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4)嵐の予感

「ただいま」
俺は心の中で『どうか、姉貴はいませんように』と不信心のクセに神に祈った。
次いでだ、仏様にも祈っていこう。
この際、誰でもいい、俺の願いを叶えてくれ。

しかし、付け焼刃が通用するはずもなく、ましてや、さい銭すらしなかった俺に誰も振り向いてはくれなかった。
飼い犬の小太郎すら振り向かなかった。(俺がいつも、飯、用意してんだぞ?)
その日は、何故が家族全員集合していた。(何ゆえ、親父もいる?)
家族全員で俺の帰りを待っていた。(はぁ〜)
「失礼します」
龍水はさほど大きくない声で、しかしハッキリとした口調で喋った。
その声が聞こえたかどうかは定かではないが(いや、明らかに姉貴には聞こえていたな)
ハイエナの様に姉貴が飛んできた。
「あら、達お帰り。……で、そちら様は?」
(けっ! 『そちら様』だってよぉ)
俺はいつになく緊張した。(なんでかなぁ、俺の家なのによぉ)
「そちら様って、どちら様?」
俺は惚けながら、龍水の肩を押しやり、
「俺の部屋、2階の左だ」
俺は固くなった態度の割には普通の声で喋っていた。龍水の方といえば、今にも噴出して笑い転げそうだった。

(……あんにゃろう)
「ちょっと、達、お友達?」
「そう、ダチだよ。あっ、早く上がれよ、俺、何か取ってくるから」
俺は玄関のたたきの部分で躊躇している龍水を無理に引き上げて押しやった。龍水の肩がかすかに震えていて、洩れそうになる笑いを必死で押さえていた。(あ〜、先が思いやられる)
「お邪魔します」
龍水がそういって階段を上がって行く姿を、見届けると、姉貴をもといた部屋に押し込めるように階段下へ立ちはだかった。
「なによ、その態度。あたしが何かした?」
「なにも」
「じゃぁ、何故、臨戦体制なのよ? まさか、あたしとヤル気?」
(……今は負けるかも……)
「姉貴はなんだよ、俺のダチに用かよ?」
「友達なの?」
「『なの?』って如何いう意味だよ?」
「ふ〜ん、別に……どっちかっていうと、拾ってきたって感じぃ……まさか、浚ってきたてことは……」
「ねぇよ!いいかげんにしろよ。なんで俺が浚ってこなきゃなんねぇんだ? ジョーダンキツイぜ」
「だって、あんたの交友関係なんて知れてるわよ、底が浅いのよ。彼みたいなタイプいないでしょ?家族としては、出来の悪い弟が、悪事に手を出して、身を落としてないか心配してんじゃないの。それに彼、いいとこの坊ちゃんタイプだしぃ?」
「いいとこ? いいかげんにしろよ! タイプだからって、手だすんじゃねぇぞぉ」
「わかったわよ、煩いわねぇ。ギャーギャー女みたいに。でも、なんであんたが、守ってんのよ?」
「煩いっ!!」
俺は姉貴を押しやって台所へ行くと、両親が仲良く茶を啜っていた。(なんだよ、俺の家族は?)
「お帰り、達。友達連れてきたの?」
「あぁ」
「それがさぁ、聞いてよ、おかあさん」
「すっごいキレイな子なのよ。達の友達にしては出来すぎよ」
姉貴はそれはそれは意味ありげに母親に言ったのだが、当の母親は、
「あっ、そうなの? V6の岡田君みたい?」
(何故、V6の岡田なんだ? ……ジャニーズフリークだったな、お袋は)

「達、面白すぎるよ」龍水は愉快そうに笑いながら言った。
「うるせぇんだよ」
俺はどこかテレ笑いを隠しながら部屋の扉を閉め、小さなテーブルを壁から引き寄せて座った。
「結構、小奇麗にしてるね」感心があるのかないのか定かではなかったが、俺の部屋を見渡しながら言った。
「まぁ、こんなもんでしょう」と、俺は受け流した。
「あと、三十分程したら、平井達と合流する事になってる」
「明日の品物の受取?」
「そう、それ貰ったら、メシでも食いにいくか?」
「いいよ、でも俺、金もってねぇから」
「承知!明日、キリキリ働けば?」
「おいよ」

龍水は俺の部屋にあったバイクの雑誌を取り、暫く眺めていた。
「バイク好きなんだ……」
龍水は俺に言うでもなく、呟くように雑誌に向かって言い放った。俺はあやふやな返事で『あァ』だとか『うん』だとか言ったように思った。(特に俺に向かって言っているような感じではなかったので俺は、まじめに答えなかったんだと思う)

