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7)5月4日(水曜日 )第2日目

天候、晴れ (ここは、インドじゃねぇって)

この日、順調なすべりだしだった。特に、コイツがいるからという特殊要因があるからだろう。しかし、この手に関しては売上の上昇の要因にしたくなかったので、考慮しない事にした。
(顔がよけりゃ、うれるのかよ?売れるんだな、これが、世間は間違ってるぜぇ)
龍水は『暑い、暑い』と連発し、隣でへばっていた。
「影にいるのに暑いよぉ」
「あぁ、こりゃ、異常だな」
などと、パンピーなオバハンの会話を続けていた。昼飯時になったが、お互い、この暑さで参っていた事もあって、どちらも食べようなどと、言い出さなかった。ただ、やたら喉は渇いていたので俺達は普段の倍以上の水分は取っていたように思った。
龍水は『泡のついた黄色いジュースが飲みたい』などと言ってゴネだした。
「だめ」
「いいじゃん」
「子供はダメ」
「大人だなぁ〜」
(なんだかなぁ)
俺は断る理由をあれやこれと探してきた。
本当のところ、断る理由なんてないのだ。本人が飲みたいといっているのだし、物事の良し悪しとか、(俺が言うのも変なのだが)そんな事は、彼の場合十分承知しているはずだ。自分自身に責任が取れるんだったら、俺はそれはそれでいいと思っていたのだ。しかし、何故、首を立てに振らなかったのか?  ……多分、あいつを子供のままで置いておきたかったのかもしれない。
 大人びた態度を見ていると、痛々しく思えるし、俺が唯一、あいつを子供らしく扱える人間ではないのかと思ってしまった事だ。それに、察しのいいあいつなら、俺が拘って、断りつづけていることの意味も判っているだろう。でなければ、あんな、もの言いはしないはずだから……。
じゃぁ、煙草はどうなのだ?

そんな事をうつうつと考えていると、何処からか男の低い声がした。
「琳」
隣でへばっていた龍水は驚いたように前を向いた。
(何だ?)
俺はなんだろうと思いながら、疎らになった人通りの中に、一際、長身のサングラスをかけた男を見つけた。薄いブルーのガラスに細いセルロイドの枠のサングラスを掛けて、薄茶色(陽の光を浴びると、金髪にも見えた)の髪をした長身の男が店の前に歩み寄った。
(目立つな)
目立つ姿とは裏腹に、物静かな態度をした長身の男が龍水に向かって喋った。

「琳、こんなところで何をしてるんだ?」
(こんなところで、悪かったな)
「ラルフ、あんたこそ珍しいじゃないか? こんなところに来るなんて」
(……こいつら〜)
「人聞きの悪い事を言うな。俺だって外出する事ぐらいあるさ」
「ふん、どうせ野暮用だろ?」
「まぁな。ところで、お前話を聞いたか?」
「えっ、何の?」
「新(あらた)から、話は聞いてないのか?」
「……いや、会ってないからな」
「新に話をしてある、新に聞けよ」
「ケチ、今でも同じだろ?」
「それからお前、家に帰ってないのか? いいかげんにしろよ、密(ひそか)が心配する」
「……わかってる。それより、密と何か話したのか?」
「……勘繰るなよ、新から、聞いた」
ラルフと呼ばれた長身の男はそれだけ話をすると、何事もなかったように、立ち去ろうとした。
「あぁ、ラルフ、ラルフちょっと……」龍水は大きな声で彼を引き止めた。
「ラルフ、今、金持ってる?」
「?」
「一万円でいいから貸してよ」
「……家に帰らないつもりか?」
「……」
男は黙っている龍水にため息をつき「リハの時に返せよ、それと、密に電話しろ」そう言って立ち去った。

龍水はくるりと向き直り、
「一万円、ゲット」
「……」俺は無言で両手を広げ、首を竦めた。
(ホンとにわかんねぇ、奴だな。お前の交友関係読めねぇよ。しかし、誰だろう? 知り合には違いないだろうが、歳は俺より上そうだし。リハって言ってたけど、リハーサルのこと?)
俺は徐に「今の男、コレ?」といって、親指を立ててみた。
龍水は何食わぬ顔をして「下品だ」と呟いた。
「下品で悪かったな、どうせ、俺は下品です」
「捻くれ者」
(くぅ〜、クソガキ)
「彼氏」
「えーっ?! うそ?!」
俺は大きな声を出して、立ち上がった。
「うそ!」
「……てめぇ〜」
(あぁ、神様、殴ってもいいですか?……このクソガキを)

