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8)呪詛の告白

「あんたが考え込んでいる姿は、おかしいよ」
電話を掛けに行っていた、龍水が戻ってきていた。
「……ケータイ、貸してやるっていったのに、俺は信用ならねぇ?」
(何にいってんだかな、俺は…)
「いや、そうじゃないよ」
「ふ〜ん、でも借りなかった」
「ははは……その質問はふった、仕返し?」龍水は笑いながら、問うた。
「仕返しならもっとキツイのを一発してやるよ」
龍水が又、笑った。
俺は意外に思った。
そうなのだ、こいつの笑いが変ったのだ。

今日を含めて二日間のあいつの笑顔が変ったのだ。輝くような人をひきつけるような笑いは同じだ、ただ、とても優しい、そう、大きくなったとでもいうか……許容範囲が広くなったとでも言うべきか、そんな笑いに変ったのだ。
「……いいこと、あったんだな」そう、俺は呟いた。
「いいこと?」
「……」
「いや、なかったよ。特別な事はなにもね」
俺は何があったのか知りたかった。
「何があったのか、教えてくれないか? 俺には聞く権利があると思うよ。だってそうだろ?……俺はそいつのお陰で、ふられたんだからな」
俺は、恥も外聞も無く(もうどうにでもなれ! の開き直った)心境だったのだ。俺はそういってはみたものの、きっと答えてはくれないだろうと思っていた。
「電話の相手はあんたが思っているような人物じゃないよ」
「よせよ、俺はそいつがいたからふられたんだ」
俺には確信があった。ハーフのあの男でもない、その男だと。
(実際、『密』という人物が男かどうかはわからない。だれも何も言ってはくれないからな。だけど『男』だという直感はあった)

龍水は観念したように、一息つきながら俺を見た。
「本当に、彼とはなんでもない」
「……」
俺は黙って見つめ返した、疑惑の眼差しで。
「……ほんとうさ、ただ、俺はどうにかなって欲しいと思っている。
しかし、拒否されている。だから俺の片思いだ」
「片思い? ……お前が?」俺は似合わないと思った。
こんな、積極的な性格、しかも攻撃的この上ないのに落とせないなんて、有りえない。
「冗談だろ、お前が、攻め落とせないのか?」
「別に、自分が特別だなんて思ってやしないさ。なにもかも、巧くいくことなんて無いんだよ」
「お前らしくも無い、妙に冷めてんな」
「俺らしくない? ……俺らしいってどういうことだよ?」
「自信有りげで、積極的。自分の見かけも中身も、一番理解している。それに、賢い」
「ははは、お褒めに預かり至極光栄だ」
「この期に及んでも、お前は本心を見せねぇな」
「……」
「別に見せて欲しいと思っているわけじゃない。俺を頼って欲しいとは思っているけどね。……同じ事か」
「あんたは、素直だな。男に告白してもあんたはあんたのままだ。何故、そうしていられる? あんたは何故、変わらない?」
「そんなもの、すぐに変わろうたって出来やしねぇよ。俺は、俺だからな。今まで、俺でいたんだから、これからも俺は俺のままだよ」
「男に告白したのは始めてだって言ったじゃないか? ……動揺は無かったのか?」
「俺が、平気だって思ってたのか?!」
「思っていたよ、だってあんた、平気そうだったじゃん」
「う〜ん、平気な訳あるかよ。俺だって結構悩んだんだぞぉ。しかし、悩むぐらいなら、あたって砕けろだろ?」
「で、見事、砕けた?」
「煩いんだよ!! それをお前が言うな。こっちは落ち込むヒマなく、恋人の存在を知っちまったんだからな! ……俺はナイーブなんだよ」
龍水は下を向いたまま、笑っていた。
しかし、いつしか笑い声は枯れた泣き声の様に聞こえた。
(泣いている?)

