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5)呪われた夜

 もう、すっかり、日は落ちているのに、やたら明るい店内の照明が眩しく見えるファミレスの店内に、オーバーなボディジェスチャーをした平井達を見つけた。俺は、近づいてきたウェイトレスに『あそこと一緒』と言って騒がしい一団の元へ向かった。
平井達は俺からの連絡で、自分達の作品の売れがよかったことに対して酷く、機嫌がよく、興奮しているように見受けられた。
品物の傾向や売れ筋はどうのとか、平井は喋り続けていた。

「あいつ、お前からの連絡のあと、ずっと、この調子なんだぜ! 俺、疲れるわ」
ザジが顔で笑いながら俺にぼやき始めた。
「ずっと、って……ずっと?」
俺は不思議そうに聞き返した。
「お前、相変わらず、国語能力ねぇでやんの」
俺は、ザジに前から同じ事を言われていたのでふてくされてしまった。
(くそぉ〜、あれもこれも姉貴のせいだ)

隣で笑いを抑えながらも、我慢しきれずに肩を震わしている龍水がいた。俺はそんな龍水をかわいいと思い、つい、左手で頭を軽く叩き『笑うんじゃない』と声を出さずに言った。
その、一言が効いたのか龍水は更に笑いついには我慢できなくなったようで『レストルーム』に行ってくると言って席を立ってしまった。

「けど、達、後輩にあんなのいたか?」
颯爽と歩き去る龍水の姿を目で追いながら、朋久が言った。
「お前の方こそ、聞いてないじゃねぇか! 俺の後輩じゃなくて、知り合いの高校の後輩だ」
「……じゃ、全然、関係ないじゃん」
「まぁ、そういうことになるわな」俺はハッキリとしたいきさつを喋らなかった。
いや、喋ろうにも喋れなかったのだ。

あいつとの出来事なんて偶然に過ぎない。本来なら、関わる事もなかっただろう。それによくよく考えてみるとあいつの名前以外、俺は何も知らないのだ。名前だって、本名かどうか怪しいものだ。
ましてや、年齢すらあやふやだ。(朋久よ、俺の方が知りたいぜ)
朋久の方といえば、作品の売れ行きなどより、龍水のことのほうが気になると見え、やたら俺に質問をした。

 俺は注目を浴びる龍水に内心は嬉しい気分だった(まるで、自分が誉められているような気分だったからだ)が、質問を浴び、答えているうちに、気分がだんだんと落ち込んでゆくのがわかった。それは、俺があいつについてなにも知らないと言う事が判ってしまったからだ。この事実は大きい。それに、俺には独占欲があるのだと言う事も、新たに認識させられた。
(ったく、今更なんだってんだよ)

俺自身、自分の事が判らなくなっていた。
龍水がスローモーションの様にゆっくりとした足取りでテーブルに向かって歩いてきていた。
それは、例え様もないカリスマを背負っているようだった。
俺は歩いてこちらに近づいてくる龍水を注視した。彼は至極上品な微笑みを浮かべ俺の傍に立ち、声をかけた。
「……どうしたの? ぼーっとして」
「なんでもない」俺はバツが悪い様に下を向いた。
龍水は俺の右肩に手を置いて支えるように寄りかかり、隣へ座った。
ふと、前を見ると、朋久の顔が強張っていた。初めて見る顔のように思われた。
龍水はただ笑い、俺方を向いて「食後のコーヒーは飲まないの?」と聞いてきた。
「ぼっちゃん育ちじゃないんでね、いらない。お前は飲まないのか?」
「いいの?」
「はぁ? 遠慮するタマか?」
俺は妙に気を使ってくると年下を可愛らしく思った。俺はウェイトレスに手を上げて呼び、コーヒーを一つ注文した。
「あっ、もう一つね、追加!」龍水が追加注文をした。
「なんで、お前2杯も飲むのか? ここはおかわり…」
「バ〜カ、あんたの分だよ」しれっとした態度で言った。
(……悪魔め)
朋久が急に、
「やってらんねぇよ」
(何がだ?)
「ザジ、用も済んだし、帰ろうぜ」
「平井はどうすんだよ?」
「つれて帰ればいいだろ?」
「おまえなぁ、連れて帰るって……俺だよなぁ。いつも、貧乏クジ引くのは俺なのか」
と、だらだらと喋りつづけている平井をつまむようにザジが席から引っ張り出し、店を出た。
店から出ると、朋久はやおら龍水を引っ張り出して俺達とは少し離れたところへ連れて行った。

