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10) 鍋パーティー 〜中編〜

後輩達の鍋に対する必死の形相は、小野を唖然とさせていたが、箱崎はそんな彼らを相変わらず優しそうな目で見つめて笑っているだけだった。牧野は小野に気を使っているせいもあって、何かと気に掛けてくれているようで、会話もなるべく小野にふるようにしているようだった。

テーブルには鍋もあったが、牧野が自宅から差し入れだと言っておにぎりと巻き寿司が並べてあった。
「奥さんが作られたんですか?」
小野は牧野の持参した巻き寿司をつまみながら言った。
「あぁ、流石にこれは箱崎も作れんからなぁ……なぁ、それとも女房に教えてもらうか?」
と、牧野はキッチンに相変わらずこもっている箱崎に声をかけた。
箱崎は笑いながら「これ以上、レパートリーを増やすと益々“婿”にいけなくなるから、よすよ」と、答えた。
その返事に鍋に舌鼓を打っていた一同が笑っていたが、そのうちの一人、二ノ宮は、
「箱崎先輩の腕だったら、俺が貰いますから、結納品なしで手を打ってもらえませんかーっ」
と笑いながら返事をした。
そこにいる者達は大笑いして『若いから男でもいいじゃないスか?』とか『俺も立候補したいー』などと冗談を言っていた。ただ一人、目が笑わずに、『冗談でもそんな話はよしてくれ』と心中穏やかでない小野がいた。

料理は鍋が終ると「雑炊」になり、小野がコンビニで買ってきた「アイス」を最後に食べると一同は落ち着いたのか、先ほどとは打って変わって静かになり、学校の事やクラブのことに雑談が続いた。
餓鬼のような食いっぷりに小野は驚いたが、メインの食材がなくなると箱崎は先に作っておいたのか、チーズやクラッカーなどつまみらしき物を用意し、水割りなどのアルコール類を用意した。

牧野が箱崎に対して「お前、明日休みだろ? 飲めよ」とグラスを注ぎにかかったが、箱崎は「う〜ん、やっぱり止すよ」といってグラスの呑口を手で塞ぎ、「牧野は今日泊まるんだろ?  だったら、お前の方こそ飲めよ」といって、逆に牧野の持っていたビールを取り上げ、注いだ。
「小野くんも泊まるだろ? 飲め、飲め」と今度は小野にお鉢が廻ってきた。
半分、眠っているのか、ふらつく牧野に愛想笑いをしながらグラスにビールを注いでもらっていると、目が箱崎とあった。
「?」
「悪いね、小野くん。もう暫くしたら、牧野は沈没すると思うから」と、小声で囁いた。
「大丈夫ですよ“設計の前田さん”でスキルは積んでますから……」
と、箱崎に囁き返すと箱崎は急に口を押さえて、笑いを堪えていた。
「……そりゃぁ……たいしたもんだよぉ……ふふふっ」
今の言葉に箱崎はよほど可笑しかったのか、一人で声を押し殺しながら笑っていた。

「小野さんって、バンドやってたって聞いたんスけど……ギターですか?」
程よく酒がまわっているのか、頬をやや赤く染めた森が小野へ話し掛けた。
「一応……学生の時にね……」
「クラブ活動ってやつですか?」安川が口を挟んできた。
自分の事を箱崎以外に話すつもりも無かったが、場の雰囲気を壊すことになりかねい状態だったので小野としては渋々、話をした。但し、“男”についての話は除いてだったが……。

「クラブじゃないんだけど、高校の頃の仲間とバンドを組んでいて、大学の2年まで活動してたんだよ」
「へぇ〜じゃ本格的にライブハウス回りとかやってたんスか?」
「あぁ……高校からだから……かれこれ5年くらいはやってたかな?」
「同じメンバーでですか? だったら、レコードとか出したんですか?」
「……インディーズだけど数枚、リリースしたよ」
「おおーっ……で、チャートはランクインしたとか?」
森は嫌味で話している感じではなく、どうも音楽に興味があって純粋に質問しているようだった。小野は『嫌味』な奴であれば、それなりの返事も返せただろうと思っていたが、こうも、目を輝かせて興味津々に聞いてくる奴を無下にすることもできなかったので、苦笑いしながら返事を返した。
「一応……それなりには、入ったよ」
「すげぇ〜、俺のバンド関係の知り合いには、まだメジャーもインディーズも契約した奴がいないんですよ」と、森の目が先程よりもランランと輝きを増しているようだった。
「俺もメジャーはしてないよ?」
小野が苦笑いをした。
「小野くんって、バンドの関係でアメリカへ行ってたんじゃないの?」
不意に男達の食べた後のテーブルを片付けていた箱崎が口を挟んだ。

