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11)天罰

お祭りの一環とはいえ、モニターで見る限りはお客がいるようなイベント会場なのに、人の話し声がシートの直ぐ側で聞こえ出したのは何時ぐらいからだろうか? もちろん、そんなことは百も承知な訳で、入ったときと状況はなんら変わっていないはずなのだ。 しかし、声の大きさや調子が違うような気がして…しかも、揺れるのだ。

俺はほぼ中央にある椅子に座っている。
龍水は俺の真正面にマイクスタンドと一緒に立っている。俺達の位置から四方への距離はそれほど広がっていないが、そのブルーシートの壁が時折、大きく揺れるのだ。
 たしかに、午後になってから風が強くなっているとは思っていたが、龍水は多分、歌うことに集中しているので揺れに関して危惧しているのは俺だけだろう。少し触っただけなら、どうということはないはずなのだが、悪ふざけをしてシートに体当たりでもされたら、と思うと背筋がゾッとする。
(……そうだろうか? もし、もし、そうなったら、龍水はどうする? 歌うのか?)

俺は考えてはいけない方向へと足を踏み入れようとしていた。
シートが崩れれば、ばれるのか? いや、ここで何をしてるかなんて、他の奴らが理解できるはずもないな。だったら、龍水が歌をやめてしまうのか? そうなればどうなる?  あの『いけすかない男』がステージで困るだけか……。あいつは何もかも龍水に押し付けて、ステージを降りてしまう? ……楽しそう。いや、そうなれば、龍水のバイト代はフイになるな。そうなったら……俺がそのバイト代とやらを立て替えるか?
(立て替えるほどの身分ではないが、あいつの為なら、火の中水の中ってね)立て替えれば、ちょっとは俺のことを「想って」くれるのか? 俺は、下卑た笑いし、まるで自分の立場さえよければと思い始めていた。

フイに、小さな虫が俺の目に飛び込んできて、慌てて顔をふり、目頭を押さえて立ち上がろうとした瞬間、俺が想像していた(いや、望んでいたのかもしれない)事態になってしまった。

立ち上がった瞬間「ゴーッ」と地鳴りのような音が走り、俺の右肩あたりに青いシートが覆い被さったと思った瞬間、肩甲骨のあたりに鈍い痛みを感じた。

一瞬、何が起こったのが判らす、視界に飛び込んでくるのは、先ほどまで暮らしていた世界とは全く違う、青一色の世界で息苦しさも感じた狭い場所だった。
『……一体、何だってんだ?!』
俺は声をだしているのか、叫んでいるのかさえ判らなかった。
『トオルっ!』
『達っ、大丈夫か?!』
何度となく、呼ばれる名前が自分だと気が付いた時には、必死で青い世界からの脱出を試みてもがいていた。
 しかし、肩甲骨のあたりが妙に痛くて右腕が思うように動かせない感じがした。

いきなり、グイッと引き抜かれるように腕をつかまれ、目を大きく見開くと、そこには心配そうに俺を覗き込む龍水の姿を見つけた。
「おい……何がどうなってんだ? って……イテテテェ……」
俺は慌てていたわりには、至極普通の問いかけをして、痛む右肩のあたりを押さえた。
龍水は困ったような顔つきをして、自らの顎をしゃくってみせた。
『なんだってんだ??』

俺は椅子から落ちた衝撃でお尻も打ったようで、左足の付け根辺りも酷く痛んだ。龍水に誘われるように立ち上がり、俺は自分の位置から周りを見渡して唖然とした。青い異空間がグニャリと拉げたように左隅のあたりに固まっていて、なぎ倒されてしまった機材や、煙草の吸殻をばら撒いている煙缶がゴロリと転がっていた。
その惨劇たるや、俺が『シートが壊れれば……』などと軽く言っていた状況ではなく、深刻で憂慮すべき問題になっていた。

『……ははは、罰がくだったか?』
俺は、下手な考えをしなければ良かったと今更ながら後悔した。
おまけに、心に罰を与えたんじゃなくて、俺の体や携帯にも判らせてくれたようで、足元には俺を直撃したとみえる鉄パイプが転がっていた。尻ポケットにしまってあった携帯は、触るとなぜかガシャガシャとした音をだして、俺に「オシャカになった」と訴えているようだった。
(安普請などと表したのが機嫌を損ねたのかな。 しかし、鉄パイプじゃ、こっちはかなりのハンデだよな)肩を押さえながらもう一回りゆっくりと回りを見渡すと、今の状況が更なる悪夢へとつれっていってくれるのは間違いのない現実だった。
 遠巻きに俺達を不信がる目つきの人たちがいた。
俺は急にいま自分がおかれている立場が肩の痛みよりも気になりだした。
龍水はどうも気にいらにのか(……だから、嫌なんだよ、このド心臓!)しきりに俺の痛めた肩を気にかけていた。

『おい!龍水』俺は声をできるだけ潜めて話し掛けた。
「大丈夫か?! 腕、上がる?」
『そんなことは、どうでもいいんだよ!』
「どうでもいいって……」
「おい! ばれちまってるぞ」
「…………」
龍水は改めて言われるまでもなく「わかってる」と目でこちらをチラリとみやり又、俺の肩あたりに目線をおとした。

周囲の目は明らかに「俺達が何者であるのか」ということや、崩れてしまった場所の残骸をみながら、新たな答えを見出そうとしているようだった。俺達もボロボロといえば、そうだが、俺達以上に壊れてしまっているのは、ステージ上にいる5人のバンドの奴らだろう。ステージにいる彼らに視線をやると、意外にも例の「いけすかない野郎」以外は、さほど気にする風でもなく、淡々とした感じに見受けられた。

