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12)思いがけないステージ

 「龍水っ!」
意志のある静かな声がステージ上から飛んだ。
龍水は俺の肩に手を置いたままステージを振返った。
「最後までやり通せ、お前にはその責任があるだろ?」
龍水はステージに顔を向けたままじっとしていた。
(『責任』ってなんだよ? お前達が仕組んだんじゃないのか?)
俺は、龍水に話し掛けた人物に苛立ってしまい、立ち上がって声をかけようとした。
「何言って……」龍水が直ぐにそれに反応し、俺に向き直った。
「大丈夫、俺なら、大丈夫だ。それに、彼も俺も同じなんだよ」
「……何が、『同じ』なんだ? お前とあいつじゃ、違うぞ」
やり切れない思いが先に立って、苛立ちをかくせなくなっていた俺なのに、龍水ときたら、菩薩のような笑みをたたえ、俺を見つめにだ。
(あんな顔で見られたら、黙るより仕方がねぇじゃんか……クソッ!)

 周囲はざわついてはいたが、大きなうねりになるような事もなく、野次の声は高くはならなかった。まるで、次に起こる期待を予測しているかのような、感じだった。ステージ上の幾分年上の男は『頭は悪そうだが金を持っていそうな男』に引導を渡したようで、凍りついた足元が後ずさりを始めているようだった。
「龍水……俺は『選んだ』んだ。俺のために『選べ』は言わない。しかし、お前は自分のためにもここに上がらないといけないよな?」
年上の男は意を決したようにそう、声を張り上げ言った。

 年上の男と向かい合った龍水の表情は俺の位置からは伺うことはできなかったが、躊躇しているようだった。
彼がなぜ、ここに来て躊躇する理由が俺にはわからなかったが、きっと「だれかさん」のことでも考えているのではないかと思った。俺はここにきてまで、拘っている自分が情けなく、自嘲気味に笑いを浮かべ、まだ痛む肩をさすっていた。

俺は俺で、特に考えがあった上の行動ではないのだが、やはり、この選択が一番なのではないかと思い始めた。
相変わらずダンマリを決め込んだ龍水の腰辺りをつついた。
「?」
龍水はふいに与えられた刺激に不思議そうな表情をしながら、俺を見た。
「……上がってこいよ、最初で最後のお願いってことでもないけど、俺は見たいよ、お前のステージ」
ありったけの笑顔で言ったつもりだった。
痛む肩の刺激にたえながらではあったが、俺はありったけの笑顔で言ったつもりだ。(端からみれば、引きつった『怖い笑い』かもしれねぇけどな)それでも、俺の気持ちは彼に充分伝わったと思えた。

やや困惑した表情だったが、静かな微笑を称えた龍水がゆっくりとした動作で屈むようにして、俺に言った。
「行ってくるよ、お言葉に甘えて……」
屈め近づいた彼の顔をじっと見ていた俺は、ふいに彼の顔が遠のくよりも近くに迫ってくるような感覚に捕らわれていて、俺は自分自身の感覚がおかしくなったのではないかと思い始めた矢先、目の前が徐々に暗くなり、唇のあたりに、妙に艶かしい柔らかな感触が触れたと同時に、ねっとりとした生暖かなモノが俺の唇を分け入るように侵入してきのが感じられた。
「……??」
(なんだろう? この、感しょ…くぅ?!)
俺は驚いて、タツミの両肩を力いっぱい押し戻した。
「なっ、なに、やってん……」
口から心臓がはみ出すぐらい、ドキドキは止まらなくて、体中の血が急速に駆け上がっていくのが感じられた。
「行ってくるよ」意外にあっさりとした態度で、俺から離れた龍水は『じゃっ!』とばかりに、片手を上げ、舌を出して笑っていた。