「「「えっ??!」」」
小野の音楽活動の話が終るのではないかと思った矢先、箱崎が以前、小野と会話していたバンドの話を思い出して発した言葉に後輩一同は素っ頓狂な声をあげた。
(……はるかさん……余計なことを……)
小野は自分の話が早く終ればいいと思っていたので、箱崎が放った天然な一言にがっくりと肩を落とした。森の目は更に興味が湧いたようにキラキラ度を増すようになり、ついには小野の横へと席を移動した。
「もしかして、アメリカデビューなんか……じゃないスよねぇ〜」
「……いや、まぁ……」
小野は照れくさいわけでもなく、どちらかというと面倒な事に巻き込まれて収拾がつかなくなってしまったのではないかと危惧し、言葉を濁していた。
「したんですかーっ?!」
「したんじゃなかったの?」
箱崎の一言は相変わらず、小野を困らせるのに十分だった。
(はるかさん……そんなことを連発すると、襲そっちゃいますよ?)

「うんまぁ、色々あってねぇ……イギリスのバンドだったんだけど、全米ツアーの前座をしないかと誘われて、のこのこ行ったっんだ……最初は順風満帆だったんだけどね〜。まぁ、結果は見ての通りで、バンドは空中分解しちゃって、今メンバーが何をしてるかなんて、連絡もとってないから……どうなんだろうねぇ」
と、嫌々話した言葉がよほど暗く響いたのか、一瞬、場の雰囲気が重くなったような気がした。
「……ふ〜ん、そうなんだ。でもバンド解散してから直ぐに帰ってきたの? 確か、お祖父さんのお葬式に出るために帰国したっていってなかった?」
悪気のない箱崎の言葉に、小野は苦笑いするしかなかった。
「家族の手前、なんとなく帰りずらかったんですよ。それで、どうしようか迷ったんだけど、お金もないし……。で、向こうで知り合ったひとんちを泊まり歩いていたら、車の修理工場のバイトを世話してくれたんです」
「へぇ〜、いるんだねぇ、親切な人ってのは」
「で、そこでお金を貯めたの?」
「ええ、普通にしても貯まらないんですが、そこの修理工場は偶々、カスタムカーの制作をやっていて顧客に結構、有名人がいたんですよ。俺もまぁ……興味があってと、いうか……面白くなっちゃって、その制作もするようになったんです。で、結構長くいたのかなぁ……それから『葬式ぐらい帰って来い』って言われてしまったんですよ」
「カスタムカーって……改造車?」
「ははは……ちょっと違うが大きな括りでは一緒になっちゃうかな? ……『注文車』ってほうがいいかも」
小野は多少のニアンスの違いを指摘して話を長引かせたくは無かったので軽くかわした。
「じゃぁ、今でも車に凝っているんですか? 小野さんが改造した車なんですか? 小野さんは車、何に乗ってるんスか?」
森は矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「俺? ……ハチロク」
「ええーっ! ハチロクのってんッスか……いいなぁ〜」
森が一人、小野の返事を聞いて身悶えしていた。
「“ハチロク”って何?」
車の免許を持っていない箱崎はいっている意味がわからず質問したが、
森には無視されてしまい、箱崎の声だけを聞いていた小野は苦笑いするしかなかった。
「トヨタの“AE86型レビン/トレノ”という車を通称で“ハチロク”というんですよ」
「へえ〜そうなの」
さして、興味がないのか目をまるくした箱崎が言った。
森はそんな箱崎を明後日の方向に押しやって、興味の対象となる小野へ質問を続けた。
「何色なんですか〜」
「シルバー」
「しぶ〜ぅ」
森は色にまで身悶え、やたら「いいなぁ」とか「俺も欲しい〜」とかを、転げまわって叫んでいた。
そんな様子をその場にいる男達は大声で笑い、
「だったら、勉強頑張って、いいとこ就職して、金貯めて買うんだな」と、真面目な顔をした箱崎が言った。
すると牧野はやや困ったような表情をしながら
「お前が超現実的な話をすると、ここにいる奴は、皆、不貞寝しちまうぞ」と言った。
「はははは…ですね〜」と、ただ一人『我、関せず』の小野だけが陽気に笑っていた。

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