「……好きで、好きで、堪らない」
「そんなに好きなのか?」俺は愚問を繰り返していた。
「あいつの他に、何も要らない。あいつが、俺を愛してくれるのなら、何も望まない。俺は、あいつを手に入れるためにならなんだってするさ。例え、それが社会のルールから逸脱してようとも……」
聞かなきゃよかったと、俺は後悔した。

「俺にはあいつしか、見えない。なのに……あいつは、他の奴らと等しく俺を見る。俺は、特別だと……俺はあいつだけの俺なのに。俺はあいつだけしか見ないから……俺にはあいつだけが、俺の世界だから」
下を向いたまま、両手で顔を覆い、くぐもった声で呪詛のような愛を語る、龍水の首筋をじっと見つめていた。
(何故、彼は龍水を拒否しているのだろう?)
俺はふと疑問が湧いた。それは相手が女ではないといことか?! 自分を愛してくれた者は、異性ではく同性だったからだろうか?
「……夢を、見る。毎夜、見る。近頃、見る夢は俺を不安にさせる。俺ではなく、違う人間を選び、俺の元を去っていく、彼を見るから……」
『彼を見るから』
俺の頭の中では、龍水の言葉がリフレインしていた。
俺はしこたま大きなため息をついて、大袈裟に鞄から、バイクの雑誌をつかみ出し、ペラペラと捲って眺めていた。
やたら、キツイ日差しが、モノや人に長い影を落としていた。

あの夜、彼は『密』が去る夢を見たのだろうか?
そうして、幾度の夜を迎えたのだろうか?
俺が、立ち入る隙間は塵ほども見つからない。
ふと、見ると龍水が顔を上げて、前を見つめていた。顔を良く見ると、泣いてはいなかった。
泣き声で、愛を語っていたと思っていたが、涙を流した頬の筋も見当たらず、ましてや、赤く腫らした目が見えるはずも無かった。

彼の横顔は普段となんら変らない、表情だった。
(俺が、愛していると言っても、お前はただ笑っているだけだけど、『密』が言えば、お前はどんな表情をするのだろう?)
「……苦痛は、いつか変るのだろうか? いつまで、待てばいい? ……いや、時間はあるさ、ただ、それまで俺は注意さえしておけばいいんだ。……注意深く『密』を守ればいいんだ。そうすれば、いつかはわかってくれる」
「本当に、いつかは?」嫌味な質問だと思う。
心の中で、少しぐらいの嫌味は許されるのではないかと思った。
だけど、龍水は優雅に笑ってこう言った。
「俺はいつまででも待てるさ。……だって、彼は俺を愛しているから、それを判っているのは、俺だけだから」
(完敗)
俺の初恋は、蒸し暑くて、やたら明るい日の光のなかで、砕け散っていた。だけど、後悔なんかしてやしない。
そういう、恋も『あり』なんかじゃないかって、思っている。そして、龍水のような愛も『あり』なんだなって、理解した。
 ただ、俺は龍水の好きな奴の面を見るまでは、納得しないようにしようと思いもした。
『こんな、いい奴をふり続ける奴の顔をひと目拝まないと気がすまないからな』まぁ、惚れて、ふられた、腹いせだな。

ケータイが鳴った。
この日の売上のことや、明日の商品のことで、七緒から電話があったのだ。店の売上は、順調以外の何ものでもなかった。リピーター(この場合、リピーターといえるかどうかは別として)が来てくれたりしてビックリしたりもした。
明日は最終日だから、気合を入れろとか、(俺は関係ないと思うんだが……)サービスタイムはどうとか、要らぬ考えを俺にぶつけたりもした。

午後4時ごろ近くになった頃、2軒隣位の場所から音楽が聞こえてきた。
別に取り立てて、珍しくはないのだが、事実、色んな屋台の店から、思い思いの音楽を流していたので、特に目立つ事などなかったのだ。
しかし、俺が気になっていたのは、昨日の夜に、龍水が歌った曲と同じだと感じたからだ。
「これ、昨日と同じ曲だ……」俺は、ふと、呟いた。
昨日、龍水が歌ってくれた曲だと思う。
暗い夜道で聞いた彼の声は優しかった。
たとえ、それが俺に向けられたものではなくても、あの時間、あの場所に俺が居て、龍水と二人だったことは紛れも無い事実だから。微かに聞こえてくる、音楽は低音のみが強調され、肝心のヴォーカルは聞こえてこなかった。
龍水が、俺の肩をたたき、「ヴォーカルは、俺がやるよ」と、言った。
俺は告げられた意味がわからず、ぼんやりと彼を眺めていた。

「……All the loneliness’ has always been a friend of mine …… 
I am leaving my life in your hands …… 」