奇妙な静寂の中、姉貴の陰謀と野望を一心に受けた暢気な母親がアイスコーヒーとケーキを二人分持って来てくれた。
(ケーキが都合よくあったもんだなぁ)
龍水は優等生のような態度で清清しい微笑を称えそれらを受け取った。
俺はといえば、その場を全力疾走で走って逃げ出したい気分だった。
(姉貴のやろう……ババァが何か持ってくる間に俺がコイツを襲っているとでも思ってんのか?)
龍水は何もかも知っているとでもいいたげな顔で、
「どうしたの?」
と、愛くるしい笑顔で聞いてくる。(コイツも姉貴と同類だ!!)
「……いいから、早く、食え」
俺は頭の中で何とか整理しようと考えては見た。
『ダメだ!! 全然、無理』
龍水はそんな俺を判っているのか、
「早く食べなきゃ、外出するんだろ?」と言ってきた。
俺の右脳は、龍水の言った事を理解しているが、左脳はコーヒーを飲みながら別のことを考えていた。

「バイク好きな奴って……『男』好きな奴が多いの?」
俺は飲んでいたコーヒーを思いっきり、一気に噴出した。
「あっ!きたねぇ」
「……お前、何言ってんだ?」
「はぁ? 話しそらすなよ。あんたがコーヒー吐いて、汚したんだぜぇ?」
「い、いいや、ちがう、違う。その前だ。お前なんてった?」俺は恐る恐る尋ねた。
「だから、バイク好きな奴は『男を好きな奴』が多いのか? って、聞いたんだよ?」
俺はかなり、いいや、凄く、動揺していた。
(何故、動揺していたかなんて、聞かれるまでもねぇけどな)
何度も口に出して確認してみた。
「達、国語能力ねぇじゃん」
「煩い、それは余計だ」
「……で、なんでそうなるんだ? バイク好きは男が好きだなんて……」
俺は引きつったように言葉を言った。
「ふん、これ」
そういって、龍水が今まで見ていたバイク雑誌を俺に差し出した。
「?」
「俺は差し出された雑誌(ヤケに薄いな……グラビアがないなんてことは)を受け取った。
手に取ったとたん、俺は背筋が凍りつくのが感じられた。受け取った雑誌は俺が読んでいたモノではなく、やたら薄い本だった。
(……これを、見るのか? 中を確認するのか……)
俺は恐る恐る中をパラパラと捲った。
「×▲○◇Φヾ‖≦」(ぎゃxxxxxxっぁ)
俺はすぐさま本を閉じ、龍水の顔を見た。
「わすれろ! ……忘れてくれ。今のは無かった事にしてくれ」
俺は搾り出すように喋り、スクッと立ち上がった。
俺のうろたえている行動を見ていてもさして、気にとめる風でもなく、龍水はどかっと落ち着いていた。
「いいけど、そんな、熱心になるような事じゃ」

あいつが何を喋っていようと俺はそんなことよりも、何故こんな本がここにあったのかが、気になっていた。
そうだ、何故、ここにある?
俺の部屋にあるのが問題なんだ。
姉貴の本が、何故ここにある?
それが、最重要問題だ!

俺は龍水から、ぶん捕ったやたら薄い本を丸めて持ち、
「いいか、ここにいろよ。ついてくるんじゃないぞ」と、龍水にいった。
「そんな事で、脅すなよ」龍水は呆れたように言った。
俺は冷静さを失ってうろたえていた。
(姉貴の野郎! 大人しく引き下がったと思ったらこういうことだったのか?!)
そうだ、姉貴は紛れもない、いわゆる世間で言う「同人女」なのだ!
これが、世間で通じる名詞かどうかも判らないが、そういうやつだ。
いや、それだけならまだ許せる。そこが、問題じゃなく、なんの『同人』なのかがポイントなのだ。

 見た目は非常にいい。そう『優』の部類に入るだろう。(黙っていればな)ポン・キュッ・ポンのボディもいけている。我が、姉ながらナイスな美人だ。服装の趣味は男に合わせる、カメレオンタイプ。頭もいい。(悔しいが、俺と違ってな)在学中にマンガ家としてデビューして、今はラクラク印税生活(まぁ、時には修羅場もあるが、そんなこたぁ、世間様には微塵も見せませんぜ)
そんな、姉の野望は……実録モノ。(あんにゃろう、俺を引きずり込む気だな)

