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2)5月3日(火曜日)第1日目

天候、晴れ、温度35度(暑すぎだって)
真夏の太陽とは違う光が地上に降り注いでいたその日、俺は運命の男と出会った。
(俺にとっては、運命としか表現出来なかった。それぐらい衝撃だった)
七緒達のアクセリ―は意外な程、好調な滑り出しを見せ始めた。
(結構、パンピ―受けのデザインだしな) 売れ筋を意識した七緒達のデザインが功を奏したのか、指輪を中心に売れていた。

俺は、商品の在庫の方が気になり出し、七緒達に連絡をして、明日の商品の売り出しを3分の1程多めに用意しておく様にと早めの連絡をケ―タイにした。それには七緒達も予想外だったらしく『しょうがないな』などと照れた言葉を吐いていたが、声の端々から笑いが聞こえるかと思うぐらい上擦っていた。

俺は笑いを浮かべながら、七緒達の注文に答え、客の年齢層やどんなものが一番興味を引かれていた感じだったかといったものを、ノ―トに書き出していた。
そんな事をしている最中だった。今までの客とは明らかに違う感じの男が俺の前に立っていた。(おい、おい、冷やかしか?)
そいつに、連れはいないらしく、一人で店の前を行ったり来たりを繰り返していた。何かを物色している感じではなく、ただウロウロとしているだけなのだ。
 俺は、ノ―トからは視線を外さない範囲で男を見ていたので、胸の辺りから太股の辺りまでを盗み見るように様子を伺っていた。 そいつは、黒い皮のズボンに真っ白のカッタ―シャツを着ていて、かなりの『おしゃれさん』に思われた。 
と、その時、そいつが急に立ち止まって、銀細工のトカゲのピンを手にとって見た。

何分ぐらいだったか(本当は数秒だったかもしれないが、俺にはやたら時間が遅く感じられたのだ)しばらくしげしげとそいつは眺め、手にとって見ていた。そんな事に、俺は気をとられていたが、周りが何やら騒がしくなってきたことに気がつき、おもむろに顔を上げた。

…俺の店の前は若い女どもに乗っ取られていた。(ただの店番だけけど、今はね)
理由は、その男のせいだった。(なんなんだ?)

 女の子達は明らかに男の知り合いではないことが傍目でも判ったが、彼女らの視線はアイドルでも見るような目つきで、その男を見つめていた。 男は俺よりも幾分若く、数倍、美しかった。
美しいという表現が男に当てはまるのかどうかは、この際、よしとしてもらうとして俺も彼女達の様に見つめてしまった。
 決して、ナヨナヨとした女のようなと言うこともなく、上背のある、骨格の整った体格で、細くて長い綺麗な指をしていた。
薄茶色の髪は柔らかそうで、短い髪をスタイリング剤で立たせていた。顔は、ややふっくらした唇に、形の良い鼻があり、
少し尖った顎をしていた。

ただ、顔の表情は、銀色の縁のある小さなブル―のサングラスをかけていたので、推し量ることは出来なかった。
そんな男を見に来たのか、はたまた、道で見つけたラッキ―君なのかは判らないが、女の子達が騒ぐのは無理がない様に思えた。

(……姉貴がいなくて幸いしたな、ラッキ―君。見つかると最後だぜ)
俺は煙草を吹かしながら、何故だか、男の顔を眺めていた。
男はそんな俺の視線なんか気にも止める風でもなく、普通に、至極自然にそこに立っていた。周りにいた女の子達はいつ声をかけようかと、チャンスを虎視眈々と狙っているように思えた。

 男は何を思ったのか、トカゲのピンを持ったまま、隣に居た二人連れの客の一人に声をかけた。
「赤い石の方がよく似合うよ」
俺の位置からだとサングラスで表情は判らなかったが、言われた女の子が顔を赤く染める程すばらしい笑顔を見せたらしかった。
(ロミオは笑顔で射止めるのか? 俺には出来ない技だなぁ)

「ほんと? ……だったら、私、これにしようかなぁ」 言葉に発するまでもなく、女の子の気持ちは決定しているように思えた。
「ねぇ、ねぇ、だったら私は?」甘い声でもう一人の女の子が囁いた。
俺は何故だか、腹を空かした蟷螂を思い出していた。
男は口の端に笑いを浮かべながら、
「緑の石のやつなんか、どう? ちょっぴり、ク―ルって感じで良いと思うけどなぁ」
(……お前、タラシ決定)
「えっ! そうぉ? じゃぁ、あたしこれにするわ! ……これ、いくら?」
哀れな女の子は、俺に買う気マンマンの闘志を漲らせて値段を聞いてきた。

