斉藤さん」
―――最悪の事態だと思った。
俺の目の前には今一番逢いたくて、一番逢いたくない人物がいた。

車内「…なんで、なんでいるの?」
不遜な言葉だったように思う。
それは、俺が想像しなかった事態だったのだろうか?
それとも、僅かでも心のどかで期待していたのだろうか?

ニコニコと相変わらす“営業スマイル・ナンバーワン”の笑顔を向けられると余計に苛つき眉間に皺を寄せていた。
「…進藤…」
「何て顔してるんです?」
ニコニコと顔色一つ変えず、笑いかける進藤を眩しいものでも見るような目つきで俺は見ていた。
「迎えに来たのに決まってるでしょ? さぁ、早く乗って!」
強引に腕を取られて、助手席へと引っ張られた。
どんな顔をしていいのか俺は判らず、正面を見据えたまま、対向車のライトが長い帯を引くように流れるのを睨むように見ていた。

「…その顔、止めた方がいいですよ?」
進藤はハンドルを握りながら俺に言う。
「顔って…どんな顔だよ?」
「かわいい顔ですよ、斉藤さん。貴方だいたいねぇ、スネた顔がかわいいんだからそんな顔しちゃダメじゃないですか? 
……襲われますよ」
「……んな訳ねぇよっ| なんだよ、襲われるって?!」
『…馬鹿みたい、っつうか馬鹿だ! 馬鹿だよっ』
俺の頭の中で「馬鹿だ」と言う言葉が巡るのは、恥ずかしいからだ。
―――臆面もなく言い放つ言葉をまともに受け取る俺も大概馬鹿だけどよ。

隣の席でハンドルを握る進藤は上機嫌なようで鼻歌交じりに運転をしていた。
「…俺んち、帰りますよ?」
突然、ハンドルをきった進藤が、平坦でやや低い声でそう言った。まるで決定事項のように、だ。
「……」
返事もせずに黙ったままだったが、ふと、何故進藤は俺がここにいることを知っていたのだろうか、と疑問に思った。
「…今日のこと…俺、言ってなかったよな?」
「ええ、言ってませんねぇ」
進藤はこともなげに言う。
「…ストーカー?」
「あぁ? 斉藤さん、天然で失礼なこと言いますね」
「…ううぅ〜、天然は余計だ」
「買ったんです」
『????』
「何を?」
「情報」
車は滑るように進んで行くのは、進藤の腕がいいからだろうか? どうでもいいような事を考えて、ふと思いつた答えに大声を上げた。
「……あっ――っ!! し〜みぃ〜ずの野郎だぁ! あいつ、金に困って俺を売ったのか――っ?!」
俺は急に気分が浮上するのを感じた。

進藤は大声を上げて笑い「違う、違う。あいつにそんな器用なまねはできませんよ。それに何です、売ったって。人聞きの悪い言い草だなぁ」と言った。少し間を置いて進藤はやや低くした声で話を続けた。

「…あいつのこと聞きました? 終電で寝ちまって、サイフ掏られたっていうドジな話。笑っちゃいけないと思うと、よけい笑っちゃって。まぁ、人助けと思って金を貸したんですよ。……だって、アイツ…田舎の両親に仕送りしてるんですよ。金掏られても。そしたらね、アイツ……メールをくれたんです。『斉藤さんがそろそろ帰るぞ』ってね。いい奴でしょ?」と、事も無げに言った。

―――何が『いい奴』なんだ。 グ、グルじゃないのか?
「…清水ねぇ、俺と同期なんですよ。あいつ、口下手で大人しい奴なんですけど、義理堅い奴でしてね。なんか、入社当初から気が合っちゃったんです、不思議と。…よく言われますよ。『お前と清水が仲がいいのはヘンだ』って。どうも、違う人種だから、合わないだろうっていうのが大方の見解らしいです。マジメな奴の友達が俺のようなお気楽な奴ですからね…まぁ、周りの反応は至極まともですかね。…アイツは俺みたいな奴でも、まともに友達付き合いしてくれるんですよ。…ほんと、いい奴なんです」

チラりと進藤の顔を覗き見ると、優しそうな顔をして微笑んでいた。
 普段、人の良さそうな好青年を演じている(本当は結構、スケベで食えない、今時の若者だ)進藤が、時折チラリと見せる歳相応の顔に、俺はいつもドキドキさせられる。
特に、今日みたいに心臓の止まりかけた俺には、トドメの一発だ。

そんな進藤が『金で売った』などと、本当はそんなふざけた考えを本気で思った訳じゃない。ふざけた自分に後悔が押し寄せる。俺は相槌さえうつことが出来なかった。
静かな車内にエアコンの駆動音と低いエンジン音が身体を震わすように感じた。

「…何、泣いてんです?」
『…?…』
―――誰が?
進藤にそう声を掛けられてふと、自分の頬に手を当てると…濡れていた。
―――俺が…泣いてるのか?
「べ、別にっ!」
頬に手をやるのも憚られて、彼から見えないように顔を背けた。
「相変わらず…斉藤さんって可愛いですね〜」
進藤ははっきりとした口調でそう言うと、上機嫌のようだった。
「…るせぇ。可愛い、可愛いって言うなっ、バカ!」
恥ずかしさを悪態で隠して俺はソッポを向いた。
相変わらず、進藤は上機嫌なようで「もう直ぐ到着しますからね〜」と調子こいたサリフを吐いた。
『…うっっ…』
どう返事を返しても墓穴を掘りそうな自分はここで何を喋っても、進藤を喜ばすだけなんだろうと思い黙ったままだ。

俺はこのまま縋り付いてもいいのだろうか?
ふと、気がつくと車が駐車場に止まっていてエンジンがアイドリングを続けていた。
「…ねぇ、斉藤さん。 もっと強請ってもいいんですよ?」
―――『強請る』?
思いのほか真剣な声色の進藤を見ると彼はじっと、正面を向いたままだった。
「…『側にいて欲しい』って」
「……」
「俺は、自信があるんです。貴方を甘やかす自信が、ね。…別に俺の前で大人ぶらなくてもいいじゃないですか? 
俺の前では、いっぱい我侭言って欲しいんですけど」
「…い、言って…いいの?」
掠れた様な俺の声は震えていた。

俺の隣からはこれ見よがしな、大きなため息が聞こえる。
「…だから…言えよ。『側にいて欲しい』って」
どこか、怒った様な、それでいて心配するような、そんなない交ぜになった想いが進藤の声から溢れていた。
俺は…と、言うと大の男が見っとも無いぐらいに、涙と鼻水を流してすすり上げる度に肩を震わしていた。
「…い、いいの? …本当に?」

子供がモノを強請るように俺は何度も進藤に確認した。
進藤は、眉毛を下げて困った顔をし
「俺は、貴方が寂しいって思うときには必ずいますよ。多分、鬱陶しいって思うほどにね」と、言って笑った。
俺の身体から力が抜けてゆくのを感じていた。
そうだ、もう気を張らなくてもいいんだと安堵した。
誰かに気付いて欲しかったのだ『寂しいから側にいて』と。
しかし、凛太郎とはそんな甘えた言葉を口に出せる関係ではなかった。
彼の女房や恋人たちに神経をすり減らし、なんでもないことのように取り乱すこともなく、事も無げに淡々とした態度を作り上げていた。
もう、限界はとっくの昔に超えていた。
そんな叫びを進藤は聞いていたのだろうか?

嬉しさと一抹の不安に揺れながら俺は、情けなくも声を出して泣き続けた。

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