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6)変わらぬ日常

「おはよう」
龍水は相変わらずの態度で俺に挨拶をした。
夢だったのだろうか?
夢なのかもしれないと、思いかけたとき、机の灰皿にはあいつが吸ったと思われる煙草の吸殻があった。
(まぁ、こんなこともあるさ)
「眠たい……」と、俺は龍水に言うでもなく起き上がり
「シャワー浴びてくるわ」と龍水に言い、
「……普通、客が先だな、お客様、どうぞお先にお使いくださいませ」
「ははは……いいよ、後で」
「いえいえ、そんな事、申さずに」
俺はベッドの端に腰掛け、煙草を取り出して、目覚めの一服としゃれ込んだ。
「……じゃぁ、お言葉に甘えて」
龍水はコンビニで買った下着類をつかんでいった。
「あ、ちょっと、待て。着替えが要るだろう」
俺は煙草を咥えたまま、タンスを物色した。

「俺の方がでけぇから、きれねぇってことはないな。……しかし、なんだかなぁ」
「なんだかなぁ、って?」
「う〜ん」
俺の服は特にこじゃれたものなんて事はなく、むしろ縁がない。(……ほっといてくれ!)
実用主義っていうか、耐久主義というか、どれも龍水の感じではなかった。
ただ、彼は見栄えのする顔立ちなので俺の服を着ても、それなりに見えるだろう。ルックスは良い方なのでこちらが気を使わなくてもよかったが、何故か俺は拘った。
そんな、俺を眺めていた龍水は、「ねぇ、なんでもいいけど」
「……う〜ん……おっ! これだ、これ」
俺は仕舞い込んでいたシャツを引っ張り出した。
「これ……これだよ、これ」
「これっ?」俺は龍水にシャツを手渡した。
シャツは深紅のカッターシャツだった。
「これ、達が着てたのか?!」
「ぬかせ!俺のじゃねぇ。いや、俺のか????」
「どっちだよ?!」
「いやなぁ以前、フリマに行った時、無理やり買わされたんだよ。売り子の女の子にホレて、調子こいたダチが『全部買ってやるぅ』なんてぬかしやがって……で、俺も押し付けられた」
「……頼れる友達だな」
「まぁな」
「……で、これなの?」
「俺にはサイズが合わんし、お前なら着れるだろ?」
「……すげくない?」龍水はそう言って、顔の真下にシャツを持ってきて言った。
「いや、イケてるっしょ!」
「……しかも、これ、女モノだぜ」
「えっ????」
俺は言われて初めて気が付いた。
「……うっそぉ〜」
「だって、身ごろが右上前だぜ」
「……なに、それ?」
「はぁ〜? 男モノは左上前、女モノは右上前に身ごろがくるんだよ!」
「……だから、なんだよ? それ」
「う〜、ホンとに知らないのかよ? こういう、シャツのボタンのところを前立てって言って、この部分は、身ごろって言うの。
それで、こうやって、ボタンを掛けるだろ?その時に、左身ごろが下にくるだろ? それでこっちが、右上前になるじゃん。
これで、男物か女物か見分けられるんだよ。達の今着てるシャツのボタン、これと反対だろ?」
(ありゃ? ほんとだ!)
「へぇ〜、そうだったんだ」
「感心するなよぉ、達は女の姉妹いるんだろ?」
「お前は、間違ってるぞぉ。……ありゃ、女じゃない。……バケモノだ」
龍水は首を左右に振り「よく言うよな」と言った。
「うだうだ言うな。サイズはピッタリだし、いいじゃん。……風呂場に行こうか?」
俺は龍水を連れて風呂場へ向かった。
「ここ、勝手に使え」
「あぁ、有難う」

俺は脱衣所の扉を閉めようとすると背後から異様な悪寒がした。
(ひゃ〜、でたぁ〜!!!)
「……何よ、その態度。失礼ね。お化けでも出たような顔して」
「お化けの方がよっぽど……」
と、言うが早いか、鋭い鉄拳が飛んできた。
(ドスッ!)
「あんた、喧嘩売ってんの?!」
(つ〜っ、いって〜ぇ〜)
「……いいえ、滅相もありません」
「ふん、あんたの方こそ、あわよくば龍水君と一緒に朝シャンかまそうなんて思ってたんじゃないの?」
「なっ、なんだよそれ?」

俺は言葉に詰まってしまったが、急に背後のドアが半分くらい開いて、
「なんなら、入る? 俺は構わないけど……」と、龍水が上半身を露出させたまま言った。
俺は言葉なんか喋れる状態ではなく、だらしなく、口を開け放ってジェスチャーだけで龍水を風呂場へ押しやった。
姉貴は突拍子もない声を張り上げて、
「きゃ〜、今日はいいもの見せてもらったわ。なんてステキなんでしょう」と、夢見る乙女状態だった。
「姉貴、もういいだろ? あっち、行ってくれよ」
姉貴はフラダンスでも踊っているように体全体で喜びを表していたが、
「あんたは、どうすんの、入るの?」
「……なんで、入るんだよ! 姉貴が覗かないんだったら、俺は部屋に引き上げるよ」
「あたしが、いつ、覗くのよ? 痴女じゃないのよ、私は。あんたの方こそ、どうなのよ? 風呂場でやってしまおうなんて思ってるんじゃないでしょうねぇ。……既成事実つくっちゃおうなんて、十年早いんじゃない?」
「いいかげんにしてくれよ! なんで、既成事実をつくらにゃならんのよ。……はぁ、もう、いいって、疲れたよ」
俺は強大な錘を背負っているように思えてならなかった。