(お嬢ちゃん、もう少し、冷静になろうや)
「……四千八百円、だけど……四千五百円でいいよ」 俺は目一杯のお愛想笑いと人の良さそうな態度で応戦した。
彼女は『はい!』と言って、五千円札を出して買った。その態度に負けじとばかりに、赤い石を勧められた女の子も追従した。
(『毎度、おおきに』ってか?)
二人は品物を買って、受け取ってからも名残惜しそうに、その場でウロウロとしていた。
「もっと、ボレばよかったのに……。あれなら、六千円はだしたぜ?」 その男はそう言って俺の顔を見た。
俺は初めて男の顔をマジマジと見つめた。
(ロミオ、お前は悪徳商会かぁ?)

「……適正かつ良心的が、俺のモット―だからそんなこたぁ、しねぇんだよ」そう言いながら煙草を吹かした。
「……あんた、見かけによらず、良い人っぽいんだな」
男は両手をポケットに入れながら、真面目そうな顔つきになっていた。
「はっ! そんなこと言ったって、何にもでねぇよ」俺はちょっぴり照れくさかった。
「……」
男は返事はしなかったが、どこか遠い顔つきを垣間見せた。
(ちょっと、気になるな)
「トカゲの、そのピン……買う気はないのか?」 (俺は何を話し出してるんだろう?)

男はニヤリと笑い(笑ったように見えた)
「買う気はあるが、金が無い」と、言った。
俺は「安くしとくよ、ロミオ」と言い、
「ロミオぅ?」
男はオウム返しに呟いたと同時に、大声で笑い出した。
「ふふふ、ロミオっかぁ。そう見えるかい? ……俺は、龍水(タツミ)。龍水 琳(タツミ リン)だよ」
男は『龍水 琳』と名乗った。
そして男は、輝くような笑顔で俺を見た。

俺は心の動揺を抑えるために、業と彼から視線を外して、短い自己紹介をした。
「……未知下 達、達でいいよ」
狭い机の上に並べられたアクセサリーを、俺は意味もなく並べ返したり、揃えてみたりしていた。
(……ばか、みたいだ)
「これ、あんたの作品かい?」
龍水は並べられたアクセサリーを手に取りながら聞いてきた。
俺は柄にもなく緊張していて、気もそぞろで応対した。
「いや、知り合いのモン。俺が売ってやってるの」
「ふ〜ん。ところで、未知下さん」
(はぁ〜?)
龍水が俺の名前を呼んだが、シックリこなかった。
(なにがって言えば……)
「お前さぁ、頼むから『未知下さん』っての止めてくんない?」
「えっ、何で?」
「なんかさぁ、変じゃん」
「変っているわれてもさぁ、初対面だしあんたの名前だよ?」

「あのなぁ、俺の名前が変じゃなくて、お前に言われるのが変なんだよ」
「どういう意味さ?」
「達『ト・オ・ル』でいいよ」(だいたい、お前、柄じゃねぇだろ?)
「変な奴……」
(変じゃない、お前に言われると、悪寒がする。何故だか判らんが……)
「だったら、達。今、ヒマ?」
(……いきなり、タメ口かい?!)
「あ〜?見てのとおり、俺は非常に忙しい。何処をどう見ると俺がヒマに見えるんだ?」
「ははは……。悪い、悪い。そうじゃなくって」
「龍水、お前こそヒマなのか?」
(俺も、物好きだな)
「えっ? あぁ、まぁ、ここにいるぐらいだからな」
(ここで、悪かったな)
「悪りぃんだけどさ、お前が店の前にいると、売れるモンも売れねぇから、こっちに座れよ」

龍水はちょっと意外だったらしく、驚いたような顔つきになったが、すぐに微笑んで二つ返事でこちらの側、つまり、俺の右側に腰を落ち着けた。端正な顔つきをした、長身の男が微妙な威圧感を伴って俺を刺激した。
しかし、俺は心地よい緊張感と、美しい顔がまじかで見られる嬉しさと優越感を感じていた。
(まぁ、こんなのもアリって感じッスか?)
相も変らず、店の周りには女や男まで店の周りをうろついていた。
(客じゃねぇんだったら、帰れよ)
俺は、柄にもなく叫んでやろうと思ったが、その前に一息つくことにした。