ひねた目をして、深紅のシャツを着た猫はクスクスと笑い、
「ラルフはバンドのリーダーだよ」とさらりと言ってのけた。
「ばんど、バンド? って? 音楽の?」
「ベルトじゃなくて、ロックバンドのバンドだよ」
「俺は、そんな歳じゃねぇよ、悪かったな」
「ふふふ、おもしろいなぁ、達って」
(くそ〜、やっぱり、俺はからかわれているのか?)
俺は話を元に戻そうとして、一つ咳払いをした。
「え〜、で、彼がバンドのリーダー?」
「そう、ラルフがバンドのリーダーで、ベーシスト。オールマイティだから、楽器なら何でもこなす。んでもって、俺がヴォーカル。楽器はギターなら弾けるが、バンド内で楽器は弾いてない」
「彼って、外人みたいだったけど、他の人もそう?」
「いや、違うよ。ラルフはお母さんがドイツ人で、ハーフだよ。彼以外は皆、普通の日本人さ。でも、歌詞もラルフが作るから、英語になっちゃうけどね。必然的にそうなっちゃうから仕方がない」
「ふ〜ん、結構、活動してんの?」
「うん、まぁ、そこそこ。ライブハウスが主だから」
「へぇ、じゃ、明日のコンテストでるんだ」
「いや、出ないよ」
「出ないの?」
「うん、ラルフがこう言うの、あんまり好きじゃないしね」
「あなのなぁ、嫌いっていったって、お前、普通はこういうものに出て、認められて、有名になって、スカウトが来たりなんかしてだな、世に出てくもんじゃないのかよ?」
「どこの夢物語だよ? スカウトがくるって……」
「ものの例えだろ? 俺はね、そんな事はよく知らないの!」
「俺だって、しらねぇよ。達は知らないと思うけど、俺達こう見えて結構有名なんだぜ」
「えっ! 有名なの?」
「そっ、有名なの。ラルフにいたってはこの道じゃしらねぇ奴はいないくらい、超有名。だから、あいつと知り合いってだけでいい事も有る」
「……いいこと有った?」
「なくはない、けど、俺には関係ねぇな。ラルフはラルフだから。只のバンド仲間だしね」
「ふ〜ん」
(だから、ヤツは居るのだろう。損得抜きで傍にいる龍水の傍に……)少し、寂しい感じがした。

「……密って、誰、弟?」
彼の体が硬直したのがわかった。
一瞬にして、緊張が走ったのだ。今まで見たことのない固く閉ざされた龍水を見たような気がした。
「……違う、密は……」喋らなくてもいいと、言おうとした。
質問をしたのは俺だったが、答えを聞くと取り返しのつかなくなる事態に陥りそうだったからだ。
しかし、俺は言いよどんだ龍水を凝視していた。
「密は、幼なじみだ」
『密は、幼なじみだ』と、聞こえた。だが、彼の心の声は『恋人』と言ったように思えた。
こいつの、好きなヤツの名前だろうか?
俺の体の一部が疼いたような気がした。
(ショックってやつですかい?)
だが、そんな事は、はなから判りきった事だった。
こんな、男がフリーだなんてありえない。
しかし、相手が男か女かと言われれば、男か?
名前が中途半間なんだよ、それに判断材料がなさ過ぎるってのも……同じリングには立ってないってことか? ……立っていたとしても、俺には勝つ自信は全くって言っていい程ありませんわ。
「ケータイ貸してやろうか? 連絡、してないんだろ、して来いよ」
(俺は何を喋っているんだろう。大人ぶった態度で何を喋ってるんだ? 本当は、もっと拗らせて、別れちまえばいいんだって腹の底では思っているくせに、奇麗ごと言っちまって、なんて、嫌なやつなんだ )
「……」
「早くしねぇと、もっとしずらくなるぞ!」
(俺も、相変わらず、オメデタイ奴だな、ライバルの肩持ってどうすんだよ? 今更いい子ぶってもしかたねぇじゃん)
俺は判っているのに、そんな事を口にする自分に嫌気が差していた。
「……あんたは、優しい。優しすぎる。他にいわれたことない?」
「俺? いや、……」
「俺には、きついな。そういう事がさ」何処か悲しい目をした龍水が仕方なく笑った。
「……ずっと、ここに居ても構わないんだぜ、俺の方はさ」
「……ふふふふ」
まだ、悲しい色の残った瞳で龍水は笑い、
「それ、どういう意味、告白?」
「いいよ、そうとっても……俺の方はさ」
「なぁ、男にコクッたの何度目?」
(この野郎、突然、何、マジはいってんだ?)
「初めてだよ、きまってるじゃないか? こんな事、何べんもやってたら体がもたねぇよ」
「じゃ、俺が『はじめて』てってことだ」
「……嫌な言い方だが、答えはそうだ」
暫くの間、龍水は考えていたがやおら立ち上がり言った。
「それは……うれしいな、うれしいよ。……電話してくる」
(ほんと、こいつには泣かされる。ったく、告白しちまったじゃねぇか! どーすんだよ? これからの俺の生活はどうーなるんだよ? しかも、ソッコー断られてやんの!)
暗く曇った表情を垣間見せた。

(らしくねぇよな)
俺もきっとこいつのように暗い表情をしているんだと思った。
『密が心配する』
長身の男が言った言葉が気になって仕方が無かった。それは、嫉妬だと感じた。
(まったく、なんなんだ? 俺は、どうしたんだろう?)
自分でも何本の煙草に火をつけたかなんて覚えてはいなかった。
なんで、いい子ぶって『連絡、してないんだろ、して来いよ』なんてあいつに言っちまったんだろう?連絡しなければ、ひょっとしたら、俺とどうにかなるんじゃないかんなて、考えたのか?
嫌な事を考える俺を、嫌悪しながらも、自分の行動について正直になりたいとも思っていた。
(でも、やっぱ、不利だよな……俺はスタートが出遅れてる)

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