ただ、あの『頭は悪そうだが金を持っていそうな男』の顔は元々、色白だっが、それをさらに上回る青白い顔つきでステージのど真ん中でただ、呆然と立ち尽くしていていた。俺とは永遠に気が合わないというより、先祖の頃から敵だったような奴だが、今の奴の状態を見るに忍びないほど痛々しい姿を曝していた。

俺はこの状況を望んでいたのだろうか?
ただ、そうなれば面白いなどと考えただけだ。
まして、望んだ結果ではないのだ。
いや、心のどこかで望んでいたのかもしれない。
ただ漠然と想像して、面白がっていた、勝手な白昼夢にすぎないものだ。

……事が起こると、すぐに、そうではなかったと、違っていたんだと、自分を正当化しようとするのは人の常だ。そう、考えて自分を庇おうとするもう一人の俺がいた。
(……クソッ!)
で、俺には「罰」が下ったって訳か?
昔の人はいいこと言ってるよな……「人を呪わば穴二つ 」ってな。
俺は、まるで自分が起こしてしまった出来事のように感じてしまった。
自分が仕向けた出来事ではなかったが、苛々した感情のやり場の末に、見た今のこの惨状は、俺が充分に後悔たるものだった。

「龍水、どうするんだ?」
「あぁ……」
龍水はやたら短い答えだけを俺に返し、不審な目で俺たちを見つめる、客を見渡していた。
「……ついてねぇな」と、龍水が呟いた。
ステージ上の『頭は悪そうだが金を持っていそうな男』は唖然として、立ち尽くし、それを冷ややかな目で見つめているバンドメンバーがいた。
(庇ってもくれないって、わけかな? やはり、ここは人徳がものを言うな)
俺は相変わらず、痛む肩を庇いながら、観客がステージ上に向けられている間に、フェードアウトしてしまおうと考えた。
ゆっくりとした動作で(きびきびと動きたいんだけど、なにせ、先ほどの不意打ちで、体のあちこちが痛んで、思うように動かないのだ)俺は、ステージの端にある通路後方へと移動しかけた。

側にいた、龍水が俺の行動に感づき、振り向いた。
「達、大丈夫なのか?」
「あぁ……ちょっと、打っただけだ……俺より『携帯くん』が重傷です」
と、返事を返すも体のきしみはその答えを否定したがっていた。
「俺よりお前の方はどうなんだ?」
「……俺?」
俺は大きく頷くと龍水を見た。
「若いからね」
(……クソ、ガキ! この状況でまだ言うかっ!)
「あのなぁ、人が心配して……」
「ははは、ごめん。ミキサーの台に隠れたから全然、大丈夫だったよ」屈託のない笑顔で頭を掻きながら俺に答えた。
「……だったら、そう言えよ。心配しただろ?」
俺はやや顔を赤らめながら(……はずかしいんですっ、こんな事を真顔で言うのは)答えた。
「……ごめん、ありがとう」聞き取れないくらいの声で、龍水が言った。

「ステージはこう着状態だな。……どうするんだ?」
「どうするも、こうするもないだろ? 俺に選択権はねぇよ」
……同感だ。
彼に選択権はなかったな。言い訳をしようにもこの状況はあまりにも、特異すぎる。
それに、感のいい奴には、わかっちまうさ。
彼がここで何をしていたのかも……。
機械があの惨状じゃ、今あの男が持っているマイクが役に立つとは思えんし、あきらかに、説明を欲している目をした一部の観客が、口々に不信な言葉を発しだしたのは暫くまえからだ。
それが、大きな音となってこの状況を覆い隠す事になるのは、時間の問題だろう。

すると、突然、ステージ上で煙草を燻らしていたギターの男(この中では一番年上のように見えた)が『頭は悪そうだが金を持っていそうな男』に向かって「もう、終わりにしよう」と、言った。
 一瞬、会場内が静かになった。
(……ココにいる人たちには聞こえていたのだろうか?」
「何を……」
「今、手を引かないとお互いがダメになる。……いい機会じゃないか?」
「あんた今、自分の言ってる事がどういうことか、わかってるのか?!」
「……判っていないのは、お前だけだよ」
「……」
会話はひどく、ゆっくりとしたスピードで進んでいったように思えた。
立っているのも、少し苦痛だった俺はフラフラとした浮遊感で包まれて、そのまま地面に衝突しそうになった時、俺のわき腹を支えてくれる手を見つけた。
「やっぱり、大丈夫じゃないじゃん」
そういって、心配そうに覗き込む龍水の顔があった。
「たっているのが、しんどいんだよ。……決して、年のせいではありませんっ! 念のため」
「相変わらず……馬鹿だ」
「クソ、ガキ! もっと、年上を敬え」龍水は愉快そうに肩を震わして笑った。
(俺は、笑えなかった……笑うと、痛んだ肩がさらに痛んだからだ)

そんな時、やさしい人間っていうのは本当にいるもので、
「あのう、よかったらこの椅子に座ってください」と、声をかけてくれる女の子がいた。
俺は、通常なら絶対断る(いや、たぶん断る)申し出をその時は、『神様、仏様っているんだなぁ』と感謝しつつ、ありがたく受けた。本来なら、座り心地がお世辞にもいいとはいえないパイプ椅子だったが、俺には、最高級の革張りの椅子と同様に思えた。

「助かった〜」と、一息ついて感想を漏らすと、
「だからぁ、無理するなっていってるのに、意地張っちゃってんだから」と龍水が笑いながら言った。
その言葉を聞いていた女の子達がクスクスと優しい笑いを漏らした。
バツが悪くなった俺は『うるさい』と毒つぎながらも、座れたことに感謝した。
(本当に、痛かったんです)
和やかな空気はこのあたりの極一部だけで、相変わらず、ステージではにらみ合いが続いていた。

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