(慌てる何とかは、貰いがすくねぇって言うしな)俺は妙な一人心地で自分を諌め、ズボンのポケットにある拉げたタバコから、もう一本を取り出して、火をつけた。
「お前、ヤケに目立つなぁ……ロミオ」
「別に、普通じゃん。……で、なんで未だロミオ?」
俺は『なんでロミオ?』の答えを用意していなかった。多分、照れくさかったってのが、本音だな。
(何、やってんだろ? ……俺)
龍水は返事を返さない俺に構うことなく、話を続けた。
「ここさ、達の店?」
「店って、露天?」
「……ボケるなよ、ほかにあんのか?」
「あぁ、俺のじゃないよ」

「じゃなんで、ここに居るの? 借金の清算?」
「なんで、そうなるんだ? 俺は貧乏は貧乏でも、働く勤労学生だぞ。……よって、偉いんだよ」
「あんたの思考は判りやすいなぁ」
(この野郎〜)
「世の中、難しくばかり考えてるとな、お前みたいに捻くれ者の道楽者になるんだよ」
「……ふん、単純」
「友達の作品を売ってるんだよ」
「友達?」
「本人は売らないで?」
「俺が売った方が、よく売れるから、これ市場の原理」
「でも、バイト代取るんだろ? それとも『お友達価格』でヘルプしているわけ?」
「世の中になぁ、『お友達価格』ってのは、ないんだぞォ、ついでに『平等』ってのもな」
「ははは、あんた『らしい』よ」
奴は、愉快そうに体を揺すりながら笑っていた。
こういう、顔もするんだと、俺はマジマジと見た。
「何言ってやがる、俺は友達思いなの。すご〜く、優しいんだよ」
「優しい?」
それはおかしいとでも言いたげに、片方の眉毛を吊り上げて繰り返した。
(……ピンポ〜ン♪ 正解だが、俺は本当に優しいんだよ)
「どうぜ、売上の半分はあんたがパスってんだろ?」
(鋭い!)
「何とでも言え」
俺は煙草の煙が眼に染みるようなフリをして、集まり始めた客達を見た。
「ところで、お前はどうなんだ?」
「どうって?」
「こんなとこに、デートしにきたのかって言うことだよ。それとも、店番サボってんのかよ?」
「どっちも、はずれ」
「あ〜?」
「ブラつきにきたって感じぃ? バ〜イ、女子高生風ってか?」
肝心な話になるとはぐらかそうとする、龍水の横顔をチラリと盗み見た。

「この店って、去年のイベントにも出た?」
俺はそれ以上、奴の話に突っ込むような事はせず、納得したような、曖昧な同調をした。
「去年か……。いや、出てないな。一昨年は出たと思うけどな」
「ふ〜ん」
ただの場繋ぎか、答えのはぐらかしの為の質問のようだったので、龍水の方も俺の返事に関心がないように思えた。

(俺の腹が鳴った)
「2時か……どうりで…」俺は独り言を呟くと右腕にした時計を見た。
「飯、食った?」
徐に龍水が聞いてきた。
「いや、この状況だったからな。お前が来るまでに済ませるつもりだったんだよ」
「……『やぶへび』ってやつ?」
済まなさげに呟くこの青年は、やっと、歳相応の表情を見せてくれた気がした。
「別に、そんなんじゃねよ。お前の方こそどうなんだ? 食ったのか?」
「俺? ……金、ねぇもん」
(う〜、こいつぅ……)
「金、ねぇって、お前。じゃぁ何かぁ、なんでここに居るんだよ?」
「金がなきゃぁ、ここに来ちゃいけないのかよ?」
「い、いや、そう言ってんじゃねぇ。普通は、金持ってくるだろ? 俺は世間一般の話をしてんだよ」
「そうなの?」
(う〜、こいつのこの性格は、地なのか?)
「そうなんだよ、世間様はな、こういうとこに来る時は、お金を持って、遊びに来るんだよ」
「あんた、ちがうじゃん」
「屁理屈言うんじゃねぇ」

俺は、龍水と喋っている間、楽しかった。
どう、楽しいのか? って言われても、学校で話をしている友達とは全てが違っていたから。俺も、こんな風に笑う事ができるんだという事を頭の隅で思える出来事だった。
全てが違って見えた世界、だった。

俺は立ち上がって、
「おい、店番してろよ」と、言って歩き出した。
「いいけど、どこいくの?」
「嫁のような口を利くんじゃねぇ。飯、買ってくるから大人しくそこで、売り子してろ」
「イエス・サー」
俺は龍水の返事も聞かず、人が多く歩いている大通りへ向かって歩き出した。
食べ物の臭いがヤケに鼻をついてきたような気がした。

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