俺は、恥ずかしいやら、恥ずかしいやら……(それしか、ないだろう?!)で、頭に血が上っている俺は、更に墓穴を掘っていた。
「子供が、舌なんかいれんじゃねぇーっ!!」
……と、大声で既にステージに上がっている龍水に向かって言い放ったが、後の祭りだった。
俺は回りのヒンシュクを買っていた。
怪しい視線が針のむしろ状態とはこのことだ。
ただ、若干一部のマニア様には受けが良かったので、ここは良しとするか?(こうでも、考えなけりゃ、やってらんねぇぜ)

意気揚揚とステージに上がる龍水を見ると、俺の選択は間違っていないといことがわかった。あいつの妙に晴れやかな笑顔はこの3日間の中で一番、綺麗だった。(ったく、嫌な事引き受けなくちゃならない『理由』ってのが、問題なんだろうなぁ)
今更、あいつの問題を穿り返しても、俺が何の助けにもならないことを思い知るだけだろう。

今は、もうよそう。
下らないことを考えるのは。
それより、あいつが一番輝いて見える場所に戻ったんだから、俺はそれを眺める事にしよう。
その時ばかりは、あいつは誰の物でもないんだから……。

ざわざわとした観客の中で、ステージに上った龍水はやりにくそうな表情もせず、淡々と歌う準備をしている用意だった。
年上の男と幾度か、会話をし、キーボードの男と打合せをしたりしていた。
暫くして、ステージにいた男達は皆がそれぞれの位置についたと思えたとき、会場は異様な静けさになった。誰一人、口を挟む奴などおらず、此処にいる人の全てがステージにいる人間を凝視しているようだった。

緊張感の漂うこの時間が一体どれぐらい流れたのだろう。
期待半分、不満半分の異質な時間は、見るものに極度の不安を強いたようだった。
ドラマーがカウントを数える声が聞こえると、ギターが静かに流れ、キーボードがそれらと帆走するように音がなった。
あいつには緊張といった言葉がないのだろうか、表情が先ほどとあまり変わらないように思えた。

彼の声が伸びやかに会場を満たした。
安普請なビニールの中で、遠慮気味に歌っていた時と違い、声の質感が全く違っているように感じた。
(これが、本当の声なんだろうなぁ)
俺は妙に関心して、ステージの中央に立って歌っている龍水を眺めていた。

俺は彼の歌う曲の大半が知らなかった。
(俺が、古いんですかねぇ〜)
聞いている観客は、知っているのか知らないのか、彼らのノリは俺が考えるよりもよく、先ほどのゴタゴタした状況を忘れるものだった。

彼らの持ち時間が何分だったのかなんて、記憶にないが(言われてたんだろうけど、おぼえちゃいねぇよ)今のところ、誰一人と気にとめる者はいないようだった。次第に、夕暮れが近づき辺りがややオレンジ色に染まってきた。
光は、このステージにも近づき舞台の上にいる琳たちをも染めていくようだった。
彼が歌っている最中、俺は忘れ去られた存在のように、少し寂しかった。
沢山いる人々の中にいても、自分だけが取り残されたように感じてしまった。

「長い間、付き合ってくれてありがとう。じゃぁ、ラスト、いきま〜す」
俺は、らしくない龍水のセリフを聞き、苦笑いを漏らしてしまった。
(かわいこぶってるって感じだろ? 今のはさ)
シンセサイザーが、あたかもピアノのような音で演奏を始めた。
龍水はマイクを握って歌っていたのだが、音が流れ出した途端、ステージの端にあったマイクスタンドをステージの中央に持ってきて、マイクを取り付け始めた。
(……何するんだろな???)
俺は彼が、何をしようとしているのか判らなかったが、通常、そんなものだろうというありふれた行為にしか考えていなかった。
彼が歌いだした途端、俺は心臓が飛び出るほど驚いた。
彼がどうとか言う問題ではなく、彼の歌った「曲」が問題だったのだ。
「この曲……」俺は独り言を呟いていた。

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