聞きなれた声がすぐ傍でした。
俺は、初めて聞いた時よりも感動していた。
(こいつ、うまいじゃねぇか?!)
龍水は軽く、歌っているような感じがした。

気負いが無いと、言うか実に楽しげに歌っていた。
「いい、ラブ・ソングだろ?」
龍水が笑った。
俺は『あぁ』とだけ、返事を返し、新しい煙草に火を点けた。
この時、周りの注目を浴びているなんて、想像もしていなかった。彼は、その次にかかった曲も、歌いだした。彼のほうも、乗ってきているのか、次第に囁くように歌っていた声が大きくなっていた。俺は、こいつがコンテストに出ないことのほうが不思議に思えてきた。バンド自体の実力の程は判らなかったが、彼の歌声を聞いていると、アマの域は越えていると思った。
そして、いつしか周りが、聞き耳を立てていることが判った。

 次から次と流れてくる、ラジカセからの音楽に合わせて、龍水は歌っていた。流石、バンドのヴォーカルをしていると、言っただけのことはあった。伸びのいい声が、曲にあわせて流れている。英語の発音も満更ではないようだ。
(まぁ、バンドのリーダーがハーフ、だしな)
隣の店の野郎まで聞き耳を立てている。
前にいる客は完全にコンサートの乗りだった。
俺は、そんな龍水の傍にいるのだ。
 龍水は俺のそんな気分を知ってかしらずか、俺の方へ視線を向けながら歌ってくれていた。
(ふん、いい気分だ!)
一曲、終わるごとに、回りから、拍手が沸いた。
龍水は「……まぁ、こんなもんでしょ?」と言い、俺に向かってウインクをした。
俺はこういうオチもいいのではないかと思い始めた。

「……明日、何時に終わるの?」
「あ?」
「店じまい、だよ」
「明日か……一応6時迄で、7時までには片付けを済まして、撤収ってことになってるが、まぁ、商品しだいって言うか、そのときの客足しだいって感じかな?  ……それがどうかしたのか?」
「いや、そうじゃないんだけどな。あのさ3時に店じまいしない?」
「あぁ、3時?」
「早すぎって感じ?」
「ん〜、まぁな。けど、この二日間の感じを見てれば、妥当かもしれないかな。けど、なんで、そんなこと言うんだ?
なんか、あんのか?」
「うん、ちょっと付き合って欲しいとこがあんだけど……」
「ふ〜ん」
俺は曖昧な返事をしたが、勿論、付き合うつもりをしていた。
「3時に撤収するとしたら、メインのコンテストは終わってるぜ。多分、受賞式なんかのあたりかな? ……コンテストを見ようと思ってるの? それとも、どっか、うろつくとするか?  他の店も見れるし……なぁ?」
俺は龍水の返事を待った。
「……」
「……俺じゃ、いや?」
「いや、そうじゃないんだよ」
『?』
何か考えている風で、俺には判らなかった。
「俺、ちょっと用事があって……」
「龍水、お前言ってる事がバラバラだと思わねぇか?『3時に終わらないか?』とか、『付き合って欲しいとこがある』とか、そう言ってるクセに、用事があるって言うし。どういう事よ?」
「後で話すよ。取りあえず、3時に撤収してさ、それから、一緒に来てくれよ」
俺は龍水の言っている事が何も理解できなかったが、取りあえず、頷き、明日は彼の言うとおりにする事にした。

二日目の晩が来た。
この日も龍水は俺の家に泊まった。
龍水と俺は又、昨晩と同じような行動をし、彼が迎えたくないという夜を迎えた。
 龍水は昨日と同じように又、部屋の片隅で、煙草を吹かしながら、暗い夜を漂っているようだった。(あいつの心が叫んでいるのだろうか?)多分『密』のことを夢で見ては、又、眠れない時間を繰り返しているのだろう。
 俺には、彼を慰める手段を持ってはいなかった。何かを探そうと試みるも、彼が一番喜ぶものを俺は持っていないことに、胸が痛んだ。『愛してくれたら、何も要らない』そう言っていた龍水。そこまで、あいつが思いつめる相手は一体誰だろう?
そして、俺ではなかった。
あたり前だ、わかっていた事だったが、今更のように、思ってしまう。多分俺は、何処か付け入る隙が有るのではないかと、画策しているのだろう。きっと、無意識の内に……。俺でなかったのなら仕方がない、もっと早くに会っていれば状況が変わっていたかも。はははは……、馬鹿馬鹿しい!!
(龍水……俺だって眠れないんだぜ。わかってんのかよ? ……まっ、いいけどよ、俺はさ)
明日『密』は来るのだろうか?
龍水は電話で何を伝えたのだろう?
俺も龍水と同様、眠れない一夜を過ごした。

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