台所に言って、コーヒーを入れて、カップを持って部屋に上がった。
部屋は静かだったが、時折、鳥の鳴き声が聞こえた。
ベッドの端に座り、コーヒーを飲みながら煙草に火を点けて、ふかし始めた。
「お先でした」と、掠れた声で龍水の声が聞こえた。
「あぁ」と、俺は生返事をして着替えを持って下へ降りていこうとした。
「すんごい、色だな」
「あんたの服だよ」
「ちげ〜よ、買わされたの、俺んじゃねぇもん」
「あんたが、金をだしたことに、かわりはない」
「まぁ、そう言う風にも言うな」
龍水は未だ乾ききっていない髪をタオルで覆って、乾かしていた。深紅のシャツは龍水の体にピッタリと合っていてスレンダーな体型がより細く見えた。真っ黒な皮のズボンとのコントラストがヤケに、印象に残った。
龍水は部屋にあった鏡を見て、
「うわぁ〜、どこぞの、売れねぇ歌手みてぇ」と、言った。
「いや、どっちかっつうと、落ちぶれたミュージシャンって感じ?」と、俺は言った。
「あははは、いい、今日の国語は120点だ」
「うるせっ!!」
俺はそのまま階段を下りて、シャワーを浴びに行った。

俺はシャワーを浴びながら、気になって仕方がなかった事柄が頭の中を駆け巡っているのを感じていた。朋久との会話(思っても見ない展開だった)はそれも、夢であれば、などど、気の弱い事を思い、それに龍水の夜中の行動についての意味。
(疲れた……)

シャワーを浴びて台所へ行き、牛乳パックを1本抜き取り、2階へ上がった。
「ほれ、飲め」
俺は1リットルの牛乳パックを差し出しながら言った。
「コップはない?」
「いるのか?」
「いや、いいよ、もう」
龍水は大人しく紙パックのままの牛乳を飲んでいた。俺はそこらへんを引っ掻き回して、鍵やら煙草やらを探し出し、ポケットに突っ込んだ。龍水は紙パックを持ったまま、窓の外を見つめていた。

「出かけるぞ」
「早くない?」
「朝マックするべ?」
「する、する」
俺達は品物の入ったやや大きめのバックをそれぞれが持ち、玄関へ急いだ。玄関で靴を履いていると、母親と姉貴、果ては妹まで見送りに来た。
(……何故、家族総出なんだ?)

「何も、お構いしませんで、ごめんなさいね」と、母親。
「あら、二人っきりにしておく方がいいのよ」と、姉貴。
「それって……」と、妹。
(マリ、考えなくてもいいぞ、お前はこの家族で唯一の、常識だからな)
「そうお?」と、母親。
「それって、如何いうこと?」と、マリ。
(聞くな、頭が痛て〜からよ)

龍水といえば慣れたもので、「昨日は有難うございます」と、深深とお辞儀をした。
母親は「まぁまぁ、龍水君、V6の岡田君みたいにステキね」と言った。
「かあさん、男前見ると『V6の岡田君みたい』って言うの止めてくれよ、全然、似てねぇよ」
「『岡田君』には負けるけど、龍水君も男前だって言ってるのよ? ホメ言葉じゃない」
「有難うございます」
「じゃ、行ってくる」
俺はまだまだ話したりなそうにしている家族を無理やり家の中へ押しやりドアを締めた。
そして、龍水の手を引っ張り、
(くっそぉ〜たれ! 朝っぱらから)
俺はすっかり手を繋いでいる事を忘れていた。
(ひっぱってるつもりだったんだよ、その時は)
「ねぇ、傍から見ると、朝っぱら手を繋いでる、バカップルって感じに見えるかな?」
「え?」
俺は言っている意味が判らなくてその場に立ち止まった。
(俺も、すぐに離せばいいものを、繋いだままになっていたんだよなぁ)
「姉さんが見てるよ」
「ええ〜!!」と、俺は家を振り返ると、カメラを構えた姉貴がいた。(しかも、デジカメ……)
すると、龍水がやおら俺の手を振り解いて、首に手を回して右頬にキスをした。
姉貴は大きく片手を振りかざし「うりゃぁ!」と、大声で叫んでいた。
「……今、何した?」
俺はイントネーションもおかしくなっていたらしく、龍水は何度も真似をして笑い転げていた。
(くっそ〜、このマセガキ!!)
そう、心で思っていたものの、俺はどこか嬉しかった。
なんだろう?
やっぱり、恋かな?
こんな風に思った事なんて一度もなかった。
けど、どうだろうな?
俺は笑い転げている、龍水のケツを思いっきりひっぱたいて、走って駅まで行った。駅についても未だ、龍水は笑っていて、
夕べのことがまるで嘘のように俺の勘違いだと思えるくらいの明るい顔をしている龍水がいた。

昨日に引き続き、店は順調だった。更にパワーアップした龍水の姿は目立ちまくり、女の客が集まった。俺は少し不安になっていた。ただ、漠然とした不安だったが、今は答えを出せないでいる。
余裕がなかった。
そうだ、多分、無いと思う。

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