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2) 笑えない子供

充は小学校2年の男の子。
何を食っているのかと思うぐらい痩せた身体をしている。
食は細い方ではないのだが、胃下垂なのか食べても太る気配がない。
(…って、子供は胃下垂になるのか???)
子供をもった事の無い独身男にわかる筈も無く、俺は充の食の細いことが気になっていた。
高校生でもなれば話は別だが、小学生が食べても大きくならいとなると問題の重要性が違うと思う。
俺は凛太郎に何度かその件で相談を持ちかけたが、まともに取り合ってはくれなかった。
―――テメエの子供だろっ?! もっとちゃんと、考えろよ!
俺は幾度となく交わした凛太郎との会話に、今ではすっかり、諦めモードだ。凛太郎が決して充の事を愛していないのではない事ぐらいは知っている。いや、寧ろ判っているつもりだ。

ただ、……どうしていいのかわからないのだろう。
そうだ、と思う。
何も言わず、ただ哀しい笑顔を自分達に向ける充を前にすると、俺も凛太郎も何もいえなくなってしまうのだ。
自分の不甲斐なさと情けなさを嫌というほど思い知り、充の心を癒してやれないもどかしさにやり場の無い怒りを感じてしまうのだ。

「充、給食食べたか? 残したのか?」
俺の心配そうな顔を見て、不安がらせてしまったのは後から気付いたことだった。
充は廻りの感情を敏感なまでに感じ取り、不安げな顔を垣間見せる。
「学校からプリント貰ってきたか? それとも連絡帳に何か書いてもらったのか?」
覗き込んで顔を見ても、奇妙は笑顔を浮かべ心の内を見せない。

―――…これは……新手の根競べか何かか?
数分間の沈黙も一向にあける気配が無く、俺は少々苛ついたように充の名を呼んだ。
「充?」
「……これ……貰った」
充は二つに折り曲げられた薄茶色の更半紙を差し出し、上目遣いに俺を窺っていた。俺は引っ掛かる物を感じながらも、充から手渡された更半紙を注意深く開けた。
そこには、授業参観と書いてあった。
『あぁ、そういうことか』と俺は納得した。

相変わらずモジモジと落ち着き無いように身体を揺すり、期待に満ちた目で俺を凝視する充を初めて見た。先行きの判る展開がそこにはあるような気がしたが、まさかこうくるとは思っていなかった。
―――充、フェイントは親父なみに上手いな……やっぱ血筋か?
モノの強請り方を小学校の小坊主に伝授してもらおうかなどと思っていたら、充が弱弱しい声で俺に言った。
「要がいい」
充は黒々とした大きな瞳を潤ませて、下から覗き上げる顔は俺を唸らせるのに十分な表情で、俺は降参せざるを得なかった。
―――ううっ……小悪魔めっ! 俺にこの10分の1でもあればなぁ。
泣きたくなるような思考を中断させて俺は充の目線まで身体を折り曲げた。

「……俺は、お前の親父じゃない。凛太郎には俺からちゃんと話してやるからな?」
俺は感情とは裏腹な言葉で至極まともなことを子供相手に喋っているようだった。
―――くそっ、嘘くせぇ
本当はこれっぽっちも、そんな顔をさせようとは思っちゃいない。
しかし、一線は必要だ。
今、ここで引かなければ、俺はズルズルと充に同情し、愛情を傾けるだろう。

それは、まるで凛太郎から離れられないように仕組まれた計画と疑う自分がいる。
凛太郎がそんな小細工を考えられる頭ではない事を知っているのに…。
いつまでもこの関係に終止符をうてないのは、俺が今だ凛太郎を愛しているからだ。
勿論、充も愛している。
馬鹿な自分に叱咤しても狂った歯車は元に戻らないんだろうと自覚している自分が情けなかった。

人でなしな言葉を、たかがガキ相手に真剣に話す俺に、充は潤んだ瞳を大きく見開いて口惜しそうに唇を震わせて睨んでいた。
―――そんな、こんなも、あのロクデナシの野郎が悪いんだっ!
口にこそ出さなかった俺は、自分を褒めてやりたい気分だった。

すると、突然、充が俺の腕を痛いぐらいに握り締め、トドメの一言を発した。
「凛太郎は嫌だ」
―――おいおい、呼び捨てかよ……。
まぁ、あんな奴呼び捨てでも上等だ。
……で、俺は遭えなく撃沈。
「俺もだ」
そう言って俺は充を抱きしめながら「当日、何着ていこうか? 充のコーディネートで学校に行こうなっ」と、言うと充は俺よりも強い力で俺を抱き寄せて言った。
「……要はカッコイイから何着てもいいんだ。……学校で自慢するんだ」
―――ううっ……みつるぅ〜お前の将来は明るいなぁ〜。

俺は既に身動き取れない状況にいることを思い知らされた瞬間だった。

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