「おい……」俺は声を掛けようとしたが深追いはしなかった。
駐車場の植え込みの近くに二人が立っていた。何を話し合っているのかは、俺が居るところからでは何も聞こえなかった。ザジが大きな声で朋久を呼んだ。
「お〜い、帰るゾ」
「じゃぁ」と、ばかりに手を上げ、龍水に挨拶をして、今度は俺に、「じゃぁ、また」と声を掛けた。
しかし、走ってザジに駆け寄った朋久は、急に踵を返して俺のもとへ掛けより、ぶつかるように抱きついた。
(?)
「……お前も酔っ払ってんのか? くっつくなよ」と、俺は、この状況の中で喋った。
朋久は俺の耳元で、「あいつに『俺と付き合わないか?』って、言ったら、断られた」と、囁いた。
(えっ?)
「……好きな奴がいるんだってさ、誰だろうね」
そう言うと、朋久は俺から離れて目線を合わせた。
「朋久……」
「俺はさぁ、ホンとはお前がいいんだ。あいつじゃないよ……お前がいいいんだ」
朋久は呟いて走って帰っていった。
(あいつ……)
俺は暫く呆然と朋久たちが去ったあとを見つづけていた。
龍水は相変わらず、ダンマリで、俺のすぐ傍に立っていた。俺は拉げた煙草をポケットから取り出し一本咥えて、火を点けた。
「すまなかったな……帰ろうか?」龍水に声を掛けて歩き出した。
龍水といえば「あぁ」とだけ言ったっきり喋らなくなった。
俺はなぜか疲れたように体が重く、足取りも重かった。

突然、歌が聞こえた。
車の音も人の声も聞こえない。
なのに、薄暗い道の真中から聞こえてきた。
龍水だった。
龍水が歌っていた。
「……誰の曲?」歌っていている龍水に聞いた。
龍水は歌を止め、
「……今、流行ってるんだよ、知らない?」
「あぁ」
俺は知らなかった。初めて聴く曲だったのだ。
『……僕はいつも一人ぼっちで、孤独が友達だったんだ。けれど、今は君の手の中に僕の人生がある。君が誰だとか、君がどこから来たとか、そんなことはかまわないんだ、僕を愛している限り』  ※a)

そして、又、歌いだした。
優しい声だった。
彼の声以外なにも聞こえなかったが、色んな声が聞こえるような気がした。
俺は龍水に「なぁ、この曲知っているか? イーグルスの『呪われた夜』ってやつ」と尋ねた。
「あぁ」と、短い返事をした。
龍水はすぐに歌いだし、俺は龍水の声を聞きながら、誰に言うでもなく呟いた。
「お前が、歌ってくれるんだったら、回り道して帰ろうかな?」

その日の俺はベッドの上で、龍水はその下に寝ていた。姉貴の執拗な妄想をギリギリかわし、何とか落ち着いて眠る事が出来た。案の定、暑さは昼間と変らないぐらいの蒸し暑さで、中々眠る事が出来なかった。
(まぁ、本音を言えばそれだけじゃないんだけどね)
朋久の言葉が未だ耳に残っている感じがした。龍水が傍で寝ていることも俺の脳を起こしている原因の一つでもあった。しかし、そんな事をあれやこれやと考えているうちに、俺はいつのまにか眠っていたんだろうと思う。
 ふと、気が付き、今時間は何時なんだろうか? と思い時計を探した。
(暗くて、わかりゃしねぇ)
そうやって、薄暗い部屋を目を凝らしてみるうちに、床に寝ているはずの龍水の姿が見当たらなかった。
壁の方に黒い塊が見え、そこに小さな赤い光が蛍のように点いては消えていった。
(……煙草か?)
紫煙の臭いがこちらに漂ってきていた。
ゆっくりとした動作で煙草を燻らす龍水の姿がそこにあった。
煙を深い、肺の中まで入れては、ため息をつくように吐き出す、姿を見た。何度も繰り返し、行われている行為は妙な浮遊感が漂っていた。
「あいつも、悩みがあるんだな」
俺は当たり前の事を、考えて静かな空間にいる儚い影を見ていた。
すると、突然、龍水は煙草を手に持ったまま、両手で顔を覆った。
(?)
影が微かに揺れている様だった。
(……まさか?)
そう、まさか、こいつが泣くなんて……。
だが、俺には判断がつかなかった。
泣いているのか、そうでないかの判断が、付かなかったのだ。
すすり泣くような声は何も聞こえはしなかったし、体が震えるような事もなかったからだ。
だが、俺は直感的にこいつは泣いていると感じた。
両手を顔から外した龍水の顔は暗くて、判らなかった。涙も見えなかったし、まして、顔の表情すら見えなかったのだから。
『馬鹿な奴……泣く時ぐらい、声を出せよ。俺は、なんにも聞こえないからさ』
俺は業と大げさに寝返りを打って大きな寝息をたてた。そのうち、俺は眠っていて、明るい日差しが部屋の中を満たしていることに気が付いた。

(※a引用)  主人公が歌う曲は BACKSTREET BOYS / 2nd ALBUM BACKSTREET’S BACK「As Long As You Love Me」です。 尚、対訳は当方がいたしましたので、引用はCDのもではありません。

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