「姉貴! 話がある」
俺は女3人盛り上がっている姉貴に声をかけた。
姉貴といえば女王様のごとく俺を見てニヤリと不敵な笑いを見せた。
(うっ! ちょっと、こわい)
「あら、達何か用? 今、忙しいんだけど」
「話があるんだ、ちょっと顔かせよ」
「達君、こんばんは」俺は声をかけられ驚いた。
姉貴のマンガの担当者の脇田さんがいたのだ。
俺はちょっと、バツが悪かったので、顎をちょっとしゃくって返事を返したつもりだった。
「ちょっと、バカ弟! 挨拶も出来ないの? あんたそれでも大学生?」
「……子供。そんなことより、ちょっと、こいよ」
「ここで、話せばいいでしょう? へんな奴」
「るせんだよ」俺は姉貴の腕を引っ張って、リビングから廊下へ引っ張りだした」
「俺の部屋にこれ置いただろ?」
と俺は丸めていた薄い本を差し出した。
「あら、こんなところに、さがしてたのよ」(てめ〜)
「何が探してただ? 姉貴の本が俺の部屋、まで歩いてきたみてぇに言うなよ」
「じゃぁ、あんたがもってったの?」
(くぅ〜、あ〜いえばこう言う)
「んなわけないだろ?」
「いやぁねぇ、とうとうその気になったとか?」(はぁ〜脱力……)
「姉貴の尻にシッポが見えるよ」
「あら、知らなかったの? 前からよ」(つかれた、どーっと、つかれた)
「もう、いいよ。これ返すわ。但し、俺の部屋に近づくなよ。ノックもするな! もちろん、入るなよ」
俺は、この状態で階段を上がる気力もなえていた。
「ねぇ、達。あの子ならいいんじゃない? あれは絶対にいいわよ。逃したらあんた、男失格よ。あたしは絶対賛成だから、早く、やっちゃいなさいよ。……それって、今日?」
「……何、言ってんだよぉ?」(あぁ、やっぱり、姉貴は地上最強の肉食獣だ)
「達、達ってば、今晩、お泊りなんでしょ? 声には気をつけてね、下は年老いた両親だし、隣はうら若い、高校生のマリの部屋だからねぇ……うふふふ」
(うふふふ、ってねぇ……)
「姉貴、今度こそ、首捻ってやる!」
俺の脅しなんて何処吹く風ってな具合で、姉貴にビビりながらの脅しなんて効くわけがない。
「あ〜ぁ、なんなんだよ、まったく!」
俺は頭を抱えながら、自分の部屋に戻った。

「解決した?」愉快に笑う龍水がいた。
「オールオッケーッ!」
「……ンなわけないよな」
「はぁ、そう言うなよ。俺の家は特殊なの。お前みたいな奴、連れて帰ったらそうなるかななんては判りきった答えだったんだぞ」
「……達って、ホモ?」
「……」
「……何故、そこにたどり着く?」
「じゃぁ、ゲイ?」
「……昨日まではなぁ違うって大見得切れたんだけどな」
「じゃぁ、今日は?」
「今日は」って聞かれて答える自信はなかった。
否定しないといけないのだろうが、強く否定できることなんてできやしなかった。
俺はこいつを見た時から、判っていた事がある。
俺は、こいつに、この憎たらしい男に、恋してるんだろう、と。
だから、昨日までなんだ。
今日からは違うのか?
言葉が見つからない。

「……あの本、姉さんの?」
(?)
不意に話題が変った。
龍水の真意はわからなかったが、俺は渡りに船とばかりその話題に乗った。
「あぁ、姉貴が趣味で描いてんの」
「ふ〜ん、そうなんだ、色々知ってるんだ」
(何を、なんだ?)
「お前、感心なんかしなくていいんだぞ。それと『このこと』平井達には内緒にしとけよ。でなきゃ、次から、俺の家には誰も寄り付かなくなっちまう」
「ははは…大丈夫だよ」龍水は笑い、
「いいなぁ、いい家族じゃない?」と、言った。
(まぁ、いい家族と言えばそうなのかもな。実感はないってことは、そうだってことだよな)
「お褒めに預かり、ありがとう」
「いえいえ、どうしまして」
さしたる疑問ももたずに龍水を見ながら俺は笑っていた。
「さぁ、そろそろ、出かけるか? 平井との待ち合わせに遅れそうだ」
「あぁ」
そう言って、俺と龍水は連れ立って歩いて直ぐのファミレスに行くことにした。

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